黙示録騎蝗～我、不退転の覚悟なり

■リプレイ

●
　疾風と化してケルベロス達は神戸の街を走った。
「不退転侵略部隊、か。強敵だったわね」
　薄紅色の髪を翻し、二十歳ほどの娘が独語した。疾駆にあわせて胸がはずむところからみて、かなのり巨乳だ。――ユスティーナ・ローゼ（ノーブルダンサー・e01000）という。
「知っているんですか？」
　どこか孤高の雰囲気をまとわせた娘が問うた。年の頃はユスティーナと同じ。名を内牧・ルチル（浅儀・e03643）という。
　ええ、とユスティーナはこたえた。
「戦争の際、幾度か挑むもその勢いを削り切れなかった強敵。罪悪感などはないけれど、戦争に勝利した者の責任がある。戦いは正面から受け止めるべきだと私は思うわ」
「賛成よ」
　秀麗な美貌の娘が応じた。名をアーティア・フルムーン（風螺旋使いの元守護者・e02895）といい、刃の光を目にためている。
　アーティアは沈痛な面持ちで続けた。
「ゲートを破壊した私たちが裁くというのは傲慢かもしれない。でも、だからこそ私は『戦士』として立ち向かい、払うべき罪があるなら私の槍が払うわ。それに」
　アーティアの蒼紫の瞳に決然たる光がよぎった。
「戦いの中での死こそ彼には救いだと思うから」


　鮮血がしぶいた。響く怒号と悲鳴。殺戮された人の姿が見えた。
　神戸市。その港町の只中に、ソレの姿はあった。
　金属質の外骨格を備えたような昆虫様の異形。ローカストだ。カブトムシの外観をもつ彼の名はゼクトといった。
　黙したまま、ゼクトは拳をふるった。それは感情を排したような機械的な殺戮である。
　と、ゼクトは逃げ惑う人々を見やった。
　幼子を抱いて走る母親らしき女の背がある。殺さなければならなかった。殺さなければ――。
　ゼクトはアスファルトの路面を蹴った。瞬く間に肉薄。拳を女の背に叩き込み――ぴたりととまった。背後から歌声が流れてきたからだ。
　その歌声は静かなものでありながら、不可思議なことにゼクトの胸に怒りの炎をともした。
　ゆるりとゼクトは振り向いた。そして、見た。陽炎のなかに立つ八人の男女の姿を。
「何者だ？」
「ケルベロス」
　理知的な美貌の女がこたえた。すらりとした肢体の持ち主である。名をユリア・ベルンシュタイン（奥様は魔女ときどき剣鬼・e22025）といい、由緒正しき魔女の末裔であった。

●
「ケルベロス？」
　興味を無くしたか、再び獲物を求めてゼクトは視線をはしらせた。すると一人の少女が大音声で呼ばわった。歌声の主、ルチアナ・ヴェントホーテ（波止場の歌姫・e26658）だ。すでにその身はクールクロスを身につけている。
「お聞きなさい、不退転の戦士よ！　わたしはかのローカスト・ウォーで最高の戦功を挙げたケルベロスがひとり、ルチアナ・ヴェントホーテ！　今一度お互いの未来と名誉を賭けて、わたしたちと勝負なさい！」
「最高の戦功？」
　再びゼクトの動きがとまった。背をむけたまま、問う。
「小娘。お前が、か？」
「そうよ」
　ルチアナがうなずいた。
　刹那である。灼熱の殺気がゼクトに吹きつけた。
　ぎろりとゼクトが目をむけた。その視線の先、殺気の主の姿がある。
　獰猛ともいえるほどの精悍に風貌の若者。白刀神・ユスト（白刃鏖牙・e22236）だ。
「たいした殺気だが、きさまもケルベロスか？」
「そうだ」
　ゼクトの問いに、ユストは大きくうなずいて答えた。
「我が名は白刀神ユスト。ケルベロスだ。聞け、ローカストの戦士。――黄金の不退転部隊、ヘルクレスト・メガルム。奴は最後まで全身全霊で戦い抜いた尊敬すべき敵であり、戦士だった。お前はどうだ、冑の不退転よ。その武は弱者を蹂躙する為に修めたものか。それとも強敵を討ち果たす為のものか」
　ユストが問うた。ゼクトは一瞬言葉につまった。その足元にはもはや動かぬ誰かの骸がある。踏みにじられた未来があった。
　ややあって喘鳴のような声をゼクトはもらした。
「無論、強敵を討ち果たす為のもの」
「ならば我が白刀神ユストの名に於いて、貴様に決闘を申し込む！　戦士としての誇りが残っているならば、名乗りを上げてみせろ！」
「聞きたいか、我が名を」
　ゼクトが向き直った。額からのびた一角がきらりと陽光をはねる。
「聞かせてもらいたいわね」
　アーティアが口を開いた。
「私は禁忌の森の守護者でありケルベロス、アーティア・フルムーン。そして、あなたが最期に戦う者のひとりよ」
「ほほう」
　ゼクトの視線がアーティアの全身を走ってすぎた。それだけで彼はアーティアの技量を見抜いている。この娘、侮り難し、と。
「なあ」
　男が呼びかけた。二十代後半の、ずいぶんとくたびれた感じの青年だ。
「俺は幌々町・九助（御襤褸鴉の薬箱・e08515）。マ、治す方が専門なんだが。戦場における悲劇を、一つでも減らしたいと思う戦士？　んまぁ戦士だ」
　あまり自信はなさそうだ。苦く笑うと、九助は続けた。
「虐殺者として俺たちに覚えられるのは、ちと不本意だろ？」
「不退転部隊の強さと勇猛さは前のローカストウォーで存分に肌身に感じているわ」
　堂々たる態度でユスティーナがいった。
「大勢でいえば私達ケルベロスは勝利した。けれど、不退転部隊の勢いに私は攻略を諦めた。私の中では一勝一敗なの。……三度目の正直。この場で、決着をつけるのも乙なものと思わないかしら？」
「決着？」
　ふふん、とゼクトは嗤った。
「我と決着をつけたいのなら、一流の証、見せてみろ」
　ゼクトの身から凄絶の殺気が放たれた。まるで豪風にさらされたようにケルベロスたちが息をつめる。彼らほどの者が背に粟を生じさせるほどの、それは圧倒的な殺気の風であった。
「流石一人で戦えるだけはありますね」
　もはや物理的な豪風と化して吹きすさぶ殺気に、しかしその娘は、この場合に笑って立ち向かった。優しげな面立ちの美少女である。名はマリアローザ・ストラボニウス（サキュバスのミュージックファイター・e11193）といった。
「貴方のような方が敵なのは残念です」
　マリアローザはいった。本心である。これほど豪宕の殺気の主はざらにはいない。
　巡り合う時と場所が違えば、きっと良き戦友となれたであろう。そう思わせる強敵であった。
　その時だ。飛鳥のように人影が空に舞った。流星のごとき光の尾をひき、肉薄。人影は蹴りをゼクトにぶち込んだ。
　鋼と鋼の相博つ音が響いた。とてつもない衝撃の炸裂。それは爆発のように空間を震わせ、衝撃波は砂塵を巻いて辺りを席巻した。
　足で地を削りつつ、ゼクトの身は滑った。超硬度の外骨格にはひび割れひとつない。が、交差して蹴りを防いだゼクトの腕は痺れてしまっていた。
「食物連鎖だとしても、生きるための必然だとしても、奪う側が力を行使するのが必然だとするなら、 奪われる側が抵抗するのも道理です！　グラビティチェインの搾取、失敗させてみせますよ！」
　地に片膝ついて着地した姿勢のまま、ルチルは告げた。するとゼクトはニヤリとした。
「……見たぞ、一流」
　ゼクトは組んでいた腕をほどいた。そして仁王立ちする。
「ならばこのゼクト、貴様たちの挑戦を受けねばなるまい。だがこれだけはいっておく。我に不退転の覚悟在り。退かぬ、ゆるがぬ、たじろがぬ」
「貴方に覚悟があるのなら、私達はその覚悟ごと斬り払ってみせます！」
　ルチアの手に々しい形状のナイフが現出した。惨殺ナイフ――緑針だ。
　その緑針の煌きをあび、ユリアもまた抜剣した。
　ゾディアックソード。黄道十二星座いずれかの星辰を宿した長剣だ。
　ユリアは菩薩のようなあるかなしかの笑みをうかべた。
「互いの命を剣に乗せて切り結ぶ、それだけで十分。強敵を前にした戦士にとって、それ以外は、すべて不純物でしょう？」

●
「一流には礼をもって臨むべき。まずは名乗ろう。我が名はゼクト」
「私はユスティーナ。始めましょうか」
　ユスティーナもまた名乗った。
　次の瞬間だ。ユスティーナの眼前にゼクトの身が現出した。瞬間移動したとしか思えぬほどの機動力であった。
　どおん。
　爆発。そうとしか思えぬほどの衝撃をばらまき、ユスティーナの身が吹き飛んだ。ビルの壁面に激突。コンクリート片を散らし、ユスティーナの身体がビルの壁面にめり込んだ。
「ぐふっ」
　ユスティーナの口から鮮血がふいた。全身の骨は砕かれ、内臓はミンチ状態になっている。
　駆け寄ったルチアナの顔色が変わった。生きているのが不思議なほどの重傷だ。
「たった一撃で……」
　呻いた。しかしその手は無意識的に動いている。魔術的切開によりユスティーナの負傷を癒し始めた。
「さすがにやるな」
　九助が地を蹴った。流星のように光の尾をひき、ゼクトを襲う。蹴りがゼクトに突き刺さり――。
「遅い」
　蹴りを躱したゼクトが九助の上空に現出した。無造作に拳を打ち下ろし――とまった。
「ほう。面白い業を使う」
　ゼクトの声に笑いの響きが滲んだ。その目は九助のビハインド――八重子を見やっている。
　金縛り。彼女は心霊現象により、ゼクトを呪縛したのであった。
　が、それも一瞬。呪縛を打ち破ると、ゼクトは八重子を襲った。視認できぬほどの迅雷の蹴りで八重子を消滅させる。
「やりますね。でもあなたが不退転部隊なら、私たちはケルベロスです」
　穏やかな表情の中、瞳にのみ真剣の光をうかべたマリアローザの手から鎌が飛んだ。回転しつつ飛ぶ大鎌は旋風のごとし。さすがに躱しきれぬと判断したゼクトは腕ではじいた。
　戞然。
　澄んだ音を残し、大鎌き回転しつつ、マリアローザの手にもどった。ほう、という感嘆の声はゼクトのもらしたものだ。
　腕が傷ついている。機関砲すら弾き返す超硬度の外骨格に覆われた腕が。
　刹那だ。アーティアが地を蹴った。風をまとったその身は、その風すら追い越し、颶風と化してゼクトを襲った。ゼクトを見つめて。相手は振り返ることも許されぬ強敵だ。なら目を背けぬことは礼儀であろう。
　アーティアの手の槍――原罪赦槍が紫電をからませて疾った。
　逃れきれぬ。咄嗟に悟ったゼクトは敢えて地を蹴った。迅速の機動力をのせてアーティアに迫る。
　アーティアが原罪赦槍を突き出した。同時にゼクトは拳を叩き込む。
　二影が交差した。迅雷の刺突と閃光のパンチ。どちらが速かったであろうか。
　次の瞬間、爆発的な衝撃を腹にうけ、アーティアが吹き飛んだ。ビルの壁面に激突し、ようやく止まる。
　一方のゼクトは――。
　がくりと膝をついていた。その脇の外骨格が破損している。
「ぬうっ」
　ゼクトは呻いた。身体が痺れている。アーティアの刺突の仕業であった。
「すぐに回復するわ」
　今度はユリアがアーティアのもとに駆けつけた。魔術的に傷を切開、細胞レベルで修復する。
「いざ、参るッ！」
　ユストがゼクトに迫った。膝をついているのを承知の上で。
　今が好機であった。見逃すわけにはいかない。
「わかっているだろう。俺達は一人じゃあない！　――骨を断たせて冑を砕くッ！」
「砕くは我だ」
　ゼクトが顔をむけた。瞬間、空間が震えた。集約され、指向性を与えられた超音波だ。
　ギンッ。
　光が散った。雷の壁がはじいたのである。
　直後、同時にユストの惨殺ナイフが閃いた。ルチアナの歌声ではずむようにナイフが躍る。稲妻の形にゼクトの外骨格が切り刻まれた。
「卑怯というか」
「否。委細承知の上の戦いなれば」
　ゼクトがこたえた。
　その瞬間である。戦場を彩っていたギターの音色がさらに高まった。
　それは叫びであった。覚悟であった。ルチアナの――。
「我も不退転ならば、彼も不退転か」
　満足げに笑い、ゼクトは立ち上がった。

●
　爆撃されているかのように街が崩壊していく。それはケルベロスたちとゼクトの戦いの余波だ。
　ケルベロス達の連携は見事であり、さすがのゼクトも防ぐことは不可能であった。が、それはケルベロスたちも同様である。ゼクトの襲撃速度は速く、その威力も絶大であった。
　侮りがたし。双方の認識であった。
　ゼクトは超音波でケルベロスたちを薙ぎ払った。威力そのものは拳ほどには高くない。が、それでも低くはないダメージをケルベロス達に与えた。
　と、ルチアナのオニヤンマ状の装甲が金色に輝いた。見る間にケルベロスたちの傷が癒えていく。が、まだ足りない。ゼクトの本気に付き合い切るには。
「なんという強さ……」
　小型治療無人機を放ちつつ、ユスティーナは賞賛の呟きをもらした。
　ゼクトの拳の剛さは強大無比。迷いがないというのはこうも強いものなのか。
「だからこそ交えましょう、剣と拳を」
　ユリアがすすうと進み出た。この時、彼女の脳裏からは人々の運命などは消え去っている。あるのは強い敵との戦いへの興味。それのみであった。
「ごめんなさい。私、剣術というのは、習ったことがなくて」
　ユリアのゾディアックソードが袈裟に疾った。大気に光の亀裂を刻む。ついにゼクトの外骨格が砕け散った。
「まだだ」
　ゼクトの脚がはねあがった。ビル解体用の鉄球をぶちあてられたような衝撃にユリアが跳ね飛ばされる。
　瞬間、マリアローザが空に舞った。ユリアの身を受け止める。
「ぐっ」
　苦鳴はしかしゼクトの口からもれた。はねあがった彼の脚に交差するように蹴りが放たれていた。ルチルだ。
「もうあなたは翔べない。硬くて、速い。そんな敵を弱体化させるのが私の見つけたお仕事です！」
「見事」
　ゼクトが跳んだ。残る脚のみにて。拳をルチルにぶち込む。
「デスバレスなんざにはやらねえよ！　テメエが赴くのは……更なる戦場だッ！」
　ユストが一撃を放った。相撃つ拳と拳。生み出された破壊熱量は対戦車ミサイルと同等であったろう。双方の拳が砕けた。
「お前こそ見事だったよ」
　九助がいった。もはやゼクトが戦えぬことは承知している。ならばこそ笑って送るのだ。
　ゼクトの足下から浄玻璃の灯が展開された。因果も業もすべてを飲み込んで焼き尽くすものだ。
「そうかぁ、お前」
　九助は苦笑した。その瞳に憐憫の光をうかべて。
　彼は見たのだ。悲しそうに笑うゼクトの顔を。
「そんな人間みたいな顔すんだな」

●
「ローカストとの戦いはどこまで続くのかしら。……アポロンを倒したら？　それともゲートを壊した以上、全てを殲滅するまで？　……それは望みたくない未来ね」
　戦場を見渡し、アーティアがつぶやいた。戦いは終わったが、失われた命は戻らない。その背後ではルチルとマリアローザが街を修復していた。
「絶望的な状況でも、最後の一人まで命をとして戦う……か。ケルベロスが同じ状況に立たされた時私は……いえ、考えるのは無作法ね」
　ユスティーナが敬意を込めてゼクトに黙祷を捧げた。ユストもならう。
「もう戦わなくていいんだよ」
　地球の歌だけど、眠る場所はこの星になるんだもの、いいよね？
　ルチアナの鎮魂の歌声が静かに、そして高らかに――宇宙に届くほどに響いた。　

作者：紫村雪乃	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年7月30日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 10／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。