七夕モザイク落とし作戦～ヴィア・ラッテアの願い星

■リプレイ

●願いを糧に悪夢は孵る
　見上げる夜空に広がるのは天の川。銀の光を放つ星々が形作る大河は、きらきらとしたせせらぎの音すら奏でそうで――年に一度、この夜にのみ会えると言われる恋人たちも、天で逢瀬を楽しんでいるように思えた。
　しかし、綺羅星の如き願いが満ちる七夕の日、残酷にも夢を喰らうものが暗躍する。天から降り注いだモザイクの卵は、ずっと一緒に居たいという恋人たちの願いを糧に孵化を果たし、更にモザイク落としという悪夢を呼ぼうとしているのだ。
「大好きなひとといっしょにいたい、それはとてもすてきな願いです」
　淡い水色の髪をさらさらと揺らし、願いのこめられた短冊の並ぶ小路を通って。星空に手が届きそうな丘の上に辿り着いたイルヴァ・セリアン（あけいろの葬雪花・e04389）は、何かを待ち望むように天を仰ぐ乙女――七夕の夢を取り込んだドリームイーターを見据えて、はっきりと告げた。
「……その願いを、人々を脅かすための力になんてさせません」
　少女の紅玉色の瞳は、決意を宿した灯火のよう。諜報と暗殺を司る妖精族に相応しく、イルヴァの放つ殺気は結界を成して、この丘に一般人が近づくことを禁じていた。
「モザイク落としが実現すれば、大勢の人が願いを奪われる……。数多の願い、必ず護りましょう」
　ひとつに結った深緑の髪を靡かせて、翡翠・風音（森と水を謳う者・e15525）も穏やかな声で、うたうように仲間たちへと呼びかける。幸いにも周囲にひと気は無く、人払いはイルヴァの殺界で十分のようだ――ならば短冊に込められた願いを返して貰おうと、風音の瞳はドリームイーターの体内に浮かぶ、モザイク化した短冊を捉えていた。
「しかし随分とまぁ……立派な天女様だね～。オイラが削って軽くしてあげるよ☆」
　一方で、クイン・アクター（喜劇の終わりを告げる者・e02291）は目を細めてへらりと、道化のようにおどけた仕草で黒鎖を揺らし――御伽・姫桜（悲哀の傷痕を抱え物語を紡ぐ姫・e02600）も容赦はしないとばかりに、毅然とした態度で真っ向から、夢を喰らう暴虐へ立ち向かおうとする。
「大切な方とこれからも一緒にいられるようにと……天の川に願いを込めた女性の気持ちを吸収して、悪巧みをしているなんて絶対に許せませんわ」
　――大切な人を失う哀しみを、彼女は知っているから。故にずっと一緒にいたいと願う気持ちも、痛いほど分かる。そしてそれは、大事な人が居る巫・縁（魂の亡失者・e01047）にも良く分かっていた。
　願うことは意気込みにも繋がるし、そんな人の純粋な願いを利用するドリームイーターは許せないし許すつもりもない。それでも――。
「願うだけでは何も出来ん。そうなるように努力をしなくてはな」
　私自身にも言えることだが、と冷静に呟く縁は、全てを失ったとは思えぬほどに己を強く保っている。仮面に隠された彼の素顔を知る術は無かったけれど、知らず内牧・ルチル（浅儀・e03643）も愛しい人を思い浮かべ、ずっと一緒にと夢見るドリームイーターに向かって声を張り上げた。
「私にも旦那様がいます。気持ちはわかります、でも……っ！」
（「だ、旦那様がいらっしゃるのですか……」）
　恋人が居るらしいルチルら仲間たちを、ちょっぴり羨ましそうに見つめる風音にそっとエールを送りつつ――イェロ・カナン（赫・e00116）は、甘い雰囲気を漂わせる髪をくしゃりと掻き上げて嫣然と微笑む。
「……『大好きな人と、ずっと一緒』だなんて。なんとも可愛らしい願いじゃないの」
　大人の男性としての余裕を崩さずに、イェロは悠然と告げる――星に届くよう、一肌脱ぐとしようか。獅子の心臓の輝きを思わせる、蒼白き切っ先を閃かせて彼の剣が踊り、戦闘態勢を取る仲間たちに目配せをしたルチルが頷いた。
「制限時間は、７分……！」
　特製リストウォッチのタイマーを５分にセットして、彼女は時間を管理する役割を担おうと気合を入れる。５分に設定したのは、残り２分で総攻撃をする目安とするため――時間内に何としてでも仕留めると言う、覚悟の表れだ。
「……夢や願いを狙うデウスエクス故に、この日が狙われるとは思っていたが……やはり来た、か」
　熱い闘志がそのまま炎と化したかのように、星詠・唯覇（星々が奏でる唄・e00828）は地獄化した片翼を羽ばたかせて敵を睨んだ。七夕――それは離れ離れになった天の恋人たちが再会し、人々が星々に願いを託す大切な日。誰かの大切な思い出を、夢を、侵略の手段に使われることだけは、させてはならない――。
「……早急に決着をつける！」
「ふふ、人の願いを借りてしか形を成せないキミに、本物の願いの重さを教えてあげるよ……」
　ぎらついた瞳に昏い情熱を宿すクインが抱くのは、狂気を孕む偏愛か。彼は隠していた悪魔の角と翼を露わにし、嗜虐的な笑みを浮かべて啖呵を切った。

●天女が紡ぐ赤い糸
　天女の如き姿を取ったドリームイーターは、星屑の衣を翻して――まるで地上に天の川を導くように、辺りを星々の輝きで溢れさせていった。その光は見る間に心を惑わせていき、やはり相手は状態異常に長け、此方を無力化するように動くかと唯覇は迅速に判断する。
「ならば、俺は援護に専念する。貴様の思い通りにはさせない……！」
　皆を守りたい――その想いを歌に乗せて、彼が奏でるのは護りの聖譚曲。神々しく浮かび上がる光の楽譜が、仲間たちを護る盾となって耐性を付与していく中――オルトロスのアマツを伴った縁は、牙龍天誓に地獄の炎を纏わせて、軽々と強烈な一撃を叩きこんだ。
「時間はかけられない、一気に叩く！」
　――彼の意思を瞬時に把握したアマツは、吼え声をあげること無く神器の剣を咥えて斬り込み、刃を一閃させて獲物を斬り裂く。お互いに対等の関係であるからこそ、ふたりは言葉を交わさずとも確りと動けるのだろう。
「私達も負けてはいられませんね、シャティレ」
　一方で家族のように慈しみ合うのは風音と、彼女のボクスドラゴンであるシャティレだ。風音の元を離れたシャティレは盾として立ち塞がる傍ら、属性を注入して異常への対処を行っていき――その後方からは風音が、纏う黒液で獲物を捕食しようと、接近しつつその力を解き放った。
（「少しでも動きを制限出来れば……！」）
　捕縛され炎に包まれるドリームイーターへ、その時イルヴァが痩身を躍らせて、ひとすじの流星となって飛び込んでいく。重力を宿した鋭い蹴りは容赦なく標的を地に叩きつけ、そのままイルヴァは少しでも相手に接近しようと間合いを計るのだが――中衛と言う今の立ち位置では限界がある。
「イルヴァさん、無理はしないで下さいねっ！」
「……あ、ルチルさん」
　そんな友人を激励するのは、後方から戦況を見据え、愛刀を手に剣舞を披露するルチルだった。影を相手に刃を交え、仲間を鼓舞する彼女の意思が癒しの力へと変わり――更に、盾となる姫桜は黒鎖を操って守護の魔法陣を描き、その守りを確かなものへとする。
「さぁ、シオン、私たちの絆を見せつけてあげましょう」
　――集まれ炎、踊り散れ華。姫桜の優美な唇がうたうように言葉を紡ぐと、ボクスドラゴンのシオンは敵の行動を阻害するべくブレスを吐き出した。そうして万全の態勢が築かれる中、攻撃の要であるふたり――イェロとクインが、確実に動きを鈍らせようと立て続けに蹴りを喰らわせる。
「ルチルちゃんの合図をしっかり聞いて、最善を考えて動こ～っと♪」
　にこやかに笑って眼鏡を押し上げるクインだが、其処に天女の操る赤い糸が迫った。逃れぬ運命を突き付けるように、糸は血飛沫を伴ってクインを絡め取るが――それでも彼は底冷えのする瞳で、己を戒める相手をじろりと見上げる。
「こんな細い糸で、運命の相手を繋ぎ止められると思ってるの？　糸よりも強い鎖で、赤色よりも熱い炎で、強く強く縛り付けなきゃ……」
　ホラ、とクインの握りしめた黒鎖が地獄の炎に包まれて襲い掛かるが――本気の重みを乗せた一撃を、ドリームイーターは寸での所で回避した。
（「他人の願いや世界の平和は、正直どうでもいいんだけど」）
　当たれば大きい分、命中に不安があるのは仕方ないとクインが気持ちを切り替える中、ルチルや唯覇は蓄積されていく異常の浄化に重点を置いて回復を行っている。
「……大切にしたいと思う素直な気持ちは、罪ではない。明日への力になる光だ」
　そう呟く唯覇は、自身にも大切にしたい人が出来たようで。だからこそ、この願いの被害者を見過ごす事は出来なかったのだと――彼は爆風を生み出し、仲間たちの士気を高めていった。
「それを踏みにじる愚行を見過ごす事など……出来るわけがない」
　そうしている間にも、縁の刀が月の弧を描いて敵の急所に吸い込まれ、其処へイルヴァの手にした葬刃が禍々しい形に変じ――獲物の肌を抉るように切り刻んで、更なる不調をもたらしていく。
　――けれど天女は、人形のように整った相貌を笑みの形に歪めたまま、永遠にふたりで居られるようにと姫桜に襲い掛かった。残酷な赤い糸の抱擁、しかしそれを姫桜は、手にした黒鎖を一閃させて相殺する。
「あらあら、あなたの彦星様は何処へいらっしゃるのかしら？　そんな赤い糸を頼りにしているのでしたら、私が全力で引き千切って差し上げるわ」
　上品な笑みを浮かべる姫桜だが、その口調は丁寧ながら容赦のないものだ。時間の経過を告げるルチルの声が元気よく辺りに響く中、イェロはやれやれと言うように大仰に肩を竦めた。
「大きな天女様って、それはそれで魅力的だけど……手当たり次第過ぎない？」
　尚も赤い糸を手繰って、此方を引き寄せる姿に溜息を吐きつつも――それでも彼は、口元に誘うような笑みを浮かべて甘い声で囁く。
「ずっと一緒にいたいのは彦星だろうに。なんなら俺にでもしとく？　……なんてな」
　その声に反応したのか、微かに身じろぎをする天女に向かい、イェロは刃を涼やかに鳴らして。手の鳴る方へと戯れるように挑発をした次の瞬間、烱然の刃は真っ直ぐに彼女の胸を貫いていた。
「ほら、余所見は禁止」

●ずっと、あなたと一緒に
「５分経過、あと２回ですっ」
　アラームが辺りに鳴り響くと同時、尻尾を振るルチルが一斉攻撃の合図を出す。了解した、と頷く縁は敵の体力が残りわずかだと確信し、一層奮起して鞘を握る手に力をこめた。
「総攻撃を仕掛ける！」
　どうやら皆の奮戦により、想定よりも早いペースで戦いに片がつきそうだ――そのままいけと唯覇が爆風で皆の背を押し、クインの炎が襲い掛かると、姫桜の操る黒鎖がドリームイーターを一気に締め上げる。
（「織姫と彦星のように、愛しい方と出逢うことができたなら」）
　そんな、この命が果てるまでずっと隣にいて寄り添って歩きたいと言う純粋な気持ちを、このような形で奪おうとするのは許せない。それでも敵は足掻き、赤い糸が姫桜に襲い掛かるが、それすらもルチルの溜めた気力によって戒めを解かれていった。
「逃がしません、ここでしとめます！」
「貴様は夢を叶える資格などない！　堕ちよ！」
　一気に勝負を決めようと、イルヴァは氷の魔力を凝縮して、大気より氷の刃を生み出して撃ち込んで――そして縁が、牙龍天誓の一撃で大地を割り、更に血華舞う天女を天に打ち上げて追撃を放つ。そのまま天へ還らず、地に堕ちる彼女を待ち受けていたのは、魔法の杖を構えるイェロだった。
「天女様との戯れは好いけど、早々に天の川へ還してやらないと」
　――彦星が待ち草臥れて帰っちまうわ、とおどけながらも、彼の持つ杖の先端からは大量の魔法矢がドリームイーターに襲い掛かる。引き裂かれた天女の衣がはらはらと夜空に溶けていくのを見遣り、風音は誰かの――大切な人といられる時間を護ろうと、緑の生命、その魔力を静かに練り上げていった。
「好きな人と、ずっと一緒に……素敵な願いだと思います。織姫なら、それが叶わないつらさ……理解できますよね？」
　自身の家族とは既に死別し、一緒に過ごすことは叶わない。それ故に、大切な人と共に過ごせることを尊く思う――風音の魔力を込めて、鋭利な刃と化した深緑の葉は華麗に空を舞い、鎌鼬となって標的を斬り裂いていった。
「深緑の葉よ、舞い踊れ！」
　――それが止めとなり、夢は終わる。モザイクの短冊を取り込んだ天女はかたちを失い、その存在は新たな悪夢を呼ぶこと無く、静かに消滅していったのだ。

●願い星に祈りを
　倖せな結末へと導けた――静寂を取り戻した丘で姫桜が安堵する中、空を見上げる唯覇は少し切なげに微笑む。
「……早く、顔を見たい……など……俺らしくもない、か？」
　無意識に取るのは、左胸に手を当てる祈りの姿勢で。クインもまた、美しい星空を眺めながら愛する人に想いを馳せていた。
（「来年はキミと一緒に、この丘で七夕を過ごしたいな……」）
　一方で、イェロが頭の片隅で浮かべていたのは誰だったのだろう――数瞬の間に、その誰かの姿は溶けて消えてしまったけれど。
（「ずっと一緒にいたいのなら、繋いだ手を離さなければ良いだけのこと」）
　これがなかなか難しいのだが、それでも希うならと彼は天を仰いで祈る――きみの、君たちの、さいわいを。そんな中、七夕の短冊を一つ拝借するのは縁。つらつらと想いを書き連ねるが、しかし彼はそれを吊るすことはしなかった。
「……願いは自分で叶えてこそだ」
　そしてルチルと手分けをしてヒールを行うイルヴァは、空に煌めく天の川にお願いをする。願い星さん、みんなのお願いを、きっと叶えてくださいと――。
（「わたし、祈りますから。みんながしあわせになれますようにって」）
　――それでも本当は、自分も大好きなひとと幸せになりたい。言葉にしかけた想いをそっと呑み込んで、イルヴァは慌てて首を振った。
（「ううん……わたしは、戦う者、守る者だから。ひとのしあわせを守るために生きなくちゃ」）
　けれど、自分の生き方はひとつじゃないと、他の姿を願うことだって出来ると、そう教えてくれたひともいて。だからイルヴァは、やっぱり最後に短冊をかけようと、背伸びをしてさらさらと揺れる笹の葉を優しく撫でた。
「だいすきなみんなと、ずっと、しあわせに、いっしょにいたいです」
　他の場所の状況はどうなっているだろうかと、風音は任務の成功を祈りながら周辺の後片付けを行う。それでも今日は七夕――多くの願いが天へと昇り、綺羅星のように輝く日だから。
「どうか大切な人と共にありたいという願い……多くの人の願いが、天の川に届きますように」

作者：柚烏	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年7月15日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 1／感動した 0／素敵だった 6／キャラが大事にされていた 1
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