「くそ、やられた!」
ナイフで腕を斬られた若者が悪態をつき、じりじりと後退する。
数年前に閉店したダーツバーは、この若者を含むグループのたまり場だった。
そこに、ここしばらく険悪だったグループが押し入ってきたのが30分前。この若者の仲間は恐れをなして全員逃げてしまい、彼だけがここに取り残されていた。
相手のグループの青年らはニヤニヤと笑いながら、若者をいたぶるようにナイフをちらつかせている。
若者の背後には壁、もう逃げ場はない。
「誰かっ……誰かいないのか!?」
叫ぶと、物陰からゆらりと何かが現れた。
それは、人ではない――人をかたどった植物のよう。
それがツルを伸ばすと、瞬く間に相手のグループの人間は首を絞め上げられ、その命を奪われたのだった。
ヘリオライダーのセリカ・リュミエールは、茨城県かすみがうら市の地図を片手に持っていた。
「最近、かすみがうら市で、若者のグループが抗争事件を起こしているようです」
もちろん、ただの抗争事件ではない――攻性植物の果実を体内に受け入れ、異形化した者が関わる抗争事件だ。
「皆さんには、攻性植物を退治して頂きたいと思います」
「攻性植物は、この半地下のダーツバーにいるようです」
地図に赤いマークを書き込みながら、セリカは言う。
「グループの若者などもいるかと思いますが、ケルベロスの皆さんの脅威にはなりません。戦闘が始まれば逃げていくと思いますので、特別な措置は必要ないかと思います」
攻性植物は、捕食しようとする、ツルで締め上げる、大地を侵蝕して地面から攻撃を仕掛けるなどの攻撃をするようだ。
「かすみがうら市の攻性植物は大きな動きを見せてはいませんが、芽の小さいうちに潰していきたいものですね。皆さん、どうぞ気を付けて行ってきてください」
参加者 | |
---|---|
コレット・クラナッハ(双子の蛇・e00231) |
英・陽彩(華雫・e00239) |
四垂・ミソラ(夕暮れの守護者・e00473) |
ガーネット・レイランサー(桜華葬紅・e00557) |
源・那岐(疾風の舞剣士・e01215) |
アニエス・エクセレス(シャドウエルフの鎧装騎兵・e01874) |
葛乃葉・子規(呪いを紡ぐホトトギス・e03808) |
瀬戸口・灰(泰然自若な菩提樹・e04992) |
●
「……目的地に到着。これより状況を開始」
茨城県かすみがうら市。
問題のダーツバーのドアの前に立ち、ガーネット・レイランサー(桜華葬紅・e00557)は淡々と言う。
内部では人の争うような物音が聞こえる。このまま放置していれば、攻性植物によって彼らは命を奪われてしまうことだろう。
「道具に頼らず拳で殴り合ってればよかったものを……」
ウィングキャットの猫を伴う瀬戸口・灰(泰然自若な菩提樹・e04992)はドアに耳を押し当て中の様子を探りながら、そうこぼす。
灰は抗争や喧嘩そのものを否定するつもりはない。しかし、それが何か取り返しのつかない事態を起こすことだけは、避けなければならなかった。
ドアの向こう、助けを求める叫び声が聞こえる。
「行こう!」
静かに気合を入れてから四垂・ミソラ(夕暮れの守護者・e00473)は短く告げ、ドアを開けて突入する。
「じゃじゃじゃじゃーん!」
場違いなほど明るい声を上げるのはコレット・クラナッハ(双子の蛇・e00231)。
突然の闖入者に彼らは呆然とケルベロスらを見つめていたが、その手に握られた物々しい武器に、はっと身を硬くする。
「邪魔なんでどっか行っててくれないッスか?」
にこにこと笑顔で葛乃葉・子規(呪いを紡ぐホトトギス・e03808)は言う。
「テメェ、ナメてんのかァ――?」
子規の声に細く刈った眉をぴくりと動かし、ナイフを持った男が睨む――その男を、英・陽彩(華雫・e00239)の視線が射る。
「早く逃げなさい。巻き込まれても洒落にならないでしょう?」
その手に握られた簒奪者の鎌は、その名の通り黒曜石のような輝きを持っていた。
「ここは戦場になる。命は無駄にするものではない。逃げろ。命を大切にしろ」
冷ややかに言いながら、ガーネットはヒールドローンを放つ。
アニエス・エクセレス(シャドウエルフの鎧装騎兵・e01874)の殺界形成の甲斐もあってか、男らはじりじりと動きだし、攻性植物からある程度の距離を置いたところで一気に出口へと殺到した。
薄暗く埃っぽいダーツバーの中にいるのはケルベロスと、攻性植物だけ。
戦場をぐるりと見渡してから、源・那岐(疾風の舞剣士・e01215)も殺界形成で人を遠ざけ、霊刀「菖蒲」をスラリと抜く。
「早く楽にして差し上げます」
森の守護者の次期族長としての責任を覚えながら、那岐は攻性植物に声をかける。
攻性植物は、人間でいうと顔のところにあたる部分のツルを蠢かせるばかりで、何かの意思表示をすることはない。
――否、牙の生えた口のような形に植物を変形させたのは、戦いへの意思表示か。
ミソラはそう受け取って、攻性植物の真正面に立ちはだかり。
「がんばって皆さんをお守りしますよ!」
そう言って、床にゾディアックソードを突き刺すのだった。
●
ミソラが地面に描いたのは守護正座の図。
光り輝く星座の守護を受け、子規は巫女服の袖から札を取り出して攻性植物に投げつけ、【氷結の槍騎兵】を召喚する。
「氷の槍騎士さん、いらっしゃ~い」
投げられたシャーマンズカードは攻性植物にぺたりと貼りつき、至近から氷属性の攻撃を浴びせかける。
捕食形態に変わったツルはコレットへと伸びたが、間に割り込む灰が攻撃を受けとめ、ツルを握りしめる拳に禍々しい影を纏わせる。
「砕け、潰せ、ぶっ壊せ」
蠢く影の打撃を受け、ツルはぐにゃりと形を歪め、攻性植物の元へと戻っていく。
灰の禍槌に続くのは陽彩の熾炎業炎砲。無数の炎弾が敵を炎上させ、薄暗いダーツバーに赤い輝きがともる。
鮮やかな炎の色を楽しんでいるかのように、陽彩は目を細めて微笑する。宙を舞う埃を際立たせる輝きに目をくらませることなく、ガーネットは攻性植物を見据えていた。
「……野に放たれれば多くのヒトが死ぬ。……ここで殲滅する」
両手に持ったガトリングガンを構え。
「……目標補足。排除開始」
ガーネットの瞳が一瞬、見開かれる。
「斉射!」
声と共に弾幕の雨が降り注ぐ――爆炎の魔力が炸裂する中を那岐は護衣「朱雀」の裾をはためかせながら駆け、攻性植物の背後に回り込む。
「我が一族は森の守護者。堕ちた植物は責任を持って討伐します」
囁きかける那岐の手元、霊刀「菖蒲」はゆるやかな弧を描く。
「それが使命なれば。……お覚悟くださいませ」
急所のみを断つ一閃に、攻性植物は悶えるように体をくねらせた。
アニエスは星天十字撃で確実な攻撃を刻み続け、ミソラは気合の入った旋刃脚を攻性植物の頭部めがけて打ち込む。
蹴りを放った際に覚えた何とも形容しがたい感触に、ミソラは慌てて攻性植物から距離を取る。
「こんな風になってしまうなんて……扱いには気を付けねばなりませんね」
ケルベロスたちも、攻性植物を武器として扱うことはある。
体内に取り込めばこのように変貌してしまうのだ――元は人間だとは思えないようなおぞましい姿を見つめたケルベロスたちは打倒の意志を固くした、その時。
静かに侵蝕を進めていた攻性植物の草芽が、床を突き破って姿を見せた。
●
床から伸びる攻性植物の草芽が、戦場を包む。
「大丈夫か!」
近くにいた陽彩を抱きかかえて攻撃から守り、灰は仲間たちに声をかける。
灰のサーヴァント、猫も戦場に満ちる邪気を払って回っているが、回復は追いついていない。
「灰さんも、怪我はないですかっ!?」
全身にまとわりつくツルを両手の刀で斬り払いながら、那岐は叫ぶように問いかける。
生え出でた植物のせいで視界は悪い。触手のごときツルに手足を絡め取られ、焦った子規は声を上げる。
「ちょ、ちょっと待つッス! それ以上はシャレにならないッス!」
「今助けるよっ!」
声と共にコレットがサイコフォースを放つと、ぶちぶちと嫌な音を立てて子規の体にまとわりついていたツルがちぎれる。
「助かったッス! お礼に歌、聴かせてあげるッス」
輝くような笑顔と共に「ブラッドスター」を子規は歌う。
植物の葉にミソラの額が裂け、ぽたりと血が落ちる。ミソラは荒い息を吐き、自らの回復へと移る。
「勇者の種族としては、ここで引くわけにはいかないわよね!」
龍血外装――床に落ちた血が粒となり浮遊し、ミソラの身を守る外殻となる。
同時に活性化された竜種としての血と誇りが、ミソラの体を内側から癒していった。
アニエスは辺りを見渡し、複数のツルが絡まって毛玉のようになっている場所があることに気が付いた。
あれを破壊すれば視界は晴れる――そう信じて、アニエスはアームドフォートを変形させる。
「エクセレス流槍術・番外! ヒュージ……スピアァァァ!!」
毛玉のようになっているツルに突き刺し、全火力をそこに集中させる。
ばん、と音を立てて塊はバラバラになり、それと同時に視界が良好になる。
「見付けた……逃げ場などない……!」
一度は見失った攻性植物本体の姿を捉えてガーネットは言い、素早い身のこなしで高く跳び、告げる。
「……火力を集中させる。ターゲットロック、全ハッチ解放……斉射!!」
●
ガーネットのブラスト・サーカスが攻性植物へと殺到する。
雨あられと降り注ぐミサイルの勢いを止めようと、攻性植物はうねり、ガーネットを捕まえようと腕を伸ばす。しかし戦場を縦横無尽に駆け回るガーネットを捕えることは、誰にも出来ないことだった。
ツルが焼失した後の床に灰はケルベロスチェインを展開し、コレットの守りを固めていく。
陽彩をかばった際に負った傷が焼けるような痛みを伝えていたが、灰は努めて平然とした顔を作る。
(「俺が倒れるわけにはいかない……!」)
メンバーの中で最も年上であり、数少ない男でもある灰。
その意地を賭けて立ち上がる彼の頬に、猫は優しく額をすりつける――猫を優しく撫でながら、灰は帽子を脱ぎ捨てた。
「来来・焔雷!」
陽彩の言葉に呼応して、赤い雷を纏った狼『焔雷』が姿を見せる。焔雷に頭を垂れ、陽彩は敬意を込めて声を上げる。
「音速の如し一閃をお見せくださいませ」
雷の音を思わせる呻りを上げ、焔雷は攻性植物に食らいついた。
バチンという大きな音と共に、世界が一瞬白く染まる。
焔雷・咢による攻撃で、攻性植物は感電したかのように痙攣していた。
ケルベロスらもダメージを負っているが、攻性植物もそれは同じ。那岐は両手に刀を携えて、使命と誓いを胸に攻性植物へと接近した。
「さて披露するのは我が戦舞の一つ。必殺の銀色の剣閃!!」
那岐の得意とする戦舞は銀色の風と、無数の剣閃を伴い。
森を吹き抜ける風のように激しくもしなやかな連撃に、攻性植物の体が揺れ。
「終わりだ――!!」
そこに灰の、本気の一撃が加わった。
「……目標の殲滅を完了。……状況終了」
攻性植物の体が焼け失せるのを見届けて、ガーネットは言った。
「ひ、ひどい目にあったッス……」
はだけかけた巫女服を整えながら、子規はそうぼやく。
「戦闘の爪痕、どうにか処理出来ましたね」
紫陽花の透かし模様が入った武器飾りを片手で弄びながら、那岐は微笑みを浮かべた。
「この有様じゃ、どこから入ってきたのか調べようがありませんね」
灰に付き合って攻性植物がどこから入り込んだのか調べようとする陽彩だったが、激しい戦闘によってボロボロになったダーツバーはもはや原形を留めていない。
「残念ですが、直しておきましょうか?」
「任せてくださいッス。自分、結構歌得意なんすよ」
アニエスの問いかけに子規はうなずき、「ブラッドスター」による癒しをバー全体に広げていく。
両手を合わせる形で攻性植物の冥福を祈ってから、ミソラもスターサンクチュアリでダーツバーの修復に加わった。
「早めに帰りましょうか。抗争にはあんまり関わりたくないです」
ミソラの言葉に、コレットはこくりとうなずく。
軋んだ音を立てて開いたダーツバーのドアから、ケルベロスたちは地上へと戻る。
無人に戻ったダーツバーを、暗闇だけが支配していた。
作者:遠藤にんし |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2015年9月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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