七夕モザイク落とし作戦～ミルキーウェイ

■リプレイ

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「――血よりも暗く、新雪よりも鮮やかに」
　参詣客のほぼ全てが退避を終えた境内。そこに駆けつけ、真っ先に紫水晶の鉱石ナイフを振るったのは和泉・紫睡（紫水晶の棘・e01413）だった。
　紫睡が指揮棒のようにナイフを振ると、赤く鮮やかな色の弾丸がまっすぐに撃ち出される。
　破壊力と引き換えに命中精度を失った朱の弾丸。しかし標的を追尾する最後の一押しが、その牙をドリームイーターに届かせた。
「ひゃっ！」
「相反と相克を……あ、当たった！　良かったです……。わ、私が当てられなかったら倒しきれないかもしれませんからね。私がちゃんとしなきゃ……私が……」
「またいつにも増してガッチガチだな！？」
　命中を見届けるや否や、安堵でその場に崩れ落ちそうな紫睡を白刀神・ユスト（白刃鏖牙・e22236）が慌てて支える。メインアタッカーは不慣れなのだろう、今日の紫睡は見ていてかわいそうなくらいに緊張していた。
　そんな様子を見たキャロライン・ハンクブロンプトン（エターナルスペクター・e20624）が、すれ違いざまに紫睡の肩を軽く叩く。
「和泉ちゃんは強いわよ、頼りにしてるわ。……だから今日は、おもいっきりやっちゃって♪」
　片目を瞑って見せたキャロラインは、すぐにビハインドの花姫と共にドリームイーターの方へと駆け出す。
「はあい、ひとりぼっちのドリームイーターちゃん。モザイク落としを阻止する為に八つの星の導きの元、アタシ達参・上★」
　軽やかな口上と共に、キャロラインの伸ばした掌から無数の花弁が溢れ出し舞い踊る。
「ちなみにアタシは、七番星よ！」
　花びらはドリームイーターの身を打つ。モザイクは攻撃を受けながらも、どこか魅入られて花の舞いとキャロラインを見詰めている。
「今よ、花姫！」
　主の声に従い、花姫がドリームイーターの背後を取る。ドリームイーターが振り返る間もなく鋭利な一撃が振り下ろされた。
「っ！」
　モザイクから苦悶の呻きが漏れ、闖入者達をキッと睨んだ。
「どうしていきなり痛いことするの？　わたしは天の川が見たいだけなのに！」
　今にも無差別にビームを打って回りそうな殺気を見て、キャロラインが悪戯っぽく微笑んだ。
「ふふ、アタシの出番みたいね。……ヘイヘイピッチャーびびってるぅー？♪　怒ったドリームイーターちゃんのちょっといい所見てみたいわ。なんちゃって★」
　人差し指をくいくいと動かして、余裕たっぷりにドリームイーターを刺激する。先刻の花弁の撹乱もあり、ドリームイーターの意識はキャロラインへ向いた。人型のモザイクは手首を合わせた両手をぐっと後ろに下げ、掌に波動を集中させる。
「わたしのビームの怖さを知らないのね。なら教えてあげるもん……テレビでしか見たことないビーーム！！！」
　充分に溜められた気が、勢いよく突き出された両手から爆発的な光線となって解き放たれる。その底なしの羨望と嫉妬の激流は想像以上の衝撃だ。
「技名は健気でも威力は容赦なしですか。ならばこちらも遠慮は要りませんね……最初から遠慮する気は、ありませんでしたが！」
　京極・夕雨（時雨れ狼・e00440）がルーンアックスを手に飛び出す。
　はっと振り返るドリームイーターの肩口へ、光り輝く斧の一撃が振り下ろされた。その重い一撃はしかし正確無比、ドリームイーターに躱させる隙などない。
「折角の七夕だというのに……年中無休で活動中とは働き者で結構ですが、全く困ったものです」
　嘆息混じりに呟く主に次いで飛び出したのは白い柴犬のオルトロス、えだまめ。主の動きに合わせ、口に咥えた剣でドリームイーターの身を俊敏に切り裂いた。
　主従の連携がドリームイーターの体に小さくない亀裂を作る。それを見た夕雨は、一瞬だけ目を閉じて祈りを捧げる。
「回復しないで下さい、お願い、お星様！　一生のお願いです」
　夕雨の一生のお願いはとても実務的だった。
「お星さま、見たい、けど……。七夕の、ジャマは、だめ……！」
　激しい攻防の中、天満・ヨヅキ（導きの夜空・e17567）の小さな、しかし芯の通った声が響く。
　ヨヅキが夜空に向けて両手をまっすぐに伸ばすと、ライトアップに照らされた夜空が一瞬で真っ暗に塗り替えられた。
「ヨヅキのおへや、オープン。……碧のお星さま、おいで」
　暗転したかに思われた頭上には、瞬く間に色とりどりの星が煌めきだし、優しい碧色の光をこぼす。
「わあっ、お星様！　天の川はどこかなあ……」
　はしゃいだ声を一番にあげたのはドリームイーターだ。
　ドーム状の天井に広がる、地上のどこにも存在し得ないような、夢のような星空。その光はキャロラインの元へと零れ落ちて、傷ついた体を温かく癒していく。
　夜空の色をしたドレスを纏うテレビウム、ヨボシもまた、喜んで駆けまわるドリームイーターの目の前へ飛び出す。ドリームイーターの気を引こうとでもするように、眼前で星のようにチカチカ光ってみせた。
　ヨヅキが展開した空間は、仲間を癒す役目を終えると嘘のように霧散する。再び切り替わる現実の夜空は、随分と味気ないものに見えた。
「……素晴らしい星空だった。星へ思いを馳せる者の胸には、きっとあのような美しい景色が広がっているのだろうな」
　自分も見入っていた者の一人だった。樒・レン（夜鳴鶯・e05621）は小さく息を吐くが、忍びである彼が意識を切り替えるのは早い。一瞬で冷徹な表情を作り、螺旋状に凝固した氷の結晶を正確無比に撃ち放つ。
「そうであれば尚のこと、星空への祈りが生贄とされるのを見過ごすことはできない。
　――夜鳴鶯、只今推参。この忍務、必ず成功させよう」
　キン、と涼やかな音色が、宙を切る氷の手裏剣から響く。その清浄な音は、ドリームイーターを生んだ魔を打ち払うかのように。夕雨が与えた亀裂に的確に突き刺さり、ドリームイーターに確実にダメージを与えていた。
「なるほどなあ、街からは天の川って見られねえのか。
　どこの子が書いたのかわかるんなら、見える所まで飛んでってやりてーもんだが……」
　はしゃいだり戦ったりと忙しいドリームイーターに、ユストは小さく首を竦めてから無造作に腕を振るうと、その双腕は瞬く間に黒白の螺旋を纏う。
「……ま、その前に七夕そのものを守らなきゃいけねえか！　切り返せッ！　黄道十二星剣！！」
　振り下ろした腕、掌で渦を巻く流星。それは、十二の円卓に収められた、月下に散った華の魂。掌を叩きつけられたドリームイーターのモザイクの一部が飲み込まれ、写し鏡のようにそのまま撃ち返される。
「きゃあっ！！」
　衝撃で一気に弾き飛ばされるドリームイーター。その一撃に続き、来栖・カノン（光と虹・e01328）がルーンアックスを握りしめて飛びかかる。
「一年に一度の願い事を利用するだなんて、酷いんだよ……！　七分しか時間がないし、モザイク落としを防ぐためにも全力で頑張るんだよ！」
　人々の願いを悪用するデウスエクスの陰謀への怒りを込め、カノンが使い慣れない斧を力任せに振り上げる。
「うっ、重い……。でも、精一杯やるんだよ！　やれば、できる！！」
　怒りと、やればできるの気持ち。その二つが合わさり最強の力となって、ぶんと重たい一撃が振り下ろされた。紙一重のところでドリームイーターが動き躱されてしまうが、構わずカノンは相棒のボクスドラゴンを振り返る。
「続くんだよ、ルコ！」
　主の声に応じ、ルコがきゅいっと一声鳴いて大きく口を広げる。七色の光条が勢い良く放たれ、主の攻撃を避けた隙を見逃さずドリームイーターを打ち据える。光条からは色とりどりの小さな花弁が散り、花の香りを俄に戦場へ届けた。
　懸命に戦うボクスドラゴンの姿に、つい千年翠・美咲（十返りの花・e00964）の表情も緩んでしまう。
「なんて可愛らしい。……さ、私も頑張りませんとね！」
　ガトリングガン「戦砲『白夜・改式』」を両手に備え、美咲は不敵に微笑む。
「前回のように人……。人？　助けもよろしいですが。――今回の斬った張ったの方が、やはり性分に合っていますねえ！」
　オウガメタルを救助した先の戦いを思いながら、美咲は果敢に両の手のガトリングガンを掃射する。それはまさに達人の一撃。しかしその無数の掃射は、驚き逃げ惑うドリームイーターにあと一歩届かない。ふむ、と美咲はガトリングガンの感触を撫でて確かめる。
「狙いを定めてもなお届きませんか。まあ、次からは一撃たりとも逃しませんよ！」
　生まれ落ちてから消えるまで、ほんの数刻のドリームイーター。
　それが消えるまで、残り六分を数えていた。

●
　ケルベロス達の猛攻、ジグザグによる短期決戦作戦に加え、防御と回復といった足場固めも十全。
「相手の抵抗もなかなかしぶといですが――ことは優位に運んでいると見て良さそうですね！」
　周囲に浮かんだ無数の呪紋紙。そこから生えた日本刀の付喪神を抜いては斬る、抜いては斬るを繰り返す合間に美咲が声を張る。
　頷きながらも、ユストはふと共に戦う仲間を振り返る。安心して肩を並べられる気のいい仲間達。その中でも緊張に一際ぶるぶる震える紫睡の姿は、どうしても目に留まらざるを得なかった。
「（……しゃあねえ！）」
　ユストは何かを決意すると、次なる攻撃を加えようとぶんぶん肩を回すドリームイーターへ声をかける。
「よう、お前何で飛ばねーの？　街でも高い場所なら見晴らし全然マシになるんだぜ？」
　きょとんとするドリームイーターに、理由を一人察したユストの表情はみるみる海より深い同情に包まれる。
「あっ、飛べねえのか……。無理言ってごめんな、マジごめんな」
「む……むむ！　持てる者のごうまん！！」
　怒りに震えるモザイクに、カノンが同じく憐れみの眼差しを送る。
「むぃー、天の川見たことがないだなんてかわいそうなんだよ……。ボクでさえ（ネトゲの中で）毎年飽きるぐらい天の川見てるし……」
「やだやだ！　聞かないもん！！」
　耳の辺りを手で塞ぐしぐさをするドリームイーター。しかし割り込みヴォイスによるカノンの煽りは無情にもしっかりはっきり届けられる。
「（ネトゲの中での）イベントにも（ネトゲでの）友達と行ってるのに……」
「わーん！　リア充だよお！！」
　カノンのネト充自慢に、ドリームイーターの心は千々に乱れる。
「悔しいですかドリームイーター。なら回復も防御も捨ててかかってきなさい」
　ケルベロス達に煽られまくったドリームイーターに、美咲が静かに語りかける。
「……どうせ勝っても負けても消えるんでしょう？　なら最後まで、思うままに大暴れして消えましょうよ。そんな曇った気持ちでは、見上げる空も曇って見えるばかりですよ？」
「消えるってなんのこと？　……でも、分かった。そこまで言うなら、おのぞみどおりやってやるもん」
　ドリームイーターに、残り少ない時間の自覚はない。悲しみと羨望を込めた拳がごうと風を切る。
「くらえっ！　見える場所まで旅に出たいパーーンチ！！」
　言葉だけで煽った相手へ狙いを集中させることはできないが、ドリームイーターの気持ちに火をつけるには充分だった。その鉄拳は、前に立つ者一人――紫睡めがけて襲い掛かる。
　息を飲む紫睡。しかしその拳は届くことなく――拳と仲間の間に滑り込んだキャロラインが受け止めていた。
「ふふ。和泉ちゃんも、全ての女の子も……アタシが全力で守るわ！」
　お茶目に片目を瞑るキャロライン。頼もしい友の姿に励まされ、紫睡はこくっと力強く頷きながらあることを考えていた。
「（ユストさん、私が緊張してるから、ドリームイーターの気を逸らそうとしてくれたんでしょうか……）」
　思索の沈黙を破ったのは、ポケットから鳴るけたたましい呼び出し音だった。はっと紫睡が顔を上げる。
「ご、五分経過です！」
「回復も防御も捨てるのはこちらでしたか、面白くなってきました。
　せっかくの傷もガンガン回復されるし……。わかってましたが、一生をかけたお願いを無碍にするとは酷いです。では次の一生のお願いです、避けないで下さい！」
　夕雨が手際良く妖精弓に矢を番えては撃ち放つ。加護を宿した弓矢が、次々にドリームイーターの身を貫く。一生のお願いを惜しみなく使う主の太っ腹ぶりにえだまめも誇らしげに吠える。
「ヨヅキだって……！」
　ヨヅキが身に纏ったブラックスライムが槍の形に収束し、漆黒の槍撃となってドリームイーターを襲う。しかし、寸前の所で目標の身を掠め届かない。
「……だめっ。レンくん……！」
　振り返るヨヅキの視線の先、レンは境内に落ちていた笹の葉を拾い上げ念を集中させる。
「人々の想い、努力や研鑽。それらを掠め盗る浅ましき所業――」
　いつの間にか、レンが手にしたものだけではなく、幾枚かの笹の葉がレンの元へ風に乗って集まる。それらは次第に自らの分身へと姿を変えていく。
「そして、決して満たされることのない存在として生まれた哀れな存在。涅槃へ送り届けることでお前を解放しよう――覚悟！」
　無数の黒衣の忍びが、全方位から無数の斬撃を人型のモザイクへ叩き込んでいく。
　その無慈悲な攻撃はしかし、倒すべき相手への憐れみをもって。
「あ、天の川、見られなかった……」
　弱々しい声と共に、夜空へ手を伸ばしたモザイクが指から崩れ落ちていく。
「でも、きれいなお星様見られたから、いいかな……」
　そのモザイクが爪先まで消えてなくなるまで、六分弱。その断末魔は、それほど悲しそうなものではなかった。

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「お星さま、きらきら、してて……静かに、お話し、きいてくれる……。
　……あなたは、何で……天の川、見たかったの、かな……」
　ヨボシをぎゅっと抱きしめながら、ヨヅキは空を見上げる。
「……お、雲が晴れたか、星が見えるぜ」
　戦いの後、笹の葉のライトアップは暫しケルベロス達の貸し切りとなった。皆で思い思いの願いを短冊にしたためる中、ふと空を仰いだユストは雲の隙間の星を見つける。
「いい祭りだよな。故郷にいるガキ共にも教えてやりたいぜ」

　九枚の短冊の増えた笹の葉から、去りゆくケルベロス達の背中が離れていく。
『今後も変わりなく楽しく日々を過ごせますように
　それといつか満漢全席を堪能できますように』
『特売で沢山買い物出来ますように』
『地球をデウスエクスから救う』
『お友達と、これからもいっぱい、遊べますように』
『綺麗な天の川が見れますように』
『みんなでハラいっぱい美味い肉を食いてえ』

『私の最愛の伴侶達が、いつか戦場の果てで
　華やかに最期を迎えられますように』
　裏面に密かに書きつけられた、「ルノワールが幸せになれますように」という一行。

『平和になりますように』
　一際高い位置に飾られた短冊。そして笹の奥には、誰にも見られないように飾った秘密の願いが一枚。

　そのどれもが、宝石のように照らし出され、輝いていた。

作者：カワセミ	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年7月15日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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