黙示録騎蝗～突撃兵隊蜂

■リプレイ

●虐殺
　夏の日中。陽光が燦々と照り付け気怠さを覚える暑さだが、その場の空気は底冷えのする寒々しいものだった。
　広島県北部に位置する庄原市の市街地は、死屍累々の戦場と化していた。
　原型を留めている死体があちこちに散らばり、人間の身体の部位や肉片が道路や建造物に撒き散らされ血溜まりに埋もれている。
　老若男女を問わず、そこに居合わせたという理由で、虐殺されたのだ。
　この惨状を引き起こしたのは、身体の半ばを機械に改造された蜂型のローカストであった。デウスエクスであるローカストは、グラビティ・チェインを求め人々を狩っていた。
　泣き叫び逃げ惑う人々、現実感を感じられずどうすればいいのかすら分からないままへたり込む者、ごく一部は鈍器を手に抵抗を試みる者もいた。
　強かにに打ち付けられた鈍器は、ローカストに何の痛痒も与えはしない。ローカストの右腕は極近距離に対し針を衝撃と共に打ち出す機構を備えており、それによって挑んだ者の遺体は原型を留めることなく四散した。
　ローカストが左手に携えた銃からは、アサルトライフルの弾丸のように大量の針が射出され逃げ惑う人々を背後から射殺する。
「……」
　ローカストは逃げようと懸命に走る人々の背を、感情の籠らない複眼で捉え左手の銃を向けた。
「止まりなさい！　それ以上の狼藉は、私達を倒してからにして頂きましょうか」
　その凶行を阻む凛とした声が、人々の喧騒を突き抜け響く。
「私はウィッチドクターの槙島紫織。レプリカントです。生命を救うのが私の任務、これ以上の殺戮は行わせません」
　名乗りを上げながら立ち塞がった槙島・紫織（紫電の魔装機人・e02436）が、ローカストを制止する。
「こんにちは。地球の天気はローカストには如何です？」
　次いで現れた十夜・泉（地球人のミュージックファイター・e00031）は、一見するとごく普通の地球人に見える。だが、ローカストは彼を狩りの獲物とは看做さなかった。
「十夜さんと言います、どうぞよろしくです。折角ですし、関係無い人は巻き込まずにぶつかりませんか？」
　どこか掴み処の無い雰囲気の泉だが、その提案は決闘の申し出に他ならない。
　泉の発言をどう受け止めたかは、蜂の顔から察することが出来る者はこの場にいない。だが、少なくともローカストの動きは止まっている。
　だが、それはローカストの前に次々と自分を殺すことが出来る者達、ケルベロスが出現したからでしかないのかも知れない。
「オラトリオの天矢恵だ。花を売ることと鹵獲することが仕事だ。武器はバトルオーラ、エアシューズを使うぜ。手合わせ願おうじゃねえか」
　自らの武器を堂々と示しながら、天矢・恵（武装花屋・e01330）も、ローカストに戦いを申し入れる。
　ケルベロス達は、それぞれがローカストに対して微妙な距離を保ち、かつ一般人との間に割って入るよう立ち塞がっている。
　その中で、一歩ローカストに進み出て正対したのはロストーク・ヴィスナー（庇翼・e02023）であった。
「僕はロストーク。番犬としての誇りに懸けて、今日ここにいる人達を護りに来た『盾』だよ。連れは、火竜のブラーミァと言う」
　穏やかな雰囲気を纏い静かな声音で告げるロストークの傍らには、東洋の龍を思わせるフォルムのボクスドラゴンが付き従っている。小柄な体躯を活かした奇襲を行うことも出来たかも知れないが、そうはせず姿を見せた。
　ローカストの複眼が、１人また１人とケルベロス達をねめ回す。
「俺は槙野清登、自宅警備員だ。……自宅警備員は、利得に依らず、守ると決めたものを守る者だ」
　複眼と目が合った槙野・清登（惰眠ライダー・e03074）は、普段の柔和な表情を厳しく引き締め、名乗りを上げた。緊急を要する重傷者がいればヒールを行うつもりだったが、治療が必要な者はこの場にはいなかった。死者にヒールを行っても、何の意味も無いからだ。
　その事実が、清登の秘めた熱い気質を引き出している。
　対峙するケルベロス達とローカストは、どちらも敵と相対しておきながら何も仕掛けようとはしない。ただ両者の間で緊張だけが膨らんでいく。
　敵である以上は戦いを避ける術はない。ならば先手を取ることが肝要なのだが、ケルベロス達はそうしようとはしなかった。

●説得
　ケルベロス達の外見は人それぞれであり、いかにも武装している者がいる一方で、一般人にしか見えない者もいる。
「サキュバスの巽真紀。獲物はこの手裏剣とシューズにブラックスライムさ」
　そういった意味では、まるでストリートダンサーにしか見えない巽・真紀（竜巻ダンサー・e02677）は特に戦士というイメージには程遠い。だが、纏う空気は間違い無く経験と実力、そして覚悟を兼ね備えた者のそれだ。
「ヘルクレスト・メガルム、蜂王アンナフル、スポアティンガー、イエローシケイダ、金甲のフーガ、黄金装甲使いの不退転の戦士。皆ケルベロスと真っ向戦って散ったぜ。超強かったって聞いてる」
　並べた名前はローカストの中でも不退転の覚悟で地球に赴いた、名のある者達であった。いずれもケルベロスを苦しめた猛者である。
「お前も不退転冠してんだろ。侵略してえなら、正々堂々ケルベロス潰してから行けよ」
　真紀の言葉を引き継ぐように、ウルトレス・クレイドルキーパー（虚無の慟哭・e29591）もローカストに語り掛けた。
「剛将ヘルクレスト・メガルム率いる黄金の不退転ローカスト達。最期の血一滴尽きるまで、大義の下に堂々と闘い続けた逸話はケルベロス達の間でも語り草になっている」
　淡々と感情を込めないウルトレスの口調は、それが故に事実のみを語っている。欺瞞や偽証を交えない、ただ事実のみをと。
　敢えて武器は構えず、ウルトレスは申し出る。
「俺はウルトレス・グレイドルキーパー。その誇りを受け継ぐ烈士の１人と見込んで、真っ向勝負を挑ませてもらいたい」
　もしローカストが複眼ではなく人と同じ瞳を持っていたのなら、何らかの感情が浮かんだだろうか。
「ワタシの名は君乃眸、レプリカントのブレイズキャリバー。仲間の盾となル者だ」
　君乃・眸（ブリキノ心臓・e22801）を最後に、ケルベロス全員がローカストに対して名乗りを終えた。
「誇り高き不退転部隊の名を、無抵抗な者の虐殺という汚濁で穢してはならなイ。その武器を向けるべきはこちらだ、ワタシ達と戦え。ケルベロスの全力を以ってお相手仕ル」
　ケルベロス達の登場から今までに、多くの人々はこの場から逃げ延びている。けれど、足が竦み思うように動けず未だ危険域を脱していない者も幾人もいた。
　ローカストがケルベロス達の申し出を受けなければ、彼等の命は危うい。
「誇りある戦士の針に、無差別の虐殺なんて卑怯は相応しくないね」
　不退転ローカストの誇り。そして戦士にとって自らの魂の拠り所である武器。そこに、ロストークは一縷の望みを託す。
「俺達の仲間が戦った不退転部隊は最後まで立派に戦ったと聞くぜ。今のお前は、そいつらと肩を並べられるのか？」
　そして、自らの魂と同等の重さを持つ存在。それが同じ部隊の仲間達。散って行った他の不退転部隊と今の自分を比して、胸を張ることが出来るのか。そう恵は問い掛けた。
　さらに清登は自身が遭遇したこれまでのローカストの、不退転の最期と盲目的従属の最期、その異なる二つを挙げる。
「選ぶ道がどちらであろうと、その全力を受け止める」
　そうして、最後の選択を迫った。
　外見からは、蜂型ローカストはこれまでと何ら変わらないようにしか見えない。けれど、逡巡しているのだろう。
「……」
　やがて、蜂型ローカストは剣を掲げ名乗りを上げる騎士のように、自身の武器が内蔵された右腕をケルベロス達に掲げて見せた。
　礼節を返すという意味ではないが、ロストークは白手袋を覚悟と共に手に嵌める。
　それは、正々堂々たる決闘の始まりを告げる合図であった。
「始める前に、あなたの名前を伺っても？」
　紫織の問いに、蜂型ローカストは沈黙を答えとする。
「……」
　ただ、自身の身体の半ばを構成する機械をさするような仕草が、ケルベロス達には名乗りの代わりに見えた。
　不退転ローカストは、身体の大半を改造しレギオンレイドの環境に対応できない存在と化しながらも主星のため決死の覚悟を決めている。それ故の不退転部隊なのだ。
　つまり、この蜂型ローカストは生まれた際にはこのような身体ではなかったのだろう。改造を重ねる毎に自分を棄てていったこのローカストにとって、名前などというものは捨て去ってしまった過去なのかも知れない。

●決闘
　幸い蜂型ローカストがケルベロスのみを狙うのなら、戦いの余波に巻き込まれる位置に一般人はいない。心置きなく戦いに専念できる状況だ。
　事ここに至り、両者の間に交わされるのは言葉ではなく武技であった。
「制御できる自信はありませんが、ヒトツメ、行きますよ？」
　泉が手にする武器の刃は、速度・威力・精密さを兼ね備えているが、それを繰り出すのは本能の域にまで達した鍛錬の賜。そのため本人にも意識することができず、ただ敵に傷を残した結果だけが残る。
「出し惜しみはなシだ。同じ轍を踏みはしなイ」
　眸の纏う武装生命体から放出されるオウガ粒子が、前衛に立つ仲間達の超感覚を覚醒させる。
　今起こった惨状は、先の戦争の結果だ。眸は、もっと巧くやれたのではないかと、負い目を感じ同じ過ちを繰り返さないという意志で挑んでいる。
「背中は任せたぜ。その分、俺はこいつに全力を叩き込んでやるぜ！」
　敵と真っ向対峙し掌からドラゴンの幻影を放つ恵は、言葉通りに前だけを見ている。相手のお株を奪うかのような、不退転の姿勢だ。
「……！」
　それに応じるように、蜂型ローカストも必殺の覇気を纏い右手から針を繰り出した。
　恵を狙ったその針が穿ったのは、間一髪で割って入ったロストークだった。
「心配いらないよ、プラーミァ」
　痛烈な一撃を受けた主を気遣うボクスドラゴンに、ロストークは顔色を変えず応える。
「これが僕の誇りだ。……それに、仲間がいるからね」
「任せてください。これ以上は誰も死なせはしません、救ってみせます」
　紫織がロストークに宿した破壊のルーンによって、受けた負傷が癒える。完全に治せはしなかったが、危険な状態ではない。
　予め分かっていた事ではあるが、この蜂型ローカストの実力はケルベロス達１人１人を凌駕している。
　幾度もの攻撃を繰り返すも、ケルベロス達の攻撃は致命傷には遠い。それ以前に、必中を誇ることが出来るのはそれに長けた立ち位置の真紀だけだ。紫織もそうなのだが、攻撃に回る余裕が無い。泉、恵の前衛攻撃担当２人は、８から９割といったところで十分ではあるが確実とは言えない。
　けれど、幾度もの戦いを経験しているケルベロス達にとって、その程度の不安要素は対策済みであった。
「釘付けだろ？」
　元より踊るような足取りで攻撃を行っていた真紀だが、刻むステップはタップダンスのそれだ。この動作はそれ自体が儀式魔術に等しく、踏み抜いた敵の影から生命と機動力を害する呪詛をその身に叩き込む。
　真紀によって蜂型ローカストは回避を困難にされ、さらにケルベロス達は眸の支援により攻撃の精度が向上している。
「ダンスのビート、見事です。自分の演奏も、引けを取らないところをお見せしなければなりませんね」
　戦闘中でありながらも常にベースギターを演奏するというケルベロスならではの離れ業を披露するウルトレスは、真紀に感心しながらも自身の演奏によって掴んだテンポからオウガメタルを鋼の鬼と化し殴打する。
　演奏のリズムが原因ではないが、本来ならウルトレスの攻撃は２回に１度の命中を期待できる程度であった。
　しかし、今は違う。拳が蜂型ローカストにめり込み、その装甲を穿つ。
　この戦いを詰将棋に例えるなら、この時点で既にローカストは詰んでいただろう。だが、実戦に盤上遊戯のようなルールは無く、万一の事態というものは常にあり得る。
　そして何よりも、決して退かない覚悟の持ち主が、不退転部隊である。前衛のケルベロス達に針の弾丸を乱射する蜂型ローカストに、諦念は微塵も無い。
「えげつない痛みだな……」
　耐え難い痛みに震え、清登は我知らず呟いた。針の弾丸は傷に残り、痛みを増幅するのだ。
「お返しだ、行くぜ相棒。最近のスマホの薄さを舐めるなよ……！」
　ライドキャリバーの突撃と共に間合いを詰めた清澄は、さながら居合の達人のように、改造スマートフォンで蜂型ローカストを切り裂いた。その斬撃はここまでの戦いでいくつも刻まれた傷を広げ、不利な状態をより一層に強めるものだ。
　蜂型ローカストがケルベロスに勝利するためには、何度の僥倖に恵まれなければならなかったのだろうか。
　ケルベロス達の攻撃は確実に蜂型ローカストを追い詰め、逆に蜂型ローカストの反撃は最早ケルベロス達を討つには足りない。結末は誰の目にも明らかだ。
　奇跡は起きず、明白であった道筋を辿り決闘はやがて終着を迎える。
「理解できましたか？　これが貴方の終焉です」
「天晴だ。先に逝った不退転の奴等に見劣りしねぇ……」
　結果の見えた攻防の果てに、泉と恵の連携攻撃が詰めとなった。
　意志の力で限界を越え身体を支えていた蜂型ローカストは、身体が地面に倒れ込むよりも先に事切れていた。

●決意
「さようなら、無名の戦士」
「誇り高きローカストの戦士よ、安らかに眠れ」
　ロストークは蜂型ローカストの死を悼み、ウルトレスもまた鎮魂歌を奏でたベースギターの弦を引き千切り黙祷を捧げる。
　戦いはケルベロスの勝利に終わったものの、振り返れば被害は甚大であった。
「ワタシにもっと、力があレば……」
「この落とし前は必ず付けなきゃな。けど、今はこっちだ」
　無残な遺体を前にして無力感に苛まれる眸の肩を叩き、清登は破損した街並みや物影で震える人々に目を向ける。
「ええ。今は救援を必要としている人達のために、動きましょう」
　生存者の中には、負傷者が大勢いるだろう。壊された建造物も、ケルベロスのヒールでなければ復旧に時間と手間が掛り過ぎる。
　ケルベロス達は、救援と復旧作業に取り掛かった。
　１人、その動きに遅れた真紀は仲間達の視線が無いことを確認してから蜂型ローカストの遺骸を踏み砕き唾を吐き掛ける。
「言葉選ぶのがマジかったるかったぜ、クソが。何が不退転の戦士がー、だよ。侵略に来たんなら潔く賊って名乗れよカスが」
　真紀の視線はこの場にいない元凶を睨み付ける。
「待ってろよ虫共。定命前に絶滅させてやんよ」
　溜まった鬱憤を晴らしてから、ようやく真紀も仲間達の元へと向かう。
　敵に対しての思いに差異はあれど、悲劇を繰り返させはしないという決意が、ケルベロス達の胸に宿っていた。

作者：流水清風	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年7月28日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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