黙示録騎蝗～エンドレス・リベレーション

■リプレイ

●暴食の黙示録
　鳥取県米子氏。大戦期より以前から商業都市として発展し、山陰の大阪とも呼ばれる町の駅前は、今日も通りを行き交う人々で賑わっていた。
　何かのイベントの宣伝だろうか。デフォルメされた熊の着ぐるみが、なにやら子ども達に風船を配っている。
　どこにでもある、ほのぼのとした風景。それを一変させたのは、駅前に轟いた人々の悲鳴と、天高く噴き上がった鮮血だった。
「……現れたか！」
　サラリーマン風の男の首が飛んだのと同時に、着ぐるみの首もまた外れて宙に投げ出された。中から姿を現したのは、潜伏していたジョルディ・クレイグ（黒影の重騎士・e00466）。だが、逃げ惑う人々の流れが邪魔をして、思うように動けない。
　ならば、せめて次なる命が散る前にと、御神・白陽（死ヲ語ル無垢ノ月・e00327）が一足跳びに人込みを跳び越えた。空中からは、有枝・弥奈（常識破壊至極上等・e20570）も続く。
「そこの不退転のローカストよ。私と戦うがいい」
　敢えて真正面から姿を晒し、弥奈は高々とローカストに告げる。獲物の悲鳴とは明らかに異なる言葉を浴びせかけられ、巨大なカミキリ虫は鮮血に染まった顔をゆっくりと上げた。
　途端に広がる生臭い空気。犠牲者の血で染まった刃の先をローカストが軽く舐めたところで、人々の流れが唐突に変わった。
「ほれ、そこなローカスト。妾らはケルベロスじゃよ」
　殺気を放ち、周囲の一般人を遠ざけながら、自らの歩む道を作り出すパルックィー・マジックィー（赤い仮面の研究術士・e06474）。それだけではなく、パトリック・グッドフェロー（胡蝶の夢・e01239）もまた空中から馳せ参じ、帯刀した刃を金打させて見せた。
「ケルベロスなら、ここにもいるぜ！」
　こちらの決意は本物だ。だから、今は存分に戦おう。そういう意味での戦意表明であったようだが、そこは文化と価値観の違いだろうか。
　これだけの惨状を垣間見て尚、完全に刃を抜かずに猶予を与えていると思われたらしい。敵のローカストは金属質な刃を剥き出しにして吠えると、次なる獲物に狙いを定め、一気に距離を詰めようとしていた。
　このままでは拙い。やはり、このような敵には正面から身体と心の双方でぶつからねば、その心に想いを届かせることは難しい。
「不退転の戦士よ！　まだ、その心に誇りがあるなのら、正々堂々我等と立ち会えい！」
　ようやく、着ぐるみを脱ぎ捨てたジョルディが、逃げ遅れた人々とローカストの間に立ち塞がった。同じく、オルトロスのコセイと共に、香祭・悠花（ジュエルコンダクター・e01845）もまたローカストに告げた。
「誇りとは、命ではなく、魂を守る鎧！　そして本能、欲望に依らない魂の叫び！　一片の誇りでも残しているなら、ローカストの戦士よ！　虐殺は、わたし達と勝負してからにしなさい！」
　対峙するローカストとケルベロス達。一秒が永遠にも感じられる程の、緊迫した空気が辺りを包む。
「誇り、か……。その言葉を口にできる者は、真の戦士たる資格を持つ者のみ」
　虐殺へと向かおうとしていたローカストが足を止め、重く圧し掛かるような口調でケルベロス達に向かって言った。
「ならば、我が試させてもらおう。貴様達が、その言葉を口にする資格を持つ者であるか否かを」
　そう、ローカストが告げたところで、戦場を濃霧のカーテンが包んで行く。ルイアーク・ロンドベル（怠惰の狂科学者・e09101）の展開したバイオガスが生み出す舞台は、互いに決死の覚悟で挑む修羅の世界。
「さぁ、名も知らぬ戦士よ……死合いましょうか？」
　これで邪魔は入らない。ルイアークの言葉に、ローカストもケルベロス達の覚悟を悟ったようだ。
　敵は誇りのある戦いを望んでいる。そして、その望みを叶えられる者達は、ここにいる。
　霧と霧の合間から、姿を現したのは呉羽・律（凱歌継承者・e00780）。戦舞台の役者は揃った。ならば、後は終幕へ向けて全力で物語を紡ぐのみ。
「さぁ、戦劇を始めようか！」
　高々と掲げられた長剣が、煙の中で鈍く光る。戦士として、そして何よりも種族としての誇りを掛けた、壮絶なる戦いが幕を開けた。

●適者生存
　帰るべき場所を失ったローカストと、それを迎え撃つケルベロス達。煙の暗幕に包まれた世界の中で行われるのは、互いの存続を掛けた死闘。
「グゥゥゥオォォォッ！！」
　野獣の如き雄叫びを上げ、ローカストは背中から生えた金属質のパイプを触手のように射出して来た。すかさず、悠花が自らの身を持って敵の攻撃から仲間を庇う。が、パイプの先端が彼女の身体を貫いた瞬間、注入された毒素によって、視界が一瞬だけ歪んで見えた。
　それでも、辛うじて膝を突くことだけはせず、全身を蝕む猛毒に耐えてローカストへと語り掛ける。
「わたしは……ローカストとは棲み分け、共生ができるんじゃないかって思います……」
「笑止！　我等には、既に主星へ帰る術もなし！　もはや、止まることは許されんのだ！」
「だったら……その道を、これから模索します。でも、全てはアポロンを倒してから！」
　その決意を以て、今はこの戦いに勝利させてもらう。指揮棒を高々と掲げる悠花の姿。それが反撃の狼煙となる。
「戻る気がないのなら、己自身に従えば良かろう。本意でなければ尚の事」
　非物質化した刃で正面から斬り付け、白陽はローカストへ静かに告げる。
　自ら修羅の道を歩むというのであれば、ここで死んでみるのもまた一興だ。なぜならば、地獄の鬼と未来永劫、死して尚もまた殺り合えるのだからと。
「征くぞ相棒！」
「祝いと呪いの境界……さぁ、我が凱歌を聴け！」
　魂を斬り裂かれて動きを止めたローカストへと、ジョルディがアームドフォートによる一斉射撃を繰り出した。生み出す爆音は、さながら伝説の黙示録にあるラッパ吹きの如く。その攻撃の音に合わせるようにして、律もまた悠久の宇宙で繰り広げられる、星々の凱歌を紡いで行く。
　味方にとっては癒しを齎す『祝福』の歌でありながら、敵にとっては『呪詛』を齎す狂気の歌。死と再生の輪廻から成るエンドレス・ワルツは、果てなき宇宙の生命賛歌。
「そう……立ち止まったら、駄目なんです！」
　律の凱歌に触発されて、悠花もまたギターを掻き鳴らし、立ち止まらず戦い続ける者達の歌を奏でた。コセイの凝視によって敵の身体が燃え上がる様は、まさしく黙示録における焦熱地獄。
「ウ……オォォォッ！」
　空気を震わせる神秘の音色が、燃え盛る紅蓮の炎が、ローカストの身体と心を侵食して行く。が、そこは、不退転を売り物にしている存在だからだろうか。
　咆哮と共に気力で攻撃を耐え切り、ローカストは強引に体勢を整えて来た。
　やはり、強い。決死の覚悟を抱いた敵の心までは、そう簡単に砕けない。
「ならば……次は、これにも耐えてみせろ！」
　それでも、ここで諦めれば、それは気持ちの負けを意味してしまう。高々と飛翔し、後方から一気に距離を詰める弥奈。しかし、それを見たローカストもまた、蹴撃の構えを経て迎え撃つ。
「……っ！？」
　空中で激突する脚と脚。攻撃を相殺され、互いに激しく弾き飛ばされたところで、弥奈は慌てて受け身を取った。
「どうやら、有枝ちゃんは彼らとの間に、何らかの因縁があるようですねぇ……」
　もしかすると、イエローシケイダの件かもしれない。そう、苦笑しながら呟いて、ルイアークは空間を撫でるように杖先を振るう。
「まぁ、なんであれ……彼女の想いを届けるお手伝い……頼まれずとも、してあげますよ！」
　その言葉と共に、弥奈達を守るようにして展開されたのは電撃の壁。これでもう、そうそう猛毒などで好きにはさせない。
「まだまだ！　こっちもいるってこと、忘れてもらっちゃ困るぜ！」
　ボクスドラゴンのティターニアが放ったブレスと共に、二振りの刃を同時に振るうパトリック。放たれた剣圧は魂を斬る衝撃波となってローカストへと襲い掛かり、内部から敵の身体を穿って行く。
　だが、それでも未だ怯む素振りさえ欠片程も見せず、敵のローカストは健在だった。
「手負いの獣は厄介と言うが、死に物狂いの相手は恐ろしきものよな」
　遊びを交えて勝てる相手ではない。湧き上がる好奇心を抑え、パルックィーは半透明の御業を繰り出し、敵の身体を強引に絡め取る。甲殻が音を立てて拉げ、肉の潰れる音が聞こえたが……迸る痛みさえも戦いの喜びであるかの如く、ローカストは高々と吠え、鋼の牙を剥き出しにしてケルベロス達へと飛び掛かって来た。

●弱肉強食
　不退転。その言葉が示す通り、カミキリ虫の姿をしたローカストは強敵だった。
　単純な想いの強さだけではない。敵の繰り出す鋼の刃は、ケルベロス達の体力を容赦なく奪い、ローカストの損傷を回復させる。持久戦に強い技を持つが故の称号。その身に宿した力もまた、不退転の名に恥じることなし。
「敵も粘りますね。互いに、無駄な消耗戦はしたくないところですが……」
　額の汗を拭いつつ、ルイアークが生命を賦活する電撃を飛ばしながら言った。
　毒による削りも厄介だが、やはり戦闘が長期化することによる、ダメージの蓄積の方が問題だ。回復しきれない傷が積み重なれば、やがては抵抗空しく地に倒れ伏すこととなる。
　もっとも、それは敵も同様である以上、ここで退くという選択肢は考えられなかった。
「魔石の力よ顕現せよ。光の剣もて、我が道を切り開かん！」
　指揮棒を振るい、六振りの光剣を生み出す悠花。空中を舞うタクトの動きに合わせて飛翔する刃と共に、コセイもまた刀を口に咥えて擦れ違い様に敵を斬る。
「これもオマケじゃ。持ってゆくがよい」
　最後はパルックィーの投函した大鎌が、敵の身体を横薙ぎに斬り裂いた。が、全身の関節から体液を滴らせ、その腹部を大きく損傷しても尚、ローカストは戦うことを止めなかった。
「ウゥゥ……オォォォッ！！」
　傷口より吹き出す液体を物ともせず、ローカストは高々と飛翔した。ともすれば、反動で自らの身体が砕け散りそうになりながらも、狙いと威力は先程から寸分変わらない。
「下がれ、相棒！」
　律が狙われていることをいち早く察し、ジョルディが身を盾にして割り込んだ。
　瞬間、衝撃が全身を駆け抜け、漆黒の鎧諸共にジョルディの身体が吹き飛ばされる。辛うじて戦斧を地面に叩き付けることで堪え、強引に勢いを殺し、体勢を立て直した。
「まだ、立てるか？」
「無論だ。それよりも、今はやつを……」
　差し伸べられた律の手を敢えて振り払い、ジョルディは敵のローカストを指差す。互いに限界が近いからこそ、畳み掛ける機会を失ってはならない。
「君の『黄金の不退転』の同胞を無慈悲に殺した。私は、君らにとっての仇敵だ」
　日本刀を片手に、弥奈が徐々に距離を詰める。その口から紡がれるのは贖罪の言葉か、それとも……。
「君も侵略者であるからして、殺さねばならない。君が殺そうとしている者を、生かす為だけに……」
「だから、何だと？　これは種の存続を掛けた生存競争。故に、情けなど無用なり！」
「それを言うなら、守るべき者の為に後に引けないのはこちらも同じだ。さあ、『不退転』の名に恥じぬ戦いを見せてみろ！」
　この戦いに、正義も悪も関係ない。あるのは、ただ純粋な生存と闘争の本能のみ。だからこそ、無粋に長引かせるつもりもない。
「斬りこむぞ！　後に！」
　空の霊力を刃に宿し、躊躇うことなく敵の懐に飛び込む弥奈。律とパトリック、そして白陽もそれに続く。
「さあ、受けてもらおうか！　華麗なる剣舞の四重奏を！」
　星辰の力を宿した律の長剣が、袈裟切りに敵の金属パイプを断ち切って。
「戦士としての誇り亡くしてまでグラビティ・チェインを獲得するくらいなら、仇であるオレらに目に物を見せて見やがれってんだ！」
　パトリックの斬霊刀が、細長く伸びた敵の触角も斬り落とし。
「グゥッ……！？　さ、さすがだ……ケルベロス……。だが……！」
　既に満身創痍の身となりつつも、ローカストはその腕に生やした金属の刃で、最後の一人である白陽を迎え撃つ。せめて、斬り結ぶことで相殺しようと。しかし、果たしてその狙いは成功することはなく。
「……ゴフッ！　……見事、だ……」
　軌跡すら見せぬ白陽の一撃。互いに刃を交錯させたところで、ローカストの口から大量の体液が噴き出した。
「死を撒くモノは冥府にて閻魔が待つ。潔く逝って裁かれろ……」
　刃を納める白陽の後ろで、ローカストの崩れ落ちる音がする。いつしか、戦場を覆っていた霧も消え失せて、人気のない街がケルベロス達を出迎えた。

●敗者への鎮魂
　戦いは終わった。不退転のローカストは、その二つ名に恥じることなく、最期まで戦士として散って行った。
　目の前に倒れているローカストの亡骸を、白陽が静かに見つめている。戦いとは、生か死だ。一度、決着がついてしまえば、死者は何も語らない。
　無言のまま、黙祷を続けるパルックィー。同じくパトリックもまた、自らがケルベロスとして覚醒した日のことを思い出しつつ、『戦士』として戦えた相手に瞑目していた。
「……安らかに、眠ってくれ」
　そう言って、ローカストの亡骸に菊華を備える弥奈。そんな彼女の姿を横目に苦笑するルイアークだったが、内心は複雑な気持ちだった。
　否、彼だけではない。自ら刃を交えて戦った今だから解る。不退転のローカスト達が抱いていた覚悟と、戦士としての穢れ無き誇りが。
「結局……今は、こうするしかなかったんですよね……」
　半ば、自分に言い聞かせるようにして悠花が呟く。互いに殺し合うことしかできなかった運命。それを覆せなかったことに後悔の念を抱いているのは、ジョルディと律もまた同様であり。
「共に歩める道も有っただろうに……。アポロン……貴様だけは許さんぞ！」
「次は、我等が貴様を撃ち落としてやろうぞ。その時こそが、この許されざる騎蝗の終幕と知れ！」
　束の間の平和を享受しつつ、晴天の下、高らかと叫ぶ。
　種族の命運を背負った戦士としての誇り。その決意と命を弄んだ偽りの神を討ち取ることが、散っていた者達への唯一の弔いになると信じて。

作者：雷紋寺音弥	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年7月24日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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