黙示録騎蝗～白蟷螂のファルチェ

■リプレイ

●誇りを賭けて
　太陽神アポロンにより続けられる、黙示録騎蝗――その尖兵となったのは、不退転侵略部隊のローカストだった。最初から、故郷の土は二度と踏まぬと覚悟していた彼らの士気は高く――同胞の為、彼らは己の命を捨てる覚悟で死地へと赴く。
（「少しでも、早く……」）
　祈りにも似た決意で、アウレリア・ノーチェ（夜の指先・e12921）は鳥取県の市街地へと降り立つが、予知の助けを借りても敵の動きを完全に掴むまでには至らなかった。紅玉の瞳を悔しそうに細める狐村・楓（闊達自在な螺旋演舞・e07283）の先では、今まさに白蟷螂のローカストが、物言わぬ死者と化した人々から鋭利な鎌を引き抜いている。
（「まず、一般人への攻撃を阻止しなければ」）
　その為には、此方へ注意を向けさせなくては――そう判断した羽鳥・紺（まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339）は、細かいことを考える前に行動していた。正々堂々勝負を挑む、その姿勢に九十九折・かだん（大いなる不飽和・e18614）も頷き、彼女は気を惹きつけるべく市街地に咆哮を轟かせる。
『――ファルチェ！！』
　誇らしげにヘラジカの角を突き上げ、牙を剥きだすかだんが叫んだのは、不退転ローカストの名前。不意に響いた己の名に、ローカストが手を止めて振り向くと――其処には地獄の番犬たちが、人々を守るように正面から立ちはだかっていた。
「――よお、はじめまして」
「私達はケルベロスです。その誇りに則って、あなたに勝負を挑みます」
　悠然と挨拶をするかだんに続き、名乗りを上げたのは紺。素早く殺界を張り巡らせながら、その心の裡で彼女は思う――相手にも同じく誇りがあるのなら、その心が自分たちを無視出来ない筈だと。
「敗残の兵が、腹癒せに無抵抗の民を襲う……ですか。誇り高き不退転の名が泣く所業ですね？」
　と、其処で歌うように朗々と言葉を紡いだのは、ファノメネル・ヴェルヌ（バッカニアの歌姫・e02893）。ローカスト――ファルチェの誇りを擽ろうとした彼女だったが、見え透いた挑発だとファルチェは斬り捨てる。
「罵りなど覚悟の上。その程度で怒りの矛先を安易に向けるなど、それこそ不退転の名が泣くと言うものだ」
　やや小柄な白蟷螂から発せられた声は、未だあどけなさを含んだ少女のものだった。しかし其処に、ひとりの戦士として戦場に立つ気迫を感じ取ったアウレリアは、夜色のドレスを翻して自身の胸に手を当てる。
　自分達ケルベロスは、一般の人より大きなグラビティ・チェインを持つ――だから。
「貴女に戦士としての誇りがあるのならば、非戦闘員から一方的な虐殺でもって略奪するのではなく……正々堂々とした戦いの末の結果として勝ち取りなさい」
　そうっす、と頷く楓は名乗りを上げ、戦えない皆を襲うなんてと狐耳を立てて怒りを露わにした。その上で彼女は、びしっと指を突き付けて宣戦布告をする。
「ほんの少しでも戦士としての誇りがあるなら！　最後くらい戦士らしく楓さんと戦って果てるといいっすよ！」
「……ケルベロスとして、元ダモクレスとしても。ファルチェ、私は君を斃したい」
　そんな勇ましくも可愛らしい友人の姿に元気を分けて貰いつつ、小柳・玲央（剣扇・e26293）はそっと、風に揺れる柳のような声を響かせた。勝手だけれど、君の姿は昔の私を思い出すから――そう言って玲央は、蒼炎を噴き上げ地獄化した両腕を天に翳す。
「この両腕は、ケルベロスになる前は機械の腕だった。ダモクレスだったことの証が視界にあることが、昔はとても恥ずかしかった」
　玲央の語る過去の話に、ファルチェはふんと不機嫌そうに鼻を鳴らした。自身の機械化した腕は不退転の証であり、誇りに思いこそすれ、恥じることは無いと思っているのだろう。自分の過去を、勝手に重ねることは悪い――それは玲央だって理解している。それでも彼女は、ファルチェに自分の気持ちを伝えておきたかったのだ。
「だからこそ私は、正面から、君を打ち負かしたい」
　ああ、武人としての誇りなど自分にはないと、花筐・ユル（メロウマインド・e03772）は気怠げな吐息を零して、避けられない戦を静かに憂う。
（「所詮この世は奪うか奪われるか……悲しいほどに、シンプルで」）
　それが互いに譲れない意志ならば、多くは語らずともと覚悟を決めて、彼女は靴音を響かせながらゆっくり唇を開いた。
「灰となる覚悟を持ってこの場にいるのなら、その熱い誇りと命、憎むべき敵である私達にぶつけてみない？」
　――この星を愛せぬと言うのなら、せめて憎しみを受け止めよう。きっとそれが、ユルの覚悟だ。ならば自分は、刀を手にする理由をそのまま伝えようと、北郷・千鶴（刀花・e00564）は墨色の髪を揺らして一礼した。
「我等は番犬。この地を、命を護る為――そして、互いの矜持の為にも、身命賭して戦う所存」
　その深い紫黒の瞳に宿る、凛とした意志――彼女の持つ静かな気迫に感じ入ったファルチェが、礼に応えるように両の鎌を鳴らす。そして千鶴もまた、涼やかな音色と共に二刀を抜いた。
「立場は違えど、私も同じ武人の端くれ……故に、殊更斯様な殺戮は許せませぬ。その覚悟と矛先は、我等が確と受け止めましょう」
　――どうか、お応え願えますか。対峙するのは黒と白、種族さえ違えた娘たち。鮮やかに咲く桜花に羨望のまなざしを向けたファルチェは頷き、そんな彼女にかだんは改めて問う。
「そう、私達は、番犬。弱きを守る。お前は、武人か？　それとも、虐殺者か」
　逡巡は一瞬――ファルチェは直ぐに顔を上げると、誇らしげに胸を反らして、真っ向からかだんを見据えた。
「さあ、名乗れよ。お前の望むお前を」
「我が名は白蟷螂のファルチェ、誇り高き不退転部隊の戦士！　ならばケルベロス、不退転の名に恥じぬ戦いをその目に焼き付け、お前達の守るものの為に抗ってみせるがいい！」
　片腕の鎌を一閃させて、ファルチェが高らかに名乗りを上げる――それが戦いの合図だった。華麗に跳躍して斬り込んで来る白蟷螂を確りと捉え、ファノメネルは豊かな黒髪を靡かせて歌をうたう。
「戦場に一度限り咲く華。それが望まぬ虐殺に穢されきらぬ様に……」
　歌姫として己の力を振るおうと決めた彼女の声は朗々と、何処か大いなる海を思わせて。海風が頬を撫でたと感じたのは、恐らくまぼろしであったのだろうけれど――。
「そして、散る時もまた美しくある様に。魂をこめて歌わせて頂きましょう……」

●猟犬と蟷螂
　奇しくも戦場に集ったのは、戦いを生業とする女性たちだった。銀髪のビハインド――アルベルトを従えるアウレリアは、黒金の銃を構えてファルチェを迎え撃つ。
「貴女達ローカストという種が、ただ餌だけを求めて這いずり回る害虫でないのであれば……その誇り、その在り様を此処に示しなさい」
「侮るな、ケルベロス――！」
　害虫との呼び名を一喝した白蟷螂は、両の鎌に宿る怨念を解き放ち――怨嗟の声をあげる亡霊の群れを、一気に敵対者たちへと叩きつけた。
「我らは暴殖の使徒、喰らう事は美徳であり本能だ。雌蟷螂は激情の果てに、契りを交わした雄さえ喰らうぞ！」
　そうかと、その誇らしげなファルチェの言葉にかだんは口角を上げ、命を畏怖させる咆哮を轟かせる。地獄化した臓腑が訴え続ける飢餓感をねじ伏せるように、その声は腹の底から、只々跪けと聴くものの意志を揺さぶっていった。
「武人として戦う相手には、最大限の敬意を払いましょう。なので改めて、私自身の名を名乗らせて頂きます」
　紺、と己の名を告げた射手は華麗に身を躍らせ、足取りを鈍らせたファルチェへと痛烈な蹴りを叩きこんだ。流星の尾が煌めいたと思った刹那、螺旋の力を秘めた楓の瞳が輝いて――現出した黒き満月から、禍々しい月光が降り注いでいく。
（「確実に当てて、少しでも弱体化を狙えれば」）
　一方、遊撃のようにして立ち回る玲央は、能力が勝る敵の力を削ごうと、肘の先を回転させて相手の守りを崩していった。行動を自己完結させ、自分以外に手番を回して欲しい――玲央の意思にファノメネルは確りと頷き、ギターを爪弾いて傷ついた仲間たちを奮い立たせる。
「――刹那に綻ぶ想いの花よ……さぁ、美しく咲いて、魂を焦がすあの子へ届けて」
　立ち止まらず、戦い続ける者たちの歌を背に受けて、祈るユルの指先から溢れるのは深紅の薔薇。幸福欲の欠片が形作る花弁は赤々と咲き乱れ――そして周囲を満たす芳香は活力を漲らせて、願い求めよと甘い囁きを零す。
　――敵に呪縛を、味方には加護を。戦況を有利にする為に一行は連携を駆使するが、命中と回避に優れる敵が相手となれば、先ず攻撃を当てることが第一に求められた。
「……っ」
　最も命中し易い攻撃を選択したにも関わらず、アウレリアの放った高速の弾丸を、ファルチェは素早く回避してみせる。かだんも地獄化した脚を振り下ろし、刃の如く急所を貫こうとするが――それすらも当たらねば無意味とばかりに、虚しく空を切るに終わった。
「――遅い！」
　頭上からファルチェの声が聞こえ、閃く鎌の軌跡を捉えようとするも間に合わない。湾曲した刃がかだんの腹に突き刺さり、一呼吸遅れて鮮血が飛び散ると、肉を抉られる鋭い痛みが彼女に襲い掛かった。
「……死ぬ気で殴っても死なないような相手と死合う方が、好きだろ。お前」
　――しかし、かだんは目を逸らさずに、真っ向からファルチェと向き合った。それこそが、けものとしての戦意の表わしで、森の王たる彼女の矜持だったから。
「私だって、お前を、弱きを殺して強きと相対しない弱虫として、死なせる気は無えんだ」
　血反吐を吐き、泥臭く無様だろうと最後まで戦い続ける――かだんの握りしめた拳が朱に染まる中、千鶴のウイングキャットである鈴が、翼を羽ばたかせて皆の邪気を祓っていった。愛猫の奮戦にちいさく頷いた千鶴も、刀を構えて雷を帯びた神速の突きを見舞う。
「……効果が、現れてきましたね」
　捕食を行う黒液を操る紺は、目に見えて鈍り始めた敵の動きを確認して静かに頷いた。刃に貫かれたファルチェの装甲は剥がれ、その純白のあちこちにどす黒い血が滲んでいる。けれど彼女は不退転の意志を捨てず、激情のままに鎌を回転させて獲物を切り刻もうとした。
「私の歌を止めたくば、この喉笛を掻き切りなさい。それでも私は歌ってみせますが」
　――その鎌が捉えたのはファノメネル。しかし彼女は血に染まった腕を押さえつつ、穏やかな物腰を一変させて啖呵を切った。譲れないのは此方も同じ――そんな女性たちが火花を散らす戦場は華やかであり、それ故に一層苛烈だ。
（「持てる全てを尽くし挑む事が、せめてもの手向け」）
　繰り出される鎌の猛攻に、千鶴は刀を打ち合うことで以て応えた。一刀一刀、真っ直ぐに、真剣に、悔い無き様に――何処か自身と似て見える、彼の武人へ向けて。
「剣と成りて、斬り祓い給へ」
　言の葉と共に振るわれたのは、千鶴の愛刀だった。群成す菖蒲が咲き誇る中、魔を斬り伏せるが如く刃は地を穿ち――それでも尚、白蟷螂は花弁を引き裂き戦場に立ち続ける。

●散華
　――ファルチェが押されているのは明らかだった。純白の身体は最早見る影もなかったが、それでも彼女は闘志の炎を燃やし続けている。
「さあ、最後の戦いの相手が楓さんで良かったって思える程の戦いにしてみせるっすよ！」
　正々堂々と勝負するのであれば、ありったけ楽しんで戦おう――人形のように愛らしい顔に満面の笑みを浮かべながら、楓は廃墟の壁を蹴って獣化した拳に重力を乗せ、思い切り振りかぶった。更に追従する紺が高々と跳び上がり、頭上から強烈な斧の一撃を叩きこむ。
「届けましょう、彼女の心に。華蟷螂と我々の最期の戦が、より華やかになる様に」
　傷ついた仲間へは直ぐにファノメネルが手術を施しつつ、剣舞と共にオウガ粒子を纏わせる玲央へ歌を添えていた。彼女の舞いが、より美しい姿で総ての観客に届くように、と。
（「戦場は舞台、剣舞を極める練習場であり、自身も敵も、仲間も、環境……自然もまた、観客」）
　味方の超感覚を覚醒させていく玲央は思う――今は歌姫の祝福があるのだから、自分に出来る最善を尽くそう。力を乗せて、所作で魅せて。
「そして、ファルチェ――過去の私の幻想に、最期を」
　アルベルトが攻撃を肩代わりし、ユルのミミックである助手が敵に喰らいついて動きを封じた隙を突き、アウレリアの放った銃弾が遂に鎌へひびを入れる。
「勝負を受け正々堂々と戦った相手ならば、どんな事情があろうとも、交渉でも懇願でもなく侵略を選んだ時点で『敵』よ」
　だから滅びの結末に同情はしないと彼女が告げる一方で、快楽の霧で仲間を癒すユルはローカスト達の境遇に思いを馳せていた。ゲートの破壊――それは彼らから故郷を奪い、死の宣告を与えると言うこと。根無し草の自分には、故郷を失う痛みは計り知れない――それでも。
「彼らもまた私達と同じ、イマを奏でていて。刃を交わすしか出来ないのは悲しい事……」
　だけど悲しみの連鎖は此処で断ち切らなければと、ユルは紫の瞳を開いて、尚も抗うファルチェの姿を確りと焼き付ける。
「友が相対した金甲のフーガも、武人として見事な最期を遂げました」
　空の霊力を帯びた刀を繰り出すと同時、千鶴が告げたのは、彼らが知りたいと願っていた不退転ローカストの最期だった。ファルチェの傷痕を白刃が正確に斬り広げていく中、かだんが地を蹴り、その光輝く左手で彼女に掴みかかる。
「虐殺するな、なんて、私達の我が儘、聞いてくれて、ありがとうな」
　ああ、戦の最中だと言うのに、かだんの瞳は穏やかに細められていて。その言葉にファルチェが何と返したのかは、分からなかったけれど――目の前のけものは、確かに森の王と呼べる存在だと、頷いたのかもしれない。
　――漆黒纏いし闇の右手が、不退転のローカストを粉々に粉砕する。その間際、静かに目を閉じたファルチェは、この星で彼女たちと最期に戦えたことに満足していたようだった。
「……確かに貴女達は、敵であっても知性と志ある種族だったわ」
　そうしてアウレリアが手向けの言葉を贈る中、白蟷螂の肉体は花弁のように崩れて、その輪郭を失っていった。

「目が覚めた、その時には……女子会、してみませんか……？」
　消滅していくファルチェに寄り添い、ファノメネルは静かに子守唄をうたう。ユルもまた、こんな場面でなければ話に花を咲かせられたかと別れを惜しみ――一方で千鶴は、犠牲者に唯々黙祷を捧げていた。
「……必ずや彼の忌まわしき神を、討ち果たしましょう」
　――その唇から紡がれるのは、確かな誓い。全てを護れぬのは、やはり心苦しい、それでも。
「命や覚悟を踏み躙る卑劣な真似を、許す訳にはゆきませぬ」

作者：柚烏	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年7月23日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 6／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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