七夕モザイク落とし作戦~天の川に想いを託して

作者:久澄零太

 7月7日、七夕の夜。東京上空……。
 大きな鍵を手にした『赤い頭巾のドリームイーター』が、ひとり、空を漂っていた。
「綺麗……短冊に込めた人々の願い事が、まるで宝石のよう。
 あの輝きが欲しくて、あなたは『モザイクの卵』を降らせたのね。
 でも、鎌倉の戦いでこしらえてもらった卵も、あと少ししか残っていないのね。
 …………。
 いいわ、あなたの夢、私が手伝いましょう。
 だって、あなたの夢は、きっと私と同じだから。
 だから、残った卵を私に頂戴。
 あなたをこの星に呼んであげるわ……ジュエルジグラット」

 ある少女は想う。どうして自分は素直になれないのだろう?
 ある少年は想う。どうして自分は勇気がないのだろう?
 ある青年は想う。どうして自分は覚悟ができないのだろう?
 ある女性は想う。どうして自分は一歩踏み出せないのだろう?
 何人もの人が集うは商店街入り口に飾られた巨大な笹の下。それぞれ胸に描いた相手の事を想い、短冊へと願いを記す。
『どうか、この想いをあの人に伝えられますように』
 笹に一枚、また一枚と秘めた願いを託した短冊が提げられていく。いくつの『夢』が捧げられただろうか。突如現れたモザイクの卵は笹に掲げられた短冊の内、同じ願いをかき集め、食らい、そして変異する。
「あぁ……届けたい……届かない……」
 体内に短冊を内包したモザイクの巨人は、儚い声と共に天へとその腕を伸ばした。

「皆、大変だよ……!」
 大神・ユキ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0168)は緊迫した面持ちで切り出した。
「ドリームイーターが七夕を利用して大作戦を行うみたいなの。この作戦は、ローデッド・クレメインス(灰は灰に・e27083)さんとか、何人ものケルベロスが予測して調査してくれたから事前に分かったんだけど、どうやらドリームイーターは鎌倉奪還戦の時に失敗した『モザイク落とし』作戦をもう一回やろうとしてるみたいなの」
 うー……と小さく唸り、ユキは額に手を当てる。
「モザイク落としが実行されちゃうと、日本に巨大なモザイクの塊が落ちて、たくさんのドリームイーターが現れて、日本中がパニックになっちゃうよ。敵は残ってるモザイクの卵を使って、日本中の七夕の願いをドリームイーターにして、そのドリームイーターを生贄に捧げる事で、モザイク落としのエネルギー源にしようとしてるの」
 ここから先が彼女を困らせる要因なのだろう。ヘリオライダーは視線をあげ、番犬達を真っ直ぐ見据える。
「七夕の願いから生まれたドリームイーターは出現してから7分で勝手に消えて、モザイク落としの儀式のエネルギーに変換されちゃうよ」
 ユキはコロコロと地図を広げ、とある商店街を示した。
「皆にはここに向かって、7分以内にドリームイーターを撃破して欲しいの」
 彼女は気を取り直すように深呼吸して、改めて番犬達と向き合う。
「あっちの目的は7分経ってエネルギーになることだから、その場から動かないし、一般人もすぐに逃げ出すから人払いとかは気にしないで。でも、7分経つと消えちゃって倒せなくなるし、今回出てくるドリームイーターの半分以上をやっつけないとモザイク落としが成功しちゃうから気を付けてね」
 ここでユキは大量の短冊を取り込んだモザイクの巨人を描く。
「敵は伝えられない恋心の願いを取り込んでて、攻撃されると想いが伝わらない寂しさに襲われたり、今すぐ伝えに行きたいって衝動に駆られたり、伝えたいけど踏み出せないもどかしさに飲み込まれて動けなくなったりするみたい」
 説明を終えたユキは、ぷくっと頬を膨らませた。
「七夕を利用するなんて許せないよね! あちこちでお祭りもあって、私だって浴衣着てお出かけするはずだったのに、ドリームイーターのせいで台無しだよー!!」
 プンスカする彼女に、番犬達は苦笑してしまうのだった。


参加者
ビスマス・テルマール(なめろう鎧装騎兵・e01893)
久遠・薫(かりぬい・e04925)
ユーカリプタス・グランディス(神宮寺家毒舌戦闘侍女・e06876)
三千世界・八千代(全てはわらわが戯事なり・e10715)
銀山・大輔(鷹揚な青牛おじさん・e14342)
フェイト・テトラ(悪魔少年は識りたい・e17946)
スノードロップ・シングージ(堕天使はパンクに歌う・e23453)
ルチアナ・ヴェントホーテ(波止場の歌姫・e26658)

■リプレイ

●届けたい想いの化身
 夜の照明のせいで、街中では星が見えなくなった。そんな話も出始める現代社会のど真ん中。やたら星々の煌めく夜の事だった。人々が逃げ去り、願いを託した紙切れが飾られた巨大な笹の下、モザイクの巨人がその時を待ち、夜空を見上げている。
「見つけただぁよぉ!!」
 静寂の帳を引き裂き、その身に合わせられ大剣染みた刀を振りかざすのは銀山・大輔(鷹揚な青牛おじさん・e14342)。白刃に雷を纏わせて、一気に刺し貫く!
「七夕はミルキィウェイに願いをかける行事だって聞いたわ。きっとこのドリームイーターも、叶わない、叶えたい願いの化身なのね」
 ルチアナ・ヴェントホーテ(波止場の歌姫・e26658)が見ているのは夜空の星々。この煌めきのように輝くはずだった人々の願い……それが今、天を墜とす作戦に利用されようとしている。
「せっかくの想いが悪夢になる前に、みんなで天に還してあげる」
 前衛の前に雷の壁を呼び、敵の攻撃に備える。
「援護は任せて。みんなの全力、引き出せるように私が支えてあげる……!」
 傷ついてから治療していては間に合わないかもしれない。先の、先の、先を読んでルチアナは戦場を俯瞰するように見回していく。
「届かない思いを歌詞にして届けるのがシンガーの仕事ネ。ばっちりと倒して、短冊に込めた思いばっちりと歌い上げて魅せるネ!」
 花を象る美術品のような大斧を地面に叩きつけ、反動で自身が宙を舞うスノードロップ・シングージ(堕天使はパンクに歌う・e23453)が巨人の上を取った。
「バッキバキに砕いてやるネ……!」
 遠心力を持って後に続かせるように華刃剥命と銘打たれた戦斧を叩きつけるが、硬い。
「石頭ネー……!」
 巨人は両腕が痺れるスノードロップを握りしめ、地面に叩きつけた。
「あ……ぁ……」
 目立った外傷こそなかったが、よろける彼女はクルリと後ろを向く。
「今すぐ伝えなきゃ……朝の二度寝の気持ちよさを知ればもう寝坊しても誰も怒らないはずデース……!」
 走り出した彼女にユーカリプタス・グランディス(神宮寺家毒舌戦闘侍女・e06876)がラリアット! はせず、頭を掴んで引き留めた。
「スノーお嬢様、くだらない洗脳に負けてないでさっさと戦闘に集中してください」
 握力と共に気力を込めて、洗脳を吹き飛ばしてから夢喰に一礼。
「神宮寺家筆頭戦闘侍女、ユーカリ。参ります」
 優雅に、スカートの裾を軽くつまんでドレープを見せながら頭を下げる彼女の後ろでスノードロップがフラフラ。
「スノーお嬢様、まさか本気で二度寝の為だけに仕事をほっぽりだすつもりじゃ……いえ、これは……」
 主の姿をみて、従者が察する。洗脳を解除しきれていない!
「なるほど、敵は妨害能力に秀でているようですね……」
 久遠・薫(かりぬい・e04925)が前衛に光の粒子を放ち、その攻撃制御能力を高めながら現状を整理する。
「時間まで耐えきるつもりなら、こちらはそれを上回る力で撃ち砕くのみです!」
 拳を握るビスマス・テルマール(なめろう鎧装騎兵・e01893)の鎧が波打ち、擬態していたソウエンが姿を変え、渦巻きと鍵盤にも似た独特な形状を生み出し新たな鎧となる。
「七夕と言う文化を台無しにし、あまつさえ甘酸っぱく尊い願いを利用しようとは……ゆるざんっ!」
 彼女が右腕を引き絞れば、それを鍵盤上の結晶が覆い、編み込まれるようにして鯖を象る腕甲へと姿を変える。
「文化とは先人の想いや努力が込められたもの……それを踏みにじるような輩は、ここで倒します!」
 大海を泳ぐように、低い軌道で飛びかかるビスマスの拳……否、鯖が巨人の腹を捉える。
「なめろう超鋼拳!」
 漁師たちの想いを乗せた一撃に、夢喰はたたらを踏んだ。

●万物ただ散りゆくべし
「人の夢と書いて儚い……ふふ、倒れるは彼奴か我々か」
 三千世界・八千代(全てはわらわが戯事なり・e10715)は濃淡のある青地に水色と青紫の紫陽花が刺繍された着物姿で薄く笑う。瑠璃硝子の首飾りを軽く握って、瞳を閉じた彼女は一つ深呼吸する。
「七夕に流れ星は風情があれど、それがデウスエクスではの……せっかくの逢瀬が台無しになってしまうじゃろうに」
 夜空の大河に引き離された二人を偲ぶように、ふと空を見上げていた彼女の姿が、白昼夢のように失せる。
「故に、お主には儚き夢と散ってもらわねばならぬ」
 既に懐に潜り込んだ彼女の拳は、夢喰の胸に触れていた。
「――ッ!?」
 声にならない悲鳴を上げて後退する巨人の胸元から、引き千切られるようにしてその身を構成するモザイクと、夢と共に取り込んだ短冊の一部が夜風にさらわれ飛んでいく。短冊の破片を手に取り、どんな願いがあったのかを悟ったフェイト・テトラ(悪魔少年は識りたい・e17946)は紙片を、誰かの想いの欠片を握りしめた。
「みなさん素敵な恋してるのですね」
 少年がなぞるは、叶わなかった悲恋の物語、その一節。口ずさめば、本に記された一つの結末が呼び起される。
「僕は恋をするのはまだ遠い未来かもしれないですけど、みなさんのその気持ちはドリームイーターに喰わせません!」
 綴られた末路は、結ばれない二人が石像となり、永久に寄り添う姿。それを再現するかのように巨人の動きが硬直した。
「アデル!」
 応えるように、フェイトの相棒は手をかざす。それを掴むようにして腕を振るえば、横薙ぎにぶん殴られたように巨人が吹っ飛んでいく。
「むにゃむにゃ……ひゃうっ!?」
 スノードロップがルチアナの雷壁に触れ、完全に覚醒するなりナイフを構えた。
「よくもやってくれたネ!」
 血染めの白雪。白い結晶が降り積もる静寂の中起こった悲劇のような銘を打たれたそれを、彼女は散りゆくモザイクの傷へ突き立てた。
「これで斬られるとすごく痛いデスヨー」
 不敵に笑い、その肉体の一部を抉り、引きはがす。出血するように立方体が散り、短冊が千切れて夜空に消えていく。
「やたら硬いみたいですけど、傷口なら……!」
 クルリとビスマスが回した杖がサングラスをかけた黒いハリネズミに姿を変えた。
「クロガさん、ターゲットはあそこです!!」
 ビシッと指さしたビスマスの腕を走り、手の甲を蹴って体を丸め、針の砲弾と化したクロガが更に傷を貫き、夢喰が耳障りな悲鳴を上げて闇雲に腕を振るえど、薫の放つ螺旋の弾丸が凍てつかせていく。
「あまり騒がないでください、ご近所迷惑ですよ?」
 毅然とした態度で静かに言い聞かせて口元に人差し指を立てた薫の傍ら、無音で二振り目を抜刀する大輔。
「そうだぁよ。せっかく織姫さんと彦星さんが会える一年に一回のデートの日なのに、おらたちが騒ぐもんじゃねぇだぁよ」
 風切り音と共に空間を薙ぎ、火花を散らして金属音を響かせながら夢喰の胸に横一文字の斬痕を刻む。
「うぅん、花火には程遠いだぁね」
 後退しようとする大輔を、巨人が怒りに身を任せるように剛腕で叩き潰す。
「あがっ……!」
 道路を砕き、黒い瓦礫を撒き上げながら苦悶の声を漏らす大輔に代わり、フェイトが素早く本を開いた。
「アデル、合わせて!」
「ナメビス君、支援です!」
 フェイトが紡ぐは極東に語られる弓の名手の物語。指で文字列をなぞり周囲に魔法陣を展開、幾千幾万の矢を番える。夢喰をアデルが霊力の鎖で縛り上げ、その場に縫いとめた。逃げるも防ぐも叶わぬ巨人へ無数の矢が殺到、球体に近づいた姿に箱竜の吐息が吹きかけられ、一気に燃え上がる。その隙にユーカリプタスがパンッと大輔の頬を挟むように叩いて気つけ。
「さっさと起きてください。牛と言えば何か七夕でも役目ありそうでしょう? 主に彦星の方で」
「七夕そのものには出番なさそうだぁね……」
 苦笑しながらも、感じていた妙な脱力感が払拭された大輔が立ち上がると、八千代が薙刀を空中を滑らせるようにして投げつける。
「この時期に随分と暑そうじゃのう。ちと、冷やしてやろうかぇ?」
 微笑みと共に得物が甲高い音を立てて弾かれた。帰ってくる薙刀を受け止めた直後、ヒビ割れるように白い線が走り、そこから体を覆うように凍てつき始めた。夢喰は金属音と獣を混ぜ合わせたような不快な咆哮を上げ、ルチアナは番犬達へ微笑んで見せる。
「大丈夫、時間に限りはあるけど、皆ならきっと間に合うよ」
 ルチアナが光の粒子を前衛に降り注がせ、スノードロップと大輔の傷を癒しながらグラビティの活性率を高め、両手を広げた。
「皆を信じてる。私の水と歌と雷で、最高最強の一時にしてあげる!」
 ルチアナの宣言に番犬達が頷き、再び剣戟の音が響き始める……。

●願いが星へ届く時
「これは……厳しいものがございますね」
 ポツリこぼすはユーカリプタス。番犬達に大きな被害はない。これは彼女とルチアナ、二人が癒し手に回ったことで戦力の安定が図れたという事が大きい。だが、夢喰もまた健在。とはいえ、ユーカリプタスもまた攻め手であれば、番犬達の動きが鈍りここまで削ることは難しかっただろう。その時、電子音が鳴り響く。
「しまった、もう時間が……!」
 腕時計を確認したビスマスへ巨人の剛腕が迫り、ユーカリプタスが割り込んで腕を交差、滑らせるように受け流すが……。
「……おや?」
 妙に、軽い。見れば巨人が身を硬直させている!
「皆さん、一斉攻撃を!」
「承知!」
 得物を手放した八千代が前衛に目くばせした。
「ではいきましょうぞ皆々様方!」
「オッケー、とっておきを見せちゃるデース!!」
 スノードロップが刃を下に血染めの白雪を構える。
「わが声に従い現れヨ!! 抜けば魂ちる鮮血の刃!!」
 虚空に描かれたそれは血にも似た暗赤色の陣。そこへ刃をゆっくりと沈ませる。
「ダインスレイブ!!」
 握ったままの柄を引き抜けば、それは一振りの大剣。血を刃に打ち直したような真紅の刀身が、月の光に怪しく光る。魔剣ダインスレイブを構え直す彼女に巨人が軋む体に鞭打ち拳を振るえど、それを受け止めるもう一つの剛腕があった。
「皆の願い、こんなことに利用なんてさせられないの……!」
 ルチアナがキッと相手を見据え、流れる鉄により生み出された上半身だけで浮遊する巨人が、夢喰の腕を掴んだまま反対の拳を引き絞る。
「だからその夢は、皆に返してあげてほしいな」
 彼女の微笑みと共に、仮初の巨人の鉄拳がドリームイーターの腹を抉る様に打ち据え、その巨躯を軽く宙に浮かせてしまう。そこへユーカリプタスが掌を向けて滑り込んだ。
「攻撃は不得手なのですがね」
 言葉とは裏腹に、打ち込んだ掌底は巨人の身に大きく亀裂を入れて。
「しかし人様の夢を持って人々を不幸にしかねない輩には、自然と力が入りますね」
「そうだ、人の願いを踏みにじるような真似は許さねぇ……!」
 怒りに身を猛らせ、白い蒸気にも似た深い吐息をこぼす大輔が二振りの刃を抜く。バキリ、踏み込んだ足元の道路が割れた。
「テメェはここでぶっ壊す!」
 あえて刃を手元で回し、峰を相手に向ける。破砕の一撃にモザイクがひしゃげ、砕け、腕が、脚が、瓦解を始めた。
「行ってくるデース!」
 ダインスレイブはまるで自らの意思を持つように浮遊して片腕を斬りおとし、八千代がその刃の腹を蹴って鋭角的な軌道で蹴りつけ、跳ね返って大輔の肩に乗り、再び跳び蹴りを見舞う。
「ほれほれ、ついてこれぬか?」
 血を求めるように突き刺さる魔剣を蹴って伸ばされた夢喰の腕を避けたかと思えば頭蓋を吹き飛ばし、地面に舞い戻って足払いのように間接を砕き、両手で体を弾き胸を蹴りつけ、ついでに脇腹に一撃叩きこんで倒れ始める背中から蹴り上げつつその場で回転、地面に叩きつけるように蹴り落とす。八つの残像と共に残身する彼女に代わり、反動で浮いた所をスノードロップがダインスレイブを掴み、殴り飛ばすように更に打ち上げ、大輔が抱きかかえた。
「潰れろってんだ……よォ!!」
 体を大きく反らし、頭から叩きつける! 巨人は半透明になるが、撃破とは異なる様相で……。

●残り三十秒
「時間切れ間近、でしょうか?」
 薫はゆったりと口元に手を添える。眠たげな様子は春の暖かさを思わせるが、彼女の吐息は白銀の光を纏い、極寒の冷気へと変貌して夢喰を取り囲み氷像へと変えてしまう。
「でも、あなたも限界みたいですね?」
 ニコリと薫が微笑めば、氷ごと砕け散った巨人が地面に転がる。半身を砕かれてなおそこに在る夢喰に、ビスマスの装甲が真紅に染まった。
「あなたたちが人々の願いを奪い、利用するというのなら……」
 右腕に生まれた鋏状の盾をソウエンが取り込み、より長大な鋏を作り出す。
「私はその願いを、想いを挟んで支えて、守り抜いて見せます!」
 重厚な音を立てて夢喰を捕らえたビスマス。ギギギ……と軋ませるその鋏は斬るのではなく、『断つ』ためのもの。万力のように締め上げ、圧力で潰し切ろうとするが巨人は色彩を失いつつある。
「逃がしません……絶対に、ここで止めて見せます!」
 フェイトが取り出したそれは、赤い装丁の本。その一節をなぞり、文字を光らせながら口ずさむ。
「貴方を襲う魔王の鎌から逃れられますか?」
 具現化したそれは悪魔の影。大鎌を振りかざし、獲物を見据える。
 秒針が、五十五を示した。
「人々の願いを、食べさせてなんてあげません!」
 影は嘲笑い、巨人はもがく。執行人と、罪人のように。
 ――五十六。
「このズワイガニシザースには、私と、ソウエンさんと、漁師さんやご当地の人々の想いが籠っているんです。あなたなんかに、みんなの願いは奪わせません!!」
 師から受け継いだのは、文化への想いと力。二つが重なり、彼女の『願い』が夢を喰らう者を圧殺せんとしながら鋏が弧を描き、地面に叩きつけて大地を揺らす。
 ――五十七。
「もう少し……!」
 ルチアナの声の先、崩れゆく巨人の身はほぼ無色。
 ――五十八。
「届いてぇえええ!!」
 フェイトが叫び、影は鎌を振り下ろす。
 五十九……カチリ。
 秒針がゼロを示し、鎌に貫かれた夢喰が消えていく……儚く散りゆく一夏の夢として。

「盛り上がっていくネー!!」
 ユーカリプタスがヒールを終えて機材をセットし、スノードロップは戻って来た一般人たちへ七夕ライブを開催。
「織姫と彦星は会えたのでしょうか」
 曲を聞きながら、薫はふと夜空を見上げる。満天の星空の下、夢喰に取り込まれ、戦闘でボロボロになった短冊を横目に八千代は新しい短冊を手に息を吸う。
「あの人に 思い届くか 流れ星 何を笑うや 揺れる笹の葉」
「俳句だか?」
 首を傾げる大輔は『いろんな人と一緒に美味いご飯を食べて過ごせますように』と書いた短冊を笹にくくる。
「そっちは何書いたんだべ?」
「僕は……えへへなのです!」
 微笑む美少年がこっそり吊るした短冊。そこに刻まれた文字は……。
『僕もいつか素敵な恋ができますように』

作者:久澄零太 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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