七夕モザイク落とし作戦~はつこゐの星

作者:菖蒲


 7月7日、七夕の夜。東京上空……。
 大きな鍵を手にした『赤い頭巾のドリームイーター』が、ひとり、空を漂っていた。
「綺麗……短冊に込めた人々の願い事が、まるで宝石のよう。
 あの輝きが欲しくて、あなたは『モザイクの卵』を降らせたのね。
 でも、鎌倉の戦いでこしらえてもらった卵も、あと少ししか残っていないのね。
 …………。
 いいわ、あなたの夢、私が手伝いましょう。
 だって、あなたの夢は、きっと私と同じだから。
 だから、残った卵を私に頂戴。
 あなたをこの星に呼んであげるわ……ジュエルジグラット」
 

 伽藍堂の街並みに、産み落とされたのは形容し難き色合いをした卵。
 小片を組み合わせたモザイクは、ドリームイーターが産み落とした『夢喰いの卵』
 深く沈んだ天鵞絨の空に並んだ星屑がカーテンの様に揺れている。惹かれあった恋人同士の逢瀬の道は、見る人々の願いを受けて、より一層に輝いた――『七夕祭り』に笹へと飾った願いの端を、『卵』は喰らう。

 すきなひととしあわせになりたい。
 それは、少年少女の甘い『夢』。

 短冊に書かれた文字の一片を飲み喰らう様に吸い続け、『卵』は徐々に変貌してゆく。
 下手な化粧を身に纏ったドリームイーターはモザイクと化した短冊をその身の内へと取り入れて大きく、大きくその身を育て上げた。
 

「皆さん! ドリームイーターが七夕を利用して大作戦を行う事が判明しました!」
 慌てた様子で笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)はたどたどしくも告げる。
 人々が祈りを短冊に捧げる夜。その絶好の機会を逃さないと予測したのはローデッド・クレメインス(灰は灰に・e27083)を始めとする多数のケルベロスの尽力のおかげだ。
「ドリームイーターは鎌倉奪還戦の時に失敗した『モザイク落とし』をもう一度起こそうとしてるみたいなんです……!」
 モザイク落としの危険性は承知しているのだとねむが耳をぴこりと揺らす。ワンピースの裾をぎゅ、と握りしめた彼女は不安げにケルベロスを見渡して、モザイク落としともう一度言葉を唇に乗せた。
「日本に巨大なモザイクの塊が落下するんです……。大量のドリームイーターが出現すると日本中が大混乱になっちゃいます! 皆さん、お願いです――止めてくださいっ!」
 少女らしい直向きなことばは、『モザイク落とし』が起こった場合の危機をより深刻に伝えてくる。
 敵は残存するモザイクの卵を使用して、日本中の七夕の願いをドリームイーター化しようとしているのだ。そのドリームイーターの願いを贄として、モザイク落としのエネルギー源の確保を行おうとしている。
「えっと、七夕の願いから生まれたドリームイーターは出現してから七分間で、自動で消滅しちゃいます! 消滅すれば、モザイク落としの儀式のエネルギーになっちゃうんです……!」
 ドリームイーターが現れる地点に向かい、七分以内に撃破して欲しい――七分待つという行動をする為に、現状の被害はないだろうが、エネルギーとなる危険性は否めない。
「えっと、えっと、七夕祭りの終わった後の小学校にドリームイーターは現れるみたいです!」
 周囲に人影がないのは好都合だが、淡い初恋を糧にしたドリームイーターはその心を蝕む様に攻撃を行う事だろう。
「具体的にはですね、『すきなひととしあわせになりたい』って童話みたいな恋がしたいって言う夢がドリームイーターの素になってるみたいなんですっ!」
 ――素敵な恋がしたい。
 誰しもが願うだろうその夢を武器にトラウマや怒りを駆使して戦うのだすだ。
「ドリームイーターは必ず七分以内に撃破して下さいね。消滅しちゃうと、倒せなくなっちゃいます……!
 あと、七夕の日に一斉に現れたドリームイーターを過半数撃破できないと――……」
『モザイク落とし』が実現してしまうのだ。
 全てのドリームイーターの撃破に成功したならばモザイクの卵による事件は今後発生しないだろうということも予測されている。
「七夕の夢は、誰かの大切なおもいです! そんなものを、食べちゃうなんて許せません」
 誰かの夢見たしあわせが、叶わぬままになるなんて余りに切ない。
 折角、星が綺麗な夜なのだから、これ以上、夢が汚されぬように。


参加者
レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)
ナコトフ・フルール(千花繚乱・e00210)
七海・渚(真夜中・e00252)
藤波・雨祈(雲遊萍寄・e01612)
マサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・e02729)
ファニー・ジャックリング(のこり火・e14511)
マリアンネ・ルーデンドルフ(断頭台のジェーンドゥ・e24333)
ローデッド・クレメインス(灰は灰に・e27083)

■リプレイ


 手を伸ばせば星に届きそうな程、鮮やかな天蓋の下、マリアンネ・ルーデンドルフ(断頭台のジェーンドゥ・e24333)はゆっくりと穹を仰いだ。柔らかに揺れた金の髪は煌々と照らす月を帯びて鈍い輝きを帯びてゆく。
「願いはとうときもの、守るべきもの」
 言葉にすれば、余りに脆く感じられた祈り。七夕の日というドリームイーターにとって、お誂え向きの夜に吹く風は熱い。まるで熱に魘されたかの様な暑苦しい夜にレーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)は学び舎へと足を踏み入れた。
 グラウンドの土の冷たい感触が、火照る体を覚ます様に尽と足裏から伝わった。黒百合の蕾に揺れたフローライトは暗がりの夜に蛍の様にふんわりと明かりを灯した。
「人の恋路を邪魔するヤツは馬に蹴られて何とやら、だ。なぁ、レーグル」
 茫と照らされたのは肩口を擽る闇色の髪。焔を滾らせた両腕は優しい温もりで相棒の髪を梳いた。風に揺れた髪先を結い上げるレーグルは小さく欠伸を漏らし、煙草の火をじりりと燃やす藤波・雨祈(雲遊萍寄・e01612)の言葉に続きがあるものかと口先で弧を描く。
「人の夢路を邪魔するヤツも馬――より、ケルベロスに蹴られて何とやらだな」
「汝の蹴りはさぞかし痛むだろうな」
 からりと笑って見せた雨祈は暗がりに揺れる短冊へと視線を向ける。
 幼い少女の初恋は甘酸っぱいシトラスの香りを多分に含んでいるのだろうか。汗ばむ夏さえも爽やかな空気を孕ませる『はつこゐ』――その名を持つのは一度きりなのだと七海・渚(真夜中・e00252)は良く知っていた。
「初恋を邪魔するのは馬じゃ物足りないかもしれませんね」
 感慨深くなるのは年齢のせいだろうかと渚は伸びた背丈を実感する様に背の低い校舎の様子を見回した。低めの段差に、朝顔のプランターが並んでいる。朝顔と背丈比べする『何処にでもいる小学生』時代を過ごした渚は呪いにも似た白い数珠をじゃらりと鳴らした。
「七夕の短冊も、一生懸命に考えたんでしょうね」
「ガキには十分お祭りだからな。それは『奴さん』にも当て嵌まるんだろうが」
 白髪に僅かに見せる煤の様な黒。ちらつく焔を隠す様にゆっくりと綴じ込んだ左瞼がぴくりと揺れる。
 ローデッド・クレメインス(灰は灰に・e27083)は飢え渇く衝動を感じる様に疼いた左目を煩わしいと感じる様に小さな舌打ちを漏らした。
 立ち昇る煙を見上げ、白い息を吐いたファニー・ジャックリング(のこり火・e14511)が膝に手を付いてゆっくりと立ち上がる。燃える焔の髪は重たげに風に揺れ、量が増えつつある煙草が空になったことに気付き彼女は小さな伸びをした。
(「すきなひととしあわせに、か―――子供なりに真剣なんだよな」)
 ゆっくりと握り締めた愛銃。塵旋風の異名を持つ『ソレ』は何時にも増して重たく感ぜられる。
 固いグラウンドの土を擦る様に姿を見せた巨躯は夢を喰い散らかした事を表す様にモザイクがちらりと見える。
「俺、どうだったっけなあ」
 まあ、いいかと言葉を漏らし、ファニーは地面を蹴りあげた。


 恋は尊いものだ。勿忘草が如く、こころを返してくれるわけでもなければ。花水木の様に思いを届かせるのも難しい――ナコトフ・フルール(千花繚乱・e00210)は饒舌に語りブーケの如く鮮やかな華をその手に纏わせる。
「織姫と彦星の逢瀬が下、アルメリアに見護られる『初恋』を糧にしようとは、無粋」
 伸びあがったノイバラの蔓が、華を咲かせてグラウンドを這う。でっぷりとした躰に夢を詰め込んで、ドリームイーターが跳ね上がる。まるで、ボールが跳ねるかの様に動くドリームイーターを深紅の瞳で追いかけたマサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・e02729)は金の装飾を施したエアシューズで駆け出した。
「子供達が楽しみにしてる七夕祭りをぶち壊すなんて許せない!」
 異国のかんばせをしていれど、マサムネも日本の伝統に造詣はある。笹に揺れた短冊をその華奢な肩で守る様に彼は声を張り上げた。
 力強い歌声に背を押されローデッドが獣の如く貪欲に己の身を包んだ『塊』を振るい上げる。
 ドリームイーターに対する嫌悪感は幼い弱者からはく奪した願いが糧となっているという敵意からくるのだろう。グランドの土が砂埃を上げて舞い上がり、ローデッドの仕草と共に海が如く波を作り上げる。
「御機嫌よう、悪辣な夢喰いの卵――わたくしは、あなたに夢を渡しませんわ」
 頸から溢れだした焔が、声を発する度に小さく揺れる。漆黒のドレスを揺らし、脳裏に駆け巡った数式から一つの道筋を見つけたとマリアンネは穏やかな笑みをその唇に乗せる。
「こちらをご覧になって」
 誘う様に、囀る声音と共に放たれる痛烈な一撃にドリームイーターが怯みを見せる。彼女へと視線を奪われる様にぐるりと旋回した夢喰いは崩れた下手な化粧を施したかんばせに態とらしい笑みを乗せて腕を振るい上げた。
 鈍い音を立て、夢喰いを受け止めた拳銃が軋む様に弾丸を弾きだした。捻り上げた躰以上に、心に低く電流の様に流れ込むのは疵口をナイフが如く――口角が吊りあがり笑みを浮かべた青年がファニーを見ている幻想。
「―――」
 旧式の銃だと笑うことなくファニーはその青い瞳に不快感を浮かべる。飲み込んだ息が、僅かに跳ねた。
「君に捕えられる趣味はボクにも彼女にもないのさ」
 生憎ね、と芝居がかった口調で告げ、フリルシャツの袖を大仰に揺らし『美』の化身としてナコトフは朗々と告げる。握りしめた青薔薇の花束が奇跡を求める様にばさりと音を立てた。
 特徴的な錨の形をした花弁を袖口から取り出して、彼はひらりと踊る様に身を捻り上げる。
 声音を震わせ恋を謳い上げた夢喰いにレーグルは嘲る様に唇を歪めた。
「汝は『邪魔』が得意と見える。……まやかしに構うほど我も相棒も暇ではないものでな」
 彼が身を張り夢喰いを引き付ければ、その背後から雨祈が飛び込む。レーグルが盾ならば、己が矛であるという強い想いが青年を突き動かす原動力となる様に力が籠められる。
「刎ね飛べ、真火」
 五爪に灯る蒼焔。蒼褪めたその焔の色に重ねる様に送られる癒しは鮮やかな赤をしていた。
「――戦慄け、炎よ」
 言葉なくとも、視線を交えずとも『相棒』の行動は信頼の許で理解しているとその背が語る。
 広い背中が全幅の信頼を背負う様に、己もその信頼に応えられる『矛』となり、手となって見せると雨祈は「音痴な歌は聞かないぞ」と冗句めかした。
 鮮やかに天蓋を飾った星の下、暗がりを灯すかの如く、焔の気配を纏ってローデッドが走る。
 両の脚に力を込め跳ね上がり、靱やかに宙を駆けたローデッドは短く跳ね上がった耳先を立て警戒心を露わにする。
 後方で、大鎌を振るい上げた渚の元から『報せ』が聴こえるのを待つ様に――彼は、耳を欹てた。

 ――♪

 奇怪な歌声は何処か懐かしく、何処か甘酸っぱささえも感じさせる。
 それが初恋の味と言うものなのだろうかと渚は髪先一つ、己に触れる事のないドリームイーターの攻撃を見詰め夜色の瞳を瞬かせる。
 天啓はこの美しい夜空を彩る女神からの授け物だと彼女はその身を震わせる。四肢に力を込め、唇に乗せた蹂躙の言葉は1つの勝利の為に在るのだと願う様に。
「初恋は、辛い事も気にならなくなって、心が暖かくなるようなことだってあるんです。
 一生の思い出になる様な、ほろ苦くも甘い幼い恋心を邪険にさせるわけにはいきません」
 渚の癒しをその背に受けて、彼女の言葉に同意する様に大きく頷いたマサムネが仇敵たる竜の気配をその身に纏い両の手に力を込める。
 伸びた尻尾が固いグラウンドの土と叩き、明るい表情に僅かに翳をおとした不安を拭う様に首を振る。
「ちょーっと痛くしちゃうよ! どこかでもかかって来い!」
 怯えと不安を感じさせる普段の愛らしいかんばせには残忍な色が乗る。相手が『殺してもいい相手』だという事が大きいか――それとも、相手がマサムネにとって許せない相手であるからだろうか。
 きらり、と煌めく星屑が一つ空を駆けてゆく。その動きと同じ様に彼は、流れる様な足捌きでドリームイーターを蹴り飛ばした。


 まるで宝石の様な恋心だったと名無しの少女は頚を飾ったアクセサリーへと触れる。
 ドリームイーターのその胎に見え隠れする願いの存在が無性に彼女を闘いという渦中へと引き込むのだ。
 白銀の刃は、霧烟る街の気配を孕みその頭を落とす罪業をしかと切り裂いた。喉頚を掻き切る様に、流動戦で描かれた斬撃にマリアンネは止まること無いとカツリとヒールを鳴らした。
「わたくしは、すきなひととはしあわせには、なれません」
 愛した人の愛情が向けられない不安。愛した人の愛情が他者へと注がれる絶望。
 淑やかに幸福を祝福したマリアンネは、彼にとっての『妹』だったのだろうと自嘲する様に肩を竦めた。
 胸を巡った不快感。斬斬と共に、憂いを伝え上げるそれはその心に電流を流し竦ませる。
(「負けるわけには行きません――それで佳いのだと覚悟しなくては。
 あのひとが、幸福で有ればと願い祈って、わたくしは戦い(ここ)にいるのですから」)
 ふ、と風切る様に動いた夢喰いの身体をレーグルが受け止める。まるでクレヨンで塗りたくったような子供の落書きをその顔に張り付けた夢喰いが幼い声でけらりけらりと笑いだす。
 その精悍な両腕に掻き抱く事の叶わぬ人の姿を見て、苦しげに眉根を寄せた。
 心的外傷を振り払えずにいたのは、其処に居るのが愛おしい人だから。ぐん、と心の臓を突き刺す様な痛みを感じ言葉無くレーグルは息を飲む。
「レーグル」
 彼の傍を跳ねた弾丸が軌道を変えながら夢喰いへと突き刺さる。遠慮なく吹き飛べと明るい調子で告げた雨祈は『盾』の迷いを拭う様にリボルバー銃を充填し続ける。
「『夢』を見るには早いみたいだ」
「奇怪な目覚めだ。相棒、汝が唄に惑わされるものか」
 皮肉げに告げた相棒へと雨祈は「惑わないケド、俺が迷ったらお前が引きもどしてくれんだろ」とさらりと告げた。
 夢を喰らい、夢を抉り、そして心の奥底の願望を見せつけるかの如く。
 幼い学び舎でドリームイーターが『こども』の様に穏やかな笑みを浮かべて巨躯をしならせる。
「形勢不利も上等……『逆境で生まれる力』と言うものをお見せしよう!」
 ふわりと薫ったカモミール。織姫と彦星の逢瀬と言うロマンを悉く無碍にするのは我慢ならぬとナコトフは大輪を咲かすように大袈裟に動きを付ける。
 袖口から見せたカモミールがだしん、と地団太を踏む様に地面を叩きドリームイーターを雁字搦めに捕え込む。
「星よりも輝くのはボクだけでいいのさ。君にこの美しい舞台は似合わない」
 ばさりとシャツを肌蹴させ胸板を見せつけるナコトフに渚は「風邪をひいてしまいますよ」とさらりと返す。
 真面目な彼女の手元で鳴り響いたのはラスト2分を告げるアラーム。ナイフを握りしめる掌に力が籠められ、渚が「逆転の時間です」と淡々と告げた。
 ――望まれなくとも、罵られようとも、ただ、護りたい物がそこにあるのだから。
 女神の加護をその細腕に籠めて、投げ入れた鎌。その刃の鋭さに続き「さぁ、愉しい悪夢のはじまりだ!」とマサムネが両手を開く。
 新緑色の髪先を撫でた夏風と共に傷つく仲間達を支援する層が厚い事に彼は安堵を覚える。
 唸る夢喰いの腕を受け止めてファニーが「悪ぃけど、夜は静かにな」と弾丸を撃ち込んだ。
「5minutes……手こずらせてくれるよね」
「けど、こっからだろ」
 夏の暑さから額に浮かんだ汗を拭ったマサムネにファニーが涼しげな顔で告げる。
 未だ、胸中に残る『後ろ姿』をなぞり弾丸を放った彼女は「重てぇわ」と、親愛と恋慕の情が混ざり合った感情の名を探る様に呟いた。



 己の唯一無二を奪うデウスエクス。幸せになりたいというありきたりな願いは、その存在だけでもローデッドを苦しめた。
(「俺にはもう叶わなくなった願い――だからこそ、喰わせてやるわけにはいかねェ」)
 視界を過ぎるのは護れなかった彼女の影。取り戻せぬ痛みがその躰を劈いた。
 幼い夢は、いつだって希望にあふれていて。泥濘の如く、暗鬱とした思いを抱いて黒い腕は伸びる。
 未だ、恋を唄った夢喰いに、己の枯れた歌声の代わりに喉奥から漏れた焔を飲みこんでローデッドは呟いた。
「返して貰うぜ」
 一つ残さず、紡織の限りを尽くしたというならば。『狼の腹を捌く』様に。
「モザイク落としも、何より『その願い』を喰われるのは我慢ならねェ。
 ――手向けだ、受け取れよ」
 足先へ纏う薄氷色。冷やかな焔は烈々とその火を滾らせ、重力と共に堕ちてゆく。
 蒼の炎獄は鮮やかな華の如く、夢喰いの身体を蝕み――散り散りに消えていく。
 その華の気配を感じとり、袖口からマトリカリアをぞろりと見せたナコトフは茨の盾を軋ませながら朗々と「美しい――!」と告げた。
「人の『恋路』を邪魔する奴は、マトリカリアの毒で灸を据えてあげよう! ラストスパードだ!」
 ラスト・コールは堂々と告げられた。
 マサムネとナコトフの言葉に突き動かされる様に後方から雨祈が弾丸を跳ねさせる。
 軌道を追い掛けて、「相棒」と囁いたその声音にレーグルは口角を僅かに上げる。
「ああ」
 言わずとも分かっているとその背が告げる。夢喰いが悲鳴を上げて、幼い子供の様に駄々を込める。
 ずしりと響く様な重みがグラウンドに木霊して、暴食の卵の腕を払ったファニーは至近距離で弾丸を放った。
「折角腹一杯にしたとこ悪いけど、返して貰うぜ」
 肚の底へと堪った願いの残滓全てを返せとファニーは告げる。
 貫き、離さぬその意地ともとれた攻撃はぽっかりと穴を開けた。
 周辺を見まして、学び舎の前に鎮座した朝顔のプランターを背に、渚は幾つもの思いを護れたのだと胸を撫で下ろす。
「今です――」
 だからこそ、終焉を告げると彼女は低く言葉を発する。
 身をくねらせる夢喰いの脳天へと「じゃあね!」と明るく告げたマサムネの蹴撃が落ち、ドレスを揺らしたマリアンネが走り寄る。
 ――幸福を、どうか、佳き恋を。
「届いて、……わたくしの刃!」
 願おうと――『すきなひととはしあわせになれない』その恐怖を糧にマリアンネは声を張る。
 はらりと揺れた金糸を追い掛ける様に放たれた弾丸が雨の様に降り注ぐ。
 鮮やかな空の下、夢喰いの姿は似合わぬと静かに少女は頭を垂れた。
「誰も彼も、祈らずにはいられないのです」
 ぽつりと漏らされた彼女の言葉に、煌々と輝く星をなぞる様に視線を揺らしたファニーが愛銃を撫でる。
 共にを願う相手が居ない世界でどうすれば幸福になれるのだろうか。
 ローデッドの問いに応える声は聞こえない。
 伽藍堂の街並みに、似合わぬ姿が霧散して。残ったのは深く残った恋人の逢瀬の道。

作者:菖蒲 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 4
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