花金魚の棲む森

作者:彩取

●花金魚
「あのなあ、何度も言うが」
 こんな見え透いた噂話、真に受けるなよ。
 電話で自分を諭す友人の声に、俊輔は眉を顰めた。
 俊輔と友人が話していたのは、最近知った噂話についてである。
 学校の裏の広い森には、誰も見た事のない、花金魚と呼ばれる主がいる。
 その噂の真偽を確かめようと、今宵、俊輔は森を訪れたのだが、
「とにかく、俺はパス。じゃあ明日、おやすみー―」
「お、おい、まだ話の途中だっ……って、切られたし」
 色好い返事は返されず、俊輔は耳にあてていたスマホをしまって、懐中電灯を片手に歩き始めた。誰もいない森の中で聞こえるのは、夜風を浴びた森の緑が騒めく音だけ。しかし、俊輔は足元を照らしながら、ゆっくりと森の奥へと進み続けた。
「――良いよ。あいつがいなくたって、花金魚は俺が見つける」
 俊輔を突き動かしているのは、噂話に対する好奇心。
 しかし、彼がつい躓いて、落とした灯りを拾おうと屈んだ時、

「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 背後から、誰かの声が聞こえた。それは手に持つ鍵で、俊輔の心臓を一突きした魔女の声。やがて俊輔は意識を失い、奪われた彼の興味からドリームイーターが生まれ出た。
 その姿は、俊輔の興味が具現化したかのような、巨大な魚――花金魚。
 透き通る虹色の尾びれを持ち、鱗の代わりに無数の花々で身体を覆っているその怪魚は、波音にも似た森の騒めきの中を悠然と泳ぎ、彷徨い始めたのである。

●奪われた興味
 不思議な物事に強い『興味』をもって、実際に調査を行おうとしている人。
 そんな人がドリームイーターに襲われ、興味を奪われる事件が発生したと言い、ジルダ・ゼニス(レプリカントのヘリオライダー・en0029)はケルベロス達に話を続けた。
「興味を奪ったドリームイーター自体は、既に姿を消していますが」
 事件を起こすのは、奪われた興味を元に現実化した個体である。
 これを倒せば、興味を奪われた被害者も、目を覚ましてくれるだろう。
 
 興味を奪われた被害者は、桧木・俊輔という高校一年生。
 彼の興味から生まれたのは、花金魚という噂を現実化したような巨大な金魚だ。
「この金魚は所謂、琉金型と呼ばれる形のようですね」
 長い尾びれに、まるみを帯びた体の金魚。しかし、尾ひれは虹のように輝き、体を覆う鱗の代わりに四季折々の花が咲いているという。すると、ジルダは言った。
「この敵は人を見つけると、自分が何者であるかを問うのです」
 今回の場合、お前は花金魚だと答えれば正しく対応した事になる。
 そうすると、怪魚は何もせずに去っていくらしい。ただし、間違った答えや、何か怒らせるような事を言った場合、敵は答えた者を殺そうとするのだが、
「わしらは討伐にいくわけだし、その辺は関係ないな」
「はい。答えの成否がどうであれ、攻撃を仕掛ければ戦いとなります」
 都峰・遊佐(ウェアライダーの刀剣士・en0034)の言葉の通り、戦闘には影響はない。また、ドリームイーターは自分の事を信じていたり、自分の噂話をしている人の方に引き寄せられる性質があるようなので、上手く誘い出せば有利に戦う事が出来る。
 森の中にひらけた場所があるので、そこで噂をするのが得策だろう。
「私からは以上です。――私も、噂話は嫌いではありませんので」
「ん、同じく。夜歩きはちとあれだが、好奇心旺盛なのは悪かあない」
 花金魚を誘う餌は、人の興味から紡がれる噂話。
 そしてそれを倒す為には何よりも、ケルベロスの力が必要なのだ。


参加者
小華和・凛(夢色万華鏡・e00011)
ジゼル・フェニーチェ(時計屋・e01081)
シヲン・コナー(清月蓮・e02018)
輝島・華(夢見花・e11960)
マール・モア(ダダ・e14040)
鉄・冬真(薄氷・e23499)
ベルカナ・ブラギドゥン(心詩の詠唱姫・e24612)

■リプレイ

●森の秘密
 鬱蒼とした森に、小さな光が浮かんでいた。
 それは今宵、ケルベロス達の行く道を照らす三つの灯り。
 程なく指定の場所に到着して歩みを止めると、シヲン・コナー(清月蓮・e02018)が持つ金魚に似せた提灯だけが、不自然にぐらりと揺れた。
「こらこらポラリス、提灯にじゃれつくな」
「ぷきゅー、ぷきゅぷきゅ」
 悪戯の主は、風ではなくシヲンのボクスドラゴン。
 その愛らしさに微笑む輝島・華(夢見花・e11960)と、ボクスドラゴンのウィアドがやきもちを焼かないように、頬の緩みを堪えるベルカナ・ブラギドゥン(心詩の詠唱姫・e24612)。やがて目を合わせた二人は、自然と話を始めた。
「ここですか、花金魚さんが現れるのは」
「森を泳ぐ花金魚……何だか素敵ね、ウィアド!」
 波音のように葉が騒めく夜の森。それをテレビウムの丸助と見渡す都峰・遊佐(ウェアライダーの刀剣士・en0034)やジゼル・フェニーチェ(時計屋・e01081)の姿を見て、レティシア・アークライト(月燈・e22396)も穏やかな口調で話の輪に加わった。
「探したくなる人の気持ちもわかります。きっととても美しいのでしょうね」
 傍らに漂うのは、尻尾に花咲く輪を持つウイングキャットのルーチェ。
 鮮やかな色を纏う彼の隣にはもう一匹、翼の生えた白猫がいた。
「花を咲かせた金魚、か……どことなく涼しげで良いね。白雪」
 小華和・凛(夢色万華鏡・e00011)のパートナー、白雪である。静かに後方へと目を向ける凛。そこには、レース地の黒いフードケープを纏ったナノナノを連れたマール・モア(ダダ・e14040)が、森を見つめて佇んでいた。
「……夜の森って、何だかどきどきするわね」
 往く道を照らした、枝垂れる花を模したランプ。
 この光が届かない闇夜を、花金魚は泳いでいる。
 すると、鉄・冬真(薄氷・e23499)は囁いた。
「これよりも美しい花畑が見られるのかな? 楽しみだ」
 彩り豊かな硝子の花籠――そのランプが零す光を、そっと消しながら。

●今宵の噂話
 森の主、花金魚。
 その魚の鱗は、全てが花だという。
「どんなお花が咲いているのでしょう?」
 そっと首を貸しげながら、華は浮かんだままを口にした。
 例えば、夏の夜に咲く月下美人の如し、泳げばひらひらと揺れ動くひれのような花弁を持つ一花。あるいは虹色の尾ひれとお揃いで、七色に染まった見た事もない一花。
 それを聞いて、シヲンはポラリスを見てぽつり。
「お前の尻尾も、金魚の尻尾みたいだな……」
 対し、ぱちりと瞬くポラリスの金の瞳。
 するとベルカナも、ウィアドを見てこう告げた。
「あなたにも花が咲いているから、親近感が湧いちゃうかも」
 身体に花の咲いた美しい竜。花金魚もウィアドのように、沢山の花が咲いているのだろう。香り高い薔薇や純白の百合、季節を問わないなら桜の花もあるかもしれない。
「それとも……ふふ、わくわくするね」
 倒す相手ではあるが、見目に思い馳せるのは楽しい。
 そう語るベルカナの話に相槌が打たれる中、シヲンが言葉を継いだ。
「しかし花金魚か。なんだかとても雅な名の金魚だな、しかも発光してるとか」
 彼が思い描くのは、この時期が見頃の睡蓮や蓮の花。より具体的に言えば、睡蓮池を泳ぐ金魚の姿だ。涼を感じるその光景。だから花金魚にも水辺の花が咲いていると良い。
 すると、レティシアはこんな花を話題にした。
「金魚草という、金魚に似た姿の花もありますね」
 空に向かって細長く、金魚が身を寄せ合うように咲く金魚草。
 他にも、赤い花を金魚に重ね見ながら、レティシアは様々な花を想像した。大輪の赤薔薇や無数のガーベラ。可憐なゼラニウムも、少し金魚に似ているような気がする。
 中には、こんな話をする者もいた。ジゼルが語るのは、虹色の花に関する話である。
 甘い香りで皆を惑わせる虹色の花。その中に、一つだけ違う色の花が咲くのだ。誰かに見つけて欲しい――そう伝えるように虹の中で密やかに咲く、たった一輪のオレンジの花が。
「四葉のクローバーみたい。見つけたらきっと幸せになれる。よ」
「幸せを運ぶお花……きっと、素敵なお花でしょうね……!」
 ジゼルの話に、瞳を輝かせる華。そこに冬真も興味深そうに頷き、
「では……僕が聞いたのは、このような噂かな」
 あくまでも噂話と前置いて、花金魚の姿を語った。
 冬真曰く、それは瑞々しい白木蓮の衣を纏っており、花弁に色濃い脈を持つ銭葵はさながら着物の帯のよう。その衣からは白を彩る金木犀の花の香が漂い、そして、
「腹から尾ひれへと向かう薄桃色の山茶花達は――」
 魚が尾を揺らす度に、優雅にたなびくのだと。
「夜の森を泳ぐのは、とても幻想的だね」
 一方、冬真の話に頷いた凛も、花金魚の姿を思い浮かべた。
 鬱蒼とした闇夜の森を、自由に揺蕩う幻想の世界の住人。
 ただ、折角無数の花が咲いているのなら、自分好みの花もあるといい。
「僕は雪が好きだから……綿花のようなふわふわした花が良いな」
 花の種類は問わないが、大輪の八重咲などは格別惹かれる。
 やがて、仲間達の話に聞き入っていた遊佐は森を見渡し、
「君は、どんな花があると思う?」
 男の問いに、マールはこう答えを紡いだ。
「秘密を覆い隠す様な、薔薇の花が咲いているのではないかしら」
 蕩けるような甘い声で語るのは、声よりも甘い香りを漂わせる金魚の話。
 夜な夜な出逢った人を虜にすると、花金魚はその人と共に姿を晦ませ、
「何処か、花園へ攫って行って仕舞うのよ――」
 ――その時である。
 森の奥に視線を定めたマール。
 彼女に続いて皆が振り返ると、そこに話の主が訪れた。
 闇の中をゆらゆらと揺蕩い、こちらに近づく不思議な魚。

「ワタクシの事を、ご存じでしょうか」
 魚はそう問い掛けた。
 答えたのは凛とマール、レティシアの三人。
 凛は造花と呟き、レティシアは紛い物だと微笑み、マールだけが花金魚と答え返す。
 すると花金魚は纏っていた光を強め、彼らに襲いかかったのだ。

●花と戯れ
 花金魚が吐いたのは、黄金に輝く一輪の薔薇。
 瞬間、花の弾丸はマール目がけて森を翔けた。その一撃で分かったのは、花金魚の問いに対する答えの成否が、戦いに影響しないという事実である。
 直撃と同時に、マールの元で散る金の花弁。
「お早い返事を有難う。――では、存分に愉しみましょう」
 彼女の一言を鬨の声として、ケルベロス達が動き出した。
 シヲンが起こしたカラフルな爆発、そしてジゼルの黄金の果実の光が、前に立つ者達に注がれる。その輝きの奥に見える標的の姿に、ベルカナと華は声を弾ませた。
「わ、花金魚! 動く姿もすごくすごく、綺麗ね!」
「それに金魚が喋ってる……不思議な光景です」
 淡い桃色の薔薇や、花弁の縁がフリルのように可憐な百合。
 中にはベルカナの髪にも似た翡翠色のダリアや、華が想い描いていたオーロラの光を纏った透徹の月下美人も垣間見えた。しかし頬は緩んでも、彼女達の気は緩まない。
「けどごめんなさい! 綺麗だけど、散らせなきゃ――!」
 それを証明するかの如く、ベルカナは『そらの詩』を歌い始めた。
「どこまでも続く蒼穹の空――」
 窓から覗く青い空に抱いた憧れ。
 それは希望となり、ベルカナが祈りと共に瞳を閉じた瞬間、空のように青い花弁が戦場を舞い踊った。柔らかな光と共に、前方に降る詩の祝福。それを受けた華が技量の全てを得物に乗せ、無駄のない構えから斬撃と氷を与えた直後、
「…へえ、本当に花が変化するんだ」
 凛は縛霊手を纏った腕に力を込めた。
 僅かな腕の振り上げから繰り出される、素早い殴打。
 その衝撃と共に敵へと絡まる網状の霊力に目を向ける中、凛はこう語り、
「今のは……どの花の香りだろう。良いね、これは思わずペットとして飼いたくなるほど――……白雪、そんな不満そうな顔でみないで」
 同時に、白雪の視線をなだめるように呟いた。
 しかし、事実として花金魚の姿は美しい。
 そう感じていた者は、少なくはなかった事だろう。
「――まるで、にじいろのさかな、だな」
 仲間達の斬撃ではらりと散り、風に攫われた花の一片。それを掬うように手を伸べながら、イェロは思う。花の鱗を持つあの金魚の身体には、季節の境がないのだろう。
 故に四季折々の花が咲き、己の手には桜の花が運ばれた。それでも、
「仕事はしっかりと努めさせて頂くぜー」
 イェロは剣を構え、守護星座の加護を描いていく。
 それを見て、駆け出す瞬間にマールは言う。
「ナノちゃん、回復の機は私に倣って頂戴な」
 視線は前に向けたまま、後方のナノナノに伝えるマール。
 火花を零すのこぎり状の刃を構え、マールは風を浴びる花のようにドレスの裾を揺らしながら舞うように敵を斬り付け、そこにナノナノのハート光線が射し込まれた。
 血飛沫の代わりに、傷口から巻き上がる無数の花。傷を受けてさえ花が舞う。そんな敵の姿を冬真は言葉なく見つめていた。常より表情の乏しい冬真であるが、花金魚を映す漆黒の瞳には、僅かながらに穏やかさが感じられた。
「――本当に、優雅になたびくものだね」
 視線の先にあるのは、花金魚の長い胸びれである。
 白木蓮の白に彩られ、金木犀を散らされた一対のひれ。その横に鋼の鬼と化したオウガメタルの一撃を放った冬真に続いて、レティシアは心を研ぎ澄ました。
「許されるならずっと眺めていたいのですが……これもお仕事ですものね」
 戦場であっても常と変わらず。指先まで美しく流れるような所作を。
 美しいものを好むレティシアの佇まいもまた、花と喩えられるものと言えるだろう。そうして日々心がける彼女が、花の鱗を持つこの金魚に興味を抱くのは自然な事である。
 故に囁かれた言葉に偽りはなく、しかしそれが手を下ろす理由にはなり得ない。
「美しいけれど、ドリームイーター。本物の金魚ではありませんから」
 瞬間、レティシアの心を汲むように翔けた黒の鎖。
 優雅な弧を描くような一撃は、的確に花金魚の動きを捉えた。
 その鎖が、金魚と戯れているように見えたのか、
「だめだぞ、ポラリス」
「ぷきゅ――」
 一緒に遊びたそうな相棒に、そっと釘を刺すシヲン。
 対し、花金魚が虹色の尾ひれを翻して反撃すると、シヲンは爆破スイッチを押し、後衛にも鮮やかな爆発を届けて仲間の力を高めながら呟いた。
「素直に綺麗だと思う。無害な存在だったらよかったのにな」
 この魚が泳ぎ続ける限り、一人の少年が眠り続ける。
 それを知るからこそ、見過ごす事は出来ない。
 するとシヲンに続き、ジゼルが小さく囁いた。
「……ともだちになりませんか?」
 短い問いのようなジゼルの詠唱。
 その声に導かれるように、小気味良い音が聞こえた。
 かつこつ、とっとっ、ぱたぱたと響く楽しげな足音。瞬間、扉を開く音と共に、目も開けられない程の眩い光が溢れ、あたたかい風が吹き荒れた。
 北風と太陽の如く、ジゼルが放つ午前二時(フカシギ)の力。
 曰く、これも花金魚と同様、誰かの夢の話が元になっているという。

●夢を彩るもの
 敵の機動を落とし、技を畳みかけるケルベロス達。
 一方時が進むにつれて、花金魚の治癒の頻度は増えていった。吐息の弾丸と同じように青い花を吐いて、その光が刻まれた傷を癒していく巨大な魚。
 癒えた傷口は再び花の鱗で覆われ、そこに藤色の睡蓮が綻んだ。
 しかし、敵が己の手順を治癒に費やせば、
「大丈夫。食らうとほんの少し、痺れるだけだ」
 おのずとシヲンが、攻めの機会を得る事になるのだ。
 手製の手榴弾を使い、敵を襲う雷神の弾丸(トール・バレット)。それは着弾の瞬間、花の光が霞む程の眩い閃光と電撃を発生させ、花金魚は痺れを嫌うように全身をよじらせた。如何に青い花が輝いても、一同に手数がある限りこの呪縛は拭い切れない。
 そうして立ち回る中、冬真はふと思いを馳せた。
 自分の噂をする者の前に、姿を現す花金魚。もしかすると、人々が自分に対してどんな印象を抱いているのかを、この魚は気にしているのかもしれない。
「そう考えると、愛らしく思えてくるね」
 しかし、同時に冬真はこうも思う。
 事実、この魚は美しい。しかし、何故美しい姿なのか。
 それは、この夢の魚を生み出したのが、好奇心旺盛な少年の心だから。
「……君が美しいのは、彼の『興味』が美しかった証拠なんだろう」
 淡々とそう語り、まるで在るべき場所へと導くように、冬真はナイフを振り切った。返り血の代わりに彼が浴びたのは、銭葵の花と金木犀の甘い芳香。
 すると、ジゼルも仲間の傷を癒しながら思いを紡いだ。
「あたしも、お前様に興味がある。とても綺麗な鱗、ね」
 興味とは、人にとってとても大切なもの。
 色を見て、香りを覚え、その花の名を知りたいと思うのも、全ては興味があればこそ。それがない人生など、無味無色のつまらないものになり下がってしまうだろう。
 故に、少年の興味は彼に還す。それでも、
「その子の興味から生まれたお前様の事、あたしがきちんと覚えておく」
 今宵出会った虹色の花畑を、自分が忘れる事はない。そう語るジゼルの瞳が捉えたのは、ひときわ鮮やかに輝く、四枚の花弁から成るオレンジの花。
 目に映ったのは僅か一瞬。やがて花金魚は反撃として尾ひれを振り、華へと襲いかかった。そこにレティシアが身を滑り込ませると、
「――良薬は口に苦し」
 凛はそっと詠唱し、緑の錠剤を取り出した。
 その中には種があり、衝撃を加えた瞬間、種は爆発的に成長した。瞬く間に咲いたのは、花金魚の鱗にもない華々しい一輪の花。その胞子がレティシアの元に届くと、傷は呪縛ごと拭われた。それを見届け、白雪が仲間に属性を注ぎ込む横で再び花金魚を見つめる凛。
 瞳に映るのは、彼が思い描いていた真白の――繭玉のような花だ。
「咲いた花はいつか枯れる。貴方の散るときが少し早まっただけだ」
 悪意はなく、ありのままを紡ぐ凛。すると華も思いを口にした。
「あなたは綺麗ですが、また夢に戻る時です」
 見た事のないものや、知らないもの。
 華の心にも、そうしたものへの興味はある。
 誰かに奪われ、利用されてはならない人の想い。故に、
「――さあ、よく狙って。逃がしませんの!」
 パッチワークの魔女達への憤りを胸に、華は掌から生まれた花弁で敵を覆った。風に舞う小さな花の一片、それが無数の刃のように確実に傷を刻み込み、花金魚を追い詰める。
「もう少し! いくよ、ウィアド!」
 その花の中に、花のブレスを吐くウィアド。
 そして声をかけたベルカナも、ローラーダッシュの摩擦熱から炎を生み出し、花金魚を強襲した。若葉の瞳で捉えた場所を、炎で軌跡を描くように振り切るベルカナ。
 直後、飛来した炎が花金魚の身を焦がす中、
「ルーチェ。私達も流れに続きましょう」
 後方の相棒に一言添えて、レティシアは再び鎖を放った。
 疾風の如く戦場を翔けるケルベロスチェイン。それが花金魚の身体に食い込むと同時に、ルーチェの尻尾から飛ばされたリングが直撃した。
 鮮やかな色を身に着け、戦場で共に舞うレティシアとルーチェ。
 その時、何かを包み込むように掌を重ねた後、マールはこう囁いた。
「さあ花金魚。眠る前にこれを――召し上がれ」
 ぽとりと零れる甘い声色。やがて開かれた手の中から、黄金の林檎が現れた。
 殉うものに極上の蜜を、叛くものに甘美な毒をもたらす后の林檎(コル・ヴィペラ)。それを黒い指先で裂くと、マールは滴るその彩りと共に花金魚の元へと迫った。
 やがて、花吐く金魚の唇に白い指先がそっと触れる。
 瞬間、林檎の毒は花を蝕み、花金魚はゆっくりと動きを止めた。
 それは常夜への道標となり、皆が見守る只中で魚が泡のように消えていく。零れた花弁も風に溶け、それでも溢れた花の香りだけは、ケルベロス達を包み込んでいた。

●花金魚の森
「皆様、お疲れ様でした」
「夢をみているような、幻想的なお魚だったね」
 戦いを終えほっと一息をつく華と、ウィアドを抱いて微笑むベルカナ。そこで華が少しだけウィアドに触れたいと申し出ると、ベルカナは喜んで頷いた。
「ウィアドちゃんの身体のお花も、花金魚に負けず劣らず綺麗ですよ」
「えへへ、華さんに褒められちゃったね、ウィアド!」
 背中を撫でられ、心地よさそうに瞳を閉じる花の竜。やがてシヲンや遊佐、イェロが周辺のヒールを終えると、ジゼルとレティシアは花金魚が現れた方角を見て呟いた。
「花金魚、とても綺麗だった。興味を奪われた子は大丈夫、かな?」
「桧木さんですね。お目覚めになっている頃でしょうか」
 再び散策に出たか、あるいは帰路に就いたかもしれない。すると、マールはナノナノに視線を送り、再び花のランプに光を灯した。主従が揃って纏う黒と、夜の闇を照らす光。それを見た冬真も花籠に色を満たして、それを導として歩き始めた。
 草を踏む微かな音と、風が鳴らす木々のざわめき。
 それらを耳に歩きながら、凛は密かに思いを馳せる。
 噂が造りし夢の魚。先程は煽る為に造花だと答えたが、
「――あなたは花金魚だ。……有難う」
 その彩りは、噂話は、今宵皆を楽しませてくれた。
 だから凛は有難うと呟いた。その心に、美しい魚の姿を刻みながら。

作者:彩取 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 12/キャラが大事にされていた 0
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