七夕モザイク落とし作戦~泡沫の420秒

作者:蘇我真

 7月7日、七夕の夜。東京上空……。
 大きな鍵を手にした『赤い頭巾のドリームイーター』が、ひとり、空を漂っていた。
「綺麗……短冊に込めた人々の願い事が、まるで宝石のよう。
 あの輝きが欲しくて、あなたは『モザイクの卵』を降らせたのね。
 でも、鎌倉の戦いでこしらえてもらった卵も、あと少ししか残っていないのね。
 …………。
 いいわ、あなたの夢、私が手伝いましょう。
 だって、あなたの夢は、きっと私と同じだから。
 だから、残った卵を私に頂戴。
 あなたをこの星に呼んであげるわ……ジュエルジグラット」

 七夕は、昔は字や手芸の上達を祈願する行事であったという。
 現代でも、字の上達を願う人は決して少なくない。
 公的な書類を書くときや履歴書、年賀状、宛名書き……こういった事態に直面するたびに痛感するのだ。
 字が上手くなりたい、と。
 その想いを、モザイク柄の卵が吸収していた。
 場所は中学校のグラウンド。教室のベランダに飾られた短冊と笹。そこから願いを吸収して卵はどんどんと成長する。
 そして全長1メートルほどにまで大きくなると、殻にヒビが入り始めた。
 卵が割れ、中から現れたのは、ドリームイーターだ。
 黒い袴に白い着物、そこに赤い帯をたすき掛けにしている。手には自身の身長ほどもある大きな墨の付いた筆を持ち、そして胸元からモザイク化した沢山の短冊をわずかに見ることができた。
 胎児のように包まって卵の中にいたのか、立ち上がると身長は3メートルほどはある。
 誕生したドリームイーターは、何もせず、ただその場に留まり続ける。
 このドリームイーターがモザイク落としの儀式のエネルギーに変換される泡沫の如き420秒後、そのときまで。


●泡沫の420秒
「皆、聞いて欲しい。ドリームイーターが七夕を利用して大作戦を行う事が判明した」
 今回の事件の資料に目を通しながら、星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)はそう切り出した。
 この作戦は、ローデッド・クレメインス(灰は灰に・e27083)の他、多数のケルベロスが予測して調査してくれたことで事前に感知できたものだ。
「どうやら、ドリームイーターは、鎌倉奪還戦時に失敗した『モザイク落とし』作戦を再び起こそうとしているらしい」
 一度は阻止したモザイク落とし。もしこれが敢行されれば、日本に巨大なモザイクの塊が落下したのち大量のドリームイーターが出現し、日本中が大混乱となるのは想像に難くない。
「敵は、残存するモザイクの卵を使用して、日本中の七夕の願いをドリームイーター化し、そのドリームイーターを生贄に捧げることでモザイク落としのエネルギー源にしようとしている。七夕の願いから生まれたドリームイーターは出現してから7分間で自動的に消滅し、モザイク落としの儀式のエネルギーに変換されてしまう」
 瞬は資料から目を離し、ケルベロスたちへと向き直った。
「そこで、皆にはドリームイーターが現れる地点に向かい、7分以内にドリームイーターを撃破して欲しい」
 すぐにヘリオンで現地へ向かっても到着は、モザイクの卵からドリームイーターが誕生するのとほぼ同時になりそうだ、と瞬は告げた。
「場所は青森県八戸市の中学校。時間帯は夜。グラウンドにモザイクの卵があって、短冊の願いを吸収している。グラウンドに遮蔽物や障害物はなく、思う存分戦うことができるだろう。それと……」
 ドリームイーターは生まれた願いに対応した特殊な攻撃を行ってくる。手にした筆を使った攻撃が主になるようだ、と付け足した。
「今回現れたドリームイーターの過半数を撃破できなければ、モザイク落としが実現してしまうだろう。それだけは絶対に避けたい事態だな。ただ、今回の大規模作戦をほぼ完璧に阻止できれば、今後はこのような事件も起こらなくなることが見込まれる。時間制限のある厳しい戦いになると思うが……己の全てを420秒に込めてぶつけて欲しい。よろしく頼む」
 そうして、瞬は集まったケルベロスたちへと頭を下げた。


参加者
ディバイド・エッジ(金剛破斬・e01263)
エルボレアス・ベアルカーティス(メディカリスト・e01268)
ラティクス・クレスト(槍牙・e02204)
螺堂・セイヤ(螺旋竜・e05343)
ピコ・ピコ(ナノマシン特化型疑似螺旋忍者・e05564)
鈴木・犬太郎(超人・e05685)
嘩桜・炎酒(星屑天象儀・e07249)
キャロライン・アイスドール(グラビティ兵器技術研究所・e27717)

■リプレイ

●消滅へのカウントダウン
 舞い上がる土煙。
 ヘリオンから飛び降りたケルベロスたちが夜の中学校、そのグラウンドに降り立った。
「ふむ……周囲に人の気配はないな」
 周囲をざっと確認して呟くエルボレアス・ベアルカーティス(メディカリスト・e01268)。
 夜の学校は、静かにそこにあり続けている。
「避難勧告をする時間もないし、助かるな」
 言いながら、螺堂・セイヤ(螺旋竜・e05343)は辺りに照明としてLEDランプをばら撒いている。
 グラウンドに照明でもあれば使いたかったが、この中学校のグラウンドにそういった類のものは設置されていなかった。
「つうことは、戦闘に集中やね」
 嘩桜・炎酒(星屑天象儀・e07249)の口調は軽い。だが、その赤い三白眼は眼光鋭くグラウンドの一点を見つめていた。
「ツァイス、お客さんが来るで」
 自身のミミックへ声を掛けながら、愛用の短銃へと手を掛ける。銃身には銃としてナイフを装着されていた。
 全長1メートルほどのモザイク柄の卵。ヒビ割れて、中から太い手足が伸びてくる。
「ドリームイーターか因縁はあるが、その縁はてめぇじゃねぇな」
 武者鎧を身に纏った鈴木・犬太郎(超人・e05685)が卵から生まれてくるドリームイーターをにらみつける。
 のそり、と立ち上がるドリームイーター。黒袴に白着物。和風な出で立ちが印象的だった。
「ま、夢を喰らうなんて趣味の悪いやつはここで沈めるしかねぇな」
 同じく和風の容姿をしたレプリカント、ディバイド・エッジ(金剛破斬・e01263)が見得を切る。
「聞けい、我が名を! 我こそは金剛破斬! 金剛破斬のディバイド・エッジ! せっかくの七夕、台無しにはさせぬで御座るよ」
 ドリームイーターに突きつけた斬霊刀。
「……」
 それに呼応するように、ドリームイーターもまた巨大な筆をケルベロスたちへと向けた。
「さぁて皆、よろしく頼むぜ」
 ラティクス・クレスト(槍牙・e02204)は自身の腕時計、ストップウォッチのボタンを押す。
 1秒、2秒……その数字が420へ到達するまでにこの強敵を斃さねばならない。
 火力を集中しての短期決戦が、始まった。

●泡沫の420秒
「さあ、参ります」
 キャロライン・アイスドール(グラビティ兵器技術研究所・e27717)が全身を纏うオウガメタルから粒子を放出させる。光り輝く金属粒子は前衛の感覚を研ぎ澄ましていく。
「命中率7割超、私は問題ありません。他の方はどうですか」
 ピコ・ピコ(ナノマシン特化型疑似螺旋忍者・e05564)は自身の命中率を確認して、他のクラッシャーたちに尋ねた。
「見ての通りだ、よッ!!」
 セイヤは炎酒から渡されたお守りをきつく握りしめると、あいさつ代わりに飛び蹴りを見舞う。星の力を込めた一撃は敵の膝をしたたかに打ち、その機動力を低下させた。
「背中は任せといてな」
 後衛から炎酒の声が飛んできて、セイヤはわずかに頬を緩めた。
「炎酒さんと一緒に戦うのは心強いな……」
「纏うは氷塊、成すは鋭刃、掲げて見せるは金剛破斬!」
 ディバイドも自身の持つ大技で最初の1分間から全力で攻撃する。
 体内に流れる冷却水を斬霊刀に吹き付け、グラビティで凍らせると裂帛の気合いと共に放つ。
「ぬうっ!」
 袈裟切りの一撃はしかし、敵の胸板を切り裂くだけで終わった。壊れた氷がダイヤモンドダストのようにきらきらと夜空を舞う。
 ダメージは与えたが、標的を凍らせることはできなかったようだ。
「氷の刃というのはどうにも扱い難い。鍛錬を積まねばなぁ」
「命中率79%……いきます」
 メイン火力の他2人が攻撃を命中させたのを見て、ピコは補助を取りやめて自身も攻撃に移る。高速演算処理で敵の弱点を見つけると、アームドフォートで集中砲撃する。
「!!」
 敵の着物と赤い帯が千切れ飛ぶ。男らしく鍛えられた胸板、そしてその中心に埋め込まれた、モザイクにまみれた短冊が露わになる。
「その夢を氷漬けにしてやろう」
 エルボレアスはライトニングロッドを掲げようとして――すぐに横にして防御の姿勢を取った。
 敵が一歩踏み込み、巨大な筆を横薙ぎにしようとしているのを察したのだ。
「!!!」
 敵の一撃が虚空を薙ぐ。攻撃が外れた、訳ではない。筆の先端、付けられた墨が超高速の飛沫となって中衛のジャマー2人を襲う。
「くっ……!」
 ロッドで墨の散弾を撃ち落としていくエルボレアス。いくつか被弾したものの、目に入り足を止められるのだけは防ぐ。
 もうひとりの中衛、キャロラインには炎酒のミミックがついていた。
「ようやった、あとで洗ったるからな」
 マスターである炎酒からも激励が跳ぶ。
 気を取り直し、今度こそライトニングロッドを掲げるエルボレアス。夜空、暗雲が天の川を隠していく。
「凍えてしまえ」
 天候を操り、ライトニングロッドを振り下ろすと同時に黒い稲妻を敵へと落とす。必中の一撃が敵の上半身に命中し、その体温を奪って凍りづけにしていく。
「1分経過!」
 ストップウォッチを確認してラティクスが全体へと通達する。
 敵はもう一度、大筆を構えてなぎ払おうとしている。狙いは後衛だ。
「同じ手を食うか!」
 ラティクスが槍をきつく握りしめる。
「疾れ《風刃》! 叢雲流牙槍術、弐式・窮奇!」
 自身の闘気を槍の穂先に集中させ、一気になぎ払う。
「はあああぁぁっ!!」
 敵から放たれる墨弾丸と、ラティクスから放たれる風の刃。衝突し、グラビティが相殺される。
「そんなら、ひとつ暴れてもらおかね」
 炎酒の左腕、装着された鎧。それはオウガメタルが擬態した姿だった。鋼の鬼が味方の間をすり抜けるようにして敵の黒袴を喰いちぎる。
「さあ、こっちを見ろ!!」
 犬太郎が跳んだ。鉄塊剣に破壊の力を込め、空中から敵の頭めがけて上段斬りを振り下ろす。単純故に高火力、派手な一撃を見舞う。
「ッ!!」
 敵は頭をひねって直撃は避けるものの、片耳が削がれ派手に出血する。怒りの視線が犬太郎へと向く。
 全力を傾けて攻撃していくケルベロス。見る間に敵の身体へ傷が増えて行く。
「3分経った! あと4分だ!」
 時間経過を伝えようとしたラティクスが、敵の構えが違うことに気付く。
「筆スラッシュが来るぞ!」
 横薙ぎではない袈裟切りの一撃。狙いはピコだ。
 炎酒のミミックがかばいに向かおうとするが、その前に犬太郎が割って入った。
「おまえはさっきかばったろ。今回は俺に見せ場をくれよ。これでも丈夫な方なんでな」
 白い歯を見せて笑う犬太郎へ、大筆の一撃が迫る。
「!!!」
「う、ぐうっ……!」
 鉄塊剣を横にして、攻撃を受け止める犬太郎。奥歯を砕けそうなほどに噛み締める。その威力でグラウンドが沈み、ひび割れ、犬太郎の足首が地面へと埋まる。LEDランプでライトアップされた戦場へ巻き起こる土煙。
「鈴木様!」
 キャロラインの声掛けに、煙の向こうから叫びが帰ってきた。
「大丈夫だ!」
 シャウトだ。自身を鼓舞し、立ち直らせる叫び。煙が晴れた向こうには、全身の各所から地獄の炎を噴出しながらも重い一撃を受け切った犬太郎がいた。
「戦闘中に仲間に心配されるほど、俺は弱くはねぇんだよ!!」
「……はい、承知しました!」
 キャロラインは小さく頷き、代わりに歌を唄い始める。
「星に願いを、君に届くように……遥か彼方、海の向こう、愛しい君に捧ぐ歌。空に浮かぶ星々が瞬き、わずかな光を落とす。暗闇の中、二人手を取って、未来を語りあったね……」
 スローテンポのバラードが敵の戦意をそぎ、その動きを鈍らせる。
「心配はしていません」
 守られたピコが惨殺ナイフを展開する。充分に動きを止めたと判断したのだ。
「あなたなら耐えられると判断していましたから」
 無表情、無感動、そして無造作にナイフを敵へと突き立てる。そして傷痕をギザギザに切り開いた。
「拙者の太刀筋、見切れるか!」
 ディバイドもまた、絶空斬でジグザグに傷口を広げる。
 序盤で氷や服破り、足止めといった効果を溜め、中盤でそれを増幅させる。
「5分超えたぞ!」
 簒奪者の鎌を振るいながらラティクスが叫ぶ。そして終盤、一気に畳みかける。それがケルベロスたちの作戦だった。
「ふむ……これを使う羽目になるとはな」
 メディカルレインで前衛を癒すエルボレアス。
 そのとき、見計らったかのようにセイヤが吶喊した。
「他人の夢や願いを利用する貴様等に、その様な夢を叶えさせはしない……!」
 全身に煌めくオウガ粒子と漆黒の雷を纏わせている。数分前にエルボレアスのエレキブーストを受けていた。
 利き腕のオーラが黒龍を象る。命中を補正され、破壊ダメージも増幅している。闇夜すらも切り裂く漆黒の稲妻が、敵の胸に埋め込まれたモザイクの短冊へと叩き込まれる。
「!!!」
 暴れて抵抗する敵。黒龍と化したオーラも奔流となって暴れ回る。
「炎酒さん!」
「まだまだ、次がお待ちってな」
 霧散しようとするオーラを、続いた炎酒が空気を操り抑え込む。
「目標確認・距離OK・圧縮ばっちり。さぁて、ひとつ奥の手でも見て行けや!!」
 黒いオーラを圧縮した空気弾を手のひらでつかみ取ると、躊躇なく敵の胸へと叩き込む。
 真空状態から解放された空気が衝撃波となって全周に展開する。ケルベロスたちの衣服が暴風ではためく。
「オ、オオオオォォォォ……!!」
 それまで黙っていた敵が、雄たけびを上げる。
 ひとたまりもない一撃。全てが終わった、はずだった。
「まだ、生きています」
 生体ボディから流血しつつも、冷静に告げるピコ。敵は筆を墨壺につけ、活力を補給しはじめる。
「連携を開始、一気に勝負をつけます」
 戦場に散布したナノマシンを腕に集め、ドリルのように展開する。
「皆の衆、ここらが正念場ぞ! 気合を見せよ、全力で畳み掛けるで御座る!」
 人の身体を持つ機械と、人の心を持つ機械。ピコのスパイラルアームが敵の胸を穿ち、再度穴を開けると、そこへディバイドの氷の刃が吸い込まれていく。貫通して、敵の背から刃が伸びる。
「これにて……一剣、落着ッ!!」
 今度は敵の全身が凍り付く。そしてひび割れたかと思うと、粉々に砕け、闇夜へと溶け消えていく。
「終わった、な」
 ストップウォッチのボタンを押すラティクス。数字は、5分48秒で停まっていた。

●願い
「いやあ、無事に終わってなによりで御座るな、はっはっは!」
「これだけ仲間がいるんだから楽勝だぜ! なっ!」
 拳をぶつけ合い、呵呵大笑するディバイドと犬太郎。
 その横、セイヤが炎酒のミミックをクリーニングで綺麗にしてやっていた。
「ったく、ドリームイーターの野郎、あちこち墨だらけにしやがって」
「ツァイスも今回は大変やったな」
 炎酒もミミックを拭いて労をねぎらう。視線の端に、えぐれたグラウンドが見えた。
「ヒールの時間だな、ふふ」
 そこもエルボレアスが水を得た魚のようにヒールしてまわっている。直に戦場だったのがウソのように修復できるだろう。
「生徒たちの短冊は無事やろか?」
「七夕飾りのあるベランダ側に被害はないので大丈夫かと」
 炎酒の疑問にピコが答える。
「星が、見えてきましたわ」
 夜空を見上げるキャロライン。エルボレアスの操作した天候も既に戻っていて、流れる雲の切れ間から天の川が覗いていた。
「空気が澄んでるからか、綺麗なもんだな」
 青森の夜空を一望し、呟くラティクス。
「人々の願いも、今度はちゃんと天まで届くだろうな」
 静かに告げ、セイヤたちはしばしの間、自らが勝ち取った安寧に浸るのだった。

作者:蘇我真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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