黙示録騎蝗～背水の陣の覚悟さえ破って

■リプレイ

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　血の海、と。
　そう比喩しても決して大袈裟ではないだろう辺りに広がる惨状に、館花・詩月（咲杜の巫女・e03451）は静かに息を呑み、リーゼン・トラ（さすらいのヤンキードクター・e03420）はその表情を険しくした。
（「片道切符の特攻かよ。ったく、胸糞悪ぃ作戦を取りやがる……」）
　リーゼンが毒吐くのは不退転部隊の在り方についてである。不退転部隊、そこに名を連ねるカマキリに似た一体のローカストは、今まさに心臓を一突き貫いた左腕部の鎌をゆっくりと引き抜く。溢れ出る鮮血と、力が入っていないと一目でわかる重力に引かれ地に落ちる身体。その瞳は濁ったガラス玉のように、未来を何も映さない。――死んでいる。もう、助けることは出来ないのだ。
「――っ！？」
　全員を救うことはできない、それは予知でも示されていたこと。けれど。
　悲しみか、怒りか、憎しみか、その全てか。詩月は冷静に見える表情を顔に張り付けたまま、胸の激情を必死で抑え込む。今すぐにでも泣き、叫び、痛がり、祈る人々を救助するために駆け出したい衝動を自制し、彼女は虐殺が始まらんとする地を踏みしめた。ケルベロスを認識させ、力のない人々へ凶刃を向けることを阻止し、正々堂々戦いを挑むように仕向けること。犠牲者を最小にする手段はそれであると、詩月は重々理解している。
「地獄の番人どものご登場だぜ！」
　リーゼンの腹の底から出された声は大きく響き渡った。敵にも聞こえているに違いない。しかし、ローカストはケルベロスの一行に一瞬視線を向けただけで、近くの腰を抜かして動けない新たな得物に対し、次はチェーンソーのような片腕で斬りつけようとする。間髪、間に割って入るのは詩月だ。一撃受けても構わない、守りきることが出来るのならば。そのような心持ちでいた彼女だからこそ、瞬時に行動しチェーンソー剣にて刃を止めることが出来たのだろう。
　次いで、真正面から名乗りを上げたのはアシュレイ・ヘルブレイン（生まれたばかりの純心・e11722）である。今は言葉を届けることこそ、被害拡大を防ぐ道。そして刃を交え勝利することがアシュレイの考えるこの依頼でのケルベロスの役目。
「不退転部隊の方とお見受けします。私は、アシュレイ・ヘルブレイン、と。決死の覚悟で戦う最後の戦いが……望まぬもので本当に良いのですか」
「貴方の星が、国が、どうなろうとオレには関係ありませんが、心を捨てようとする者を見過ごせる程冷めた人間ではないので。本当に貴方は、目の前の敵に背を向ける事が出来るのですか？」
　本意はどこにあるのか？　アシュレイの言葉に被せ、小日向・コブシ（陰る太陽・e00425）が説得に当たる。抗う力のない者を虐殺することが彼の在り方か。それが本当に、心からの望みなのか。己がこうありたいという希望を、心を、果たして押し殺してはいないのか。
　敵の複眼が、じろとアシュレイとコブシを射抜いた。まるで値踏みするようにじっと見つめる視線を、もちろん二人は逸らすことなく真っ直ぐに受ける。
「――当機には心というものはよくわかりません。ですが、『心のままに動く』というのは心のある者の特権であると考えます。勿論任務のためには心を押し殺すことも重要ですが、ここで当機達を倒さねば当機達は何度でもアポロンの前に立ちはだかります」
　前に立つコブシをマスターと呼び慕う、小日向・ハクィルゥ（はらぺこオートマトン・e00338）が、コブシをちらと見遣りながら口を開く。心、感情、ハクィルゥには未だ良く理解し得ない不確かなもの。もはや芽生えているのだと、それは何も悪いことではないのだと言う人もいるけれど。
　正々堂々と戦いたい、そう敵がもし願っているのであれば、それを捨て去ることは自身の持つ特権をむざむざと投げ捨てることではないのかと彼女は考える。
「そう考えるとここで当機達を倒すことがアポロンのためにもなり、貴方の誇りのためにもなると考えます。何より」
　淡々と言葉を紡いでいたハクィルゥは曇りのない瞳でローカストを見つめる。
「私は貴方と全力で戦いたい」
　戦士としての、武人としての誇りをくすぐる言葉は、きっとそれ以上にない。
　ローカストは、詩月と交えていた刃を引く。詩月も好機と追撃を加えようとはしなかった。彼女が庇った一般人は這いずりながらも戦場を脱出していく。それを追いかけようとはせず、不退転部隊の一体は、低く落ち着いた声色で初めてケルベロス達にその声を聞かせた。
「全ては、太陽神アポロンのために。……否、違うな。全ては黙示録騎蝗成就の為に。同胞のために！　俺はヴェスヴァネット・レイダー様の最期の命を受けこうしてグラビティ・チェインを奪う。殺戮と恐怖を。それが俺への下知だ。俺の望むもの？　俺の誇りだと？　なるほど、痛いところをついてくれる」
　本意ではない。そんなことは俺が一番わかっていると吐き捨てるようにローカストは言う。
「だが守らねば！　そのためには戦わねばならぬ。殺さねばならぬ」
「星の為に戦ってきた、それはこちらも同じだよ！」
　到着してすぐ、無線で各機関に避難勧告を出し二次被害を最小限に止める働きをしたエフイー・ジーグ（森羅万象身使いし機人・e08173）はローカストの心情に触れ声を荒げた。
「信じたものを最後まで信じ切って戦うのは、オイラ達も一緒だよ！　だからこそ、負けられない……退くわけにはいかないんだ！　同じ意志を持つ者同士戦う運命なら、オイラ達は逃げない！　正々堂々……真剣勝負だ！」
「本当は、こんな事したくは無いんでしょ？　戦う者として戦場で果てたいんでしょ？　だったらかかってきなよ。こんな悲しい事はボク達が終わらせてあげるよ……その誇りを不退転の決意ごと、ね」
　常のとろんとした目つきから、全く雰囲気を逆転させているのはノルテ・ベンダバール（北風の魔法使い・e10073）である。口調は穏やかなれど、立ち昇る気は鋭さを感じさせる。
　無尽に刃を振るうのを止めた時点で、ローカストの心持ちは変化を来たしていた。それをより後押しするため、ダニエラ・ダールグリュン（孤影・e03661）は自身の胸中を開示する。武人として、思うところは多々とある。
「ダニエラ・ダールグリュンだ。無辜の人々にその矛先を向ける前に、先の戦の決着をつけようではないか。『自宅』を護り築こうとするその信念、私達が真向から受けて立つ！」
　ローカストが地球侵略の意志を崩さず、ケルベロス達がそれを迎え撃つ以上共に生きる道はない。ならば、その誇りを抱く魂が輝きを失わぬよう、全力で相手をするまで。
（「そして、望む死地を得て欲しいと願うのは結局は私の我儘なのかもしれない」）
　だとしても、ローカストの矜持は救われた。
「ここまで言われて、ここで俺等より戦えない奴等への虐殺を優先すれば倒れた時の傷は背中ばっかだぜ？　退く気がねぇなら傷は身体の正面だけにした方が誇り高く逝けるだろ」
　リーゼンの物言に、戦士はふっと笑みを零す。
「皮肉だ。我らの神より、お前達の方が俺の自尊心をよほど気に掛けてくれる。俺が多くのグラビティ・チェインを奪うのを防ぐ策でもあるのだろうが……。嬉しいものだ」
　ローカストは、ケルベロス達からざっと距離を取り、改めて向かい合う。カマキリに似た、しかし青く鈍く輝く両腕の刃を携え名乗りを上げた。
「不退転部隊が一、フィエルテと言う。部隊の名に恥じぬ戦いを、いざ！」

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　ノルテが殺界を形成すると、コブシは辺りに倒れ込んでいる一般人に素早く目を走らせた。
「そこのあなた、動けますね？　ここに近づかないよう、皆に知らせてください。動ける方、出来るならば動けない者の手助けを。――見逃してくれますか？」
　純粋な決闘に邪魔が入らないようにとでも考えたのか、臨戦態勢に入るフィエルテに対しコブシが尋ねると、彼は方々に逃げ出す一般人には見向きもせず、ただケルベロス達のみに対し闘志を走らせる。
　血を滴らせ、傷を庇い、命からがら走る人々が周辺からいなくなったところで、コブシはローカストに対し一瞬の目礼をする。このローカストこそ人々を傷付け、命を奪った元凶。それでも、罪のない者を屠る使命を与えられた彼がそれを止めてくれたことに対して。
　上着をばさりと投げ捨てたなら、敵を見据えるコブシの瞳に迷いはなかった。
「全力で来てください、全力で付き合います」
「マスター、あまり無茶をしないで下さいね」
　　ハクィルゥの淡々と聞こえる心配の言葉と同時程、真っ先に動いたのはダニエラである。自らを一角獣と称する美しい女騎士は、武器とするオウガメタルと心を通わせ中列の味方の覚醒を促す。
（「ローカスト。かつては、オウガメタルと共に生きてきたもの。思うこともまた知れないが……、私と共に、臨んでほしい」）
　オウガメタルは主に応える。ダニエラの援護を受け、エフイーはライフル銃の照準を合わせた。放たれるエネルギー光線は狂いなくフィエルテに命中する。
「戦おう。星と、仲間をかけて！　それがオイラ達の出来ることの全てだ！」
「貴方に敬意を表し、当機も全力で参ります」
　ハクィルゥは地を蹴り上げると軽々と宙へ飛び上がる。全体重をかけ、味方にした重力を加え、敵の脳天目掛け強烈な蹴りを叩き込んだ。フィエルテは右腕を翳しそれを受ける。振り払われ、空中で体制を立て直し着地したハクィルゥの頭上からローカストの鎌が振り落とされるのを庇い正面から受けるのは詩月だ。チェーンソー剣と惨殺ナイフを両手に、盾の役割として決して仲間を倒れさせないという決意を胸に抱いて。
「アポロンについて、あなたはどう思う」
「どう？」
　詩月の身に纏う衣装は赤と白。まるで巫女服のようなそれは、しかし様々な武装を隠し持つ重装甲の装備である。ひらりと舞うような身軽さでナイフを操り、敵の鎧と呼んでも違和感のない金属のような体に傷を与える。肉薄しつつ、詩月はローカストに言葉を掛けた。
「きっと君も、先に逝った仲間と同様戦い果てるつもりなんだろうけれど」
「アポロンは我らの神。神とは傲慢で無慈悲なものだが、神が告げるならそれが正しい道。……だがお前達のせいで、望む死に様を思い描いてしまった」
「……そう。不退転の本懐、ここで遂げねば次はないよ」
「では。力と力、技と技、誇りと誇りをぶつけ合う、最高の戦いをいたしましょう」
　私の覚悟の『旋風』を見せて差し上げましょう、とアシュレイはエアシューズで敵前まで滑走する。死に方を選べない敵を自分は哀れと思っているのだろうか。わかるのは、対するローカストが望むのは憐みよりも持てる力の及ぶ限りをかけた勝負だろうということだ。それに応えることは吝かではない。
「奔れ、苦難を越えし覚悟の旋風……カーディナルガスト！！」
　アシュレイの、覚悟が目に見える波動となって放たれる渾身の奥義である。彼女の空を蹴った一撃は、赤い波動となり一直線にローカストを直撃する。積み重なるエフェクトは敵の攻撃の威力を削ぐ。ぐ、と低く唸る声に技の手ごたえを感じながら、アシュレイは冷静に戦況を読み取り仲間の勝利のために自らの行動を組み立てていく。
　リィン、と高い音が鳴る。澄んだその音の出処は、フィエルテの広げられた翅からだ。空気を揺らし、破壊力をもって前列の守りの要の三人に襲い掛かるのは強力な衝撃波。
「くっ！」
「これしき！」
「マスター！」
　本当は、あの方を自分こそ守らなければならないのに。人形然とした表情と口調を乱し、飛ばされたコブシを悲痛に呼ぶハクィルゥを、リーゼンは笑い飛ばした。
「俺が居る限り最悪なことにはならねぇよ」
　リーゼンは息巻き彼の魂とも言うべきリーゼントに力を溜める。搦め手の支援、行くぜ！　と叫ぶやいなや、ダニエラ、詩月、コブシの周囲には黒煙が立ち込めそれはみるみる三人を癒す。
「ごほっ。感謝します、リーゼンさん。……ごほっ、いや、しかし……」
　――煙い。なかなか立ち消えない煙に、謝辞に困惑を混ぜつつ、コブシはすくと立ち上がる。
「まだ、終わりません。さぁ続けてください」
　仁義の道を行く彼女が内に飼うのは強大な力を持つモノ。藍の瞳をきらりと輝かせローカストに臨むコブシは、ソレを引き出し大きな骨の腕を出現させ殴りかかると、骨は瞬く間に青い炎へと変化する。
「La magia de la hiedra……」
　ノルテの詠唱に、敵の足元から蔦がしゅるしゅると発生し、フィエルテの足を搦めとる。
「そこをキュッと行っちゃうよー？」
　のんびりとした口調は少し楽し気に。バイントスネア、とノルテが呼ぶグラビティで動きを阻害する。ケルベロスの攻撃の手がローカストを襲うごとに、フィエルテの動きは格段に鈍くなっていった。
「――恥じぬ戦い、恥じぬ死を。だが、まだだ！　まだ終わらぬ！」
　咆哮と共に振りかざされた鎌をダニエラの刃が受け止め、エフイーは敵の一心にケルベロスに向かってくる姿に対し心からの賞賛と、違えた道への悔いとを織り交ぜ凍結の光線を発射させる。
（「オイラは、手を取り合って生きていきたい！」）
　どうして、理解し合うとは難しいのか。それはフィエルテにとって侮辱になるとわかっていたから、エフイーはいつもは快活な顔を少し曇らせて、戦士の最期を見送るのだ。
　積み重なったダメージと、作戦通り付与された効果とに、ふらり、とぐらついた敵の姿を見て取って、ハクィルゥは勝負に出る。
「敵ながら見事でした、兵として尊敬に値します。せめて、誇りある死を貴方に」
　モード・アクィラ発動。ハクィルゥの翼と戦闘機能にエネルギーが集中する。刃状に変化した巨大な翼と速度による風の刃を武器にしたハクィルゥの全身全霊の突撃攻撃を受け切る力も避ける術も、もはや力尽きつつある不退転の戦士は持ち合わせていなかった。
「見事。……強者と戦い果てられる。それがどれほどの幸福か」
　青の身体が、砂のように崩れていく。
「さようなら、誇り高き戦士」
　ハクィルゥが呟き、ダニエラは静かにただ冥福を送る。一陣の風が吹く。その後に、不退転部隊フィエルテは空に消えた。

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　ケルベロス達の避難勧告と誘導で、息のある者は皆適切な処置を受けている。周辺に居るのは、もはや息をしていない人々。
「……帰ろうか、大切な人の元へ」
　詩月はそっと亡骸の瞳を閉じ、ケルベロス達の助けになろうと駆け出してきた警察を呼び寄せ引き渡す。間違いなく最低限の犠牲である。出来る限りのことをした。けれども、苦しい感情は沸き上がる。
「さ、返りますよ、ハク」
「はい、マスター」
　上着を回収しコブシは軽く埃を払う。苦いものを噛みしめているのは全員だ。ヒールを行い各々の傷の具合を確認し合いながら、ケルベロス達はそれぞれの帰る途につくのだった。

作者：小波	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年7月27日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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