似た者同士と争いの種

作者:黒柴好人

 栃木県と茨城県の境。
 そこにある町は山にほど近く、田園や畑が風景が広がりとてものどかだった。
 確かにのどかではあるが、どこの町にも一部の若者はやんちゃ盛りなもので。
「おうおう! 茨城のかっぺ野郎、今日も懲りずに来たってかァ!?」
「かっぺはどっちだ栃木野郎ォ!?」
 よく双方の県から複数のやんちゃボーイたちが集い、小競り合いが起こっていた。
 数は3対3。
 衝突に至るに大きな理由があったわけではない。いや、正確には誰もわからない。
 いつから、誰が、如何なる理由でこのような無益な争いを始めたのか定かではないのだ。
 ただ……栃木と茨城。それだけで争うには十分なのだから。
 県とは国。即ちこれは国家間の代理戦争である。
「無理して『標準語』使わなくていいんだぞ? お?」
「お前らは使ってもいいんだぞ。栃木は訛りが強くて聞き取れねーからよォ!」
「あァ!?」
 いつもならここでリーダー格同士の殴り合いから他の参加者を巻き込んだ乱闘にもつれ込み、そして互いに満身創痍になって終結するのがお約束の流れ。
 しかし。
「こンの、でれすけ野郎がアアアアアア!!」
 栃木の少年が怒りに任せ茨城の少年に向けて拳を放つ。
 それだけのはずだった。
「……っ…………!」
 拳から植物――蔓のような『何か』が伸び、他方の少年の体を際限なく締め付けている。
 異変、異様。
 すぐには理解できない事象が起きたのだと理解したのは蔓が消え、少年の躯体が力なく地面に崩れ落ちてからだった。
「……う、うわあああああああああああ!!」
「ごじゃー!」
「あよ、逃げっぺ!」
「……え、は……?」
 残る少年たちは誰も彼も蜘蛛の子を散らすように逃げさり、薄暗い農道にはただ呆然と震える自分の手を見つめ、声にならない音を喉から漏らす少年1人と……物言わぬ『敵』だけが残された。
 
「よく群馬、栃木、茨城の3県はライバル同士みたいな話を聞くっすけど、なんでなんすかね?」
 ヘリオンを待機させるヘリポートにてケルベロスたちを迎えた黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)はふと疑問を口にする。
「てっきり噂だったのかと思ったっすけど、それが今回の事件の発端になったのは違いないっすね」
 数ヶ月前、かすみがうら市を巻き込んだ『楽園樹オーズの種』が引き起こした事件はケルベロスたちの記憶に新しい。
「皆さんのおかげで攻性植物は撃破され、市民は助けられたっす。でも、オーズの種はどこかへと飛び去ってしまったんすよね」
 その、十分なグラビティ・チェインを得られずに飛び散ったオーズの種が潜伏した状態ながらも活動しだしたようなのだ。
「勿論目的はグラビティ・チェインを補充するためっすね。その手段としては……まず、潜伏していたオーズの種が暴力を振るおうとする人間に攻性植物の武器を装備させるっす」
 一般人が攻性植物による攻撃をまともに受ければ、当然ただではすまない。
「何も知らない人間を利用して殺害し、被害者のグラビティ・チェインを奪う、と」
 何ともはた迷惑な種っすねぇ、とダンテは頭を振る。
 そして今回、一地方の不良のようなやんちゃな少年たちがオーズの種の魔手に掛かろうとしているのだ。
 だが、ケルベロスならば結末を変える事もできるだろう。
 そういった期待を胸に、ダンテは作戦概要を伝える。
「場所は茨城と栃木の県境、栃木寄りの町っす。時間は深夜。田んぼや畑ばかりの場所なんで、この時間なら不良たちの他にはひと気はないっすね」
 電信柱程度しか遮蔽物はないが、周囲の損害を気にする必要もなさそうだ。
「とにかく最初に加害者側の攻性植物をどうにかする必要があるのはお解かりかと思うっす。彼らに気付かれないようにこっそり近付いて、加害者側の少年に攻性植物が装備された――直後!」
 ダンテはパシン、といい音を立てながら自分の右腕を掴む。
「何でもいいっす。攻撃をやめさせるような声をかけて動きを止めて欲しいっす」
 猶予は相手を殴りつけるまでの一瞬。
 呼びかけられるのは10秒あるかないか程の時間だろう。
 万が一、攻撃阻止に失敗して被害者側の少年が死んでしまう事態に陥ると、攻性植物はグラビティ・チェインを得た事に満足して逃げ出すだろう。
「この段階で攻撃を止めてくれればいいんすけどね。そうすれば加害者側の……ああ、名前は『下野・光』っていうようっす。で、その光さんに寄生した攻性植物がケルベロスの皆さんに襲い掛かってくるっす。もし声をかけても攻撃を続けようとする場合は……少し手荒な方法を使うしかないっすね」
 ちなみに被害者側の少年は『牛久・日立』という名前らしい。
 十分に手加減した攻撃で光の意識を奪うか、あるいは少年を死亡させれば同様に攻性植物は本性を現す事になる。
「光さんが生きていれば『人間に寄生した攻性植物』。そして、死んでいたら『人間に寄生していない攻性植物』を相手にする事になるっす」
 寄生された人間は攻性植物と一体化しており、攻性植物を倒すと宿主も死んでしまう。
 そこで、ケルベロスたちには少し工夫した戦い方が要求される。
「これまた厄介なんすけど、ヒールをかけながら戦えばいずれ寄生された人を助けられるかもしれないっす」
 粘り強く戦い抜かなければならないが、倒すべき敵は攻性植物1体のみ。
 配下などがいないのが幸いだろう。
 一通りの説明を終えたダンテは、少し困ったように腕を組む。
「そもそも、今回は暴力沙汰にならなければ怒らなかった事件っすからねぇ。無事、助け出す事ができたらちょっとばかしお灸をすえるのも優しさってものかもしれないっすね」
 争いの原因が原因だけに、丸く収まればより良いだろう。
「それじゃ、皆さんの活躍を期待するっす!」


参加者
カナタ・キルシュタイン(此身一迅之刀・e00288)
ビスマス・テルマール(なめろう鎧装騎兵・e01893)
千歳・涼乃(銀色の陽だまり・e08302)
アトリ・カシュタール(空忘れの旅鳥・e11587)
饗庭・樹斉(沈黙の黄雪晃・e15276)
ルーディス・オルガニア(禁書に蝕まれた道化・e19893)
八神・鎮紅(紫閃月華・e22875)
真神・小鞠(ウェアライダーの鹵獲術士・e26887)

■リプレイ

●語尾は上がる
「こンの、でれすけ野郎がアアアア!!」
 まばらに立つ電信柱から注がれるぼんやりした灯りをスポットライトに、その光景は映し出されていた。
 穏やかではない雰囲気の少年2人が対峙し、片方の少年が拳を握りしめ、腕を思い切り引き絞っている。
 そして悲劇が起きる……はずだった。
「でれすけ野郎ってなんなのこのしもつかれトチギーさん!」
「うおお!?」
 突如、集合していた少年らの誰でもない声が耳元で叫ばれたように聞こえ、勢い余って前のめりに転ぶ少年・光。
 声がした方には、今まで誰もいなかった場所にいつの間にやらもふもふっとした人影が。
「ねー、なんなのー?」
 急に現れた――実際には動物に姿を変えて接近していたのだが――ににこにこしながら小首を傾げる饗庭・樹斉(沈黙の黄雪晃・e15276)に呆気にとられる光。
「今すぐ走って逃げなさい!」
 ほぼ同じタイミングで殴られそうになった少年、日立に向けてまた別の声が響く。
 声の主、ルーディス・オルガニア(禁書に蝕まれた道化・e19893)の忠告の意味が分からないのか、周囲をきょろきょろしながら数歩下がる日立。
「逃げろって……んなコトできっかよ!」
「な、なんだテメェらは!?」
 困惑するばかりで両者の距離は依然近いまま。
 その時、光と日立を隔てるように少年らの間にやはりいつから近くに居たのか認識できないくらい唐突に割り込む小さな影が。
「お兄さん! 日立さんだっけ……? 私達がここにいる間に早く逃げて!」
 オオカミの耳をぴんと立てて必死の表情で訴えかける真神・小鞠(ウェアライダーの鹵獲術士・e26887)と、限りなく気配を殺しつつも日立に背を向けて身構える千歳・涼乃(銀色の陽だまり・e08302)。
「あァ!? 何で俺の名前を……つか、どこの手先だ? 群馬か!?」
「群馬? そうじゃなくて、ほら見て!」
 小鞠は瞳を日立に向けながら腕を大きく使って後方の光を、異物を指差す。
「あっちの人の手を見たらわかると思うけど、もうこれ、普通の喧嘩じゃないもん」
 その言葉にようやく日立は、そして当の光も自らの腕の異常に気が付いたようだ。
「お、お前ェ……それ……」
「うっふぉあ!? んだこれ!?」
 光は右腕を体から離しながらぶんぶんと振り回すが、不穏な蔓は当然その程度で振り解けるわけもない。
「一般人同士の喧嘩くらいなら好きにすれば? と思うけど……それ、デウスエクスの仕業なのよ」
 だから見逃すわけにはいかない、とカナタ・キルシュタイン(此身一迅之刀・e00288)は嘆息する。
「デウスエクスゥ!? じゃあ、あんたらは……」
「お察しの通り。さぁ、こっちへ!」
「慌てなくて大丈夫だからね。この先は安全だから」
 周囲の少年たちもようやく自分たちの命が危ういと認識してくれたのか、大人しくカナタとアトリ・カシュタール(空忘れの旅鳥・e11587)の誘導に従いこの場を脱出した。
 1人残された光は不安そうにケルベロスたちを見回す。
「いきなりくっついてくるとか、青天の霹靂だよねー」
 樹斉はどことなく顔面に張り付いてくる地球外生命体に似てるなー、と思いながらのほほんとした笑顔を向ける。
「でも安心して!」
「私たちならあなたを救う事ができます。こんな形で終わっていいはずはないのですから」
 樹斉の言葉を引き継ぐように八神・鎮紅(紫閃月華・e22875)が語りかける。
(「大丈夫、ちゃんと助けます。まだ遅くないから」)
 しっかりと目を合わせ、涼乃はそう想いを込めて力強く頷いた。
「……すみません、少しの辛抱なので」
 十分に加減をした打撃を与えるビスマス・テルマール(なめろう鎧装騎兵・e01893)。
 光は意識を失い――同時に右腕の蔓が急速に繁茂するように彼の全身を覆っていく。
 蔓を激しく地面に叩き付け、やがておぞましい植物の塊と化した攻性植物はケルベロスたちへとその矛先を向けようとしている。
「行くよ、ユーフォリア」
 深紅のダガーナイフの名を呼ぶ鎮紅もまた、戦いに備えた。

●信念
「旅人達への守護をあなたに……!」
 アトリの周囲を飛ぶ神秘性を帯びた翡翠色の鳥は彼女の祈りに応じ、護りたい仲間たちのもとへと舞い馳せる。
 守護を得た彼らはこの先の戦いで迷う事なく困難を退けられるよう。
 優しき願いを受け、真っ先に攻撃を仕掛ける樹斉。
「あとで絶対『でれすけ野郎』の意味、教えてもらうからね!」
 冗談のように言いつつも真剣な眼差しで、樹斉は攻性植物の身体を構成する幾つもの蔓の僅かな隙間に小さな黒炎を撃ち込む。
 火力が弱すぎる?
 いや、それはグラビティ・チェインを喰らい成長する炎。大きく育ったそれはやがて――。
「咎は何処に在りしや? ケルベロスの炎が引き摺り出してあげるよ! 『浄罪の炎』!」
 黒い種火は巨大な爆炎となり、攻性植物の背中から噴出した。
 衝撃に上体を前に倒し、動きが鈍る。
「其の隙、逃しません」
 そんな絶好の機会を見過ごす鎮紅ではない。
 攻性植物を見据えながら両手の得物に魔力を流し込む。
 真っ直ぐの刀身がみるみる魔力に覆われていき、より紅く、鮮明な深紅へと姿を変える。
 より攻撃的なフォルムとなった二振りのダガー。
「――其の歪み、断ち切ります」
 小刻みで素早い脚運びで切り込み、一閃、また一閃と軌跡を遺しながら攻性植物の蔓を刻み落としていく。
 武器としての蔓を斬られ、悶絶するようにその全身を揺り動かす。
 本来ならばこのまま追撃、といきたい所だが。
「みんなちょっと待ってね。このままいくと光さんが危ないから少し攻撃の手を緩めて欲しいかも」
 小鞠の注意に皆、攻撃の手を緩める。
 それを確認すると、小鞠は遠方から攻性植物に治癒を施すと、今しがた負わせた傷が徐々に塞がっていく。
「私だけじゃ回復し足りないかもしれないから、カナタさんにも手伝ってほしいかな」
「そうね、念には念を入れた方がいいわね」
 カナタもまた、マインドシールドで敵の傷を癒していく。
「初めて相手にするけど、厄介ね。人を斬るより活かす方が難しい、という事を実感させられるわ」
「戦って、治して……こうすると長く苦しめちゃいそうで少しいやだけど」
 じわじわと消耗させなければならない以上、常に敵の体力に気を配らなければならないという枷がケルベロスたちを苦しめる。
 小鞠はふるふると首を振ってカナタを見た。
「だけど、今は光さんを助けるのが先決だよね」
「そうね。お互い苦しいけれど、植物相手に弱音は吐いてられないわね!」
 決意を新たにした所で、しかし活力を得た攻性植物もただされるがままではない。
 1人でも敵を捕まえてやろうと器用にも蔓をくねらせ、鞭のような鋭さでカナタを打つ。
 カナタは一瞬反応が遅れ、身体を強靭な蔓を捌き切れずに締め上げられてしまった。
「くっ……この……っ!」
「カナタさん!」
 思わず駆け寄ろうとした小鞠だが、すぐ後ろから優しげな「大丈夫ですよ」との声に足を止め振り返る。
 瞬間。
「さあ、らいさまのお通りです」
 書物を片手に、空いた手を突き出したルーディスが放った幾筋もの雷撃が攻性植物のみを捉え、そして捕らえる。
 ルーディスが禁書より得た力、ライトニング・プリズン。
「拘束される側の気持ちも味わってみてはどうでしょう」
 妨害に特化した術であり少しでも攻性植物の攻撃の手を緩めたい今、必要としていた一手でもあった。
「助かったわ……ありがとう」
「すぐに回復します。少し下がってください!」
 涼乃は速やかにあたたかな光を展開し、怯んだ隙に転がりながら脱したカナタを癒やす。
 ふと、涼乃の頭を不安が過ぎる。
(「追い込み過ぎると自決行為に走るかもしれない……。そうなる前に必ず助け出さないと……」)
 目的が達せられないと察した攻性植物がどんな暴挙に出るか分からない。
 そもそもが攻撃し治療しの終わりの見えない勝負。
 明確な指標もなく、一手違えばそれは――。
「そう考え過ぎなくてもきっと大丈夫、上手くいきますよ」
 少し焦りが見える涼乃を見て、ビスマスは肩の力を抜くように話しかける。
「なめろうを作る際の食材を叩く時のように思い切っていきましょうっ!」
「あ、ええと……。はい!」
 例えはよくわからないが、言っている事は最も。
 広い視野を保ちながらも、涼乃は口角を上げて仲間たちの支援に入った。
「そーいえばルーディスさん、さっきの『らいさま』って?」
「栃木や茨城では雷の事をそう呼ぶようです。一般的な『雷様』に相当する言葉ですね」
 戦闘しながら器用に疑問を投げかけてきた樹斉に、ルーディスもまた妨害系グラビティを放ちながら応える。
「特に栃木では雷が多く、畏怖ではなく親しみの方が強い印象なのが興味深いところです」
「雷すら愛称で呼ぶ、温暖で地元愛あふれる栃木の方に争い事は似合いませんよね」
「早く助け出してあげないと、だね」
 ほっこり栃木エピソードからあらためて気合を入れる涼乃にアトリ。
「ガイアグラビティ……生成完了っ! ……駆けるは鳥のなめろう……その場に残る斬嵐の後は傷か癒か」
 勢いに乗り、鳥を模した追加装甲を纏うビスマス。
「表裏一体の技術をお見せ致しますっ! 鶏沖膾・爪斬嵐っ!」
 全身を重装甲で覆われるが、しかし腕部の爪型武装から繰り出される連続斬撃は目で追うのが困難なほど速い。
 ボクスドラゴンのナベビスもその間隙にボクスブレスを炸裂させ、まさになめろうフルパワーアタックといえよう。
 対する攻性植物は要所要所を硬めてビスマスの攻撃を凌ぎ、返す蔓で力を収束させ、ビームのようなものを鎮紅へと照射した。
「――この程度なら、まだ」
 狙いは正確だったが、正確ゆえ刀身を交差させて着弾を逸らす事は容易だった。
 ふと、視界の隅を横切る緑の鳥。
 自身のボクスドラゴン・エンに鎮紅の治癒を任せ、樹斉は攻性植物を注意深く観察する。
「ヒールが必要なタイミングが早くなってきたかも。注意してね」
「やっぱり。了解だよー!」
 小鞠の言葉に樹斉が頷く。
「きっとあと一息だよ。最後まで気を抜かずにがんばろう!」
 アトリは激励と共にライトニングウォールを構築し、安定した戦闘を行えるように仲間たちを導く。
「助かるわ! もうあんなのに捕まるなんて勘弁願いたいわね」
 カナタは時には攻撃、時には回復をしてと、バランスの維持に努めている。
 畳み掛けるべきと判断した涼乃は御業を使い、攻性植物を縛する。
「聞こえてないかもしれないけれど、貴方を助けるためにこの力をつかいます」
 抵抗し、蔓を無差別に叩き付ける攻性植物に構わず、涼乃はより強固に禁縄禁縛呪で締め付ける。
「決して力は己の私利私欲、暴力の為にあるんじゃないんです」
 だから――。
 やがて力なく地面に倒れ伏した魔の植物は、その一切を枯らした様に朽ちていった。

●似た者同士のこれから
「星々の加護を、此処に――あ、違う」
 光は、果たして生きていた。
 気を失っていたため、今は小鞠を中心に介抱をしている。
 意識を取り戻すまでの間、壊れそうになっていた電信柱のヒールを請け負った鎮紅がぴたりと動きを止めた。
「えーと。煌めく星の守護を、此処に」
 馴染みが浅いマインドリングを見つめ、周囲に誰もいない事を確認し、若干目を逸らしながら詠唱し直す鎮紅。
「あっ、光さん! 大丈夫!?」
 突然の声に、鎮紅はびくりと背中を震わす。
(「今の、見られた……?」)
 と思ったが、そうではないようだ。
「ん……ここは……」
「よかった……。どこか痛むところとか、ないかな?」
「おわっ! お、おめェら、確か……」
 目覚めたら小鞠やアトリの顔が近いところにあり、どぎまぎする少年。
 体調に異変がない事を確認すると、ケルベロスたちはこれまでの経緯を軽く説明する。
「それで、さっきは酷い事言ってごめんなさい」
「ああ、あれ……。いい、いい。気にすんな」
 光は樹斉の謝罪を聞き入れたが、「しもつかれ」という単語に苦い顔をしている。
 それが何か気になる一行に、話したくなさそうな光に代わってルーディスが解説する。
「この地方に伝わる伝説の珍味として『しもつかれ』というものがあるらしいです」
 大豆や酒粕、根菜等をこう、ぐちゃっと混ぜた、うん。一応縁起物にカテゴライズされる郷土料理である。
「それは取材に来たグルメレポーターが一口食べて無言になった、というほどの珍味らしいですよ」
「うぐっ!」
「他県から「ソウルフードだろ?」と嘲笑われるのはさぞ苦痛でしょう。お察しします」
「ありがとよ……つか、詳しいなおめェ」
「いえ、それほどでは」
「そんなわけで、みんな集まったみたい!」
「え?」
 樹斉の手招きに、闇の中から日立や彼らの仲間たちが現れた。
「よ、よう」
「テメ、逃げたんじゃ……!」
 どうやら光が心配になって戻ってきたようなのだ。
「見捨てずに戻ってくるなんて、少し見直したわ。でもね、これだけは言っておくわ」
 襟を正したカナタのしゃんとした空気に逆らえず少年たちも背筋を伸ばし正座する。
「愛県心愛国心を持つのはいい事よ。でも、それを押し付けたり、直接暴力で争うなんて、自分達を貶めるだけよ」
「けど、姐さん!」
「誰が姐さんよ! 自分達の故郷を誇らしく思うなら、もっと正しく貢献して里に錦を飾らせるのよ」
 カナタの小言にやや不満そうに顔を合わせる少年たち。
「所詮コイツら茨城だぜ?」
「栃木はこれだから」
 またも喧嘩ムードにアトリが穏やかに介入する。
「故郷は大切に、するべきだと思う。比べるもんじゃ、ないと思うよ」
「そうそう。芋フライにイチゴ、納豆にみつだんご! お互いこんなに良いものがあるじゃないですか!」
 お腹が空いているのか涼乃が挙げるのは食べ物ばかりだが、長所を尊重し合えばいいではないか。
 当然食って掛かる栃木茨城勢だが、
「私は故郷がどこだかわからないから、純粋に羨ましいな」
「あ……」
 少し悲しげに微笑むアトリに、それ以上何も言えなくなったようだ。
「さあ、お説教はそれくらいに。皆でこれを食べましょう!」
 と、ビスマスが一同の中心に大きな皿を置く。
「マグロのさんが焼きですっ!」
 さんが焼きはとても美味しそうな香りを放っている!
「……な、何故マグロを」
 ルーディスが目を丸くしながら呟いた。
「あ、さんが焼きは千葉の食べ物なんだよね」
「へへ、千葉さんの差し入れとなりゃ」
「頂戴しないとバチがあたらぁ」
 アトリの何気ない一言が何故か少年らを柔和にさせた。
 互いに千葉には逆らえないのだ。
 ともあれ。
 同じ料理をつつき合い、時に取り合いになって小鞠に「喧嘩はダメだってばー!」と怒られたりして。
 だが互いの溝を確実に浅くなっただろう。
 よき関係にならん事を願い、ケルベロスたちはしばし宴を楽しむのだった。

作者:黒柴好人 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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