深夜、しとしとと雨が降る岩場に、敗残のローカストの一群が集っていた。
ヴェスヴァネット・レイダー率いる、不退転のローカストたちだ。
太陽神アポロンより彼らに下された命は一つ。黙示録騎蝗の尖兵となり、今後の戦いのために必要な大量のグラビティ・チェインの獲得をすることだった。
それは、単騎で人間の町に攻め入り、多くの人間を殺すことで多くのグラビティ・チェイン奪取、それを太陽神アポロンに捧げると言う、生還を前提としない、決死の作戦であった。
「戦いに敗北してゲートを失ったローカストは、最早レギオンレイドに帰還する事は出来なくなった! これは、ローカストの敗北を意味するのか?」
不退転侵略部隊リーダー、ヴェスヴァネット・レイダーが、声を張り上げる。
この問いに、残されたローカスト――隊員達は、『否っ!』と声を揃えた。そして口々に言葉を続ける。まるで、虫の音が唱和するかのように。
「不退転侵略部隊は、もとよりレギオンレイドに戻らぬ覚悟であった」
「ならば、ゲートなど不要」
「このグラビティ・チェイン溢れる地球を支配し、太陽神アポロンに捧げるのだ」
「太陽神アポロンならば、この地球を第二のレギオンレイドとする事もできるだろう」
「その為に、我等不退転ローカストは死なねばならぬ」
「全ては、黙示録騎蝗成就の為に!」
「おぉぉぉ!」
意気軒高な不退転侵略部隊のメンバー達に、指揮官であるヴェスヴァネットも拳を振り上げて応える。
「これより、不退転侵略部隊は、最終作戦を開始する。もはや、二度と会う事はあるまいが、ここにいる全員が、不退転部隊の名に恥じぬ戦いと死を迎える事を信じている。全ては、黙示録騎蝗成就の為に!」
このヴェスヴァネットの檄を受け、不退転侵略部隊のローカスト達は、一体、また一体と移動を開始する。
不退転部隊の最後の戦いが始まろうとしていた。
「先日のローカスト・ウォーはお疲れ様。みんなの活躍のお陰でゲートの破壊に成功した。これは歴史的な快挙よ」
ヘリポートに集ったケルベロス達を前に、リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)は労いの言葉とは裏腹に、浮かない顔で告げる。それは次の言葉に起因していた。――そして、ローカストの次の動きが視えた、と。
ケルベロス達に緊張が走る。一年あれば地球を食い尽くすと豪語したローカスト達の次の手とは。
「展望無き『黙示録騎蝗』。その為、大量のグラビティ・チェインを求めている」
その為に不退転侵略部隊をグラビティ・チェインを集めるための捨て駒とすることにしたと言うのだ。
「不退転侵略部隊は一体ずつ、別々の都市に出撃し、死ぬまで人間達の虐殺を行うわ」
この場合の『死』は即ち、ケルベロス達に殺されると言うことだ。そして、当然ながら予知で見えた場所の住人を避難させる等の方法をとれば、違う都市が襲撃場所と化す為、完全に被害を抑える事は出来ない。
それが彼女の浮かない顔の理由だった。決死の覚悟を決めた彼らの前に、犠牲者は必至だった。
「ただ、最小限に抑える方法はある。彼らが人間の虐殺を行うのは太陽神アポロンのコントロールによる物。彼らの本意じゃないの」
だから、不退転侵略部隊の前にケルベロス達が立ち、正々堂々と戦いを挑み、誇りある戦いを行うことを説得すれば、彼らは人間の虐殺ではなくケルベロスとの戦いを選択するだろう。
その名の通り絶対に降伏することはなく、逃走もなく、死ぬまで戦い続ける彼らとの戦いは激しく厳しいものになるだろう。だが。
「不退転侵略部隊のローカストに敗北と死を与えて欲しい」
それが彼らの望みでもあると告げる。
「皆に担当して貰うのは山口県に現れた一体よ」
山口県下関市。山口県西部に位置する本州最西端の都市だ。山口県最大のこの都市は『河豚の街』としてその名が知れ渡っている。
「そこにサバクトビバッタの外見をしたローカストが降り立ち、虐殺を始めるわ」
飛蝗の外見をしているだけあって、その特徴を用いて攻撃を行うようだ。また、脚力によって生み出される機動力は高く、その対応も考えなければ行けないだろう。
「注意すべきは蹴りと牙ね」
踵にブースターが付けられており、その蹴りは通常の蹴りの比ではない。エアシューズを備えているようなもの、と言えば判るかな、とはリーシャの弁だった。
そして牙と顎は何でも喰らい、己の血肉と変えてしまう。まるで蝗害の如く、彼の通った後は何も残らないだろう。
「あと、倒す事だけを考えるならば、正々堂々とした戦いを挑まない、と言う手もあるわ」
彼は説得がなければケルベロスからの自衛よりもグラビティ・チェインを奪取する、と言う目的の完遂を優先する。それだけ太陽神アポロンのコントロールは強いのだ。数多くの犠牲者は出るだろうが、ケルベロス達へ意識を割かれない分だけ、倒す事は容易となるだろう。
「……あまり、お奨めしないけどね」
グラビティ・チェインを奪取させる事もそうだが、ケルベロス達が犠牲者を容認する戦い方はどこかで軋轢を生みかねない。戦い方への判断はケルベロス達に任せるが、個人的な心情ではやめておいた方がいい、とリーシャは告げた。
「太陽神アポロンの残虐な手段から人々を守れるのはみんなだけなの。死を覚悟した敵は強い。でも、誰かを守る強さを持ったみんながここにいる。だから」
彼女はそうしてケルベロス達を送り出す。その目に信頼を浮かべて。
「いってらっしゃい」
参加者 | |
---|---|
エニーケ・スコルーク(黒麗女騎・e00486) |
天空・勇人(勇気のヒーロー・e00573) |
イグナス・エクエス(怒れる獄炎・e01025) |
アルレイナス・ビリーフニガル(ジャスティス力使い・e03764) |
糸瀬・恵(好奇心は猫をも殺す・e04085) |
土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093) |
佐久間・凪(地核の護り・e05817) |
神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟狼・e07023) |
●東風に蝗が舞う
ヘリオンから降り立ったケルベロス達は下関の街を走る。
目に見える光景は悲惨の一言だった。崩壊した建物、瓦礫の散る道路、そして……。
男がいた。女がいた。老人がいた。子供がいた。誰も彼もが物言わない遺体と化している。
まさしく屍山血河の様相にアルレイナス・ビリーフニガル(ジャスティス力使い・e03764)は端正な顔立ちを歪める。
「本当は犠牲者をゼロにしたかったけど……」
死者を悼む気持ちが無い訳ではない。だが、今はこれ以上の犠牲者を増やさない方が大事だと、彼らを放置する痛みを胸に覚えながら、先を急ぐ。
「どんな理由であれ無残に命を奪って良い理由にはならないのに」
土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)もまた、悲痛な面持ちを浮かべていた。
ゲートを破壊され、窮地に陥っているローカストの立場が判らない訳では無い。だが、それでも侵略者から略奪者に堕ちた彼らを放置する事は出来ない。地獄の番犬たる自分達がその凶行を止めねば、と内心呟く。
そして八人の進む先にそれはいた。
逃げ惑う人々の中心に立つ飛蝗の姿をしたローカストは、暴風の如く駆け抜ける。フェンスや標識等の人工物はその妨げにならない。炎の尾を引く蹴りが、全てを噛み砕く顎が、人命、建造物を問わず破壊していた。
「「そこまでだ!」」
破壊と虐殺をまき散らすローカストに叩き付けられた二つの声は、正義感に燃える少年、天空・勇人(勇気のヒーロー・e00573)と神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟狼・e07023)からだった。二人ともこれ以上の狼藉を許す訳に行かないと、怒りを瞳に宿している。
二人の思いが通じたのか否か。
ローカストの次の行動は、彼らに対する警戒だった。隙無く身構え、飛蝗を思わせる複眼を八人に向ける。
「ケルベロスか」
先日のローカスト・ウォーの記憶は未だ新しい。ゲートを破壊した怨敵の名を口にする。
「無抵抗な人たちを襲撃とはっ……! 不退転ローカストは誇り高い者達と聞いていたのですが、残念なのです」
佐久間・凪(地核の護り・e05817)の嘆きに対し、僅かにローカストは表情を歪める。人間であれば、眉を釣り上げていたであろう動作は、彼女の予想が的中した事を伺わせた。
太陽神アポロンの走狗となった今でも、この飛蝗は誇りを失っていない。
「一般人を殺して悦に浸るなど、貴方達は所詮、目の前の自己満足に忠実なゴキブリ人間でしかありませんでしたわね!」
畳み掛ける様にエニーケ・スコルーク(黒麗女騎・e00486)が挑発する。罵倒と共に投げ付けた殺虫剤は一閃したローカストの蹴りにより破壊されたが、まき散らされた白い噴煙はその顔を不快に染め上げる。
「不退転部隊の名と強さに誇りがあるのなら、まず僕たちを打ち破ってから事を為しなさい!」
びしりと指を突きつける糸瀬・恵(好奇心は猫をも殺す・e04085)の視線はあくまで真っ直ぐで。
受け止めたローカストは絞り出す様に声を上げる。
「良いだろう。ケルベロス。ならばお前達のグラビティ・チェインを奪ってやろう」
破砕音が響く。踏みしめたアスファルトは砕け、そして次の瞬間、ローカストの身体は宙を舞っていた。己の最も信頼する技、蹴打をケルベロスに降らせる為に。
「互いに譲れぬものがある。ヘルクレスト・メガルムも言っていたが戦う理由はそれで充分だ!」
以前の戦いで関わったローカストの司令官の顔を思い出し、イグナス・エクエス(怒れる獄炎・e01025)は咆哮する。
意に沿わない虐殺をここで終わらせてやる。その決意を瞳に宿していた。
●蝗は空を、番犬は地を駆ける
飛来した蹴りを受け止めたのは、勇人との間に割り込んだ彼のサーヴァント――ライドキャリバーだった。
吹き飛ぶ身体は二度、三度とアスファルトの上でバウンドし、擦過音を響かせようやく動きを止める。立ち上がったランドキャリバーはエンジン音を響かせるが、その身体が半壊に近い事は、誰の目にも明らかだった。
だが、それに対する追撃は無い。再び宙を舞ったローカストに突き刺さったのは、無数の弾丸だった。
「死を覚悟した上で、最期まで諦めず戦い続ける姿勢は賞賛に値します。ですが、その虐殺を認める訳に行かないんです!」
ローカストが行う破壊と虐殺を看過する訳に行かない。だからこそ、止める。
恵の撃ち出す銃弾はその思いを示すかの様に、ローカストの動きを束縛する。
「煌々と降る粒は宝石の如く」
その足止めの間隙を縫い、岳がオウガ粒子を放出する。付与されたオウガメタルの加護に、ケルベロス達の身体が淡く輝く。
そして連なるエネルギーの奔流が放たれた。その数、二条。回避行動をとるローカストはしかし、恵の束縛と岳の加護によってそれが叶う事は無かった。
「神だろうと燃やし尽くしてやる!」
「守るべき命に手を出されて黙ってる訳にゃいかねぇんだ」
イグナスによる砲撃と煉の闘気を纏った拳がローカストの身体を吹き飛ばす。
羽根を広げ、宙で体勢を整える彼はしかし、更なる追撃に半歩後退を余儀なくさせられる。
「大人しく殺虫されて下さいませね」
エニーケの言葉と共に放たれた溶岩流は脚を焦がし。
「僕も一人の騎士として、全力を以て、不退転の覚悟で君を倒すと誓おうッ!」
覚悟は自身も同じだと宣言するアルレイナスの放つ突きは、外骨格に包まれた表皮を切り裂く。外骨格で弾いたそれは、切り口は浅いものの、纏った紫電が肉体を焦がして行く。
そして、不退転の覚悟を決めたのは彼らだけでは無い。凪もまた、その覚悟を抱いていた。
「貴方が不退転である様に、私もまた不退転なのですよっ!」
洗練された突きが叩き付けられる音が響く。
「まるで、動く鎧です!」
バトルガントレット越しに伝わった感触は金属塊を殴ったかの様な衝撃だった。
外骨格でその拳を受け止めたローカストは凪の身体を払う様に右手を一閃させる。だが、甘んじてそれを受ける彼女では無い。一撃の後、離脱した彼女を前に、ローカストの一閃は空を切っていた。
「勇気の戦士、仮面ブレイバー推参! 全力で叩き潰してやる、かかってこい!」
そこに勇人の蹴りが突き刺さる。電光石火の蹴撃によって地面に叩き付けられたローカストは次の瞬間、体当たりを敢行したライドキャリバーの前輪を受け、がりがりとアスファルトを踵で刻む。
再度の蹴りでライドキャリバーを吹き飛ばしたローカストの視線は、油断無く身構えるケルベロス達に注がれる。その意図を掴めず、警戒を露わにする彼らに、ローカストはゆっくりと言葉を発した。
「見事だ、ケルベロス諸君」
それは意外にも、賞賛の言葉だった。
ケルベロス達八人の連携が取れた動きを前に、孤独に戦い孤独で死ぬ定めの戦士は、何を思うのか。
賞賛の言葉に、「何を?」とエニーケが訝しげな表情を浮かべる。諸手を叩きそうな雰囲気は、戦士の所業かと疑問が浮かぶ。
だが、次に発せられた言葉で、それは要らない心配だと思い知らされた。
賞賛の言葉は、即ち、彼の望みが成就する事への喜びだった。自身に不退転部隊として恥じぬ戦いと死を迎えさせてくれる相手が現れたと、感謝を口にしただけだったのだ。
「故に、私も全力を以て戦わせて貰おう。恥じぬ戦いの為に」
そしてローカストの身体が黒く染まって行く。それは、太古の昔より、人々が怖れ、畏れた害虫が目覚めた瞬間であった。
「群生相……」
相変異と呼ばれる現象を目の当たりにした岳がごくりと唾を飲み込んだ。
●西の風は強く
黒い疾風が吹き抜ける。暴風と化したローカストの蹴りや牙は、その進路上に何者の存在をも許さない。蝗害の如く駆け抜けるそれが牙を剥いたのは、同じ不退転の思いをぶつけた凪だった。
「やらせるか!」
彼女の柔肌をローカストの牙が抉る――それを防いだのは勇人の拳だった。
赤い鮮血が撒き散る。彼の短い呻き声と共に響いた音は、咀嚼音だった。
凪を庇い、ローカストを横から殴りつけた勇人の右腕は、肘まで消失していた。
「……喰ってやがる」
肘を押さえる勇人に岳から緊急手術が施され、失われた腕は即座に再生する。治癒と同時に痛みは消えたが、一瞬襲った喪失感は、耐え難い不快感として心に刻まれていた。
「本当にサバクトビバッタ、ですね」
エニーケの言葉は蝗害の原因となる種に対しての呟きだった。
地球上の砂漠に住むこの種は諸説様々だが、何らかの要因で変容し、災害にまで至る食欲と大移動を行うと言う。
その特性がこのローカストにもあるのだろう。ならばその特徴は――速度。
「気を付けて下さい! 今までの比では無い速さを持っていますわよ!」
「だよね!」
ブースターによって強化された蹴りをゾディアックソードで受け止めたアルレイナスが悲痛な叫びにも似た声を上げる。
群生相を示した飛蝗は移動に適した身体になると言う。翅は伸び、体重は軽くなったそれが一概に速さに結びつくとは考えにくい。だが、目の前のローカストが繰り出す攻撃は今までのそれより早く、そして鋭い。
「ふしゃぁぁあ!」
排気音の様な呼気がローカストから零れる。全てを食らい尽くさんと、狂気に染まった瞳がケルベロス達を見据えていた。
「くっそっ」
黒き閃光が閃く。続いて発せられたがりがりと響く音はライドキャリバーのボディが噛み砕かれる音だった。音を耳にした勇人は呻く様に悪態を零す。
その一撃が止めとなり、ライドキャリバーは身体を消失させていた。幾度となく繰り出された蹴りと牙を前に、ディフェンダーとしての役割を全うした結果である。
ケルベロス側の被害はそれだけでは無い。同じくディフェンダーとして仲間を庇い続けた勇人、凪、煉の三人には、岳の回復が間に合わない程の傷を負わされていた。
「もう終わりか、ケルベロス?」
「――虚勢をッ」
恵の言葉と共にローカストの脚が爆発する。起動した地雷がその脚に牙を剥いたのだ。
血肉が爆ぜる音と焦げる臭いが辺りに充満する。
ケルベロス達にダメージが積み重ねられている以上にローカストにもダメージが蓄積している。ケルベロス達の猛攻を前に孤軍奮闘していた彼だが、限界が無い訳ではない。
今の攻撃を躱せなかったのは、もはや負傷と疲労が限界に達しているからに他ならなかった。
傷を癒そうと手近なコンクリート壁を囓るものの、再生の兆しは無い。
「悪いな。再生は封じさせて貰った。幾ら喰っても傷が治る事はねーよ」
対デウスエクス用のウィルスカプセルを掌で弄びながら、イグナスが告げる。
もはや、ローカストに勝機は無かった。数の暴力だけでは無い。ケルベロス達が彼を倒す為に行った連携が、そして張り巡らせた策が、その終焉を間近に呼び寄せたのだ。
「貴方に未来なんていりませんのよ。自らの行いをあの世で悔いながら死ぬがいいですわ」
「デウスエクスッ! 逃がしはしない! 今ここで滅びるんだ! 貫けぇ! ビッグバンドリルッ!!」
「影に潜む狩猟者よ、我が呼び声に応じて来たれ」
殺人衝動を破壊力に変換されたエニーケのレーザー砲が、地獄の炎を推進力としたイグナスの巨大なドリルが、恵の召喚した不定形の犬――『狩猟の精霊』がローカストを切り裂く。
機動力を失ったローカストにそれを回避する術は無い。逃れるべく羽根を広げるものの、逆にそれを千切られる結果となる。
「親父から受け継いだこの星を守るための力、その身に焼きつけろぉぉぉぉっ!」
追い打ちは蒼狼の牙だった。蒼き炎を纏う煉の拳がローカストに叩き付けられ、振り抜かれる。
ぴしりと響く音はローカストの外骨格の砕ける音。そして、命を刈り取る音だった。
「終わらせぬ!」
ローカストは目の前に立ちはだかる死を受け入れる事は無い。それを望まないからこその不退転部隊。
それを振り払う為、彼は拳の主――煉に食らい付く。噴水の如く、大量の血液が宙に迸った。
「――終わらせましょう」
煉の喉を守ったのは、横から突き出された凪の右手だった。動脈を食い千切られた彼女はしかし、痛みを押さえ込みながら詠唱を続ける。
「魂に刻まれし痛みの記憶よ。再生せよ!」
再び吹き出す体液は、赤では無く、黄色。それはローカストから零れたもの。彼女が受けたダメージをそのまま転写されたローカストは、己の爆発的な攻撃力を自身で味わう結果となる。
よろめく彼に向けられた二つの衝撃は、奇しくも彼が得意とした技であった。
「お前に傷つけられた人々の怒りと悲しみ……この一撃に込める!」
「ジャスティス力は僕の全身に宿る力! ならば足から発するも道理と言うものッ! とうッ!!」
勇人とアルレイナスの飛翔を見届けたローカストは、それでも砕けた脚で大地を踏みしめる。今の彼に抗う術はそれしか無かった。
「ブースト・ローカストキックッ!」
「必殺! ブレイバァァァキィィィック!」
「唸れ閃光ッ! ジャスティス弾ッ!」
三者の言葉が響く。
ブースターによって限界まで加速された蹴りは旋風となり、二人のケルベロスの身体に叩き付けられ。
同時に繰り出された青いオーラを纏った蹴りとジャスティス力を秘めた蹴りはローカストの身体を貫く。
砕けた欠片が宙を舞う。西から吹く風に舞うそれは、足首から砕け散ったローカストの脚。そして、蹴撃の増幅に使われていたブースターだった。重ねられたケルベロスの攻撃に耐え切れなかった脚は二人を砕く事が出来なかったのだ。
「なるほど。それが我が敗因か」
得心したと、頷くローカストは、どぅと音を立て、地面に崩れる。コギトエルゴスムと化す事の出来ない『死』が、自身に牙を剥く気配を感じながら、だった。
●不退転の名の下に
「アルレイナス・ビリーフニガルだ」
光の粒子へと転じて行くローカストを前に、アルレイナスが葬送として名を告げる。それがキミの命を奪った騎士の名だとの声に、ローカストの顎が微かに動く。
それは、破顔した様でもあった。
「不退転部隊が一人、ギシュターヴ」
それが、何処か満足げに消滅して行く、彼の最期の言葉となった。
「終わった」
勇人が唇を噛み、目を伏せる。彼だけでは無い。エニーケ、恵、凪、そして煉もまた、自身の無力感に打ち拉がれていた。
砕かれた街はヒールで治すことが出来る。だが、失われた命は……。
「……ごめんなさい」
失われた命を。そして同胞の為に戦い散った勇者を思い、岳が祈りを捧げる。
「アポロン!」
拳を握りしめたイグナスが天に向かって吼えた。そこに憎き敵の王がいるかの様に、鋭い眼光は黒く染まって行く空に注がれている。
「誰かの犠牲を強いる言い分等、認めねえ! 例え神を名乗る相手でもな!」
ぽつりぽつりと雨が降り始める。
それはまるで、彼らの気持ちを代弁するかの様だった。
作者:秋月きり |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年7月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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