黙示録騎蝗~働き者のキリギリス

作者:秋桜久

 暗闇の中、岩場に蠢くものがあった。 
 しとしとと雨が降っている。雨音に紛れるそれは人の足音ではない。雲の隙間から僅かに射した月明かりに映し出されていたのは虫の姿──ヴェスヴァネット・レイダー率いる、不退転のローカストの一群であった。
 彼らは、太陽神アポロンより、黙示録騎蝗の尖兵となり、今後の戦いのために必要な大量のグラビティ・チェインの獲得を命じられたのだ。
 それは、単騎で人間の町に攻め入り多くの人間を殺して可能な限り多くのグラビティ・チェインを太陽神アポロンに捧げるという、生還を前提としない、決死の作戦であった。

「戦いに敗北してゲートを失ったローカストは、最早レギオンレイドに帰還する事は出来なくなった! これは、ローカストの敗北を意味するのか?」
 不退転侵略部隊リーダー、ヴェスヴァネット・レイダーが、声を張り上げる。
 この問いに、隊員達は、『否っ!』と声を揃えた。
「不退転侵略部隊は、もとよりレギオンレイドに戻らぬ覚悟であった」
「ならば、ゲートなど不要」
「このグラビティ・チェイン溢れる地球を支配し、太陽神アポロンに捧げるのだ」
「太陽神アポロンならば、この地球を第二のレギオンレイドとする事もできるだろう」
「その為に、我等不退転ローカストは死なねばならぬ」
「全ては、黙示録騎蝗成就の為に!」
「おぉぉぉ!」
 意気軒高な不退転ローカストに、指揮官ヴェスヴァネットも拳を振り上げて応える。
「これより、不退転侵略部隊は、最終作戦を開始する。もはや、二度と会う事はあるまいが、ここにいる全員が、不退転部隊の名に恥じぬ戦いと死を迎える事を信じている。全ては、黙示録騎蝗成就の為に!」
 このヴェスヴァネットの檄を受け、不退転侵略部隊のローカスト達は、1体、また1体と移動を開始していく。
 不退転部隊の最後の戦いが始まろうとしていた。


 ローカスト・ウォーで、ローカストのゲートの破壊に成功したのは記憶に新しい。
「撤退した太陽神アポロンが、再度ローカストの軍勢を動かそうとしているようです」
 そこで最初に動き出したのが、ヴェスヴァネット・レイダー率いる、不退転侵略部隊なのだと、セリカ・リュミエールは告げた。
「太陽神アポロンは『黙示録騎蝗』の為に大量のグラビティ・チェインを求めていると思われます」
 不退転侵略部隊を、グラビティ・チェインを集める為の捨て駒として使い捨てるつもりなのだろう。不退転侵略部隊は、1体ずつ別々の都市に出撃し、ケルベロスに殺される直前まで人間の虐殺を続けるらしい。
「予知にあった場所の住民を避難させれば、他の場所が狙われるでしょう」
 つまり被害を完全に抑える事は不可能。
 しかし、不退転侵略部隊が、人間の虐殺を行うのは、太陽神アポロンのコントロールによるものであり、決して彼らの本意では無いのだと言う。
「不退転侵略部隊のローカストに対して、正々堂々と戦いを挑み、誇りある戦いをするように説得する事が出来れば、彼らは人間の虐殺ではなく、ケルベロスと戦う事を選択してくれるでしょう」
 不退転部隊のローカストは、その名の通り、絶対に降伏する事は無く、死ぬ直前まで戦い続け、逃走する事も無い。

「不退転侵略部隊のローカストが出現するのは、滋賀県彦根市です」
 城などの観光名所も多くあり、地元民のみならず、観光に訪れる人を含めれば、かなりの人が集まっている市と言えよう。
 敵は人が多く集まる城で虐殺を行うようだ。
「不退転侵略部隊は、戦闘能力を向上させるような強化手術を受けているようです」
 ここに出現する敵はキリギリスの姿をしていると言う。但し、羽が改造されており、美しい虫の音ではなく、精神をかき乱す様な不快な音を撒き散らす。
「例えるなら、ガラスを爪で引っ掻いたような音です」
 他にも、噛み付きや蹴り攻撃を仕掛けて来るらしい。全体的に強化されているので、こちらの攻撃にも注意が必要だろう。
「降伏も撤退もしない不退転侵略部隊。人々を守る為、彼らに死と言う安らぎを与えてください」


参加者
幸・鳳琴(黄龍拳・e00039)
シル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)
リブレ・フォールディング(月夜に跳ぶ黒兎・e00838)
ファルケ・ファイアストン(黒妖犬・e02079)
ティーシャ・マグノリア(殲滅の末妹・e05827)
コルチカム・レイド(突き進む紅犬・e08512)
ロディ・マーシャル(ホットロッド・e09476)
久保田・龍彦(無音の処断者・e19662)

■リプレイ

●宣戦布告
 城周辺に降り立ったケルベロス達は、大手門を抜け天守へと向かっていた。効率よく虐殺をするならば、より人が多い場所を狙う筈だ。
 櫓を潜り、長い石の階段を駆け上がる。その先に見えたのは倒れ伏した人達。破壊音波にやられたのか、耳から血を流している。それだけではない、今まさに新たな獲物に喰いつこうと口を──。
 ザンッ!!
 口を開いたまま、足元に投擲されたナイフに目を向けるローカスト。
「どーも、ケルベロスです。あんたさんに死を届けにきました」
 ナイフを構え、リブレ・フォールディング(月夜に跳ぶ黒兎・e00838)があからさまな殺意を放っても、敵は興味なさそうに虐殺を再開しようとする。それを妨害するようにティーシャ・マグノリア(殲滅の末妹・e05827)の銃弾が目の前を過ぎる。
「弱い者達を嬲って楽しいのか? お前の矜持はその程度か?」
 噛み付こうとした獲物と自分の間に撃ち込まれ、不機嫌そうにケルベロス達の方に体を向ける。虐殺を続けるには、邪魔者を先に片付けるべきだと考えたのかもしれない。空砲で気を引こうとしていたファルケ・ファイアストン(黒妖犬・e02079)だったが、敵の意識がこちらに向いたのなら、この機を活かすだけだ。
「君らを不退転の強い戦士として認めるからこそ、戦い方にはこだわりたい。ケルベロスに背を向け、か弱い一般人を一方的に襲いながら、その背中を撃たれる……。そんな最期は、お互いにあんまりだろう?」
 正面から決着をつけようと告げるが、敵は無言のまま反応は無い。
「私はコルチカム! ただのケルベロスよ! あんたも名のある戦士なら正々堂々私達と戦いなさいっ!」
 びしっと指差し大声を発するコルチカム・レイド(突き進む紅犬・e08512)だが、反応が弱いままだ。
「弱いものとしか闘えないのかしら? 所詮虫よね!」
 虫と言う挑発に、だがローカストはフンッと鼻で笑った。
「殺す者の強さなど知らぬ。我等は命に従っているのみ」
 それが例え本望でなくとも。
「一方的な虐殺をする事が、てめぇらの誉れなのかい? こんな戦いで終わって、後悔はねぇのかよ」
 敵の心に僅かに生じた暗い影。それを察知したのか、久保田・龍彦(無音の処断者・e19662)は言葉を続ける。
「俺達は逃げも隠れもしねえ。来いよ、戦おうぜ」
 目の前の強い奴が捨て駒として使われる事に、ロディ・マーシャル(ホットロッド・e09476)は我慢ならなかった。
「選びな。戦士として誇りと共に戦うか、それとも己の心まで殺して捨て駒となるのか。決めるのはあんた自身だ。この選択があんたの生きた証なんだから」
 子供ならではの真っ直ぐな言葉が、ローカストの心に突き刺さる。
「戦士としての誇りか……我が貴様等を無視し、獲物を狩り続ければどうする? 背後から撃つのか?」
 答えは無い。元より答えを求めては居ないが。掴んでいた獲物を地面に放り投げる。投げられた人は体を引きずりながらも全力で逃げ出した。その背を目で追っていたローカストは、いつの間にか他の一般人の姿は消えていた事に気付いた。幸・鳳琴(黄龍拳・e00039)がまだ動ける人に逃げるよう呼びかけていたのだ。
「我々ケルベロスが貴方の相手をします。武人として堂々と雌雄を決しようではありませんか!」
 そして改めて口上を述べる。注意を一般人からこちらに向けたいのもあるが、言葉通りの気持ちもあった。
「……まあよい。死を届けるとか最期とか、まるで自分達が勝つのが当たり前のような言い草は気に入らぬ。それ程までに自信があるのなら、我を倒してみせよ」
 ローカスト──キリギリスは完全に一般人の虐殺よりもケルベロス達と相対する道を選んだ。邪魔者を消せばいくらでも虐殺出来る、と言うのは言い訳かもしれない。強い相手と戦いたい、戦う者としての血が叫ぶのだ。
 虫が苦手でいつもなら泣き叫ぶ所だが、今回は戦い終わるまで泣かないと、シル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)は心に決めていた。
(「だって、戦士として戦ってあげたいから……」)
「さぁ、始めましょうかっ! わたし達の最初で最後の大舞台をっ!!」
 数々の想いが交差する中、戦いの火蓋は切って落とされた。

●攻防戦
 互いに全力を尽くす為、拓けた場所へ移動する。ケルベロス達は天守を背に、キリギリスへと攻撃を仕掛けた。
「不退転の覚悟持つ者よ。私達が――砕く!」
「琴ちゃん、一緒に行くよっ!!」
 最初に動いたのは鳳琴とシル。流れるような動きで蹴りを炸裂させる。キリギリスは前足を交差してガードするが、同時攻撃の威力に後方へ押しやられる。息つく暇もなく、ロディのファイヤーボルトが火を噴く。弾丸がばら撒くように放たれ、崩れた体勢を立て直す隙を与えない。
 弾丸の雨の次は氷結の螺旋。リブレの攻撃に動きを鈍らせた所に、走り込んできたコルチカムが電光石火の蹴りを敵の腹部にめり込ませる。
「……っ、調子に乗るな」
 キリギリスはメタリックな羽を広げ、不快な音波を近場に居る者達に響かせる。
「うぐっ!」
「きゃあっ!?」
 咄嗟に耳を塞ぐが、音は脳にまで達し頭の中を掻き乱す。攻撃を受けた者達から苦悶の声が漏れる。
「音波に負けない一曲、届けるぜ!」
 音には音を。音波を打ち消すように癒しの音色が精神を和らげていく。龍彦の「ブラッドスター」だ。
 落ち着きを取り戻したファルケは、目にも止まらぬ速さで元凶である羽に弾丸を放ち、音を断つ。そこへティーシャが後方から主砲を一斉発射し、敵を爆発の渦に飲み込んだ。
 ケルベロス達の攻撃は終わらない。渦の中心に鳳琴の魂を喰らう降魔の一撃が叩き込まれる。
「貴方達も同胞の為戦っているのでしょう――けれど私達もまた、地球に生きる人々の希望となるべく戦っている」
 シルの重い斬撃とロディの主砲が、彼女の言葉を示すように確実に体力を削っていった。
 リブレは仲間の攻撃に合わせて接近し、敵の死角へと回り込むと同時に地を蹴って宙に舞う。袖に仕込んだ特別製のクナイを複製し、敵頭上で次々とバラ撒く。
「染まれ」
 現染兎法・蝉焔──撒かれたクナイは、地面や敵の体に触れた瞬間に爆発を起こした。周囲をも焼き尽くす炎に紛れ、コルチカムはオーラの弾丸を放つが、敵もそう何度も攻撃を受けてはくれない。虫の持つ驚異のジャンプ力で回避した。
「逃がさないよ」
 攻撃に重きを置いているファルケが、地獄の炎を武器に纏わせながら着地点を狙う。超近接からの攻撃は敵に大きなダメージを与える筈だった、が。
「がはっ!?」
 狙っていたのは敵も同じ。空中で体を捻りカウンターで強力な蹴りを放った。タイミングは同じ。リーチの差で蹴りが先に彼の腹部に突き刺さった。思いがけない反撃に、耐え切れず膝を着く。動けない彼が追撃を受けぬ様、ティーシャは攻撃仕掛けて敵を引き離す。
「大丈夫かい、まだ倒れんなよ!」
 龍彦が気力溜めを施す。全快には至らないが、動ける程には回復出来た。一旦下がり、体勢を整える彼の前で、龍状の輝くグラビティを拳に収束させていく鳳琴。幸家・醒龍の構え。
「この一撃で、貴方の全てを貫く――!」
 踏み込みと共に叩き込む。決まれば強力なダメージを敵に与える事が出来ただろう。しかし突き込んだ拳の先より放たれた収束グラビティは、咄嗟に体を逸らしたキリギリスの複数ある足の一本を吹き飛ばしたのみで終わった。
 それでも驚異の一撃は、敵の意識と向けるのに十分だった。シルの指天殺、ロディのサイコフォース、リブレの稲妻突きが、足を失いバランスを崩した敵に次々と炸裂する。ガードしたものの、完全には受け流しきれずにダメージを負っていくキリギリス。コルチカムは右手の拳に赤い狂犬の顔を形作る。殴りかかろうと拳を振るった瞬間、狂犬が暴れて狙いを外してしまう。
 隙を逃す敵ではなかった。キリギリスは二つの羽を擦り合せて不快な音を奏でた。後方に居る者達に向けて。
 ギャギギャリギャリギギーー!!

●決着の時
「しまった!?」
 ファルケが咄嗟にスターゲイザーを放つが間に合わない。ティーシャは耳を押さえたまま身動きが取れず、龍彦はキリギリスに回復を施してしまう。そうならないよう対策はしていたのだが、影響を受けてしまったのは運が悪かったと言えよう。加えて自己回復を持つ者は多かったが、他社回復を持つ者が少なかった為、コルチカムが龍彦を回復するまで、後衛の動きは乱れてしまった。
 それでも回復した敵に再度ダメージを与える者と、自己回復で対応しつつ仲間をフォローする者とで、敵へ傾きかけた流れを元に戻していった。
「すまない」
 回復を果たした龍彦は、即座に仲間を癒す。戦う力を取り戻した仲間達は頷き合い、目の前の敵へと集中する。
 鳳琴の旋刃脚を皮切りに、シルの精霊収束光翼撃とロディのブリッツバレッツ等の大技が展開された。敵は必死に回避行動を取るが、今までにない速度に避けきれず羽の一部を千切り飛ばされる。
「!?」
 千切られた羽に、音もなく接近していたリブレのチェーンソー剣が当てがわれる。引き離そうと蹴りを放つが、その前に回転した刃が唸りを上げて斬り裂く。
「くっ!」
 傷口を完全に広げる前に蹴り飛ばされたが、手応えは十分。飛ばされながらも口元に笑みが浮かぶ。片手を地面に着き、勢いを殺すと同時に体を回転させて足から着地する。流石にダメージは軽減出来なかったが、コルチカムと龍彦が回復してくれるので問題ない。
 一度回復したとは言え、今までに蓄積されてきたダメージを無には出来ない。攻撃を受けること前提で行ったリブレの攻撃は突破口であった。一気に動きを鈍らせた敵に、ティーシャが凍結光線を発射し、更に動きを抑制する。
「私は、闘い続ける」
 不退転部隊の一員であるキリギリス。戦う姿勢には近しい何かを感じたのか、纏う雰囲気が僅かながら変化した。ファルケがクイックドロウを放っても、避けずに弾丸をその身に受けた。
「負けられないのは、同じだ。――勝負ッ!」
「琴ちゃん!」
 鳳琴とシルの二つの流星がキリギリスの腹部を貫く。
「──お見事」
 体に穴を開ける程の衝撃を受けても、地面に足を踏ん張り決して後方へは倒れなかった。やがて力を失った体は前のめりに倒れ、二度と立ち上がる事はなかった。

●静寂
 息の無い敵を前に、ティーシャはかつて自身の種族の未来のために戦ったアンナフルを思い出していた。真っ向から堂々と決して引くことなく戦い抜いた姿は同じだったように思う。
「あなたの戦士としての想いは受け取ったよ。だから、ここでお休み……」
 虫は苦手だし今も怖いけど、戦士として見送ろうとシルはそっと花を捧げた。その傍らには彼女を気遣う鳳琴が居た。
「――同胞が為命を捨てて戦った貴方達のこと、忘れません」
 一度だけ敵に礼を。それは戦士としての敬だ。
 リブレはちらりと一般人が避難した方を見た。
「どうかした? 敵をばーんと倒したんだし、美味しいご飯食べに行こうよ」
 わざと明るく振る舞い肩を抱くコルチカム。背が若干低い為、踵を上げて無理しているのだが……そこは見なかった事にしてあげよう。
「心配せずとも、戦闘開始以降、巻き込まれた人は居なかった。安心しろよ」
「別に心配なんて……」
 先に対応してしまったら敵に感づかれてしまう。とは言え、守りきれなかった人が居たのは事実だ。その事に心痛めているのは一人ではないとファルケは暗に伝える。
(「この戦いを見た人達の胸にあいつの『強さ』と『誇り』は残るだろう」)
 それがあいつの墓標だ、とロディは手向けの言葉を贈る。
「強かったぜ、あんた」
 戦士として、これ以上の言葉は無いだろう。
「覚えておかなきゃいけねぇ、勇敢な戦士がいた事を」
 虐殺は許せない行為だが、それは敵の本意ではなかった。ケルベロス達と戦い始めてから最期の時まで、武人として戦った敵の姿を忘れない。心に刻み込まれたこの記憶は、一生消える事はないだろうと龍彦は思った。
 
 静寂を取り戻した彦根城に、夏の日差しが降り注いでいた。

作者:秋桜久 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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