ドン・ピッグ決戦~籠の蝶

作者:雨屋鳥


 暗い空間をレベッカ・ハイドン(鎧装竜騎兵・e03392)は歩いている。マイクロミニのスカートにYシャツを結び下乳を覗かせるという無防備な体に湿った空気が纏わりつくようだ。
 ドン・ピッグの配下に拐かされた彼女は前後をオークに挟まれ下水道を歩いていた。こびりつくような異臭に鼻がろくに機能していない。
「随分と広いのね……」
「ブヒヒ、親父が使う隠れ家ブヒ」
 水を吸った海綿のような触手を彼女の内腿を這わせ粘液を擦り付けながらオークは答える。
 抵抗をしない彼女に気を良くしたオーク達はそれぞれに触手を彼女の体に絡ませながら、聞きもしない事を自慢げに話している。どうやら下水道に作った隠し通路は複数の部屋を繋いでおり、地図が無ければ他の部屋へと移動できない程複雑な構造となっているらしい。加えて広大で、遠いところであれば3km以上離れた部屋もあるとのことだ。
「それに隠し通路は簡単に崩落させられるブヒ。3つ4つ人間共に部屋の場所がばれてもすぐ閉鎖できるブヒヒヒ……っとここブヒね」
 立ち止まったオークは重そうな鉄扉を開きレベッカを中へと促した。踏み入れたレベッカはベッドを踏んだような沈み込む感覚にたたらを踏む。
 部屋の床は一面柔らかく、実際ベッドとしての役割を持っているのだろう。
「親父のハーレム部屋だブヒ。親父は色んな部屋に連れ込んだ女を監視して、気に入った女の部屋に行って子を孕ませるブヒ」
 ドン・ピッグに選ばれたならドン・ピッグの相手をする。
「そうじゃなくなったら、俺たちの相手をしてもらうブヒ」
 鉄の扉が閉まる。遠ざかる足音に紛れて、オークの気味の悪い笑いが聞こえてきた。
「ブヒヒ、好きなほうを選ぶがいいブヒ、ブヒヒヒ」
 残されたレベッカは、そうと悟られぬよう小さくため息をついた。


「ドン・ピッグのアジトへの潜入作戦は成功しました」
 ダンド・エリオン(オラトリオのヘリオライダー・en0145)が予知の中で知り得た道程を示した地下地図を張り出した。既存の地下水路から壁である部分にまで突き抜けて線が引かれているのが、オークの作った秘密通路だろう。
「ドン・ピッグがどの部屋へ現れるかは不明ですが、囮となった彼女たちを救出しアジトを制圧、ドン・ピッグを撃滅してください」
 ドン・ピッグは臆病な性格だ。自分の安全を何より優先し、配下を犠牲にしてでも逃亡を図る。
「今回は6チームに分かれての作戦です。連携を意識しつつ退路を上手く絶つ事が必要となるかもしれません」
 アジトの内部には3~5体程度の群れで行動するオークが多くいる。
 ドン・ピッグの配下である彼らは戦闘を得意としていない。そして保守的な行動をとる彼らは仲間が戦闘していると悟ると、その区画の通路を崩しその侵入を拒む行動をとる。
「ですが、今回は複数の隊の突入により隠し通路の細工をかく乱させる事ができる筈です。油断はできませんが、迅速に会敵したオークを撃破しその区画を抜ける事で探索不能という事態を回避できる算段です」
 ドン・ピッグ自身も強力ではあるが脅威とは言い切れない。
「配下のオークはドン・ピッグの命令には逆らえません。配下がいるときは注意を厳にお願いします」
 また、ドン・ピッグは捕らわれた女性の中から魅力的と感じた女性の処へと訪問する。逃亡先として選ぶ場所もその女性か、もしくは次に魅力的と感じた女性か。その習性も追い詰める手助けとなるかもしれない。
「皆さんにお願いしたいのは、レベッカ・ハイドンさんの救出です。侵入経路はこの通り」
 彼は地図を再び指さした。
「すでに判明しています。他の班とは経路が違いますが、救出後の探索の中で合流できることもあるかもしれません」
「彼女たちの囮のお陰で掴めたドン・ピッグのアジト。ここを逃せば、また多くの事件を起こすでしょう」
 ダンドは、少し語気を強めて言う。
「女性を脅かすオークの事件、ここで終止符を打ちましょう」


参加者
アシュヴィン・シュトゥルムフート(月夜に嗤う鬼・e00535)
マキナ・アルカディア(蒼銀の鋼乙女・e00701)
アイリ・ラピスティア(宵桜の刀剣士・e00717)
レベッカ・ハイドン(鎧装竜騎兵・e03392)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
メルーナ・ワードレン(小さな爆炎竜・e09280)
ローレン・ローヴェンドランテ(セカイは変わらない・e14818)

■リプレイ


 地下。下水道に作られたアジトの一角に三体のオーク達はいた。すぐそばに鉄の扉があり、それを守るように立っている。
 親玉であるドン・ピッグのものである人間を捕らえ逃げないようにするためなのだが、彼らは何かに耐えるように背の触手を蠢かし、苛立っているかのように鼻息を荒く足を踏みしめている。
 下水道の中にあるこの空間は、水音と何か小動物の駆ける音以外はしない。ただ今だけは聞きなれたその音の他に、彼らの耳を振るわせる音があった。
 微かな蜂蜜をかき混ぜるような粘った音と衣擦れ、そして隠す気を感じさせられない跳ねるような嬌声。彼らの本能を刺激するそれらが誘惑と忠誠の間で思考を揺さぶっていた。
 加えて、普通の浚った人間ならば逃げ出そうと暴れるか、打ちひしがれるか。消沈してくれる方が楽に済むのだが、かと言ってここまでこちらの意に沿われては更に気を散らす事となっていた。
 それは見張りを遂行する上では欠かせない、外部への警戒を損なわせていた。
 目の端で何かを捉えた。闇に慣れた目に遠くで翻る五指が映る。その事は分かった。ただ、数秒、それに気付いた一体はそれを軽んじて欲望を抑圧することに重きを置いてしまったのだ。
 一瞬の空白の後、違和に気づきそのオークが反射的にその方向へと視線を向けたときにはオークの視界は青白い光に染め上げられていた。
「て、敵ブヒっ!」
 凍てつく光線はオークの一体へと吸い込まれ、周囲の壁に霜を降らせてかき消えた。
 近くにいたオークが目を眩ませながら敵襲を告げると同時、体表に張る氷を砕きながら触手を蠢かせたオークの頭部に放電の点滅を壁に投射する槍が突き立ち、脳漿と血液を床にばら撒いた。
 リューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197)の槍に崩れ落ちた仲間の胴体を目で追う暇すら与えられない。
「仲間を返してもらうわ」
 極限まで最適化された剣閃が走り、粘液が散る。防御の要としても使っていた触手を切り飛ばされた仲間を見て、もう一体のオークは己を鼓舞するためか、危急を告げるためか、頭を天井へ向け胸を逸らし肺に空気を送り込んでいる。
 惨殺ナイフを握るマキナ・アルカディア(蒼銀の鋼乙女・e00701)によって防御を剥ぎ取られたオークに花弁のような霊気を散らす残霊刀が振り下ろされる。アイリ・ラピスティア(宵桜の刀剣士・e00717)の斬撃にオークの腕が斬り飛ばされ鮮血が周囲に浅黒い染みを作っていく。
 痛みに吠える寸前のオークの頭頂に、壁を蹴ったアシュヴィン・シュトゥルムフート(月夜に嗤う鬼・e00535)が流星の輝きを纏わせた脚撃を落とし、オークを地面に叩き付けた。声を上げることもなく、そのオークは息絶える。
 咆哮の準備を整えていたオークが動いた。
「だめだよ」
 だが、周囲に散ったオークの血が簡素な槍の形をなして無防備にも晒された喉笛を貫き、その発声を阻む。
「静かにしないとね」
 手を触れる事なくオークの血を操ったサングラスの女性、ローレン・ローヴェンドランテ(セカイは変わらない・e14818)が言う。
「ブグ……っ」
 ローレンを睨んだオークは触手で血の槍を掴みそれらを砕き折った所で猛然と振るわれた鉄塊剣に吹き飛び、ただの肉塊となって転がった。
 小さな体で剛力を見せたメルーナ・ワードレン(小さな爆炎竜・e09280)は鉄塊剣を下すと、じっと耳を澄ませる。
 崩落の音は聞こえない。
「ここまでは順調だな」
 初撃、フロストレーザーを放った玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)が呟いて鉄扉を見る。その向こうでは仲間が捕らわれているはずだ。
「間に合っているといいが」
 扉は外からであれば鍵を開けられるようになっている。おそらく中からは開けられないのだろう。
 彼らが鉄の戸を開く。その先で見たものは。


 レベッカ・ハイドン(鎧装竜騎兵・e03392)はただでさえ無防備であった服装をさらに乱している。体の正面で結んでいたシャツの端を解いて隠れているのは腰と腕だけといってもいい状態だ。
 厚いマットレスが幾つも引かれている部屋には何もない。灯りも薄暗く、よく言えばムードがあるとも言えるだろうか。それも悪臭が無ければ、だが。
 ともあれ捕らわれの身である彼女は、オークに入れられた部屋で暇を弄ぶように自らの体に指を這わせていたが、ふと軽い振動を感じてその手を止める。
「……?」
 疑問を浮かべたレベッカがその振動の元である地点を見ると、厚いマットレスが見えない手に引っ張られるように盛り上がっている最中だった。
 放り投げるようにマットレスが部屋の隅に投げ上げられ、穴の開いた床から一体のオークが姿を現した。
「あのアマ……っ」
 自慢だっただろうモヒカンは威厳など微塵も感じられない程不格好にちぎられ、下半身はペイントボールの塗料によってオレンジの斑が浮かんでいる。服はもはや襤褸をまとっているようにしか見えず、ズボンが破れて丸見えになった尻には情けなく気咬弾の傷跡がついていた。
 ドン・ピッグは顔に並んで刻まれた三本の裂傷を抑え悪態をつく。まるで巨大な生物の爪に割かれたような傷跡だが、実際は追撃した女性ケルベロスがつけたものだ。
「クソ……思いっきり突き刺そうとしやがって……」
「変なところから現れるのね?」
 床からという想定外の登場をしたドン・ピッグにレベッカは純粋な感想を漏らしながら近寄っていく。
 彼の身に起こった事など想像に難くはなかったが、それでもレベッカは困惑した表情を浮かべて、油断を誘う。
「凄い傷……っね!?」
 そうして、近づいた彼女の体を焦りと怒りの混ざる視線で舐めたドン・ピッグは、触手で彼女の体を柔らかい床に押し倒した。
「あいつら、くそ、ケルベロスが、逃げるにゃ、部下共、俺っちが、通路を、折角、クソ、いや、クソ……クソクソ……っ、落ち着けクールに……そうだクールになりゃどうにかなる」
 ドン・ピッグは取り留めもない言葉を零すと二、三度匂いを嗅ぐように鼻を鳴らし、レベッカの体にのしかかった。彼女の体は触手に締め上げられ、纏う粘液で汚していく。
「あぁ、一発やりゃ落ち着く……っ」
「ん、さっそく始める、の? 逃げる、なら一緒に行くわよ?」
 背中や首にまで絡みついて粘液を擦り付ける触手に声を引き攣らせながら受け入れるように笑みを浮かべたレベッカ。
「……っ」
 対するドン・ピッグは、ただ相手に言葉を掛けられた、それだけに苛立ちを募らせて拳を振り上げる。
 焦りと不安に余裕を無くしたドン・ピッグの思考には自らの肉欲を満たすことしかなかった。
 触手に絡み取られ身動きの取れないレベッカに迫る腕は、柔い頬に赤黒い痣を作り出すその直前で、飛び込んだ小さな光の輪に弾かれた。


 無事であったレベッカの姿に安堵したケルベロス達はこの奇襲のために、すぐさま部屋に潜んでいた。
「豚は鳴き声以外食べられるっていうけども」
「……っ!」
 声もなく、弾かれるように飛び退こうとしたドン・ピッグの体が宙に固定されたように急制動する。レベッカが絡んでいた触手を引いてその挙動を阻んでいた。
「お前たちはどこを食っても不味そうだな」
 その声は部屋の端にいた二匹の猫のような獣、その黒い一匹から聞こえていた。また違う方向から遠吠えが響く。
 同じく部屋の隅の陰に身を潜ませていた小さな銀狼が一吠えすると、ドン・ピッグへと駆け出し、瞬く間にその姿を人型へと変じる。
「逃す訳にはいかないっ!」
 リューディガーが体に纏わせるオーラから放った弾丸を、ドン・ピッグはレベッカの引く触手に自ら着弾させると自由を得て、直後床に開いた穴へと向かって走り出した。
 その背にリューディガーと同様に動物の姿から戻った陣内が放った凍結の光が襲うが、消耗した上で軽いはずも無いダメージにも足を緩めずただ逃亡を図る。
「前回の様に安全地帯、とはいかないわ」
 だが、直前に隠し通路から出てきたドン・ピッグを易々と再び同じ通路から逃がす訳はない。薄闇に隠れながらも彼らはドン・ピッグの動きを注視していたのだ。
 ケルベロス達はすでに隠密を解いてドン・ピッグの包囲を完成させていた。
「こんなに綺麗な人がいるのに逃げるなんて、ただのオーク以下じゃないの?」
 マキナの惨殺ナイフがその腕をもぎ取り、ローレンのナイフが脚を切り飛ばした。倒れ込む体をアイリの刀刃が裂いて抜け穴から遠ざけるように転がす。
「此処が年貢の納め時、だよ」
 アイリは片腕で身を起こそうとするドン・ピッグに一枚の紙を見せる。その紙にはドン・ピッグの姿絵が描かれていた。暫くの間であれば被写体のいる方向を知ることが出来る。その効果をドン・ピッグが知っているかは分からないが、何かしら仕掛けがあると気づいたのだろう。
 それにドンピッグは触手を伸ばすが、その触手もアシュヴィンの放った影の弾丸が食いちぎる。
「大人しく……っ」
 だが、アシュヴィンの言葉も無駄とばかりに聞き流していた。触手すらも囮に使ったらしいドン・ピッグは残る触手を足代わりに体を運ぶ。
「……っぐ、くそっく……っ」
「殴ろうなんてひどいじゃない」
 穴の前にレベッカが立っている。まるで逃げるドン・ピッグを迎え入れるように構えたアームドフォートの全砲門が開き、彼に狙いを定めている。
 逃げ切れる目が、無い。思い付かないでもなく、頭が回らないでもなく、逃げきれないとはっきりと結論を彼は彼自身に導き出していた。
「まだ、だ……まだ誰もコマせぁ――ァ、ギ、ャアアァァアっ!!」
 その言葉は、絶叫の中に消えた。動きの止まったドン・ピッグの背中に全身を煌々と地獄に滾らせたメルーナが鉄塊剣を深々と突き刺したのだ。
「ほんと、どこまでも下劣な豚ね!」
 突き立った剣は火竜の牙のようにその体を焼き尽くす。
 広くない部屋に響いていた水火の叫びが唐突に途切れた。メルーナは黒炭と見紛う体から鉄塊剣を引き抜く。
 原型が分かるのは無様に千切れたモヒカンの残る頭部だけだった。


「満身創痍でしたね」
 口調を普段の物へと戻したレベッカが言う。ドン・ピッグがこの部屋に現れた時点で、かなりの負傷が見て取れた。ここへ来る前にケルベロス達に追い詰められていたはずだ。ドン・ピッグから目を離すまいと観察していたアシュヴィンが彼女に肯定を返す。
「ああ、他の班に感謝しなくてはな」
「もっとボコボコにしたかった気もするけどね」
「それは他の方たちがやってくれたって事で」
 メルーナが部屋を出ながら揚々と言ったセリフにローレンが返す。互いに戦いを好む女性達だが、ローレンはオークへの忌避感が強かったようだ。
 これで、とマキナが黒く消えていくオークの姿を見つつ言う。
「ドン・ピッグの被害に遭う人はいなくなったわね」
「そうだね、結局これも使わずにすんでよかったよ」
 マキナの言葉にアイリが手に広げていたドン・ピッグの姿を描いた紙をぐしゃぐしゃと丸める。いまだ効果時間内ではあるが、その反応はどこにも感じられない。もう用済みだ。
 複雑すぎて解読に時間がかかりそうだった地図も一緒に丸める。よく作ったものだと感心すら覚える。
「テビチ、ソーキ……違うな、近いのは……ジューか?」
 陣内がぶつぶつと呟き、ふと声を上げる。
「あ、ラフテー食べたいな」
 ラフテーとは、いわば沖縄風の豚の角煮だ。
「レベッカ、ちょっと待ってくれ」
 陣内が走り回ったせいか静かに空腹を訴えた横で、リューディガーが帰ろうとするレベッカに声をかけた。
「……そのまま帰るのか?」
 彼女の姿は、ともすれば下着姿のほうが健全ではないかと思うほど露出が際どい。更に言えばオークの粘液にまみれている。警官としての意識が強い彼はそのまま人目に付かせるわけにはいかないと考える。のだが。
「まあ、そうなります……ね?」
 小首をかしげた彼女にリューディガーが悩ましげに額を抑える。
 地上に出たときにヘリオンがすぐ来てくれればいいが、と彼は祈りを捧げた。

作者:雨屋鳥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月29日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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