七夕モザイク落とし作戦~黄金色の瑕疵

作者:秋月きり

 7月7日、七夕の夜。東京上空……。
 大きな鍵を手にした『赤い頭巾のドリームイーター』が、ひとり、空を漂っていた。
「綺麗……短冊に込めた人々の願い事が、まるで宝石のよう。
 あの輝きが欲しくて、あなたは『モザイクの卵』を降らせたのね。
 でも、鎌倉の戦いでこしらえてもらった卵も、あと少ししか残っていないのね。
 …………。
 いいわ、あなたの夢、私が手伝いましょう。
 だって、あなたの夢は、きっと私と同じだから。
 だから、残った卵を私に頂戴。
 あなたをこの星に呼んであげるわ……ジュエルジグラット」

 色取り取りに飾り付けられた笹が風に揺れている。七夕の風物詩の光景はしかし、突如出現した直径1mほどのモザイクの塊――ドリームイーターの卵によって飲み込まれてしまう。
 はらりと零れた短冊にはこう書かれていた。
「おかねもちになりたいです」
 卵は短冊、否、そこに込められた願いのドリームエナジーを飲み込むと消失。次の願いを取り込むべく、近くに飾られた笹の前に現れる。
 そうして、捕食を繰り返した卵はやがて、孵化の時を迎えた。

 現れたドリームイーターは人の形をしていた。
 されど人との差違はあった。身長が3mを超す人間は居ない。黄金色に輝く全身から鱗のように短冊を生やした人間も居るはずも無く。何より、その短冊がモザイクに包まれている様相は彼がドリームイーターである事を示していた。
 そして彼は夜空を見上げる。
 今宵は七夕。一年に一度、願い事が叶う日。
 端から見るその姿は、夜空に願いを捧げているかのようでもあった。
「みんな。聞いて欲しいの。ドリームイーターが七夕を利用して大作戦を実行する事が判明したわ」
 ヘリポートに集ったケルベロスを前に、リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)は神妙な面持ちでそれを告げる。
 それはローデッド・クレメインス(灰は灰に・e27083)他、多数のケルベロスが予測し、行った調査の結果、事前に知る事が出来た物だった。どうやら、ドリームイーターは、鎌倉奪還戦時に失敗した『モザイク落とし』作戦を再び起こそうとしているらしいのだ。
 この作戦が成就すれば日本に巨大なモザイクの塊が落下し、大量のドリームイーターが出現する事になるだろう。そうなれば日本中が大混乱に陥るのは必至。
「その作戦の為に残存するモザイクの卵を使用されるみたいね。七夕の願いを利用してドリームイーター化し、生まれたドリームイーターを生け贄に捧げる事でモザイク落としのエネルギー源にする。それが敵の狙いみたい」
 だから、それを止めて欲しい。
「現れたドリームイーターを倒せばいいんだよな?」
 いつもの事だ、とのケルベロスの呟きに、しかし、「一応はそうね」と頷くリーシャの表情は明るくなかった。
「ただ、七夕の願いから生み出されたドリームイーターは出現から7分で自動消滅し、モザイク落としのエネルギーに変換されてしまう。だから、短期決戦の必要があるわ」
 7分間で倒せない場合、ドリームイーターは消失してしまう。そうなればケルベロス達に手を出す術は無くなってしまう。つまり、到着からその僅かな時間でドリームイーターを倒す必要があるのだ。
「そうしてエネルギーが貯まれば――今回、現れたドリームイーターの過半数がエネルギーに変換されればモザイク落としが実現してしまう」
 その説明にごくりと誰かの喉が鳴った。先の説明通り、モザイク落としが実現すれば日本中にドリームイーターが溢れかえる事態になりかねない。モザイク落としを成就させるわけに行かないのだ。
「逆に得る物もあるわ。今回、ドリームイーター達は残されたモザイクの卵を投入してきているみたいなの。だから、ほぼ全てのドリームイーターをみんなで倒す事が出来れば、モザイクの卵による事件は今後、発生しない物と思われるわ」
 そうなれば夢を奪われる無辜な犠牲者を減らす事が出来る。その為にも頑張って欲しいと彼女は告げる。
「今回、みんなに担当して貰うのは『お金持ちになりたい』と言う願い事から生まれたドリームイーターね」
 俗だけどお金は大事よね、とリーシャは妙に重みのある頷きをした後、説明を続ける。
「攻撃方法は……」
 そこで一瞬言葉を詰まらせる。角の下にあるこめかみを押さえ、うーっと唸った後、意を決した様にそれを言葉にした。
「モザイクのお金をばらまいたり、モザイクのお金に火を付けて動揺を誘ったり、お金を身に纏って回復したり……まぁ、『妄想するお金持ち』みたいな感じね」
 自棄気味な台詞は冗談みたいな話だったが、しかし、戦闘力は普通のドリームイーターと変わらないと言う。むしろ7分間の制約がある以上、ドリームイーターを倒す事は中々骨の折れるものではあるだろう。
「モザイク落としを阻止しないと行けない。それ以上に七夕の夢を食い物にするドリームイーターを許して置くわけに行かないわ」
 だから、と彼女はいつもの通りケルベロス達を送り出す。
「さぁ、いってらっしゃい」


参加者
エニーケ・スコルーク(黒麗女騎・e00486)
イグナス・エクエス(怒れる獄炎・e01025)
八千沢・こはる(ローリングわんこ・e01105)
神白・鈴(天狼姉弟の天使なお姉ちゃん・e04623)
神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟狼・e07023)
白嶺・雪兎(斬竜焔閃・e14308)
近藤・美琴(想い人・e18027)
ライラット・フェオニール(旧破氷竜姫・e26437)

■リプレイ

●錦色の夢
 ケルベロス達が到着した時、それはそこにいた。
 三メートルの身長を持つ黄金色の巨人。モザイク塗れの短冊を纏う姿は確かに彼がドリームイーターである事を示していた。
 それが住宅街の公園に佇んでいる。
 何かを待つように。何かの到来を望むように。
「事実、待っているのでしょうが」
 白嶺・雪兎(斬竜焔閃・e14308)は眼鏡越しの眼を細め、その言葉を呟く。モザイク落とし。それがドリームイーターの目的であり、その礎になる事が目の前にいる巨人の役割であると、ヘリオライダーから告げられている。故に、その阻止の為に自分達がここに遣わされた。
「七夕にこんな事をしでかすとは無粋ですね。早々にケリをつけて七夕を楽しみましょうか」
 そして思いを仲間達に告げる。七夕と言う特別な日に誰かの願い――それが俗な想いであっても――を踏みにじるような真似は許し難いと静かな怒りを湛えながら。
「七夕、逢瀬の星空をモザイクなんかで汚すだなんて風情の無い!」
 そうですね、と八千沢・こはる(ローリングわんこ・e01105)が雪兎に同意する。七夕の夜に牽牛と織女が流す悲しみの涙が語源とされる洒涙雨をモザイクの卵、ひいてはモザイク落としの形で行わせる事を見過ごす訳にいかないと力強く頷く。
「自分にとって都合の良い事を願う日に襲撃をかけるとは完全に狙っていますね」
 怒りを覚えるのはエニーケ・スコルーク(黒麗女騎・e00486)も同じだ。美しい顔に浮かぶのは嫌悪にも似た苛立ち。ドリームイーターの考えを全て判る訳では無いが、彼らにとって願いとは自身らの願望を叶えるエネルギー源でしかないのか、と不快感を露わにしていた。
「夢を利用するとか気に食わないな!」
 イグナス・エクエス(怒れる獄炎・e01025)もまた、ドリームイーターへの怒りを口にする。ドリームイーターの行いは間違っている。ならば、それを正すのがヒーローである自分達の役割だ。
「さっさとモザイク空を取っ払おうぜ」
 ライラット・フェオニール(旧破氷竜姫・e26437)の言葉に頷き、ケルベロス達は己の得物を構える。巨人もまた、その敵対の意志を悟ったのかケルベロス達に向き直り、唸るような咆哮を発する。
 モザイク落としを行おうとするドリームイーターと、それを阻止するケルベロス達の戦いが今、まさに始まろうとしていた。
 リミットは七分。
 それだけが、ケルベロス達に許された時間だった。

●星に願いを
 巨人が咆哮する。纏ったモザイク塗れの短冊はそれに呼応し、はらはらと散らばる。それが宙で姿を変える瞬間を、近藤・美琴(想い人・e18027)は確かに見届けた。
「いや、お金は大事だけど……」
 モザイクの短冊が転じた物は紙幣。モザイク塗れのそれは確かに、紙幣の形をしていた。
 それが一斉に燃え出す。
 同時に巨人が哄笑を浮かべた――そんな気がした。
「――っ?!」
 燃えさかる紙幣は偽物。それは理解している。だが、それでも動揺を浮かべてしまう神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟狼・e07023)へ、炎が殺到した。その矮躯を舐め尽くさんと、炎の舌で彼を包み込む。
「エスポワール!」
 それを防いだのは、間に割って入った美琴のサーヴァント、エスポワールだった。主人の命に従い翼を広げ、ウイングキャットはその身で炎を防ぐ。
「サンキューなっ!」
 返礼は短く。だが、応じたサーヴァントの鳴き声は何処か誇らしく響いた。
「さぁ、祭りの時間だ!」
 そして主人もまた、動く。双手に構えた惨殺ナイフは夜闇の中、ライトに照らされ妖しく煌めく。禍々しい刃が切り裂くは黄金の光。舞うようにくるくると斬りつける美琴の眼前で、ドリームイーターの表面が弾け飛ぶ。
 舞った紙片は短冊か、紙幣か。
 彼女に続くエスポワールもまた、鳴き声と共にその爪でドリームイーターを斬り裂く。主人に従う事がサーヴァントの役目と言わんばかりに。
「ただでさえ天気が悪くて、折角の天の川が見えない事多いのに……。モザイクメテオはお呼びじゃ無いです!」
 神白・鈴(天狼姉弟の天使なお姉ちゃん・e04623)はびしりと人差し指を巨人に突きつけ、言葉を叩き付ける。親友――否、心友の誕生日に良くも現れたな、と憤慨しながら。
「大地に眠る祖霊の魂。今、ここに闇を照らし、 道を示せ!」
 そして詠唱を紡ぐ。喚び覚ます光狼の咆哮は仲間達を照らし、その道を浮かび上がらせる。
 主人の詠唱に呼応し、彼女のサーヴァントであるボクスドラゴンのリュガもまた、光を放つ。青色の属性は傷付いたエスポワールの身体を癒し、傷を塞いでいた。
「夢や希望を歪め、汚す狂星……。俺の拳で打ち砕く!」
 姉が動けばその後に続くのは弟の役目だ、と言わんばかりに煉が飛び出す。地獄の蒼炎を纏った拳を巨人の腹部に打ち付けると、そのまま振り抜いた。
 巨人から零れた呻き声は、まるで悲鳴のようにすら聞こえる。
「焼き尽くしてやる!」
「研ぎ澄ませ……ッ、一閃!」
 黒と銀の光が交差した。イグナスの地獄を纏ったゾディアックソードが巨人に叩き付けられ、そして吹き抜ける斬風は更なる刃を以て巨人の身体を切り刻む。
 抜刀術『風蝕』。こはるの放つ凶風は巨人の身体を駆け抜け、その表皮に裂傷を刻む。
 だが。
「さすがにタフですね」
 ズタズタになり地面に散乱する短冊を見送りながら、こはるは呟く。
 その巨大な体躯の為か、それともディフェンダーの恩恵の為か。モザイク塗れの全身を切り裂く事は出来たが、それを意に介した風も無く、巨人は佇んでいる。向けられた視線に憎悪を感じる為、効いてはいないと言う事では無さそうだった。
「そのでっかい図体、さっさとぺしゃんこにしてさしあげます!」
「ですね!」
 こはるの言葉を引き継ぐエニーケは、満月の力を召喚すると、生み出されたその球体を同族のウェアライダーである煉に付与する。満月の光はウェアライダーにとっては劇薬だ。だが、それによって生み出される破壊力は、防御を固める巨人を打破する為に無くてはならないもの。
 返ってきた目礼に満足げに微笑む。素直で宜しい、と喝采の声を上げていた。
「ここは無慈悲なる処刑場。紫電よ集え。銀閃よ煌めけ。我は絶対なる斬首の執行者。故に我が刃は神すらも逃れる事能わず。――切り裂け!」
 抜刀術なら己も負けていないと放たれる雪兎は霊力と紫電を纏い、神速を以て巨人を切り裂く。傷口に滞留した二つの力はやがて弾け、裂傷と破砕と言う二重の苦しみを巨人に与えていた。
「モザイク落としをさせる訳にはいきませんからね。早急に倒させて貰います。悪く思わないで下さいね」
 斬竜刀・灰迅を再び鞘にしまう納刀の澄んだ音を響かせながら、雪兎が薄く笑う。
「金金金って、まあ生きてくには金が必要だけどさ! 金ばっかが全てじゃないぜ?」
 そしてライラットの召喚した幻影のドラゴンが息吹を放った。実感の込められた重い台詞に呼応し、薙がれた幻影の炎の通過後、焼け焦げた臭いが辺りに漂う。
 短冊だけあって炎に弱いのか、それとも否か。
 痛む身体を押さえるように身動ぎした巨人は、ぎょろりと鋭い視線をケルベロス達に向けるのだった。

●残り一分間の攻防
「これが親父から受け継いだ、俺の牙だっ!」
 蒼き狼の炎が巨人を貫く。煉の拳に宿った闘牙が巨人の身体を貫き、モザイク片と化した短冊を、紙幣を周囲に散乱させる。
 そしてその一撃を受け、巨人は尻餅をつく。地響きと間違うような巨大な音が、辺りに響き渡った。
 戦いは終始、ケルベロス達の優勢が続いていた。その立役者はイグナス、煉、ライラットと言った前衛達である。クラッシャーの恩恵を余すところ無く活用し、巨人を穿つ。三者の駆け抜ける様は、三つ首の魔獣――地獄の番犬の姿をも思わせた。

 無論、ダメージを与える事を主軸に置いた攻撃が届く筈は無い。
 ただ、猪突猛進に突っ込むだけならば、ここまで巨人を追い詰める事は出来なかっただろう。
 そんな彼らを支えたのはエニーケによる破壊力向上のエンチャントと、鈴による命中率向上のエンチャント、そしてこはると雪兎の援護射撃だった。双方から繰り出される抜刀術は巨人の鱗のような短冊を切り裂き、その身体を削っていく。
 だが、巨人も黙って攻撃を受ける筈も無い。
 反撃に繰り出されるモザイク塗れの紙幣の攻撃は、着実にケルベロス達の身体を、何より気概を削いでいく。
 その筈だった。
 お金への夢を歪ませ、妄執という形で再現するドリームイーターの攻撃は戦う気力を奪っていく。それが行われる限り、ケルベロスの刃が巨人の命を奪う筈は無かった。
 その攻撃が一人に――否、一人と一体に集中しなければ。
 サーヴァントと共に戦場を飛び交い、巨人の攻撃を一手に引き受ける美琴は荒い息を吐きながら、それでも巨人の前に立ち塞がる。
 ディフェンダーの恩恵を自身に宿しても、サーヴァント使いである自身の身では崩れるのは早い。
 だが。
「舐めるな!」
 少女は吼える。叫びで自身を奮い立たせ、戦い続ける。
 自分の夢を叶える為。夢を利用され、悲しむ人を減らす為に。
 その布陣を以て戦うケルベロス達に敗北の文字は無かった。
「へっ。終わりだな」
 煉の拳が再び炎を宿す。巨人の身体へ重力と共に地獄の炎を叩き込む為に。
 装填の如く炎を拳に集中する煉に対し、巨人は立ち上がり、身構える事も出来ない。じりじりと後退し、片手を突き出してバタバタと振る。まるで、命乞いのような動作に、訝しげな表情を煉が浮かべる。
「――いけない!」
 エニーケの叫びと共に痛烈な斬馬刀【グローセタイルング】の一撃が巨人の掌を切り裂く。だが、吹きだしたモザイク片がその身体を覆う動作を止める事は出来ない。
「ここに来て回復ですか――?!」
 こはるの驚愕の声はしかし、次の瞬間に「いや、そうですよね」との呟きに変わる。
 ドリームイーターの目的はあくまでモザイク落とし。その礎、即ち贄となる事だ。彼の者にとってケルベロスの撃破など意味は無い。防御に徹し、七分を待てば良かったのだ。
(「くそっ!」)
 イグナスが焦燥を浮かべる。メンバーの中で、ただ一人、彼だけがそれを阻害する能力――アンチヒールの能力を有していた。だが、それを用いるグラビティを今、この瞬間、持ち合わせてはいない。ならば。
「ヒーローは諦めないんだよッ!」
 先陣を切り、地獄の炎を叩き込む。回復を上回る、それ以上のダメージを与えればいい。その結論に仲間達は頷く。
「引き裂くよ!!」
「レンちゃん。後は頼んだからっ!」
 もはや、回復も防御も意味を為さない。ここでドリームイーターを仕留めなければ全てが終わると、防御と補佐を担っていた少女達が飛ぶ。
 音速を超えた美琴の拳は巨人の顎を跳ね上げ、鈴の御業が紡ぐ縄は巨人の身体を縛り上げる。
「おう、任された!」
 地獄の炎が舞う。蒼狼の少年の拳は地獄の炎を纏い、巨人の腹部に叩き込まれる。
 だが。
 巨人がニヤリと笑った気がした。回復と防御。双方の恩恵を以て巨人は倒れない。立ち上がり、まるで何かを迎え入れるように両腕を広げる。それはまるで抱擁を待ち構えているようにも見えた。
「やらせるか!!」
「モザイクは落とさせません!」
 ライラットの拳が、雪兎の刃が走る。だが、ライラットの拳は巨人を掠め、その身体に届かない。続けざまの雪兎の抜刀術もまた、巨人の身体を半ばまで切り裂く物の、それを断つに至らない。
 巨人の身体がモザイクと化していく。さらさらとモザイク片と化し、空へと舞う様は、紙吹雪のようだった。
 リュガの息吹も、エスポワールの爪も巨人の動きを止める事が出来ない。
 そして。
 その身体が消え去ろうとするその刹那。
「その首、貰ったァ!!」
 一人のウェアライダーが走る。持ち前の身軽さを武器に、モザイク片と化して行く巨人の身体を駆け上がり、輝く日本刀の残影は、銀色の三日月――月光の軌跡を残していた。
 断末魔の悲鳴が響き渡る。それはこはるの居合い斬りによって生み出された物だった。
 そしてモザイク片が弾けていく。空に向かう筈だったそれは無数の短冊へとその姿を変え、地面へと墜ちていく。
 それは、こはるも例外では無い。
 足場を失った彼女もまた、重力に従い、地面へと墜落する。 
 自身の全てをドリームイーターに叩き付けた彼女に、受け身を取る余力など無かった。

 激突の音は、予想外にぽすんと柔らかい音だった。
「――まぁ、よくやったな。だよな」
 彼女の身体を受け止めたイグナスが、照れたように笑う。その笑顔に釣られ、こはるもまた、にぱりと笑顔を浮かべるのだった。
 

●夢は終わらない
「ほーら。レンちゃん行くよー。それでは皆さん、お疲れ様でした!!」
 ドリームイーターの消失の確認、そしてヒールでの公園の修復が終わるや否や、鈴はぺこりと頭を下げ、帰路に着く。「え? 俺も行くのか?」と目を白黒する弟の首根っこを掴むと、ずるずると引き摺りながら行ってしまう。
「ご友人の誕生日会があるそうですよ」
 とは、二人の事情を知るエニーケの談だった。彼女もその催し物に誘われたのだろうか、ぺこりと頭を下げ、二人を追って行ってしまう。
「それじゃ、私も帰るな! 帰って短冊を書かないと!」
 二人に感化されたように、ライラットも声を上げ、帰路に着く。道すがら、子供の成長と、安全と、それと……と指折り呟いているのは、短冊に書く願い事を考えている為だろうか。
「皆さんはどうしますか?」
 残されたケルベロスは美琴の問いかけに顔を見合わせる。
 何となく帰宅し辛い空気の中、「もう少しこの時間を過ごしたい」と言うこはると雪兎の提案の元、四人はベンチに腰を下ろし、夜空を見上げる。
「正直、願い事は自分で叶える物だと思っているから、七夕ってやった事が無いんだよなぁ」
 それでも願い事を書かなければ行けないなら、子供達に笑顔を浮かべて欲しい、と書くかな、と気障な台詞を口にするのはイグナスだった。自身の願いよりも英雄でありたいと思う、その思いが彼にそれを告げさせていた。
「それにしても、晴れやかな星空ですね」
 降り注ぎそうなほどの澄んだ夜空を見上げ、こはるが感嘆の吐息を漏らす。雨、そしてモザイクが降るような事が無くて良かったと安堵の表情を浮かべる。
「それにしても、これでモザイクの卵事件は終わりですか」
 次はどんな手でくるのだろうか。
 雪兎の呟きに美琴は判らないと首を振る。
 それでも今は人々を守る事が出来た。
 それで良かったと、微笑みを浮かべて。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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