黙示録騎蝗～ステンドグラス・バタフライ

■リプレイ

●光輝の蝶
　港を見下ろす、市街地の坂道。
　昼下がりの平穏な日常に、彼女は突如降り立った。
　人の女性に似た姿でありながら、毛皮めいた体毛と外骨格に覆われ、頭部の半分は巨大な複眼。何より異質なのは、背から広がった巨大な蝶の翅だ。
　主の体長を遥かに凌ぐ大きさと面積のそれは、複雑な模様を描き、鮮やかな色の一つ一つが陽を透かして、地上に色とりどりの美しい影を投げかけていた。
　上空に現れた巨大な蝶が、ローカストである事に疑う余地はない。群衆からすぐさま悲鳴があがった。歩行者は一目散に逃げだし、賢明なドライバーは車を放棄して道を逆行する。
　……しかし、咄嗟に逃亡を試みぬ者達もいた。彼等は皆、巨大蝶を見上げながら動かない。驚愕、恐怖、諦観、憧憬……各々の感情が、足を縫い止めているようだった。
　急ぐ事なく泰然と降下を終えた蝶――不退転侵略部隊のヴィトリーは、逃げそびれた者達を冷え冷えと睥睨した。
「生き残る努力を惜しまぬ者と怠る者……これほどの差があろうとはな」
　光を集めた翅が眩く輝く。次の瞬間、フレームにはめ込まれた全てのパネルが、拡散レーザーを照射した。地上に、極彩色の光の雨が降り注ぐ。
　逃げ遅れた数名は、あっけなく塵と化した。
　それでもまだ運よく射程を逃れ、生き残った者はいた。尻餅をつきわななくその男に、ヴィトリーは容赦なく照準を合わせた。
　翅が集めた輝きが、今度は一点に集束し、真白いビーム砲となって打ち出された。
　宙を直進した光の筋が『仕留め損ね』に伸び迫る、その寸前。
　舞い込んだ光の翼が、膨大な白光を遮った。
「ぐぅぅっ……」
　全身をなげうつ形で割り込んだセデル・ヴァルフリート（秩序の護り手・e24407）は、焼けるような痛みに歯を食いしばりながら、白光の全てを受け止めた。
　同じく翼を駆使して舞い降りた王・浩（ドラゴニアンのブレイズキャリバー・e23814）は、一般人とセデルをヴィトリーから庇う位置に進み出ながら、拡声器でもって朗々と呼びかけた。
「ケルベロスの王浩だ。不退転侵略部隊のヴィトリー殿とお見受けする。同胞の為に命を捨てた不退転部隊が、丸腰の者を殺して終わるだけの最期でいいのか」
　ヴィトリーの優雅な触覚が、ぴくりと揺れる。
「……己が身を生かす事さえ忘れた弱者を護りにきたか。酔狂な事だな、ケルベロス」
　極彩色の翅は、無慈悲に、さらなる光を蓄えようとしていた。

●戦士の矜持
　敵が殺意を手放さぬ緊張状態の中、翼持たぬケルベロス達も次々に戦場へと降り立っていく。
　少数ながらの犠牲はあったが、ケルベロス達は遅れたわけではない。虐殺開始を確認してから実際に現場に駆け付けるまで、どうあがいてもこれが、予知を違えぬ為の最速だった。
「まずは名乗らせてもらいたい。僕はジヴェルハイゼン。僕らは皆ケルベロスだ」
　そう進み出たのは、ジヴェルハイゼン・エルメロッテ（還らぬペルセポネ・e00004）。正々堂々たる態度を示しつつ、挑むように不敵な言葉を投げかける。
「不退転の誇り高き名は、無力な相手の虐殺を望むのかい？」
　温和な性格も、デウスエクスに対しては酷薄なものへ。敵は、戦士としての誇りを重んじる事を選ぶや否や。動向を観察する。
「貴方方の先達の不退転部隊は敵ながら勇敢に戦い果てたと聞いています！　その戦いを、このような行為で辱めるつもりですか！」
　白光砲の収束を受け、セデルは呼吸を荒くしながらも、凛然と敵へと呼びかけた。
　ミルフィ・ホワイトラヴィット（ナイトオブホワイトラビット・e01584）が歩み出、当事者の言葉で補足する。
「わたくしは……スポアスティンガーと戦いましたわ……彼は黄金装甲を酷使した事が災いし、装甲の暴走により果てましたわ……しかし彼も、その様な状況にあっても決して退く事なく、同胞達の為、最後まで戦い抜きましたわ……。
　……貴女も誇りある身なら、無抵抗の者から奪うよりも、わたくし達を倒し、見事グラビティチェインを『勝ち取る』事が、誉れある武人の死に様でしょう……？」
　同胞の最期をみとったという生き証人に、ヴィトリーは黙したまま。しかし、二本の触覚は心の動きを示すように、繊細に動いている。
「お前は最期の戦いを始めようとしている。不退転の決意と誇りと一緒に。……なぁ。そんな大事な戦いを、無抵抗の人間を一方的に殺す形で終わらせて、お前は本当に満足できるか？」
　死に向かう戦士の心を見定めるように、ティクリコティク・キロ（リトルガンメイジ・e00128）は静かに訴えた。この場の被害を抑える為にケルベロスができる、これが最善だと信じて。
「戦士が身命を賭してまで戦うと言うのなら。それは、それ相応の戦いであるべきだと思うよ。少なくとも、抵抗すら出来ない相手を虐殺して終わりにすべきじゃないの」
　颯・ちはる（悪徳・e18841）も、ヴィトリーと目を合わせ、大きな声と堂々たる態度で、相手の心情をなぞるように呼びかけた。
　ヴィトリーはやはり答えない。しかしその翅もまた、光を蓄えたまま、一向に照射される気配がない。……決定的な言葉を待っている、そんなふうに、見えぬでもない。
「……ああ、もういいやまだるっこしい」
　ちはるは焦れたようにかぶりを振り、それに合わせて、ティクリコティクがずばりと切り出す。
「単刀直入に言おうか。不退転部隊の名に恥じない戦いを、ボク達としないか」
「そう、戦り合おうぜ？　アタシらも多かれ少なかれ背負うもの背負ってここまで来てんだ。それを無視なんて、つれない真似してくれるなよ」
　ティクリコティクとちはるの提案に続き、
「むずかしいこと、わからない。でも、おもいきり戦う。ぼくは、そうしたい。……ぼくたちも、そっちも、気がかりは、ないほうがいい。……ちがうか？」
　伏見・勇名（鯨鯢の滓・e00099）は表情乏しく、たどたどしくも、自分の言葉で思いを伝える。
　ひとり、説得には加わらずに佇んでいたウェイン・ロザイク（ドクターロジック・e01222）も、静かに口を開いた。
「俺は、決死の覚悟をしている者の信念を揺るがせるとは思わん。ただお前さんたちの正義と俺たちの正義の向く方向が違う。それだけだ。……故に……ただ、破砕するのみだ……！」
　全員の言葉に耳を傾け、ケルベロス達を見下ろしていたヴィトリーは、小さく顎を上げた。

●誇りある戦いを始めよう
　響き渡ったのは、哄笑だった。嘲りや呆れの匂いを含まぬでもないが、その芯にあるのは、憂い煩いの吹き飛んだ解放感に違いない。
「なんとなんと、美しくも血なまぐさい言葉を吐く者どもよ。ただ弱き同胞を護らんが為のその詭弁、かくも麗しく我が脳症を震わせなければ、この一帯ごと焼き払ってやったのになぁ」
　残念そうな言いぐさに反して、声音は愉快げだ。ヴィトリーは一層の輝きを背に溜め込みながら、ケルベロス達に庇われた男を指さした。
「いいだろう、貴様等を狩り尽くすのが先だ。蛮勇に免じ、その男の逃亡する猶予のみ、待とう。……誰も手は貸すなよ」
　事実上、虐殺の保留と、果し合いの受理を意味していた。
　尻餅をついたままの男は、ここでようやく、情けない悲鳴を上げながらほうほうの体で逃げ出していった。やればできるではないか、とヴィトリーは肩をすくめる。
　それ以上、一般人の避難誘導を許してくれる空気ではない。ケルベロス達が言葉で稼いだ多少の時間で、周辺住民自ら逃げ延びてくれている事を期待するしかないだろう。
「ありがとう。そう答えてくれて嬉しいよ」
　それでも、ティクリコティクはヴィトリーの決断に礼を述べ、敬意を示した。
「……さぁやろうぜ、ステンドグラス・バタフライ！　お前の決意と誇りに恥じない戦いをくれてやる！　お前の死に場所をくれてやるっ！！！」
「全力をもって応えよう。何もかもを背後に庇わねば気が済まぬ、愚かで美しき地獄の番犬どもよ！」
　言うが早いか、ステンドグラスに似た翅が燦然たる輝きを解き放ち、再び地上に極彩色の光を降り注がせた。前衛が一挙に打ち据えられるも、すぐさまセデルが紙兵散布を飛ばす。
「我が役は看取りと兵站。皆様をこの防御で必ず守り抜きます！」
　これにティクリコティクとウェインのフォローも続き、戦線は崩れる事なく維持された。
「貴女が覚悟を賭すならば……わたくし達も、全力で応えますわ……！」
　癒しを得て、真っ先に飛び出したミルフィが高火力の破鎧衝を叩き込み、ちはるのグラインドファイアもこれを追随。
　息を合わせたジヴェルハイゼンと勇名は、各々左右から襲い掛かった。
「僕らは逃げも隠れもしない」
「ぼくの、ちからいっぱい、みせる」
　続々と旋刃脚が打ち込まれ、ヴィトリーの胴部に甚大な痺れを叩き込んだ。
「どこへも行かせん」
　浩は静かにして苛烈にデストロイドブレイドを斬り込んだ。表情の読みにくいヴィトリーの複眼に、しかし明らかな不快と敵意が浮かぶ。
「あぁなんと手強い、面倒な番犬よ。……であればこそ、ねじ伏せ甲斐があるというもの！」
　瞬時に集束させた白光砲を、浩に叩き返すヴィトリーの声音は、末期の戦いに全力をつぎ込める喜びに満ちている。
「普段は奇襲から始めるのだがな。……今回だけは、それを封印してお相手しよう」
　彼女の昂揚に応えるように、右手に籠めた石化のまじないを真正面からうち込むウェイン。ジヴェルハイゼンのスターゲイザーも追随し、夥しい行動阻害が敵の全身に纏わりついていく。
　それでもなお、ヴィトリーは生き生きと輝き、今際の命を躍動させていった。

●極彩色の幸福な死
　ヴィトリーとケルベロス達の正面衝突は苛烈を極めた。
「ハハハッ、ああ、楽しいなぁ！」
　翅が細かに震え、透明な力場を発現させる。それは目に見えぬ毒の粒子のように振る舞い、かぐわしい香りを錯覚させた。決死を覚悟する戦士への敬意の表れか、ケルベロス達の多くがその身を前衛に置いていたが為に、不可視鱗粉の催眠効果は広く侵食していく。
「本体胴部に攻撃を集中させましょう！　大丈夫、みなさんならできるはずです！」
　ティクリコティクはキュアを伴った銃猫の号令で、眩暈に体をぐらつかせる面々に喝を入れた。完膚なき破壊こそ、敵の覚悟への礼儀。敵の損耗を見極める観察眼に容赦はなく、回復にも怠りはない。
　ひとたび手番を取り戻せば、ケルベロス達は高火力をもって敵を圧倒していく。ヴィトリーは瞬く間に追い詰められ、しかしそこに、一切の悲愴感は感じられない。
「貴方を討つには……この腕一本で、事足りますわ……！」
　捨て駒となった悲しい戦士にも、せめて最期に、誇り高く死に花を咲かせてやりたい……そんな想いを乗せ、ミルフィの振るうナイトオブホワイトの腕が、激烈な破壊力を叩き込む。
「さあ、守護者たる我らを蹴散らしてみせてください！　勝利の美酒も、戦士の誉れも、その先に！　それが戦士の喜びであり矜持！」
　アポロンによる支配を甘んじて受けるしかないローカスト達に、かつてのヴァルキュリアの苦境を重ねながら、セデルはビハインドのイヤーサイレント共に、正々堂々たる戦いでヴィトリーの魂を鎮めんと奮闘する。
「これが、ぼくの、ぜんぶ。……どーん」
　細かな情緒に疎い勇名は、それでもヴィトリーの最期に報いる全力を、拳に籠めて叩き付ける。
　全ての攻撃を受け、冷たい色の血を吐きながら、ヴィトリーは構わず眩い白光を照射してくる。しかし、痺れの為か照準はわずかに逸れ、狙われたウェインは、無傷のまま電流を纏った超加速で躍り出た。
「速度即ち力である。……故に……事は早いほうがいい」
　拳のストレート、さらに真空の刃と雷撃の軌跡による追撃。ヴィトリーは安定した浮遊姿勢を挫かれ、蝶が風にさらわれるが如く、儚く吹き飛ばされていく。
「……本当に、随分と良く出来た『戦士』」
　手の内に螺旋を籠めながら、目を細め、呟くちはる。裏社会に生きる者として、命がけの仕事はあれど、『誇り』などというものとは縁がなかった。
（「別に羨ましくはないけどさ。……本当に、羨ましくなんて、少しも」）
　物思いながら押し付けた掌が、格段の手応えを伝える。
　戦いのさなか、ふと踏み込んだアスファルトに、残る黒々とした痕跡を認め、浩は竜眼を細める。
「遅れてすまない」
　己の気持ちを慰撫する為だけの言葉だと知りながら、呟かずにはいられなかった。それきり口をつぐみ、声なく敵へ肉薄する。
「やろうか、ナルキス」
　ジヴェルハイゼンが呼びかけると共に、全身を覆うオウガメタルが脈動し、鋼の鬼を形作った。
「正々堂々、真正面からぶつかり合って、勝った方の願いこそ果たされる……それが、戦いの習いだ」
　白銀の装甲による純粋な打撃が、透ける翅ごと、敵の全身を叩きつぶした。
　自慢の翅が、致命的な罅に砕け落ちていく音を聞きながら、ヴィトリーはしかし、美しく微笑んだ。
「礼を言う」
　端的な言葉を最期に、宙に融けゆく極彩色。
「看取りを今果します。さよなら、煌翅の女傑」
　セデルは清らかな眼差しで、末期の姿をつぶさに見つめ、
「……お前は間違いなく不退転の勇者だった」
　浩は静かに、手向けの言葉を送る。
　戦士として、法外の幸福に包まれながら、勇猛なる不退転のヴィトリーはその身を散らした。

　周辺捜査をかねた修復作業の末、判明した死者数は、四名。すべて、最初の拡散光線による犠牲者だった。
　決して避け得ぬ犠牲。ケルベロスがヴィトリーを得心させたからこそ、この数で済んだ。……それが事実でも、勝利したケルベロス達が思う所は、それぞれだった。
　ジヴェルハイゼンは、早々と眠りこける勇名をやさしく抱き上げる。戦傷を癒す眠りを呼び込んだのは、ひょっとしたら戦いの疲ればかりではないのかもしれない。
「誇り高き武人への……手向けですわ」
　ミルフィがナイトオブホワイトの腕で、敬意の空砲を頭上へと放った。
　一人、仲間達より離れて、ライドキャリバーのちふゆに寄りかかりながらぼうっとしていたちはるは、晴れ空を撃ったその軌跡をなぞるように、散った戦士へと、静かに一献を掲げた。

作者：そらばる	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年7月26日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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