七夕モザイク落とし作戦～モザイクウェディング

■リプレイ

●ミルキーウェイ
　七夕の星空。潮の香りのする郊外に立つ教会。
　静かな礼拝堂に、こつりとヒールの音が響く。
「今夜ここに、願い事を奪ったドリームイーターが現れるよ」
　潮風に赤ずきんを遊ばせるフィー・フリューア（赤い救急箱・e05301）の声に、掃除をしていた職員が振り返った。
「此処に居ても始まるのは素敵なウェディングじゃなくて悪夢かもね。今夜は帰った方がいいよー？」
　伝えられたのは、他でも無いケルベロスの避難勧告だ。
　ひらひら手を振るフィーに、職員たちは慌ててその場を後にする。
「お疲れ様ー」
　職員を見送った鳴無・央（緋色ノ契・e04015）は星空と海が一望できる大きな窓を見あげて、頭を振った。
「……ドリームイーターってのはどいつもこいつも妬み僻みと鬱陶しいな」
「そうだねぇ、……おや、お出ましのようだね」
　フィーがアラームのスイッチを押しこむと共に。
　かしゃん。
　どこか綺麗な音を立てて巨大な窓が割れ、弾け飛んだ。
　照明を受けたガラスの破片がキラキラと崩れ落ちる。
　七分で失われる体を知ってか知らずか。
　礼拝堂へと乱暴に訪れたモザイクの花嫁は、星明かりとガラスの破片を背にドレスの裾を揺らしてケルベロス達を見下ろした。
「――無貌の花嫁、か」
「ったく……」
　破片が落ちるよりも早く。
　リーア・ツヴァイベルク（紫花を追う・e01765）が地を蹴り、鎌を構えた央は駆けた。
　ルーンを宿す二つの斧が振るわれ銀の軌道を描き、命を刈り取る形の鎌は紫電を帯びて突き上げられる。
　鎌は首を、斧は胴を。
　千切れたドレスと肉体はモザイクと短冊と化して零れ、花嫁は苦悶の音を漏らす。
「人の持ち物に勝手に手を出してんじゃねえよ、花嫁が夢を奪うだなんて皮肉すぎんだろ」
「ああ。希望ある未来の象徴である姿をとるのは気に食わないな」
　注意深く構えなおした央の背後で、リーアが二振りの斧を下げて瞳を細めた。
「そして何より、……それを形作るのが未来ある園児の夢だってのが一番いただけない」
「はい。七夕の短冊に込めた、素敵な想いを奪うなんて許せません」
　鈴を転がすような澄んだ甘い声音。
　モザイクを散らすように、流星の瞬きを纏った蹴りが振り落とされる。
　ユイ・オルテンシア（紫陽花の歌姫・e08163）が思いに藍色の瞳を揺らし、ルルゥ・ヴィルヴェール（竜の子守唄・e04047）が、ぐっと拳を握りしめた。
「そうですよ、花嫁さんは夢と憧れの象徴。モザイク落としの生贄に利用しようだなんて許せません！」
　ルルゥがそのまま腕を伸ばすとオウガメタルの粒子が前衛を包みこみ、集中力を与える加護を漲らせる。
「七夕に集まった皆の夢を守ってみせます！」
「そして、モザイク落としも阻止します♪」
　思いを強めて言ったルルゥに続いて、ユイが頷いた。
　そう。モザイク落としは絶対に阻止せねばならぬのだ。――ささやかでも幸せで、夢を見ることができるような日常を守るために。
「うんうん。幼稚園児のお子様のお願いが本当に叶って素敵なお嫁さんがになれる日が来るように。このモザイク偽嫁はやっつけちゃわないとね」
　にんまりと笑みを浮かべたフィーがウィルスカプセルを投射すると、花嫁が軋む音を立てた。
　ギィ、ギィ。音が生まれたその瞬間。
　膨らんだスカートの中より吐き出だされたモザイクが、ユイへと殺到した。

●終わりの始まり
「おや、花嫁が一人きりだなんて花婿さんはどこに行ってしまったのかな？」
　――天鵞一誘。
　巨大な縛霊手がモザイクを薙ぎ遮り、ティユ・キューブ（虹星・e21021）より星光が瞬いた。
「やあ、はじめから居なかったのか。ならば折角の教会で一人寂しく消える気かい？　それは本当に君自身の喪失を補い得るものかい？」
　投影機より煌く星の輝きは花嫁の目を奪い。ティユは続けて挑発の言葉を口にする。
「花嫁衣裳を先に着ているのに。……先に叶えるのは僕の方になるかもしれないね」
　そんな気は全く無いけれど。
　ティユへとモザイクの顔を向けた花嫁はその髪をぞわりと膨れ上がらせる。
　――猶予は７分。やれ、忙しない事だ。
「怒ったかい？　……ならおいで。時間も限られている、最期まで付き合ってやるさ」
　だが僕らであれば十分であったと証明するとしよう。
　ティユはその唇をふてぶてしく持ち上げ笑うと、ボクスドラゴンのペルルが同意するように泡に似たブレスを吐き出した。
「大体っ、７月７日……、今日は鈴女の誕生日！」
　ゲシュタルトグレイブを握りしめた忍足・鈴女（おりひめ・e07200）が吼える様に宣言した。
「まあ、おめでとうございます♪」
　ユイがぱちぱちと掌を叩く横で鈴女は槍を片手に駆け。言葉尻はどんどんヒートアップして行く。
「ホテルで夜景を見ながらディナー！　プレゼントはネックレスや指輪だったら直接付けて貰ったりして似合ってるよとか！　お礼にチューなんかしたりして。そのまま二人は朝までとか！　とかあッ！」
　槍は稲妻のように花嫁を貫く。
「この恨みはらさでおくべきか！　絶対に許さんでござるよっ！」
　ウィングキャットのだいごろーがマイペースに翼をはためかせて皆に防衛の加護を与える横で、私怨そのものを孕んだ怨嗟を鈴女は吐き捨てる。
「仕事だから諦めるしかないね、……まあ１秒でも早く終わらせる事はできるけどね」
　宥めるように言うリーアに、鈴女は勿論でござる！　と意気込む。
　モザイクの花嫁にはそんな事情は関係が無い。
　千切れた短冊とモザイクを、ぞわぞわとその身の周りに蠢かせてケルベロスたちに対峙する。
　そっと胸元に手を寄せて、乾いた紫色の瞳を花嫁へ真っ直ぐに向けたロイ・メイ（荒城の月・e06031）。
「よく見ろ、私を、――全てを」
　ぞ、と足を竦ませるような響き。ロイは人を寄せ付けぬ殺気を撒き散らしながら言葉を紡ぐ。
　その言葉には背筋に氷を刺し込むような、ロイの意思が籠められている。
　地獄に燃える心臓。
　この身を焦がす地獄の炎は、体を駆けるガソリンで、エンジンだ。
「さあ、はじめよう。そして終わらせようか、ドリームイーター」

●ツー・ミニッツ
　花嫁が纏うドレスが、攻撃にモザイクとなって崩れ短冊を散らす。
　ケルベロスたちは防御よりも攻撃に主を置いた布陣で、ドリームイーターを着実に追い詰めていく。
　しかし、氷を纏いながらも花嫁は自らに回復を重ね耐えていた。
　ピピピ、ピピピ、ピピピ。
　タイムリミットが近づいている事を知らせる電子音が鳴り響く。
「５分経過！　全力で畳み掛けるよ！」
　フィーは、バスケットより伸び萌えた植物から果実を振りかぶりながら仲間に呼びかける。
　猶予はあと２分。――各自、あと２回攻撃できれば良い所だろう。
「栄養満点に育った果実をあげる！」
　破裂する果実を疎ましげに避けようとした花嫁の壁となるように立ちはだかったユイは、二振りの斧を交差するように構えて地を蹴り上げる。
「そろそろ、お終いにしましょう♪」
　交差する刃は花嫁を捕らえ、同時に果実が炸裂した。
「そろそろ時間もまずい事でござるしな！」
「にゃ」
　たまらず蹈鞴を踏んだ敵の背を鈴音のチェーンソーが捉え。
　重ねてだいごろーが尾の輪を叩きつけると、モザイクが地にぶち撒けられた。
　ギィ、低く吼えるドリームイーター。
　央に向かってモザイクが膨れ上がる気配に、央はマフラーを汚させぬように背へと靡かせる。
「君の相手は僕だろう！」
　その瞬間響くティユの声音。
　拳を握りしめた縛霊手を花嫁へと振り翳し、横殴りに叩きつけた。
　――攻撃手が攻撃に集中出来る状況作りが、自らの使命だ。クイと指先を引き、笑みを浮かべるティユ。
「それとも、浮気かい？」
　幾度も怒りを重ねられ、膨れ上がった怒りは一瞬で矛先をティユへと転換させる。
　衝撃。濁流のような攻撃に耐える為に低く構えたティユに、容赦なく殺到するモザイク。
　その身にを叩きつけられる彼女の背で、央は刃を構えた。
「力を貸せ、サラマンデル！」
　未だ溢れ吐き出されるモザイクの間をステップを刻みながら、央は駆け抜ける。
「陰陽五行――太白星･緋緋色金！」
　火の精霊から借り受けた力は、黒き刃を焔に赤く染め。
　横に薙ぐ一撃は、攻撃を捌こうと突き出された花嫁の腕ごと払い退けた。
「アイツの願いの為にも、紛い物の花嫁には退場願おうか」
　ペルルは主人を回復したい思いを断ち切り、泡のブレスを吐く。
　庇う腕も溢れるモザイクと化した、満身創痍の花嫁の体が転がる。
「……はあッ！」
　白銀が蠢き、ロイの拳をメリケンサックのように覆う。
　鋼の鬼と化した拳は花嫁の体を貫き短冊が散らばる。
「……本当に、中に人が捕われて居なくて良かったと思うよ」
　ドリームイーターの花嫁を哀れに思う気持ちは胸の奥に秘めて。胸元で炎が揺れる。
「えいっ！」
　ざらざらとモザイクを散らす花嫁にウィルスをルルゥは叩きつけ、瞳を揺らした。
　戦う前から解ってはいた事だけれども、綺麗なドレスが傷つく事は心が痛む。
「……どれだけ綺麗なドレスを纏っていても、敵だから倒さないといけないんですよね……」
　リーアが銀糸の髪を靡かせて、斧のその切っ先を花嫁に向けて構える。
「でも、その綺麗なドレスも、夢も。全て人の借り物だ。それは、取り戻さないといけないね」
　狙いに気づき弾くように後退した花嫁に、リーアは後ろ足で地を蹴って踏み込み、上段から斧を振り下ろす。
　一撃を躱さんとした花嫁が身を捩りながらモザイクを吐き出すが、リーアは相手にしない。
　そのモザイクごと、逆手に握った斧を更に抜き放ち叩きつけた。

●ワン・ミニッツ
「ひややかに凍える息吹、つらら舞う♪」
　結婚式を夢見たたまごから生まれたドリームイーターは、モザイク落としの夢を見た。
　開けない夜は無いように、いつかは夢にも終わりが訪れる。
　響く声音は夜を震わせ。ユイの澄んだ歌声の旋律に、吹雪と氷柱が舞い氷の楔を花嫁へと穿つ。
「でも、その夢ももう終わりです」
「そう、最後さ。よく付き合ってくれたね」
　相槌をうったのはティユだ。
　攻撃を一心に集め続けた彼女は最後の力を振り絞り、壁を蹴り上げて高く高く飛び、重力を纏った重い蹴りをお見舞いした。
　しかし、崩れ落ちそうなドレスを纏い、零れ落ちる短冊をかき集めてドリームイーターは未だ地に立つ。
「もう、時間がありませんよっ！」
　ルルゥが斧を叩きつけながら、少しだけ慌てた様子で叫んだ。
「任せるでござる！」
　鈴女が刃にグラビティ・チェインを注ぎこみ構えると、刀身が膨れ上がる。
「一刀両断！　断てぬものなどッ！　……多分ないかも……？」
　背を見せる程大きく振りかぶった一撃、巨大な刃が駆けた。
　ステップにもならない足取り。
　回避しきれず身を弾け飛ばしながら、更に身を捩るドレス姿はぞろりとモザイクが蠢かせた。
　未だ花嫁は回復を重ねようとしているのだ。
　その姿を感情の乾いた瞳で見下ろしたロイは、腕を伸ばした。
「……なあ、ドリームイーター、君を迎えに来る者は居ない」
　ロイの触れる指先は、花嫁姿の利用されるだけの哀れなドリームイーターの心へと直接言葉を伝える。
「もう立たなくていいんだ。――王子様も旦那様も居ないんだよ、君は、倒される敵でしかないんだ」
　私たちは、君を倒す。
　深い哀れみと、同情。そして、強い敵意。
　ロイの穿つ視線と弓は、真っ直ぐに敵を貫く。
「もうお休み、誰も君の眠りを妨げたりはしないよ」
　もう、本当にこれが最後のチャンスだろう。
「さ、……鳴無さん、リーアさん、合わせてね！」
　機械の体を軋ませて光線の発射口を生み出したフィーが、赤ずきんを抑えて不敵に笑む。
　肩を竦めた鳴無が小さく頷き、斧を構え。
　オーラを集束させるリーアがタイミングをはかる。
「今だよっ！」
　央が地面を踏みしめて駈け出した瞬間、フィーより打ち放たれた光弾が一直線に奔った。
「食らえ、喰らえ。汝満たすは誰が生命、汝望むは他が命」
　愚直な一撃を反射的に花嫁が避けた瞬間。
　目の前に現れたのは、極度にグラビティ・チェインを注ぎ込まれた迸るオーラの獣だ。
「――喰らい尽くし破壊し尽くせ、傲慢なる我が飢餓よ！」
　リーアが吼える。大きく口を開いた獣が狂牙を剥く。
「眠れ」
　獣とは反対側にステップを踏んだ央が、花嫁の頭を狙って斧を振りぬいた。
　ぞん。
　モザイクが爆ぜ、短冊がぶち撒けられる。
　大口を開いたオーラの獣は、一息に全てを飲み込んだ。
　砂が風に溶けるように、残ったモザイクもざらざらと空気に溶けて行く。
　本当にギリギリのタイミングで終えた戦闘。
「……はぁー……、終わりましたね」
　ルルゥが胸を撫で下ろして吐息を吐く。
「……随分と傷つけてしまったな」
「ヒールで元通りになってくれれば良いですけれど……、いつかは私もこんな場所で素敵な誰かと並んで歩けたら、なんて憧れている場所が傷ついてしまうのは心が痛みますね……」
　やっぱり花嫁は女の子の憧れですものと言うルルゥに、はは、と笑って相槌を打ちながらも、最後の一撃に暴走寸前までグラビティチェインを注ぎ込んでしまったリーアはその場にへたり込む。
「だっ、大丈夫ですかっ？」
　慌ててルルゥとだいごろーは癒しを重ね、その横でフィーは肩を竦めた。
「それにしても七夕がコレだと、お願い事をする季節事に赤ずきん姿の悪評が広まるのは嫌だよねぇ……、あ、そういえば」
「そろそろお迎えの時間ではありませんか？」
　ユイがフィーの言葉を継ぎ、鈴女が猫の耳をぴこんと立てた。
「そうでござるっ、だんちょが迎えにくるのでござるっ」
　愛しい人を思い、きゃあきゃあと姿を整えだす鈴女。
　おんなのこの準備には時間が掛かるのである。
「さて、忍足は本番だね。いってらっしゃい」
　ペルルを肩に侍らせたティユがひらひらと手を振り。
　その横でロイは千切れてしまった短冊を、指先でそっと拾い上げた。
「夢を歪めた代償とはいえ、花嫁の最後の場所が教会か。――花嫁にとっては始まりの場所の筈だろうに」
「七夕の願いから生まれた連中だ。儚くもあるが……ある意味では、一時を生きる姿としてはらしい姿だったのかもしれないよ」
　ティユが笑み。自らの投影機で産んだ訳では無い、晴天の星空を見上げる。
「……ドリームイーターたちからすれば、今日という日は空よりもこの地上の方が宝石が散りばめられた様に見えるのかな」
　そうだとすれば、少し興味があるな。目を細めたリーアが呟く。
　海沿いの夜空は、都会の中よりもずいぶんと星がよく見えた。
「さあ、皆さん。後片付けをはじめましょうか♪」
　千切れてしまった願いが書かれた短冊を抱えたユイは、癒しを礼拝堂に与えながら歌を口ずさむ。
　後でこの短冊は、また笹に結ばせて貰おう。
　例え破れてしまっていたとしても、子どもたちの願いは消えたりしないのだから。

作者：絲上ゆいこ	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年7月15日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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