
7月7日、七夕の夜。東京上空……。
大きな鍵を手にした『赤い頭巾のドリームイーター』が、ひとり、空を漂っていた。
「綺麗……短冊に込めた人々の願い事が、まるで宝石のよう。
あの輝きが欲しくて、あなたは『モザイクの卵』を降らせたのね。
でも、鎌倉の戦いでこしらえてもらった卵も、あと少ししか残っていないのね。
…………。
いいわ、あなたの夢、私が手伝いましょう。
だって、あなたの夢は、きっと私と同じだから。
だから、残った卵を私に頂戴。
あなたをこの星に呼んであげるわ……ジュエルジグラット」
七夕と言えばたくさんの短冊を吊るした笹飾り。
幼稚園のものともなればたくさんの園児がたくさんの飾りと、たくさんの短冊が笹を彩っている。
東京のある幼稚園に1mほどの球体があった。
モザイクの塊に思えるそれは、卵というには酷く歪ではあるが間違いなくドリームイーターの卵だ。
卵はある短冊を集めていた。
短冊に書かれているのは『花嫁さんになれますように』という、たくさんの女の子が抱く夢だ。
だから短冊はたくさん、たくさん集まる。
だから卵はどんどん、どんどん願いを吸い、そして、孵化した。
生まれたのは3mほどの真っ白なウェディングドレス。ふんわりしたフォルムはまさに幼い女の子が夢見る『花嫁』の衣装そのもの。
『花嫁』たるドリームイーターがふわりと園庭に舞い降りる。その体内にモザイク化したたくさんの短冊を取り込んだままに。
「皆さん、聞いてください」
くるりと赤い唐傘を回した河内・山河(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0106)がケルベロスを見つめる。
「ドリームイーターが七夕を利用して大作戦を行うことが判明しました」
ドリームイーターは、鎌倉奪還時に失敗した『モザイク落とし』作戦を再び起こそうとしてるらしい。
「この作戦は、ローデッド・クレメインス(灰は灰に・e27083)さんや他のたくさんのケルベロスが予測して調査してくれはったから事前に知ることが出来ました。モザイク落としが行われれば、大変なことになってしまいます」
成功させてしまえば日本に巨大なモザイクの塊が落下する。そうなれば大量のドリームイーターが出現し、日本中が大混乱となることが予測されている。
モザイク落としの為の儀式はこうだ。
残存するモザイクの卵を使用して、日本中の七夕の願いをドリームイーターとする。そして生み出されたドリームイーターを生贄に捧げてエネルギー源とし、モザイク落としを起こす。
険しい表情の山河は小さく息を吐き、再び傘をくるりと回した。
「七夕の願いから生まれたドリームイーターは出現してから7分間で自動的に消滅し、モザイク落としの為のエネルギーに変換されてしまいます」
発生したドリームイーターはその場に留まり、7分間を待つ。周囲の一般人を襲うことは無いらしい。
だから、と山河は続ける。
「皆さんには、ドリームイーターが現れる地点へ向かって7分以内にドリームイーターを撃破してほしいんです」
山河が告げた場所は東京のとある幼稚園。
人はいない。一般人の接近を心配することも避難誘導も必要ないと山河は言い切った。
「このドリームイーターはウェディングドレスの外見をしてます。……花嫁さんになりたいっていう短冊を集めたからでしょうね」
グラビティは3種類。
無数に召喚されたブーケが降り注ぎ、ヴェールを出現させて回復と状態異常を取り払い、ケーキカット用のナイフで重い斬撃を放つ。
「ドリームイーターは7分以内に撃破出来へんかったら、生贄として消滅してしまうので倒すことが出来んくなります。それと、今回現れたドリームイーターの過半数を撃破せんとモザイク落としが実行されてしまいます」
集まったケルベロスがより強い緊張を帯びる。それを肌で感じ取った山河は重々しく頷いて言う。
「せやけど、ほぼ全てのドリームイーターの撃破に成功すれば、モザイクの卵による事件は発生せぇへんくなると思います。皆さん、どうかよろしくお願いします」
参加者 | |
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![]() アリス・ティアラハート(ケルベロスの国のアリス・e00426) |
![]() 国津・寂燕(刹那の風過・e01589) |
![]() 輝島・華(夢見花・e11960) |
![]() ジャスティン・ロー(水色水玉・e23362) |
![]() レイニー・インシグニア(舌切り雀・e24282) |
![]() ベルカナ・ブラギドゥン(心詩の詠唱姫・e24612) |
![]() フロル・ネスキオ(照る道標・e27100) |
![]() デルテロシエル・ルルアルテリエ(生へのロマネスク・e29163) |
●ブランシュ
卵が孵化したのと7つの足音と6つの光が舞い降りたのはほぼ同時。
「……やっぱ『今日』みたいな日には、幸せになりたいっていう想いも強くなるのかねェ」
現れた巨大な白いドレスを見上げ、レイニー・インシグニア(舌切り雀・e24282)はぽつりと零した。
対してアリス・ティアラハート(ケルベロスの国のアリス・e00426)は眉を顰め、胸に抱いた感情を吐露する。
「女の子の憧れの、花嫁さんの夢を利用するなんて……」
「短冊を返してもらうためにも早く倒しちゃおっ!」
「はい」
明るくゆるっとした口調で言うジャスティン・ロー(水色水玉・e23362)は最前に立つ仲間の前へ別々のホログラフィを展開。
輝島・華(夢見花・e11960)は眼前に出現したホログラフィを心強そうに見遣ると、一度閉じた手中から魔力で生成された花弁を跳ばす。
「さあ、よく狙って。逃がしませんの!」
まるで彩るように何枚もの花弁が白いドレスを追う。
「お前さんが集めた夢は穢したらいけない夢だ。一枚残らず置いていって貰うとするよ」
衣服に固定したランプの光を受け、国津・寂燕(刹那の風過・e01589)の刀が怪しく輝く。構え、瞬時に踏み込んだ。
「それじゃあ、国津寂燕参るとするよ」
卓越した技量からなる一閃。ドレスの裾がふわりと広がる。
くるり、くるりと踊るドレスは華へと接近し、突如として巨大なナイフを呼び出す。ゴウッと唸りを上げて華に襲い掛からんとしたナイフをベルカナ・ブラギドゥン(心詩の詠唱姫・e24612)のボクスドラゴン『ウィアド』が受け止めた。
重い斬撃だがサーヴァントとはいえ守に重きを置いている以上、一撃ですべてを持っていかれることは無い。
アリスはすかさず刻印の入った指輪からウィアドの前に光の盾を具現化させる。
時は夜。
星明りだけでは心許ないが光源は6つある。視覚に不安は無い。6つの光は一つ所に留まることなく戦場を駆け回る。光は時に重なり時に遮られる。
今日は年に一度の織姫と彦星の逢瀬の日。なんて素敵な行事だろうと、ヴァルキュリアとして生まれたベルカナ・ブラギドゥン(心詩の詠唱姫・e24612)は思う。
ここに来るまでの間にも見えた、夜空に流れる天の川。そんな素敵な日に、あの川が悲しみの涙で覆われることのないようにしなくてはいけない。
ベルカナは強い眼差しでドレスを見据えた。
「いくよ! 華さん! やっちゃって!」
「はい、ベル姉様」
最前に立つ仲間達の背後に爆発を発生させれば士気が高まる。
爆風の隙間を縫ってドレスの前に躍り出たレイニー。とろりと黒い液体が瞬時に姿を変える。
「いいドレスだなァ。けど俺の相棒には餌に見えてるみてェだぜ?」
ばくりと黒が白に纏わりつく。振り払うべく裾を翻したドレスに流星が降り注ぐ。
ドレスを裂いて一度宙へ跳び、すたんと舞い降りたフロル・ネスキオ(照る道標・e27100)は金の髪をなびかせ、振り返った。
ウェディングドレスは純粋で可愛らしい夢、願いの象徴。けれどここにあるドレスは違う。
「このような形で歪められるべきものでは、ないはずです」
汚れ始めたドレスはくるくると踊る。自分こそが吸い上げた夢そのものだと主張するように、くるりくるり。
●ホワイト
花嫁になりたい。
それは実に凡夫で、それでいて可愛らしい夢にあふれたお花畑のような内容だとデルテロシエル・ルルアルテリエ(生へのロマネスク・e29163)は思う。他にも思うことは多々あれど。
「まぁ、願うことは誰にでも許された特権だ。好きに願うといいさ。叶うかどうかは別としてな」
言って、思考を切り替える。
持ち込んだ照明で仲間達も充分に見えている。夜目が効くとはいえ、周囲の観察や敵の行動の伝達は不要だろう。そして一刻も早く倒さなくてはいけない以上、優先すべきことは見えている。
タタッと静かに駆けたデルテロシエルが2本のライトニングロッドを振りおろし、莫大な雷を流し込む。
ドレスがその衝撃に身を震わせる合間にジャスティンはウイルスカプセルを投射した。
軽い風切り音を立てて跳ぶカプセルを追うように走る寂燕。
「さて、ここかな?」
着弾と同時に、空の霊力を帯びた刃がドレスの裂け目を正確に斬り広げた。
その様子を見ながら寂燕は思考を巡らせる。ここまでにドリームイーターへ与えたダメージは決して高くない。
しかしそれも3人と1体が仲間の支援と回復にまわったからだ。攻撃手が増えれば話も変わってくるはず。
レイニーの遠隔爆破が炸裂すると、煙の中でドレスは袖を高々と掲げた。すると無数のブーケが出現。最前に立つ者目がけて降り注ぐ。
ボクスドラゴン『ピロー』とジャスティンが跳び上がってその大多数を引き受けたが、そこから漏れたいくつかがデルテロシエルを襲う。
「くっ……!」
「待っててください、すぐに……!」
小さく苦悶の声を漏らすデルテロシエル。アリスが白い翼をバッと広げ、オーロラのような光で仲間を包む。
そしてさらにベルカナが仲間の力を高めるべく歌う。
「どこまでも続く蒼穹の空、青く蒼く澄み渡り……あなたと私を導いて」
舞い上がる花弁は青空を閉じ込めたような青。夜の闇の中、木漏れ日の様に温かな光が降り注ぐ。
レイニーが光を眺めたのは一瞬。すぐに近くのフロルへと視線を投げ、ニヤリと笑った。
「熱烈に歓迎してやろうぜ」
「そうですね。どこまでも熱く参りましょう」
言い終えたフロルは駆けだした。溶岩の様に熱く、赤く輝く生命体を鋼の鬼に変化させ、拳をドレスに叩き込んだ。
衝撃音は布に吸われてしまい小さくなったものの、スカートのレースがはらりと地面に落ちる。
そこにデルテロシエルが跳びかかった。他のケルベロスの支援のおかげよく『見える』。飲み込まんと大口を広げたブラックスライムは、狙い違わずドレスへと喰らいつく。
攻撃か、支援か。ジャスティンが悩んだのはわずかな時間。
「……よしっ! 補助展開コード、鷹の目!」
腕を振り上げ、再び最前の仲間へホログラフィを展開する。自らの一手と引き換えに仲間の数手を優先したのだ。
背中を押されるような温かさを華は感じた。ジャスティンとベルカナがいることの、なんと心強いことか。自分のできる最善を尽くそうと改めて思う。
タンッと地面を蹴って跳び上がった華は勢いのままに2本のライトニングロッドを叩きつけた。
ぐらり、ふらついたドレスは下半身を一回転させ、元に戻る勢いを利用して体勢を立て直す。本来の花嫁、いや、人間ではありえない動き。
アリスの大きな青い瞳が陰る。花嫁のウェディングドレスを傷つけるのは気が引けるが、あのドリームイーターはあってはならないものだと己を叱咤する。
「貫きて尚も貫く……ヴォーパルの剣戟です……!」
呼び出した剣を巨大化させ、凄まじい速さでアリスは斬りかかる。一閃、また一閃と走る刃に合わせてドレスに新たな切れ込みを生じさせた。
●白
時が経つほどに白いドレスは薄汚れ裂けていく。残る時間は3分を切った。
けれど想定よりも遥かにドリームイーターの消耗が激しく、逆にケルベロスには充分すぎるほどの余力があった。
誰かが口にしたわけではない。しかしこの場にいる全員が畳みかけるべきだと断じた。
少し癖のある空色の髪を夜風が揺らす。手に馴染んだ細剣を片手に、身軽な動きでレイニーはドレスに接近する。
「ワリィんだけどさ、その夢は返してもらうぜ!」
鋭い一突きと共にグラビティの光がドレスを覆い、爆発する。
爆発の中心点を目指すフロルはふわりと微笑んだ。フロルが駆けた軌跡を残すように青白い炎が後を追う。
今日は良い日だ。七夕という素敵な日でレイニーの誕生日。そんな日に共に戦えることが嬉しい。
フロルは五指に魔力を纏わせて刃物とし、ドレスに食い込ませた。力を加えればビリィィィと耳障りな音と共に穴が広がる。
もはやドレスと呼ぶのも烏滸がましいほど薄汚れた姿にデルテロシエルは鼻を鳴らした。未だくるくると動き回るドリームイーターは食われるために生み出された存在。哀れと零しながらもデルテロシエルの瞳に揺らぎはない。
「その純白を己が鮮血で染め行きながら夢のままで散るといい、夢の落とし子よ。お前の夢は永久に叶わないだろうよ」
槍の如く鋭く尖らせたブラックスライムがドレスを貫く。ドレスは体をくの字に曲げると、ふわりと柔らかなヴェールをかき抱いた。
縋るような姿。けれど、同情を掻き立てられる者は誰一人としていない。
死を与える刃と真実を求める刃を交差させた寂燕は、最後にもう一度だけ白かったドレスを見据えた。
「麗しき衣は花と散り、無粋な夢喰いは毒に散れ」
刃が振るわれるたびにふわり、ふわりと布切れが舞う。それらが地に落ちる前に、無残な姿となったドレスごと消えていった。
華はほっと胸を撫で下ろした。倒れた者は一人もいない。遊具がいくつか壊れているがヒールすれば大丈夫だ。
一息ついたアリスが損害個所にオラトリオヴェールを投げた。修復のほんのわずかな間に手を組んで祈りをささげる。
「みんなのお願いが、叶いますように……私も、いつか素敵なお嫁さんになれたらいいな……」
思い浮かべたのは一番大好きな人の姿。
「花嫁さんか~憧れるよね。あ、そうだっ!」
右目を閉じたジャスティンが皆に見えるように拳を開いた。検索したドレスを次々に立体映像として浮かび上がらせる。
「最近は色んな色のドレスがあるけどやっぱ純白かなあ~」
「ジャスティンさん素敵!」
「ドレス色々あるんですね」
身を乗り出して覗き込んだのはベルカナと華だ。
「私は……あ、このプリンセスラインとかスカートの裾がふわっとしてて本物のお姫様みたいで良いなと思いました」
「私、マーメイドラインが好きかも」
「マーメイドラインも綺麗ですよね」
華やかな女子トークの最中、ベルカナがふっと哀しげに微笑む。これを着て隣に立ちたいと思う人がいるのは遥か遠いところ。
刹那の笑みを見とがめたジャスティンは、こういうの似合いそうなんて言いながらすかさずマーメイドラインのドレスを投影する。
「男性陣はどれがいいと思う? ねえねえ」
「ドレスねぇ、どれ着ても女の子はみんな可愛いと思うよ。おじさんは。……敢えて言うならこの和柄で着物を彷彿とさせるドレスかねぇ」
寂燕の雰囲気が和を思わせるからか女子三人組は納得の表情。
次々と変わるドレスを興味深そうに眺めていたレイニーは、ふいにフロルへ視線を向けて呟いた。
「……アンタは赤とか白のドレスも似合いそうだな、シスター」
「そう、ですか? ふふ……嬉しいです」
くすりと微笑んだフロルは大人の冗談を返す。
「レイニーさんも、きっとタキシードが良くお似合いに……今度、一緒に試着会でもいかがですか? ふふ」
「ハッ、そりゃいいや」
笑みに笑みを返す二人の横で、アリスが憧れの眼差しでドレスを見ている。
「素敵なウェディングドレス……♪ あ、私はさっきの青いリボンのドレスが好きです!」
賑わう仲間達を尻目にデルテロシエルは遊具の柵に腰かけた。
デルテロシエルは会話に加わるつもりはない。ただ黙って夜空を見上げる。
牽牛と織女の言い伝えは兎も角。濃紺の海を流れる天の川は悪くない。そう思うのであった。
作者:こーや |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
![]() 公開:2016年7月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 0
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