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東京都足立区――マンホールの蓋を開け、下水道へとオークらは入り込む。
オークに連れられて歩くのは空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)。いくつかの隠し通路を抜けると、オークたちが安心したようにつぶやく。
「やっと着いたブヒ」
「ここがアンタらの家か?」
「家というか、アジトだブヒね」
言葉に、モカは周囲へ視線を巡らせる。
音の反響などから、アジトはかなりの広さになっているらしい。
部屋同士をつなぐのは隠し通路。見たところ壁や天井は脆いようだ。
「逃げようったって無駄ブヒよ。アジトの一番遠い部屋は3キロも離れてて、地図がないと他の部屋に移動も出来ないブヒ」
モカの様子に気付いてか、オークは言う。
「アジトのどっかの部屋が見つかっても、通路を崩して閉鎖すれば他のアジトは見つからない……天才的なシステムブヒ」
黙って、モカはその言葉を聞いていた――それに気をよくしてか、オークたちは自慢げに続ける。
「ここを陥落させるには、五か所も六か所も同時に攻め入られた時だけブヒ……ま、現実にはありえないブヒ」
「ドン・ピッグ様は超慎重派ブヒ」
そのような話を繰り広げるうち、オークたちは目当ての部屋へ着いたようで足を止める。
部屋一面がベッドになっている……モカは周囲を見渡すが、ベッド以外のものは何一つとして見付からない。
「ここは、ドン・ピッグ様のハーレム部屋ブヒ。ドン・ピッグ様の部屋からは、ここの部屋の様子は覗けるようになってるんだブヒ」
「ドン・ピッグ様は気に入った女の所に来るはずブヒ。ドン・ピッグ様に気に入られている間は、ドン・ピッグ様の相手をするブヒよ」
「ただ、そうじゃなくなったら……」
下品な笑み――気に入られなかったら、ドン・ピッグ以外全てのオークの相手をしてもらう、とオークは告げ。
「せいぜい、ドン・ピッグ様に気に入られるように頑張るブヒよ」
そう言い残して、モカをその部屋へと閉じ込めた。
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「ドン・ピッグのアジト潜入は成功したようだね」
高田・冴(シャドウエルフのヘリオライダー・en0048)は言い、彼女たちが連れ去られたルートを提示する。
「東京都足立区のマンホールから下水道に入った場所に、かなりの広範囲でアジトは作られている。移動手段は、彼らの作った秘密の通路だ」
彼女らは現在アジトに閉じ込められ、ドン・ピッグかオークたちの相手をする時を待っている。
「ドン・ピッグがどの女性を気に入るかは分からないが……囮となってくれた彼女たちを救出し、アジトのオークを殲滅して制圧、ドン・ピッグの撃破をして欲しい」
――しかし、ドン・ピッグは『超慎重』な性格。
自身の身の安全のためなら、配下を犠牲にすることも厭わないだろう。
「逃がさず撃破するためには、アジトに潜入する他のチームとも連携し、逃げ道を塞ぎながら追い込まなければいけないだろうね」
続いて、冴はアジトの状況を説明する。
「アジトにはたくさんのオークがいるが、場所がばれるのを恐れてか普段は3体から5体くらいの小さい群れで動いているらしい」
小さい群れのひとつが攻撃されても、オークたちは他のアジトに影響が出るのを防ぐことを優先する――戦闘中、援軍が来ることはまず起こらないだろう。
侵入者がオークの群れと戦っている間に隠し通路を崩し、侵入者をアジトから切り離す……というのが彼らの普段の作戦。
「だが、今回は一度に複数の方向から侵入し、そういった細工をする時間を奪ってしまおうと思う」
とはいえ、オークの殲滅や探索に時間を取られてしまえば、隠し通路を崩される恐れがある。
オークの撃破や移動は迅速に行い、対応の余裕を与えさせないことが大事になりそうだ。
「ドン・ピッグの配下のオークはあまり戦闘は得意ではない……ドン・ピッグも、オークにしては強いが、単体ならさほど脅威ではないはずだ」
ただ、配下のオークたちにとってドン・ピッグの命令は絶対。周囲に配下のいる状態のドン・ピッグの行動には、十分注意しなければいけない。
「さて、ドン・ピッグの行動だが――奴は、誘拐されたケルベロスたちを覗き見して、最も魅力的だった女性の部屋から順番に訪問しようとしている」
逃走においても、魅力的だった順番に、捕らえた女性の元へ逃げようとする習性を持つ――これを利用すれば、ドン・ピッグを追い詰めることが出来るかもしれない。
「ここに集まってくれたみんなは、空国・モカさんの救援に向かって欲しい」
連れ去られた経路は判明している。マンホールから下水道に入り、隠し通路を通って救出に向かって欲しい、と冴。
「他のメンバーを救出する班とは経路が違うから、別行動になる」
とはいえ、別の班も目的は同じ。
内部で合流する可能性は十分にあるだろう。
「説明は以上だ……放っておけば、囮の彼女たちの身が危ない。どうか彼女たちを救いだし、アジトを制圧した上でドン・ピッグを倒してきてくれ」
参加者 | |
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アンノ・クラウンフェイス(ちっぽけな謎・e00468) |
ジョーイ・ガーシュイン(地球人の鎧装騎兵・e00706) |
リーア・ツヴァイベルク(紫花を追う・e01765) |
遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166) |
空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709) |
芹沢・響(黒鉄の融合術士・e10525) |
ハインツ・エクハルト(ねこ派・e12606) |
豊田・姶玖亜(ヴァルキュリアのガンスリンガー・e29077) |
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巨大なベッドばかりが占める部屋に通されても、空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)の内心に動揺はない。
「ここでドン・ピッグ様を待つブヒ」
言い残して去るオークを見送るのは、悪趣味な部屋への溜息だ。
「女を待たせるのに退屈しのぎのテレビも置いてないのか。ここの家主はとんだケチ野郎だな」
言ってごろりとベッドに横になるモカ――怠惰なその姿は、扇情的な衣装の魅力を台無しにするものだ。
決してドン・ピッグの好みではないだろう態度を取るのは、ドン・ピッグの狙いをモカ以外に向けさせるため。
「マットレスも上等ではない。こういう所に金が使えないとは、家主は可哀想な経済観念を持っているみたいだな。おまけに――」
だらだらと文句を言い募るモカ……狙いが成功したことは、ドヤドヤと部屋に戻ってきたオークたちの姿で知れた。
「連れてきた時はエロくて良いと思ったのに、とんだ期待外れだブヒ」
「ドン・ピッグ様の触手もお前にはピクリともしないってことだブヒ」
わらわらと出現したオークたちを見渡して、モカはわずかに目を細める。
ドン・ピッグの狙いをこちらから逸らせる作戦は成功した――囮になるための努力は全て水泡に帰した形だが、予想していたことなのだから問題はない。
だが、仲間達の姿はまだ見えない。
(「遅いな、何かあったのか……いや」)
本来ならばもっと早い段階で仲間が来てくれているはずだったが、と思うモカは、自身の考え違いに気付く。
仲間が来るのが遅いのではない。
自分がドン・ピッグに見切られたのが、考えていたよりもずっと早かったのだ。
とはいえ、このまま仲間を待ち続けるのはオークたちが許しそうにはない。モカが迷わず氷の螺旋を放つと、オークどもは不満の声を上げながらも戦いの姿勢を取った。
「おいらの触手は戦うためのモンじゃねえってのに……!」
嘆くオークの言葉通り、戦闘に長けているわけではないオークの与えるダメージは大したものではない。
対するモカの攻撃は的確であり、鋭い――だというのに、戦いが進むにつれ、戦況はモカの不利に傾いていく。
拳がオークを突き飛ばしても、数体のオークが結託してその腕を戒める。
振り払っても振り払っても追いすがる触手に、モカの体力は削られていった。
(「準備不足だったか……」)
ドン・ピッグへのアピール方法、仲間と合流してからの行動は事前に決めていたし、決めた内容に問題はなかった。
しかし、今回の事件は『普通』の事件とは呼べない。
あらゆる事態を想定する柔軟さ、あるいは想定通りに事態を運ぶ緻密さが、少しばかり不足していた。
――とはいえ、一対多数のこの戦況は、事前に想定していたとしても覆せるものではない。
「傷は浅い、あなたはまだ戦えるはずだ。勇敢なる者に新緑の祝福を!」
己を鼓舞する声に従って大地の気脈が力を与える――だが、得た活力も無数の触手がたちまち奪ってしまう。
せめて仲間が現れるまでは……思って持ちこたえようとするモカの消耗は激しく、ついに足払いに姿勢を崩し、後頭部に打撃を受けてしまう。
「手間かけさせやがって……この分は、体で払ってもらうブヒ」
そんな声を最後に、モカの意識は闇に溶けた。
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「ノイズばかりだねー」
「ボクのケモミミシーバーも駄目みたいだ」
アンノ・クラウンフェイス(ちっぽけな謎・e00468)の言葉に応じたのは豊田・姶玖亜(ヴァルキュリアのガンスリンガー・e29077)。
他の班との連絡用にとトランシーバーを持ち込んだケルベロスたちだったが、その試みは失敗に終わってしまったようだ……ここからの道は、彼ら八名で切り開かなければならないだろう。
先頭に立つのはジョーイ・ガーシュイン(地球人の鎧装騎兵・e00706)。隠密気流を展開するジョーイの手には冥刀「魅剣働衡」が握られ、交戦の覚悟が窺えた。
囮となったケルベロスたちは六名。彼女たちの勇気に報いるためにも救出は必須――思うハインツ・エクハルト(ねこ派・e12606)は周囲を見回すが、今のところオークの姿はない。
静かに、そして慎重に進む歩みの中で、真っ先に異変に気付いたのは二体のサーヴァントだった。
「ヴェクさん?」
「どうしたんだよ?」
遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)のサーヴァント・ヴェクサシオンは毛を逆立て、芹沢・響(黒鉄の融合術士・e10525)のボクスドラゴン・黒彪も封印箱を内側から尾で叩いている。
ハインツのオルトロス・チビ助も鼻を鳴らし、喉の奥で低い声を上げていた。
何かを伝えようとする黒彪の様子に、響の顔には不安の影が差す。
――囚われたモカは、旅団の仲間。
まさか、彼女に何かあったのではないか――不安を裏付けるように聞こえてきたのは、戦いの音。
「戦いが始まっている……?」
リーア・ツヴァイベルク(紫花を追う・e01765)はつぶやき、音の方へ目を向ける。
他班との連携を取ることが出来ない今、判断はここにいるケルベロスたちに委ねられている……しかし、戦いを無視することは出来ない。
彼らは音のする場所に近付くほどに、戦いの激しさが感じられた。
急ぐケルベロスたちは、やがてその現場へと辿りつく。
――瞠目する瞳に宿るのは、嫌悪と怒り。
手数に押されて倒れ伏すモカへと迫るオークと触手の姿に。
「モカ!」
響の叫びに呼応して、黒彪は封印箱から飛び出てブレスを吹きつける。
オークへの殺意をあらわにするケルベロスたちを感じとったのか、モカが薄く目を開ける。
危ないところだったが、寸前ではあったのだろう。衣服ははだけているが、その肌は汚れてはいなかった。
「来たか、すまないな……」
言いかけたモカは、襲い来る触手に締め上げられて再び意識を失う。
その姿に、ケルベロスたちの殺意が一層膨らむ――戦いは、そのようにして始まった。
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「鳴け、花月鳥」
リーアの声に応じて現れた小鳥たちはむさくるしい部屋を飛び回り、雷の力でオークを爆砕する。
広範囲の攻撃にオークはたやすく吹っ飛び、壁にぶつかっては苦悶の声を上げていた。
戦力としてこのオークどもが大したことはない、という情報は正しいのだろう。彼らの武器は頭数だけ……ならば、とハインツは更なる爆破で敵を襲う。
チビ助も口にした剣でオークを引き裂くと、オークはくぐもった声を上げながらも触手を蠢かせる。
バイオガスを発生させる鞠緒へと迫る触手は、透明な汁でてらてらと光っている。ヴェクサシオンがそれを引き裂いたため攻撃を受けるには至らなかったが、その汚らわしさは見るに堪えない。
繁殖のために女を攫うオークに近付くことは努めて避けてきた……そんな鞠緒が今回オークと戦うと決めたのは、モカをはじめとする囮の女性達の勇敢さに心を惹かれたから。
「なのに、こんな――」
ブラックスライム『時空遊泳』は一体のオークが爆ぜるまで締め上げ、その怒りを体現する。
「ちょいと耳塞いでてくれや」
ジョーイの言葉にすぐさま応じる仲間達。
隙が生まれたと見えたのか、オークは彼らに襲い掛かろうとする――だが、ジョーイは肺と腹いっぱいに空気を吸い込み。
「……AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAGH!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
耳をつんざく悪魔のごとき声を発した。
悪魔の雄叫びにやられて動けなくなったオークも多い。
アンノが爆破スイッチで生み出した爆風に乗って響は炎を噴き上がらせ、姶玖亜もゾディアックソードを閃かせた。
「全く、モテモテじゃないか」
度重なる攻撃に逃げ惑うオークの一体へと、姶玖亜は笑いかけ。
「キミは罪な子豚ちゃんだよ」
断罪するかのように、凍れる斬撃を浴びせかけるのだった。
●
列攻撃で弱ったところを、強力な単体攻撃で仕留めて行く――オーク掃討は、実に順調に進んでいた。
元より実力者揃いのケルベロスたち、協力し合えば撃破は容易なことだった。
「【氷結の槍騎兵】と【悪戯猫の召喚】を除外し召喚! ぶった斬れ! 『蒼氷の猫武者』ッ!!」
響の叫びに出現したのは猫の姿を取る侍。氷属性の甲冑を鳴らしながら刀を一閃すれば、オークは抵抗も出来ず死に至る。
黒彪は封印箱の中へと身を滑らせ、内側からの力でオークに襲い掛かる。鋭角的な封印箱が顔に叩きこまれて倒れるオークはぴくりとも動かず、姶玖亜は戦場を弾幕で満たす。
動くことなど許さないかのような制圧射撃。命知らずにも動いたオークは心臓に弾丸を喰らって倒れ、動かずに耐え忍ぼうとしたオークも無視できない痛手を負っていた。
「耳を塞いでも無駄。種の魂を苛む歌だから……」
鞠緒の歌は悪夢のよう。禍々しさすら覚える声にオークの一人は痙攣し、ヴェクサシオンのリングがそこにトドメを刺した。
リーアの持つ簒奪者の鎌『喰獣』がオークに食らいつき、生命力を根こそぎ奪う。
「豚は豚らしく肉問屋に並んとけっての!」
声と共にジョーイが振り上げたのはチェーンソー剣。数体のオークが刃の餌食となってズタズタに引き裂かれ、そのまま動かなくなった。
オークの数はもはや多くはなく、運よく生き延びた者の間には動揺が走っている。逃走を意識しているのか、ちらちらと扉を見るオークの前にハインツが立ちはだかる。
逃走経路を阻まれて目を剥くオークの表情が滑稽で、アンノは思わず「あはっ」と笑い声を上げていた。
「悪いんだけど、キミたちみたいな下衆を見逃すわけにはいかないんだよね――」
『螺旋の指輪』に嵌め込まれた宝石を撫でれば、快楽エネルギーは霧となってハインツを癒す。
「――全員残らず消えてもらうよ」
告げるアンノが反転世界・【極壊】で攻撃に転化する必要がなかったように、ハインツが激励の鬨《蔦》で癒しに回る必要もなかった。
チビ助は地獄の瘴気を撒き散らし、ハインツのマインドリングから生まれた輝きが戦場に立つ全てのオークの元を駆け抜ける。
――いまだ立っていたオークの姿も、その光の元に掻き消え。
戦いは終わった。
「壊滅させることが出来たね」
言いながらもリーアの表情が晴れやかではないのは、モカの負った傷が深いためだ。
今はただ、モカの一日も早い回復と、他の囮たちの無事な救出……そして、ドン・ピッグの撃破を願うばかり。
「ここにドン・ピッグは来ないのですよね?」
ヴェクサシオンの毛並みを整えていた鞠緒の言葉にうなずいたのは響。
「ブッ飛ばしてやりてぇけど、ここにいても無駄だろうな」
ドン・ピッグの居所は分からないし、先の戦闘に気付いたオークが通路を崩している可能性も高い。
「オークを失って向こうも痛手だろうから、ここは撤退した方が良さそうかな」
姶玖亜が言って仲間を見やれば、アンノもうなずいて賛同する。
「そうだねー。後は他の皆に任せようか」
ドン・ピッグは倒さなければならない敵だが、それを果たすのがここにいるメンバーである必要はない……他の仲間達の活躍に期待して、ケルベロスたちは撤退を選択する。
「ったく、暴れ足りねェが……」
ジョーイは不満をあらわにしつつも、冷静に考えて撤退が良いことは理解していた。
ハインツはモカに外套をかけてやって、その身を支えながら出口を目指す。
――他の仲間がどこで何と戦っているのかは、分からない。
でも、きっと良い知らせが待っているはずだ……そう願って、ケルベロスたちは地上へと進むのだった。
作者:遠藤にんし |
重傷:空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709) 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年7月29日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
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