七夕モザイク落とし作戦~恋心より生まれしモノ

作者:東雲ゆう

 7月7日、七夕の夜。東京上空……。
 大きな鍵を手にした『赤い頭巾のドリームイーター』が、ひとり、空を漂っていた。
「綺麗……短冊に込めた人々の願い事が、まるで宝石のよう。
 あの輝きが欲しくて、あなたは『モザイクの卵』を降らせたのね。
 でも、鎌倉の戦いでこしらえてもらった卵も、あと少ししか残っていないのね。
 …………。
 いいわ、あなたの夢、私が手伝いましょう。
 だって、あなたの夢は、きっと私と同じだから。
 だから、残った卵を私に頂戴。
 あなたをこの星に呼んであげるわ……ジュエルジグラット」
 赤い頭巾の少女が、手にした鍵を一振りする。
 すると、空間が裂け、そこから直径1mほどのモザイクの卵が現われた。
「さあ、たくさんの願いを食べて……私の力になって頂戴」
 少女が手にした卵を空中へと放つと、それはとある神社へと舞い降りる。
『恋人ができますように』
 縁結びで有名なその神社の短冊に書かれている願いごとの内容は、恋愛成就が圧倒的に多い。
 ――短冊がたくさんつるされた笹から短冊を吸収し始めてからしばらく後、モザイクの卵は体長3mほどのハート型のドリームイーターへと変化した。
 
「ドリームイーターが、七夕を利用した大作戦を行う事が判明したわ」
 レナ・グルーバー(ドワーフのヘリオライダー・en0209)の言葉を聞いたケルベロスたちに緊張が走る。
「ローデッド・クレメインス(灰は灰に・e27083)さんをはじめ、たくさんのケルベロスのみんなが予測して調査してくれたから事前にわかったんだけど、どうやらドリームイーターは、鎌倉奪還戦時に失敗した『モザイク落とし』作戦を再び起こそうとしているみたいなの」
 モザイク落としが行われれば、日本に巨大なモザイクの塊が落下するため、大量のドリームイーターが出現してしまう。もしそんなことが起きれば、日本中が大混乱となってしまうだろう。
「敵は、残っているモザイクの卵を使用して、日本中の七夕の願いをドリームイーター化しようとしているわ。そのドリームイーターを生贄に捧げる事で、モザイク落としのエネルギー源にしようっていう魂胆ね」
 レナはケルベロスたちを見渡すと、さらに言葉を続ける。
「やっかいなことに、七夕の願いから生まれたドリームイーターは、出現してから7分間で自動的に消えて、モザイク落としの儀式のエネルギーに変換されてしまうみたいなの。
 だから、みんなには、ドリームイーターが現れる地点に向かって、ドリームイーターが消えてしまう7分以内に撃破して欲しいの。……お願いできるかしら?」
 断る理由はない。深く頷くケルベロスたちを見て、レナはありがとう、とにっこりと微笑むと、手元のタブレットに視線を移す。
「今回、みんなに向かってもらうのは、縁結びで有名な『東京大神宮』よ。境内の笹には『恋愛成就』の願いが書かれた短冊がたくさん吊るしてあって、どうやらドリームイーターはそれに目をつけたみたいね」
 タブレットに目を走らせながら、レナはさらに説明を続ける。
「ターゲットのドリームイーターだけど、体内に『モザイク化した沢山の短冊』を取り込んでいて、3mぐらいの『大きなモザイクのハート』のような形をしているみたいよ」
 レナが言うには、敵が使うグラビティは3つあるという。
 1つめは、モザイクを飛ばして敵を包み込み、敵をしびれさせる『片思いビーム』。
 2つめは、モザイクを巨大な口の形に変え、敵を欲望ごと喰らい尽くす『あなたが欲しい』。
 そして3つめは、「心を抉る鍵」で敵の肉体を斬り裂くと同時に、トラウマを具現化させる『もう一人はイヤだスラッシュ』。
「それと、さっきも少し説明したけど、今回のドリームイーターは7分で消えてしまうから、時間内に撃破できなかった場合は倒すことができなくなってしまうわ。しかも、今回現われたドリームイーターを半分以上撃破できなければ、モザイク落としが実現してしまうの」
 でも! とレナはひときわ声を大きくする。
「敵は、今残っているモザイクの卵を全てこの作戦につぎ込んできているから、今回ほぼ全てのドリームイーターの撃破に成功すれば、モザイクの卵による事件は今後発生しなくなるはずよ」
 一通りの説明を終え、レナは改めてケルベロスたちに向き直る。
「敵の計画を完全阻止すれば、現在起きているモザイクの卵の事件は発生しなくなるから、できれば完全勝利を狙いたいところよね。それに、恋心を悪行に利用するなんて不届き者、見逃す訳にはいかないしね」
 みんなの勝利を信じてるから! とレナは元気に微笑んだ。


参加者
メイザース・リドルテイカー(夢紡ぎの騙り部・e01026)
一空・零菜(マジゴッドっスよ・e02712)
藥雅・朝陽菜(ドラゴニアンウィッチドクター・e09145)
加賀美・有栖(鏡の国の少年アリス・e18529)
アイリス・ブラックウッド(未だ己が何者か知らぬもの・e19733)
スピノザ・リンハート(忠誠と復讐を弾丸に秘め・e21678)
白詰・小百合(ヤンデレ化物ラブハンター・e29502)

■リプレイ

●そのモノは恋心を喰らい
 7月7日、七夕の夜。ケルベロスたちは神社の境内に身を潜め、息を殺して辺りの様子を伺っている。
 ――変化は、突然起こった。
 直径1mほどの黒い塊が舞い降りたかと思うと、次々に短冊からエネルギーを吸収する。その勢いにあおられて笹に飾られた短冊も吸い込まれ、そして、予知にあったような巨大な禍々しいハート型の『夢喰うモノ』へと変貌を遂げる。
「今日のオレは時計兎、ってね」
 加賀美・有栖(鏡の国の少年アリス・e18529)がパカリと懐中時計を開くと、美しい季節の薔薇が描かれた文字盤を素早く確認する。
「「カウントダウン、開始っス!」」
 共に後方でタイムキーパーを任された一空・零菜(マジゴッドっスよ・e02712)と有栖の声が重なる。
「これほど大規模なモザイク落とし作戦を成就させるわけにはいかん」
 リューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197)は、現われたばかりの敵を注視する。そして。
「何よりも、人々の純粋な願い、それも恋心を利用するなど言語道断!」
 強い気持ちを乗せた一撃をお見舞いする。
「やれやれ、恋の願いは素敵なものだけれど、こうなってしまうとは。織姫彦星もとんだ迷惑というものだねえ」
 リューディガーのやや前方で、メイザース・リドルテイカー(夢紡ぎの騙り部・e01026)はふわりと上空へ羽ばたくと、そっと右腕をさする。
「さて、君と仕事をするのは初めてだねえ。その力、借り受けるよ」
 するり、とオウガメタルが右腕に広がり、たちまちのうちに鋼と化す。降下する勢いが加わった強烈な一撃。しかし、敵も黙ってはいない。
『オモイ……トドケェェェ!!』
 金切り声のような不快な振動と共に、モザイク化した短冊が白詰・小百合(ヤンデレ化物ラブハンター・e29502)に向けて放たれる。だが、それは彼女に届く前に、リューディガーの逞しい身体で阻まれた。
「ありがとう」
「礼には及ばん」
 にっこり微笑む小百合に、リューディガーは軽く頷く。防具特徴で上手くダメージを軽減できたようだ。
「ったく、こんな大勢の願いを奪おうだなんて、欲張りなドリームイーターだぜ」
 1分たりとも無駄にはしない、という強い決意を胸に、スピノザ・リンハート(忠誠と復讐を弾丸に秘め・e21678)は銃の引き金を引き、さらに近づこうとしていた敵に足止めの重力弾を放つ。
「人の恋路を邪魔するものは馬に蹴られるって言うじゃない? 馬の代わりに、アタシ達が蹴ってあげるわよ」
「ええ、神域を穢す行為は感心しません。さくっと鎮めましょうか」
 言うと、藥雅・朝陽菜(ドラゴニアンウィッチドクター・e09145)は後衛のメンバーに集中を高めるオウガ粒子を放出し、アイリス・ブラックウッド(未だ己が何者か知らぬもの・e19733)は2つにくくった赤紫の髪を揺らしながら、前衛の面々に守護を与える。
「……ヤク先生、なんかいつもと雰囲気違わないっすか?」
「ええと……あははは」
 朝陽菜の2つの人格の片方としか会ったことがないスピノザがやや戸惑った様子を見せるが、朝陽菜としては笑ってごまかすしかない。
「嗚呼……なんて事。恋心を利用しようなんて……本当に悪い子だわ」
 小百合の赤い瞳が冷たい光を帯びる。
「私、恋を粗末にする人が一番許せないの……だからお仕置きしてあげる」
 化け物好きの彼女だが、どうやら恋心を無下に扱う今回の敵にはときめきを覚えないらしい。淡々と大量の弾丸をばら撒いたのとほぼ同時、零菜も攻撃を放つ。
「ドリームイーター、人の夢を弄ぶとか、許せないっスね。この後気分よく遊ぶ為にも逃がさず倒してやるっス!」
 鋭い蹴りを放ちながら、ライドキャリバーのインフィニティを振り返る。
「皆をしっかり守るっス! 頼んだっスよ!」
 まるで、任せておけ、と言わんばかりに、インフィニティーも激しいスピンで敵をひき潰す。
「人の願いを、しかも恋心を悪用するなんて……そんな無礼者は、天の川に代わって成敗してやるッス!」
 有栖も同じく流星のような蹴りで飛びかかる。
 ――戦闘時間、残り6分。

●時計は進む
『コイビト、クレ、クレ……!』
 禍々しい胴体をぱっくりと開き、ドリームイーターがアイリスへと襲いかかる。
「……ぐっ!」
 上半身が飲み込まれ、ひらり、と赤いチェックスカートが揺れる。吐き出された時、アイリスは多少青ざめていたが、武装白衣が攻撃を幾分か和らげてくれたようだった。
「女性を痛めつけるとは……なんと卑劣な」
 つ、と表情を険しくしたメイザースが左腕の彼岸花を変形させる。見る見るうちに茎が伸び、敵に毒を注入した。
 他のメンバーも各々の武器で追撃を行っていた、その時。
「残り5分!」
 有栖川の声が戦場に響く。
 リューディガーのグラインドファイアに続き、メイザースとスピノザが時空凍結弾を放つ。
『イヤダ、ヒトリハ、イヤ……!!』
 思わず耳を塞ぎたくなるような不快な金切り声と共に、敵が手にした鍵で朝陽菜のボクスドラゴンに襲いかかる。運悪くそれは命中し、深手を負わせた。
「ドラゴン?! ……何てことをっ!」
 急いで駆け寄ると、電気ショックで治療する。幸いまだ戦える状態にはあったものの、怒りで彼女の瞳孔は縦に伸びてゆき、攻撃的なもう一つの人格――『防衛本能』へと完全に変化した。
 その様子をちら、と確認したアイリスは、チェーンソー剣を渾身の力で振り下ろす。それは、敵の傷を切り開き、中に渦巻くモザイクが垣間見えた。
(「うわあ、酷い絵づらだね……」)
 怒りに震える敵は反撃しようとするが、そこに小百合の超高速弾丸が飛んでいく。
「うふふ、私の仲間にその醜い攻撃を出来ない様に動きを封じるのは当然の事でしょ?」
 妖しく微笑む彼女に、零菜と有栖も続く。

 ケルベロスたちは、全員で息を合わせて敵に立ち向かっていた。
 アイリスと小百合がバッドステータスを付与し、メイザースを先頭にスピノザと零菜、有栖が攻撃する。攻撃を受けそうになるとリューディガーが身を挺して庇い、傷ついた仲間は朝陽菜が癒す。
 敵の一撃一撃は強力だったが、準備していた装備の効果もあり、戦力を失うことなく徐々にケルベロスたちはドリームイーターを追い詰めていく。
 ――そして、戦闘時間は残り2分となった。

●迫る刻限
「残り2分! さあ、Showtimeッス!」
 まっすぐ響く有栖の言葉に、零菜とスピノザも呼応する。
「皆、気合い入れていくっスよ!?」
「おうよ! 総攻撃だ!」
 その瞬間、ケルベロスたちの纏う空気が変わる。――ここからは全力で叩き潰す!
「さて、年に一度の逢瀬の邪魔をする無粋な輩には速やかにご退場願おうか」
 最初に動いたのは、メイザースだった。左腕に寄生させた彼岸花から、敵の時間を凍結するエネルギー弾が放たれる。それに続いて、リューディガーもナイフで斬りかかり、その返り血で自らを治癒する。
「何としてでも阻止しねーとな。……これ以上は進ませねーぜ?」
 不敵な笑みを浮かべたスピノザが、敵の周辺に重力弾を放つ。
「……暴れてきなさい」
 続けざま、朝陽菜が低い声で自らの周囲に彷徨う亡霊たちに命じる。ボクスドラゴンもそれにタックルで追撃した。
「ねぇ、痛い? これが恋の痛さよ? 恋するなら痛みを与えるだけじゃなくて痛みを受け入れなきゃ…ウフフ」
 病んだ笑顔を浮かべ、小百合がオウガメタルの竜胆の力を借りて敵を殴る。漆黒の髪がさらりと宙を舞った。
『ホシイ、ホシイホシイ……!』
 敵の放ったビームは零菜を直撃するが、致命傷にはならない。攻撃の機を逃すまい、と逆にオーラの弾丸で反撃し、有栖も同じ技で続いた。
「魔法使いだからって、魔法だけじゃないんスよ!」
 放った直後、時計を確認した有栖がひときわ大きな声で叫ぶ。
「残り1分!」
「「OK!」」
「「了解!」」
 口々に皆が答える。……これが、最後の攻撃。
「――さあ、悪い夢はおやすみの時間だよ」
 メイザースの左腕の彼岸花が、宿主の血と魔力を吸い上げ、光球を吐き出す。「終言葉『空亡』」――それはメイザースの命に従い、敵を追尾し、焼き払う。
「全砲門、一斉掃射。目標を殲滅する!」
 Flamme des Fegefeuers。その名の通り『煉獄の炎』を思わせるリューディガーの強烈な火力がさらに追い討ちをかける。
「ファミリアの狙撃手としての腕前を見せてやるとするか。いくぜ、先生」
「――了解」
 スピノザの言葉に朝陽菜が答えた、次の瞬間。パアアン! と乾いた銃声が辺りに響く。スピノザの放ったありったけの弾丸は、石畳や木々に反射しながら複雑な軌道を描き、敵の死角から鋭く急所を狙い襲いかかる。
 敵がよろめいたその瞬間に、朝陽菜が鋼の拳を打ち込む。流れるような連続攻撃に、敵の動きはほぼ停止しつつあった。
「そう、これは私からの恋の手向け。私の愛の呪いに包まれて逝ってね? ウフフ……アハハ!」
 最後の追い込みといわんばかりに、小百合はリボルバー銃から呪いを発動させる。
『グアアア……! イヤ、ダァァア……!!』
 のたうち回るドリームイーターは、残った力で鍵を振り回し、アイリスに襲いかかる。しかし、その攻撃はあっけなくインフィニティーに防がれた。
「グッジョブっスよ、相棒! さて、自分達も、コンビネーション、見せつけてやるっス! ……有栖っ!」
「うぃっス!」
 まずは零菜が、両手のバトルガントレットに気合を込める。
「七夕のお願いを星に届けるように、お前も星にしてやるっスよ!」
「天の川に光る星屑にしてやれッスよ!」
 有栖の声援を受けた攻撃は、さらに深いダメージを与える。
(「零菜の前なんだ。かっこよく決めるッス……!」)
 ぐ、とシャーマンズカードを握る有栖の手に力が入る。
「喰らい付け顎、引き掴め鉤爪! これがオレ達のヴォーパルの剣ッス!」
 召喚されたのは、黄金の融合竜。それは、おとぎ話に出てくる伝説の剣の如く、敵を深々と貫いた。
 その瞬間、パアアン、と音なき音を発して、ハート型のドリームイーターは霧散した。
 ――そして、取り込まれていた色とりどりの短冊の破片が、はらはらと花びらのように舞い落ちていく。
「しかし……恋がああも醜くなってしまうなんて、残酷。――ですが、七夕の彦星と織姫の様な真実の恋を私は願っております。万人の恋に幸あれ」
 ぽつり、と小百合が呟き、紙吹雪を見上げる。それにつられるように、他のケルベロスたちも空を見上げた。

●星に願いを
 武器をしまった小百合が、ふと地面に落ちた短冊の破片に手を伸ばす。それはもはや紙ふぶきの破片のような細かな大きさになってしまっていた。
 その後ろから、先ほどまでの荒々しい人格とは打って変わって、す、と表情を引き締めた朝陽菜がやってきて、そっと地面に膝を着く。縛霊手を装着した手で、短冊のかけらたちに心を込めてヒールをかける。
(「どうか……安らかに……」)
 他のヒールグラビティを持つ仲間たちの協力もあって、何とか短冊の形には戻ったものの、相当に幻想的になってしまった元・短冊たちを、境内のヒールを終えたメイザースとリューディガーも合流して皆で集めていく。
「やっぱり、元通り! ……とはいかねーか」
 文字が判別できなくなってしまった短冊を手に、スピノザが嘆息する。
「きっと、込められた心は取り戻せたはずですよ。願いが叶うよう私たちからも祈りを込めて、もう一度笹に飾りましょう」
 神域でひと騒ぎしてしまったから神様にも詫びないとね、と呟くメイザースの言葉に皆が頷く。
 
 一通り辺りが元通りになったのを確認すると、ケルベロスたちは思い思いに境内を散策する。
 静かに主殿で手を合わせるメイザースの横手で、リューディガーとアイリス、小百合は短冊とにらめっこしていた。
「……うん、できたわ」
 一番早く書きあげたのは、アイリスだった。短冊に書いた願い事は、赤頭巾のドリームイーターが絶対に願いそうにない夢。――それは、彼女にとっての挑戦状。
(「この願い、食べられるものならやってみろ……相手になってやる!」)
 決意を込めて空を見上げるアイリスの横で、リューディガーがこっそりと笹に短冊をくくりつける。それを目ざとく見つけた小百合は、にっこりと話しかける。
「リューディガーさんは何を願いましたの?」
「それはその……秘密だ!」
 焦るリューディガーに、アイリスも畳み掛ける。
「ほう……そんなに赤くなるとは、私も気になるな」
「ええい、あまり大人をからかうんじゃない!」
 戦闘の時の勇猛さが嘘のような照れ笑いを浮かべつつ、リューディガーが髪をかきむしる。怒っているように聞こえるが、実はまんざらでもない様子だ。

「へへ、みんなの夢を守れて気分がいいっス! 有栖、ここは縁結びで有名な神社らしいっスよ? せっかくだし一緒に回ってみるっス!」
 零菜に手を引かれる格好で、有栖は大きな笹の下に向かう。
「改めて見ると、ものすごい量の短冊っスね……!」
「うん、ここにつるされた短冊の願い事を自分たちは守ったんっスね」
 しばらく見上げたのち、そうだ! と有栖が声を上げる。
「零菜、折角だから短冊も書こうか!」
「いいっスね! どれどれ、紙は、と……」
 零菜はまだ願い事が書かれていない短冊を見つけると、少し考えたのち、ペンを走らせる。その真剣な様子に好奇心をくすぐられた有栖は不意に話しかける。
「零菜、何を書いたんスか?」
「ああ、見ちゃダメっスよ! こういうのは人に見せるもんじゃないっス! ……だから、有栖のも見ないでおくっスよ?」
「そう? 内緒? じゃあ、オレも内緒ーッス! ……ははっ、何か可笑しいね!」
 2人は笑い声を上げると、めいめいに短冊をつるしていく。

 そんな彼らの様子を遠巻きに見ながら、スピノザはつぶやく。
「恋愛ねー。……俺にはわかんねーけど、大事にしてる奴が多いんだな」
 何気なく付近を見渡すと、この神社の名物である『恋みくじ』があった。可愛らしい和服姿の少女が千代紙で丁寧に作られており、透明な箱いっぱいに詰められている。
「そう……ね。まあ、私にも相手はいないけど、おみくじを楽しむくらいならいいんじゃないかしら?」
 朝陽菜は言うと、無造作に一つを取り出す。
「んじゃ、オレも話の種にでもちょっと引いてくかな」
 つられて、スピノザも一つ取り出し、朝陽菜と見せ合ってくすくすと笑いあう。

 七夕の、星空の下。敵が去り、境内には笹の葉がさらさらと風に揺れる音が聞こえるほどの静寂が戻ってきた。
『これからも、温かく幸せな家庭を築けますように』
『誰かを幸せにできますように』
『有栖とこれからも一緒に居られます様に』
『僕だけのアリスと一緒に居られますように』
 新たに加えられた短冊たちが、星の瞬きを受けてきらきらと輝いていた。

作者:東雲ゆう 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 3
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。