ドン・ピッグ決戦~ドッグ・バイト・ホッグ

作者:土師三良

●獣欲のビジョン
 東京の地下。
 無数の隠し通路で構成された、ドン・ピッグのアジトで。
「ほうれ、きりきり歩けぃ」
 荒縄で後ろ手に拘束された少女がオークに半ば引きずられような形で歩いていた。
 ドン・ピッグの手下に攫われてきた……いや、攫われた振りをして乗り込んできた朝倉・くしな(鬼龍の求道者・e06286)である。
「私はどうするつもりですか?」
 くしなはか細い声を出した。鬼の如き舞台監督なら一ダースの灰皿をまとめて投げつけるるであろう棒読みの口調だ。
 しかし、愚かなオークは彼女の演技を見抜くことなく、豚鼻をうごめかせて哄笑した。
「どうするって? やることは一つに決まってるわな。回数は一回じゃあ済まなねえけどなぁ。ブヒヘヘヘヘヘ!」
「……」
 恐怖に身を竦ませて、不安げに視線を巡らせる……態を装って、くしなは周囲を観察した。
「キョロキョロと見回したって、逃げ道なんざ見つかりゃあしないぜぇ。このアジトは複雑な上にすげぇ広いからよぉ。一番離れた部屋同士は三キロ以上も離れてっからな。地図がないと、部屋から部屋に移動するのもままならねえくらいだ。それに逃げるだけじゃなくて、助けを待つのも無駄だぞ。たとえケルベロスといえども、ここには侵入できやしねえ」
「な、なぜですか?」
「隠し通路は簡単に崩れる仕掛けになってるから、どっか一部が見つかったとしても、そこを崩して閉鎖しちまえば、他の場所は見つからないって寸法よ。もっとも、隠し通路が六ヶ所くらい同時に見つかって、一斉に攻め込まれりしたら、さすがにヤバいかもなぁ。そんなこと、ありえねーけどぉ」
『そんなこと』が目前に迫っているを知らぬまま、オークはくしなの連行を続けて――、
「ここがおまえの新しい住処。親父のハーレム部屋の一つだ」
 ――と、床一面がベッドのようになっている部屋に彼女を入れた。
「親父はすべてのハーレム部屋を自室から覗いていてんだよ。で、気に入った女のところに顔を出すってわけだ。せいぜい気に入られるように頑張んな。まあ、俺としては早めに飽きてもらったほうがいいんだけどなぁ」
 きっと、ドン・ピッグが飽きた女は手下たちへと回されるのだろう。
「それじゃあ、また会おうぜ。親父が飽きた頃によぉ。ブヒヘヘヘヘヘ!」
 笑い声を響かせながら、オークはハーレム部屋の扉を閉じた。
 
●音々子かく語りき
「グレイ・エイリアス(双子座の奪還者・e00358)さんさんたちがドン・ピッグへのアジトへの潜入に成功しましたよー!」
 ヘリオライダーの根占・音々子が興奮気味に語り始めた。
「アジトはかなり広範囲かつ複雑に作られていて、隠し通路で移動するようになっています。ドン・ピッグがそのアジトのどこに現れるかは判りませんが……なんとしてでもグレイさんたちを救出し、アジトの完全制圧およびドン・ピッグの撃破をおこなってください」
 アジトには多数のオークがいるが、普段は三体から五体程度の小さな群れで行動しているらしい。そして、一つの群れが襲われると、彼らを躊躇なく見捨てて隠し通路を崩し、侵入者をアジトから切り離してしまうという。
「だから、戦闘になっても、敵に援軍が来ることはないんですよ。とはいえ、戦闘や探索に手間取っていると、隠し通路を塞がれて、それ以上の探索をおこなえなくなる可能性があります。ですから、素早くオークを倒して迅速に移動し、敵に対応の暇を与えないようにしてください」
 素早く倒すことは難しくないかもしれない。ドン・ピッグの手下たちの戦闘力は低く、ドン・ピッグ自身もまた(オークにしては強敵ではあるが)単体ならば、さして脅威ではないのだから。ただし、あくまでも『単体ならば』である。手下たちはドン・ピッグの命令には絶対に逆らわないように訓練されているため、周囲に手下のいる状態のドン・ピッグの動きには注意が必要だ。
「ドン・ピッグは戦闘よりも逃亡を優先します。きっと、手下どもを犠牲にしてでも逃げ出そうとするでしょう。見た目はポークですけど、中身はチキン野郎ですね」
 ドヤ顔でケルベロスたちを見回す音々子。上手いことを言ったつもりなのだろう。
 皆はなにも言わなかった(言えなかった)が、それを肯定的な沈黙と受け取ったのか、音々子は満足げに頷いて話を続けた。
「ドン・ピッグはハーレム部屋を覗き見した後、最も魅力的と思った女性から順番に訪問しようとしています。また、戦闘後に逃走する場合も、無意識のうちに、魅力的だった順番に捕らえた女性のところへと逃げ込もうとするようなので、この習性を利用して追い詰めることができるかもしれません」
『魅力的』に振る舞うべく各ハーレム部屋で待機しているのはグレイを含めて六人。ここに集結したケルベロスたちが救出する相手は朝倉・くしな(鬼龍の求道者・e06286)である。彼女が連れ去られたルートは確認できているので、それを辿ればいいだけだ。他のチームとはルートが違うので別行動となるが、内部で合流できる可能性がないわけではない。
「ただ合流するだけでなく、上手く連携する必要もあるかもしれませんね。一筋縄ではいかない任務ですから。でも――」
 拳を振り上げ、音々子は断言した。
「――大丈夫です! 皆さんならできます!」


参加者
クーリン・レンフォード(紫苑一輪・e01408)
山之内・涼子(おにぎり拳士・e02918)
ステイン・カツオ(御乱心アラフォードワーフ・e04948)
朝倉・くしな(鬼龍の求道者・e06286)
クロード・リガルディ(行雲流水・e13438)
カイウス・マビノギオン(黒のラサーヤナ・e16605)
夜尺・テレジア(偽りの聖女・e21642)
ダリル・チェスロック(傍観者・e28788)

■リプレイ

●豚も歩けば棒に当たる
 迷宮じみた複雑の構成を持つ、ドン・ピック一党のアジト。
 その一角――朝倉・くしな(鬼龍の求道者・e06286)が幽閉されたハーレム部屋のある区域を四人のオークが歩いていた。
「前から思ってたけど、こうやって巡回するのって、意味なくない?」
「だよねー。ケルベロスといえども、このアジトに侵入できるわけないもん」
「いやいや、判んないよ。あいつらは悪知恵が働くから、卑怯な手を使って潜り込んでくるかも」
「はぁ? 笑止千万なんですけどぉ」
 と、四人目のオークが豚鼻をひくつかせて嘲笑した。
「ケルベロスごときがどんな手を使おうと、ここにやってこれるわけ――」
 突然、その鼻先で光が炸裂した。
「――にょわぁぁぁ~い!?」
 驚愕の叫びを発しながら、オークはもんどりを打って転倒した。
 残りの三人はただ慌てふためくばかり。
「なになに? なんなのぉー!?」
「奇襲だ! 夜襲だ! 強襲だぁー!」
「やだー! こわーい!」
 そして、物陰から七人のケルベロスと一体のボクスドラゴンが飛び出し、右往左往するオークたちの前に立ち並んだ。
「奴からだ」
 と、転倒したオークに向かってクロード・リガルディ(行雲流水・e13438)が顎をしゃくった。先程の光は、彼の妖精弓から放たれたハートクエイクアローだ。
「判った。私の一番のお友達で――」
 クロードの意を読んだクーリン・レンフォード(紫苑一輪・e01408)が『破獣召喚(カジュラ)』を発動させた。
「――相手してあげるね」
 彼女に応えて出現した『一番のお友達』は大きなコヨーテ。無傷の三人には目もくれず、転倒したオークに食らいつく。
「あぎゃあぁーっ!?」
 激痛に喚きながらも、オークはなんとか立ち上がり、コヨーテを引き剥がした。
 だが、次の瞬間には再びもんどりうって転倒していた。山之内・涼子(おにぎり拳士・e02918)のバトルガントレット『剛手甲』を顔面に叩き込まれて。
 その頃になると、さすがに他のオークたちも事態を把握し、ケルベロスに攻撃を加え始めた。
「コマちゃん! 皆を守ってください!」
 ボクスドラゴンに指示を送り、自身もまた盾役となって仲間たちを庇ったのは夜尺・テレジア(偽りの聖女・e21642)。
「クェーッ!」
 反抗的な鳴き声をあげながらも、コマはケルベロスの前面を飛び回り、自らの体で触手の攻撃を防いだ。
 それを見届けつつ、テレジアが爆破スイッチを押した。
 ブレイブマインの爆炎が咲き乱れ、ケルベロスたちの攻撃力を上昇させていく。
 その爆発音に紛れて流れるのは、ダリル・チェスロック(傍観者・e28788)の詠唱の声。彼が手にしている魔導書の断章に記されている呪文は脳髄の賦活だ。
「さっさとおくたばりになってくださいませ。ザコと遊んでる暇はありませんので」
 爆炎と呪文の恩恵を受けたステイン・カツオ(御乱心アラフォードワーフ・e04948)が敬語になっていない敬語とともに地裂撃を放った。またも標的は四人目のオーク。各個撃破を狙っているのだ。
「僕ばっかり攻撃すんな! 弱い者いじめよくない!」
 涙目で抗議しながら、不幸なオークは立ち上がり、触手を繰り出した。だが、ハートクエイクアローがもたらした催眠効果によって、その触手は彼自身に襲いかかった。
「いだだだっ!?」
 自分の触手に締め上げられて、オークは情けない声をあげた。
 いや、触手だけではない。
 黄金の鎖が体に絡みついていた。
 カイウス・マビノギオン(黒のラサーヤナ・e16605)が射出した『神を縛りし黄金色の鎖(カミシバリノクサリ)』である。
「弱いとは聞いていたが――」
 カイウスの言葉に不快な音が重なった。
 オークの首の骨が折れる音だ。
「――まさか、ここまで弱いとは」
「うん」
 涼子が頷き、剛手甲に包まれた両の拳を打ち合わせる。
「この調子でドン・ピッグにもさくっと引導を渡しちゃおう!」
「ふざけんじゃねえ! さくっと倒される前にグサッと刺し貫いてやらぁ! 俺っちの触手でなぁ!」
 後方で響いた怒声にケルベロスたちは振り返った。
 そこにいたのはモヒカン刈りのオーク。
 ドン・ピッグである。

●煩悩の豚は追えども去らず
「親父ぃ!」
「ドォーン!」
「おやぶーん!」
 オークたちが三者三様の声をあげた。その顔を彩る感情は歓喜と期待と安堵。偉大なるドン・ピッグ様が来たからにはもう大丈夫――そう信じているのだろう。
「くしな君と合流するより先にドン・ピッグが出張ってくるとは想定外の展開ですね。他のチームが思っていた以上に健闘したのでしょうか?」
「なんにせよ、やることは変わらん」
 と、ダリルの言葉にクロードが静かに応じた。
「むしろ、好都合かも」
 クーリンが身構えた。ドンの登場に少しばかり驚いてはいるものの、怖気づいてはいない。彼女に限らず、すべてのケルベロスがそうだった。皆が獲物として定めていたのは三下のオークどもではなく、ドンなのだから(四人のオークに襲いかかったのは障害物の排除するついでに地図を奪取するためであり、それ以上の意味はなかった)。
 ドンを恐れない理由は他にもある。
 それは――、
「――ズタボロだねえ」
 ドンの全身を眺めまわして、涼子が苦笑した。テレジアの傍でも嘲りの声があがる。コマが鳴いているのだ。
 実際のところ、ドンの状態は『ズタボロ』どころではなかった。衣服には血が滲み、そこかしこが破れ、おまけに一部が濡れている。細く裂かれたシーツの切れ端が絡みついているが、それらは即席の包帯の名残りだろう。
 なによりも痛々しいのは腕についた歯形だ。
「どうやら、誰かが一矢ならぬ一歯を報いたようだな」
 カイウスが言った。普段とは違う口調で。愉快そうに。
 その横でテレジアがぼそりと呟く。
「下手なグラビティよりも痛そうですね」
「じゃかぁーしー!」
 触手を振り回しながら、ドンはケルベロスたちに突進した。
 その行く手を塞ぐと同時に退路を断つべく、ドンを取り囲もうとするケルベロスたち。ドンの援護をすべく、ケルベロスに襲いかかる三人のオーク。両陣営ともに激しく動き回り、地下通路は乱戦の様相を呈した。
 そして、その乱戦の中、ケルベロスは嫌でも目にすることになった。前面よりも凄惨かつ滑稽な状態になっているドンの背中を。
 正確には、背中の下部――丸出しになった尻を。
「汚ねえものを見せやがって」
 吐き捨てながら、ステインが御業を用いて熾炎業炎砲を撃ち出した。
 ドンはなんとか躱したが、その隙を突くように涼子が達人の一撃を繰り出した。
 剛手甲がドンの脇腹にめり込んだ。間髪を容れず、光線も突き刺さる。ダリルのペトリフィケイションだ。
「どうやら、気咬弾を食らわされたようですねぇ」
 ドンの尻の傷跡に目をやり、ダリルはそう言った。べつに挑発の意図はない。思ったままを口にしただけだ。
 だが、その緩やかな語調は却ってドンの怒りに火をつけた。
「じゃかぁーしー! じゃかぁーしー! じゃかぁーしー!」
 壊れたレコードのように同じ怒号を繰り返し、戦場を突き進むドン。
「じゃかぁーしー! じゃかー……うぉわぁっ!?」
 怒号が途切れ、体がよろめいた。
 小さな柴犬が顔面に飛び込んできたのだ。クーリンがファミリアロッドを子犬のキィに戻して、ファミリアシュートを放ったのである。
 更にコマがボクスブレスが浴びせた。
 両者の与えたジグザグ効果によって、ドンの状態異常(氷と石化)が広がっていく。
 もっとも、彼にとって最も大きな被害は物理的なダメージやジグザグ効果ではなく――、
「俺っちのイカしたヘアスタイルがぁーっ!?」
 ――キィにモヒカンをむしられたことのようだ。
 ボリュームが大幅に減少した金髪を指先と触手でなんとか整えながら(無駄な努力だったが)、ドンは戦場を突っ切った。地下通路の奥を目指しているらしい。
「逃がしませんよ!」
 テレジアがファミリアシュートを放つと、ドンの足元でオレンジ色の飛沫が四散した。動物形態のファミリアロッドに追跡用のカラボールを抱かせて攻撃したのだ。
 クロードも続けてカラーボールを投擲し、ドンの下半身をオレンジの斑で彩った。
「くそっ! またかよぉー!」
 下方に目を向けて、怒りと嘆きの声をあげるドン。
 その様子を見ながら、コマが『ケケケケケ!』と笑った。
「『また』ということは、他のチームにも同じような攻撃を受けたのでしょうか?」
 テレジアが首を傾げる。
「おそらくな。皆、考えることは同じ……」
 襤褸同然のドンの衣服の一部をクロードが指し示した。その箇所を濡らしている液体の正体は、ブラックライトに反応する塗料なのだろう。
「派手に染まったおかげで追跡が容易になったが――」
 カイウスが鉄塊剣でドンに斬りかかった。デストロイブレイドで怒りを付与し、戦場に足止めするために。
「――ここで仕留めれば、追跡の必要もない」
「いでぇー!?」
 情けない声が響いたが、それはドンではなく、彼をかばったオークが発したものだった。
 その健気なオークを含む三人の手下たちにドンが呼びかける。
「おめえら!」
「へい!」
「相手がケルベロスだからといって、恐れることはねえ!」
「へい!」
「おめえらなら、絶対に勝てる!」
「へい!」
「じゃあ、後は任せたぜ!」
「へぃ……え?」
 目がテンになっている手下たちを残して、ドンは走り去った。
「あいつ、くしなのところに行くつもりね」
 立ち尽くす手下たちの間から覗くドンの後ろ姿をクーリンが睨み付ける。
 ステインが歯噛みした。
「朝倉様の身になにかありましたら、囮捜査を進言した者の一人として申し訳が立ちません」
「おそらく、ドンはくしな君がケルベロスであることをまだ知らないでしょうがね」
 そう言って、ダリルがオークたちを見回した。
「まあ、心配していても始まりません。この邪魔者たちをさっさと蹴散らして――」
「――くしなを助けに行くぞ」
 カイウスが後を引き取り、哀れなオークたちめがけて鉄塊剣を振るった。

●豚の生殺し
 床一面がベッドのようになっているハーレム部屋。
 その中央で、後ろ手に縛られたくしなが横たわっていると――、
「うぉぉぉーっ!」
 ――扉を突き破らんばかりの勢いで(それでも入室後にしっかりと扉を閉めて鍵をかけるのは忘れずに)ドン・ピッグが現れた。両目は血走り、狂気に通じる恐慌の色を帯びている。危機感と性欲が爆発寸前になっているのだろう。
「足止めさせてる三人も、扉の前にいる見張りたちも、ケルベロスどもを食い止められやしねえだろう。奴らはすぐにやってくる。時間がねえ!」
 荒い息を吐きながら、ドンはくしなににじり寄っていく。
「こ、来ないで!」
 くしなは恐怖に身を竦ませる態を装って、その実、挑発的なポーズを取ってみせた。あいかわらず棒読みだが、ドンは気にしていないようだ。もう正常な判断力を失っているのだろう(あるいは素人くさい棒読み口調が却ってそそるかもしれない)。
「あぁ。私にあーんなことやこーんなことをするつもりなのね?」
「おうよ。三十秒で……いや、十五秒でおまえをやって、スッキリしてから逃げてやる」
「じゅ、十五秒?」
「自慢じゃねえが、俺っちは十秒ジャストでもいけるんだぜぇ」
 確かに自慢にはならない。
「ひいひい言わせてやらぁ!」
 そして、触手が踊り狂い――、
「ひぃぃぃぃーっ!」
 ――部屋中に響き渡った。
 ドンの悲鳴が。
 彼の体は壁にめりこんでいた。
「できるだけ時間を稼ぎたかったんですけどね」
 と、くしなが言った。縛られていたはずの手を突き出した姿勢で。ドラゴニアンの鋭い鱗で縄を断ち切り、降魔真拳をドンの顔面に食らわせたのだ。
「こ、このアマァ……なにしやがるんだ」
 ひしゃげた鼻面をなんとか元通りにしながら、ドンは壁の穴から抜け出した。
「なにって? やることは一つに決まってるじゃないですか。でも、回数は――」
 くしなはどこからともなくファミリアロッドを取り出し、ファミリアシュートを放った。
「――一回では済みませんよ!」
「くそったれっ!」
 毒づきながら攻撃を躱して、ドンは反撃に転じようとした。
 だが、思いとどまった。部屋の外から喧噪が聞こえてきたのだ。七人のケルベロスが駆けつけて、見張りたちと戦っているのだろう。
 ドンは素早く部屋の隅に後退し、厚いマットレスの端を蹴り上げた。
 その下に現れたのは、隠し階段。
「覚えてやがれ!」
 陳腐極まりない捨て台詞を残して、ドンは階段に逃げ込んだ。外の通路を通らずにこの階段を使っていれば、危険を犯すことなく入室することができたはずだが、それができない訳があったのだろう。
 暫しの間、くしなは逡巡した。ドンを追うべきか? 部屋の外に出て、仲間の援護をするべきか?
(「……ここは仲間を信じるべきですね」)
 意を決して、くしなは階段に飛び込んだ。

「女をなめたら、痛い目見るぜ? 死者の泉で後悔しろやぁ!」
 ステインの『パイルバンカー』(という名の右ストレートだが)によって、最後のオークの頭が砕け散る。
「ドン・ピッグ、覚悟!」
 涼子が扉を蹴破り、ハーレム部屋に突入した。他の者たちも後に続く。
 だが、中には誰もいなかった。
「あそこ!」
 クーリンが部屋の隅を指さす。
 隠し階段を見た一同はなにがあったかを瞬時に察し、躊躇することなくドンとくしなの追跡を開始した。四人のオークを倒した際にクーリンはアジトの地図を入手していたが、隠し階段の先の通路はそこに載っていなかった。手下にも教えていない秘密の抜け道なのだろう。とはいえ、ドンのものらしき血痕(時々、そこにオレンジ色が混じっていた)が点々と残っているので、道に迷うことはなかったが。
 しかし、すぐに立ち止まざるを得なくなった。
 通路が崩され、塞がれていたからだ。
 そこには、くしなが倒れていた。目を閉じ、血塗れになって。
 クロードが重い声で呟いた。
「遅かったか……」
「いえ、生きてますよ?」
 くしなの目が開いた。どうやら、体を染めている血の大半はドンの返り血らしい。
「やっぱり、一人では無理でした。『鬼貫光槍旋術の型(クシナ・ディアスパシィ)』も使ったのですけれど、躱されて顔に傷をつけるだけにとどまって……でも、深手は負わせましたよ。きっと、他のチームがとどめを……刺して……くれる……はず」
 くしなは再び意識を失った。
 ダリルが傍に寄り、血塗れの肢体にコートをかける。皮肉なことに、誘惑作戦をおこなっていた時よりも、しどけなく倒れている今のくしなのほうが色気に溢れていた。
(「オーク相手とはいえ、その魅力が羨ましいわ……」)
 労りの目でくしなを見つつ、ステインが心中で溜息をついた。
(「あぁーあ、どっかに色気が落ちてねえかなぁ」)

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月29日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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