驚愕と共に奪われるは、大切な思い出

作者:長野聖夜

●可愛いものは、時に残酷で
「あっ……タマ……?!」
 夢は、虚構。
 けれども、時にそれは、現実の記憶を再現する。
 少年……明がその日見ていた夢は、現実の記憶の再現だった。
 明の目の前にいる、一匹の白い子猫。
 それは、数ヶ月前、雨で弱っていた所を拾い、結局回復せずに亡くなってしまった白い子猫。
 元気になったら家で飼う時に浸けようと思っていた名前で思わず呼び掛け、奥へと歩いて行こうとするタマを、明は慌てて追いかける。
 それから暫くして……子供部屋の様な所に出る。
「タマ……タマ……!」
 思わずそう呼び掛ける、明。
 けれども、タマはそれには答えず、今までずっと明に背を向けていた所を、クルリ、と振り返る。
 その時のタマは、まるでお話の中に出てくる悪魔の様に恐ろしい口を開けていて。
 グングン大きくなっていき、やがて明を上から睨み付けるほどの大きさになり、そして、口を開いて明を食べてしまおうとする。
「う……うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
 ――ガバリ。
 全身から汗を垂らして、ハァハァと息を荒げて、バクバク鳴っている心臓に手を当てる、明。
 クーラーの機械的な音が、やけに無機質に聞こえた。
「……夢、だったの?」
 思わず、明が呟いた時。
 不意に、明の前に白い鹿に乗った獣耳の少女が目の前に姿を現す。
「えっ?」
 まだ夢を見ているの? 一瞬だけ、そう思った明だったが……。
 次の瞬間、少女が、手に握り締めていた鍵で明の心臓を穿った。
 ベッドに頽れる明を淡々と見つめながら。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
 そう、告げて。
 少女の横に姿を現した白い可愛らしい子猫型のドリームイーターの姿に、満足げに首を縦に振るのだった。

●ドリームイーター『タマ』
「子供の頃、理屈が通っていなくても、とにかく驚く夢を見て、夜中に飛び起きたりということは皆さんありましたか?」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が首を傾げながら問いかけて来るのに、そこに集まっていたケルベロス達は其々の表情で返事を返す。
 多種多様な話を聞いてそうですよね、と相槌を1つ打ち、それから、眉を顰めるセリカ。
「……実は、とある町で、その驚く夢を見て夜中に飛び起きてしまった明君、という子供が、ドリームイーターに襲撃されて、その『驚き』を奪われてしまう事件が起きています」
 セリカの言葉に続きを促す、ケルベロス達。
「既に、『驚き』を奪ったドリームイーターは姿を消してしまっている様ですが、奪われた『驚き』を元にして、現実化してしまったドリームイーター……タマ、と言う白い猫だそうですが……が、明君の近所の人々を驚かせる為にその周囲を歩き回って事件を起こそうとしている様です。……皆さんには、他の方々への被害が出ない様、このタマを撃退して頂きたいのです。きっとそうすれば……明君も、目を覚ましてくれると思いますから」
 セリカの祈りを込めた願いに、ケルベロス達が其々の表情で頷き返した。

●戦力分析
「タマは、一体だけで現れます。タマは、普段は白い可愛らしい子猫の姿をしている様ですが、可愛いからと近づいていくと、突然、巨大化し、恐ろしい形相になって、その相手を食べようとすることで驚かせるということをやりたくてしょうがない様です」
 その為、タマが使用するのは、威嚇に近い鳴き声と、その鋭い牙による噛み砕き、そして、鋭く伸びた爪による鋭いひっかき攻撃の3つらしい。
「鳴き声を上げることで皆さんにモザイクを叩きつけてその動きを阻害し、噛み砕き攻撃は、欲望ごと皆さんを噛み砕き、その力を封じて来るでしょう。また、その鋭い爪で斬り裂かれれば、その痛みが皆さんのトラウマを想起させてきます。攻撃一辺倒の様ですが、その分体力は高いとみていいでしょう」
 セリカの説明に、頷くケルベロス達。
 其れに頷き返して、言葉を続けるセリカ。
「それとタマですが、皆さんの中で自分の驚かせる攻撃に驚かなかった方を優先的に狙うようです。この性質を上手く利用できれば、有利に戦えるかも知れません」
 セリカの捕捉に、ケルベロス達が其々の表情を浮かべた。
「明君の見た夢……最後には驚いてしまいましたが、きっとその夢は、本当は明君に既に亡くなっているタマが何かを伝えたくてそういう事をしたタマなりのメッセージであり、明君にとっては無邪気な夢だったのだと思います。其れを利用して、タマというドリームイーターを作り出したドリームイータのことを、許すことは出来ません。どうか、明君が再び目を覚ませるよう、タマと言う名のドリームイーターを倒して、この事件を解決して下さい。……お気をつけて」
 セリカの祈りに見送られ、ケルベロス達は、静かにその場を後にした。


参加者
クロノ・アルザスター(彩雲に煌く霧の剣閃・e00110)
朝倉・ほのか(ホーリィグレイル・e01107)
宵月・メロ(人と魔の狭間・e02046)
ルーノ・シエラ(月下の独奏会・e02260)
守屋・一騎(戦場に在る者・e02341)
丹羽・秀久(水が如し・e04266)
磯野・小東子(球に願いを・e16878)
レイラ・クリスティ(氷結の魔導士・e21318)

■リプレイ


「猫は人を化かすとはよく言うけれど、本当にここまで化かすのは見逃せないですね。何より元になった猫のタマはきっとこんな事は望んでないと思いますし」
「そうですね。きっとタマは明君に元気になって欲しいと願っていると思います」
 何時、タマが現れてもいい様に、周囲を警戒していた丹羽・秀久(水が如し・e04266)の言葉に、きょろきょろと辺りを見回していたレイラ・クリスティ(氷結の魔導士・e21318)が小さく頷く。
「明さんが夢に驚いたのも、タマに恐怖を感じたわけではないのだろうと思います」
 秀久にある程度人が入って来やすい場所を確認して貰い、その周囲を中心にキープアウトテープを張っていき、人払いをすませた宵月・メロ(人と魔の狭間・e02046)も兄の軍服がモチーフになった防具を初めて使うことに少しソワソワする自分の心を抑えながら首肯する。
「……そう言えば、明君から離れはしないんスね」
 離れないと言う性質を持っているのか。それとも、離れたくないということなのか。
 守屋・一騎(戦場に在る者・e02341)が呟き、首を傾げた。
「まったく、デウスエクスってのはホント、野暮で腹が立つねぇ!」
 磯野・小東子(球に願いを・e16878)のそれには、かつて白猫を飼っていた過去からか、明の気持ちへの同情と、其れを利用するドリームイーターへの怒りが綯い交ぜになっている。
 レイラ達も同感だったのだろう、其々に同意した。
「そう言えばあったなぁ。おっかない夢ってやつ」
 メロ達の会話を耳に挟みながら、ふと、思い出したように語るのはクロノ・アルザスター(彩雲に煌く霧の剣閃・e00110)。
「車に乗って隣の県に逃げても、絶対に見つからない様に路地を進んで行っても、何処に逃げても目の前に超有名な巨大怪獣があらわれるんだよねぇ。しかもああいうのに限って繰り返し見るのよ」
「そ、それは怖いですね……」
「ドリームイーターも胸焼けしそうね、クロノの夢」
 クロノの夢の話を聞いて、少しだけ身を震わせて小声で呟く朝倉・ほのか(ホーリィグレイル・e01107)と、軽く溜息をつくルーノ・シエラ(月下の独奏会・e02260)。
「どうせなら美味しい物食べたりお宝とか、男とか―! いい夢繰り返してみたいのに~」
「そ、そうですね……」
「……それも胸焼けしそうね」
 クロノの夢トークにほのかとルーノが其々に相槌を打った丁度その時。
「あっ……ふふっ、こっちおいで?」
 囮役の一騎達と少し距離を取って探索していたレイラが、電柱の傍に寄り添う様に座っている白猫へと穏やかに声を掛けてゆっくりと近づく。
(「あれがタマか」)
 可愛らしい白い子猫が軽く小首を傾げて様子を見ているのに、何時巨大化するのかを用心しながら一騎は奇妙な感覚に囚われる。
(「このタマは、本物じゃない筈だ」)
 でも……何処か、本物のタマでもあるような、そんな感じだ。
 レイラを中心として、小東子達ケルベロスがある程度近付いたその時。
「ふにゃぁ~ん!」
 巨大な鳴き声と同時にグングンと巨大化し、その咢を大きく開き目をぎょろりと光らせた。
「え……? ……きゃあああああっ!」
 レイラが尻餅をついて、驚いた表情で後ろに下がり。
「はぎゃ~ん、タスケテルーノチャーン!」
 クロノがわざとらしく抱き付かんばかりの勢いで叫んでいる姿にジト目を向けつつ淡々とルーノが受け流し。
「ま……マジッスか?!」
 これもまたわざとらしく一騎がびっくりした様に一歩下がって。
「きゃっ…きゃぁっ?!」
 ほのかが割と本気に聞こえる悲鳴を上げ。
「!」
 秀久が息を呑んで驚愕を表現し。
「ぎゃああ!!」
 メロが悲鳴を上げて頭を抱えてしゃがんで涙目で震え出し。
「うっひゃぁ!」
 小東子が大袈裟だろ、と思える位大声を上げてテレビウムのいくらと抱き合って見せる。
「フゥゥゥゥゥ……」
 冷静なルーノに対して、敵意を見せて鋭い牙で蛍光灯の光を反射させて威嚇するタマ。
「正義の味方、はじめましょうか」
 敵意を剥き出しにしたタマに、彼女が宣戦布告した。


「フシャァァァァ!」
 鋭い鳴き声と共に、その牙でルーノを噛み砕こうと襲い掛かるタマ。
 その攻撃を、ルーノが拳で受け止める。
 鋭い牙が食い込み、拳から血が滴るが彼女は負けじと降魔真拳。
 その魂の一部を喰らった。
「戦いを始めます」
 自信のない、か弱そうだったほのかが、冷徹な表情と声音で小さく呟き、掌から竜の幻影を撃ち出し、ルーノが加えた傷を抉る。
「おねーさんとして頑張らないと~」
「行きましょうか」
 ほのかの攻撃とほぼ同時に、クロノと秀久が左右から接近。
 クロノがゾディアックソードに大量に載せたグラビティでタマを斬り裂き、秀久がキャバリアランページで、タマの腹部に高速で体当たり。
「フシャァァァァ!」
「うわっ!」
 タマの威嚇の声に驚きの声を上げながら、小東子が気咬弾。
 竜型のオーラがタマの体の一部に齧りつき、いくらがかっ、とフラッシュを放ってタマの視界を一瞬だが奪った。
「フニャァッ?!」
「い……行きますっ!」
 驚きで震えている振りをしながらメロが詠唱を完成させマジックミサイル。
 ファミリアロッドの先端から生み出された幾重もの魔法の矢がタマの身を射抜いていく。
「フゥゥゥゥ……」
(「タマは、どうしたかったんだろうな……」)
 目の前のタマの声を聞きながら、一騎の脳裏に、ふと、そんな考えが掠めていく。
 明の夢に出て来たタマは、ありがとうと伝えたいのか、明と名を呼びたいのか、生きろと励ましたいのか。
「どちらにしろ……お前は本物のタマじゃない。あんたは及びじゃない」
 軽く頭を振って逡巡を振り切り、一騎が呟く。
 呟きは、魔力を籠めた咆哮となり、タマの動きを怯ませていた。
「フニャァァァ!」
 身を竦まされたタマが雄たけびを上げた。
 それは、ただ驚かせたいという咆哮ではない。
 激しい物理的な衝撃を伴う、魔力の籠められた咆哮。
 だが、それは。
「そう簡単にはやらせませんよ!」
 立ち上がったレイラが生み出した雷の盾と周囲一帯を巻き込みつつ、爆ぜる。
「くっ!」
 全ての衝撃を吸収しきれない事に気が付き、一騎は咄嗟に秀久を庇い、ルーノがほのかの前に立ちはだかっていた。
「きゃっ?!」
 衝撃で遂に驚きの声を上げたルーノに満足げに頷く表情を見せるタマ。
 ルーノと一騎の全身を咆哮による痺れが襲うが、次の瞬間にはレイラの生み出した薄蒼いオーロラの様な光が2人の体を癒し、痺れを取り除いていた。
「サポートは任せてください、全力で参ります!」
 レイラの激励に押され、一騎がブラックスライムに地獄の炎を這わせてタマを貫く。
 素早く周囲を駆けまわり、その攻撃による致命傷を避けたタマに、機敏にクロノが反応してそれに追いつく。
「アルザスターさん、コンビネーションです」
「オッケ、任せて!」
 並走するほのかに頷きクロノが達人の一撃。
 卓越した強烈な一撃に、前脚を氷漬けにされたタマを黒い疾風と化したほのかが上空から抱きしめた。
 ――モフモフモフモフモフ。
 デウスエクスとは言え、このフカフカした柔らかい感触は其れだけでもとても気持ちがいい。
 あまりにも気持ちよすぎて、いつもよりも大量の生命力や魔力を奪ってしまう位だ。
(「このフカフカ感……幸せです」)
 驚くことも忘れ、暫し抱擁を堪能するほのかに溜息を零しつつ、ルーノが自分を支点としてクルクルと大鎌を回転させて深々と斬り裂き、秀久が それに合わせて降魔真拳による強烈な殴打を叩きつける。
 横殴りにされ、若干の血を吐き出しながらも堪えた様子の無いタマに、メロのハヤブサが体当たりすると同時に小東子が走った。
「突貫! 気合!! 根性――!!」
 ドカン、と言う凄まじい音と共に急降下爆撃を頭部に受けてよろけるタマを、ここぞとばかりにいくらが凶器でボコボコ殴りつけていた。
 ミシリ、と嫌な音と共に、右前脚の骨を砕かれるタマ。
「フニャァァァ!」
 怒りを交えてタマが咆哮する。
 
 ――どうやら、まだまだ健在の様だ。


 ――それから、それなりの時間が経った。
「フゥゥゥゥゥゥ!」
 タマが驚かせようと思ったか雄叫びを上げるが。
「ふん、そんなので驚くのは最初の一回くらいよ」
 一騎と交代で驚かずにいたルーノが呟き、ギラリ、と光り輝く牙でその身に噛みつかれる。
 胸から肩にかけてを牙に引き裂かれ、鮮血を飛び散らせながらも、そのまま踏み込み、簒奪者の鎌を口腔内で振るう。
 口腔内を斬り裂かれ、仰け反るタマに蹴りを喰らわせリーチを確保。
「シエラさんに合わせます」
 距離を取ったルーノと入れ替わりにほのかが『畏れ』を実体化させた漆黒の惨殺ナイフ、『黒鬼』でタマの体を残虐に斬り裂き、その鮮血を浴びて繰り返された咆哮により体の内側から、壊れかけていた体の一部を癒す。
「行きますよ」
 秀久が鮮血を飛び散らせながら片足の利かない四股で踏ん張り攻撃に耐えるタマの懐に飛び込み、グラインドファイア。
 摩擦によって生み出された紅蓮の炎を足に纏い、そのまま回し蹴りを叩きつける。
 左前脚を蹴り砕かれグラつくタマに、クロノが接近。今度はアームドフォートから自らのグラビティを圧縮した砲弾を発射。
 撃ち出された弾丸が、タマの体を撃ち抜く。
「ギ……ギニャァァァァ!」
「倒してやろう。遊んでやろう。タマじゃないお前のために。お前の最期まで」
 まるで、弔辞を述べる様に。
 一騎が呟きながら、ブレイズクラッシュ。
 攻性植物に纏わせた地獄の炎が秀久によって生み出されていた火傷を更に悪化させる。
「もう! 驚かせすぎなんだよ!」
 タマが攻撃を仕掛けてくるたびに驚くことで、自らが攻撃の対象になるのを免れていた小東子が、流星の如き線を翼で描いて接近し、そのまま流星の力を秘めた蹴りを叩きつける。
 叩きつけられた一撃にタマの左足が完全に砕かれ、両足の踏ん張りがきかずに倒れかけるタマの目を、いくらのフラッシュが更に奪った。
「ギニャッ!」
「今です!」
 メロが素早く自分の肩のハヤブサに声をかけ、それに応じてハヤブサが体当たり。
「大丈夫ですか? 今、回復します!」
 叩きこまれた体当たりにタマがよろけ、動きを止める間にレイラがウイッチオペレーションで、消耗の激しいルーノを癒した。
「フー……フー……」
 荒い息をつきながらタマが既に動かなくなっていた、と思われる右前脚の爪を伸ばし、それでルーノを引き裂こうとする。
 咄嗟に一騎がその前に出てその鍵爪を受け止め、斬り裂かれることに痛みを感じて、安心感を覚えた。
「……あの時の事を思い出させられる位なら……この位の傷、大したことはない!」
 かつて、自分が自分の感情のままに暴れ全てを壊してしまった時のことが脳裏を過り、其れがトラウマとなって心と体を蝕むのに苦しみながら、一騎が吼えた。
「人に嫌なことを思い出させるようなやつは……さっさと倒れな!」
 空中へと飛び上がった小東子が、タマの上空から急襲を掛ける。
 見切り回避のために交互に、とは言え幾度か使用されていた攻撃を躱そうとするタマだったが、その時には、タマの足元にやって来ていたいくらがボコボコと凶器でまだ動きが鈍っていない後ろ右足を殴りつけている。
 軸にしようとしていた足を殴られ、その場で転ぶタマに小東子の全身全霊を籠めた体当たりが直撃し、タマが再び悲鳴を上げた。
「ギニャア!」
「今ですね」
 メロがマジックミサイルで倒れているタマを射抜き。
「シエラさん、アルザスターさん」
 ほのかが漆黒の魔力弾を撃ち出し、その身を撃ち抜き。
 更に阿吽の呼吸で放たれたクロノの匠の技を乗せた拳とルーノの『生命喰らい』の拳が重なり合ってタマの頭蓋骨を陥没させ。
「その太刀筋、水の如し……」
 刀の刀身を手の指で挟み、力を溜めていた秀久が一気にそれを放出し、居合の要領で一閃させた。
 鋭く放たれた斬撃にタマがその身を斬り裂かれ、頽れかけたその真下に。
 不意に、巨大な魔法陣が展開され、巨大な氷柱へとタマを取り込む。
「無慈悲なりし氷の聖霊よ。その力で彼の者に手向けの抱擁と終焉を」
 呪印を切り、きっ、とした表情でレイラは告げる。
「ここまでです、悪夢よ……砕け散りなさい!」
 叫びと同時に呪印を完成させ。
 凍り付いたタマを無慈悲に打ち砕いた。
 
 ――パリン。

 まるで、ガラスが割れるような音と共に。
 氷柱に取り込まれたタマが砕け、さらさらと光り輝く氷の欠片となって消えていった。


「終わりましたね」
 秀久が日本刀を納めながら呟き、周囲を確認。
 あちこち駆け回るわ、辺り一帯を振動させかねない咆哮を呼び起こすはのタマだったため、建物の幾つかが壊れている。
「いい夢みられるといいな」
 秀久の指示を受けながら、レイラたちと共に周りにちょっと被害の出た建物の修復を行うルーノが誰にともなく小さく呟く。
「シエラさん?」
「なんか言ったぁ?」
 ほのかと、クロノが耳聡く呟きを聞き付けたか問いかけるが、ルーノはそれには返事をせず、メロや秀久と共に近くの家に向かう一騎を後を追う。
 夏場故だろう、網戸になっていた2階の窓をこっそりと開けて子供部屋に侵入。
「う……う~ん……タマ……」
 ベッドで寝言を呟きながら、薄らと目を覚ました少年……明の元を訪れていた。
「……夢に出る程、タマのことを想っているのですね」
 意識を取り戻しつつ、寝惚けているのか哀し気にタマの名を呟く明に、メロが優しく声を掛ける。
「タマ……僕は……」
 スン、と鼻を鳴らす音が聞こえた気がして、其れがメロの心を軽く締付けた。
「タマも夢に出て来たいほど明さんに感謝しているのかも知れないですよ」
「メロの言う通り、きっとタマは貴方に感謝していると思いますよ」
 宥める様な秀久の言葉が、微睡の中にいる明に何処まで届いているのかは分からない。
 けれども……何かを感じ取ったのか、少しだけ穏やかそうに頷き再びスヤスヤと安らかな寝息を立て始めた。
「そろそろ、帰りましょうか」
 レイラに促され、メロ達はそっと明の部屋を後にする。
 それから小東子が、明の家のポストの中に、懐にしまっていた紙を投函した。
 それは、野良や不幸な境遇の猫の保護と里親探しをする団体のチラシ。
「あの子は、優しい子だ。これを見れば、きっと何か感じてくれるよ」
「そうですね。……それでは、記念写真を一つ撮らせて頂けませんかな?」
 小東子の言葉に頷きながらの勝利の記念と、明君の幸せを願って告げられた秀久の提案に、小東子が折角だし、そうしようかとレイラ達を促し、その場で一枚の写真を撮る。
 そして、静かにその場を後にするのだった。

作者:長野聖夜 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 2
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