鏡写しのメアリーアン

作者:犬塚ひなこ

●噂と興味
 街外れに寂しく佇む廃墟洋館には或る噂があった。
 それは――『真夜中の四時四十四分、大広間に飾られている大鏡を覗くとメイド姿の幽霊が映る』という、ありふれ過ぎて飽きられてしまった類の怪談話。
 突拍子もなければ由来も皆無。誰も信じてなどいない噂だ。しかしただひとり、好奇心を持って廃墟に挑む青年が居た。
「皆は馬鹿にしたが僕は信じるぞ。絶対にこの屋敷には何かある!」
 ランタンを片手に、オカルト好きの青年は蔦の絡まった鉄扉を開く。玄関扉を開けてすぐの部屋にあたる大広間、その中央には古びて埃だらけの鏡が見えた。
「……もうすぐだ。見てろよ、あの鏡に映るメイドさんを激写してみせるからな!」
 腕時計の針は間もなく例の時間を指す。
 青年が写真機を構えた、そのときだった。彼の背後に黒いフードを被った白い肌の魔女が現れる。彼が知る由もないが、その名は――アウゲイアス。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』は悪くありませんね」
 そして、魔女は手にした鍵を青年の胸に突き刺した。見る間に『興味』を奪われた彼は崩れ落ち、傍らに新たなドリームイーターが現れる。
 その姿形は青年が探していた対象そのもの。そして、具現化した漆黒のメイド姿の女性は虚空に向かって深々とお辞儀をした。
「お帰りなさいませ、御主人様。このメアリー・アンに何なりとお申し付けを」
 だが、その姿は怪物めいた鏡の中にある。
 限り無く平面的な鏡入りのメイドは廃墟の中でにこやかに微笑んだ。
 
●鏡写しの怪異
 興味。それは或る対象に対する特別の関心を示す言葉。
 新たなドリームイーターによる事件が起きたと話し、雨森・リルリカ(オラトリオのヘリオライダー・en0030)は説明を始める。
「襲われたのは大学生の青年さんです。彼は不思議な物事に強い『興味』をもって、実際に自分で調査をしようとしていたみたいでございます」
 現場は廃墟の屋敷。
 其処に流れている噂を突き止める為、真夜中四時過ぎに屋敷内に侵入した青年はドリームイーターに襲われ、興味を奪われてしまった。
「興味を奪ったドリームイーターは既に姿を消していますです。ですが、奪われた興味を元にして現実化した怪物が現れているようなのです!」
 その姿は悪魔めいた仰々しい漆黒の大鏡。くすんだ鏡面にはメイド姿の愛らしい女性が映っており、常に微笑んでいる。何とも奇妙な形をしているが、その形が青年が思い浮かべる噂の正体だったのだろう。
 一説によると、メアリ―・アンとは召使いを指す俗語でもあるらしい。
 夢喰いは今はまだ屋敷の内部を彷徨っているだけだが、何れは外に出てしまう。
 怪物は人間を見つけると『自分が何者であるかを問う』行為をして、正しく対応できなければ殺してしまうという性質を持っている。正しく答えれば見逃してもらえるが、恐らくそうはいかない。ドリームイーターによる被害が出る前に撃破して欲しいと願い、リルリカはケルベロス達を見つめた。
「皆様が向かう時間に、怪物がお屋敷の何処にいるかはわからないです。けれど、自分の事……つまり鏡写しの噂を信じていたり話をしている人に引き寄せられる性質を持っているようです」
 屋敷内の戦いやすい場所に向かい、何人かで鏡に纏わる噂や会話をすれば自然と誘き寄せられて来る。その際に隠れていた何人かが奇襲を行えば戦闘も有利に運べるだろう。
 敵は鏡の魔力を使い、此方を殺そうと狙ってくる。
 心的外傷を映し出す攻撃や痺れや封じの力は厄介ではあるが、皆で協力しあえば勝てない相手ではないはずだ。
「何に興味を持つかは人それぞれです。好奇心ってとっても大事ですからっ」
 だが、その興味を奪って怪物に変えてしまう行為は許せることではない。敵の動きは相も変わらず不可思議だが、すべて解決してしまえば良いだけのこと。
 宜しくお願いします、と一礼したリルリカは信頼の宿った瞳を仲間達に向けた。


参加者
アリス・ティアラハート(ケルベロスの国のアリス・e00426)
奏真・一十(あくがれ百景・e03433)
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)
リタ・トロイメライ(夢見るトリックスター・e05151)
コンスタンツァ・キルシェ(ロリポップガンナー・e07326)
ピア・ウッチェッロ(盲目の眠り姫・e17013)
メイセン・ホークフェザー(いかれるウィッチ・e21367)
シルヴィア・アストレイア(祝福の歌姫・e24410)

■リプレイ

●鏡の噂
 真夜中過ぎ。薄闇の中を夜風が駆け抜ける。
 庭の枯れた緑を揺らす風は何だか生ぬるい。生い茂る草の影に隠れ、ピア・ウッチェッロ(盲目の眠り姫・e17013)はふるふると首を振った。
「なんともホラーな展開でありますね……」
 噂だけの存在だった鏡は今、実体化して屋敷内を彷徨っている。ピアが手にしたブランケットをぎゅっと握ると、メイセン・ホークフェザー(いかれるウィッチ・e21367)は全くです、と小さく頷いた。
「マルゾ、待機中はふざけるの禁止ですよ」
 そしてメイセンは傍らのビハインド、マルゾにそっと注意を促す。
「オカルトもホラーも基本苦手なのだけど、殴って倒せる相手なら問題ないわ」
 来たら割ってやるのよ、と呟いたアリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)も声を潜めながらその時を待った。
 そんな待機班の面子が見つめる先には、庭の中央に立つ仲間達の姿がある。
 アリス・ティアラハート(ケルベロスの国のアリス・e00426)は周囲をきょろきょろと見渡し、今回の事件について考えていた。
「鏡って聞くと……鏡の世界に迷い込んだ、私と同じ名の女の子が主人公の童話を思い出します……」
「今回の噂話に似たような話は聞いた事あるけど、元々は外国の怪談とかじゃなかったかなぁ。鏡に立って呼び出すと女性が映るとか現れるとかそんな感じの……」
 シルヴィア・アストレイア(祝福の歌姫・e24410)もふとした考えを巡らせる。すると、物陰で仲間の声を聞いていたコンスタンツァ・キルシェ(ロリポップガンナー・e07326)が納得するように何度か頷いた。
(「ブラッディ・マリーっスね。メアリーとも呼ばれるっスけど」)
 自分も小さい頃姉達に無理矢理やらされた、とひっそり過去を懐かしむコンスタンツァ。だが、ふと囮役の雲行きが怪しいことに気付いてしまう。
「好奇心は猫をもどうとやらか。耳が痛い話であるなあ」
 同じく囮役の奏真・一十(あくがれ百景・e03433)も敵の襲来に備える。しかし、辺りは依然として静かなまま。
 敵を誘き寄せるには例の鏡に纏わる噂や話をしなければならない。
 だが、囮役の誰も噂について話さなかった。もちろん一十達も噂話を行う旨を考えていたが、具体的な内容を作戦成功の為の行動予定に組み込んでいなかった。
 アリスとシルヴィアが口にした事も心情であり誘き寄せを成功させる為の物ではない。そのうえ内容も他の鏡についてだ。
 確かに話はしたが、今回は『どんな噂話をするのか』、または『本当に信じているか』の二点が肝心だった。
「ダメだね、誘き寄せは諦めて探しに行こっかー」
 リタ・トロイメライ(夢見るトリックスター・e05151)は仲間に目配せを送り、奇襲待機を止めて立ち上がった。事態を理解した一十は構えていたカメラを下ろし、ピアやメイセンも隠れていた場所から姿を現す。
 そして、仲間達は大広間に足を踏み入れた。
 ――そのとき。
『おかえりなさいませ、御主人様』
 無機質な声が響き渡ったかと思うと、突如として鏡の魔力が周囲に満ちた。
「……!」
 あまりにも唐突な攻撃に対処しきれず、アリスが声なき悲鳴をあげて体勢を崩す。いけないわ、と声にしたアリシスフェイルは敵からの攻撃が開始されたことを悟った。
 奇襲を行う心算が逆に奇襲されてしまったのだ。
「皆、構えて。来るよ!」
 リタは誘き寄せ失敗の皺寄せが来たと感じながらも、果敢に呼び掛ける。即座にピアが魔鎖の癒しを展開し、コンスタンツァも身構えた。
「ぶっちゃけちょっとびびったっスけどアタシももう子供じゃないんで大丈夫っス!」
 接触作戦は失敗。だが、負ける気は欠片もない。
 銃口を差し向けた少女は強く敵を見据え、威勢の良い声と共に銃弾を放った。

●悪魔のメイド
 背後の物陰から現れ、姿を現したのは悪魔めいた鏡。
 そして、鏡面にはにこやかに微笑む女中の姿が見える。ピアは鏡と女性のギャップに身を震わせ、ぎゅっと掌を握り締めた。
「わたくしめ怖いお話はとっても苦手であります」
 できれば今すぐおうちに帰りたい。だが、戦いは既に始まっている。
 ピアは改造スマートフォンを取り出し、優しい世界の力でアリスを癒す。大打撃を受けながらも何とか耐えたアリスは体勢を立て直し、地獄の炎を纏った。
 駆けたアリスが炎弾を放った刹那、敵が再び口をひらく。
『問題です、わたくしは何者なのでしょうか?』
 これが興味の化け物が共通で行うという謎かけなのだと察し、アリシスフェイルとメイセンははたとした。すると、アリスが口を開く。
「メアリーアンさん……貴女は……誰かを写した鏡に過ぎないんです……」
 続けてコンスタンツァが不思議そうに首を傾げ、自分なりの答えを返した。
「自分が何者かって? 変な質問っスね、アタシはアタシ、女殺し屋一族の末娘改め美少女ケルベロスのコンスタンツァ・キルシェっスよ!」
 朗々と名乗りを上げた少女は猛り狂う闘牛のオーラを纏って跳躍する。
 相手が投げ掛けたのはそういった意味の質問ではないのだろうが、リタは格好良いからいっか、と小さく笑った。
 其処から、コンスタンツァは真っ赤に光り輝く魔法の弾丸を解き放つ。
 更にアリシスフェイルが流星めいた蹴りを放ち、メイセンがブラックスライムを迸らせた。マルゾも主人に合わせ、金縛り攻撃を向ける。
 銃弾や衝撃が敵を穿っていく中、封印箱から飛び出したボクスドラゴンのサキミが水の属性援護を仲間へと施した。
 そのまま援護を頼む、と告げた一十は『興味』から生まれた敵を見遣る。そして、一十は大広間に倒れている青年を一瞥した。
「わけのわからぬものにこそ惹かれる気持ちはわかるなあ」
 この化物は彼の想像が生み出した存在。その姿も形もなかなかのものだと一十は薄く笑んだ。続けて彼は満月めいた光の球をメイセンに向け、加護を付与した。
 シルヴィアも紅瞳覚醒を演奏し、仲間達に防護の力を宿していく。
「彷徨う魂は、私が導くよ……。貴方に、祝福を……!」
 優しい音色が広がる最中、映し鏡の化物は更なる攻撃を放って来た。
『不正解です。御主人様には死んで頂きます』
 アリスもコンスタンツァも相手が求める答えを出せなかったらしく、冷ややかな眼差しが向けられる。それと同時にアリスに向けて鏡の魔力が放たれた。
 ピアは癒し手としてすぐに武器を掲げ、再び回復に移る。
「メアリー・アンというと、どうしても童話を思い出すであります。童話は大好きですがこれとは関係……ないのですよね?」
 思わず疑問形になってしまうが、その答えを持っている者は誰も居なかった。リタはブラックスライムを解き放ちながら、ふと悪魔の鏡の上に目を向ける。
「あ、角! ちょっとアタシと似てない? 怪物じゃなけりゃ、楽しー鏡なのになぁ」
 ふふ、とリタは可笑しそうに口許を押さえた。
 そして身を翻したリタはアリシスフェイルに視線を送る。仲間からの合図を受け取った彼女は改めて敵をまじまじと見つめた。
「まあ、なんて禍々しい鏡」
 映っているメイドは愛らしいが、これならば鏡を壊すことには躊躇せずに済みそうだ。戦うからには勝つと心に決め、アリシスフェイルは古代語魔法を詠唱した。
 魔法光線が戦場を照らす中、コンスタンツァも更なる攻勢に移る。
 鏡で思い出すのは忌まわしい過去の記憶。姉が鏡の裏に隠れ、いきなり揺らすは不気味な声を真似するわで驚き、大変なことになった屈辱の黒歴史だ。
「うう……忌まわしい記憶は封印してメアリーアンを倒すっス!」
 記憶を振り払ったコンスタンツァは両手のリボルバー銃を敵に差し向け、銃弾を次々と撃ち放っていく。
『わたくしは何者なのでしょう?』
 敵は先程と同じ質問を投げ掛け、同時に鋭い攻撃を撃ってきた。
 メイセンはマルゾに仲間を守らせ、手にした斧に魔力を込める。斧に刻まれたルーン文字が淡く光った刹那、高々と跳躍したメイセンは敵を穿った。
「魔女を名乗られるからには魔女である我々は黙っていられませんね」
 目の前の敵を具現化させた敵を思い、メイセンは双眸を鋭く細める。更にシルヴィアが光の剣を携え、雷刃の突きを放った。
「これだけ畳み掛けてもびくともしないなんて……強いね……」
「案ずるな。諦めねば勝ち目は何処からでも視えよう」
 シルヴィアを励ますように一十が声をかけ、敵へと駆ける。振り下ろされた刃は稲妻のような軌跡を描きながら鏡の化け物を切り裂いた。
 サキミは先程から一身に攻撃を受け続けるアリスを補助し、凛とした佇まいで癒しの力を向かわせ続けている。
 対するリタは楽しげに、不安など微塵も見せぬ無邪気な笑顔を浮かべていた。
「オバケとか、ワクワクしちゃうよねーちょっと怖いケド」
 そう言ってリタが発現させた色硝子の煌めきが無数の蝶に変わり、ふわりひらりと艶やかに遊び始める。敵を錯乱する蝶の幻影は、続く主の刃を隠して舞い踊った。
 その瞬間、鏡に僅かなヒビが入る。
 アリスは小さな勝機が見えたと感じ、巨大な剣を掲げた。
「ヴォーパルの剣戟――貫きて、尚も、貫きます……!」
 空色の光焔の衝撃波と共に刃を斬り放ち、敵を事象ごと一刀両断にする。それは正に鋭き真理の剣。アリスの一閃は見事に敵の力を削った。
 しかし、未だ終わりは見えない。仲間達は覚悟を抱き、戦場を鋭く見据えた。

●虚無と幻
 戦いは続き、ケルベロス達を激しい衝撃が襲った。
 痺れに心的外傷、封じと様々な痛みが襲ったが、その傷は癒しに徹し続けるピアがすぐさま取り払っていた。
「怖いですが、今はまだ退けません……」
 ピアが必死に恐怖と戦っている姿は健気だ。しかし、仲間を庇い続けるマルゾやサキミ、集中して狙われるアリスには回復不能ダメージが蓄積していた。
 敵の一撃はかなり重く、ケルベロス達の戦う力を確実に削り取った。
 やがて最初に倒れたのはマルゾだった。メイセンは消滅していくビハインドによく頑張ったと告げ、気を引き締める。
 サキミも援護に回り、一十とリタも足りぬ癒しに回った。アリシスフェイルやコンスタンツァは攻撃を続けていたが、敵の狙いはアリスに向かい続けている。
 それから何度か攻防が巡った時、綻びは訪れた。
「ごめん、なさい……もう……私は……」
 敵が放った激しい鏡の魔力を受け、アリスは力尽きる。膝をついた仲間に大丈夫だと応えたシルヴィアは凛と敵を睨み付けた。
『次に死ぬのは……そうですね、あなたです』
 すると、メアリーアンはシルヴィアを次の標的として微笑んだ。その動きに気が付いた一十はサキミと共に敵の前に立ち塞がる。
「これ以上の暴虐は止めるしかないな」
 一十の声に合わせてサキミが癒しの力を紡いだ。その効果を受けた彼は地獄の炎を一点に重ね、魔力と破壊力を同時に練りあげる。
 受け取れ、と短く告げて放たれた一閃。その名は――災禍顕現。
 轍を刻み螺旋に渦巻くわざわい。眩い軌跡が強烈な衝撃波がとなって敵を包み込み、メアリーアンの鏡を歪めた。
 既に勝機は見え始めていた。
「わたくしめも、もうひと頑張りしなければいけませんね」
 もう誰も倒させないと心に決めたピアは懸命に仲間達の癒しを担っていく。同じ意志を抱き、降魔の力を宿した拳を構えたリタも一気に敵に近付いた。
「映らない鏡も、出てこないメイドさんも、役に立たないからね」
「でも、興味から作られた紛いものの命とはいえ、利用されるだけ利用されて消えて行くのは、悲しいね……」
 倒すよ、と語ったリタが鏡の力を奪い取る最中、シルヴィアはぽつりと零す。されど攻撃に込める力は決して緩めない。戦乙女の祝福が紡がれていき、続いたメイセンも最後に向けて狙いを定めた。
「その目論見、打倒して差し上げましょう」
 放たれた魔法光線が敵を貫いた直後、コンスタンツァが鏡の前に駆け込む。
「都市伝説は現実を浸蝕しちゃだめっス。虚実の領分をわきまえるんス」
 ――グッバイ、メアリーアン。
 そう告げたコンスタンツァが放った射撃が鏡のヒビを抉る。その様を捉えたアリシスフェイルは双眸を細めた。今こそ、戦いを終わらせる時だ。
「ヒビでその身を蝕んであげる」
 凍えるような怨念を孕む微睡み向け、彼女は殲滅の魔女の物語を広げた。
 興味は自ら学ぶことにも繋がる。それを奪われてしまえば人生のトキメキも失ってしまうことになる。だから、と小さく呟いたアリシスフェイルが指先を向けた、刹那。
 青と灰の光が絡み合う棘の槍が真正面から鏡を貫いた。

●写し鏡は黙して語らず
 鏡面が割れ、夢の存在だったメアリーアンは幻のように消えていく。
「鏡の破片を持って帰りたかったのに……残念です」
 消滅していく敵を見遣ったメイセンは小さく肩を落とした。本物であったならば良い素材になりそうだったが、幻は在るべき無に還っただけ。
 そんな中、ピアはブランケットを頭から被り、びくびくしながらも倒れている青年の様子を窺いに行った。
「大丈夫ですか……?」
「ううん……君達は?」
 起き上がった青年対し、一十が自分達も不思議に惹かれて来たと話す。すると青年は他にも噂を信じる人が居たのだと喜び、嬉しそうに笑った。
「いかにも曰く有りげな屋敷ではないか。鏡で微笑むメイドの霊……本当ならばお目にかかりたいものであるな」
 先程、自分達が噂そのものと対峙したことは敢えて告げず、一十は口許を小さく緩める。そうして、シルヴィアは帰って行く青年を見送った。
「何だろう、この屋敷、なんだか、色々な……気のせいかな?」
 本当にこの家には何もいないのか。それが少々気になったシルヴィアだったが、既に時刻は朝を迎えている。
「……オバケの夢はおしまい。さ、帰って寝よ?」
 リタがふわあ、と大きな欠伸をしたことで仲間達は帰路につくことを決めた。アリシスフェイルは倒れた仲間を介抱し、傷の癒えたアリスもゆっくりと立ち上がる。
「ところで、あの怪物の問いって正解なんだったの?」
「メアリーアンさん……誰かになりたかった……のかな……?」
 二人が首を傾げて考えても、正解を知っているのは既に屠られてしまった『鏡写しのメアリーアン』だけ。
 皆が屋敷を去る最中、コンスタンツァは一度だけ大広間を振り返る。
 この出来事を作り出した敵は人の興味を奪うドリームイーター。好奇心は猫を殺すという諺もあるが、また厄介な敵が現れたものだと少女は溜め息を吐く。
「負けないっスよ。なんせアタシ達は好奇心の塊っスから!」
 しかし、明るく笑ったコンスタンツァの瞳には未来への明るい意志が見て取れた。
 大丈夫。たとえ猫は殺せても、ケルベロスはそう簡単に殺されはしない。それに、噂に宿る恐怖や好奇心はスパイスだ。
 それがいつまでも良い刺激のままであることを願い、仲間達は屋敷を後にした。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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