七夕モザイク落とし作戦～七夕に散る夢

■リプレイ

●笹の葉さらさら
　ジュエルジグラット。直訳すれば『宝石の塔』となる。
「……」
　ここは小学校の体育館。深夜なので無人ではあるが、小学校独特の、賑やかさの余韻のようなものが感じられた。
　左右にずらりと飾られた笹飾りの間から、ヴァーツラフ・ブルブリス（バンディートマールス・e03019）はなんとなく天井を見上げている。ドリームイーターが仕掛けてきた今回の作戦に、彼は決していい予感を抱いていない。
　その表情に共感したように一歩近づくのは、ミストウェルズ・ローレライ（彷徨えるご当地戦乙女・e24433）である。
「モザイク落とし……何だか響き的に」
　ミストウェルズが神妙な声を出す。ヴァーツラフが鼻先を向けると彼女の言葉はこう続いた。
「何処かのロボットアニメの敵の作戦と同じ感じがしないでも……」
「…………悪ぃ、知らねぇな」　
　ふぁ～……、と大きなあくびをするのは日崎・恭也（明日も頑張らない・e03207）だ。深夜なのでオネムモードなのである。
「七夕だからって、こんな遅くに出て来る事ねぇよな。空気読めねぇ奴らだぜホント」
　文句を言いつつも恭也は率先して笹を体育館の一角に寄せていく。無気力ボーイとみせかけて、ちゃんと子どもたちを傷つけない配慮をしている。エルディス・ブレインス（ヴァルキュリアのガンスリンガー・e27427）もああと気づいてそれを手伝った。
「アイドルになる……素敵な夢です……」
　短冊のひとつに目を留めた荊・綺華（エウカリスティカ・e19440）が思わず赤い瞳を細めてそう呟いた。みんなの願いを守りたい、と綺華が思いを強くする足元で、ウイングキャットのばすてとさまが黒い豊かな尻尾を揺らした。
「……」
　キリクライシャ・セサンゴート（林檎割人形・e20513）もまた、短冊のひとつに手を伸ばし、表情を変えずにじっと見つめた。
　短冊に輝く、たくさんの言葉。大切な思いや誰かへの願い、キリクライシャの緑の瞳はそれらを丁寧に追った。
「オレなら一生遊んで暮らせる金が欲しいって書きますネ」
　とヘラヘラしながら恭也が、事前に用意した小型ライトを全員に配り始める。
「あまりにも現実的すぎやしないか？」
　と、笑いながらそれを受け取るルシッド・カタフニア（真空に奏でる・e01981）だったが、不意にその声は憎悪に濁った。
「……あったぞ」
　ドリームイーターの気配が、ルシッドを明るい好青年から復讐者に変えてしまう。
　ライトに照らされた先には、ドリームイーターの卵があった。直径１メートルほどのモザイクの塊は、隅に寄せた笹に飾られた短冊から、どうやら願いのエネルギーのみを吸い上げているようだった。ザザッと笹の揺れる気配がし、モザイクに変換されたエネルギーが卵を温め、そして。
『ダ、ダ、ダンス！』
　身長３メートルはあろうかという、誕生したばかりのドリームイーターが腕を振り上げポーズを決める。、
　ダンスがうまくなりたいと願う子どもたちの、キラキラしたものが汚されたようで、堪らず水瀬・あおい（癒しの調べ・e05225）が表情を曇らせた。
「七夕のお願い事を、こんな風に扱うなんて……」
『上手く、ナリタァーイ』
　ドリームイーターのその声に、ルシッドは冷たい怒りを覚える。
「願いを食い荒らして我が物顔で何が夢、だ。自分の力で叶える気も、無い癖に」
　今まさに生まれたばかりの敵を見据えるケルベロスたち。
　一見温厚そうだったエルディスの様相が、あっという間に戦場の色に染まる。
「さぁ。私の火力で全て押し切ってご覧に入れましょう！」

●リミット７分
　あおいが手元の懐中時計を握りしめる。いつ立っても、やはり戦場は怖い。でもそれ以上に、守りたいものがある。　
「では、参りましょう。戦闘開始です」
　全員、合図に頷いた。時間管理はあおいに、と皆一任している。
「……ちまは、援護をお願いしますね」
　ウイングキャットのちまに声をかけ、あおい自身も戦闘配置につく。
　与えられた時間は、７分。この間に敵を倒せなければこの作戦は失敗となってしまう。
『ステップ、ステップ』
「……こいつ、案外速いな？」
　まさしくダンスのような、トリッキーな動きをするドリームイーターを崩そうにも、近距離からは隙が見つからない。
「……確実に」
　口の中でそう呟いて、キリクライシャが動く。リオン、と自らのサーヴァントであるバーミリオンをいつもの呼び方で呼び、予め決めていた作戦通りに仕掛ける。同時に飛び出し、キリクライシャが振るった鎌の軌跡に乗るようにして、テレビウムの顔から閃光が放たれる！
『アウチ？！　もー、ナンナンダ！』
　モザイクの塊のような顔が、一瞬怒りに歪んだ、ように見えた。
「……うまくいったら幸いという程度だけれど」
　このままバーミリオンが敵を引き付け、攻撃を無駄にさせることが出来れば。仲間の消耗と被害を最小限に抑えるための作戦だ。
「それでは……行くです」
　綺華が仲間の盾となる位置に身を置けば、更にそれを強固なものにしようとばすてとさまが翼を大きく広げる。サーヴァントと主は強い絆で結ばれ、仲間同士の連携もいいチームである。
　だが、突然。
『この下手くそッ！　才能ないならやめちまえっ！』
　ドリームイーターの巨体から放たれたモザイクの巨大な口が、怒声とともに綺華に襲い掛かった。
「っ、く！」
「妙な動きを！」
　ルシッドが攻撃的な気分を自制し、まずは綺華を含めた前線組の味方の防御を固めるべく星座の輝きを呼び出した。
『ダンシング！』
　ブレイクダンスに似た妙な動きで、ドリームイーターは常に動き回る。
「遠目からのが狙いやすいか……」
　とにかくこの動きを止めないとやっかいだ、と見てとったヴァーツラフが敵の足元を狙って蹴りつけた。が、まだドリームイーターは止まらない。ケルベロスたちの攻撃をかわしつつ、踊り続けている。
「うぉら！　じっとしてやがれ！　癇に障る攻撃ばっかしやがってこの陰険野郎！」
「１分経過です！」
　あおいの声に、１分という時間の短さを実感するケルベロスたち。残りあと６分で、押し切らなくてはならない。
　敵の催眠攻撃に注意しつつ防御を削ぎ、炎を付加しダメージを重ねるが、敵の守りも厚く、繰り出される攻撃は決して侮れない。
『YOU！　さっきのステージはなんだ、あんな恥ずかしいパフォ、思い出すだけで死ねるな！』
　再びモザイクが飛び、バーミリオンのつるりと丸い体を飲み込んでしまう。
「……リオン」
　キリクライシャが呟いたときには後衛ルシッドからの援護が入っていた。そこからの。
「調子乗り過ぎてんじゃねェか、コラ！」
「こンの子供好き変態ストリート！」
「さぁさぁここからが楽しいとこですよ！」
　ヴァーツラフ、恭也、エルディスの、連続攻撃が叩き込まれた。若干、ボコってる風になるのは何故だろうか。
『ガッ……』
　一瞬、足を止めた敵を待ち構えていたのは、ミストウェルズ。ご当地ヒーロー見習いとして、狼藉者は見逃せない。大上段に構え、そこからの突撃！
「人類の驚異たる宝剣は、主の定命化とご当地の気により……此処に生まれ変わらん。宝剣ヤキトリィタイトよ…焼き鳥の饗宴に想いを馳せよっ！」
　ミストウェルズの体を包むオーラは一瞬スズメを形どり、ヤキトリブラストの強烈な斬撃がドリームイーターの体をひっくり返した！
「２分経過！」
　あおいが治癒に当たりながらも全員に聞こえる声で叫ぶ。
　キリクライシャが敵の素早い動きを足止めすべく、ケルベロスチェインで捕縛にかかる。そこへ綺華が火を噴くように蹴りつけた。ばすてとさまも一層翼を広げ、敵の視界を遮った。しかし。
『オラオラそんなぶっとい足で舞台に立てると思うなよ！　痩せろ痩せろ食うな！』
　巨体に似合わぬ機敏な動きで、敵が跳ねて起き上がる。罵るような言葉を吐き散らしつつ、心を抉る鍵をルシッドに向けて力いっぱい振るった。もちろんルシッドにダイエットは関係ないが、その不快な声は直接神経を刺激する。思い切り斬り捨ててやりたいが、現在使っている装備は友人から贈られた大切なものだ。
（「こんな奴ら、触れされるのも不愉快だ」）
　ルシッドは退かず避けず、そのまま詠唱を始める。
「……貴様らは、本当に不愉快だ。心を抉られる痛みを、教えてやる。――Nox　I＝S　Cm＝oves　Vgts　C2nx　E＝M=Tragoedia……」
　青紫色の鍵は、具現化された恐怖の記憶。鍵には鍵をとルシッドが真っ向から撃ち返す！
「３分、経過しました！」
　戦況を見つつあおいはそう告げると、美しい声で歌い始める。皆を鼓舞し、勝利へ導く歌を。
　もちろん味方も、それに応じてみせる。
「……護りを剥がして斬り分けるだけ」
　戦いは後半に差し掛かる。威力を重視しキリクライシャが放った大技『林檎割』が命中し、敵がよろける。動きの鈍ったところを見極めて、綺華はなんとこの敵に対して至近距離に踏み込み、舞うように動いた。足元は軽くもどこか妖しいステップを踏む。だがそこから一転、目にも止まらぬ動きで攻撃に転じた。
「のろわれた者ども……わたしから離れて……悪魔と……その使いたちのために……用意された永遠の火に……入れ……です……」
　ダンスにはダンスを、と、オーラの弾丸が舞い飛び、敵にめり込んでいく。
『グアア……！』
　確実に体力を削られているはずの敵は、しかしまだ力を残していた。
『ヘタクソ、ヘタクソぉッ！！』
　怒号を上げながら、モザイクの牙が狙い定めたのは恭也だった。
「ってぇ……！」
　足元を掬われ、大きくダメージを貰い恭也が膝をよろめかせる、が、意地を張りたいところだと崩れない。
「つっぱるじゃねえかよ。落ち着きな」
　その恭也の肩をぽんと叩いて下がらせ、不敵に笑うヴァーツラフ。意地っ張りが彼は嫌いではない。
「俺にゃ夢がどうした、っていうのはよくわかんねえが。ひとつはっきりわかってんのはな」
　愛用の銃を手に、一息に距離を詰める。銃という武器に似つかわしくない接近だが、これがヴァーツラフの距離だ。
「てめえが気にいらねえ、ってことだけだ。ミンチになんな、ダンス野郎！」
　散弾の連射音が響く中、チェーンソー剣を振るったのは意地を張り通した恭也だった。
「けっ……、癇に障る攻撃ばっかしやがって、この陰険野郎……！　すげえ痛かったぞ！」
　渾身の力で斬りつけ、今度こそフラフラになった恭也の元にあおいが慌てて駆け寄った。敵の気はミストウェルズが引き、少し考えて、
「よく当たる方で！」
　と、超鋼拳を叩き込んだ。恭也は意識はしっかりあるが、小さくないダメージを負っている。
「ちまも手伝って！　皆さん、４分経過です！」
　もはや猶予はないと、全員の拳に力が入った。
「……動きを、止める」
　キリクライシャのチェインが走る。ドリームイーターの体のそちこちに、炎によるダメージが見受けられた。最初こそ陽気な様子もあったが、敵は今や不気味に黙して、ただケルベロスを殺すことのみを考える。
『シネェッ……！』
　エルディスに向けられた悪夢を生む一撃は、割って入った綺華が引き受ける。
「圧倒、してあげましょう！」
　右ホルスターから抜いた銃でその敵の足元を狙い撃つ。発射後は、反動でそのまま銃を回して元の腰位置に戻し、背のガトリングへと素早く切り替える。
　５分、６分がそうして過ぎる。遂に。
「ラスト１分！」
　ここで決められなければ敵の作戦は阻止出来ない。皆、最大の集中力と、最高の火力で攻めたてる。これまでサポートに当たっていたバーミリオン、ばすてとさま、ちま、そしてあおいまでもが攻撃に参加した。
『ウ、オ、オ、オ』
　最期の力を振り絞ったドリームイーターが、両手を広げてモザイクを放出し始めた。体育館中に広がるのではないかという、その不穏な気配。
　だが、ケルベロスたちは微塵も怯まなかった。キリクライシャは鎌を振り上げ、エルディスが光の翼を広げ『光の粒子』を集め始め、ルシッドは再度心核魔術の詠唱を口にし、ヴァーツラフは徹甲弾を込め直す。
　大きな作戦を阻止するために、何より、子どもたちの願いを守るために。
「……倒す！」
「おしまい、です」
「宝剣、ヤキトリィタイトよ……！」
「さっさと帰らせろ、コノヤロー！　うおおおおお！」
「ショット！」
　気合いの声とともに、全員が最大の攻撃をほぼ一斉に繰り出した。
　ザシュンッ！　斬撃音の後、一瞬の静寂。そして。
『ア、ア、ア、ア、ア、ア……！！』
　ドリームイーターの体を構成していたモザイクはバラバラに砕け散り、その姿は跡形もなく消え去った。
「勝った！　ジャーン！」
　最後の一撃を叩き込んだミストウェルズが、武器を構えたまま誇らしげな表情を見せた。ただし、カッコイイ効果音は自前。

●願いは空に
　戦いを終えて。
「笹が無事でよかった」
　伊達メガネの位置を直しつつ、エルディスが笑顔を見せる。戦いにおいてはフルバーストが信条の彼だが、終わればいつものマイペースな少年である。
　激しい戦いで、体育館のあちこちが損壊してしまったのを皆で手分けしてヒールで直し、戦いに巻き込まないようにと隅に寄せておいた笹を元通りに飾っておいた。
「ふっふーん」
　恭也は傷も大事には至らず、機嫌よく笹に新しい短冊をつけている。文面は『お前らの願い事がかないますよーに　byイケメンで優しい笹の妖精より』
　その様子を後ろからじっと見ていたキリクライシャがぽつりと言った。
「……イケメソ？」
「ン、ンだからねこれ。いけめそ、ってなんか弱そうだから」
　綺華も沢山の短冊の願い事を読み、改めて呟く。
「みんなの願い……わたしたちが……守るです……」
　すこし離れた場所でヴァーツラフは葉巻を口に咥える、が、場所柄火は着けていない。それなりの覚悟をもって挑んだ戦いに勝利し、人から夢を奪う敵というものを己が本質的に嫌っているのだと理解した。沢山の夢が揺らめく笹飾りに、なんとなく視線を投げる。
　きょろりと周りを見回し、ミストウェルズが言った。
「あれ、ルシッドさんがいないよう？」
「もしかしたら、天の川を観に先に外に出てらっしゃるのでは？」
　あおいがそう言い、綺麗に見えるといいですね、と微笑んだ。
　だが、ルシッドは翼飛行を駆使し、周囲にドリームイーターの影を確認しているところだった。事件の痕跡、今回の事件の首謀者の手がかりを求めて周囲を捜索していたのである。
　ドリームイーターを心底憎く思い、滅したいという思い。これもまた、広く考えれば願い事のひとつなのかも知れない。
　悲願、祈願、念願……願いの数や形は人それぞれ。今宵守った子どもたちの夢が、いつか花開くことを、それぞれ胸の内に願うケルベロスたちだった。

作者：林雪	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年7月15日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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