黙示録騎蝗～六尺の虫

■リプレイ

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　七月も下旬、夏季休暇を迎えた学校も多く米子市の駅前は沢山の人が溢れていた。
　それが一層この駅前に大きな混乱を招いていた。
　普段であればうるさいほどに耳に届くはずの蝉の鳴き声、だが、今この場に響くのは人々の悲鳴。
　その原因は突如現れたたった一匹のデウスエクスが巻き起こした惨事であった。
　太陽の光を受け輝く装甲。光の粒子を振りまくオーラのような二対の羽で空を飛ぶのは、蜂を模した不退転のローカスト。
　人々を切り払い、突き刺し、槍に付着した血を払いつつ、ローカストはその機械化された単眼を蠢かす。
　そうして目標を定めると、スカートのように広がる装甲から小さな機械の蜂を展開し、逃げようとする者の退路を断ち、機械的に淡々と殺戮を繰り広げる。
　また一人逃げ遅れた少年に狙いを定め、ローカストは降下する。
「そこまでです！」
　その時、周囲の悲鳴をかき消すほどの大きな声が駅前に響き渡った。
　ローカストの視界の先、派手な回転をしながらその場に飛び込んだ一津橋・茜（紅蒼ブラストヘイム・e13537）が今まさに狙われていた少年を背に守るように立ちはだかる。
　ローカストはその可動式の単眼を一瞬茜へと向けた後、構わず茜ごと少年を貫こうと槍を構え降下を再開する。
　ローカストの行動に茜は唇を噛み、迎撃の構えを取る。震える少年を庇うように大きく両手を広げた彼女の目の前を何かが高速で通り過ぎた。
　その鳥籠のような何かは、アインヘリアル・レーヴェン（虚誕捏造マゾヒズム・e07951）の蹴りだした彼のミミック、ツヴィンガーであったが通り過ぎたその一瞬で判別することは中々に難しい。
　ツヴィンガーは狙いを違わず、ローカストの持つ槍に激突しその身を大きくへこませながらべちゃりと地に落ちる。
　突撃の体制を大きく崩されたローカストは、背に広げる羽の出力を上げ体勢を立て直すと、軌道を修正し再び茜へと突撃する。
「これ以上やらせるわけにはいかないんだよ」
　ルナ・リトルバーン（月は綺麗ですか・e00429）の振るう刀が茜と少年を貫こうとした槍を弾き、地へと叩きつけ、続く体当たりがローカストの体を弾き飛ばす。
　ローカストは大きく後退しケルベロス達の方へと視線を向けると、ようやく空中でその動きを止める。
「何だ貴様等は」
「我はケルベロスが一、金剛のコロッサス。不退転を討つ者也」
　ローカストの言葉に、コロッサス・ロードス（金剛神将・e01986）をはじめとする、人々への被害が広がらないよう用心していたケルベロス達全員がローカストの前にその姿を晒す。
「私達ケルベロスは、あなたと正々堂々真正面から戦いに来たのよ」
　そう言ったリリィエル・クロノワール（夜纏う刃・e00028）に対しローカストは色を強くした瞳を向ける。
「正々堂々か……だが、こちらがそれに従う道理はあるまい？」
「……あなたたちの敵は、私たちでしょう？　どうせ決死の覚悟なら、弱者をただなぶるより、敵を取りたくは、ありませんか」
　力を誇示するかの様に周囲に蜂を展開するローカストに対し、表情を曇らせながら、抑えた声でヴィオレッタ・スノーベル（不眠症の冬菫・e24276）は問いかける。
「ローカストの誇り高き戦士ってんなら、敵が目の前に居るんだから戦うってえのが筋だろ？　まさか負け癖付いてそんな誇りまで落っことして只の虫に成り下がったんじゃねえだろうな？」
　ヴィオレッタに続き、ギルフォード・アドレウス（咎人・e21730）もローカストの意識を此方へと向けようと、挑発を交えて声を張り上げるが。
　ローカストはただ黙し、ケルベロス達の方を見据えている。その態度に、再び口を開こうとしたギルフォードを、コロッサスの伸ばした右腕が制した。
「卿は武人であろう。力無き民草を虐殺し、一体誰に向かって功を誇るつもりか？
　抜かれた刃は血塗られずして鞘に納まるものではない。
　しかし相手を選ばぬというならば、卿の……不退転の名誉は地に落ち、死しても尚拭えぬ汚名を背負う事と知れ」
　コロッサスの言葉を聴き終えたローカストはすっと腕を伸ばし、茜の後ろで未だ震え続ける少年を指さすと　周囲に蜂を展開しつつ、試すように言葉を紡ぐ。
「よほどこの弱き者達が大事と見える」
「ボクの存在よりは、よっぽど大切な存在だと思いますねぇ……ふふふ」
「アンタからすりゃそのか弱いやつらを狙う方が楽だろうし効率的だろうよ、其れがお好みなら続けると良いさ」
　アインヘリアルと櫟・千梨（踊る狛鼠・e23597）、二人の視線と言葉の端から見える感情にローカストは展開していた蜂を引かせた。
「安い挑発だ」
　そう呟いたローカストの言葉には、先程までとは違い色があった。
「だが乗ってやろう……感情に流されず、民を案じ姿を晒した貴様等のその器量、生かせば脅威となろう」
　それは戦いに対し昂ぶる熱の篭った声色。少年を離れた所まで連れて行き、振り返った茜は獣の耳を動かし、指を鳴らし気合を入れる。
「今回は食いでがなさそうですねー。ま、後始末と参りましょうか！」
　軽い言葉遣いとは裏腹に、その表情は真剣そのもの。互いに武器を構え、ケルベロスとローカストは睨み合う。
「さぁ……死合おうか」
　ルナの言葉がしんと消えると同時、人々が遠巻きに眺める中戦いが始まった。

●
　先手を打ったのはケルベロスの側。
「我、神魂気魄の閃撃を以て獣心を断つ――」
　コロッサスの抜き放つ刃が紅の炎を点し、ローカストへと襲い掛かる。
　対してローカストはその一撃に対し、手にした槍を突き入れる。
　ローカストは肩を、コロッサスは脇腹を、互いに浅く傷を受け、至近よりその視線を交わす。
　交差は一瞬、互いに入れ替わるように退きながら同時に二人は攻撃を放つ。触れ合った武器が音をたて、両者の武器を握る腕に痺れが走る。
　瞬き程度の短い剣戟、しかし、互いのその素直で愚直な応酬に、両者は確かに燃え上がる何かを感じた。
「さぁ、次は私の相手をしてもらうわよ！」
　リリィエルはあえて敵が体勢を立て直したのを確認してから、軽やかなステップと共にローカストとの距離を詰める。小さな尾と翼を揺らし、高く結わえた髪を靡かせ、リリィエルは舞うように刃を繰り出す。
　その連撃をランス一つで捌ききることはいかにローカストといえど難しい、だがリリィエルのそれらの一撃は軽く、積み重ねたところでローカストを落としうるには足りないことは、一目でわかる。傍足手追い詰められているのはどちらなのか、打ち合う音が絶え間なく響き、リズムを刻む。
　それが一瞬、ローカストの防御タイミングがずれたことで、崩れる。
　その隙を逃さないとばかりにリリィエルの体が反射的に動き、逆手に握った右の刃を裏拳の要領でローカストの体へと突き刺す。
　確かな手応え――そのまま身を回し、追撃をかけようとしたところで、リリィエルは驚愕に眼を見開く。
　ローカストはあえて踏み込み、自らの体にさらに深くその刃を埋めリリィエルの動きを制限していた。なぎ払われるローカストの槍、それが彼女の体に届くよりも早く、アインヘリアルの握る杖から迸った青い雷が、ローカストの体を貫く。
　さらに追撃にとばかりに噛みつこうと飛び掛ってきたツヴィンガーを避け、ローカストはリリィエルと距離を置くことを余儀なくされる。
「鬱陶しいですか……？　僕なら攻撃を避けたり、防御することもありません、どうぞこの身を狙ってくださいませ」
　唇の端を歪め、笑みを浮かべるアインヘリアルの言葉を間に受けたわけではないだろうが、ローカストは飛翔しつつ蜂を展開、その一群をケルベロス達の後衛に対しけしかける。
　不気味な羽音を何十にも響かせ襲いくるそれらにたいし、茜とルナの二人は恐れることなく立ち向かい、後衛へとたどりつかれる前に薙ぎ払う。
　その攻撃を避け、反撃とばかりに二人に目標を転じた蜂は散開し全方位からの同時攻撃をかける。
「護って……」
　蜂達の一斉攻撃はヴィオレッタが瞬時に構築、展開した雷の障壁により阻まれ、その壁に触れた蜂たちは焼け焦げそのまま地に落ちる。
　一連の攻防の間にも敵は動きを止めていない、飛翔から反転、槍を突き出し、突進を仕掛けている。
　それを迎え撃つように、茜が散らばる蜂の死骸を踏みしめ、前へと踏み出し、その援護にギルフォードが先手を撃ち、ローカストへと腕を振り上げる。
「穿つ……打ち抜けっ！」
　空に爪を立てるかのように振るわれた腕。
　その指先から、青白い光が筋となって放たれたのをローカストは見逃さない。背から噴出す光子の羽の出力を上げ、身を傾けその光を回避したはずだった。しかし、放たれたその攻撃は一筋ではない、捕らえ切れなかった帯電する鋼糸が羽の出力部を貫き、ローカストの飛行が乱れる。
　体勢を立て直すよりも早く、ローカストは茜との交差を余儀なくされる。
　ローカストの槍の穂先が茜の頬を浅く薙ぎ、茜の縛霊手がローカストの体を深く切り裂く。
　羽の出力を落としながらも、墜落することの無かったローカストは体制を立て直すべく、上昇。
　するはずだった。
　しかしその体は茜の縛霊手から伸びる霊力の網によって捕らえられている。
　それを振り払おうと無理やりに出力を上げようとしたローカストの体を逃がすまいと、千梨の操る御業がその体を鷲掴みにする。
「その魂、いただくぜ」
　担ぐように構えた刀。ルナが力を込め振り下ろしたその一刀は茜のつけた傷をなぞる様に、無慈悲にローカストの体を開く。

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　地に叩きつけられたローカストは派手な音を立て数メートルを転がるものの、致命打とはなりえず、ゆっくりとその身を起こす。
　その過程で武器を杖の代わりとするようなことはない。身一つで立ち上がったローカストは傷の具合を確かめることもせず、槍を構えなおす。
　緩やかな生暖かい風が血のにおいを運ぶ。
　遠く建物の影から覗く人々は息を呑み、ただその戦いの行く末を見守る。
　観衆の見守る中、再び彼らは武器を交える。
　各々の武器を打ち合わせ、離れ、雷撃が飛び、蜂が舞い、炎が荒れ狂う。
　互いに出し惜しみのない途切れることの無い攻防。
　手負いであってもローカストの攻撃は激しく間断なく、向かい来るケルベロスを迎撃すし、時に追い立てる。
　矢面に立つルナと茜の消耗は一際激しく、ヴィオレッタもその治療に専念するが蓄積するダメージまでは癒しきれない。
　しかしローカストの方も当然無事ではすまない、凌ぎきれない攻撃を無数に受け、その動きは目に見えて悪くなっている。
　千梨の振るう見えざる刃を、ローカストは槍で受け止める。
「なあ、アンタ半端だなあ」
　ローカストが体とあたりに来たのに対し、千梨は力で張り合う事はせず素直に退いて距離を取る。
「大義の為捨て石になると誓い、力無い者を殺しておきながら実は本意で無いとのたまい……策に殉じる事も出来ない」
「異な事を言うなケルベロス、これは決闘ではない、種の存続をかけた生存競争。弱き者は食われ強き者が残る。それともなにか、貴様は家畜すらも食べず生きてきたとのたまうか？」
　無数の蜂が千梨めがけ殺到し、千梨はそれらを避け、苛立たしげに切り落としながらも、視線はローカストから外さない。
「貴様等と武器を交わすのは貴様等を討たねば生き残った同胞の障害となると踏んだからだ、策よりも優先すべき事、その評価を失望に変えてくれるな」
　言葉を続けながらもローカストは攻撃の手を緩めない、千梨の対処しきれなくなった蜂の群れが球をなし絶え間ない攻撃が彼を襲う。
「言われなくとも、此処で砕いてやるよ」
　低く押し殺した声で呟きながら、蜂の群れを突っ切り正面から再びぶつかろうとした千梨の体をヴィオレッタが止める。
「ダメです、そのまま仕掛けるなんて無謀です……」
　千梨が唇を噛み、視線をヴィオレッタへと向けるが、彼女はその手を離さない。死力を尽くし戦う両者の気持ち、それをわかっているからこそ彼女は千梨をその場に留めさせ、治療を施す。
「悪い……」
　治療が終わると、短い言葉と共に千梨はすぐに行動を再開する。ヴィオレッタはただじっとその背中を見つめ彼を送り出す。

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　どれだけの攻撃を受け、どれだけの攻撃を繰り出し、かわしたのか、もはや定かではない。
　既に互いの手札の殆どを見せあい、細やかな癖さえも見抜いている。
「さて……躱せるかしら？　っと！」
　敵の動きを読みながら繰り出すリリィエルの舞踏のような斬撃がローカストを襲う。
　上下左右から襲い来る刃と、時折繰り出される蹴り技。全てを捌ききることは出来ず、ローカストの体が傾ぐ。
　だが動きを読んでいるのはケルベロスの側だけではない、ローカストもまた、リリィエルの動きを読みきり、攻撃と攻撃の合間、刹那の間を突いて、槍を横なぎに払う。
　その一閃はリリィエルの脇腹を裂き、そして途中で止まった。ローカストが気づいたときには既に手遅れ。
　最初にローカストがやってのけたのと同じように、リリィエルはあえて自ら踏み込み、敵の武器を引けないように、深くその身に槍の穂先を沈めた。
　武器を手放せば回避することも出来たであろうが、彼はそうはせず、力に任せ武器を引き抜くことを選んだ。
　その隙を晒した無防備な体に、コロッサスの重力を宿す蹴りが突き刺さる。思わず後ずさったその体に、ギルフォードの腕から伸びたブラックスライムが噛み付き、動きを封じる。
　それが決め手となる。
「……跪け」
　両手を広げたアインヘリアルの周囲に、数え切れない煌きが現れ、ローカストの視界を一瞬で埋め尽くす。
「見事だ……」
　ローカストの言葉と共に、煌きから細い針のような青白い電光が迸る。
　それを皮切りに雪崩を打ったように、無数の煌きから雨のように光が降り注ぐ。
　晴天の空のした降り注ぐ雷雨がローカストの体を穿ち、焼き、容赦なくその体を原型を留めぬ灰へと変えた。

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　一時の静寂の後、駅前は歓声に包まれる。
　人々の歓喜の声。
　ケルベロスの勝利に彼らは喜び、あるものは隣り合ったものと肩を抱き、安堵していた。
　そんな声の中、しかしケルベロス達の表情は決して明るいものではない。
　目標を撃破することができたのは喜ばしいことではあったが、それはこれ以上の被害が防がれたに過ぎず、失われた命が戻るわけではない。
　残されたローカストの体を静かに眺めるもの、泣き崩れる人々に視線を向ける者、崩れた街並みや広がる血の跡、そんな惨劇をじっと見つめる者。
　各々の思いを抱きながらもケルベロス達は歩き出す。
　終わったことにばかり眼を向けてはいられない。
　街の修復のために彼らは街中へと散る、その気持ちに整理をつけ、次に進むためにも。

作者：雨乃香	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年7月24日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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