●
涙の様に岩場へと雨が滴り落ちる。
しとしと、しとしと。水音が小さく音を立て打つその音の元へと敗残したローカスト達は集まりだした。
ローカスト・ウォーによりゲートを破壊された彼らはヴェスヴァネット・レイダーが率いる不退転のローカスト達なのだろう。
『太陽神アポロン』より黙示録騎蝗の尖兵となった彼らは、今後の戦いの為に必須となる大量のグラビティ・チェインの獲得を命じられた居た。
生還を前提としない決死の作戦を命じられた彼ら――無論、無茶な作戦だと人はいうだろう。
しかし、『太陽神アポロン』が為ならば忠実なるローカスト達は怯まない。
単騎で街へと攻め入り、多くの人間を虐殺しグラビティ・チェインを奪う。生半可な行為ではアポロンへ捧げるべきグラビティ・チェインは集まらない。その命諸共、役目を果たさんとローカスト達は覚悟を決める。
「戦いに敗北してゲートを失ったローカストは、最早レギオンレイドに帰還する事は出来なくなった! これは、ローカストの敗北を意味するのか?」
ヴァスヴァネット・レイダーが声を張り上げる。
不退転侵略舞台のリーダーたるヴァスヴァネットの問いに隊員達は『否っ!』と声を揃えた。
「不退転侵略部隊は、もとよりレギオンレイドに戻らぬ覚悟であった」
「ならば、ゲートなど不要」
「このグラビティ・チェイン溢れる地球を支配し、太陽神アポロンに捧げるのだ」
「太陽神アポロンならば、この地球を第二のレギオンレイドとする事もできるだろう」
「その為に、我等不退転ローカストは死なねばならぬ」
「全ては、黙示録騎蝗成就の為に!」
「おぉぉぉ!」
意気軒高な不退転ローカストに、指揮官ヴェスヴァネットも拳を振り上げて応える。
「これより、不退転侵略部隊は、最終作戦を開始する。もはや、二度と会う事はあるまいが、ここにいる全員が、不退転部隊の名に恥じぬ戦いと死を迎える事を信じている。全ては、黙示録騎蝗成就の為に!」
ヴァスヴァネットの檄を受け、彼らは移動してゆく。
全ては、黙示録騎蝗成就の為――不退転部隊の最後の戦いが始まろうとしていた。
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ローカスト・ウォーの勝利を祝う様に笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)は「おめでとうございます!」と笑みを零す。
ゲートを破壊し、祝勝会を終えた今、『残党』の存在が気がかりだと漏らすケルベロスも幾人か見受けられた。
「撤退した太陽神アポロンがローカストの軍勢を動かそうとしているみたいですね!」
アポロンに応え、最初に動きだしたのはヴァスヴァネット・レイダー率いる不退転侵略部隊。
不退転侵略舞台は、1体ずつ別々の徒士に出撃しケルベロスに殺される直前まで人間達を虐殺する。ねむが予知した街の住民たちを避難させれば、ターゲットが他に移り、被害を完全に抑えることは不可能だ。
「不退転侵略部隊の悪い行いは許せませんっ! 誰かが死ぬなんて、いやです」
頬を膨らませたねむは『不退転侵略部隊』が人間の虐殺を行う理由があると付け足した。
「えっとですね。不退転侵略部隊のローカストは太陽神アポロンのコントロールで人間の虐殺を行っているんです! 彼らの望みじゃないんですよ!」
じゃあ、悪くないのかな、とねむが首を傾ぐ。難しいと唸った彼女は『ローカストの本意』と幾度か呟いた。
「この状況を打ち破るには、不退転侵略部隊のローカストに正々堂々勝負を挑む事です。
誇りある闘いをするように説得できれば、人間の虐殺じゃなくって、ケルベロスと闘う事を選んでくれると思います!」
――不退転部隊。その名の通り、降伏や逃亡は行わない。死の直前まで戦い続け、闘いの中でいのちを全うするだろう。
「ローカストは、京都の嵐山の近くの街に出現するみたいなんです!
戦闘能力を向上させる強化手術、っていうんでしょうか……ねむには難しいですけど、ちょっとメタリックって感じ見たいですよ!」
変身ヒーローだって改造手術を受けている。その様な感じだとアバウトに説明したねむはむむ、と小さく唸った。
「キャタピラが付いていて、ごごごーんって動く蛾みたいな感じなんです!」
スケッチブックに蝶とも蛾ともとれる奇妙な生物を描いたねむがこんな感じとケルベロス達へと差し出す。
「触覚からレーザービームを発射しますよ!」
鮮やかな翅で蝶だと錯覚させる蛾のローカストはメタリックな外見も合わさり、機械的な攻撃も仕掛ける様だ。
「死んじゃうことも覚悟して闘いに来てるんですね。『誇りのある闘い』……ねむにはあんまりわかりませんが、皆さんならきっと、大丈夫ですよね!」
虐殺を防ぎ、グラビティ・チェインを奪わせぬ様――そのいのち燃え尽きるまで戦う彼らと真摯に向き合うべき時が来た。
参加者 | |
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ラビ・ジルベストリ(意思と存在の矛盾・e00059) |
壬育・伸太郎(鋭刺颯槍・e00314) |
バレンタイン・バレット(けなげ・e00669) |
霖道・悠(黒猫狂詩曲・e03089) |
角行・刹助(モータル・e04304) |
鏑木・蒼一郎(ドラゴニアンの執事・e05085) |
クリスティ・ローエンシュタイン(行雲流水・e05091) |
ロイ・メイ(荒城の月・e06031) |
●
ローカスト・ウォーを経て、尚も太陽神アポロンによる黙示録騎蝗は留まる所を知らなかった。青々とした緑が目にも美しい京の都――嵐山に齎された惨劇は不倶戴天の敵だと称される事を厭わぬものであった。
はやく。そう唇から漏れ出でたのはクリスティ・ローエンシュタイン(行雲流水・e05091)が被害を軽減し、凶行の阻止に臨む事を何よりも願っていたから。少女の銀の髪を飾るシルクが大袈裟な程に吹き荒れた夏風に大きく揺れた。
夏の気配と共に、血潮の香りが鼻につく。そのかんばせに、義務感や信念と言った感情は希薄だが死の気配には過敏に反応を見せた角行・刹助(モータル・e04304)が眉根を顰める。
(「ヘルクレスト・メガルム――いや、ヴェスヴァネット・レイダーの不退転侵略部隊か」)
刹助の脳裏に過ぎったのは黄金装甲を纏いし甲虫のローカスト。絶対的な忠義と不退転の意思を持つ彼の死に際の記録を目にした刹助にとっては、この惨劇は余りにもナンセンスだ。
「不退転の覚悟、決死隊、帰る場所のない戦士……少しばかり羨ましい響きだ」
ス――と空気を切り裂くが如く。放たれた竜の幻影が焔を纏い翅を揺らした蛾へと襲い掛かる。指先を帽子に添えてラビ・ジルベストリ(意思と存在の矛盾・e00059)は厭世からその視線を逃す様に俯いた。爪先が蹴り飛ばした小石がラビからバレンタイン・バレット(けなげ・e00669)の許へころりと飛んでゆく。
「む」
長い兎の耳がぴこりと揺れて、少年は驚いた様に跳ね上がる。常に民事軍事会社で対話して居る様にラビは『いじわる』だとバレンタインは唇をあからさまに尖らせた。
「ふたいてん? んん……なんだかいいにくくて噛みそうな名前だよな」
「不退転、だ。バレットには難しい言葉かもしれんな。ガキにお誂え向きの辞書を用意してやろうか」
怜悧な紅の視線を受けて、バレンタインは首を傾ぐ。ラビの魔法によって、視線を一般人から『介入者』へと向けた黄金装甲は少年と青年の奇妙な会話を嘲笑する様に鎧を鳴らす。
その隙に滑り込む様に、少年の柔らかな掌と対象的な硬質の槍を人類の敵へと向けた壬育・伸太郎(鋭刺颯槍・e00314)は眼前の相手に怯むことなく、背後に座りこんだ一般人へと退避を乞う。
ケルベロスである伸太郎と比べれば柔い一般人達は命の危機に瀕しているのだ。生命維持――その観点で言えばグラビティ・チェインの喪失はローカスト達にとっても、同じであるのかもしれない。しかし、侵略者による『侵攻』は許されないと伸太郎はその胸いっぱいに息を吸い込んだ。
「死ぬまで奪い続けるなどと――」
奥歯の軋む音がする。佇むローカストと対峙して、ロイ・メイ(荒城の月・e06031)はゆっくりと剣を手にした。ちりりと燃えながらも『燻ぶる』己の心の臓。唇を鎖したまま、ロイはアメジストの瞳に僅かに羨望を乗せた。
「ケルベロス」
「ああ……。名誉、誇り、名に恥じぬ死、戦士としては『至上の喜び』だな」
戦士としての信念を一度は陰らせた過去(ほのお)がちりちりと音を立てて爆ぜる。生の象徴たる音を忌々しいと毒吐く事もなく、ロイは地獄に濡れる心の底から嫉妬を覚えた。
「私が得られなかった物を敵にくれてやるというのは、少し笑える話だな」
「――……不退転、ね。お題目としては立派だ」
アスファルトを蹴り、ガントレットを嵌めた両の拳をローカストへと打ち付ける。
鈴の音が如く、金属のぶつかり合う音が鼓膜を叩き鏑木・蒼一郎(ドラゴニアンの執事・e05085)は夏の陽気に滲んだ汗を拭った。
『不退転』と言う立派な行き様を否定するつもりはないと蒼一郎は続ける。言葉の端から沁みる毒は、かけがえのない命が失われる現実を目の当たりにしたからなのだろう。
爪先が朱が堪った場所へと落ちる。は、とした様に顔を上げ、赤いイアリングに指先で触れた
霖道・悠(黒猫狂詩曲・e03089)は、心配そうに主人を見つけたノアール――ノアの頭をほっそりとした指先で撫でた。
「無抵抗の相手を。殺すのがアンタ等の美徳、なの、?」
「貴様」
淡々と、吐きだす言葉に敵意はない。猫が如く、気紛れに彼はその表情を和らげる。
爆ぜる音と共に雷撃の壁が姿を露わした。悠の声に『誉れ』あるローカストは苛立ちを露わにしたのだろう――ずるりと音を立て引き抜かれた斧の切っ先にバレンタインが息を飲み、刹助は「武人としての誇りもないアポロンのパシリとはな」と後ろ手にロッドを握りしめた。
●
斧を握りしめた指先を滑らせてクリスティは相対する戦士達に一度も攻撃をせぬまま声を張る。毅然とした態度は、静謐溢るる淑女のかんばせからは何処か想像もつかぬ程に怜悧なナイフを思わせた。
「是非とも、私達と闘って貰いたいところだが、どうだろうか?」
言葉無く、翅を揺らしたローカストのキャタピラが僅かに軋む音を立てる。
熱を孕んだアスファルトを踏みしめ、クリスティはゆっくりと瞬いた。答えが還らぬその瞬間は、膨大な時を待つかのように永い――
「私は無抵抗な人間を殺すなど、戦士の風上にも置けないと思っている。
無粋なオーディエンスなど、必要ないだろう? 今は殺戮よりも戦士として戦おうじゃないか」
「殺して、奪う。なんて、『似合わない』、よね? どーせなら。俺達と、先に。遊んでよ」
クリスティの言葉に続く様に悠が首をこてりと傾ぐ。何処か悪戯めかした言葉は甘える子供の様に柔らかであり、そして猫の様に『意地が悪い』ものであった。
市街地で凶刃を血に濡らし、信念(ほまれ)と命令(ぎせい)に鬩ぎ合ったローカスト達は、次第に、その胸中に抱いた『願望』に身を委ねるが如く惨殺する手を止めてゆく。
「けなげに戦えるヤツはたいしたものだよ。おれたちも、そうなりたい。
でも、ニンゲンやほかのいきものをギセイにするなんて、とんでもないヤツだ!」
地団太を踏む様にばしんばしんと地面を蹴ったバレンタインは勢い余ってラビの足を強く踏みつける。
彼の兎としての性質からか、器用なスタンピングが青年を勢い良く踏みつけ悶えさせる。
「おい! お前、足を踏むな! 後で説教だからな覚悟してろよ、お前、おい!」
「はしゃぐなよ」
呆れた様に息を吐いた刹助に「コロ助、足が痛む」と癒しを乞う様にラビが不遜な態度で話しかける。だが、それに何の返答も還らない所が彼等の関係性を如実に表して居た。
「くそっ……どいつもコイツも……。
……ああ、戦士の前で洒落など交わす場面ではなかったな。お前らの誇りとやら、酌んでやろうではないか」
「貴様等にローカストの誇りが分かるものか」
不遜には不遜に返す。戦士は殺戮から解き放たれたかのように良く澄んだ瞳で、ラビへと向き直った。
その瞳を待っていたと伸太郎が大きく頷き、蒼一郎が戦士達の誉れに満足が言ったかのように武器を構える。少し古びた武器は彼にとっても愛着のあるものだ――胸に残った傷を指先でなぞり、蒼一郎は「種の未来を賭けているから形振り構っていられないのだろうが」とローカストをじろりと見まわした。
「否、それでは戦士が廃るだろう」
「ああ。その意気だ。正面からやってやろうではないか。
私はラビ……こいつらはその他愉快な仲間達だ。お前達も名乗りを上げろ」
青年が『愉快な仲間達』と呼んだケルベロス達は、互いに顔を見合わせる。一方で、ばしんともう一度足を踏んだバレンタインは「ゆかいだな」とけらりと笑って見せた。
「俺の名は鏑木・蒼一郎! ローカストの残党であるお前達に、問いたい! 誇りとはなんだ!」
戦士として、戦う前に一つと居たいと蒼一郎が胸を張る。ゆっくりと名乗りを上げ、『戦士として戦う場所』として人気のない場所を指定したクリスティは彼らの答えを耳にして、ゆっくりとその武器の切っ先を向けた。
――誇りは、命よりも重たい物だ。
●
喧騒から離れ、人気のない位置へと移動したケルベロス達は、改めてその姿を確認した。蝶とは似ても似つかぬ翅は毒々しい色身をしており、攻撃する事に特化した様なロボットの装甲が装着されていた。
「やっと。戦える、んだね」
こて、と首を傾ぎ前線に走り寄るローカスト達をその身で受けとめたノアが悠へと合図を見せる。回復手を担った悠は、本心を隠す様に饒舌に――それは、戯言と言われる所以なのかもしれない――言葉を口にする。
ぐんと踏み込みローカストに肉薄した伸太郎の掌が固い装甲へと一撃を叩きこむ。固いアスファルトを踏みしめた爪先を焦がす様な感覚は、照りつける太陽に厭うことなく闘いへと向かっている証左。
「武器を握っていたら手を取れないだろう!! こうして、拳を握っていたら手を取れないだろう!!
むざむざ民を殺されて、『不退転』の覚悟など身勝手にも程がある!」
激昂したかのように、伸太郎はローカストへと喰ってかかる。頬を掠めた斧の一撃に一筋の血潮が溢れ、拭った少年の幼い瞳に敵意が満ち溢れた。
「綺麗事ばかりで生きていける世界では無いんだ。坊や」
虐殺を戦士に名は不要だと、朗々と名乗り上げることもなく『闘い』に応じたローカストのキャタピラの動きを止める様にロイがその細腕には似合わない鉄を振り上げる。剣と呼ぶにはなんとも歪に見えたそれが装甲を削る様に落ちてゆく。
「ああ、そうだろう。誇りも、決意も、正義も――見せてくれよ。
一方的な虐殺の為に使うものじゃないだろう? 誇りを振り翳すのは、」
――今だと続く言葉を遮る様にローカストの身体から駆動音が響き渡る。
強烈な勢いと共に飛び込まんとした彼らを遮る様にラビが「愚図め」と肩を竦め凍て付く光線を放った。
「そこの頭が悪そうな女、そう立ち止まって居ては轢かれるぞ」
「そんな簡単に轢かれはしない!」
む、とした様にロイが声を荒げる。ローカスト達は死という終着点につくまでは戦い続けるつもりなのだ。斧の重たい一撃に足を震わせ、耐える様に身を捻ったロイへとラビが掛けた言葉は何とも戦場には似付かない。
「ッ――おい! お前、子分だろ!? 一々踏むなよ!」
「ロイをいじめるなよ! 悠もこまってるぞ!」
ぷう、と頬を膨らまし前線へと飛び出したバレンタインが宙で後転しながら斧を受けとめる。鈍い音と共に、足へと響いた衝撃に僅かに眉根を潜めたバレンタインを癒す刹助にラビは「おい」ともう一度声を荒げた。
「コロ助、さっさと回復しろ!」
「コロ助ってなんだ? お前のサーヴァントでも犬でもない。
回復して欲しいなら、さっさと『お願いします』と言えよ」
まるで鮫の様に浮かんだ笑みにラビが苛立った様に小石を蹴り飛ばす。その仕草が可笑しいという様に笑った悠は小さく息をついた。
ローカスト達と闘いながらも浮かぶ軽口は、互いを信頼し合っているあかしなのだろう。
虐殺を止められた――後は、死と対面するのみなのだ。
(「何かの為に。いのち、を懸けて。最期まで」)
それは、自分達とて同じであるのかもしれない。
「誇りを貫き戦う、ての。凄ェ、格好好いとは思うケド、
俺等も此処で、引き下がる訳にゃァ。いかねェンで、ね、」
「ああ――不退転の覚悟があるというのなら、ここで」
ぽつりと覚悟を漏らした悠が勇気づける様に蒼一郎と伸太郎へと癒しを送る。
軽い礼と共に苛烈な勢いで戦い続ける蒼一郎が僅かに唸り、重たい一撃を跳ね返した。
「――コレでも喰らえ!」
身体を捻りあげ、まるで『踊る』ように蹴撃を放つ。痛打にアスファルトへとバランスを崩したローカストへと畳みかけるが如く伸太郎は飛び込んだ。
「僕の血は、曲がった覚悟の企みなど、一片も許しはしない!!」
一つの呼吸も許すこと無く、掌に力が籠められる。少年の苛立ちは『困窮』や『死』の蔓延する気配を噛み分けてきた地球へとローカスト達が行ったのは侵略だけだったという遣る瀬なさからくるのだろう。
誰かを護るのはケルベロスとして当然だった。意義も、意思も、根拠もない――只、そうであるだけの『事実』が横たわっているだけのはなしだ。
守りたいからという愚直さに戦火に群がる蛾の様な己が余りにも『ブレ』て見える。
ロイの思いとは対照的に、死と直面して初めて『戦う』事を選ぶ刹助が唇へと微笑を浮かべた。
「人々を護る為にケルベロスは戦っている。俺達はその役目を果たすだけだ」
ローカストは刹助の言葉に「我らもその様な役目があれば」と小さく呟く。
振り下ろされた斧を受け止め、そして『流れを読み切る』ようにクリスティはひらりと躱した。その華奢な両腕に力が籠められ、光りの奔流が産み出される。
「――その『役目』が与えられなかったこと、残念に思う」
瞬いて、薄氷の瞳を揺らしたクリスティは感情の樹服を多く見せることなく冷淡に敵を屠る。
両の掌に感じる生者の重みに彼女の表情が僅かに歪み、その身を後方へと弾かれる様に固い壁へと打ち付けられる。
悠と刹助の癒しを受けながらも蒼一郎は口端から漏れた血に驚きを禁じられないと浅く笑みを漏らした。
「本気か」
「最期は何時だって訪れる。我らは戦の中で死を選ぶが、お前達は――」
――守るという決意の中で『死』を選べるのか。
そうして、光の奔流と共に、刃を照り返す光が辺りを明るく見せる。
ラビの攻撃に続く様にバレンタインが跳ね上がり、蹴撃と共に「かっこいいぞ」と小さく笑みを零した。
「そうありたいと、願っているんだ」
守りながら、ケルベロスとして――それを、戦士達に綺麗事だと笑われようとも。
●
「感謝しろよ、きっとお前は満足して死ねる。
少なくとも……私にはできないだろう最期を送ってやる」
太陽は煌々と差すというのに、辺りには雨の気配が漂っている。
ラビの言葉を耳にしながら、悠は目を細め、当たりに散らばる残骸を見下ろした。
聴こえていた、息は、声はもう聞こえない。騒がしい蝉の鳴き声が鼓膜を揺さぶり、クリスティの脳を掻き交ぜてゆく。
「君は不退転の名に恥じぬ死を得た。おめでとう」
ブーツの爪先に、かつりと当たった黄金の装甲。ロイは只、彼らを見下ろして唇を震わせた。
得る事の無かった誉れと、彼らとは相対した生への執着――だからこそ、彼女は云う。
「教えてくれないか。名誉を抱えて死ぬ気分って、どうだ」
遠く蝉時雨を聞きながらバレンタインは、答えの帰らぬ問いを耳にする。
生きるものさえ居ない様な静寂の中、「愚問だな」と漏らしたラビの声だけが只、聴こえていた。
作者:菖蒲 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年7月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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