七夕モザイク落とし作戦~真珠天女

作者:藍鳶カナン

●七夕モザイク落とし作戦
 7月7日、七夕の夜。東京上空……。
 大きな鍵を手にした『赤い頭巾のドリームイーター』が、ひとり、空を漂っていた。
「綺麗……短冊に込めた人々の願い事が、まるで宝石のよう。
 あの輝きが欲しくて、あなたは『モザイクの卵』を降らせたのね。
 でも、鎌倉の戦いでこしらえてもらった卵も、あと少ししか残っていないのね。
 …………。
 いいわ、あなたの夢、私が手伝いましょう。
 だって、あなたの夢は、きっと私と同じだから。
 だから、残った卵を私に頂戴。
 あなたをこの星に呼んであげるわ……ジュエルジグラット」

 御食つ国、志摩――。
 古来よりそう詠われていた、海の幸に恵まれた地、三重県。
 夜の海より波寄せる、三重県のとある浜辺に面した小さな神社に常駐の神職はいなかったけれど、辺りがひそりと静まり返る深夜になっても、神社の境内は柔らかな灯籠のあかりに照らし出されていた。
 あかりに浮かびあがるのは色とりどりの短冊に彩られた七夕の笹。
 涼やかな夜風に笹の葉がさらさらと唄い、数多の短冊や金銀の吹き流しがひらひらと翻るそのすぐ傍に、ぽう、と不意に大きなあかりが燈る。
 様々な彩に仄光るそれはモザイクの卵。
 短冊に込められたひとびとの願いを求めるこのモザイクの卵が惹かれたのは、このような願いだった。
 ――飛びきり素敵な、真珠のアクセサリーに手が届きますように。
 ぷつり、と笹から解き放たれた短冊がモザイクの卵に取り込まれていく。
 他にも『黒真珠のピアス欲しー!』『彼女に花珠真珠の指輪を贈れますように』といった真珠を求める願いや夢が込められた短冊がいくつも飾られているのは、真珠の養殖で名高い英虞湾が近いこの地だからこそか。
 ひとの願いの種類は星の数ほど。
 そのなかから真珠の願い事を込められた短冊をひらり、ひらりと取り込んで、モザイクの卵はふわり、ふわりと夜風に舞う天女として生まれ落ちた。
 身の丈はひとの倍、けれど麗しき姿を持つ天女は、モザイクの真珠の装身具で身を飾る。胸の辺りが裡から光るように見えるのは、体内に取り込んだモザイク化した短冊達が透けて見えているから。
 
●真珠天女
 それは言うなれば、第二次モザイク落とし作戦。
 ローデッド・クレメインス(灰は灰に・e27083)をはじめとする幾人ものケルベロス達の予測と調査により、ドリームイーターが七夕を利用した大作戦を行うことが判明した――とセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が皆に語る。
 鎌倉奪還戦時に失敗した『モザイク落とし』作戦。
 それを今度こそ成し遂げようとしているらしい。
「日本に巨大なモザイクの塊を落下させる――この『モザイク落とし』が実現してしまえば大量のドリームイーターが出現し、日本中が大混乱に陥ってしまうでしょう」
 無論、敵としてもそう簡単に決行できる策ではない。
 残存するモザイクの卵で日本中の七夕の願いを取り込み、ドリームイーターを誕生させ、その数多のドリームイーターを生贄に捧げることで『モザイク落とし』の儀式エネルギーを得ようというのだ。
 七夕の願いから生まれるドリームイーターは、出現してから7分間で自動的に消滅して、儀式エネルギーに変換される。
「今回皆さんにお願いしたいのは、その阻止です。ドリームイーターの出現地点に向かい、7分以内にドリームイーターを撃破してください」

 提示されたのは、三重県のとある浜辺に面した小さな神社。
 深夜にも灯籠のあかりで照らされたその境内で、天女を思わせる姿のドリームイーターが誕生する。
「皆さんの現場到着はドリームイーターの出現とほぼ同時になります。朝まで一般の方々が訪れることはありませんので、7分以内にこの天女を撃破することに集中してください」
 誕生から7分後、短い生の後に儀式エネルギーとなる――その使命に殉ずるため、天女がその場を離れることはない。だが、それゆえに天女は何としてもその7分間を生き延びようとするはずだ。
 彼女は言葉を口にはしないが、たおやかな手から放つ真珠の波が、夜風をふわりと羽衣に孕ますその舞が、薔薇色の真珠めいて艶めく唇がすべてを語るだろう。
 蕩ける真珠の波は相手の武器や身体を真珠の層に包んで封じ、天女の舞とそれに合わせて煌くモザイクの真珠は数多の相手を魅了し、パール入りのルージュを引いたような紅唇は、くちづけた相手の生命力を奪う。
「軽やかに舞うその身のこなしからして、ポジションはキャスター。容易い相手ではないと思いますが、是非とも7分以内に撃破していただくよう、お願いします」
 時間内の撃破が叶わなければ、天女は消滅して儀式エネルギーとなる。
「七夕の願いから生まれ、各地に現れるドリームイーター達――これらの過半数を撃破できなければ、『モザイク落とし』が実現してしまいます。……ですが」
 逆に、ほぼ全てのドリームイーターの撃破に成功すれば、モザイクの卵による事件は今後発生しなくなると思われます、とセリカは続けた。
 今回の事件は危機であり、好機でもあるのだ。
「危機を好機に変える。ケルベロスの皆さんだからこそ、それが成せると信じています」
 七夕の願いから生まれ落ちる天女に、速やかなる終焉を。
 たとえ、使命に殉ずるだけのその生が、流れ星のように短く儚い生が、この胸に切なさを呼ぼうとも。


参加者
ネロ・ダハーカ(マグメルの柩・e00662)
ニケ・セン(六花ノ空・e02547)
メリチェル・エストレーヤ(黒き鳥籠より羽ばたく眠り姫・e02688)
ルードヴィヒ・フォントルロイ(キングフィッシャー・e03455)
アバン・バナーブ(過去から繋ぐ絆・e04036)
葉室井・扨(湖畔・e06989)
ブリュンヒルト・ビエロフカ(活嘩騒乱の拳・e07817)
勢門・彩子(悪鬼の血脈・e13084)

■リプレイ

●天女の舞
 ――半夏生には少し遅いか。
 潮の香を含む夜風は涼やかでほんのりと艶めかしく、苔むす風情が古雅な石造りの鳥居が俗世と神域の境を示す。小さな神社の境内に足を踏み入れればネロ・ダハーカ(マグメルの柩・e00662)の唇からは知らずそんな言葉が零れたけれど。
 穏やかな夜の心地好さに浸るのはもちろん、
「君を倒してからにさせてもらうよ、麗しの天女殿」
 灯籠のあかりが柔らかに夜闇を融かす深夜の神域、生まれ落ちたばかりの天女がふわりと羽衣を翻せば、ケルベロス達と真珠天女の泡沫の逢瀬が幕を開けた。
 艶やかな闇色の海から寄せる波の音、夜風にさらさら唄う笹の音を楽の音代わりに天女が舞えば、柔い真珠色に透ける紗の羽衣とモザイク真珠の首飾りや腕飾りが風に踊って、
「これは……今夜が満月でないのが惜しいばかりさ」
「流石は天女さまってところだね。さあ、俺達で全力でお相手させてもらおう?」
 ――汝、朱き者。その力を示せ。
 抗いがたい魅了が押し寄せた瞬間――魔力に呑まれた前衛陣へネロが、そして後衛陣へはニケ・セン(六花ノ空・e02547)が、華やかな爆風と古代語の詠唱唄が導いた朱き鎖の影で攻撃の威を増す力を贈る。
「もう一発、贈らせていただきますわね」
「ありがたい! 生まれ落ちたばかりで悪いが、天女には夢のごとく消えてもらおう!!」
 重なる七色はメリチェル・エストレーヤ(黒き鳥籠より羽ばたく眠り姫・e02688)からの爆風、癒し手の浄化で天女の魅了から逃れ、勢門・彩子(悪鬼の血脈・e13084)はその身に纏う銀色の流体から超感覚を呼び覚ます粒子を前衛に解き放った。
 だが、攻撃力や命中率を高める力が術の対象全員に行き渡るわけではない。
 単体グラビティを眩い凝集光にたとえるならば、列グラビティは薄い光の帯。幅広く届く代わりに鮮烈な効果は望めない。力が誰に発動するかは確率と運次第。
 そう、戦いの趨勢を決めるのは彼我の力量、戦術、そして時の運なのだ。
 緻密で堅実な作戦を練り上げ臨んでも、運次第の賭けとなる要素は必ずどこかにある。
 この夜の戦いの中にも数多鏤められた運次第の賭け。その中で最大の勝利を得たのは――ルードヴィヒ・フォントルロイ(キングフィッシャー・e03455)だった。
「まずはお手並み拝見させてもらうよ、天女サマ」
 お試しとばかりに放った気咬弾が天女の左肩を直撃した瞬間、その左腕全てが光となって消し飛び、ルードヴィヒ自身も何が起こったか理解するより速く放った二発目が天女の脇腹に喰らいつく。
 スナイパーが撃ち込むホーミング。
 だが、格上のキャスター相手の初撃でこれほどまでの高精度命中は、それだけが理由ではあるまい。つまり――。
「理力攻撃が弱点だ! 理力ならほぼ確実に当てられると思う!!」
「よっしゃ任せろ! 真珠も炎の前で綺麗に輝くだろうぜ!!」
 喝采めいた声をあげて地を蹴ったのはブリュンヒルト・ビエロフカ(活嘩騒乱の拳・e07817)、摩擦で噴きあがった焔で足元を飾る火の宝石をいっそう煌かせ、鮮やかな蹴打を真っ向から直撃させれば、
「って言っても理力ばっかりってわけにも行かねーだろうしな、足止めしとくぜ!」
 後衛から一気に天女の許へ飛び込んだアバン・バナーブ(過去から繋ぐ絆・e04036)が、命中率ジャスト100%の地裂撃でスナイパーとして確実に一手を叩き込んだ。
 だが、
「行こう甲斐姫、キミの美しさを魅せてくれ」
 愛しげに口づけた愛刀を抜き放った葉室井・扨(湖畔・e06989)が初撃と定めた斬霊斬は命中率四割、これを天女はするりと躱す。
 一対一では到底敵わぬ格上の敵、しかもキャスター相手に手持ちで最も命中率の低い技で挑むのは、敵にまだ僅かしか縛めが付与されていない段階ではあまりにも分の悪い賭けだ。
 生まれ落ちて僅か一分で隻腕となった天女は、残る右腕で蕩ける真珠の波を放つ。標的は当然、爆発的な初撃を撃ち込んできだルードヴィヒ。だが、
「そう簡単にゃ通さねぇぜ!!」
「さあノイエ、お仕置きしてあげてもらえるかしら?」
 迷わず盾になったブリュンヒルトに真珠色の波飛沫が弾け、即座に彼女へ癒しを凝らせた光を放ったメリチェルの声が夜風に響けば、天女の背後に忽然と現れたビハインドが、その柳腰をざっくりと裂いた。
 その衝撃に仰け反った天女を焼き焦がしたのは、スナイパーの精度と理力でもってニケが顕現させた幻影竜の焔。だが己を灼く焔と舞うがごとく、天女は態勢を立て直す。
 焔の輝きを透かす真珠色の羽衣、極光のごとく彩を変えて煌くモザイク真珠。
 けれど隻腕の天女が望むのは本物の真珠ではなく、唯、生まれ落ちてからの七分間を生き延びることだけ。
 あまりに儚い命の在りようにアバンの胸は痛むけれど、それなら、せめて。
「あんたを作り出した願いを、正しい形で天に届けさせてやる!!」
 故郷が喪われた日を想えば決して揮いたくなかった技。
 けれど憐れな真珠天女を天へ、世界へと還してやるために、アバンは焔に包まれた天女へ涼やかに煌く氷結の螺旋を撃ち込んだ。

●天女の唇
 撓やかな隻腕が夜風に翻る。
 二分を生き延びた天女が更に命を繋げるために標的としたのは扨、何よりも警戒していたくちづけが来ると直感したが、いまだ殆どその挙動を縛められていない天女は、ふわり宙に舞わせた羽衣で彼の背をたやすく掬うように捕えて引き寄せる。
 近づく天女の瞳、薔薇色真珠のごとく艶めく唇。
 逃げられない。
 そう察した瞬間、視界いっぱいに雅やかな紋様が広がった。
 和紙づくりの桐箱めいたミミックが咄嗟に割り込んで天女のくちづけを受けたのだ。
 夏の星空の許、甘やかにくちづけを交わす、天女と、箱。
 それは、ああ、なんて――。
「面白、もとい微笑ましいキスシーンだ。けれど無粋ですまない、引き裂かせてもらうよ」
 思わず吹きだしかけたのを全力で堪えて、きりりと凛々しく笑んだネロが馳せた。駆動音唸る刃で一人と一箱の仲を引き裂きジャマーとしての恩恵を活かして、天女に刻まれていた縛めをたった一撃で幾つも重ねあげる。
「これは絶対に庇いにいくと思ってたんだよねぇ」
「ありがとう、助かったよ。誰にでも唇を許す――ってわけにはいかなくてね?」
 和風ミミックの主人たるニケが猟犬縛鎖で天女を絡めとりつつくすくすと楽しげに笑みを零すから、釣られて扨も悪戯っぽい笑みでミミックに礼を述べれば、
「ま、美人のちゅーは魅力的だよねぇ……って、ドヤ顔!? ドヤ顔なのそれ!?」
「俺から見ても、っていうか何処からどう見たってドヤ顔だぜ!!」
 わざわざ後衛を振り返ってかぱぁと蓋を全開にして見せた和風ミミックにそう突っ込み、簒奪者の鎌を振り上げたルードヴィヒが御機嫌で天女へと噛みつきにいく箱を追いかけた。もちろん理力攻撃かつ高威力のドレインスラッシュで天女を攻撃するためです本当です。
 愉快な仲間達の様子にひととき天女への憐憫を忘れて笑って、アバンもルーンアックスを手に天女めがけて跳躍した。もしかしたらこんな風に送るのもいいのかもしれない。全力で遊び合うように全力をぶつけ合って戦って。
 輝く斧刃が天女の優美な裳を大きく裂けば、扨が閃かせたのはナイフの刃。
「女性の心の傷を抉るのは趣味じゃないけれど……」
『――……!!』
 映る惨劇を見せれば天女が声にならぬ悲鳴をあげた。
 敵のトラウマを具現化する、すなわち味方の戦力を増やすのに等しいこのグラビティは、短期決戦を制するのに極めて有効的な技である。
 この世に生まれ落ちて僅か数分。その天女のトラウマがいかなるものなのか彼女以外には知る由もないが――。
 具現化されたそれは多分和風ミミックな姿なんだろうな、と彼は思った。何となく。
「あなたも負けていられませんわよノイエ、さあ、力を見せて!」
 実のところディフェンダーでなければ今のくちづけで消し飛んでいたミミックへと癒しを贈るメリチェルに激励され、ビハインドがその力を解き放てば、手水舎の柄杓が、授与所のおみくじ箱が次々と天女へ襲いかかり、
「面白いな! まさかお賽銭まで飛んで来るとは!!」
「ふふ、いいね。実に神社らしいポルターガイストだ」
 不敵に笑って彩子は鮮烈に輝く流星となってまっすぐ天女へと落ちた。本当はもっと早く使っておきたかったがメタリックバーストと連続だと見切られるので先にマインドソードを使ったというのは彩子だけの秘密だ!!
 後でちゃんと元の場所にお返ししておこうと笑んでネロが掌に魔力を凝らせれば、それが解き放たれるより速く真珠天女が己が舞で夜の神域を染めあげる。
 夏の夜空には銀砂を撒いたような星、金色真珠の光でなぞったような細い月。
 いまや焔も氷も纏って夜風と融け合うように舞う天女はどこか危うげな様すら艶やかで、片腕を喪い右の腕だけで何かを願うように、あるいは恋うるようにこちらへ伸べてくる姿は思わずぞくりとくるほど――。
「惑わされんな! 綺麗な天女様だがとっととお帰りいただかなきゃダメなんだぜ!!」
 標的にされたと気づく間もなく魅了の魔力に意識を融かされかけていたニケの心を現へと引き戻したのは、天女に電光石火の蹴りを炸裂させたブリュンヒルトの声と、灼熱の輝きで夜を染め変えたネロの幻影竜の焔。
「そうだね。ほんとうに……」
 きれいだった。
 吐息でそう笑んで、素早く視線を奔らせたニケはしゅるり腕に絡ませた攻性植物に黄金の果実を実らせる。ほんのりと甘い輝きに包まれたメリチェルは夢から醒めたように瞬いて、ありがとうございますと微笑み、
「幸福の時間の始まりよ。決して終わることのない永遠のトキの、ね」
 ――ねぇ、微笑って?
 桜色の唇から透きとおるような歌声を溢れさせ、後衛陣に残る痛手を癒し、澄んだ響きで夜の神域を満たした。

●天女の夢
 静かに穏やかに、けれど次第に豊かに寄せ来る潮騒の音。
 小さな神社にも寄せ来るそれを、鋭いアラームが貫いた。天女が生まれ落ちてから五分。総攻撃の開始を告げる声は二つ。
 本来三つであるはずのそれがひとつ欠けたのは――ブリュンヒルトが、天女のくちづけを受けたから。
 天女の薔薇色真珠の唇はすべて忘れてただそれだけを感じていたいと願ってしまいそうに柔らかで、甘く切なく蕩けて寄せては命の息吹を奪って引く魔力の波が、心を真珠の輝きに染めてしまいそう。
 涙の象徴でありながら愛情の象徴、そんな真珠を身に着けるなら。
「やっぱ受けた愛情の証としてがいいぜ! くちづけもな!!」
「いいこと言うじゃないか! うっかり感動してしまったぞ!」
 護り手であり、そして防具耐性ゆえに受けた痛手は最小限。渾身の力を拳に込めた降魔の一撃でブリュンヒルトが天女を殴り飛ばせば、彼女に庇われた彩子が破顔して、地獄の炎が横薙ぎの奔流となったかのごとき鉄塊剣の一撃を叩き込む。
「真理だね。このうえなく」
 麗しくも豪快な女性陣の言葉に甘く眦緩め、けれどひときわ冷たく鋭く研ぎあげた殺気を凛列な愛刀の刃に宿し、扨がすっと瞳を細めた。
 刹那、僅かな剣閃すらも見せずに舞った刃が天女の右肩から左腰にかけて、限りなく細く恐ろしく深い月の疵を描けば、
「スピリット・ストリィィィィム!!」
 輝くルーンを掻き消すほど神々しい輝きを宿したルーンアックス、アバンのグラビティ・チェインで励起された斧刃から夜を輝きに染め変える光の奔流が迸った。
 誰もが全力の総攻撃。
 次々と天女の身体が欠けていく消えていく。弾けた装身具からは一斉にモザイクの真珠が散って無数の星のごとく煌いて、それでも、その中から天女が残る右腕を伸ばす。
「その真っ黒な心にはきらきら輝く天の川のような真珠は似合いませんわ」
「いや、真っ黒ってか、寧ろまっさらなんじゃないかなぁ。何も知らない、白」
 数多の煌き咲く中に迷わずメリチェルが撃ち込んだ猟犬縛鎖がその腕を絡めとる。今にもルードヴィヒめがけて迸るところだった真珠色の波が天へ逸れて消える。眩しげ、あるいは苦しげに眦を歪めて小さく彼が笑む。
 天女自身はきっと何も知らない。知っているのはきっと、己が七分を生きて消えるために生まれたことだけ。誰かが阻もうとするなら魅了して、包んで、それでもダメなら奪って、命をつながねばならないことだけ。
 それに、彼女を見ていると。
 真珠みたいに白い、とびっきりきれいで、とびっきり大切な子を思い出すから。
 ――無垢、純潔、長寿、円満。
 心に浮かんだ真珠の宝石言葉を愛おしむようにネロが笑んだ。掌に乗せる真珠はきっと、そんな言の葉達をぎゅっと凝縮した滴のようなものだから。
 真珠に、手が届きますように。
 ――そう願う想いを、モザイク落としの糧になどさせはしない。
 君が消えてしまうのは酷く惜しいけれど。
「夏の夜に融けてお逝き、真珠天女」
「そうだね。儀式エネルギーなんかじゃなくて、夏の夜に融けるほうがいいに決まってる」
 掌に全霊の魔力を凝縮させて、ネロとニケ、二人の鹵獲術士は竜語魔法を解き放った。
 幻の竜が夢の天女を焼き払う。眩みそうなほど輝く焔の中で彼女の影が揺れる。
 ――貴女の舞は、忘れないから。
 そう瞳を細め、彼は促すように名を呼んだ。
「ルードヴィヒ」
「ん、任せて」
 毎日逢えるのなんて当たり前。そんな風に思ってた。それがどれほど得難い幸福だったかどれだけ眩い歓喜だったのか、喪ってしまうまで気づきもせずに。
 ねえ、君が七分を生き延びることで、大切ないのちを喪って苦しむひとが増えるなら。
「全力で生き延びようとするあんたを全力で討ち取るよ」
 大切ないのちを喪った少年は、底知れぬ喪失感に似た『虚』を纏う簒奪者の鎌で、天女の後わずかな生を断ち落とした。
 六分二十秒。
 それだけの生を終えて、天女は儀式エネルギーになることなく夏の夜に融けた。
 呑み込まれていた色とりどりの短冊達だけが世界に残って、はらはらと舞い降りてくる。紙吹雪みたいだなと笑って彩子が手を伸ばす。
「俗な願いが多いが、この短冊達も笹に戻しておくか」
「そりゃ人間だしね、高邁な理想だの綺麗事だのばかり言ってられないよ。それにきっと」
 ――理想や綺麗事ばっかりなんて世界はきっと、楽しくない。
 俗だと言いつつ彩子が楽しげに『黒真珠のピアス欲しー!』の短冊を笹へ飾ってやる様に眦を緩め、扨は『彼女に花珠真珠の指輪を贈れますように』と綴られた短冊を笹に託した。
 儚い生を終えた真珠天女。
 彼女が天の川で星と戯れられますよう、と心から扨は願うけれど、同じ心で彼は天女との戦いの前にこう願ったのだ。
 ――無事に想いびとの許へ戻って、彼女に天女と真珠の話をしたい。
 高邁でも何でもなく、世俗的でとてもささやかで。
 生きているからこそ叶う、愛しい、願い。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 1
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