七夕モザイク落とし作戦～スペースかいじゅう

■リプレイ

●ビルとかいじゅう
　明るいうちは賑々しいオフィス街も、夜ともなれば静けさに包まれている。
　七夕の夜はそれが特に顕著であった。見渡す限り人の姿はなく、明かりといえば等間隔に設置された街灯が狭い範囲を照らすのみである。
　今日に限っては残業も免除され、ビルから漏れ出る光もない。世界から切り離されたような街中で一つの命が産声を上げた。
　現れたのは二足歩行の恐竜を模した一匹のかいじゅうであった。小さな子どものタッチで描かれた怪物は全長三メートルながらどこかメルヘンチックで、童話の世界から飛び出してきたキャラクターにも思えた。
「マジでラクガキじゃねぇか。もうちょっとどうにかならなかったのかよ」
　迫り来る怪物を真正面で待ち構える嵐城・タツマ（ヘルダイバー・e03283）は思わず独り言つ。実際に目にするかいじゅうは聞いていた以上にラクガキであり、うっぷんを晴らす相手としてはやや物足りなさを感じていた。
「ま、ぼやいてても仕方ねぇか。大暴れしたいってんなら限界まで付き合ってやるよ」
　指の関節を鳴らしたタツマが怒号を上げながら駆け出す。
　荒々しい一撃が繰り出されるよりも先に、デウスエクスへと飛び掛かる姿があった。藤咲・うるる（まやかしジェーンドゥ・e00086）がその細腕からは想像もつかないほどの力を込めて大ぶりのルーンアックスを振り下ろした。
　頭部を斬り裂かれたドリームイーターが薄い紙切れのように捲れる。傷口から覗き見えた短冊の一枚がうるるの目に留まった。
　幼い子どもの字で書かれた、かいじゅうになってげんきに外であそびたい、という願い。その一文からは決して順風満帆ではない身の上が察せられた。
「願い事に、罪なんてないよね」
　舞い降りたうるるの全身がオーラに包まれる。捲れた上半身を起き上がらせたかいじゅうは、斜めに傾いた半月状の目でじっと、うるるを睨みつけた。
「悪いのは純粋な想いを踏みにじるドリームイーター。私は絶対に許さない！」
　真っ直ぐに相手を見据えたうるるがオーラの弾丸を放つ。タツマもその背後から駆動式のチェーンソー剣で挟撃した。
　大物相手に立ちまわる仲間の姿を少し離れたビルの影から見守っているのはアストラ・デュアプリズム（グッドナイト・e05909）である。彼女の指先はせわしなくスマートフォンの画面をタッチし続けている。
「ひらめいた！」
　敵の動きを注視しながらもひとり熟慮していたアストラがぽんっと膝を打つ。
「七分なのは七夕だからだよね。そこに気づいたボクは賢いよね！」
　自画自賛するアストラの頭に小粒で怪我をしない程度に固い何かがぶつかった。
　犯人は彼女のサーヴァントでありお目付け役でもあるボックスナイトだった。前衛からの思わぬツッコミにアストラはひどく狼狽する。
「な、なんで……って、そんなこと言ってる場合じゃないって？　ごもっとも！」
　謎解きに没頭しながらも自らの役割は忘れていない。前衛で戦う仲間のために休みなくスマートフォンで支援を送っていた。
　大部分は的確に攻撃を当てるためのアドバイスだったが、一部に煽りとしか受け取れないようなコメントもあり、それがボックスナイトの怒りを買った。不本意なかいじゅうのコスプレにはもっと怒っていた。
　ボックスナイトが仲間の身を守りながら勇敢に戦う一方、滝・仁志（みそら・e11759）のサーヴァントであるカポは必死に応援動画を流しながらも、小さな身体は可哀想なほどすくみあがっていた。
「どうしたカポ。見慣れない相手だから怖いのか」
　暴れ回るかいじゅうとなぎ倒されるビルのコントラストを前にして、仁志は無理もないと苦笑した。
　カポの傍に駆け寄り、優しく頭を撫でてやった。
「今日はカポがみんなを守るんだぞ。頑張ろう」
　カポはまだ震えを見せながらも力強くうなずき、最前線に飛び込んでいった。
「大丈夫。俺がちゃんと見守ってるからな」
　さっと笑顔を消した仁志はカポに負けじとエアシューズを走らせる。足首を狙って強烈な足払いを仕掛けた。
　ほとんど手応えなく打たれた足が捲れ上がって反り返る。
　前につんのめるような体勢になったドリームイーターの頭上まで跳躍したルーチェ・プロキオン（魔法少女ぷりずむルーチェ・e04143）がシャイニング・ハートを振り上げ、力任せに叩き付けた。
　半ば強引に押し倒されたかいじゅうが地面に突っ伏す。裏面にも同じ顔のあるドリームイーターが空を見上げる中、軽やかに着地したルーチェは一瞬のうちに魔法少女のコスチュームへと変身した。
「悪いかいじゅう、ドリームイーター。無垢なる願いを力に変えて。きらめく愛の魔法少女、ぷりずむ☆ルーチェが成敗します！」
　洗練された決めポーズをとるルーチェを狙って、平べったいかいじゅうの身体が巻物のようにくるまる。
　唐突な頭突きに怯んだルーチェだったが、すぐに荒々しい物理魔法で応戦した。
「悪いかいじゅうさんには、おしおきです！」
　構えたルーチェの腕が高速回転を始める。
「いきますよ！　邪悪な意思を吹き飛ばす、正義の旋風！」
　両腕の回転から生じた二つの竜巻が平面の身体を無慈悲に斬り裂く。
　強風によって吹き飛ばされたかいじゅうは何処からかクレヨンを取り出し、失われた自分の身体を塗り直した。
「構造が単純であるほど治療や修理も容易か。なるほど、一つの真理かもしれんな」
　ウィッチドクターであるビーツー・タイト（火を灯す黒瑪瑙・e04339）はみるみるうちに傷口が塞がっていくラクガキに強い関心を抱いた。
　興味は尽きないながらも時間は差し迫っている。何よりもビーツーにとって、イラストとはいえ竜を模した存在が人々に危害を加えることは耐え難い苦痛であった。
「その力、捨て置くわけにはいかん。ボクス！」
　前衛に立つサーヴァントのボクスに視線を送る。何も伝えずともビーツーの持つトラロックロッドがボクスの炎を纏った。そこに自身の炎を重ねる。
「俺達の熱を、その身で受けるがいい！」
　二種の炎がロッドを媒介としてドリームイーターの身体を焼き焦がす。黒ずんだ身体の一部にはうまく色が乗らず、傷の治療を阻害された。
　見た目にはまったく変わらないながらも怒った様子のかいじゅうは、がおーと緊張感を削ぐ雄叫びを上げて、絵に描いたようなぎざぎざの炎を吐き出した。
　小道具のような炎はしかし本物と変わらぬ灼熱でケルベロスに襲い掛かる。巻き込まれた街灯や信号機などは一瞬のうちに燃え上がって融解した。さらに聞く者を脱力させる咆哮がパラライズ状態に陥ったかのように身動きを封じる。
「見た目は少し、とはいえ、やはりデウスエクスだな」
　地獄化した翼を広げたエルム・ユークリッド（夜に融ける炎・e14095）は、がっくりと膝から崩れ落ちるケルベロス達を七色の光で癒やす。より深傷を負った者にはサーヴァントのロウジーが補った。
「しかし見事なまでに平面だ。どうやって直立しているのか」
　エルムから見てちょうど側面を向けているかいじゅうは紙切れ一枚の厚さとほとんど変わらない。それが少しも傾くことなく背筋を伸ばしている姿は、常日頃から異常事態に身をおくケルベロス達にとっても非日常であった。
　ふと、手元のタイマーに目をやる。戦闘開始からすでに三分が経過していた。
「残念だが、ゆっくり見ている暇はないな」
　総攻撃に向け、今は少しでも余力を残すための治癒を優先した。
　エルムの治療を受けて立ち上がった千軒寺・吏緒（ドラゴニアンのガンスリンガー・e01749）は真上に迫るかいじゅうの顎を力いっぱい蹴り上げた。ほとんど抵抗のない身体は容易に捲れ、上半身を折りたたんだ。
「こんなのになるのが夢だってのか。そんなわけねーよな」
　ペラペラと捲られながらあちらへこちらへ不可解な攻撃を仕掛けるかいじゅうを相手に吏緒は小さく首を振る。
「叶うと嬉しいだけが夢じゃないよな。現実にならんからこそ楽しい、ってこともあるよな。多分」
　目の前の化け物は格好良さからはほど遠く、吏緒の感性から言えば不気味の一言であった。
　かいじゅうの炎が再び吏緒を襲う。気力をそぎ取る精神攻撃に耐えながら太刀を抜き払った。
「どうせなら正義の怪獣になろうぜ。それがどれだけ楽しいことか、特別に見せてやるよ」
　その場にはいない、願い事の主に届くことを祈って、地上に鮮やかな月を描く。
　激戦が続く中、オフィス街にいくつものアラーム音が鳴り響く。それはタイムリミットを示す、総攻撃の合図であった。

●残り三分の攻防
「フィナーレよ、全員でかかりましょ！」
　檄を飛ばしたうるるが皆の先陣を切って飛び出す。
　かつて自らをも苦しめた病魔の力を拳に集め、かいじゅうに憧れる子どもたちの願いをその身に背負い、最も信頼のおける拳を借り物の身体に叩き込んだ。
「この力こそ、私にとっての太陽。だれも取りこぼしはしない！」
　打ち上げられたかいじゅうがふわりと浮き上がる。
　タツマがその身を捕らえ、力の限り足蹴にした。
「もう十分に満足しただろ。ガキは寝る時間だぜ」
　雲を掴むような、殴りつけた感触の残らない喧嘩を続けたうっぷんでタツマ腕が小刻みに震える。
　アザが浮かび上がるほど強く握り締めた拳をえぐり込むように打ち下ろした。
「釣りはいらねぇ。遠慮せずくたばりやがれ！」
　叩き付けたグラビティの結晶がデウスエクスの体内で弾ける。クレヨンを塗るだけではごまかせない風穴がいくつも開いた。
　猛攻を受けながらも敵の攻撃は緩まず、上半身を折りたたんでタツマの肩に噛み付いた。
「へっ。そっちからは、けっこう効くじゃねぇか」
　突き刺さった牙は何処にそんな力があるのか少しずつ内部にまで食らい混んでいく。タツマは強引に引き剥がしてかいじゅうの頭を押しやった。
「何を狙ってるのか知らないけど、子どもたちのためにも諦めてもらうよ」
　身を離したところに氷の粒が飛ぶ。仁志の放った無数の礫は全弾命中し、大きな胴体の一部を凍り付かせた。
「隙が大きくなってきたね。弱ってきた証拠かな」
　いくら攻め立てても表情の変わらないかいじゅうの顔がゆっくりと持ち上がる。開いたままの口から渾身の炎が吐き出された。
　同時に二度目のアラームが鳴り響く。敵の消滅まで残り二分を切った。
「……これくらいで、倒れるものか」
　業火に焼かれながらもエルムは治療を後回しにして砲身を向ける。
「俺の痛みで悲劇を止められるのなら、何よりも安上がりだ」
　充填されたバスターライフルから凍てつく光が放たれる。薄い体表を貫いた凍結光線が傷口を薄氷で覆った。
　氷に身を引き裂かれたかいじゅうは自らを円筒形に丸めて横移動する。その進行方向上に吏緒が立ちはだかった。
「ここが正念場だ。さらに気合入れてくぜ！」
　意気込みとともに丸まった身体を蹴りつける。逆回転したかいじゅうはまっ平らになってのけぞった。
　間髪を容れずに全身が炎に包まれる。燃え盛る炎の向こうでは、アストラが二台のスマートフォンを握りしめていた。
「夢は悪夢で終わらせない！　って、ボクちょっとカッコいいこと言ったかも」
　画面上には複数のサイトが表示されている。書き込みがひとつ増えるごとに炎は勢いを増していった。
　せわしなく指を動かしながらもちらりと前衛のボックスナイトを見やる。戦闘に集中するあまり、アストラの言葉には気づいていない様子だった。
「それはそれで、調子狂っちゃうかもね」
　つぶやいたアストラの目の前に、彼女にも増して緊張感のないかいじゅうの顔が迫る。
　とっさに庇ったボックスナイトごと、付近のビルがなぎ倒された。
　いくつものビルが倒壊する中、三度目のアラームがケルベロス達の耳に届く。残り時間はわずか一分。四度目のアラームは、だれも準備していない。
　この土壇場で、かいじゅうはクレヨンを取り出した。
「させるかっ！　ボクス！」
　緑色のロウが傷口を塞いでしまう前に、ビーツーはボクスと力を合わせ、重なり合う螺旋の炎を浴びせた。
「これは俺達だけの戦いではないのだ！　何として阻止する！」
　見た目にはわかりにくいものの、度重なる攻撃は確実に敵の生命力を削っていた。もはや色を塗るだけで治せる部分はほとんどなく、クレヨンは形を失ってボロボロに崩れ去った。
　仰向けに倒れたまま身動きしないかいじゅうを目掛けて、四肢にオウガメタルを同化させたルーチェが跳び上がった。
「この一撃に、私のレプリカント魔法のすべてを込めます！」
　打ち下ろしたラスター・ルイテンの拳が豪快にドリームイーターの顔を突き破る。裂け目から全身に裂傷が広がった。
「人の心を愛する気持ち！　これが私達の魔法です！」
　破れた口から、がおーと力の抜けた叫びが上がる。弱々しいそれが断末魔となり、かいじゅうの姿は一瞬のうちに弾け飛んだ。

●七夕の夜
　ドリームイーターの源として体内に取り込まれた短冊が周囲に散らばる。たくさんの願いを降りしきる雨のように受けながら、うるるは携帯の画面に視線を落とした。
　タイマーはちょうど、ゼロを示したところであった。
「みんなの夢、悪用されずに済んだみたいね」
　安堵したうるるはこぼれるような明るさを振りまいた。
「殴る相手としてはイマイチだったがな。赤い頭巾のヤツは、いねぇかやっぱり」
　今ひとつ消化不良を感じていたタツマは拳を握り締めたり開いたりを何度も繰り返していた。
「今日は本当によくがんばったね。偉いよカポ」
　褒められたカポは嬉しそうな顔を画面に浮かべながら仁志に抱きつく。
　勝利の余韻もそこそこに、エルムが中心となって倒れたビルの修復に取り掛かった。
「これで、モザイクの卵は全部消えたことになるのかな」
「そう願いたいもんだな。無事に終わってることを期待しようぜ」
　顔を上げたエルムに釣られて吏緒も空を見上げる。
「そうですよ。だって、お星様が見守っててくれてるんですから」
　星空はルーチェの言葉に答えるかのように次々とまたたいた。
　だれもが口数の少なくなる静かな夜を切り裂くように、アストラの悲鳴が響き渡る。
「だ、だから、そのきぐるみは作戦で！　必要なこともちゃんと――ぎゃあ！？」
　ようやく戦いの緊張から解かれたボックスナイトは今日一日のうっぷんを晴らさんかのごとくアストラに噛み付く。
　二人のやり取りを何度も目にしたケルベロス達は特に気にかけることもなく、少しのあいだ注目しただけですぐに背を向けた。
　修復が終わると、ビーツーは大きな翼を広げて浮かび上がった。
「こんな夜くらいは、空を散歩しながら帰るのもいいだろう。お前も一緒に飛ぶか、ボクス」
　二人並んで、七夕の夜を一足先に飛び去っていった。

作者：稀之	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年7月15日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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