七夕モザイク落とし作戦～想いよ届け

■リプレイ

●乙女の夢
　とある街の商店街にほど近い空き地。周囲は商店のほか、一軒家の住宅が多く建ち並ぶ場所で、空き地は七夕祭のために大きな竹を笹代わりに、たくさんの短冊がくくられていた。
　涼しい夜風がさらさらと短冊を揺らす。それらには十人十色、人々が書いた分だけの願い事が込められている。
　叶うといいな。
　そんな気持ちで書かれた願い事を狙って、ドリームイーターが姿を現すという情報を入手した８人のケルベロスたちが集結していた。
「こちらの準備は整ったらしいわ」
「避難完了なの！」
　仲間たちのもとにジゼル・アリオール（ヴァルキュリアの鹵獲術士・e24299）と卜部・サナ（仔兎剣士・e25183）がやってきて報告した。続いてチーディ・ロックビル（天上天下唯我独走・e01385）がやってくる。
「こっちも完了したぜ」
　他のケルベロスたちを見回せば、チーディ以外は全員女性ケルベロスだった。
（「俺様以外女子じゃん、ハーレムじゃん、やったぜ！！」）
　内心でガッツポーズを作っているが、役目を忘れたわけではない。決して。
「念のための殺界形成もできているわ」
　日生・遥彼（日より生まれ出で遥か彼方まで・e03843）が頷く。
　揺れる短冊を見上げたのはルティアーナ・アキツモリ（秋津守之神薙・e05342）だ。
「よもや七夕の願い事を狙うとは……」
　短冊でもモザイクが発動するとは、ドリームイーター共はどんな仕組みになっているのだろう。もともとドリームイーターが人々の想いを糧にしていることは承前のこととはいえ、生態などはまったくわからない。
　だが、それがわからなくてもケルベロスのなすべきことはひとつ。
「モザイク落としを阻止するためにも必ず撃破しましょう！」
　力強く言い切ったのはイリス・フルーリア（銀天の剣・e09423）。
　それに、今回のドリームイーターが糧とするのはここにあるすべての願い事というわけではなく、その中でも――結婚を願望とした願い事らしい。
（「一年に一度の七夕の、短冊に記された他者の切なる願望を食い物にしてまで……己が心のモザイクを埋めたいなどというのですか？　ドリームイーター……ッ！）
　厳しい目線で短冊たちを見つめていたのは近宮・一情（比翼・e12977）。その隣で同じように短冊を他の者より落ち着いた目で見つめているのはユリア・ベルンシュタイン（奥様は魔女ときどき剣鬼・e22025）だ。
　そうして、いつの間にか『それ』は現れた。
　願い事が書かれた短冊が結ばれている竹の前に。
　そうして目的の願い事の短冊を食べている、ように見えた。持ち寄っていたライトを点灯させると、その全貌が明らかになる。
「……これほどまで大きいのは、皆さんの結婚願望が強いからなんですかね……？」
　イリスが呟いた。
「だー！　花嫁姿は良いが、大きすぎじゃろうが！」
　ルティアーナが正直な感想を零したのも無理はない。
　そう、現れたドリームイーターの身の丈は３ｍほどもあり――おまけにウェディングドレスを身に纏っているのだ！
　おかげで遠慮なく攻撃できるが、それにしてももう少し小さいほうが可愛げがあるのではないか。いやデウスエクスにそんなものを求めてはいけないが……。
「あらあら。幸せな結婚への憧れを利用するなんて……いけない子」
　できるなら本人を斬ってあげたいところだが、仕方ないとユリアが微笑む。
　ともあれ、と一情がキッとドリームイーターを睨みつける。
「結婚を夢見る乙女のひとりとして、あなたを許すことはできませんわ！　覚悟なさい！」
　皆様よろしくお願い申し上げます、と礼儀正しい声も凛と響く。相棒のライドキャリバーが気勢を上げるようにうなりを上げた。
　そうして、ドリームイーターに刀の切っ先を突き付けたのはイリスだった。
「銀天剣、イリス・フルーリア――参りますっ！」
　凛々しい言葉が戦闘開始の合図となる。

●乙女の戦い
　真っ先に攻撃態勢に入っていたのはサナだ。
「素敵なウェディングドレスね！　破くのもちょっと可哀想だけど……ごめんね？」
　と言いつつエアシューズでスターゲイザーの一撃を与える。
　続いたのは最年少サキュバスのルティアーナ。
「大元帥が劔は煩悩を断つ解脱の導き。夢喰らいを絶つにはおあつらえむきよ！」
　人に災い為す者よ、疾く去れと言い放ち、顕現させた三鈷剣は呪力によるもの。
　放たれた力の結晶による鋭い一撃、『神來儀　凶魂絶（カムラギ・マガツタマダチ）』がドリームイーターの肩を穿つ！
「オオオオオオ……ッ」
「やるじゃねぇか」
　間をおかずドリームイーターとの間合いを詰めていたのは、脚の速いチーディ。
「敵はぶっころぉす！」
　変形させたナイフの刃で斬りかかり、肉を断つ！
「私ほどあなたを愛しているものはいない」
　うっとりとした眼差しをドリームイーターに向け、どこか歌うような呪の旋律は遥彼が紡ぐもの。
（「一瞬の儚い命、花火のような一生……」）
　甘い夢や憧れ、希望を抱え込んだそれは、さながらシュレディンガーの猫か、はたまた開けてはならないパンドラの箱か。
（「あなたが箱の中身を知る必要はないわ……私があなたの腸を切り裂いて、絶望を飲み干してあげる。私があなたにとっての希望になってあげる」）
　だから。
「これほど愛することは、誰にもできない――♪」
（「私を。あなたの夢であり希望である私を――愛して？」）
　想いを込めたヤンデレの妄執、『盲信狂愛（コイスルオトメノモウモク）』がドリームイーターに続けて襲い掛かり、チーディのつけたバッドステータスに上乗せする。
　ドリームイーターが息をつく暇などない。
「わたくしの一撃、避けられますか？！」
　アームドフォートから放たれたフォートレスキャノン、その光跡を辿るようにジゼルが槍を繰り出す！
「逃がしません！」
　その光跡を目を細めて見つめていたのがイリスだ。
「光よ……」
　イリスの求めに応じるように、天から刀と翼に光が集まってくる。光に包まれたイリスは銀の髪がたなびき、凛々しい表情とあいまって神々しいほど美しかった。
　だがそのくちびるが紡ぐのは慈しみではなく、敵への断罪、破滅への言葉。
「彼の敵を縛り断ち斬る刃と為せ！　銀天剣・零の斬！！」
　輝く刀での一太刀、『銀天剣・零の斬（プラタシェロ・ハウラ）』。刀に続いて羽根から溢れた光が次々と刃と変わり、ドリームイーターに襲いかかる！
「オオオオオオオオオオオンンン！！　ワタシ、マリッジブルーダワ！！！！」
　やられてばかりではないと、花嫁姿のドリームイーター、ベールの下の長い髪がユリアを狙う。
「……させませんわ！　……ッ、く……！」
　動きを読んでいた一情が庇い、ダメージを受ける。
「一情さん、ありがとう」
　素早くウィッチオペレーションで回復するとともに、つけられたバッドステータスの解除を試みた。
「こちらこそありがとうございます」
　互いに敵の動きからは目を逸らさずに言う。バッドステータスは上手く解除できなかったが、このドリームイーターを倒すまでに許された時間は短い。
「ガンガン行くぞぉッ」
　喧嘩っ早いのか血の気が多いのか、チーディが気合の入った声でまたドリームイーターとの間合いを詰めた。

●乙女の現実
　途中回復されながらも、戦いは順調に続いき、ターンを重ねていた。
　そんな中、ふら、と一情の足下がフラついたのを見逃さなかったのはユリアとイリスだ。
「大丈夫ですか？」
「しっかり……！」
　両側から支えるようなウィッチオペレーションと気力溜め。幾度か味方を庇った時に受けた攻撃で、バッドステータスが蓄積されていたのだ。回復するタイミングを誤れば、味方に刀を振りかざしかねない。それはお互いのためにも阻止しなければならないこと。
　幸いにもうまく解除ができた。
　制限時間も残りはこのターンのみ。だが何が変わるわけではない、当初の作戦通り、力で押し切るだけ！
「ゆくぞ！」
　勇ましい声とともにルティアーナが稲妻のごとき一撃、雷刃突を繰り出す。ドリームイーターの左手側から飛び出したの遥彼だ。疾き影のような一撃、シャドウリッパーを叩き込む。
「オノレエエエエ」
「こっちだぜ」
　右手側からかけられた声に、ドリームイーターが思わずといった様子でそちらを向く。だが、そこには誰もいない。
「見えねぇだろ？　てめぇは俺の歩みにすら追いつけねぇってこった！！」
　もともと広大とは言い難い空き地の中、第一歩めからトップスピードで肉薄、攻撃の手を与えたのは――チーディだった。
　『狩猟豹の残火（アフターバーナー）』、その一撃がドリームイーターを襲う！
「アアアアアアアアッ」
　苦痛に思わず膝を着いたのを、それでも許さなかったのはサナ。
「これで頭を冷やすといいのよ？　……六花の太刀っ！」
　氷結、螺旋の力を込めた剣を振り下ろし、与えた一撃には氷のダメージを伴う。
「そろそろ倒れたほうがラクよ？」
　醜い悲鳴を上げるドリームイーターに、畳みかけるなら今だとジゼルが、巫術士の力により得たグラビティによる御業、禁縄禁縛呪を叩き込む。息つく間もなく、今度は正面からイリスが月を描くような剣の業、月光斬を繰り出した。
　そうして、後方支援は終いだと見切りを付けていたユリアが、携えていた剣をいつの間にか抜き、にこりと笑む。そうしてドリームイーターを斬った一撃は『剣の理（ケンノコトワリ）』という。
「……ごめんなさい。私、剣術というのは、習ったことがなくて」
　我流の業だ。だがその一手は道理をも斬り伏せる強さがある。
　そうして、満を持したかのように刀の柄に手をかけていたのは一情。
「先ほどの借りを返す、というわけではありませんが……」
　鞘走り、気合いのこもったかけ声とともにうたれたのは居合い斬り――これで、最後だ。その意志もつよく込められていた。
「アアアアアア、アアアアアッ！！！！」
　断末魔の悲鳴。耳をつんざくようなその声が、次第に細くなり、徐々に聞こえなくなっていく頃には、ドリームイーターは大きな体、ドレス姿のままで地に倒れ、彼女の輪郭が徐々に溶けていく。
　そして、ランプの灯りの中。立っているのはケルベロスたちだけになった。

●そして乙女の夢へ
「やりましたね……」
　誰ともなしに呟く。その声に皆が頷いた。
　ドリームイーターが自らの意志で姿を消したわけではなく、ドリームイーターの命を奪ったからこその消滅だと、誰しもが理解していた。
　ほっとしたのも束の間、ユリアへすっと近付いた影ひとつ。
「よぉよぉユリア、ドリイタぶっ潰した祝杯上げに行こうぜ？　ちょっと付き合えよー」
　実はチーディとユリアは顔見知り程度の緩い縁があった。
　だがこの機会にちょっと、と目論んでいるチーディの野望を砕いたのはユリアのほうだった。
「あら、おばさんをからかっちゃダメよ。帰って夫のごはんを作らないと」
　ユリアの年齢をさりげなく聞かされると、チーディは目を剥く。
「はぁ？　三十路？　ねーわ、チェンジで」
　若い女だと思ったからこそ声をかけたのだ。そうでなければ、まして人妻には用がない。
　チーディの言葉に、ユリアの常から浮かべている笑顔に、どこか迫がつく。そうしてチーディに近寄ると、
「……もう、女の人にそんなこと言っちゃダメよ、チーディさん」
　先ほど剣を握っていたとは思えない細い指でチーディの鼻をちょん、とつつく。
　めっ、と怒られたチーディは、そっぽを向くと後頭部を掻いた。
「くっそ、おふくろみてぇでやりづれぇな……！」
　そんなぼやきをよそに、他の者たちはドリームイーターに食い散らかされた短冊や、さりげなく自分の願いが書かれた短冊を拾い集め、また空き地の周囲のヒールを行っていた。
「せっかくですからね。……星空に、願いを」
　大好きな人とずっと一緒で居られますように、と願い事をくくりつけたのはイリス。それを横目に見ながら、ルティアーナも拾った短冊をくくりつける。
「結婚のう。吾もいつか白無垢に身を包みたいとは思うがな」
　将来のお相手かぁ、と隣に立つであろう人を思い浮かべてみる。
（「血を残すは大切な責務といえど。さっぱり想像出来んなぁ……？」）
「サナもああいう服……いつかは着るのかな？」
　ルティアーナ同様、相手がいるわけではないのでぼんやりとした想像になる。やはりよくわからなかった。だから短冊にくくりつけた願い事は『みんなともっとなかよくなれますように』、『世界がもっと平和になりますように』。
「短冊とは、そのように書くものなのですか？」
　皆の手元を興味深そうに覗き込んでいたのはジゼルだ。まだまだ地球文化に疎いヴァルキュリアの彼女に、遥彼が小さく頷く。
「そう。そうしたら、これを……ほんとうは笹にだけれど、ここではこの竹にくくりつけるの」
「なるほど……」
「短冊に書かれた全ての願いが、叶うといいですね」
　一情も輪に入ってきてそんなことを言う。
　そうして、晴れた夜空の下、ヒールが終わった周囲の真ん中でそよぐ竹を、なんとはなしに全員で見上げたのだった。

作者：緒方蛍	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年7月15日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 1／感動した 0／素敵だった 1／キャラが大事にされていた 2
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