黙示録騎蝗～吹き荒れる殺戮の嵐

■リプレイ

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「……ノッチ？」
「おぉ、ご存知なんですね！」
　戦場に着く間際、月詠・宝（サキュバスのウィッチドクター・e16953）が耐えかねて漏らした疑問に、山田・ビート（コスプレ刀剣士・e05625）は頬を緩ませた。
　猫型ラバーマスクに緑のつなぎ。ビートが、とある界隈で有名なグループの一員を模した格好をしているのは、憧れの者たちに少しでも近づきたいから。
　彼らを知っているらしい宝の反応は嬉しいもので、ビートは少しだけ話に花を咲かせる。
　それは悲惨な戦場に平常心で踏み入る為の、細やかな努力だったのかもしれない。

　姫路市の一角に現れた不退転ローカスト、死を撒く嵐スィエランブス。
　四輪付きの白黒芋虫はあらゆるものを砕きながら驀進し、背の砲台で瓦礫と死体を生み出していた。
（「……愚かしいことを」）
　洗脳、虐殺。
　記憶の彼方を揺さぶられ、ヴァルキュリアの唯織・雅（告死天使・e25132）は表情を険しくする。
「大丈夫！　なんとかなります」
　心中を読んだわけではないだろうが、ビートは鼓舞するように言って精神を集中させた。
　瞬間、スィエランブスの足元で小さな爆発が起き、鉄の芋虫は短い触角が生えた前頭をもたげる。
「そこまでです！
　貴方も誇り高き戦士であるならば、戦えない一般人に武力を振るうのは止めなさい！」
　ビートが言い放つと同時に、逃げ惑う人々の合間を縫って嵐城・タツマ（スーサイドスクワッド・e03283）が突撃をかけた。
「ヤケッパチの哀れな芋虫に大サービスだ。せめて死に方くらいは選ばせてやるぜ！」
　金属生命体で覆った拳の一撃。
　しかしスィエランブスは唸りを上げて車輪を回し、急加速で回避すると勢いのまま市民を一人轢き殺す。
　逆らいがたき太陽神の命令。
　更なる虐殺へ直走るスィエランブスを止めるべく、敵の前に身を晒したアリエット・カノン（鎧装空挺猟兵・e04501）は対になる双魚の星座が刻まれた二本の細剣を掲げて宣する。
「私たちはケルベロス、あなたとの戦いを望みます」
「ケルベロスを前にして、知らん顔は出来ねぇだろ？」
　宝も言ってのけ、漸くケルベロスたちと対峙する素振りを見せたスィエランブスを玖々乱・儚（参罪封じ・e00265）が煽る。
「ヘルクレスト・メガルムの襲来から始まった、我らと不退転部隊の大戦。
　その末路が、このように不本意な形でいいのか」
　敢えて格式張った物言いで問う儚。
　かつての頭領の名は、主星の為と決死の覚悟を決めた日を戦士に思い起こさせた。
「テメェ、メガルム様を知っていやがンのか……」
「あぁ。彼らの名も、その決意も――」
「どのように戦い……そして、どんな結末を辿ったのかも、全て」
　言葉を引き継いだアリエットも、切り出した儚も、伝え聞いただけに過ぎない。
　だが、確かに知っている。
「聞きたければ虐殺を止め、正々堂々、私たちと戦いなさい」
　今一度、是非を問うアリエット。
　返ってきたのは、内燃機関を空ぶかしする音。
「……弱者をいたぶる屑かと思ったけど、まだ誇りは捨ててなかったみたいだね」
　ひしひしと伝わってくる敵意に、カッツェ・スフィル（黒猫忍者いもうとー死神型ー・e19121）は口元を歪ませる。
　正面切っての果たし合いなど趣味ではないが、今日ばかりは堪える所。
「来なよ。ボスからの命令を忘れたわけじゃないだろ？」
「……全ては、黙示録騎蝗成就の為に……いや、違ぇ」
　それは傲慢な神からの下知。
　現頭領、ヴェスヴァネット・レイダーから賜った言葉は――。
「不退転部隊の名に恥じぬ戦いと死をッ！
　――不退転部隊が一員、スィエランブス！　行くぜオラァ！」

●
　四輪で舗装路を擦り上げ、敵は真っ直ぐに突撃してくる。
　長門・海（誘導弾系魔法少女・e01372）はファミリアロッドを構えながら、嘲るように言った。
「命がけで集めたグラビティ・チェインを死後に仲間へ託す。
　フィクションだったらかっこいいシーンだろうけど……残念、これは現実でした！」
　杖を一振り。現れたのはミサイル。
「その願いを絶望で終わらせる！　……ＣＷＣには内緒だよ？」
　撃ち出された弾頭は、着弾するなり爆発と共に何かをばら撒く。
　まるで大地を汚染するような、しかし魔法であるそれはスィエランブスに直撃して、身体の内外から徐々に侵食を始めた。
　しかし、まだ戦いは始まったばかり。
　スィエランブスは己に起きた異常など気に留めず、海に向けて更に加速する。
　そこに立ちはだかり、激しく競り合ったのは雅。
「……停止した思考に、不退転と名を付け、自己を賛美して、死へ逃避する……」
「何をぶつくさ言ってやがる！」
「所詮それは、責任から、逃れる為のもの。
　……貴方が戦う、全き理由であっても、好きには、なれません」
「あぁそうかい！　御託並べてる暇があンなら、テメェの心配でもしてろや！」
　駆動音が更に大きくなり、耐え切れなくなった雅の身体が宙を舞った。
　過ぎた先で急旋回。
　追撃を掛けようとするスィエランブスだが、ビートの飛び蹴りに勢いを削がれたことで進路を変えて、雅は事なきを得る。
「いくよ、てれ。先日の大戦の続きだ」
　相棒の黒いテレビウムに応援動画を流すよう指示を出し、儚は纏う気を雅へと向けた。
「我は癒し、得物を研ぐもの」
　紡ぎ出すのは癒し手としての決意。
「我が雷鳴にて盾に癒しを、剣に激情を……！」
　気が流れこむにつれて傷が埋まり、立ち上がった雅はウイングキャットのセクメトから癒やしの羽ばたきを受けつつ、自身でもヒールドローンを撒く。
「お前も頼りにしてるからな。……行ってこい！」
　檄を飛ばしながらナノナノの白いのを敵に投げ、鎖の守護陣を用いて治癒へ加わった宝は旅団仲間に声を掛けた。
「背中は任せろ。カッツェは好きなだけ暴れてこい」
「言われなくても。あいつはカッツェが――殺してあげるよ」
　蒼と黒、二つの鎌を掲げたカッツェは片方を一舐めして、次の攻撃に移る前のスィエランブスへ駆けていく。
「だいたい、不退転部隊なんて大袈裟なんだよ。地球はずっと逃げ場無しでやってんのに」
「ンだとコラァ！　俺達の誇りを貶すンじゃねぇ！」
「だったら！　お前の言うとおり、名前に恥じない戦いで示してみせろ！」
　飛び上がって一気に間合いを詰めたカッツェは、鎌を――彼方に放り投げる。
「鎌振り回すだけが死神じゃないんだよ！」
　愛用の得物を囮にして、放つ電光石火の蹴り。
　僅かに遅れて、タツマも拳を突き出す。しかし。
「遅えッ！」
　まるでサイドスラスターでもついているかのように横っ飛びして、スィエランブスは二人の攻撃を容易く避けた。
　白いのが撃ったハート光線も命中はせず、やっと敵を捉えたのはアリエットの狙いすました一撃。
「Feu de la salve！」
　螺旋を帯びた縦ロールの髪が、鉄の装甲を穿って抉り取る。
　まさかそんなものを武器にされるとは思わなかったのだろう。
　スィエランブスは露骨に不快な声を漏らしながら、背の砲台をアリエットへ向けた。
「死ねや！」
　至近距離からの一点集中射撃。
　逃れることが出来ぬよう髪を装甲で絡めとって、放たれたレーザーはアリエットを吹き飛ばす。
　……が、その身に傷はなかった。
　発射の寸前、てれが身を投げ出して、アリエットを庇ったのだ。
　儚は相棒の名を呼びながら、雅に纏わせていた気を向け直す。
　サーヴァントはグラビティが開放固定化された存在。
　高い耐久性を持つとは言えないが、間一髪生き残ったらしい。
　てれはふらふらと起き上がり、自身に応援動画を流し始めた。

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　しかし、残るケルベロスたちの猛攻を掻い潜ったスィエランブスから放たれる焼夷弾の雨が、再び仲間を庇ったてれを無情にも焼き払い、消滅させてしまう。
　炎はなおも燃え盛り、前衛に立つケルベロスたちへ襲いかかっていく。
「くそっ……カッツェ、しっかり狙っていけ！」
　後衛に位置する故、ダメージにはならない程度の熱に煽られ、声を張りながらオウガ粒子を放つ宝。
　カッツェと、そしてタツマ。二人の感覚が超覚醒していく最中で、更に士気を高めるべく雅は手元のスイッチを押した。
「私も、援護、させて、頂きます」
　たどたどしい言葉とは裏腹に、勢いよく起きる色とりどりの爆発。
　背を押されて駆け出すカッツェとタツマの周囲に、儚が構築した雷の壁が漂いだす。
「ついでにこれも持ってってよ！　トビアス、パワーアップだ！」
　海に脳髄を賦活され、カッツェは漲る力を蒼色の鎌に込めた。
　スィエランブスは身構えて、回避する瞬間を探す。
（「……ここだッ！」）
　機関がフル稼働して、四輪が――回らない。
　ビートに蹴りつけられた際の衝撃が、スィエランブスの体内に僅かな不調を来していた。
「番犬、喰らい尽くせ！」
　一閃。蒼い軌跡に鉄の装甲が斬り裂かれる。
　抜群の手応えではない。拳も脚も刃も、どれも似たような感触だ。
　ならば最も効果が期待でき、そして……手に馴染む攻撃を繰り返すだけ。
　虚の力で簒奪した敵の生命が流れ込んでくる感覚に、目をギラつかせるカッツェ。
　スィエランブスは間もなく稼働した四輪で、一気に突破を図った。
　それを両腕で押し留めるのは、白髪の闘士。
「ちっ……まるで戦車だな……！」
　全身が軋んで悲鳴を上げているというのに、タツマの顔には愉悦が滲んでいた。
　退路はなく、前に進むしかないローカスト。
　何処か近しい物を感じる相手との戦いは、男の命を滾らせる。
「殴りがいがあるぜ、クソッタレめ！」
　限界以上の力で押し込み、車輪が空回りした瞬間にタツマは下から掬い上げるような拳撃を打ち込んだ。
　初手では躱された鋼の拳。
　しかし感覚が研ぎ澄まされた今なら、動きは相手の一歩先を行く。
「野郎、轢き殺してやらァ！」
　浮き上がった身体を舗装路が砕ける程の勢いで接地させ、スィエランブスはタツマに向かって吼えた。
　防具で半減されるとはいえ、直撃すれば体力をごっそりと奪われるであろう突撃がやってくる。
　攻め手を失うわけにはいかない。
　さして愛想の良くない小さき羽猫は、主人からの指示を忠実に守った。
「っ、セクメト……！」
　微かに声を上げた雅の前で、愛猫セクメトは音もなく消え去っていく。
　戦いが終われば、サーヴァントは蘇る。
　だからと言って、傷つけたものを許すわけにはいかない。
　敵の構造を瞬時に解析して、雅はライフルの引き金に指を掛けた。
「……貴方は……わたしが、討つ……！」
　撃ち出されるグラビティの光線。
　スィエランブスの外殻が大きく剥がれて、そこへケルベロスたちの攻撃が殺到した。
　口を真一文字に結んだビートが傷跡に爆発を起こすと、白いのは尖った尻尾から愛という名の毒を注入する。
　アリエットは再び螺旋を込めた髪を突き刺して、海が小動物に戻して撃ち放ったファミリアロッドは装甲を破壊しながらあらゆる異常を増幅させた。
「……ぐっ……う……」
　それでもスィエランブスは耐え抜き、車輪を回す。
　しかし荒れ狂う殺戮の嵐を世にしらしめる音は、戦いが進むに連れて弱々しいものへと変わっていた。

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　だからと言って、進撃を止める事は出来ない。
　忍び寄る終わりを悟りながらも、スィエランブスは背の砲台からレーザーを放った。
　一枚残った盾の雅をすり抜ける雄叫びのような光線は、鎌を振り上げ吶喊していたカッツェを飲み込む。
「っ！　……女の子なんだから、傷は残すなよ」
　吹き飛ばされて瓦礫に頭を打ち、溢れてきた血を強引な魔術式手術で処置して窘める宝。
「そんなの――」
　戦いの波へ身を委ねる少女に、忠告は詮ないこと。
「気にしていられるか！」
　広げられた間合いを一気に詰めて、カッツェは敵の背に回ると黒鎌を閃かせた。
　壊れた外殻の穴にかかった刃が、裂くのでなく剥ぐようにして爪痕を残す。
「カリスト顕現、侵食してやるのだ」
　海が招来する混沌なる緑色の粘菌。
　本来のスィエランブスであれば脅威にもならないはずだが、しかし嵐は止む寸前まで来ている。
　苦もなく敵に這い寄って、粘菌は身体を侵食し始めた。
「ケルベロスめ、まだ来やがるのか……！」
　そう言ってスィエランブスが向く方に、八人のケルベロスたちは居ない。
　ローカスト・ウォーにてアポルオンへ押し寄せたケルベロスの幻が、トラウマとして見えでもしたのか。
　そっぽを向いた敵に、雅はグラビティを中和するエネルギー光弾を放って呟く。
「更なる弱体化を、確認。……もう、十分、でしょう」
「あぁ」
　短く答えて、タツマは眼力で命中精度を確かめる。
　卓越した技量からなる一撃を打ち込んだ後の拳は、十分な数値を叩き出していた。
「釣りはいらねぇ、遠慮せずくたばれ！」
　タツマはグラビティ・チェインや奪ってきた敵の魂を強引に手元で結晶化し、スィエランブスの正面から叩きつける。
　程なく訪れた爆発。続く攻撃。
「荒ぶる雷よ、その力をまとって、激情に身をゆだねよ」
　儚が喚んだ活力を与える雷を浴びて、より一層精神を集中させたビートは、体内のグラビティ・チェインから作り出した刀をスィエランブスに突き立てる。
「凍える白き虚ろの刃よ、楔となりて歩みを止めよ！」
　流し込まれる重力の鎖。
　スィエランブスは体内から雷を迸らせ、異音を立てながら倒れていく。

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「メガルムを始めとする五名の不退転ローカストたちは、
　オウガメタルの離反後も名に恥じない戦いをし、見事に散って行きました」
「……へっ、聞くまでも、ねぇことだったな」
　誇りある不退転部隊、その長たるメガルムが無様な姿を晒すわけもない。
　しかし末路を告げられて、スィエランブスの声は落ち着いたものになっていった。
　もう、抗う力は残されていない。
「楽しかったぜ、覚えといてやるよスィエランブス」
「そういうテメェの、名前は？」
「タツマだ、嵐城タツマ」
「……そっちのお前らは」
　尋ねられたケルベロスは、次々と名を告げる。
「どいつもこいつもヘンテコだな。全員聞いても覚えられそうにねぇや」
　少し笑ってそれきり喋らず、スィエランブスは頷く。
　細剣を握る手に力を込めて、その時初めてアリエットは、スィエランブスの頭にある目をしっかりと見つめる事ができた。
「――勇敢なる戦士に、安らかな眠りを」
　剣が十字を描く。
　嵐は穏やかな風となり、消えていった。

　残されたのは、僅かばかりの瓦礫と、どうしても防げない数名の遺体。
　それらを片付け、戦場を修復する数名の仲間を見たアリエットは呟く。
「……太陽神アポロン……彼さえ居なければ、もう少し別の道もあったのでしょうか」
「もっとうまくやれたんじゃないかなんて、考えるのはあとだね」
　儚が、自らへ言い聞かせるように返す。
　今やれる精一杯で、少しでも早く戦いを終わらせる。
　ケルベロスたちに出来ることは、それしかないのだから。

作者：天枷由良	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年7月24日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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