七夕モザイク落とし作戦~在る為に

作者:ヒサ

 7月7日、七夕の夜。東京上空……。
 大きな鍵を手にした『赤い頭巾のドリームイーター』が、ひとり、空を漂っていた。
「綺麗……短冊に込めた人々の願い事が、まるで宝石のよう。
 あの輝きが欲しくて、あなたは『モザイクの卵』を降らせたのね。
 でも、鎌倉の戦いでこしらえてもらった卵も、あと少ししか残っていないのね。
 …………。
 いいわ、あなたの夢、私が手伝いましょう。
 だって、あなたの夢は、きっと私と同じだから。
 だから、残った卵を私に頂戴。
 あなたをこの星に呼んであげるわ……ジュエルジグラット」


 ヒトにとっては一抱え以上もありそうな、モザイクの塊が地上にあった。
 住宅街にある小さな幼稚園の敷地内に出でたその『卵』は、園児達の願いを糧に孵る。
 『家族みんながずっと元気でいられますように』『おじいちゃん達が長生きしてくれますように』──そういった、家族や親類への想いを綴った短冊達が『卵』に取り込まれ、長方形のモザイクと化したそれらを体中にぶら下げた人型のドリームイーターが現れる。笹の傍、玄関の庇に頭をぶつけ、避けるように首を傾げたそれは、子供達にとっての『家族』のイメージだろう、大人を思わせる体格でゆらり、園庭へと足を踏み出した。

「七夕の願いごとが、ドリームイーターに利用されようとしているみたい」
 幾人ものケルベロス達からの忠告や調査を元に得られた情報を、篠前・仁那(オラトリオのヘリオライダー・en0053)は口にする。
 昨年の『鎌倉奪還戦』の際、ドリームイーター勢力が試みた『モザイク落とし』。あれが、七夕に人々の願いが集まるのを好機と再度行われようとしているらしい。赤頭巾の彼女は、各地に残る『モザイクの卵』が人々の願いを喰らう事で生まれるドリームイーターを贄とし、巨大なモザイクの塊を降らせるつもりのようだ。
「そうなれば今以上に、日本中でドリームイーターによる被害が出てしまうわ。彼女達の作戦を阻止する為に、あなた達の力を貸して欲しい」
 彼女はケルベロス達に、とある幼稚園に向かって欲しい旨を伝えた。
「生まれたドリームイーターは、『儀式』の為なのでしょうね、暫く園庭でぼうっとしているようだから、自分から周りに被害を出す事は無さそうよ。多少工夫して貰えれば、あなた達ならば先手を取る事も出来るでしょうけれど……敵はとてもしぶといようだから、急いで倒して貰わないと、『儀式』が先に成立してしまうかもしれない」
 猶予は約七分。元となった願いゆえだろう、敵はとにかく頑丈な様子。他者の生気を吸い取る力は強く、侮っては危険だ。しかしドリームイーター自体の攻撃性はあまり高くないらしく、己の身を守る事を優先し易いようなので、その性質を利用すれば優位に立てるかもしれない、とヘリオライダーは言った。
「倒すのが間に合わなかった場合、ドリームイーターは消えてしまうわ」
 追撃は、出来ない。もし、今回の作戦において討ち損じが多ければ『モザイク落とし』が実現してしまうだろう。確実に仕留めて貰えれば有難い、と彼女は、眼前のケルベロス達へ敵の一体を託す。
「逆に、敵の大多数を倒す事が出来れば、『卵』を一掃出来る。それによる事件も、激減すると、今のところ考えられているわ」
 だから、どうか。祈るに似て己が両手を重ねて彼女はケルベロス達へ、敵の思惑の阻止を願った。


参加者
フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)
メリーナ・バクラヴァ(ヒーローズアンドヒロインズ・e01634)
ミチェーリ・ノルシュテイン(フローズンアントラー・e02708)
罪咎・憂女(捧げる者・e03355)
ロウガ・ジェラフィード(戦天使・e04854)
狼森・朔夜(ウェアライダーのブレイズキャリバー・e06190)
メーガン・ゴートン(レターソムリエ・e16440)
五條・狭霧(九霄・e26448)

■リプレイ

●63
 ヒトの形が身を晒した。庭の中程に進み行く様を見、纏う気流を御した数名が死角から接近を試みる。
「無茶はしない方が良さそうだね」
 物陰が許すのは少し遠い位置まで。五條・狭霧(九霄・e26448)は、身を低くし先を往く者達へ後を託す。
「ですが時間は掛けられませんー。皆様準備は如何でしょうー」
 同じく幾らかの距離を置いたフラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)が通信機を介し問う。念の為と備えたメリーナ・バクラヴァ(ヒーローズアンドヒロインズ・e01634)から借りた、揃いの物だった。
「では、気付かれる前に行っちゃいましょう♪ 三、二、一」
 視界を確保した位置でメリーナが、歌う如く数え始める。彼女自身は迷彩柄を纏い手頃な樹木と同化していた。
「──れっつごー!♪」
 気負わず躊躇わず秒を追う。応じて風が砂を巻き上げる。地面に跡を刻みまず届いたのは罪咎・憂女(捧げる者・e03355)の足技だった。敵の背後から強襲した彼女に次いでロウガ・ジェラフィード(戦天使・e04854)は、注意がおろそかになる側方から切り込んだ。
(「――瞬剣・疾風怒濤」)
「子供達の願いを利用する輩にこの空を見上げる資格は無い」
 雷纏う刀が胴を裂きモザイクを乱した。不意を突かれまごつく敵へ、こちらを見ろとばかりミチェーリ・ノルシュテイン(フローズンアントラー・e02708)が告げる。守り抜くその為に、真っ向から相対した。
(「蹄インパクトォォォッ!」)
 そして生まれた隙へ、メーガン・ゴートン(レターソムリエ・e16440)が殴打を見舞う。敵の様を注視し彼女は、力任せに押すよりも、と悟る。
「ごめんね、ワタシの斧はあまり当てにしないでくれると助かるな」
 ぐっと拳を握り彼女は、自分は蹄一つで押し通すのが一番確実かもしれない、と皆の援護に期待する旨を申し訳なさそうに報せた。
「解った。後は……こっちでももう少し見とく」
 手を伸べ樹蔓を放った狼森・朔夜(ウェアライダーのブレイズキャリバー・e06190)が応じた。観察した敵の挙動に違和を覚え、紡ぐ言葉に慎重さを交ぜる。
 鋭い攻撃で切り裂いた。束縛して圧し潰した。手応えを見る限り、特筆すべき弱点は未だ見えず、されど、純粋な力加減以外で何かがありそうで、見て取った数名が僅か戸惑う。
 圧して、されどその時微かに緩んだケルベロス達の勢いを察し、敵は防御を試みた。気付き対応したのは第二陣、詰め得なかった距離を逆手に取ってまず狭霧が、敵の眼前へ差し出した照明にて強い光を放つ。かの存在が頑強たらんとするのなら、視力および外界認知も健常なヒトを模したそれだろうと目眩ましを試みた。敵の視覚が戻るより早く、瞳孔を絞った金眼と地獄抱く額を晒したフラッタリーが迫る。
「──aaaaaAAAAァァアッ!!」
 叫ぶ声が夜を震わせた。其は標的の聴覚を侵す暴力にして、無辜の人らへ異常を知らしめ警告する理性。大剣が獄炎の獣顎を纏い蠢いて、担い手の瞳はその刹那冷徹に瞬いて、かの牙は剣に似た。揺らめく炎の幕をくぐり、二振りのナイフを抜いたメリーナが跳ねる如く舞う。
「手の鳴る方へ──♪」
 斬って、裂いて、モザイクは吹雪めいて散る。吟ず役者が鳴らすのは刃、雷の加護を浴びた彼女は軽快にステップを刻み獲物を招く。行く先は庭の中央、戦場を取り囲む人工物を害さぬ地。そこに敵を縫い止めんとばかり彼らは包囲を試み、メルが指示を受け黄金の幻惑をまき散らす。違和の正体は未だ掴めない。
 六十秒を数えて後。彼らの奇襲によって出鼻を挫かれたとはいえ、敵とてその意識は既に、危機への対処を志し張り詰めていた。
 ゆえに、これより先はただ純粋な力勝負。

●170
「外には出るな!」
 異常を察した職員の影を園舎の窓際に認め、朔夜が叫んだ。デウスエクスはケルベロスが引き受ける、との意は伝わったらしく、職員は急ぎ一つ頭を下げると姿を消した。
 固い砂が足音を跳ね返す。憂女が翼を広げ地上を滑る。鞘を脱いだ短刀が鋼色の弧を描いた。その色は生くる証たる熱を侵し、敵へと傷を報せるのは痛みならず、動き鈍る腕の重み。薙いだ大気すら凍える中、フラッタリーの刀が追った。胴を裂かれた敵がよろめく。だがそれは衝撃ゆえと言うよりも。
「H、a」
 笑うに似て声が零れる。諦めに似て憂いを孕んだ。知覚した。かの敵は切り刻まれる傷が痛いのでは無くて。
「多分、あいつの『短冊』は……」
 朔夜が呟く。あれは肉で無く心の痛み、きっと彼は己を形作った願いが零れ行くのが哀しいのだ。幸い此方は刀剣使いが多い、斬り払えと彼女は仲間達を促す。
 例え斬傷自体が、敵を直接殺す切り札とはならずとも。彼が嘆きに身を浸すのであれば戦況に響く。その要因が、吸い上げられた願いの徴であることは少し気が引けたけれど、構う余裕は多分無い。
「────!」
 掠れた声。慟哭めいた叫びと共に敵が片腕を振り上げた。大柄な体が踏み込む先には、紫電と濃密な影を纏うメリーナ。させぬとミチェーリが二者の間隙に滑り込む。打撃は重く、籠手を構えた彼女の足が地を滑る。敵は終始防御に意識を割いている様子だというのに、今とて隙を生む事を厭うているのに、なお。覚えた危機感に雪色の肌は紙めいて白む。敵を攻勢に転じさせてはいけないと──盾役が護り抜かねば危険だと。
 ゆえに。メリーナは圧される彼女の背を避けて、敵の側面へ回り込む。早く討たねばならないと、己を顧みる事すら他者に託した。
「『願いよ』『理想よ』」
 夜に沈んだ影が音無く膨れ上がる。荒波めいて敵を捉え影は、
「『真であれ』」
 確かな存在感と共に踊る。求めはかの存在、その形を否定する。
「聖なるかな、聖なるかな――♪」
 担い手は闇より静かに、歌う。敵には呪詛たる声と、淡い笑みが招くのは、此方の好機。流れるように踏み込みロウガが刀を翻す。きらめく白刃が影を押しのけ標的を斬り払う。
「今は堪えてくれ」
 例えば、戦線維持を担う者達には負担を、打たれ強く無い者達には不安を強いるだろう。他の者達とて重責を負わざるを得ない。だが、と彼は紡ぐ。貫けば必ず遂げられると。
「そうっすね、こっちの作戦は十分噛み合ってるみたいだし。面倒ごとは俺が全力で引き受けますから、皆はなるべく前だけ見てて下さいねー」
 返す刀で斬り上げた彼の後方、狭霧はその手に光を取った。淡いそれを彼の指先が操って、糸に瞬きミチェーリの肌の下、殴打に傷ついた組織を修復する。
「とはいえ、無理はしないで下さいね。まだ大分痛そうっすから」
「ええ、ありがとう」
「むう、メルは力押しじゃ厳しそうだね。憂女さん、みんな、援護お願いー!」
 敵の動きが鈍った所を狙い蹄を当てたメーガンが叫ぶ。応えて地を蹴りミチェーリは敵へと蹴りを浴びせた。
 鋭く爆ぜる音の陰。無論、と憂女が頷いた。槍穂に浮かんだ光を連れて、標的へ傷を重ね刻む。
(「盾となる為ならず飛ぶのは、私には慣れぬ務めなれど」)
 瞬きの牙は敵を成す色へもまた。曖昧な長方形が幾つもその形を損ない行く。
(「要は逆。壁を任せ、光を避け、この身は影に。相手にとって、在らぬもので居れば」)
 敵こそを在らざるものへ変える為の今を思うと、少しばかり不思議だった。忍んでみるのは新鮮だが手段そのものはといえばそこは彼女流、闇の合間を吹き抜ける風たらんと駆け続けるヒット&アウェイ。幸い、標的の目を眩ませる星には事欠かない。重心を低くフラッタリーが跳ぶ如く進む。刀が弧を描く様は上品なまでに鋭利、反してそれを為す彼女の在り様は獰猛な獣を思わせた。続いた朔夜は対照的に限界まで音を殺した。己に視えた利を活かして火力及び仲間の援護を優先し、敵の態勢を崩す。
 不足があるなら補い合うだけ。その先に得るのはきっと、より良い戦果。などと改めて言葉にするには、余裕も滑らかに回る口も、気の利いた言葉の持ち合わせも、今の彼女には無いけれど。それでも信じる気持ちなら、細やかに周囲へ気を配り皆を鼓舞する年長者達とだって張り合える。だから彼女は、掴んだ第二撃の機で以て敵の体を仲間達の方へ蹴り飛ばした。
「てやあぁぁ!」
 迎え撃つメーガンの蹄が敵の横っ面に突き刺さる。立て続けにメルが幻をばら巻き惑わせた。此方の攻撃を凌がんとする敵の動きを読み裏をかくのは最早、難しい事では無くなっていた。
「うん! メル、その調子でお願……!?」
 だが。見目すら曖昧な敵の、されど重い存在感が、稚拙にすら見える拳の動きを避けることを許さなかった。ミミックの体が宙を舞い、砕かれる寸前なれどその足は何とか地面を踏みしめて、狭霧が急ぎ治癒を紡ぐ。
「未だ大丈夫っす、任せて」
 立て直す余裕はある、と彼は言う──今は未だ、と。

●394
 残り三分。敵も大分堪えている様子なれど、死に瀕している様子は未だ見えない。見えぬだけの可能性もあれど、油断は出来ぬと皆が攻めに注力する。殆どの者がヒールを選択肢から捨てた。例外たる癒し手さえその手に得物──角に丸みを帯びた厚手の札を取り出した。
 一手前、乱れたモザイクを操り幾らかの外傷を塞いだ敵の此度の攻撃は、捨て置き難い脅威である攻め手の一人へ向かう。
 そこへメルが飛び出した。敵を押し戻すようにして攻撃を受け、その姿を保てなくなる。
 主が息を呑んだ。仰け反る敵をミチェーリの目が追って、間を置かず足が動く。彼我を隔てる短い距離を詰める為というよりは、敵との間に遮るものの無い位置を選ぶ為。駆けてそのまま、彼女は身に寄せ引いた籠手の先に凍気を纏う。
「極北の地を吹き閉ざせ──!」
 振るう。吹き荒れるのは痛み。密度を増し刃と化して、敵の身を切り刻む。
 主の命ゆえか、皆の意思を受けての事か。ミミックは既に傷を負った自身を、効率的な戦略の為に差し出した。盾役すら、受ければ疲弊を払えない一撃への壁となり、『護られた』彼女は報いる為に即座に動いた。
「……そうだよね。絶対、間に合わせてみせる!」
 ゆえに、メーガンもまた前を見た。肌もモザイクも今なお憂女が操る刃に刻まれ続けその足取りを鈍らせ行く敵を見据え、これならと淡い白色鳩を放つ。祈りを籠めた札の運び手が敵を穿ち、朔夜が纏う銀色が宿主の拳を強化し、一息に距離を詰めた先に在る敵の身を抉る。雷を牙と変えた狭霧が、じき経過は六分に至る旨を告げる。生存の為に足掻く敵の、癒え行く肌をそれでも破る為に皆が攻め立てる。次撃が来る前に終わらせろと、モザイクの一部を抉り奪うように槍を振り抜いた憂女が託す。メリーナの歌が二幕目を奏でる。
「幕間を、あなたは越えられません」
 柔らかな声は、されど冷たい。対して熱く、フラッタリーは死へと疾る敵を強く見据えた。
「体に大地を、動きに風を、心に水を、技に火を──」
「人理能ワザrEバ、獣理──にて。アナタヲ潰します」
 彼女の中に共存する理性と狂気が瞬いて反転して拮抗する。大剣は牙に似て、されど獲物を重く磨り潰す。ロウガは己が存在その全てを無垢へと志向し、大きく翼を広げ空へ上り、刹那に敵目掛けて滑空する。
「──戦うは天軍の剣。舞うは闘神の刃!」
 刀を振るう彼はその時純粋な力と化して、抗わんとする敵を幾重にも、千々と引き裂いた。

●X
 紙吹雪が舞った。眼前を過ぎる幾つかをフラッタリーが掴む。そうして穏和に目を細めた彼女は、やはり、と吐息で囁いた。
「斬り捨てた身なれどー、蔑ろにはしたくございませんのー」
 零れた声は慈しむように優しく。手の空いた者達から倣い、同様に紙片を掴まえる。時折交ざる大きめの断片から、元が長方形であった事は判別出来た。摩耗し褪せた彩の上に残るのは、掠れ滲み変質した墨の跡。辛うじて読めた何文字かは、辿々しい子供の手に依るそれ。
「……悪趣味が過ぎる」
「形だけであれば、補う事も可能でしょうが……」
 朔夜の声が怒気を滲ませ敵を罵る。ミチェーリの声が哀しげに沈む。
 だが。例え断片だとしても、敵に呑まれたままで在ることを許さず取り戻せたのは、彼らがきっちりと敵を倒したからこそ。喰われ、そのまま消え去らせずに済んだのは、彼らが手を尽くしたからだ。思い切る事を出来ずに居たのならきっと此処には、何一つ残せなかったろう。
「ねえみんな、短冊貰ったよ。『良かったら何か書いてくれませんか』って」
 様子を見に顔を出した職員に事情説明をして来たメーガンが、紙片を持っていた手に真新しい短冊の束と数本のペンを持って戻った。事態の収拾への感謝と、おそらく主に子供達を慰める為だろう。ケルベロス達の足跡は、皆を励ます力になると。同行したメリーナは依頼を受けたその場で応えて見せたのだろう、現在笹の下で短冊を下げるべくつま先立ちをしている真っ最中だった。なお当の職員達は既に引っ込み、後始末の為に電話の前でてんてこ舞いらしい。
「昔は、色々と書きましたが」
 無下にするのも、と憂女が一枚手に取った。
「願い事ね。……無くはないっすけど」
 思案する狭霧の片掌が、耳の下から後方に掛けて淡く首元を触れる。
「子供達のように家族を想おうにもな……」
 ロウガのひとりごとは口中にわだかまる。救い出した元短冊、今は無惨な姿のそれを見れば、敵への怒りが冷める事無く募るばかりだが、それに元々籠められていた願いは、彼にとっては目を灼く光に似ていた。
「じゃあワタシは、お婆ちゃんの事をお祈りしようかなぁ」
 手元に残った一枚へメーガンは、故郷に居る祖母の無事を願う。朔夜もまた沢山居る家族を想い、端的に祈りを刻んだ。追憶の如く胸に手を遣ったミチェーリが、眩しげに目を細めた。
「お星さま方、ちゃんと見つけてくれると良いけどね」
 風にさらわれるごく細かい紙片を眺め、狭霧が呟いた。正しく巡らせ得た願いは、されど道標を失くし彷徨う事になるかもしれない。
「ああ、でしたら……正しく届くように祈りましょうか」
 道を見つけたよう、憂女が顔を上げた。願いも望みも彼女の中では現状、明確な形を定めていないようで、その手は未だ何をも記せずに居た。だが、誰かの為に祈るのならば今この場に相応しかろうと迷いを振り切る。
「それは良いですわねぇー」
 フラッタリーがおっとりと笑う。敵の業をねじ曲げたついでに、願いという名の光が不当にかき消される事の無いようにと。
 やがて逡巡していた者達も、願い事は星に託すより自分で叶える派の者達も、渡された短冊を書き終え笹の下に集う。皆を出迎える形になったメリーナは場を譲った後、そっと目を伏せた。彼女の短冊は、大切な人達の壮健を祈る文言を抱き高い場所で揺れていた。
(「出来れば、一緒に居られますように。明日も明後日も、……叶うなら、ずっと」)
 真摯な祈りを彼女は、遠い星まで届けと託した。

作者:ヒサ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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