七夕モザイク落とし作戦~願いの行方

作者:深淵どっと


 7月7日、七夕の夜。東京上空……。
 大きな鍵を手にした『赤い頭巾のドリームイーター』が、ひとり、空を漂っていた。
「綺麗……短冊に込めた人々の願い事が、まるで宝石のよう。
 あの輝きが欲しくて、あなたは『モザイクの卵』を降らせたのね。
 でも、鎌倉の戦いでこしらえてもらった卵も、あと少ししか残っていないのね。
 …………。
 いいわ、あなたの夢、私が手伝いましょう。
 だって、あなたの夢は、きっと私と同じだから。
 だから、残った卵を私に頂戴。
 あなたをこの星に呼んであげるわ……ジュエルジグラット」


 ――病気が治りますように。
 ――ずっと健康でいられますように。
 ――早く退院できますように。
 星に預けられた願いを糧に、『卵』が孵る。
 一見するとモザイクの塊のようなそれから産み落とされるのは、やはりモザイクを身に纏った巨体の人影。
 ゆっくりと動き出す身体の奥から、短冊の揺れる音が静かに響いていた……。


「諸君、緊急事態だ。ドリームイーターが鎌倉奪還戦の際に行おうとした『モザイク落とし』を再び決行しようとしている事がローデッド・クレメインス(灰は灰に・e27083)くんを初めとした多くのケルベロスの調査で発覚した」
 集まったケルベロスにフレデリック・ロックス(シャドウエルフのヘリオライダー・en0057)は真剣味を帯びた表情で伝える。
 敵は残存するモザイクの卵を使い、七夕の願いから生まれたドリームイーターを生け贄にモザイク落としを行うつもりらしい。
 阻止に失敗すれば、日本に巨大なモザイクの塊が落下、大量のドリームイーターが出現してしまう事になる。
「流れ星には願い事を……とは言うが、逆に願いを利用されモザイクが落ちてくるなんて冗談にしても笑えない。キミたちには何としても、これを阻止してもらいたい」
 方法は至って単純だが、容易とは言い難い。
 七夕の願いから生まれたドリームイーターは出現から7分でモザイク落としのためのエネルギーに変換され、消滅してしまう。
 つまり、この7分でドリームイーターを倒さなくてはならないと言う事だ。
「キミたちに担当してもらうドリームイーターは、どうやら自身の健康を祈願したものから生まれているようだな」
 見た目は3メートル程の人型、ナース服のような衣類を着ているが身体はモザイクで構成されている。
 ただでさえ巨体だが、更に身の丈ほどもある大きなメスを振り回し攻撃してくる。切れ味は抜群、要注意だろう。
「強敵だが、今回出現したドリームイーターの過半数を撃破できなければ、モザイク落としは実行されてしまう。キミたちの勝利が明日を左右する可能性もある、と言う事だ」
 だが、ここでほぼ全てのドリームイーターを倒せればモザイクの卵による事件の発生を止める事もできるだろう。
「ドリームイーターに利用されたら敵わないからな、勝利を『願う』ような真似をするつもりはない。キミたちならそんな事せずとも必ずやり遂げると信じているからな」


参加者
ミシェル・マールブランシュ(ガーディアンデクロックワーク・e00865)
小早川・里桜(死合中毒の散華・e02138)
ジエロ・アクアリオ(贖罪のクロ・e03190)
黍乃津・桃太郎(白き桜華・e17781)
ナハト・オルクス(死霊と眠る・e21881)
流水・破神(治療方法は物理・e23364)
ファルゼン・ヴァルキュリア(輝盾のビトレイアー・e24308)
ケイヴァーン・ドライゴ(浄化者の鉄鎚・e28518)

■リプレイ


 昼間は祭りで賑わっていた商店街も、日が落ち暗くなれば徐々に人影も少なくなっていく。
 そんな、穏やかな喧騒と夜風に揺れる笹の音の中に、重く響く呻き声が混じる。
 それは、人々の願いを糧に生まれた白衣のドリームイーターだった。
 だが、モザイクに包まれた歪な巨体。耳障りに地面を擦る身の丈ほどの大きなメス。その姿は人々の思う『白衣の天使』からは程遠い。
 闇から這い出るように現れた異形の姿に、道行く人々が悲鳴を上げた、その時だった。
「そこまでだ、動くな」
 声と共に、金色の影が闇を裂きドリームイーターを蹴り飛ばす。
 翼を使っていち早く現場へと降り立ったのはケイヴァーン・ドライゴ(浄化者の鉄鎚・e28518)だった。
「健康祈願か。成る程、切なる願いではある」
 だが、その願い故に人々の驚異が生まれてしまった。浮かべる笑みは、そんな皮肉への思いからか。
 そして、ケイヴァーンに続いて他のケルベロスたちもヘリオンより地上へと降り立つ。
「ここは戦闘区域となりますので、急いで退避をお願いします」
 着地後、優雅に服を払いながら、ミシェル・マールブランシュ(ガーディアンデクロックワーク・e00865)は通行人へ一瞥、すぐに敵へと視線を移し、エアシューズを使って高く跳び上がった。
「さて、モザイク落とし決行まであまり時間がありませんね、急ぎましょう。犬丸、守りは任せるよ」
「上等だ、全力で叩き潰してやるぜ」
 ミシェルとケイヴァーンの蹴撃は共に重力を伴い、ドリームイーターの動きを地面へと縛り付ける。
 そして、蹴り飛ばされたドリームイーターに降り注ぐ黍乃津・桃太郎(白き桜華・e17781)の冷気を纒った魔弾。次いで、間髪入れずに流水・破神(治療方法は物理・e23364)が肉薄し、ガントレットに覆われた拳撃が地面を震わせる。
「確かに、七夕はドリームイーターにとって格好の餌場になりうるか。とは言え……」
「これを願いの体現と呼ぶには、聊か劣る。早めに、死んでもらいましょう」
 ナハト・オルクス(死霊と眠る・e21881)の言葉に概ね同意するように頷いて、ジエロ・アクアリオ(贖罪のクロ・e03190)も戦列に加わる。
「医者の端くれとしても、その願いは返してもらうよ。クリュ、手を貸しておくれ」
 ナハトの詠唱開始と同時に、ボクスドラゴンのクリュスタルスに目配せをしてジエロは杖より火球を解き放つ。
 夜闇を照らす炎に紛れて、ファルゼン・ヴァルキュリア(輝盾のビトレイアー・e24308)の戦斧が鈍く閃いた。
「星に願う質ではないが、返してもらうぞ!」
 火球が炸裂し、それを更に焚きつけるようにボクスドラゴンのフレイアのブレスが炎を巻き上げる。
 ケルベロスたちに許された時間は7分。ドリームイーターがモザイク落としの生け贄として捧げられてしまう前に倒さなくてはならない。
 だが、それをドリームイーター自らが阻む。
 炎を振り払うように暴れる凶刃が、周辺の建物や飾られた笹を斬り裂きながらケルベロスたちへと襲いかかる。
「あんまり暴れるんじゃないよ、後始末が大変だろ! こいつで吹っ飛べ!」
 刃を掻い潜り、懐へと潜り込む小早川・里桜(死合中毒の散華・e02138)の手には一枚の呪符が握られていた。
 ナハトの魔術によって強化された魔力は、符を通じて商店街を吹き抜ける暴風と化す。
 風に煽られた巨体はまるで紙切れのように弾き飛ばされ、後を追う風刃がそのモザイクを切り刻んだ。
「図体デカいだけでどんくさいねー、アンタ。言葉通じるのかわかんないケド」


「悪いけど、一気に倒させてもらいます!」
 敵が重力に足を取られている間に、桃太郎が桜の花弁を舞わせながら、夜闇を裂く光を放ち、オルトロスの犬丸が影より刃を突き立てる。
 それに続き、攻撃は最大の防御と言わんばかりにケルベロスたちはドリームイーターへ攻撃を集中させていく。
「ふむ……ここだな」
 攻撃から逃れるようにドリームイーターが跳び退いた先、そこにはケイヴァーンが既に拳を構えていた。
「その身体で逃れる先など、予測は容易だ……!」
 モノクルに映る拡張現実と敵の動きが一致する。後はそこに拳を打ち込むだけだ。
 確かな手応えにドリームイーターの身体が大きく仰け反る。
「危ない!」
 だが、次の瞬間、その攻撃の反動を利用するようにドリームイーターの仰け反った身体がぐらりと前方へ傾く。
 そして手にしたメスの切先をケイヴァーンへ向け、その腕を突き出した。
 素早く間に入ったのはジエロ。その隙にクリュスタルスらサーヴァントたちがドリームイーターへ反撃を試みる。
「治療しましょう。ひとまず、一旦下がってください」
「あぁ、まだ大丈夫だ。……しかし、思った以上に鋭いね」
 ナハトからのヒールを受けつつ、ジエロはドリームイーターと距離を取る。
 単体でこちら8人分に匹敵する威力、下手に真正面から直撃を喰らえばただでは済まないだろう。
 獣の咆哮にも似た奇声を上げながら、ドリームイーターは長い腕で再びメスを振り回す。
「流れを奪われるな、守りに徹すれば敵の思う壺だ!」
 小さな身体を封印箱に収め突進するフレイアに続き、ファルゼンの戦斧が再びドリームイーターを捉えた。
「鋭い『刃』を脆くするのは圧倒的な力と、昔から相場は決まっているのですよ……こんな風に」
 ファルゼンの一撃は持ち上げられたメスの切先を押さえ付けるように振り下ろされ、小さな火花を散らす。そして、ガラ空きになった胴体へミシェルが地獄の炎を纒った鎖を叩き付ける。
 連携の取れた猛攻に、ドリームイーターの咆哮に苦痛と悲鳴が混じるも、それでもまだ動きが鈍る様子は無い。
「ふぅん……面白いじゃない、やれるもんならやってみな!」
「クソナースが、調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
 台風のような暴虐を前にしても尚、攻撃を重ねる里桜と破神の表情には戦いへの愉悦が浮かんでいた。
 刻々と過ぎる時間。戦力は十分。しかし、その戦線が崩されるのも時間の問題だろう。
 ならば、2人が導き出す答えは一つ。
「やられる前にやるだけだ!」


 戦いが始まってから、どれほどの時間が過ぎただろうか。
 ケイヴァーンの用意したアラーム付きドローンはまだ静かなままだが、恐らくはもう数分も残されてはいないだろう。
「クリュ……後は、任せてくれ」
 振り下ろされる刃から仲間を守り、クリュスタルスの身体が消滅してしまう。
 だが、渾身の一撃の先に敵が晒した隙も大きい。ジエロは心を乱すことなく、今一度練り上げた火球をドリームイーターへと叩き付ける。
「時間も、戦力も、そろそろ限界ですか……しかし……」
 敵からしても圧倒的に優位と言うわけでもない。まだこちらにも十分勝機はあるだろう。
 ナハトの視線の先、ボロボロのドリームイーターを前にケルベロスたちは最後の気力を振り絞る。
 その瞬間、ドローンがけたたましく警告音を響かせた。モザイク落とし決行まで残り2分の合図だ。
「これ以上付き合ってやる道理もあるまい、この残り時間……それがお前の余命だ」
 ケイヴァーンの挑発にドリームイーターが咆哮を上げる。
 ビリビリと震える大気の中、ケイヴァーンの輝く拳に引き寄せられるドリームイーターにファルゼンはフレイアと共に一撃を重ねる。
「ここで仕留める!」
「落ちろ!」
 ファルゼンの斬撃と、ケイヴァーンの漆黒の拳撃がドリームイーターを弾き飛ばした。
「そのまま消えなよ……ナースもどき!」
 畳み掛けるように繰り出される里桜の暴風が更に追い打ちをかける。
 しかし、その風を振り払うように突き出されるドリームイーターの刺突が里桜を襲った。
 劣勢から一転の不意打ちに庇いに入る間も無く、鈍く光る切先が腹部を深々と斬り裂く。
「くっ……私はいいから、そいつにトドメを!」
 転々と血だまりを作りながらも、里桜は仲間へと声を張り上げた。
 残り時間は僅か。ならば、今は攻めに徹するのが最適解と言えるだろう。
「テメェには7分もいらねぇ。大人しくくたばってろ、クソナースが!」
「同感ですね、少しばかり大人しくしていていただきましょう」
 メスを突き出して伸び切った腕を真上から重力が襲う。
 ミシェルの飛び蹴りはそのままドリームイーターのモザイクに覆われた腕をへし折り、そこに破神の拳撃が叩き込まれた。
 遠心力を利用した強烈な拳撃はドリームイーターを壁へと叩き付ける。が、その足は未だ地面を踏みしめていた。
「まだ倒れませんか……!」
 満身創痍になりながらも、再びメスを構える敵に咄嗟に身構える。
 ――だが、ここまで追い詰められて尚牙を剥く殺気を、一つの鋭い気配がかき消した。
「いえ、これで終わりです――」
 一閃。ドリームイーターを断ち切る桃太郎の斬撃が、音すらも斬り裂いたかのように沈黙を呼びこむ。
 6分丁度。両断されたドリームイーターから、ひらりと短冊の欠片が舞い散った。


「ようやく逝ったか、そのまま無様に朽ちるがいい。それが似合いというものだ」
 風に舞う短冊の欠片を握りつぶし、ケイヴァーンが口端を釣り上げる。
 流石にこちらの被害も大きいが、敵の目的は阻止。ドリームイーターに奪われた願いも解放された事だろう。
「治療も終わりました。いかがですか?」
「あぁ、ありがと、もう大丈夫……全くしぶとい夢喰いだったね。でもまぁ、これで元通りかな?」
 ナハトからヒールを受け、傷を負った里桜も何とか立ち上がれるまでに回復する。
「それにしても、随分と暴れてくれたものですね」
「折角の七夕なのに、野暮なことをしてくれるよ。それじゃあ、後片付けをしようか」
 敵の獣じみた暴れ方と、獲物の長大さのせいで商店街は滅茶苦茶である。
 幸い、一般人に怪我は無さそうだ。怪我や病気の完治を願ったドリームイーターの手で被害が広がっては、それこそあまりにも皮肉が過ぎる。
「こりゃ……時間かかりそうだな」
 桃太郎とジエロは顔を見合わせ、小さくため息をこぼしながら破壊された箇所のヒールを始め、破神と、他のケルベロスもそれに続く。
 そんな中、ファルゼンの視界に折れて落ちてしまった笹の枝が止まる。
「……願い事、か」
「どうかいたしました?」
 拾い上げた笹の枝を眺めるファルゼンにミシェルが問いかける。
 願い事はしない主義。だが、もし今日の星空が何かを叶えてくれると言うのなら……。
「いや、何でもない。早く片付けよう」
 脳裏に過ぎった願いを胸に秘め、折れた笹のヒールを続ける。
 願い事。ファルゼンの言葉の先をミシェルが知り得る事はなかったが、代わりにふと過る、娘の顔。
「(……あの子は何を願うんでしょうね)」
 願い事。揺れる笹の葉を見上げながら、ミシェルはそんな事を思うのだった。
 人の数だけ、願いが揺れ、星の川に流れていく。
 そんな七夕の一夜が、幕を下ろした。

作者:深淵どっと 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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