黙示録騎蝗～二度と会えぬ同胞の為に

■リプレイ

●阿鼻叫喚地獄三ノ宮
　カミキリムシの姿をした悪夢は、三ノ宮に降り立つなり人々を虐殺していった。
　悲鳴を上げて逃げる者の背を触覚によって感電死させ、命乞いする者を一瞥もせずに引き裂き、老若男女問わずカイキアスは命を奪い続ける。
　現場に走りこんだケルベロスは一瞬、惨状に息を呑む。
　目を見張った次の瞬間、レグルス・ノーデント（黒賢の魔術師・e14273）は不愉快そうに顔を歪めた。
（「胸糞悪い。『神』の下命にって名目があれば何しても良いってか」）
　アホ――アポロンに振り回されるのは不本意ではあるが、虫っころ――ローカストを放置していればもっと胸糞悪い事態になる。だからレグルスは普段言い慣れない口調で、喉を張った。
「誇り高き戦士ともあろうものが、力無きものを弑する事しかできないほど落ちぶれたか！」
　カイキアスは手を止め、ゆらりとケルベロスの方を首を巡らせた。
「こんな事、戦士のすることじゃないです……！　リィ達が貴方を、仲間を守る誇り高い戦士として、終わらせます……！」
　必死にリィリス・ティアライト（無垢な月華翼・e29060）が訴える。
「……」
　ざん、と砂埃を上げ、ルロイ・オッペンリバー（歪みのタングラムハート・e19891）は、無言を貫くカイキアスの視界の真ん中に陣取った。
「不退転部隊の者とお見受けする、正々堂々と尋常に勝負さね！」
「真に名のある者なら我らケルベロスが相手になろう」
　とレグルスが言うのを皮切りに、他の者も説得を始める。
「それ以上無辜の民を嬲るのはやめろ！　虐殺を続けることが貴殿の本当の望みなのか。戦士としてのあるべき姿を思い出せ！　まだ心があるならば我らケルベロスと戦え！　逃げも隠れもせず、真っ向からお相手しよう！」
　ブロウ・バーン（壊々歯車・e17705）が大音声をあげた。彼女としては、カイキアスを殺せればそれでいいと思っているのだが、周囲の作戦が正々堂々であればそれに従うことに抵抗はない。
「貴方が此処を退かぬと決めたなら、最っ高にシンプルに生きるか死ぬかのチップを賭けて遣り取りをしましょう」
　鎧塚・纏（センチメンタルスクラップ・e03001）は普段ぼんやりとした空気を引き締め、立派な戦士たらんとした表情で名乗った。
「わたしはまとい、鎧塚纏よ……歯ごたえの程は保証するわ。相対した事に後悔はさせないつもり」
　もし、説得の間にもカイキアスが人々を襲う気であれば食い止めようと気を張っていた櫻木・乙女（星座魔法の天使・e27488）だが、カイキアスはただじっとこちらを値踏みするかのように見ていることに気づき、乙女は内心ホッとした。まだカイキアスは『戦士』だ。
（「哀れな王を持ったばかりに……」）
　ローカストを哀れむも、不退転の決意には戦闘で応えるしか無い。乙女は真摯に語りかける。
「あなたも戦士だと言うのなら、分かるでしょう？　戦うしかない、私たちの生き方を」
　金剛・吹雪（は猫である名前はまだない・e26762）も合わせて啖呵を切った。
「正々堂々と勝負するっす！」
　カイキアスはじぃっとケルベロスを眺め回し、
「なるほど、気を緩ませておいて、奇襲をかけようと言うわけではなく、本気で私と相対するのだな」
　と頷き、ゆっくりと体ごとケルベロスに向けた。
「そこな赤毛、行きたければいけ。決闘に不要な人間をどかせたいのだろう」
　とアーヴィン・シュナイド（地球人のブレイズキャリバー・en0016）にカイキアスは声をかけた。
　こっそりと逃げ遅れた人を助けようとしていたアーヴィンは、頭を掻くと、
「恩に着るぜ」
　と言って、走りだす。
「あなたの覚悟は凄いけれど、私はあくまで地球の皆を守るのが役目なのです。……容赦とか同情とか、するつもりは無いですよ」
　そう言いおいた機理原・真理は、安全圏を守るように戦場の境に立った。
　周囲に一般人がいなくなったことを確認し、レグルスは名乗った。
「我が名はレグルス・ノーデント。貴殿の名を問おう。互いに悔いのない戦いをしようじゃないか」
　合わせ、神咲・刹那（終わりの白狼・e03622）は促す。
「神咲です。名乗りなさい。それが戦の作法でしょう」
　カミキリムシの姿をした戦士は、バリッと全身に電気を走らせ、それから静かに朗々と口上を述べた。
「私はカイキアス。不退転部隊の一。…………汝らの想い受け取った。そこまで言うならば、まずは汝らを倒し、それから任務に移ろう。私から同胞を守りたくば来るがいい。だが」
　カイキアスは身をかがめる。
「私とて、同胞を守りたい。この戦は『汝らの想い』と『私の覚悟』、どちらが強いか……それをはかる決闘である」

●不退転部隊らしい死とは
　電光石火の速度でカイキアスの触覚が伸びる。
「戦闘モード、移行」
　ブロウ・バーン（壊々歯車・e17705）がそれを受け止め、全身に奔る強烈な電気に身を震わせながらも、笑った。
「ヒャッハハハハハッ！　流石気合が違うねェ！！」
　戦場を彩る虹色の煙があがる。纏の爆破スイッチによる発破だ。
「同胞のため、死すら恐れずの強行軍……見事です。金甲のフーガは私たちを一人で相手取り、圧倒しましたよ。素晴らしい強さでした」
　刹那が駆け、カイキアスの胴体めがけて足を繰り出す。重い音がして、衝撃が外骨格に伝わっていくのをカイキアスは感じた。
「……片腹痛い。その程度では私は殺せぬ」
「私たちも退くわけにはいきません！」
　一撃で倒れる敵だとは、ケルベロスも思っていない。カイキアスの挑発には乗らず、乙女の天からの蹴りが炸裂する。
「仲間は一人として落とさせないネ！」
　ルロイの指輪が光り、光盾となってブロウを守護する。
　レグルスの電撃壁も前衛を守った。
「とにかく攻撃っす！　刺さって凍えろっす！」
　冷気を湯気のように放つ槍状の金剛石を掲げ、吹雪が飛びかかる。同時に吹雪のビハインドことハルナが背後からの一撃を試みる。しかし、その両方をがしりとカイキアスは掴み止めた。
「なっ……やるっすね」
　カイキアスは無言で得物ごと二人を投げ飛ばした。
「食らってくれよォ、戦士サマ！」
　ブロウがバスターライフルを構え、極太の凍結光線を放った。ミミックも偽りの黄金を撒き散らし、カイキアスの注意を散らそうとする。
「唯々諾々とくらうほど愚かではない」
　カイキアスはひらりと身をかわし、光線と黄金を避けた。
　前衛に感覚を研ぎ澄ませるオウガ粒子をまとわせ、リィリスはカイキアスに叫んだ。
「カイキアスさん。本当に、貴方が死ぬ必要があるんですか……？　こんなことしなくても、地球でリィ達と一緒に暮らせば、全部解決するんじゃないんですか……！？」
　カイキアスは哀れむようにリィリスを見やった。
「その話、私には無用のもの。ゲートがどう有れど、不退転部隊は死ぬべくしてこの星に来た。この地に骨を埋めるつもりはあっても、それは……」
　カイキアスの触覚から電撃がリィリスに伸びる。
「ああっ！」
　すさまじい痛みに悲鳴を上げるリィリスに、カイキアスは淡々と続けた。
「平穏な暮らしの果ての死ではなく、この身尽きるまでグラビティ・チェインを収集し、同胞に捧げ、死ぬためである」
　堪らず地に伏せたリィリスは涙目で立ち上がろうとしながら、カイキアスを見上げた。
「……なら、せめて……カイキアスさんには、カイキアスさんらしい最期を迎えてもらえるように……精一杯戦います」
　カイキアスは僅かに微笑んだように見えた。
「そうあってくれるなら、喜ぼう。同胞に害なす者の躯を踏み越え、私は大量のグラビティ・チェインを捧げ、そして尽きる。それが私らしい最期である」
　リィリスは『違う』と言いたかった。だが、これ以上会話を続ける余裕は双方になかった。
　避難誘導を終わらせたアーヴィンが合流する。達人級の一撃を見舞うも、カイキアスには僅かの障害にもなりえないようであった。
「硬ぇ」
　アーヴィンは衝撃に痺れる拳を振り、眉をひそめた。
　カイキアスは彼の呟きを聞きとがめ、鼻で笑った。
「硬いか？　私は前のめりのつもりなんだが。汝らが全力であるなら、私も全力の攻撃をするまでと思ってな」

●覚悟の決闘
　ぐしゃりとミミックが砕けて消えた。
　カイキアスのアルミニウムシックルから纏を庇ったが、ミミックには耐え切れなかったらしい。
「さすがは不退転！　一筋縄ではいかないネ！」
　とルロイは賞賛するものの内心歯噛みする。メディックとして仲間を一人たりとも落とさないつもりだった彼としては口惜しい限りである。
　自分の代わりに犠牲になったミミックを見やり、纏は低めた声で言った。
「貴方が此処を死に場所と決めたなら――『ころしてあげる』」
　湧き上がる激情を必死に纏は押し殺す。先の戦争でアポロンの首を狩り損ねた事が惜しい。
　あの神を殺していれば、何か変わっていたかもしれないと思うと纏はたまらない。
（「死なねばならぬ？　殺されなければならぬ？」）
　自問自答が煮詰まりそうで、纏は叫んだ。
「さぁ、おいで？　貴方。わたしの腕の中へ！」
　真っ赤な桜吹雪がカイキアスの全てを纏へと集め、捕らえようと舞い散る。
「痺れますよ！」
　電撃を纏った拳を振りかぶり、刹那がカイキアスの懐へと飛び込んでいく。
　だが、カイキアスはうまくその唸る腕をいなした。
　桃色の髪をなびかせ、乙女がルーンを輝かせるアックスを振り回す。
「ぐうっ」
　呻くカイキアスの装甲にヒビが入る。
「手応えあったか？」
　レグルスが言うも、カイキアスは笑う。
「なんのこれしき。この程度ないと楽しくもない」
「そりゃよかったな」
　レグルスはそう言って、ライトニングロッドを天に突き上げる。
「輝き放つ雷光、天空より降り注げ、敵を打ち滅ぼす力を授けよ！」
　ロッドから放物線を描き、カイキアスの頭上から稲妻が落ちてくる。
「風よ風よ風さんよ、癒しと安らぎを運んでおくれよ風さんよ」
　白いボールをルロイが握りつぶせば、彼が配合した癒やしの香りがブロウを包み込んだ。
「今度こそっ！　ハルナ、行くよ！」
　吹雪がビハインドに声をかけた。次の瞬間、ローカストの足元が溶岩に変わり、彼を焼く。
　ハルナが念力で飛ばした看板がカイキアスの頭上を掠める。
　リィリスは自分に緊急手術を施す。見届けると決めたのだ。倒れる訳にはいかない。
　ブロウのバスターライフルが、敵の力を中和する光弾を散布する。
「俺を壊してみろォ！　出来るもんならなァ！」
　と挑発することも忘れない。
　カイキアスの触覚がブロウを強かに打つ。
　たった一人残ったディフェンダーだ。サーヴァントと分け合った命である故に、体力に不安はあるが、ブロウも『自身が倒れようと仲間を庇う』不退転の覚悟であった。
　それを是としないのはルロイである。
「させないネ！」
　マインドリングから光の盾を放ち、ブロウを支えるルロイ。
　彼は彼として、メディックとして誰もこれ以上倒させる訳にはいかないのだ。
　この決闘はポジションを全うせんとする者達の覚悟の戦いでもあった。
　纏のオウガメタルが鬼と化して、カイキアスを殴打する。続き、刹那の降魔の一撃がカイキアスに炸裂する。
　乙女はくすんだ桜色の魔法陣によって桜を召喚した。真っ赤な桜の花弁がカイキアスを包み込み、花弁とは思えぬ硬度でローカストを苛んでいく。
「舞え華よ。その姿散らす前に、最期の命炎を以て―――総てを朱に染めよ」
　乙女の詠唱をもって、桜は何かを吸い込んだように更に赤くなって消えた。
　ハルナの念力がカイキアスを縛る。
　吹雪の二台のスマホが相互に自演を繰り返し、インターネットの何処かで炎上を起こす。その炎はカイキアスすらも焼いた。
「ぐ……不覚」
　よろめくも、ブロウのチェーンソーを、アーヴィンの鉄塊剣をカイキアスはかろうじて避ける。
　リィリスの賦活の電気が纏を支える。
　カイキアスのアルミニウムシックルをブロウが光の盾を伴って食い止める。
「ヒャッハハハハハッ！　甘ェ！」
　高笑いと同時にガキィンと鋭い音が響いた。
　纏の飛び蹴りがカイキアスに地を舐めさせる。
　だが刹那は、弱った不退転部隊に喝を入れた。
「足を踏ん張り、腰をいれなさい！　その程度ではこの地球人一人倒せませんよ！」
「敵に叱咤されるとは……」
　カイキアスは苦笑しながらも、力を振り絞り、凛と立った。

●その死、花一輪で讃えん
　刹那は叱咤しながらも、カイキアスに容赦無い拳を浴びせる。
「痺れますよ！」
「そうでなくては」
　と言いながら、カイキアスはその拳を避ける。避けた先に待ちかまえていた乙女のルーンアックスがカイキアスの甲を割る。
　ルロイは万全を期すために、ブロウにブーストを掛けた。
「最後の最後まで油断はしないネ！」
「蒼穹よりも蒼き存在　北海に住む竜王よ、汝の氷冠を授けよ。極寒の息吹、氷雪の嵐となりて吹き荒れよ！」
　竜語を詠唱し、レグルスは冷気の嵐を三ノ宮に巻き起こす。嵐の中心から雹弾が回転して勢いを増しながら、カイキアスの割れた装甲に飛び込む。周囲の空気ごと氷結し、カイキアスの動きが一瞬鈍った。
　ハルナがその一瞬の隙に、カイキアスを念力で固定する。
「今っす！」
　吹雪が再びダイヤモンドブリザード・ランスを握る。
　投げた槍がカイキアスを地に縫い止めた。
「ぐ……あ、……くっ……ここまでか」
　泣きそうな顔でリィリスはカイキアスの前に立った。
「……本当は、本当は……リィはカイキアスさんに生きていてほしいです……」
「オラトリオ、汝らの同胞に生きていてほしい想いの勝ちだ。殺るがいい」
　カイキアスが言う。
「でも」
　リィリスに対するカイキアスの声は優しい。
「これ以上私を辱めるのか。それが戦士か？」
「う……」
　リィリスはもはや泣いているのと同じくらいの悲壮な面持ちでファミリアロッドを掲げた。
　先端からの雨あられと出現した魔法の矢がカイキアスの命にとどめをさした。
　カイキアスが死んだことを見届け、リィリスは慟哭する。
「やっぱり、こんなのおかしいです……！　アポロンさんはどうしてこんな事……！」
　乙女は、ああクソ、と悪態をつく。
「誰でも、戦うからには命懸けなんですよ。自分のためだろうと、誰かのためだろうと」
　だが、やりにくい。だから、乙女はもどかしさの発露として悪態をつく。
　刹那はカイキアスの遺骸を見下ろし、誓う。
「見事。貴方達を弄んだアポロンは私たちが必ず討ち取ります」
　そして、丁重に葬るために金剛石の槍から彼を地に降ろしてやった。アーヴィンが刹那を手伝う。
　戦闘中のバトルジャンキーぶりが嘘のようにブロウは無表情に戻っていた。ブロウは刹那の弔いを見ながら、呟いた。
「敵に敬意を払う、か。時には必要なのだな……また一つ学べた」
　纏は複雑な顔でカイキアスの躯に花を一輪たむける。
「……いい黄泉路を」
　纏は後ろを振り向く。転がっている一般の人の死体……ケルベロスが守りきれなかった命たち。
「亡くなられた方々に黙とうを……」
　ルロイは仮面の奥の瞳を閉じた。
「……ごめんなさい……」
　纏は謝ることしか出来ない。
　レグルス達が周囲の壊れた建造物や、怪我をした人々に応急手当としてヒールをしていく。
　吹雪の連絡もあり、すぐに救急や警察が来るだろう。公務員たちが、後片付けをしてくれるだろうが、ケルベロスは出来ることはしておきたかった。
　守れた。が、ケルベロスの胸には何か苦いものが残った。

作者：あき缶	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年7月23日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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