黙示録騎蝗～序、決死

■リプレイ

●誇りに問う
　咽かえるような朱の香に、泉賀・壬蔭（紅蓮の炎を纏いし者・e00386）はくっと眉根を寄せた。けれど男の足は止まることなく、むしろ一気に加速し。べちゃりと足元を温く唄わせ、幼い子供を抱えた母親の前に走り込む。
「っ！」
　唐突に現れた障害物に、機械の羽を持つ虫の異形が反転する。目に留まる、腰が抜けたのか動けずにいる若い女。だが一歩を踏み出すより先に、御子神・宵一（御先稲荷・e02829）の長い漆黒の髪がローカストの鼻先を踊った。
「不退転部隊のヒトだね。僕はケルベロス、ウォーレン・ホリィウッド――地球の守護者だ」
　次なる得物を探し再び巡らされた視線の前に、ウォーレン・ホリィウッド（ホーリーロック・e00813）が立ち塞がる。
「僕達が来たからにはこれ以上人々に手出しはさせない。こちらも退く気は無い、全身全力で相手になる」
「同じく壬生雪――番犬として、一人の武人として、馳せ参じました。力無き人々を一方的に虐げ、自らの誇りさえも殺す様な行い……武人としての貴方は、本当にそれで良いのですか」
　壬蔭、宵一、そしてウォーレン。三者が囲った三方の隙をやや後方で補う位置に凛と立つ王生・雪（天花・e15842）の瞳には、常より強い光が浮かぶ。その真っ直ぐに敵を射抜く視線と平行に駆けたのは吉柳・泰明（青嵐・e01433）だ。
「番犬が一員、吉柳泰明。金甲のフーガとも直接刃交えた者だ」
　流麗に和の衣の裾を靡かせ包囲網に加わる泰明の声に、尚もグラビティ・チェインを求めるようとする災禍の動きが僅かに鈍る。
「彼の武人は最期まで誇り高く、我らと真向から戦い抜いた。その最期に恥じぬよう、何より己が矜持に恥じぬよう、今一度貴殿自身の意志の在処を問いたい」
　否、泰明の声にだけ反応したのではない。虐殺を止めようとする全ての声の蓄積が、強いられた命を果たそうとする者の意識を惹きつけ始めているのだ。
「先の戦争で生き残った敗残兵達か……死を恐れぬ死兵ほど恐ろしいものは無いですね……」
　ジロリ。
　誰に聞かせるでもないラインハルト・リッチモンド（紅の餓狼・e00956）の呟きに、ローカストの目線が注がれる。おそらくラインハルトが発した言葉を聞き取ったわけではないのだろう。むしろ、聞こえなかったからこそ、張り上げられる音以上の興味を惹いたのかもしれない。
　敢えて的を外した居合術。放った刃を鞘へ納め、鐺を地に、頭へ両手を添えてラインハルトは尋ねる。
「僕の名はラインハルト、先の戦争を戦い抜けた者だ……戦士よ、貴公に戦いを挑みたい。受け入れてくれるか？」
　されど殺戮者は黙した侭。だが、それも時間の問題。待望の反応は、泰然自若と構えた草間・影士（焔拳・e05971）の問いで訪れた。
「俺は草間影士、ケルベロスの戦士だ。誇りある戦士なら名前くらいは教えてもらおう」
「……名など、捨てた」
「捨てた？」
「死すべき命、名など不要」
　重ねた疑問符に対する応えは迷いなく。故にこそ、此処を死地と定めた戦士の覚悟が知れる。
「俺は人々の命を守るのが役目だが。獣のようなやつとの戦いは本意じゃない。そっちも戦いに勝敗以外の意義や誇りを見出す方と見えるが？」
　だからこそ、すかさず言い連ねた影士のように、ケルベロス達は不退転部隊の誇りに問うた。
　毅然と、刃を交える事さえ控え。それだけの敬意を見せつけて。
「君は弱い者を一方的に蹂躙するのが好みなのかな？　違うなら……ローカストの戦士としての誇りがあるなら、まずは私達と正々堂々の勝負を君に挑むんだよ」
　目は完全に足を止めたローカストへ、意識はざわつきながらも状況を理解しつつある周囲の人々へ馳せ、タージェ・シャルトルーズ（風巻のソードダンサー・e21560）も訴えた。
「――」
　小刻みに震える手は、誘惑に――魂の衝動に抗うよう。
「志、高き者とお見受けするが……今、貴方が実施しようとする行動は志の欠片も感じられないがそれでも良いのか？　我等ケルベロスと真っ向勝負して勝敗を決してこそ、真の騎士の姿ではないか？」
　その姿を間近に、壬蔭が言葉の追い打ちをかける。
「俺達は知っています。先行した黄金ローカスト部隊も死を恐れず果敢に戦い、最期も恨み事等無く、むしろ同胞達に詫びていた事を」
　ここまで沈黙を通した宵一は、彼らの誇りの一部が守り続けられている事を伝えた。ザワリ肌を撫でた異質な気配は、きっと表に出ない機微の顕れ。
「同胞の為故郷すら捨てるその献身は並々ならぬ覚悟だと思います。だからこそ使い捨てられる駒や一兵器としてではなく、一人の戦士としての貴方と戦いたい」
「どうか同じ不退転の志を持つ者や、自身の心にも誇れる戦いを」
　望みを、願いを紡ぐ宵一と雪。
「俺たちも同じ覚悟を以て応えると誓おう」
　次いだ泰明の宣言に、不退転の志が遂に大きく動いた。
「――承知」
　短い一言は、しかし状況の変化を如実に物語り。
「いざ尋常に、勝負だ！」
「こっちは私たちに任せて！　みんなはその間に逃げて欲しいんだよ」
　ウォーレンは『戦士』へ向かって一歩を踏み出し、タージェは戦場に背を向けると震える人々の元へと駆け出した。

●命賭し
　低く宙を翔けた異形の角は、最も彼の意識を惹いたのだろう泰明を深く貫いた。
「――っ」
　護りに堅い敵ながら、流石に決死の覚悟を決めた武人。苛烈な一撃は、盾を担う泰明の膝に重く響く。
（「流石に強いな」）
　白昼の大気に稲光を奔らせつつ、壬蔭は名乗らぬ戦士の強さを噛み締める。少なくない戦場を経た泰明とて、狙われ続ければ危うい――ならば。
「糧を求めるならば、俺から奪えばいい」
　先に技を完成させたのは宵一の方。彼だけが持つ業は宵一の体内のグラビティ・チェインを解放し、魂を強く惹きつける力となってローカストの心を縛めた。さながら、昔噺に登場する妖狐が所持する魅了の宝玉の如く。
「光の雨がここに降るから――」
　更に間髪入れずウォーレンが我が身の上に降らせた雨に紛れて、デウスエクスへ忍び寄る。
「ずっと僕のことだけ見ていて？」
「！！」
　伸べる、きらきらと小さな光の粒を纏った右手。そっと撫でられただけなのに痛打を喰らったような衝撃に虫の異形はぶるりと身震いし、裡に宿った怒りにも似た感情に胸を滾らせた。
　宵一、ウォーレンが仕掛けたのは、対峙する者の意識を己に寄せる縛め。泰明に並び盾を務める二人へローカストの攻撃が分散すれば、戦線は限りなく安定する。
「貴方が、戦士の誇りがある人物で良かったですよ」
　血に流れる獣の性を気迫に換え、ラインハルトは踏み込む一歩で自らの間合いへデウスエクスを招く。
「先の戦争では乱戦だったので……貴方の様な気概のある相手と戦ってみたかった」
　躱そうとする敵の動きを見て取り、僅かに体重を左足に寄せる。そして微塵もぶれぬ重心を基軸に、ラインハルトは居合の一閃を繰り出した。
　装甲と鋼がぶつかる音は甲高く、爆ぜる火花は白く眩い。けれど、砕けて飛んだ虫の体表は多くなく。
「……手堅いな」
　自らを癒すと同時に最前列に盾の守護を与える泰明の様に、ローカストが微かに喉を鳴らす。複眼を彩る赤は、彼の歓喜の証。
　ぶつかる闘志と闘志は真夏の日差しより熱く、少し離れた場所で人々の避難誘導にあたる雪やタージェの肌をも炙る。
「さぁ、皆さんは建物の中へ」
　だが仲間を信じる女は落ち着いた声音と柔らかい微笑で安心を促し、
「慌てなくて大丈夫だよ。お父さん、お母さんはこどもとはぐれないように気を付けて」
　幼い少女は大きな身振り手振りを添える事で、落ち着きを取り戻させていた。
「堅いなら、それ以上の力をぶつければいいだけだな」
　後方と前方、全てを見渡す位置に立ち、影士は掌中の小さなボタンを押す。直後に炸裂したカラフルな爆風は、今まさにローカストと向かい合う者たちの心を強く鼓舞する。

「雪姉ちゃん、がんばって！」
「ありがとうございます」
　一つの役目を分かち合ったタージェからのエールを受けて、雪は背の白翼を羽ばたかせて敵へと迫る。
　澱んだ水も、流れを作ればすぐに清らかさを取戻す。同じ原理で、逃げる宛を示しただけで、人々の足からは惑いが消えた。
「決死の覚悟を受け取るには、相応の覚悟が無くては成らぬもの――死力を尽くしましょう、絹」
　出来得る限る早いタイミングで戦場へ舞い戻った、二人と一体。そのうち一足早く雷の剣舞を呉れつつ、共に在る赤い組紐で飾ったウィングキャットと気持ちを添わす雪の背中に、泰明は幽かに表情を引き締める。
　傷一つ負わせたくない同志だが、彼女の剣士としての意志は決して曲げられるものではなく。ならばと、男も同じ技で以て敵を討つ。
　奇しくもそれは、直前に壬蔭と宵一も放った剣技。敵の守りを弱める可能性を秘めたもの。
　刻まれた疵そのものは、まださして大きくはない。
　だが。
「これで、どうだ」
　ラインハルトの狙いすました空の斬が、仲間が残した功績をより確かなものとし、
「魂の誇りか使命への執念か守りたいものがあるなら耐えてみろ。全てを切り裂くつもりで打ち込んでやるがな」
　高い位置で結い上げた髪を尾のように靡かせ走った影士のチェーンソー剣が、運命を決定付ける。
「っ、おのれぇ！」
　じゃりじゃりと嫌な音を立てて剥げ落ちた装甲に、不退転の戦士も堪らず短く舌を打つ。
「Let's Dancing♪」
　手を伸ばせば指がかかりそうな勝機。それを逃さぬよう、タージェは武器から具現化させた五匹の小龍と踊る。幻惑的な舞いは確かな癒しとなって、デウスエクスの攻撃を受け止めていた宵一の傷を治した。

「折れぬ、諦めぬ！」
（「彼らと、手を取り合うことは出来ないか――ずっと考えていた、けど」）
　頭部を前面に押し出すように突進してくる体躯を全身で受け止めて、ウォーレンはふと思う。
（「叶わない、なら。せめて殉じるのは太陽神ではなく、彼らの持つ愛と誇りであるように」）
　貫かれた両肩から血が溢れる、けれどそれ以上に雨を好む男の心には哀れの雫が降る。
（「例え、僕の心が地獄に堕ちる事になったとしても」）
　秘かに固める決意。でも、ウォーレンは一人で戦場に立っているわけではない。
「単騎でこれほどの強さとは……弱って尚、侮れません」
　ウォーレンの命を吸い上げ僅かに活力を取り戻したローカストを、壬蔭の高速の重拳撃が襲う。
　その圧倒的な力強さは、ケルベロス達の裡にある惑いまでも打ち消すようだった。

●消え逝く魂
「自害してコギトエルゴスムになって欲しい」
　望み薄なのは解っていたから。一度きりと決めいたウォーレンの投降呼び掛け。
「それは我が誇りへの愚弄か？」
　しかし多くの傷を負い片角まで失った戦士は、苛烈な怒りで以て応えた。彼は最初から此処を死地と定めていたのだ。その上でケルベロス達の猛攻を長く凌ぎ、浴びせられる痛打たちを心地よさ気に受け止め続けた。もしかすると、命を賭した戦いを愉しんでいたのかもしれない。
　けれど、終焉は必ず訪れる。
「宵一兄ちゃん、だいじょうぶ？　今、回復するよ」
「ありがとうございます」
　タンタンタン。リズミカルに踏むステップは、戦場をタージェの為のステージに変え。疲れ知らずの少女は、小さな体を目一杯動かし懸命な癒しを仲間へ送り続けた。
「ならば」
「vermiculus flamma」
　与えた傷が消えるのに機械の羽を唸らせるローカストの脇腹へ、壬蔭が拳を叩き込む。
「、グぁっ」
　大気との摩擦で炎を纏った一打は苛烈にして鮮烈。腹部を半ば以上抉られ、更に灯された炎にデウスエクスが激しくのたうつ。
（「……悔しい」）
　治されたばかりの身体に纏わりつく氷に不快さを覚えながら、だがそれ以上に宵一の胸を焼くのは被害者を零に出来ない現実への口惜しさ。
「だから出来る事を、やるべき事を」
　喪われた無辜の命の為に、宵一は家伝の太刀をすっと抜く。黒を基調とした鞘から解き放たれた白刃は、雷を帯びて禍主を断った。
　ウォーレンがローカストウォーで喰らった魂を憑依させ魔人へと転じ、ラインハルトも得意の居合でデウスエクスを追い詰める。
「泰明様」
「嗚呼」
　儚げな容貌に武人としての決意を宿し、雪が泰明の脇を駆けた。短い呼び掛けは、共に征かんとする誘い。
「良い夢を」
　かくて虫の異形との距離を零まで詰めた少女は、ふわり呟き幻の胡蝶を舞わせ。
「！？」
　視線を奪った隙に、白刃を美しく閃かせる。斬り払う切っ先から瞳を逸らさないのは、不退転の志を記憶に刻む為。雪の気概に倣った翼猫も、瞬きせずに爪を出す。
「その覚悟、確かに見届けた」
　そして雪の剣戟の名残に身を任せた泰明は、決して膝を折らぬ敵を讃え、直後に静かに唱える。
「奔れ」
　応えて響く唸り声。刹那の一閃、顕れた荒々しい黒狼の影は牙に雷を宿し、嵐の如くローカスト目掛けて疾駆した。
　裂かれ、穿たれ、それでも不退転部隊の一人は覚束ない足元で朱に濡れたアスファルトを踏み締め続ける。まるでそうある事が己が矜持であると示すように。
　故に、影士は敢えて強めの口調で『終わり』を突きつけた。
「いつまでも相手にしてやる訳にも行かないんでな」
「――そうか」
　走り来る男が魂を媒体とした炎を身体に纏わせても、ローカストは身動ぎひとつしない。否、もう僅かも動けないのだ。
　それでも影士は手加減しない。必要なのは、終わらせる事だから。死ぬと決めて旅立った相手だから。
「その魂、どれだけ燃えてくれるか試してやる」
　撃ち込まれた炎弾の中心で立ち尽くす異形を、影士は空中へと叩き上げる。追って、跳躍。落下しながら、無数の拳を繰り出して。
「……あぁ」
　そうして背から大地へ堕ちた戦士は、短い感嘆を一つ零して命を燃やし尽くした。

「さて、復旧を始めるか」
「もう大丈夫って伝えてくるんだよ！」
　少しばかり割れてしまったアスファルトを眺め壬蔭が言えば、タージェは人々が避難した建物の方へ走り出す。
「俺も行きましょう」
　小さな背中を追い掛けながら宵一は携帯電話を取り出した。おそらく怪我をしたままの人もいるだろう。搬送の段取りを整えるのも、大切な事だ。きっと災難に見舞われた人々の気持ちは未だ昂ぶったままだろうから。あと――救えなかった命の為にも。
（「確と背負って、征くとしよう」）
　血の香を洗う夏風に長い髪を遊ばせて、泰明は散った全てへ黙祷を捧げる。
　――彼の敵には誇りある引導を渡せたろうか？
　――絶たれた生に、少しは報いる事が出来たろうか？
　自問を繰り返し、泰明は終えたばかりの戦いの果てを思う。
（「これ以上血が流れぬように……あの愚鈍な神を、食い止めに」）
　改めて固める意志は、違えぬと約す誓いにも似て。思い出したように鼻先を擽った潮の香りに、果てなく広がる夏の空へと広がった。

作者：七凪臣	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年7月27日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 5／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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