わたしを愛しなさい

作者:ふじもりみきや

●ねえ、あたりまえでしょ?
 たそがれ時の教室は、彼と彼女しかいなかった。
 今日は休校日。学校は閉まっていて人の気配はない。誰かが閉め忘れたのであろうか。窓からは夕日とともに強い風が吹き込んでカーテンを揺らしていた。
「どうして?」
 そんな中彼女はつぶやいた。……いや、それはすでに彼女と言えるのだろうか。
 全身から羽毛を生やした人のような何か。人ではない何か。そんな姿を持った少女はか細い声でつぶやく。
「どうして、わたしを愛してくれないの?」
 言うなり、持っていたナイフを振り上げる。少年は逃げようと後退しようとしたが、すでに教室の隅に追い詰められていた。
「ずっと見ていたのに。ずっとずっとわたしはあなたのことを見てたのに」
 肩に。腕に。手に。一撃で殺しはしない。ざくざく。ざくざく。言葉を重ねるように、彼女は彼を切り刻む。彼がなにかを言っているけれど、もう彼女は聞いてもいなかった。
「好きだったの。昔からずっと好きだったの。わたしが一番最初に好きになったのよ。なのに、わたしをおいて、あんな子と……」
 血があふれる。徐々に彼女の唇に笑みが乗る。なんてきれい。わたしだけが見ることのできる彼の姿。酔いしれるように彼女は彼の全身にナイフを突き立てる。殺さないように。殺さないように。
「……だから」
 不意に、彼が口を開いた。いやさっきから何か言っていたのだろうけれど彼女は全く聞いていなかった。だと、いうのに。
「あんた誰?」
 その、言葉だけが妙に鮮明に彼女の耳に届いた。……もういっそ、届かなければよかったのに。
「……っ」
 一瞬で、少女の表情は凍り付いた。泣きそうな間のあとで、
 彼女は、少年の目にナイフを振り下ろした。
 

「……学校だな」
 関西のほう。と、浅櫻・月子(オラトリオのヘリオライダー・en0036)はつぶやいた。ちょうど休校で誰もいない日だったと小さく付け足す。
「ビルシャナを召還した人間が、事件を起こそうとしている。彼女は、自分勝手な理由で復讐をビルシャナに願ったんだ。……その願いが叶えばビルシャナの言うことを聞くという契約を結んだ。このままでは、彼女は復讐を果たして心身共にビルシャナになる。また、相手の少年も死んでしまう。……助けてやってくれ」
 珍しく、月子は難しそうな顔をしていた。萩原・雪継(地球人の刀剣士・en0037)が続きを促すようにかすかに首をかしげると、月子はひらりと手を振って。
「……愛憎ってのは難しいのよ。いつの時代もね」
 なんて、冗談めかして肩をすくめた。
「……ともかく。学校の教室まではしょうがいなく移動できる。いざとなれば扉を蹴破って突入して後でヒールをかけてくれ。また、戦闘になった場合は、ビルシャナはまず復讐の邪魔をする諸君らの排除を優先するだろう。……彼女の目的は彼を苦しめて、自分の存在を刻んでから殺すことだ。復讐途中の人間を攻撃はしない。……だが」
 自分が敗北しそうな場合は、道連れに殺してしまう可能性もあるから注意が必要だと彼女は言った。
「ビルシャナと融合した人間は、基本的にビルシャナと一緒に死ぬ。ただ、ビルシャナと融合した人間が、復讐をあきらめて契約を解除すると宣言した場合は、人間として助けることもできるだろう」
 ……ただし、この契約解除は彼女自身が本心から願わなければいけないので、死にたくなければ解除しろ、などと脅しても無駄である。
「……難しいですね」
「おや、君に乙女の機微がわかるとは驚きだ」
 月子が皆に配った彼と彼女の似顔絵を見て、口元に手を当てて難しい顔をする雪継に、月子は肩をすくめる。若干不満そうに雪継は目を細めて顔を上げた。
「この手のビルシャナの説得が難しいのはわかります。そもそも彼は彼女のことを名前すら知らなかった……」
「そうだ。彼女はいつも、彼のことを遠くから見ていた。声をかけようにもかけられなかった。もともとかなり内向的な少女だったようだな。自分の言葉を口にするすべを知らなかったんだ。ビルシャナと契約しなければ、きっと今も、これからも、何も言い出せないままだったのだろう」
「……彼のほうからしてみれば、迷惑な話です」
「いや、もてる男はつらいな」
 肩をすくめて月子が言うと、雪継はため息をついた。
「たとえ、その行為の元が何であろうとも、ビルシャナの理不尽な行いにより人が苦しむのを放っておくわけにはいきません」
 どうか一緒に。力を貸してくださいと、雪継はそういって話を締めくくった。


参加者
西条・霧華(幻想のリナリア・e00311)
日柳・蒼眞(蒼穹を翔る風・e00793)
君影・リリィ(すずらんの君・e00891)
連城・最中(隠逸花・e01567)
ミルラ・コンミフォラ(ヒースの残り香・e03579)
イーリィ・ファーヴェル(クロノステイシス・e05910)
天宮・陽斗(天陽の葬爪・e09873)
エラー・クロスフェード(レッドパージ・e28235)

■リプレイ

●教室
 たそがれ時の教室を、夕陽が朱色に染め上げていた。
 ソレは言った。わたしを愛しなさいと。
 それは、当然のことなのだと。
 こたえようと少年が口を開きかけた……、その時。
「それ以上は、やめるんだ。助けに来たぞ、二人とも!」
 日柳・蒼眞(蒼穹を翔る風・e00793)が少年の声を遮った。同時に連城・最中(隠逸花・e01567)が扉を蹴破る。
「ケルベロスです。今は兎も角避難を」
 それと同時に放たれた言葉に、はっ。と二人は其方を見た。動いたのは少年の方が早かった。最中の方へと走り出す。とっさにビルシャナは手にしていたナイフを翻す。……それを、
「させません」
 言うと同時に西条・霧華(幻想のリナリア・e00311)の斬霊刀が乾いた音を立てて弾いた。少年を庇うように前に出る。儚げに、霧華はかすかに首を傾げてビルシャナを見る。……歪んでしまうほどの強い思いを感じる、強い強い一撃だった。
「ケルベロス……。わたしの邪魔をしに来たのね。ふふ、わたしの……?」
『ケルベロスよ。事情は追々説明するわ。だから今は何も喋らないで』
 歪む声を聞きながら、君影・リリィ(すずらんの君・e00891)がそっと少年の手を引いて接触テレパスで思いを伝える。それと同時に後ろに下がらせた。思うことはある。けれどまずは、少年が彼女のことを知らない。それだけは絶対に言わせてはいけないと思ったから。
「どうして邪魔をするの! わたしはただ……!」
「その話、ゆっくりわたし達が聞いてあげるよ!」
 金切り声のような奇妙な音声を発するビルシャナに、イーリィ・ファーヴェル(クロノステイシス・e05910)も少年を庇うように前に出て指を突きつける。
「どうして。どうしてどうしてどうして! 誰にも邪魔は、させない」
「好きと言う感情は醜く歪むものなのか。人とは面白いな」
 甲高い声に、エラー・クロスフェード(レッドパージ・e28235)が少女には聞こえぬよう呟いた。予知での彼女は泣いていたという。……ならばまだ人なのだなと、そんなことを呟いて。ちらりと背後を顧みると、少年が連れ出されたところだった。ならば扉を閉めてしまおう。これ以上は、見せる必要はない。
「恋狂いの感覚は同類故に分からんでもない。だが、殺すのは戴けないな」
「うるさい。おまえらの……はなしなんか!」
 扉が閉まるのを感じながら、天宮・陽斗(天陽の葬爪・e09873)が肩を竦めて口の端を上げて笑う。拒絶反応を示すビルシャナに、構わず言葉を続けた。
「異形の姿でいる限り、お前は顔を覚えられる事はない。刻み付けられるのは「ビルシャナ」に与えられた恐怖と絶望だけ。自分だけが与えられると思うソレは、生存本能の反射に過ぎない。……つまり、お前を刻むことは出来ないのさ」
「……!」
 ギリ、と歯がみするような音。それが痛いところだったのか、ビルシャナは口を開いた。空気を吸い込むような戦闘態勢に萩原・雪継(地球人の刀剣士・en0037)が少し考えるように目を伏せて、
「……戦いながらでも構わないので、ほんの少し耳を傾けませんか? 殺すのは手段であって、目的ではないはず。言葉を聞くことぐらい、あなたの損にはならないと思います」
 言葉を選びながら、耳を傾けるように勧める。恋や、愛や、そういうものは得意ではないから。それ以降は口を挟まないと前もって伝えていた。
 ミルラ・コンミフォラ(ヒースの残り香・e03579)が一歩、踏み出した。
「愛されたいと願うなら、変わらなければいけないよ。逆を言うと、変わることが出来たなら、彼はあなたを愛するかもしれないと思うんだ」
 ばさりと、異形の翼が揺れた。まず話を聞く体制が整ったのだ。……長い戦いになりそうだ。蒼眞はそっと己の胸に手を当てた。

●恋
「まず、俺は日柳蒼眞。君の名前を、教えて欲しい」
「……カスミ。タカセカスミ」
「カスミ。カスミには、自分が消えて悲しむような人は一人もいないのか?」
「そんなのは、わたしには関係ないでしょう?」
「……その相手を、泣かせてまで復讐を果たしたいのかな」
「だったら、逆に聞くけど、あなた達は誰かのために自分のしたいことを諦めるのが正しいというの?」
 それは全く別の話だとビルシャナは歌う。そう、とエラーが小さく頷いた。
「私にはよく解らない。そもそも恋というものがわからない。私に恋や愛を教えてくれないか。恋は喜び、苦しみ、そしてやり切れないのだろう。君の瞳がそう言っている」
「恋とは、人を傷つけることでしょうか。……違うでしょう。それは違うと、俺は思います」
 エラーの言葉に、最中が後を引き継いだ。違う? と、ビルシャナの瞳が揺れる。聞かれた言葉に、その返答に戸惑うように。上手く答えられない彼女に、最中が思い出させるように続けた。
「彼を好きになった切欠を、覚えていますか? 純粋に、本当に、彼の好きなところを、覚えていますか?」
「……いや」
「思い出してください。辛かったでしょう。それでも」
「いや……! あんな、あんな毎日……!」
 拒むようにビルシャナは叫んだ。叫ぶと同時に音が刃となって周囲に撒き散らされる。頭をかき乱すような痛みに霧華は眉根を寄せる。とっさに眼鏡に手をかけようとして、押し留まった。……まだだ。まだ、闘いを始めることは出来ない。リリィも胸に手を宛てた。
「あなたの、その言葉だけでもわかるわ。辛かったのね……。そんな姿になってしまう程に」
 先程少年を退避させたときに、彼に言われたことを思い出す。
『驚いたでしょうけど……あの異形は。貴方に片思いしていて、でも告白できなくて、悩み苦しんだ女の子の成れの果てなの』
 どうか恨まないであげて欲しくて。少しでも気持ちを落ち着けたくて。言ったリリィに少年は言った。あんな子は見たこともないと。少し迷惑そうに。
「楽に、してあげる。どんな形であれ……」
 ずっと言い出せなかった。それがどんなに辛かったことかと思う。思い出したくもない日々なのかもしれない。けれど、
「切ないわ……初めから身を守る気なんてないのね。ねえ、自分のことを、もっと大切にしてあげて欲しいわ。……あなたのその痛みは、本当は……」
 リリィを拒むようにビルシャナは叫ぶ。叫ぶと同時に放たれた言葉の刃はケルベロス達に降り注いだ。リリィのウィングキャットのレオナールや、イーリィのテレビウムのシュルス達が、彼等の言葉が途切れてしまわぬように、背後から精一杯援護をしている。
 それを感じて、陽斗は小さく頷いた。
「暴虐で与えられるモノなんざ限られている、「本当に」殺す事で全て奪えると思ってるいるのか? 本当に?」
 時間はあまり残されていない。それを隠すように陽斗はマイペースに話を続ける。
「好きなヤツの歯牙にも掛からない儘で終わってしまうように思えるが。……まあ」
 それは自分でもわかっていると思うが。と、最後は冗談のような口調で言った。
「どれだけ傷を刻み付けようと、痛みでは彼の想いは貴女だけものにはなりませんよ。死や痛みは一瞬で深い傷を残しますがその痛みは長続きしません。ヒールしてしまえば傷は消えますし、私たちがここにいる以上は彼を傷付けさせません。……望んだものは、そんなものだったのですか?」
 手段と、結果と。霧華はそっと己の左胸の上に手をやって、ビルシャナにとって、復讐は手段であり結果ではないはずだ。
 復讐して、何を為したいのか。考えなければいけないと。言いかけて霧華は黙り込んだ。
「私には言う資格が無いのだとしても……。だからこそ一歩を踏み出す前に止めたいんです」
「拗れてしまう程に強い想いなら、向け方さえ正しければ通じるものもある筈」
 だからその言葉の続きをミルラが引き取った。彼も昔は、内向的な少年だった。覚えがある。だから、知って欲しい。信じて欲しい。
 間違った手段を選んでしまった彼女を責める気はない。精一杯ミルラも声を上げる。
「届ける前から諦めるな。彼に知ってほしい君の想いは、何だった?」
「わたし、は……」
「……彼のどういう所、好きだった? それを貴女も彼になにかしたことある? 彼から色んなもの、いっぱい貰ったでしょう? 貴女は何を返してあげられたの?」
「……」
 イーリィの言葉に、ビルシャナは遂に黙り込んだ。イーリィは微かに唇を噛む。ぐっと拳を、握りしめて、
「ふざけんな、だよ。それこそ当たり前。何もしないで愛だけ欲しいなんて、そんなのただの理不尽だよ。そもそも貴女が復讐して手に入れるのは愛なのかな。愛ってそんなものなの? 恋ってそんなものなの?」
 ……愛された記憶や、恋した記憶は、記憶をなくしたイーリィには見当も付かない。それでも、
「どうしてって叫べるなら、行動できるなら、もっと他になにか出来なかったかな。考えてよ。彼に何度か助けて貰ったんだよね。そのとき、笑顔を向けてありがとう。とかさ。こんなわたしでも思いつくよ! 殺すぐらいなら抱きついて押し倒せばいいじゃない! こないだ見たテレビでやってたよ!」
「……落ち着いてください、お嬢さん。……いや、まあ」
 思わず最中が割ってはいる。若干視線が泳いだ。止めたものの全くその通りだな、って思わず思ってしまって。ちょっと軽く、頭を掻いた。
「本当に伝えるべき言葉は他にある筈だ。感謝は? 好意は? 嬉しかった事や、思い出は? それはどこへ行ってしまったのでしょうか。それを伝えないままで、果たして本当に復讐となるのでしょうか」
 エラーも膝をついて、ビルシャナの顔を覗き込む。その顔が何だか泣いているみたいで愛しくなる。鳥のような姿の中に、まだ潜む人の姿を見つけようと。エラーはそっと話しかける。
「君はずっと彼を見ていたのだな。だが見ているだけだった。愛される努力もせず、そして見てなかった。彼自身の事を」
「……」
「可愛いヒトよ。彼の愛がないなら、もう何も要らないのか。愛した意味がないと言うのか」
「意味があるというのなら教えて。かなわない想いに、苦しいだけの思いに、一体どんな意味があるというの」
 問われ、エラーは思わず口を閉ざす。感情と言うものは正直まだ分からない。様々な知識を集合させて、それっぽい返答をすることは可能だ。……けれど今、それをすることに何の意味があるというのか。
「君は君自身の持つ富を知らない。感情、痛み、どれも尊い、愛おしいものだ」
「そんなの……」
「わからず屋! かなわないなんて、まだ決まって無いじゃない!」
 むずかる子供のようなことを言うビルシャナに、思わずイーリィが口を挟んだ。……恋も愛も知らなくても、世界の理不尽さと非情さは解ってる。……努力は往々にして実らず、想いは大体は真っ直ぐに届かない。守りたい人は肝心なところで守れない。……そんな世界を知っている。それでも、
「もう一回言うよ。もっと他になにか出来なかったかな。考えて?」
「誠意に勝る口説き文句は無いのだそうです。あなたの存在を彼に刻み付けるのは痛みじゃなくて真心ですよ。その刻みは浅くてもいつかは心に届く筈」
 霧華がそう言って、多分。と、曖昧に微かに首を傾げる。いや、自分も、恋愛の技に長けているわけではない、ので。
「だから生きて、真心であなたの想いを彼に刻み続けて下さい」
 けれども、殺すよりは確実に届くはずだと。そう言うとうん、と蒼眞は腕を組んで、
「どうせ契約するなら直接的な力よりも相手を操る能力を貰って、少年を誑かせば良いだろうに……」
 思わず内心が口に出た。はっ。とそれに気付いて、蒼眞は慌てて顔を上げ、
「いやいやとんでもない。例えば、押し倒すとか」
「それは一体どれだけの勇気を地獄で補えば実行することが出来るだろうな……」
 思わず呆れたような声が漏れたミルラに、陽斗が明るく笑う。
「異形化なんて博打に出れた今のお前さんなら、形はどうあれ有象無象では終わらないようにも出来そうだがな。……いや」
 ちょっと考え込んで。そして笑顔を消して、陽斗は真摯に、
「お前さんはきっと寂しいんだろうな、だから余計に執着する。手離せなくなる。お前さんの世界の多くを占めるが故に。もっと世界を広げるんだ。そうすれば見えることもあるだろう」
 割と、段々皆さん好き勝手に意見を述べ始めて。リリィはその様子を静かに見守った。先程少年を退避させたときの言葉を思い出して。
「確かに、すこぅしあなたは他の人よりも不利なところにいるね。それでも、……やる前から諦めちゃだめよ。まだ……諦めるのは少しだけ早いわ」
 ミルラは小さく頷いてその顔をじっと見つめる。
「君は内気で、声を掛けるのだってそう簡単な事じゃなかっただろう。けど、言葉も想いもきちんと交わし合わなければ通じる事はないものだ」
 恐らく、これで最後だ。最後まで手を伸ばす。その決意に変わりはないけれど、ミルラは何となくそんな気がした。どうか、届いてくださいと祈りを込めて。
「愛されたいと願うなら、変わらなければいけないよ。想いを告げる一握の勇気を持たなければ」
「……気持ちを簡単に伝えられたら苦労しませんよね。俺も苦手だから、解ります。でも、下手でも不器用でも良い。伝えられたらきっと、世界は変わる。貴女の声で、言葉で、伝えてください」
 最中も、優しくそう言って。ビルシャナの顔を見た。

●難しい道
 彼等は言った。他の道があると。
 それはゆっくりと顔を上げる。ビルシャナの羽毛が翻る。
「わたし……」
 愛されたいと。彼女は言った。それに、復讐ではない別の方法をケルベロス達は提示した。
「愛されたい……。でも、どうして良いかわからない……」
 けれどそれは結局、自分で考えるしかないことで。
「でも、愛されたいの。本当は、わたしは……!」
「ならば諦めるな! 諦めれば、君の名前すら伝えられないままだ」
「刻みたいんだろ、その名前を。……カスミ!」
 蒼眞が叫ぶ。ビルシャナの奇怪な金切り声が周囲に響き渡った。各々が戦闘態勢に移行する。

 ビルシャナの声は劈くように夕陽の中にこだまして……、
 そして消える頃。夕陽の教室には一人の少女が、倒れ伏していた……。
 ビルシャナじゃない。ただの、少女が……。

●その、先
「良かったな。何とか間に合って」
 蒼眞が壊れた扉をヒールしながら言った。カスミはまだ目覚めない。けれどもきちんと生きていて、傍らで彼女が起きるのを見守っていたミルラが顔を上げる。
「そうだな。……でも、この子にとって、本当はこれからが辛いものになるのだろう」
 内向的な彼女が、変わる。絶対出来ると信じてはいるけれども、それが簡単なことではないことをミルラはよく知っている。こんな事件があった後ならなおさらだ。
「それでも……きっといつか、皆が幸せになればいいと。私は、そう思います」
 霧華もそっと呟く。自分たちに出来るのはここまでで。後はもう見守ることしかできない。……だからこそ、
「信じるしか、出来ません……か」
 最中も小さく頷いた。先程リリィと一緒に少年の所に行き、経緯を説明したところだ。「貴方は悪くありません」と最中が言ったとき、少年は複雑そうな顔をしていた。……やっぱり、理屈は解れど、理不尽に殺され掛かったというのは受け入れがたい物なのだろうと思う。
「まあでも、私は大丈夫だと思うよ。話してみた感じ、悪い子じゃなかったし、時間はかかっても……」
 幾度か少年とも言葉を交わしたリリィが、何となく言う。受け入れがたくても、邪剣に扱いはしないだろう。ならばカスミの態度次第で、どうとでも変わっていくものだと。……幸か不幸か、学校という場所に来れば、嫌でも顔を合わす機会はあるのだから。
「んー。でも恋って、そこまでこう……。……恋って何なのかなぁ」
 イーリィが椅子に座って、ぶらぶら足を揺らせながら何となく呟く。
「……」
「ふふ、どうやろねぇ」
「恋は盲目ということわざがありますから。でも、私を見ないでください」
 イーリィの視線に、リリィと霧華が顔を見合わせた。陽斗がくぁっ。と欠伸をする。
「まあ、解らんでもないな。俺も番がいなくなったらこうなるのかね……。とか、思わなくもなかった。想像しただけで総毛立つな」
 口にしてみたらよほど嫌な想像だった。僅かに顔を顰めて、陽斗が立ち上がる。「……番に会いに行くか」。なんて言って歩き出す。
「……じゃ、ユキは?」
 話を振られて、様子を見守っていた雪継も顔を上げる。
「え? そうですね。……曖昧、な話なんだけど、家族以外の誰かを好きになるって、いい経験になると思うのです。だから、弟妹達には……」
 聞かれて雪継はいつも通り弟妹達への愛を存分に語った後で、
「……僕自身は、それ以前に他人や、自分自身の、目に見えないいろんなものが怖いんだと、思います。素敵なことだとは思うけれど。……すみませんうまく言えなくて。イーリィさんは?」
「それが、よく解らないから聞いてるんだよー」
 怖いような、楽しみなような。……知りたいような、知りたくないような。そんな気持ち。
 その言葉に、ふふ、とリリィが微笑んだ。その時カスミの呻き声がする。微かに身じろぎする彼女にエラーは立ち上がった。不思議そうな顔をするカスミにエラーは淡々と、
「……任務完了」
 そう言って傘を広げた。

作者:ふじもりみきや 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 1/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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