深夜、しとしとと雨が降る岩場に、敗残のローカストの一群が集っていた。
ヴェスヴァネット・レイダー率いる、不退転のローカストたちだ。
彼らは、太陽神アポロンより、黙示録騎蝗の尖兵となり、今後の戦いのために必要な大量のグラビティ・チェインの獲得を命じられたのだ。
それは、単騎で人間の町に攻め入り多くの人間を殺して可能な限り多くのグラビティ・チェインを太陽神アポロンに捧げるという、生還を前提としない、決死の作戦であった。
「戦いに敗北してゲートを失ったローカストは、最早レギオンレイドに帰還する事は出来なくなった! これは、ローカストの敗北を意味するのか?」
不退転侵略部隊リーダー、ヴェスヴァネット・レイダーが、声を張り上げる。
この問いに、隊員達は、『否っ!』と声を揃えた。
「不退転侵略部隊は、もとよりレギオンレイドに戻らぬ覚悟であった」
「ならば、ゲートなど不要」
「このグラビティ・チェイン溢れる地球を支配し、太陽神アポロンに捧げるのだ」
「太陽神アポロンならば、この地球を第二のレギオンレイドとする事もできるだろう」
「その為に、我等不退転ローカストは死なねばならぬ」
「全ては、黙示録騎蝗成就の為に!」
「おぉぉぉ!」
意気軒高な不退転ローカストに、指揮官ヴェスヴァネットも拳を振り上げて応える。
「これより、不退転侵略部隊は、最終作戦を開始する。もはや、二度と会う事はあるまいが、ここにいる全員が、不退転部隊の名に恥じぬ戦いと死を迎える事を信じている。全ては、黙示録騎蝗成就の為に!」
このヴェスヴァネットの檄を受け、不退転侵略部隊のローカスト達は、1体、また1体と移動を開始していく。
不退転部隊の最後の戦いが始まろうとしていた。
「皆さん、ローカスト・ウォーお疲れ様でした。勝ててほんま良かった思います」
そう言って微笑んだ河内・山河(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0106)だが、それも一瞬。すぐに引き締まった表情を見せる。
撤退した太陽神アポロンがローカストの軍勢を動かそうとしているのだという。
「最初に動き出したのは、ヴェスヴァネット・レイダー率いる不退転侵略部隊。太陽神アポロンはこの部隊をグラビティ・チェインを集める為の捨て駒にするつもりみたいです」
不退転侵略部隊は1体ずつ別々の都市に出撃し、ケルベロスに倒される直前まで人間の虐殺を続ける。
予知にあった場所の住民を避難させることはできない。避難させてしまえば違う場所が狙われてしまうからだ。つまり、被害を完全に抑えることはできない。
説明を続ける山河の表情は苦い。
「せやけど、不退転侵略部隊が人間の虐殺を行うのは太陽神アポロンのコントロールによるもので、彼らの本意ではありません」
不退転部隊のローカストに正々堂々と戦いを挑み、誇りある戦いをするように説得する。それが叶えばケルベロスと戦う道を選択してくれるはずだ。
不退転部隊は決して降伏することなく、死の間際まで戦い続ける。逃走という考えも存在しない。
「激しい戦いになると思いますけど、彼らに勝ってください」
山河が予知した出現場所は大阪府の堺市。
現れる数は1。
ローカストらしく昆虫に似た姿をしているが、そこからさらに機械的な外見をしている。
ソーラーパネルのような2対の羽にメタリックな青銀の体を持つトンボ型だ。右手には赤く輝くバトルガントレットを装備している。
使用するグラビティは3つ。羽をこすり合わせての破壊音波、体内のアルミニウム生命体を解放しての回復と強化、そして指天殺。
「彼らは死を覚悟しています。撤退も降伏も選択肢にないでしょう。……どうか、出来るだけ多くの人を守ってください。お願いします」
そう言って山河はぺこりと頭を下げたのであった。
参加者 | |
---|---|
星黎殿・ユル(聖絶パラディオン・e00347) |
シルフィリアス・セレナーデ(魔法少女ウィスタリアシルフィ・e00583) |
ジド・ケルン(レプリカントの鎧装騎兵・e03409) |
ライゼル・ノアール(偽りの面貌・e04196) |
久遠・征夫(静寂好きな喧嘩囃子・e07214) |
風鈴・響(ウェアライダールーヴ・e07931) |
鳴門・潮流(渦潮忍者・e15900) |
アニマリア・スノーフレーク(疑惑の十一歳児・e16108) |
●誇りもて
時は夕暮れ時。
アニマリア・スノーフレーク(疑惑の十一歳児・e16108)は眼前の光景に眉を顰めた。
混乱し、逃げ惑う人々の中心で一人の男性が血の海に沈んでいた。ローカストの赤銀の拳にはぬるりとした血液が付着している。その周囲にもまた、同じように数人が倒れている。
悲鳴と怒声に押されながらも、アニマリアから事前に連絡を受けた警察が懸命に避難を促している。要請通りとまではいかなかったものの、彼らの助けがあるのとないのとでは随分と差がある。
ローカストの真正面に立った久遠・征夫(静寂好きな喧嘩囃子・e07214)はバッと翼を広げた。
「私はケルベロス。久遠征夫です」
凛とした姿は人々に規律を取り戻させた。未だ悲鳴はあれど、無秩序だった人々の流れが変わる。
鳴門・潮流(渦潮忍者・e15900)も征夫の隣に立ち、名乗りを上げた。
「同じく、鳴門潮流です」
「ボクはライゼル……好きにはさせない!」
「魔法少女ウィスタリア☆シルフィ参上っす。ここから先は行かせるわけにはいかないっす!」
可愛く決めポーズしたシルフィリアス・セレナーデ(魔法少女ウィスタリアシルフィ・e00583)と、ライゼル・ノアール(偽りの面貌・e04196)も立ちはだかる。
しかし。
ローカストは4人のケルベロスと1体のサーヴァントからくるりと背を向けた。ケルベロスがいることなど関係ないとトンボの羽を持つ背中が語っている。
滑るように走ったローカストが目指したのは転んでしまった女の子とその母親。
「駄目だ!」
どう急いでも間に合わない。風鈴・響(ウェアライダールーヴ・e07931)が悲鳴を上げたその時。
「させないっ!」
両手を広げた星黎殿・ユル(聖絶パラディオン・e00347)が間に割って入った。
邪魔者の姿を目にしたローカストはすかさず減速し反転。新たな獲物へと向かおうとするが、ジド・ケルン(レプリカントの鎧装騎兵・e03409)の低い声がオレンジ色に染まる交差点に響き渡る。
「異星の戦士よ。逃げ惑う弱き人々の背を撃つか、貴様らローカストを退けた我々ケルベロスと正面から戦うか。貴様の戦士としての誇りは、どちらを選ぶ?」
その言葉にローカストはぴたりと動きを止めた。
「不退転ローカスト達は『全ては、困窮する同胞達の為に』を胸に常に誇りを持ち同胞のために戦っていました」
潮流の落ち着いた声。ローカストが振り返った。
すっと征夫が一歩前に出る。夕陽のオレンジが眼鏡を覆い、その奥にある瞳を隠している。
「私も黄金の不退転部隊を倒した者から聞きました。彼等は最後まで見事な武人としてケルベロスと戦って散っていったと」
黄金の不退転部隊と対峙し、勝利した面々の1人――所属する旅団の長の姿が脳裏を過る。
ローカストが2対の羽をふるりと震わせた。
「そうか……。奴らは、我が同胞達は誇りと共に逝けたか……」
「彼等の最後を同じ不退転部隊がその名をただの虐殺者に落とすのは止めて下さい、少なくとも落とす気が無いのなら……同じ武人として後悔無き一戦を」
「なればこそだ」
夕陽を背にしたローカストの顔は影になっていて表情は窺い知れない。もとより無機質な体だ。感情が顔に現れることはないだろう。しかし、響にはローカストが泣いているように見えた。
●武人として
「我らの後ろには多くのローカストがいる。帰れぬ我らに道は無い」
「では何故、私達の言葉に耳を傾けるのか?」
ジドのルーンブレイドの石突がアスファルトを打つ。カッと響いたその音は、ローカストの迷いを断ち切らんとしている。
「逃げ惑う弱き人々の背を撃つか、貴様らローカストを退けた我々ケルベロスと正面から戦うか。貴様の戦士としての誇りは、どちらを選ぶ?」
「我らは……我々は……!」
使命と誇りの間で揺れ、苛立つローカスト。
そこに風が駆け抜けていった。
「種を賭けた生存競争で戦う時や場所は選べないかもしれないけど、戦士ならば戦い方と誇りぐらいは最後の最後まで失ってはいけないものじゃないかな?」
風に水色の髪を浚われながらもユルは真摯に訴える。青の瞳が真っすぐに青銀のローカストを見つめている。
潮流が忍者刀をするりと鞘から抜き放った。ローカストへと向けた刃に、まだ敵意は乗っていない。代わりにあるのは戦うものとしての誇りだ。
「一般市民を虐殺するのが真に誇りある戦いでしょうか? 止まれとはいいません。引けとも言いません。ですが不退転部隊の方々とは誇りある戦士として戦いたい」
途端、ローカストはバッと羽を広げた。その姿はしがらみを振り切った戦士のものだ。
「よく、言ってくれた」
赤銀のバトルガントレットを高々と掲げ、ローカストは構えた。ケルベロスも身構える。
間近に迫る戦闘の為に、ジドのアームドフォートがガコンと音を立てた。
「死をも恐れぬ不退転の覚悟を、私に見せてくれ!」
「ああ、見せてやろう。我らは戦士。不退転部隊の名に恥じぬ戦いと死へと突き進もう!」
「鎖よ……ボク達に勝利を」
「いくっすよー」
ライゼルの小さな祈りを背にシルフィリアスが駆けだす。
その頭上でアニマリアのチャイナドレスが動きに合わせてひらりと舞う。
流星の煌きと重力を宿した跳び蹴りが、ソーラーパネルのようなローカストの羽を炸裂した。着地した瞬間、ローカストの視線とアニマリアの視線が交錯する。
「何故アポロンに忠誠を? 素敵なのか、唯一の力を持つとか理由があるんです?」
先の戦争での指揮はお世辞にも良いものとは思えなかったからこそのアニマリアの問い。
「レギオンレイドに戻れぬ我らは進むしかない」
ローカストは羽を小刻みに振動させながら飛び退いた。
「太陽神アポロンならば地球を第二のレギオンレイドにも出来よう! さすれば多くの同胞がっ! 困窮の道に残された同胞達にも新たな道が開かれる! その為に我らは捨て石となったのだっ!」
シャッと地を滑る響の足が炎を纏い青銀の体を裂く。
すかさず離れた響を追うことなく、ローカストは拳を振るい、体内のアルミニウム生命体を解放した。見る間に金属の鎧がローカストを包む。
「我が魔力、汝、救国の聖女たる御身に捧げ、其の戦旗を以て、我等が軍へ、勝利の栄光を齎さん!」
ユルの呼びかけに応じた聖女のエネルギー体が大きく戦旗を振るう。
旗が一度、二度とはためく。その間に悪しき力を払いのける力を得た征夫は左手の刀を地面に突き刺し、駆けた。
「切れずとも潰すっ! 壱の太刀熨斗紙ッ!」
右手に残した一振りで全身全霊の唐竹割を繰り出す。
「ぐっ!」
強力な一撃をその身に受けたローカストの苦悶の声を聞きながら、征夫は反動を利用して地面に刺した刀のもとへと戻り、引き抜いた。
「守護の鎖よ。ここに!」
ライゼルが地獄化した腕を掲げる。頑強な鎖が幾重にも巻き付き、ライゼルを包む。
仲間と攻撃を合わせることが出来ないライゼルの、唯一連携をとれる相手たるビハインド『クサリサ』のポルターガイストがローカストを襲う。
同じように仲間と連携が取れないシルフィリアスは仲間と攻撃を重ねることを諦め、杖の先端から雷を放った。
「がんがんいくっすー!」
自身へと走る雷に拳を打ち付け、相殺したローカストはタンッと跳び上がり信号機の上へ。
その後を追って潮流もアスファルトを蹴った。
「紫電に巻かれ、跪け! 貴様の誇りと共に!」
巫術で腕に纏わせた紫電がローカストの胴を打った。衝撃で信号機の上から吹き飛ばされながらもローカストは空中で反転し体勢を整える。
ジドが腕を一振りすると、6体のドローンが出現する。夕焼けの下、グラビティで作られた小型治療無人機は最前に立つ者へと飛んでいった。
●決死の覚悟を
数分の攻防を経て、敵味方問わず戦場を駆ける全員が傷ついていく。
『守』に重きを置いたのがライゼルただ一人であることがケルベロスの傷を深くした。しかし、ジドの回復とユルとアニマリアのサポートが的確であったことが強く影響し、戦いの天秤はケルベロス側に傾いている。
羽をこすり合わせ放たれた破壊音波を受け、征夫の体がふらつく。歯を食いしばり、己を叱咤した。
己の意志を汲んでくれた潮流に応える為にも最後まで戦い抜かなくてはいけない。先の戦争で攻めきれなかった因縁の始末をここでつけなくてはいけない。
「まだまだっ……終れるかっ!」
裂帛の叫び、その何と力強いことか。
ローカストが笑った。嘲りも悲哀の色もなく、ただ高らかに笑った。
「礼を言おう」
響とライドキャリバー『ヘルトブリーゼ』の攻撃を素早く避けたローカストは刹那、足を止めた。
「誇りと共に戦って死ねる。我らにこれ以上の喜びは無い」
歓喜がにじみ出る声音に潮流はひそり、息を吐く。
ゲートがとしてなお戦い、死すら恐れないなど厄介な話だ。つくづく征夫がいてくれて良かったと思う。心強い限りだ。
変形させた刃で鋼の体に斬りかかり、火花を散らす。刃が描いた軌跡は複雑で、ローカストを苛んでいた状態異常の浸透を促した。
ガラスの靴に物質の時間を凍結する力を付与したアニマリアが畳みかけた。正確無比な一撃によろめくローカスト。
蹴りをくらわせた勢いのままに滑りながらも、再び問いを投げかける。
「もし死ぬ時『今死ぬか、一年後に死ぬか』選べるとして生き恥を晒しても成し遂げたい目的ってありますか?」
「愚問だな。貴様は、我らが名を忘れたか?」
ボロボロになった羽。傷ばかりが目立つ体。
それでもローカストは逃げない。最期の一瞬まで戦うのだと強い意志を持って、ケルベロスと戦うことを選んだのだから。
「我は不退転のローカスト。降伏など存在しない。我らが生きる為の道は、勝利を得て生き残ることのみだっ!」
拳を掲げて駆けるローカストにシルフィリアスは杖の切っ先を向ける。
「これでもくらえっすー。グリューエンシュトラール!」
シルフィリアスは集めた魔力を光と共に放出。避けるべく地面を蹴ろうとしたローカストだが、足がその意思を離れた。回避はかなわず、エネルギーの塊をその身に受ける。
ユルの白衣がひらめく。瞳には僅かな憂いの色。この一撃が最後となるだろう。
ばらまくように放ったクレジットカード型のシャーマンズカードに御業が宿る。御業から炎が放たれる瞬間を見つめながら、ユルは言った。
「聞いとくけど……介錯か言伝は必要かな?」
「無用だ。最後まで戦うのが我らだ」
「そっか。なら最後に言わせてもらうよ。ボクは、捨て駒って言うのは気に入らないかな」
僅かな間に交わした言葉を最後に、ローカストは炎に包まれながら崩れ落ちていく。
地面に倒れ伏すまでを見守り、ジドが呟いた。
「不退転の覚悟、この目でしかと見させてもらった」
周囲の被害を確認したアニマリアと征夫がヒールを行う。抉れた地面や曲がってしまった信号機は修復されたものの、失われた命は取り戻せない。
倒れ伏したままの人々。潮流がそっと開かれたままの瞼を閉ざしてやった。
征夫はぎりっと拳を握りしめた。
「あああああああああああああああああああああああああああああ!!」
沈み行く夕陽の中、吐き出すような男の叫びが交差点に響き渡った。
作者:こーや |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年7月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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