七夕モザイク落とし作戦~堕ちたりし願い

作者:秋月諒

 7月7日、七夕の夜。東京上空……。
 大きな鍵を手にした『赤い頭巾のドリームイーター』が、ひとり、空を漂っていた。
「綺麗……短冊に込めた人々の願い事が、まるで宝石のよう。
 あの輝きが欲しくて、あなたは『モザイクの卵』を降らせたのね。
 でも、鎌倉の戦いでこしらえてもらった卵も、あと少ししか残っていないのね。
 …………。
 いいわ、あなたの夢、私が手伝いましょう。
 だって、あなたの夢は、きっと私と同じだから。
 だから、残った卵を私に頂戴。
 あなたをこの星に呼んであげるわ……ジュエルジグラット」

●食い尽くされる願い
 ひゅう、と吹く風に笹が揺れていた。七夕飾りに短冊。今年も短冊には様々な願い事が書かれていた。夏季の近く風は気まぐれのようにひとつ、強く吹く。その中にあって揺れぬものがあった。直径1m程度のモザイクの塊だ。
 風が、止む。
 異様な静けさの中、モザイクの卵は孵化する。静寂の中、立ちあがったのは屈強な戦士であった。体長3mほどのその体の中にモザイク化した沢山の短冊。その中にある願いは、強くなりたい、というものであった。
 誰かのために、何かのために、その先へと進む為に。
 同じような願いは今や食い尽くされ、屈強な戦士のドリームイーターとなって通りに立つ。
「ルァアアアア」
 獣のような咆哮をひとつ、響かせて。

●堕ちたりし願い
「皆様、お集まりいただきありがとうございます」
 レイリ・フォルティカロ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0114)はそう言って、ケルベロス達を見た。
「ドリームイーターが七夕を利用して大作戦を行う事が判明しました」
 この作戦は、ローデッド・クレメインス(灰は灰に・e27083)他、多数のケルベロスが予測して調査してくれた事で事前に知る事ができたのだ。
「お陰で、こちらから動くことができます。
 どうやら、ドリームイーターは、鎌倉奪還戦時に失敗した『モザイク落とし』作戦を再び起こそうとしているようです」
 モザイク落としが行われれば、日本に巨大なモザイクの塊が落下するため、大量のドリームイーターが出現し、日本中が大混乱となる事が予測されている。
「敵は、残存するモザイクの卵を使用して、日本中の七夕の願いをドリームイーター化し、そのドリームイーターを生贄に捧げる事で、モザイク落としのエネルギー源にしようとしています」
 七夕の願いから生まれたドリームイーターは出現してから7分間で、自動的に消滅し、モザイク落としの儀式のエネルギーに変換されてしまう。
「依頼です。皆様には、ドリームイーターが現れる地点に向かい、7分以内にドリームイーター撃破をお願い致します」
 掴んでいただいた情報、存分に使わせて頂きます。
「だって、七夕のお願いってこんな風に使われる為にあるわけではないですから」
 戦場となるのは、ある商店街だ。幸いドリームイーターの出現時は周りに人もいない。
「七夕飾りのあるその場所の、お祭りの飾りつけは最後に行う予定だったそうです」
 石畳の通りの幅は広く、人の姿はないが七夕まつりの準備に立て看板や道具があり、通りの端には荷箱が積み上がっているそうだ。
「事前に片付けをする時間はないかと。端に置いてあるものではありますが、どうぞお気をつけください」
 一般人への避難勧告はお任せください、とレイリは言って、顔を上げる。
「敵、ドリームイーターは一体。短冊にあった強くなりたいという願いを取り込んで、屈強な戦士の姿をしています」
 剣を構え、振り下ろすのは断罪の剣。心を抉る一撃に加え、強くある為に知識を食らう。
「併せて回復も有しています」
 動きはそう素早くはないが、その分防御力が高いのだという。
「もう一点、ドリームイーターを7分以内に撃破できなかった場合は、敵は消滅し倒す事ができなくなります」
 今回現れたドリームイーターの過半数を撃破できなければ、モザイク落としが実現してしまうのだ。
「ほぼ全てのドリームイーターの撃破に成功すれば、モザイクの卵による事件は今後発生しなくなるかと思います」
 そこまで話すと、レイリは真っ直ぐにケルベロス達を見た。
「七夕の夢もお願いも……こんな風に利用される為にあるわけではないですから」
 阻止しましょう。とレイリは言った。
「では、行きましょう。皆様に幸運を」


参加者
ディディエ・ジケル(緋の誓約・e00121)
夜薙・征十郎(霖雨・e00451)
北郷・千鶴(刀花・e00564)
燈・シズネ(耿々・e01386)
セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)
ザフィリア・ランヴォイア(慄然たる蒼玉・e24400)

■リプレイ

●七夕
 石畳の通りに、足音が響いていた。静寂の地にそれは立つ。唸る獣のような声を漏らすそれは、屈強な戦士であった。強くなりたいという七夕の願いを吸収し、生まれたドリームイーターこそが『あれ』なのだ。
「強い者と戦いたいのでしょう? ここにいますよ! 私が!」
 その姿を正面に確認すると、少女は声を上げた。
 青の髪を靡かせ、着地したザフィリア・ランヴォイア(慄然たる蒼玉・e24400)の声が高らかに響く。宣言に似た娘の一声に、ドリームイーターがそちらを向けば、影を蹴り、前衛を主体にケルベロスたちは包囲を築いた。
「……」
 ドリームイーターの唸り声が止む。淀んだ鎧に見える色彩は、短冊のそれだ。
「強さだって人其々だろうに。一塊にされた上に横取りたぁ、雑な扱いしてくれる」
 空の瞳を僅かに細め、キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)は息を吐いた。押し黙ったドリームイーターの視線に殺意か、とサイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)は顔をあげる。
 七夕を、サイガは信じてはいない。——だが籠る想いは真だと考えている。強くあらねば、ばかりの生にあって、強くありたい理由を今は朧に得て。
「紙切れにゃ託さねえさ」
 そう言うと、サイガは時計に手をかける。
 これで、時間については確認ができるだろう。後はーー、と前を見れば、薄く口を開いたドリームイーターが、ゆるりと腕を上げていた。屈強な体躯で持ち上げるのは剣。ギィイ、と石畳が削れ、火花が散る。
「強くなりたい……僕にも覚えある願いです」
 ……ならば強さとは何か。
 剣を持ち上げる夢喰いを前に、夜薙・征十郎(霖雨・e00451)は告げる。
「決して誰かから奪い、利用し……人を脅かすものではない筈です」
 凛と告げた青年の声に、夢喰いから返る言葉はなくーーだが低められた腰に、構えだと征十郎は思う。薄く開く唇から唸り声は漏れず、されど向けられていた視線が、敵意がぶわり、と濃くなった。
 来る、とセレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)は顔を上げた。石畳の戦場は幸い、明るさに問題もない。
(「強くなりたいという願い。私も守る為の強さを求め、日々鍛錬を積んでいる身としては、その願いを汚す事は許せません」)
 モザイク落としという野望、必ず阻止しましょう。
 相手の姿を瞳の青に写した騎士は、名乗りを上げる。
「我が名はセレナ・アデュラリア! 騎士の名にかけて、貴殿を倒します!」
「ルォオオ!」
 その声に、戦士のドリームイーターは咆哮を以って応える。石畳を砕いていた剣が勢い良く振り上げれば、ダン、と踏み込む。その音が戦いの始まりを告げた。

●捕食者とケルベロス
「来るぜ」
 一気に踏み込んでくる相手に燈・シズネ(耿々・e01386)は声を上げた。突撃にも似た接近で、踏み込むのはセレナの間合いだ。
「グルォオ!」
 ダン、と地面を揺らす踏み込みと同時に振り下ろされる刃に、セレナは身を飛ばす。避けた騎士の目に、ドリームイーターがこちらを向くのが分かる。小さく息を吸い、構えを取り直す。視線を合わせたままそうしたのは、あと一人踏み込む者に気がついていたからだ。
「まぁ、こっちだな」
「——」
 その声で、初めて間合いに入り込んできている者が他にいることにドリームイーターは気がついた。踏み込んだキソラの目に光り輝くオウガ粒子が見える。サイガの紡いだ強化だ。前衛へと届けられた力に拳を握り、視線が、完全に向くよりも早くキソラは拳を叩き込んだ。
 ガウン、と重い音がした。
 胴を、打ち抜く瞬間広がるのは網状の霊力だ。振り上げようとした腕を縫いとめ、ギ、と軋む。
「……如何な形であれ強くなりたいという向上心、その心意気や良し、ではあるが襲い喰らう奴らは綺麗に祓うこととしよう」
 地を這うように低くディディエ・ジケル(緋の誓約・e00121)の声が落ちた。ぐん、と視線を上げた戦士の夢喰いに紡ぐのは伝承に伝えられた妖精女王の物語。
「……現し世へと至れ、是れ偉大なる妖精の女王。汝の恩寵を、此処へ」
 物語を諳んじるディディエの声が。その音、ひとつひとつが魔術的な力を有していた。音は魔音となり、天妖女公の名の下に、力は解き放たれる。
「ルァアア……!」
 衝撃に、ドリームイーターが蹈鞴を踏む。落ちた声は威嚇か、苛立ちか。振り上げられる剣に、セレナは剣戟をーー放つ。
 ガウン、という音と同時に、だが刃はドリームイーターに受け止められた。火花が散る。刃が、夢喰いの固い胴とぶつかったのだ。
「鎧、ということでしょうか」
 高い防御力を持つ、という話は聞いている。ならば、とセレナはたん、と間合いを取り直した。
「私の願いと貴殿の望み、どちらが強いのか、いざ勝負です!」
 一度届かなかったのであれば、次は必ず届ける。人々の、当たり前の日常を取り戻す為に。
「鈴、ジャマーを」
 告げた北郷・千鶴(刀花・e00564)は、鯉口を切った。
「剣と成りて、斬り祓い給へ」
 言の葉と共に、千鶴は愛刀一振りで地を穿つ。次の瞬間、ドリームイーターの許に群成す菖蒲が咲き誇った。
「グルォオオ……」
 退けとでも言うように、ドリームイーターは腕を振るった。刃が菖蒲を断ちーーだが、その菖蒲刀の斬撃はその腕に残っている。違和があるだろうに、さほど気にしないのは防御力の高さ故か。振り上げる剣で、次に打ち合う相手を探す夢喰いに征十郎が動く。身を前に倒し、その勢いで一気に距離を詰めれば、予想よりも早く踏み込んできた相手にドリームイーターが僅かに驚きを見せた。
「驚きますか」
 後方、援護するぜ、と告げたシズネが高らかな跳躍を見せる。上空、見えた姿に誘われるように夢喰いは上を向いた。は、とシズネは笑う。戦いの高揚に耳と尻尾が現れる。
「いくぜ」
 告げる声は敵にか、続く仲間へか。流星の煌めきと重力を以って、シズネは蹴りを叩き込んだ。ガウン、という音が重く響き、蹈鞴を踏んだドリームイーターへと征十郎の鋭い蹴りが入る。
 ガン、と鈍い音がした。一撃はーー確かに入っている。
「強さは一つに括れません。自分の気持ちを言えるようになりたい、人に優しくしたい……それも強くなりたいという思いの筈」
 それを破壊の力にしか出来ずして、夢を喰った気でいるならば愚かしい。
「願い、思い、祈り……全てはそれを持った人自身のもの。奪った所で満たされる訳もありません」
「ルォオ!」
 短く夢喰いは吠えた。屈強な戦士の姿で、剣を構え、けれど咆哮は獣のように。
「援護を」
 告げたザフィリアが、その手を前に出す。光り輝くオウガ粒子が前衛へと力を付与させれば、1分経過だとサイガの声が響いた。

●願い処の相対者
 火花が散り、鋼と鋼のぶつかり合う音が石畳の戦場に響く。積み上げられている荷箱を壊すことないように、ドリームイーターの斬撃をシズネはかわす。空で身を捩れば、知識喰らいの一撃が浅く腕に落ちた。は、と息吐く。チリ、と残るのはパラライズか。だが、今はまだ大丈夫だ。
「ルォオオ」
 変わらず、ドリームイーターは獣のような声を上げていた。そのくせ、振り下ろす刃は剣術のそれだ。重い一撃に、だが膝を折った者はいない。
(「強くなりたい、か。良い願いじゃねぇか。けど願うだけじゃ強くなれねぇもんだ、なあそうだろ?」)
 鋭く重い斬撃も、受け止める高い防御力も誰かの願いであったのか。その全てをない交ぜにして喰らったドリームイーターが、足を引き、再び踏み込む構えを見せた。
「3分だ」
 サイガが告げる。打撃と剣戟が響き、踏み込もうとする相手の間合いに、逆に入り込んだディディエは手にした大鎌に虚の力を纏わせーー振り下ろす。
「……余り動いてくれるなよ。当て難くなる」
 低く響いた声と同時に、迷いなく刃は降ろされた。受けた傷をドレインでひとつ癒しーー気がつく。刃を、振り下ろす時の感覚が僅かに違った。こちらが刻んだ弱体が効いてきているのだ。
「そればっかじゃってことかね」
「グルォオオ!」
 キソラの言葉に、合わせて聞こえたのか威嚇の声か苛立ちか。伸びた腕に身をかがめて、そのままキソラは一気にドリームイーターの間合いへと飛び込んだ。腕が前にあれば、戻すには時がかかる。それが例え一瞬であってもーー一撃を叩き込むには十分だ。
「奔れ、」
 その一言に同時に、雷鳴が轟いた。
 唸る風切りの音は雷鳴のように響く。轟雷の如し、大振りの一撃がドリームイーターの体に沈んだのだ。
「ルァアアア……!」
 衝撃に、身を揺らす。ぐん、と腕を引き刃を引き寄せる。影が、キソラの頬に落ちた。——だが、男は避けない。——この刃が落ちてこないと分かっているからだ。
 ザン、と風を切り、サイガの一撃がドリームイーターの屈強な腕に突き刺さる。ギィイ、と軋む音と共に血の代わりに粒子が欠け落ちる。
「ルァア……ウルァアアア!」
 それは影の如き一撃。密やかに敵の急所をつく、シャドウエルフの技。
「奪えねえよ、アンタにだって」
 光が、落ちる。欠けおちたそれは石畳に辿りつくよりも先に消える。その煌めきを視界に、千鶴は踏み込む。雷の霊力を帯びた刃を、勢いよく突き出せばゴウ、と雷鳴が轟いた。
「ルァアアア!」
 衝撃に屈強な戦士は蹈鞴を踏む。その姿を、千鶴は真正面に捉えた。
 顔をあげれば、ぱた、ぱたと血が落ちる。痛みはあった。僅かにある痺れは次に癒える。足を止めるだけの暇などーー時間など無かった。これは時間制限つきの戦場。
「強くなりたい。力になりたい。――私も同じ想いを懐く一人。譲る訳には参りませぬ」
 確たる意志も無き者に、真の強さを得る事など叶わぬもの。ましてや他の願いや知を喰らい強くなろうとは、度し難い。
「私の力は、偏に人々を護る為に在るもの。斯様な者に挫かれる等、御免です」
 唸るドリームイーターを見据え、千鶴は言った。
 必ずや乗り越え、この道を貫いてみせます、と。
「さぁ、返して頂きましょう。大切な願いと、安寧を」
 4分を過ぎたことを、サイガが告げる。は、と息を吐く暇もないままに、セレナは身を前に飛ばした。詰めた距離に、避けるように身を引いてもそこはまだケルベロス達の包囲の中だ。
 戦場には堅音と剣戟が満ちていた。叩きつける一撃が、そのまま受け止められようとも、次に穿つ一撃をケルベロスたちは必ず叩き込む。貫き、最後には通す一撃に滴り落ちる血はそれまで受けた攻撃のものだ。重ね紡いだ制約は、ドリームイーターの動きを鈍らせた。だが、こちらとて何ひとつ傷を受けていないというわけではない。そして、回復よりもその傷が大きくは無い状況であればーー戦うことを、8人は選んだのだ。

●想いの担い手
「5分経過だ」
「時間だぜ」
 サイガとキソラの声が響く。同時に鳴り響いたアラームがケルベロス達にその「時」を告げた。
 ドリームイーターは7分以内に討伐しなければならない。その為に、この5分で総力攻撃に移るとケルベロス達は決めていたのだ。
 倒しきり、削りきるその為に。モザイク落としなどさせない為に。
「……行くか」
 ディディエが告げる。身を、前に飛ばした男が地を蹴り、空に飛び上がればドリームイーターは剣を低く持った。その動きに、ザフィリアははっとする。
「あれは……! 知識喰らい。気をつけてください!」
 狙いはディディエだと警戒を告げれば、空で身をひねった男が一撃をかわす。
「グルァアア!」
 空を震わせ屈強な兵士の姿をした夢喰いは吠える。体の一部をモザイクで補ったそれでは、最初に見た兵士の姿からは遠い。た、とシズネは身を前に飛ばした。黒猫は空を飛ぶ。蹴り上げ、上を取れば次は追う代わりに刃がきた。その一撃が、届くよりも先にキソラのナイフが胴を切り裂いていた。
「願いってのは、誰かに消費される為に在るんじゃねぇよ」
 ギン、と堅音を響かせながら、火花を散らしながらも一撃はドリームイーターの奥深くまでーー届く。
「……其処だ」
 ディディエの蹴りが落ちる。落下の勢いを利用し、流星を纏った蹴りをシズネもまた叩き込めば、続けての衝撃に屈強であった兵士は蹈鞴を分だ。
「6分経過だ」
 サイガの声が響く。剣戟と打撃、火花を散らし、舞い上がった砂埃さえ切り裂きながらケルベロス達は総力を持って一撃を叩き込んだ。腕を伝い落ちる血も、痛みも今はおいて。
「ヴィンクルム! 神戟【アスタルキーフェロ】! 我が戟の鋒に命ず。仇為す者を尽く滅し、凱歌を齎せ――壱之魔戟ソロネ!」
 魔斧と魔槍の柄を結合し一つの巨大な神戟【アスタルキーフェロ】とすると、ザフィリアは勢いよく神戟を回転させながら敵へと叩き込んだ。
 ごう、と風が唸る。
 ドリームイーターは剣を構え、一撃を受け止めようとしたがーーそれよりも衝撃の方が早い。ガウン、と一撃、叩きつけるような音がした。蹈鞴を踏む兵士へが、瞬間、青黒い炎に包まれる。
「ル、グァアア……!」
 サイガの拳だ。穿つ一撃に、そこで初めて気がついたドリームイーターの間合いに征十郎は立つ。手には抜き身の刃。空の霊力を帯びた一撃が、夢喰いを切り裂けば、逃げを撃つ身を千鶴が穿つ。雷光が、爆ぜた。
「守りたいというこの願いは、決して折れません!」
 高く、強くセレナは言った。始まりの時に告げたのと同じように。そして、騎士による達人の一撃が深く、ドリームイーターに沈む。
「グルワァアア……!」
 獣のような咆哮を響かせ、戦士の姿をしたドリームイーターはーー崩れ落ちた。

 鳥の、声がした。
 戦いの終わりに気がついたのだろう。ヒールで現場の修復はできた。祭りの道具や、繊細な小物を手直ししていれば無事の終わりに気がついた人々が丁度こっちにやってくるところだった。
「……」
 その中から、大切な人を守りたいのだという短冊を見つけたサイガは、黙って拾い上げるとそれを新しい笹に戻す。
 笹にはこれからまた、沢山の願いがかけられることだろう。折角だから皆さまも、と言ったのは祭りの係なのだという青年だった。
「皆の願いが成就しますよう――。そして私達も負けぬ様に励まねばなりませんね、鈴」
 千鶴はそう言って、鈴を抱き上げる。くるる、と喉を鳴らすサーヴァントに娘は笑みを零す。
「……」
 シズネは押し黙って短冊を見ていた。そうして、思う。「強くなりたい」と願うどこかの誰かに向けて、お前は後悔するなと、強くなってみせろと願う。自分の妹さえ守れなかった己のようにはなるなと。
「お願い……ですか」
 未熟な自分の真の願いはまだ言葉にならぬほど淡い。悩んだ後に「皆の願いが叶いますように」と征十郎は願った。
 遠く、声が聞こえてくる。祭りを楽しみにしていた皆の声だと、嬉しそうな声がケルベロス達の耳に届いた。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 4
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