七夕モザイク落とし作戦~屈折する慈悲の光

作者:緒石イナ

 7月7日、七夕の夜。東京上空……。
 大きな鍵を手にした『赤い頭巾のドリームイーター』が、ひとり、空を漂っていた。
「綺麗……短冊に込めた人々の願い事が、まるで宝石のよう。
 あの輝きが欲しくて、あなたは『モザイクの卵』を降らせたのね。
 でも、鎌倉の戦いでこしらえてもらった卵も、あと少ししか残っていないのね。
 …………。
 いいわ、あなたの夢、私が手伝いましょう。
 だって、あなたの夢は、きっと私と同じだから。
 だから、残った卵を私に頂戴。
 あなたをこの星に呼んであげるわ……ジュエルジグラット」
 
 平時は子どもたちの声でにぎわう幼稚園も、真夜中ともあれば闇に包まれてしんと静まり返っている。そんな中、軒先に飾られた七夕の笹の枝だけが震えていた。笹を揺らしているのは風のいたずらではない。空から舞い降りた鳥が羽を休めるように、モザイクの卵が枝の先端にとまっているのだ。
 枝をいろどる短冊が笹の葉に擦れ、さらさらととひそやかな音を立てる。そんな無数の願い事のささやき声を聞きながら、モザイクの卵はみるみるうちに膨れ上がり、ついに孵化の瞬間を迎えた。
 音もなく割れた卵から降り立ったのは、まさに白衣の聖女。一切の汚れを許さない、星の光も霞むほどまばゆく輝く白い服、白い肌、白い翼。信心深い者が見れば、神々しささえ感じたであろう――首から上の一帯が、不気味なモザイクで覆われてさえいなければ。
 聖女じみたドリームイーターは笹の枝からいくつかの短冊を摘み取ると、モザイクに霞む唇でいとおしげにキスをした。
 彼女の手中にある短冊たちには、そろってこう書かれている。
『おじいちゃんとおばあちゃんが、げんきになって、ながいきできますように』
 
 そこまでの予知を語り終えた白鳥・セイジ(ドワーフのヘリオライダー・en0216)は、実に20余枚にも及ぶ報告書のコピーが握られている。ローデッド・クレメインス(灰は灰に・e27083)をはじめ、何人ものケルベロスたちが予測をもとに続けた調査の集大成だ。
「彼らのおかげで、ドリームイーターの大規模作戦を事前に把握することができた。連中は、鎌倉奪還戦で成しえなかった『モザイク落とし』作戦を再始動する気でいる。そのために、日本中にささやかな願いがあふれるる七夕の日を利用しようというのだ」
 願い事を短冊にしたためて笹の葉に託す伝統行事は、夢を力にするドリームイーターにとっては恰好の餌食に見えるのだろう。残存するすべてのモザイクの卵で日本全国の七夕の願いをドリームイーターに変え、同時多発的に生まれたそれらをまとめて生贄にすることで、モザイク落としのエネルギー源を確保する。これが、作戦の概要だ。
「モザイク落としが成就してしまえば、落とされた巨大モザイク塊は日本中に無数のドリームイーターを生み出すだろう。この国は大混乱に陥る……あくまで、連中が成功すればの話だ。当然、そんなことは我々が許さない」
 敵の思惑をくじく策はすでにある。作戦の第一段階である、動力の確保を阻害してしまえばいい。モザイクの卵から生まれたドリームイーターがモザイク落としのエネルギーに変換されて消滅するまでには、7分間の猶予がある。この7分間のうちに、エネルギーにされる前のドリームイーターを撃破してしまうのだ。
 生み出されたドリームイーターはいずれも、エネルギーに変換される時をその場で動かず待っている。セイジの予知したドリームイーターも例外ではない。東京都板橋区内の幼稚園で、運動場を望む軒先にひっそりとたたずんでいるという。
「幼稚園はすでに閉園し施錠されてるが、私が運動場の直上にヘリオンをつけよう。まっすぐに降下すれば、門を破る手間をかけることもない。君たちはとにかく、敵が消えるより早くとどめを刺すことに専念してほしい」
 祖父母の息災を願う幼い祈りから生まれたドリームイーターは、慈悲深い聖女を思わせる輝かしい純白のいでたちで生まれ落ちた。杖ほどもある長大な「心を抉る鍵」での刺突や斬撃というドリームイーターの特徴的な攻撃手段のほかに、負傷を手のひらで包み込んで癒す能力を持つ。ただし、願いの本質とは裏腹に、この癒しの力が他者へ施されることはない。また、サーチライトのように強い光で敵を照らすことで、自身への害意をそぎ落とす能力も備えている。限られた時間の中、光の力に惑わされず、回復手段をも上回る攻撃で敵を倒す策が求められる。
「モザイクの卵がとらえたこの願いのもとは……どうやら、ご祖父母の容態が芳しくないことを憂う子どもたちが書いた短冊らしい。そんなやさしい祈りを踏みにじる愚行を、どうか叩き潰してやってほしい」
 憤りを声色の端ににじませながら、セイジは最後にそう付け加える。
 そして、ケルベロスをのせたヘリオンは七夕の夜空へ飛び立つのであった。


参加者
生明・穣(巌アンド穣の飴は舐め切る方・e00256)
望月・巌(巌アンド穣の飴を噛んじゃう方・e00281)
嘉神・陽治(武闘派ドクター・e06574)
笹ヶ根・鐐(白壁の護熊・e10049)
ヴィンセント・ヴォルフ(境界線・e11266)
砂星・イノリ(奉唱スピカ・e16912)
祝部・桜(残花一輪・e26894)
エイル・サダルスウド(星愛ディーヴァ・e28302)

■リプレイ

●願いの降る街
 真夜中の幼稚園の軒先に、ぼんやりと光る白い影がある。モザイクの卵から急造された、神々しい白衣と翼のドリームイーター。聖女のまがい物とでも呼ぶべき容貌のそれは、大いなる計画の礎となるために自身がエネルギーに変換される時を、星の降る夜空を見上げながらただひたすらに待っていた。
 不意に、ビロードの夜空にひときわまぶしく輝く星が現れる。流れ星か、はたまた人工衛星か。そんなことにドリームイーターは関心を抱かない。それよりも、何よりの異常事態は――そのまぶしい流星が、こちらにめがけて急降下してくることだ!
 門を目指して運動場へ飛びだしたときにはもう遅かった。ケルベロスたちが次々と上空から現れて逃げ道をふさいでいく。隙はないかとモザイクで覆われた顔でせわしなく四方を見やる聖女の肩口を、冷気を帯びたレーザー光が貫いた。
「どこを見ている。お前はもう、逃げられない」
 無機質なライフルの銃口が、もしかするとそれよりも凛と冷えたヴィンセント・ヴォルフ(境界線・e11266)の視線が、敵を射すくめる。
「――ッ、ィ――!」
 ただ敵意だけがむきだしにされた金切り声を上げ、偽りの聖女は自身を撃ち抜いたレーザーの射線をたどって心を抉る鍵を振り上げる。憤りに任せた単純な行動が、ケルベロスにとって思うつぼであるとも知らず。
「わかっているな、桜」
「もちろん、止めてみせます!」
 祝部・桜(残花一輪・e26894)はすでに、敵の進路上に1枚のカードを設置していた。主人の命じた瞬間にカードは爆発的なエネルギーを放射し、氷の騎士の突進をもって聖女の足を食い止める。
 決断的な彼らのグラビティが的確に炸裂するのは、笹ヶ根・鐐(白壁の護熊・e10049)のオウガメタルが仲間の超感覚を覚醒させたことに由来する。
「夢喰らいか。夢を共に追う存在なら、今頃とっくに友人だったろうにな。なぜ、夢をこんな無粋に扱えるのやら」
 壁のように大きな白い毛皮の体躯は、いまやオウガ粒子の発光と合わさり、聖女の白衣に劣らない輝きを放っている。彼や、視界確保のためランタンを持ちこんだ仲間たちがヘリオンから一斉に降下した姿が、さきほどの聖女には突如現れた星に見えたのだった。
「そう。ほんとはやさしいおねがいごとなのに、どうしてくろいものにするの?」
 鐐の言葉に、エイル・サダルスウド(星愛ディーヴァ・e28302)はこくこくと何度も頷いてみせた。彼女の放つフロストレーザーが命中し、白い片翼をさらに白い霜で覆いつくす。見た目には純白でも、純粋な願いをねじ曲げて生まれた存在は、真に純粋なエイルの眼を通してみればどす黒い悪意の塊にほかならなかった。
 
●施さない慈悲の光
 嘉神・陽治(武闘派ドクター・e06574)のバトルガントレットに、業物の刀剣じみた切れ味を誇る鍵の突きが突き刺さる。
「その身なりで誰も治す気がねえとはとんだ皮肉だな、これじゃ織姫彦星もさぞ迷惑してるだろうよ!」
 びりびりと両腕を伝わる衝撃をこらえながらも、陽治は鍵を押し込んでくる聖女の腕の下にガードの甘いボディを見いだす。即座に、空いた脚を巧みに用いて殺神ウィルス入りのアンプルを聖女の腹に蹴り込んだ。ウィルスの侵食に苦しみながら体をくの字に折り曲げてよろめく隙に、彼のふたりの友はあたかも事前に示し合わせたかのように飛びこんだ。
「ああ、ふてぇ野郎だな!」
 望月・巌(巌アンド穣の飴を噛んじゃう方・e00281)は死角を狙ってリボルバー銃のトリガーを引き、
「まったく度し難い。すべて、阻止させていただきます」
 生明・穣(巌アンド穣の飴は舐め切る方・e00256)は吹きあがる炎の奔流を隙をさらした敵に向ける。
「みんなの強さを引き出すからね! そーれ!」
 砂星・イノリ(奉唱スピカ・e16912)が白い尾をぴょんと弾ませると、パステルカラーの爆炎が前線の仲間の背を押して攻撃にいっそう勢いを貸す。たったひとりの後衛でも、皆を支える心強い力になれる誇りを胸に、イノリは小さな体で戦場を駆けた。
 そう、後衛はひとり。普段は防衛を引き受けるボクスドラゴンのサダルメリクまでつぎ込んで、この場に挑んだ者たちの実に半数以上が最前線に立っている。普段なら性急にさえ見える超攻撃的な布陣には理由がある。彼らに許された猶予はせいぜい数分、その間にドリームイーターを倒しきる必要があったからだ。敵を一刻も早く制するため、限られた時間のあいだだけ戦線を維持する最低限の後方支援。その替えの利かない重要な役目が彼女の双肩にあるのだ。
 敵の攻撃が苛烈と見るや、その戦意を殺ぐために聖女の背から清らかな光線が放たれる。その真正面に、明燐はちいさな盾を掲げて勇敢に立ちふさがった。己の身をもって作った影の下には、敵を打って帰ってきた子ウサギを迎え入れるエイルの姿がある。ファミリアシュートの直撃を受け、聖女はいまや半身が氷結し霜が降りる有様だ。
「これでいい。しっかり、かちんこちんになったよ」
「ならばいまが好機か! 追撃する、呼吸を合わせろ!」
 一斉攻撃の狼煙たらんと、鐐は盛大な爆風をあげた。敵を氷で覆うことで攻撃の効果を補助的に高める作戦は、ケルベロスたちがまっさきに冷気のグラビティで集中攻撃したことで、効果的に働きつつある。
「いいか、次は向こうに弾く」
 言うが早いか、瞬くような速度で叩き込まれたヴィンセントの踵が翼の根を重力の勢いで押さえつける。氷の粒を散らし、聖女がぐらりと姿勢を崩す先にはすでに、桜のブラックスライムがトラバサミじみた牙をむいて獲物を待ちかまえていた。
「――ィ――ィ!」
 レゾナンスグリードに全身を呑みこまれ、白衣が黒い液体で覆われていく。
「これで黙ってくれればいいんですけれど」
 攻撃に特化したケルベロスの猛攻で、さしものドリームイーターも疲弊しきっているはずだ。注意深く様子を見守る桜は、黒い牙の隙間からこぼれる清浄な輝きに気づく。
「……っ! みなさん、構えてください!」
 彼女が警告するが早いか、ブラックスライムの包囲が力づくで破られた。より強い輝きをもって現れた聖女の手は強い光を帯び、翼を覆いつくしていた氷はじわじわと融解していた。
 
●白衣の裾
 祖父母の健勝を願う短冊があのドリームイーターのもとになったことを、イノリは思い出していた。子どもたちの健気な願いが、ドリームイーターに癒しの力を与えたと。しかし、それは他者に施されるべき願いだ。地球に害をなすためにふるわれるべき力ではない。
「それは、こどもたちの大切な願い事なんだ。その祈り、返してもらうよ!」
 改めて認識した戦う意志を彼は咆哮に乗せ、最前線に届ける。それを受け取った陽治は、勢力を取り戻した敵を前にしてなお、果敢に拳をふるった。
「お前さんよ。それ、本調子じゃないんだろ?」
 彼が見てとったのは、ヴィンセントが出合い頭にフロストレーザーでねじきった肩の風穴だ。大きなダメージであったであろうそれが、ふさがりきっていない。自身をむしばむ効果は振り払えても、肝心の回復がうまくいかなかったのだろう。つまり、ウィルスの効果は大いにありと結論づけられる。
「残り時間は半ば、相手は余裕を欠いている……つまり、いまが正念場です」
 敵が守りに入らざるを得なくなったということは、流れは未だこちらにあり――そう見てとるや、穣はすばやく行動を変えた。回避されるリスクよりも高い威力をとり、可能性に満ちた一撃で押し通す。相棒の迅速な行動の意味を、巌はすぐに理解した。
「子供達がお年寄りを大事にする心を踏みにじる……お前の悪事は俺たちだけじゃない、お天道様が黙っちゃいねえ!」
 義憤にかられた民意が、標的をどこまでも狙うビームと化して聖女をつけ狙う。しばし、無力と思われがちな人々の声は岩をも穿つ力を持つものなのだ。追尾してくるレーザーを振り切ろうと、聖女は身をひるがえす。その時、風を受けてはためいた翼と白衣は、ランタンの光に照らされてひときわ大きな影を落とした。その影の中で、詠唱がすでに始まっているとも知らず。
「己が影に沈め――喰らい尽くせ」
 影から飛び出した白い獣の顎が食らいつく。聖女は死角からの攻撃にのけぞり、召喚に集中するヴィンセントをモザイクの下から憎々しげににらんだ。藍華はそこへ割って入り、敵の視界を覆わんばかりに翼をめいっぱい広げて爪を立てる。もう反撃してはいられない、エネルギーとして召されるまでのあとわずかな時間だけ生きながらえさえすれば――。
「やろう、メリク。あなたはこのままいかせない……」
 エイルの殺神ウイルスが投げ込まれ、それをサダルメリクのブレスが力づくで押し込む連携が回復を阻む。それすら無視し、手のひらに癒しの光を灯そうとする聖女。しかし、それはかなわなかった。桜の紡ぐわらべ歌が、彼女の耳に届く。歌に呼び寄せられた鬼の腕が、羽虫をもてあそぶように敵を天から押さえつけたのだ。
 迎え入れられるはずだった星空のむこうに、聖女は震える手をのばした。癒しの光は消え失せ、泥にまみれて本来の無垢な白さえ失われた腕を。その輪郭はやがてかすみ、懐に隠し持っていた一枚の短冊を残して音もなく消え失せたのだった。

●星は見ている
 拾い上げた短冊を可能な限りきれいに整え、踏み荒らしてしまった運動場にヒールを施す。それが終わると、鐐は一仕事終えたとばかりにどかりと腰を下ろした
「今回は組めてよかった、心強かったぜ。お疲れさん」
「ああ。お疲れさまだな」
 巌の掲げてみせた拳に、鐐もこつんと拳で応える。その傍らで、穣はごそごそと懐を漁っていた。なにごとかと陽治が首を伸ばしてみると、そこから出てきたのは焼酎の小瓶であった。
「んなっ、お前、そんなもん持ち込んでたのか!」
 すっとんきょうな声をあげて吹きだす彼に、穣はいたずらっぽい笑顔を見せる。
「任務成功を祝して一杯いきませんか? それと、あれもこっそり持ってきたんです」
 指さす先には、シロクマのふわふわしたぬいぐるみと、それを眼を輝かせてなでるイノリの姿があった。
「幼稚園の子たちにプレゼントするんだよね。素敵だなあ」
「ああと、エイルも、さわってみていい?」
 もふもふを堪能する二人を遠巻きに眺めながるヴィンセント。彼が少しだけそわそわしている様子が、家族のような関係である桜にはすぐにわかった。
「もふもふ、気になります?」
「…………」
 こくりと小さくうなづくと、桜の手を引き、彼もまた互いを称えあう輪に混じる。
 戦いを終え、それぞれが平和な七夕の夜に戻り始める。夜空の星々は、そんな風景を静かに見守っていた。

作者:緒石イナ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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