七夕モザイク落とし作戦~フットボール・カノン

作者:弓月可染

●赤頭巾と七夕モザイク落とし
 7月7日、七夕の夜。東京上空……。
 大きな鍵を手にした『赤い頭巾のドリームイーター』が、ひとり、空を漂っていた。
「綺麗……短冊に込めた人々の願い事が、まるで宝石のよう。
 あの輝きが欲しくて、あなたは『モザイクの卵』を降らせたのね。
 でも、鎌倉の戦いでこしらえてもらった卵も、あと少ししか残っていないのね。
 …………。
 いいわ、あなたの夢、私が手伝いましょう。
 だって、あなたの夢は、きっと私と同じだから。
 だから、残った卵を私に頂戴。
 あなたをこの星に呼んであげるわ……ジュエルジグラット」

●フットボール・カノン
 一抱えもある塊だった。
 はっきりと形が判らない、けれど確かにそこに在るもの。『モザイクの卵』と呼ばれるそれは、いつの間にかこの場に現れていた。
 七夕の短冊を結んだ大きな笹の下。
 ショッピングモールの一角に設けられた七夕コーナーで、卵は無邪気なる願いを喰らう。

『サッカー選手になってヨーロッパで活躍できますように』
『サッカーが上手くなりたいな』
『県大会優勝、そして全国制覇できますように』

 それが選び取るのは、サッカーを愛する少年達の夢。
 咀嚼し、吸収し、そして――糧と成す。
 現れたのは、ユニフォームを着た一人の少年。
 ただ、数メートル程もあるサイズと輪郭を失った両脚が、同年代の少年たちと彼とを決定的なまでに隔てていた。

●ヘリオライダー
「ドリームイーターが、七夕を利用した攻撃を仕掛けて来ます」
 そう告げたアリス・オブライエン(シャドウエルフのヘリオライダー・en0109)の表情は硬い。しかし、ローデッド・クレメインス(灰は灰に・e27083)ら多くのケルベロスがかかる事態を予測し、調査してくれていたのは僥倖であった。
「巨大なモザイクの塊を落として、大量のドリームイーターを出現させる――『モザイク落とし』、と呼ばれる作戦を、もう一度行おうとしているんです」
 そのエネルギー源となるのが、『モザイクの卵』である。人々の夢、今回は七夕の願いを糧にして孵化したドリームイーターを生贄に捧げ、一気に必要量を刈り取ろうというのだ。
「猶予時間は、孵化してから七分間」
 両手の指で七を示すアリス。その情報は残酷なまでに戦いの困難さを物語っていた。生まれてからたった七分で、ドリームイーターは自動的に消滅し、モザイク落としの儀式のエネルギーに変換されてしまうのだ。
 出現場所と時間が判っており、ドリームイーターが積極的に人々を襲おうとしないのは、せめてもの救いだが――。
「皆さんに対処していただくのは、サッカー少年の願いを元に生まれたドリームイーターです。反則すれすれの激しいタックル、グラウンドをかき回す脚力、そしてゴールキーパーすら弾き飛ばすシュート……なんて、実在したらスーパースターですけれど」
 くすりと笑うアリスだが、しかし彼女は、そんなスーパースターを相手に戦わなければならないのだと告げている。
「七分です。タイムアップでドリームイーターが消滅してしまったら、もう倒すことが出来ません。そして、モザイク落としを阻止するためには、少なくとも今回出現する過半数を妥当しなければならないんです」
 逆に、ほぼ全てのドリームイーターを撃破出来たならば、モザイクの卵による事件は終息するだろう。
「それ程に、向こうも全力で仕掛けてきています」
 ですから、と予見の少女は言う。
 ですから、勝ってください、と。
「未来の犠牲を防ぐ為に。人々のささやかな祈りを守る為に――」
 そう彼女は一礼し、ヘリオンへとケルベロス達を誘うのだった。


参加者
ルビーク・アライブ(暁の影炎・e00512)
ラピス・ウィンディア(偽善の箱庭・e02447)
シィラ・シェルヴィー(白銀令嬢・e03490)
チェザ・ラムローグ(もこもこ羊・e04190)
エンジュ・ヴォルフラム(銀の魔女・e04271)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
立花・彩月(刻を彩るカメラ女子・e07441)
赤井・火澄(炎拳・e13068)

■リプレイ


 半袖に短パンの、どこにでも居る男児の姿。
 日に焼けたあどけない表情は、見上げる程の巨体にはアンバランスで――だから、赤井・火澄(炎拳・e13068)はその醜悪さに激昂を隠せない。
「戦う相手は子供達の夢……ってか」
 握り締める拳。張り詰めた指ぬきグローブが、ぎち、と音を立てた。
「でも、俺達は夢をぶっ壊す為に戦うんじゃねぇ」
 胸当ての様に火澄に寄り添った鈍い銀色が、僅かに表面を波打たせる。そんな新しい相棒に頷いて、彼は掌の中のスイッチに指をかけ。
「守る為に戦うんだ!」
 一息に押し込む。背後で放たれる七色の光と煙。そして、その中から飛び出してくる蒼い影。
(「短期決戦……か」)
 駆け抜けるはラピス・ウィンディア(偽善の箱庭・e02447)。手には流麗なる二刀、冴え冴えとした剣気を全身に纏い、少女剣士は戦場と化した日常を踏み越える。
(「踊り尽くすのは難しそうだけど……でも」)
 七分の時間制限。ラピスも認める通り、それは余りに高い壁だ。けれど、彼女は絶望しない。
「さぁ、踊りましょう――ハーフタイムにも満たない時間で、貴方は得点も無しに退場するのよ」
 抑揚の無い声と裏腹の芝居気のある台詞。稲妻を纏った右手の突きが、少年のモザイクを穿った。
「後は僕達に任せて下さい。あなた方は、早く離れて」
 最後まで残っていた警備員に声を掛け、カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)が僚友に続く。
「七夕に流星群なら絶好の天体観測日和でしたが――」
 昼行燈の印象をかなぐり捨てるような突貫。だが、その直線的な疾走は、敵の眼前で軽やかなステップと共に変幻する。
「――モザイク卵の流星群はいただけませんねぇ」
 側面からの、強かなる拳。そして、一撃離脱するカルナを援護するかのように撃ち込まれる銃弾。
「お見事です」
 カルナに賞賛の声を掛けたのは、やや距離を取って得物を構えるシィラ・シェルヴィー(白銀令嬢・e03490)だ。
 深窓の令嬢である事疑いなき容貌と、違う印象を与える硬質の声。そして、その両方を裏切る古びたリボルバー。
「夢を追う皆さんの願いは尊いもの。それを悪巧みに利用なんて」
 僅かに立ち上る煙が、彼女こそが先の射手である事を示している。そしてもう一度。引鉄と同時に銃声が響き、歪められたユメを貫く。
「……絶対にさせません」
 それこそが、凜とあらんと願った少女の宣戦布告。その真っ向たる敵意に反応したか、ドリームイーターが右脚を引く。その足下に生まれいずる、サッカーボールの如きエネルギー球。
「……っ!」
 放たれる球。息を呑むシィラ。だが、光球の輝きの中、彼女の前に黒き影が立ちはだかった。
「叶うかも、叶わないかもしれない。それが夢だ」
 けれど、と人影は言う。そんな夢が夢だけで終わらぬ様に、いつか辿り着くその先に未来が在る様に。
「嗚呼、彼らのゴールは絶対に守ってみせる……!」
 炸裂。白く染まる世界。だが、『彼』はその光をも受け止め――斬り裂いて。
「ゴールキーパーは、任された」
 ルビーク・アライブ(暁の影炎・e00512)、この世界の守り手は、傷つきながらもそう言ってのけるのだ。

「むむむ! ドリームイーターだからって反則とかはダメなんだよー!」
 お手製のレッドカードはご愛嬌、自身に似た柔らかな毛の小竜を従えたチェザ・ラムローグ(もこもこ羊・e04190)がびしりと指を突きつける。もちろん全く迫力は無い。
「このボクがルール違反を止めてみせるなぁん……って!」
 一生懸命格好を付けるもこもこふわりのお姫様の視界に入る、直撃を受けたルビークの姿。あわわ、と慌てて向き直り、ポシェットから山ほどの瓶を取り出すのだ。
「まずは、キミから治しちゃうんだよー!」
 元気一杯なパーティの最年少は、盾の青年にしこたま薬をぶっ掛ける構えである。と、そんなチェザの頭上をよぎる影。
「さぁ、貴方の全てを教えて」
 貴方を作る全てを、貴方を作った願いを。私に教えて、私に――。
「――私に、魅せて」
 エンジュ・ヴォルフラム(銀の魔女・e04271)、空から舞い降りた少女の脚が、呪詛じみた囁きと共に天の剣の如く敵を撃つ。
「そう、きっと星に強く願ったのね。だから、強い」
 彼女がこの場にいる理由の半ばは知識欲だ。生来の気性。鹵獲術士としての本能。失われた記憶を埋めたいとは、思っていないようだが。
 けれど、それだけではないのだ。エンジュの視線の先には、敵の身体に取り込まれた短冊。弱き者の輝ける未来。
「だから……守りたいの」
 その、願いを。
「そうよ、こんな形で奪われた夢を、そのままにはしないわ!」
 続くは立花・彩月(刻を彩るカメラ女子・e07441)。動きやすい靴で彼女がフィールドを駆ける度、耳元のシルバーピアスが揺れて。
「よりによって、サッカーの夢なんて……!」
 苦い記憶。けれど、彼女はサッカーを嫌いになった訳ではない。むしろ今も愛するからこそ、それを利用する敵を許せないのだ。
 そう、いつかのわたしと――同じ夢。福岡の地で追った熱い夢を。
「覚悟!」
 得物を抜き放つ。その銘を三日月桜彩、彼女の為に打たれた刀が、凍気すら帯びて輝いた。


「……どうかもってくれよ」
 チェザの援護と耐衝撃の防具に救われたか、直撃を受けてなおも崩れぬルビーク。だが、敵の放つ一撃はとてつもなく重いのだ。
(「誰も泣かなければいい。……その為に戦っているんだから」)
 眩暈すら感じながらも、彼は大剣を振り被り、勢いのままに叩きつける。俺を見ろ。俺だけを見ろ――。
「最後まで諦めるものか……!」
「その通りです。諦めません、決して」
 ルビークの目立つ攻撃を囮に、敵の背後を取るシィラ。噛み締める様に呟いたその言葉は、まるで自分に言い聞かせている様な響きで。
「では、力比べと参りましょう」
 彼女が腰溜めに構えたのは、長大なバレルの機関銃。リボルバーなど足下にも及ばぬ違和感を放つそれを、シィラはいとも軽々と振り回す。
「どうぞ、受け止めて下さいな」
 殆ど零距離に迫り――乱射。無防備な背後から浴びせられた銃弾が、敵の体力を容赦なく削り取る。その最中、急速に照明の光を遮っていく厚い雲。
「全力で行けるのは嬉しいですね。時間も短い事ですし」
 然程焦りを感じさせないカルナ。だが彼が左手に持つ魔道書は、決して甘いものではない。いまや可視化される程に凝縮された魔力が、行き場を求めて雲へと流れ込む。

「――来たれ、雷鳴」

 それは磁場さえ狂わせる、密やかなる大魔術。空間そのものに干渉して招き寄せた雷雲に、カルナは魔力をたっぷりと吸わせ、膨らませて。
 降り注ぐは巨大なる稲妻。大音声と共に吼え猛る雷撃が、少年の頭から脚までを灼きながら駆け抜ける。
 だが、まだだ。
「見た目通り、すっげータフだな」
 いっそ感心した様に漏らす火澄。だが、速攻が肝だと判っていて無駄に時間を使うような彼ではない。呟いた時には、既に彼は動いている。
「けど、短い時間だからこそ集中してかねーとな!」
 彼の胸を覆うオウガメタルが眩く輝いた。解き放たれる粒子。距離を取って戦う仲間達を柔らかな光が包み、視界がクリアになるほどの集中状態へと誘っていく。
「さぁ、速攻で行くぞ!」
 そして、火澄の灼けるような叫びが、短くも長い戦いに拍車を掛けるのだ。

 ステップを刻み、守護者と白竜を振り切った少年。フェイントを折り混ぜたダッシュが目指す先は、金の房が柄に踊る、美しい刀を構えた彩月だ。
「大きいだけにパワーのある攻撃ね。でも……」
 だが、彼女は動じない。引き付けて、引き付けて――フェイントの借りは、フェイントで返すのだ。ボールをカメラに持ち替えて、けれど現役時代の勘は未だ活きている。
「上手くかわすのも、フォワードの技量なのよ」
 一旦刀を納め、背に負った薙刀を引き抜いた。稲妻一閃、流れ込む雷が、少年の巨躯を痺れさせる。
「ふふん、心も体も癒しちゃうなぁ~ん」
 後方支援も万全だ。薄い胸を張って得意げにチェザが喚んだのは、もっこもことしか言い様の無い羊さんの群。別に特別な回復力など無いはずなのに、毛の中に埋もれればなんやかんやで頑張れる気がする。そんな至福の一時。
「もっふもふやでー、もっふもふやでー!」
 翡翠の瞳をきらりと煌かせ、ふわふわおっとりの雰囲気はそのままに羊と戯れるチェザ。何だか別世界に生きている気がするのは気のせいである。
「ケルベロスとは奥深いものなのね」
 目を丸くする銀の魔女。だが、驚いて手を止めるような贅沢は許されていなかったから、エンジュは仕込み靴の滑走に身を任せ、敵の死角へと滑り込む。
「許してなんて言わないわ。私達の世界を守る為だもの」
 杖の魔力はメスの鋭さに似て、逃れ得ぬ傷が少年の背に刻まれる。嗚呼、彼女が齎すのは医師の治療ではなく――暗殺者の解体だ。
「だから、貴方も許しを乞わずに消えなさい」
 私達の為に、願った彼の為に――そして、瞬きの間与えられた残心は、次の瞬間に爆風の中へと消える事になる。
「ビクターキャノン展開……グラビティ集中、バースト」
 脚を止めれば撃たれる。ラピスにとって、移動しながらの主武装展開は大きな賭けだった。羽飾りの楔など望むべくもなく、揺れる髪飾りの砲身を懸命に押さえつけて。
(「火力任せのあの子なら、楽にこなせたのでしょうね……」)
 だが、この場に居るのは誰でもなく自分だ。だから、もう躊躇わない。砲身加圧。チャージ完了。足を止めざまに、砲身を両手で抱え込む。
「――終わりにしましょう」
 砲撃。爆風に耐え切れず、床に叩きつけられるラピスの小柄な身体。そして、刺し違えるかの様に、放たれた勝利の火砲は敵の胴を穿っていた。


「後半アディショナルタイムよ! 点を取らなくちゃ負けなんだから!」
 優勢に戦いを進める八人と一匹。だが、無情にもルビークと彩月の懐から、ゲームの終わりを予言するメロディが流れ出る。
「子供達の夢は花咲いて欲しいけれど、あなたはここで『消えず』に散ってもらうわ」
 一斉攻撃を呼びかけ、再び抜刀した彩月。その愛刀に懸かる桜色の靄が、時折火花の様に弾けている。
「せめて、桜の様に美しく散りなさい!」
 すれ違いざまの横薙ぎ。見事なる一閃が、モザイクの脚を斬り血の桜吹雪を生み出して。
「いかに鋭いパスやシュートを繰り出そうとも、サッカーは集団で行う競技です」
 畳み掛ける様なカルナの火力。両腕で抱えた巨大な砲身を筆頭に、無数の銃口から放たれる光条。圧倒的な物量が、巨大な敵を怯ませる。
「仲間との連携無くして勝利はありえません」
 その事を教えてあげましょう、と微笑んで、彼は突進してくる少年の進路からするりと逃れた。代わりに割って入るのは、左腕を炎と化した守護神だ。
「サッカーのルールなんて知らないけど、ゴールキーパーに任せていいのかな」
「概ね間違ってはいないが」
 とぼけた問いかけに苦笑気味の答を返すルビーク。立ち塞がるのも幾度目か、サッカーとは呼べぬラフタックルは、思わず得物を取り落としそうになるほどに強烈だが――。
「真っ直ぐ見ろ。振り返るな。目を背けるな」
 耐え切って告げる。それはひどく抑えた、そして苛烈なる檄である。敵を目の前に、守るべき者を背後に。それこそが、ケルベロスとして此処にある理由だと。
 ――俺が此処に立つ理由だと言い切った。
「チャンスはいつも一度。ならば、勝利を必ず掴んでみせる」
 右手の大剣を囮に、本命の左手を突き入れる。その手には鋭いナイフ。夢幻の体に、引きつった傷を刻んで。
「Repeat」
 だが、その一言を耳にして、彼もまた仰け反る様に跳び退る。間隙を埋めるように殺到する鉛と爆風。そして、冷ややかに投げつけられるラピスの声。
「貴方のユメはここで終わり。現実はもっと辛辣で、努力は報われない」
 世界はとても残酷なのよ、と告げる彼女の全身は、赤熱した砲に炙られ熱を持っていた。だからだろうか、普段よりももう少し、火力に頼った事を悔しく感じてしまうのは。
(「これも経験……だけど、高火力で攻め落とすのは美しくないわね」)
 剣士の誇りが、次こそは、と彼女に誓わせるのだ。

「こっからは補給なしだ! 速攻で行くぞ、みんな!」
 残り少ない制限時間、これまでサポートに徹していた火澄もまた動こうとしていた。その意思を感じ取り、胸を覆っていたオウガメタルがまるで籠手のように姿を変えていく。
「サッカーじゃ反則だが、審判も見てねーしな……」
 冗句めかして一人ごち、ぱん、と両の拳を打ち合わせる。硬度を増した鈍色が、拍動を一つ返して応えた。
「フェアじゃねーが、手も使わせてもらうぜ!」
 夢そのものというやりにくい相手。だが躊躇している暇はない。火澄の貫き手が、少年を穿ち気の流れを断つ。
「スポーツはルールを守って、楽しくなぁん」
 それを混ぜっ返すチェザだが、彼女とて状況は良く判っている。全身に巡る魔力を練り上げ、掲げた杖に集中させる。やがて、眩く輝くエネルギー体が生まれでて。
「一人一斉攻撃だよー!」
 無数の矢へと分かたれたエネルギーが、弾幕を張るかの如く密集して降り注ぐ。そして、その中を突き進む、一際大きな影。
「やっちゃうんだよ、シシィ!」
 紅玉の瞳を輝かせ、体当たりする白竜。魔術の中に混ぜられた実体に、思わず敵もたたらを踏んだ。
「どうやら、わたし達の攻撃にはついて来れないようですね」
 翻弄される巨体を見やり、シィラはアンティークの銃を向ける。
 この戦いで、常に彼女は誰かの援護を、あるいは誰かとの連携を務めていた。それは、忘れたと思っていた呪縛。未だ彼女を無意識に苛む紅き瞳。ああ、けれど。
「皆の夢が叶いますように。――わたしの願いも、きっと」
 そう一言、付け加えられるのならば。彼女の脚は一歩を踏み出している。彼女の銃は、新たな道を示している。
「――わたしが、わたしで在る為に」
 引鉄を引いた。銃声。そして追随する圧倒的な火力。シィラの持ち替えた機関銃が。変形した砲台が。残弾など残さぬとばかりに空間全てを引き裂いて。
「貴方の願いが何であろうと、私は貴方を許さない」
 それは巨人の向こう、この事態を引き起こした存在への宣告。エンジュの背に広がる、ぼんやりとした影。

 ――朽ちる翼。堕ちる影。風は絶え、巨躯は地に臥せる。

 彼女の詠唱に、呪詛を織り込んだクロースが唱和する。高まる魔力。影はやがて、光を食らう漆黒の翼を象っていく。
「『カミゴロシ』」
 ほっそりとした指を伸べ、苦悶する少年を示した。生まれいずる無数の黒き羽根。次々と舞うそれはドリームイーターの体を包み込み、闇そのものと成って溶けていく。
「――歪な願いは果てなさい」
 嘆息にも似た囁きの向こう、収奪された夢は主の下へと還り、仮初の容を失った。

作者:弓月可染 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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