七夕モザイク落とし作戦～クマの強さに憧れて

■リプレイ

●願いの夜に
　七夕の夜、空にはきらきらと輝く小さな光。
　短冊に込められた願いは星の数、人の数。笹にかけられた短冊は夜風にさらさらと揺れている。
　クマのように強くなりたい。幼稚園児たちのそんな願いが、ドリームイーターに利用されようとしていた。
　他の仲間と幼稚園を訪れた八島・トロノイ（あなたの街のお医者さん・e16946）は、窓側に置かれていた白いクマのぬいぐるみに気付く。
（「あぁ、……忘れられないもんだな。どれだけ時間が過ぎても。いや、忘れる必要なんてないんだろうが」）
　設置型の照明を準備すると、視線を遠くへ遣り少しの間だけ思い出に浸る。足元にやってきたのは真っ白いふわふわした毛並みのベルナドット。深月・雨音（夜行性小熊猫・e00887）も物陰に隠れ、ドリームイーターが姿を現すのを待っている。
　物陰に、黒が二人。
　漆黒。闇に溶け込むようなその色で身を包んだ藤守・つかさ（闇視者・e00546）は呼吸さえも静かに、園の入り口の方へ目を向けていた。肌を隠す服だけでなく、瞳や髪の色さえも同色、まるで宵闇が人の身に姿を変えたよう。
「もしも儀式を成功させてしまったら、ケルベロスの信頼も無に帰す。……必ず、阻止する」
　それに応えるのは黒猫。前庭に灯りを置いて戻って来ると、霖道・悠（黒猫狂詩曲・e03089）が夜空を見上げた。夏の夜、ひっそりと見上げてみると何かとても大きな存在と心地良く同化してしまうような、不思議な感覚がある。
　空の上で織姫と彦星は、年に一度逢瀬を楽しむのだという。
「折角の、逢瀬の夜。其れに水を差す、てのも。頂けねェな、」
　小さな気配が一つ、傍に来るのが分かる。間違えるはずもない。相棒のノアールだ。いつもいつも、傍らにその姿はある。
「……そうか。七夕、だったな」
　つられるように空を見上げ、つかさは呟く。
「もしかして。ねェ、忘れて、た？」
　悠の問いかけに、つかさは僅かに肩をすくめ答えの代わりとした。
「笹に込められた願いは望みでもあり、実現を目指す宣言でもある」
　晴れたこの夜、月明かり程度であっても柳橋・史仁（黒夜の仄光・e05969）には十分、昼間のように視界は明るい。
「横取りの挙句に曇らすようなことは許されない。そうだろう？」
「……えぇ。あのクマのぬいぐるみは子供たちにとって皆を守ってくれるヒーローみたいな存在、なんですね。心の何処かでそんな姿に憧れて、自分もそうなりたいと思っているのかもしれません」
　その気持ちを夢を、モザイク落としに使わせてはならない。筐・恭志郎（白鞘・e19690）は子供たちの気持ちを思って決意を新たにする。もしもあの時『強さ』と『力』があれば、今という未来は何か変わったのだろうか。考えてもわかりはしない。けれど疼くような痛みは、左胸の奥から。
　普段でも職員は帰っているような時間だが、一応念の為と予め連絡を入れ残業しないようにと伝えてあった。
「純粋なお願いを利用するなんて、言語道断です！」
　ぶかぶか帽子をかぶり直し、花露・梅（はなすい・e11172）は胸の前で片手を握り締める。小さな灯りは花の形、梅の花に良く似ていた。スイッチを入れると花が咲くように、淡い光が辺りを照らすようになっている。
「七夕に願いを込めるのは叶えたい『想いが、夢が』あるから。それを邪魔しちゃ駄目だよ！　ドリームイーター、頑張って倒そうね」
　小型のランタンを腰に巻き付け、前庭で咲宮・春乃（星芒・e22063）も口を開いた。青藍の瞳で星々を見上げ、そう言って仲間に微笑する。こんな時でもなければ、時間を忘れて星を見てたいたものだが、残念ながら今夜はそういうわけにもいかない。
　願いを賭けた戦いが、始まろうとしていた。

●対しろKUMA
　ドリームイーターの卵から生まれ出たのは、目つきの悪い白くまのような異形。デフォルメされていて園児服のような水色の服を着てはいるが、体長は三メートルはあるだろうか。体内にはモザイク化した短冊が取り込まれているのが見えた。
　敵の出現を確認すると、つかさは持参したLEDランタンを灯火した。月明かりもあって最低限の光量はあったが、用意された幾つかの灯りで辺りはより見えやすく明るく変わる。
「何が本当の強いか、教えてやるにゃ」
　ぴくり、と白くまのドリームイーターが雨音の言葉に反応してか顔を向ける。
「レッサーパンダだからってなめちゃ痛い目に遭わせてやるにゃ！」
　ドリームイーターの目が雨音の尻尾に向けられ、大きな疑問符を浮かべ人間くさい仕草で思いっきり首をかしげる。アライグマかタヌキ。そうはっきりと口にはしないが、それを感じ取って雨音が尻尾を逆立ててフーッと威嚇する。
「くまっくまー」
　音符でもつきそうな勢いで楽しげに身体を揺らすと、ドリームイーターは怒りを受け流す。
「今日のお前は熊犬だ！　行くぞ、ベル！」
　熊犬？
　とでも聞きたそうな感じで一瞬固まるも、トロノイの覇気だけは感じ取ってとりあえずベルは鳴いて応えた。
　今回は七分間という制限がある。それを過ぎてしまえば、ドリームイーターはモザイク落としのエネルギーとなって消滅してしまう。ケルベロスたちは攻撃を主体に陣形を整えることにした。守りの要となるのは、白と黒の双璧。
「我が手に来たれ、紅き雷光」
　つかさの持つ惨殺ナイフに紅の雷が集まり高められていく。
「攻撃手の手を止めさせる訳無いだろ？　大人しく倒されとけよ」
　宵闇の中で酷く美しく輝いたその光は星とは比べ物にならない程強く、刃先から放たれた雷光が白くまの胸を焼く。
　獣のような雄叫びが前庭の空気を不穏に揺らした。
　梅はその叫びを受けて咄嗟に耳を塞ぐも、身体に僅かな痺れるのを感じる。敵は見目だけならば可愛らしく倒す心苦しさも感じてはいるのだが。
「……致し方ありません。花露梅、心を鬼にして参りたいと思います……！」
　どんなに傷付いても、この手が汚れても守ると決めた。守る為の刃に、迷いなど無い。
「クマみたいに強くなりたいって、わけわからないにゃ！　クマだけが強いのにゃ？他の動物は強くないにゃ？」
　怒涛の問いかけに白くまは答える言葉を持ち合わせてはいない。
「こんな赤ちゃんみたいなクマ、どこが強いにゃ？　ほーんと、わけわからないにゃ！」
「くまっくまー。赤ちゃんみたいな……クマァ？」
　大きく開かれた口に潜むのは、鋭く太い獣の牙。煽るような言葉にきょんとして、それから地の底から響くような声がケルベロスたちの耳にも入った。普段は愛らしい小動物のような雨音も、戦いとなれば小さな猛獣のようだ。炎を纏ったエアシューズの一撃を白くまの鼻面に叩き込む。
「ちゃんとフォローするからみんな、思いっきり戦ってね！」
　春乃の持つゾディアックソードに淡い光が集まり、線となって地面を走り守護星座が美しく描かれていく。地上に輝く星座。その力が、前衛に守護の力を与えた。
「ありがとうございます。……俺も、やるべきことをやらないと」
　敵との距離を瞬時に縮め愛用の護身刀を振り抜く。
「次の手は、確実に当てます……お覚悟を」
　刃の軌跡にはきらりと光の花弁が残り香のように儚く生まれては溶けるように消える。逃げることは叶わない。刃は確実に白くまの巨体を捉え、普段の穏やかな恭志郎からすれば強引で攻撃性の高い一撃でもある。
　攻撃を受ける度に、白くまの服が少しずつ破れ白い毛が辺りに散る。それでも逃げる気配もなければ、痛みに苦しむ様子もない。それがかえって不気味でもあった。
「やりづらい格好しやがって。クマならクマらしくしろ！」
「クマはクマで、つまりはクマー。強いくまー」
　ドリームイーターの紡ぐ台詞は意味を成さないもので、トロノイは思わず顔を引きつらせる。言葉の通じない恐怖は言いようのない心地悪さがあった。
「ドリームイーター。その目には願いの光、どのように映るのだろうな」
　興味深いそうに史仁はそう口に乗せる。たくさんの短冊に書かれた人々の願いは、ドリームイーターにとっては単なるエネルギーの一つなのだろうか。
　重力を乗せた蹴りの一撃は僅かに逸れて、思ったよりダメージが与えられなかった。体当たりされた時に受けた傷の影響か。
　白くまが大きく息を吸い込む。不穏な気配を感じ取り、ノアールが敵の視線の先へ割り込み自らの身を盾としてトロノイを庇う。
「っと、借りができちまったな」
　礼には及ばないとばかりにノアールは翼を震わせ、無言でトロノイを見つめ返す。
「あおおおーーんん！！」
　何の前触れもなく戦場に響いた雨音の声に仲間たちはどうしたどうしたと驚き振り返った。白くまなどに負けるはずがないと、雨音が雄叫びで対抗したのだった。
　一旦戦いが始まればもう誰も時を止めることなど出来はしない。重ねられていく瞬間、動き続ける時の中でトロノイは最高のタイミングを見付け己のものとする。他に注意が向いていた白くまが振り返った時には、トロノイの一撃が放たれ新しく深い傷が増えていた。
「余所見をするな。お前の相手は此方だ！」
　声をあげた史仁が小柄な体躯に似合わぬ強力な一撃を繰り出し、剥き出しの地面を揺らす。ドワーフにとって土は馴染みのあるもの。舞い上がった土の欠片が?を僅かに汚すが、軽く親指の腹で拭うと不敵に笑む。
　つかさのブレイブマインによってテンションが上がった雨音は低く唸ると、何処か楽しげに白くまへ目を向ける。
「つかさくん、ありがとにゃん！」
「あぁ、行って来い。お前の強さ、存分に見せてやれ」
　右の手、左の手にも携えた斬霊刀を束ねて同時に大きく振り下ろすと、衝撃波が敵を襲う。
「パラライズは厄介だな……。春乃、フォローが必要か？」
「ありがとう！　みーちゃんもいるし、何とかなりそう。だいじょうぶだよ！」
　癒し手を担う春乃と声を交わし、つかさはそれならと頷く。ウイングキャットのみーちゃんも同じくメディックとして、清浄の翼を使い仲間を後方から回復する。
　夜の闇に包まれた前庭に、時計のアラーム音が響き渡る。
「皆、タイムキーパー春乃からのお知らせ！　四分経ったよ！」
　仲間全員に聞こえるよう、声をあげて皆に時間経過を知らせる。ケルベロスたちの顔に緊張が走った。
「まだ時間はございます。焦らずじっくり参りましょう。わたくしも力を尽くします！」
「そうだね、花露さん！　何とかなるよ。だってこんなに……」
　星が綺麗な夜だから、とふわりと春乃は笑ってみせる。
　白くまは傷ついて破れかけた水色の園児服を見下ろし苦々しく顔を歪める。大きな口を開けて牙を剥き出し、炎や毒にじわじわと力を奪われながらも血走った目で恭志郎に襲いかかる。
「……ッ！」
　痛みなど、耐えてみせる。そう覚悟して奥歯を噛み締めた恭志郎だったが、衝撃も痛みもない。状況を理解するより先に、ふわふわの毛が顔をくすぐった。大丈夫？とでもいうように、オルトロスのベルナドットがつぶらな瞳で覗き込んでいた。だがそ傷は浅くない。
「燃えて来たにゃー！　もう、ぼっこぼこにしてやるにゃん！」
「ぷにぷに・にくきゅう・あたっく！」
　獣化させた両手の柔らかで高反発の肉球が、柔爪震破撃（ポーデストロイハマー）となって白くまの腕や腹に打ち込まれる。外側からよりも、内側から内勁によって与えるダメージの方が大きい。毛並みに張り付いた氷が更なるダメージを与える。
　――落ちて飛んだ。その青白い氷の欠片を掴んで握って、悠は巨大なガトリングガンを軽々と構え、銃口を向ける。
「蜂の巣、に。なっちゃう、？　ケド、蜂蜜は。取れそうに、無いかァ……」
　猫が鼠を弄ぶように、悠の口角がほんの僅かに上がった。銃声に掻き消されて、その言葉はほとんど誰の耳にも届くことはなかったけれど、闇色のボクスドラゴンは何を思ったかちらりと視線だけ寄越して来る。
　ぐらり、と白くまの身体が揺らいだ。
「忍びとは心を無くして挑まねばならぬもの」
　しかし、と梅は目を閉じ思う。自分にはそれができない。心をもって力を使う。機械のように冷たく無感情ではいられない。春夏秋冬、風は巡り色を変える。美しいこの世界を、梅は愛しているのだから。
「今は、わたくしらしく挑むまで。――忍法・東雲！」
　守ってみせる。それこそが梅の願い。
　両の手で素早く印を組むと薄紅色の東雲が立ち込める。紛れて駆けて斬りつけて、そうした後も白くまは何が起こったのかすぐには分からない様子だった。きょとんとして自分の胸元を触ると、べっとりと血が爪や手を汚す。瞳から光が消えて、最後の最後に咆哮を上げ白くまのドリームイーターは崩れ落ちた。

●星が見えなくなるまで
「倒したにゃ。やっぱりレッサーパンダはクマよりずっと強いにゃ！」
　ケルベロスたちも無傷ではいられなかったが、雨音は戦いを終えて嬉しそうにはしゃぐ。大きな尻尾が感情に合わせて揺れている。
「皆、お疲れだ。……ところで。あれか、例のぬいぐるみというのは」
　窓際に置かれた白くまのぬいぐるみを窓越しに史仁は見てみる。園の扉は施錠されていて、どうやら入ることはできないが実物をこうして見ることはできた。
「可愛がられるようにというより、子供たちを見守り強く育ってくれるようにという願いが込められた逸品なんじゃないだろうか」
　もしその思いを受け取って、強くなりたいと園児たちが短冊に書いたのなら、それはとても嬉しいことだと史仁は穏やかな表情を浮かべる。
「お疲れさん。しかし、クマのぬいぐるみも3メートルを超えると流石にシュールだったな……」
「わたくしもあのような大きさは初めて見ました」
「ははっ、それは確かにな。滅多に見られるもんじゃない」
　おかしそうに軽く笑ってトロノイはつかさと梅に応じる。
「とても心強かったです。厳しい役割を頑張ってくれて、ありがとうございます」
　ベルナドットとノアールの二匹に向け、恭志郎は丁寧に礼を言う。ベルナドットはとても嬉しそうに尻尾をぱたぱた振り足元までやって来て、その横でノアールは一度だけ目を瞬かせどうして良いか分からない様子で佇んでいる。
（「強くなりたい、て。誰かを護りたい、て。コト、なンかね。其の想いは。俺にも、解るから」）
　相棒の様子を見ていた悠はにやりと笑って、その頭をいつもより多めに撫でる。数秒後にはぱしっと翼が手を打つのだが。
　いつもならできるはずのヒールが今回は出来ないことに気付き、恭志郎はフリーズする。
「ではヒールを……あ。……すみません、咲宮さん。お願いしてもいいですか」
「もちろん喜んで！　みんなが毎日通う幼稚園だから、キレイなままで通ってほしいよね！」
　今日が一番綺麗に見えるのは天の川のおかげだろうか。
（「これであの子の願いは叶うよね」）
　小さく呟くと、春乃は星を眺め双眸を細めた。

作者：成瀬	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年7月15日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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