七夕モザイク落とし作戦～はやくげんきになりますよう

■リプレイ

●無垢な願いを
　真夜中の病院のロビーにルベルスは集った。
「病院で戦闘とは気が引けるが、ここでモザイク落としを止めなけりゃどれだけの人が苦しむか分からん。申し訳ないが少しの間だけ耐えてくれ」
　ジョー・ブラウン（ウェアライダーの降魔拳士・e20179）は声をひそめて言う。
「病気の子どもたちの切実な願いをこんな事に利用する、なんて絶対に許すわけにはいきませんね」
「みんなの、願いを……健康になりたいって、願いを、勝手に使うのは、よくないことだと、思います、です……」
「願いが叶うかどうかは分からないけれども、ここで食べられていい願いではないね」
　ヴァルリシア・ゲルズ（シャドウエルフのウィッチドクター・e11864）、シェスティン・オーストレーム（小さなアスクレピオス・e02527）、玖々乱・儚（参罪封じ・e00265）も続けた。
「連携と声かけをしっかりしましょう。施設は病院ですし、周りに被害を与えるわけには行きませんしね」
　弘前・仁王（魂のざわめき・e02120）を中心とした打ち合わせはもう済んでいる。
「病気が治りますように……か。昔の私を見ているようだ」
　神野・雅（玲瓏たる雪華・e24167）がぽそりと呟きながら、キープアウトテープを張っていく。
「どれほど切なる願いなのか、まあ多少は分かる……つもりだ。黙って食わせてやるわけにはいかないな」
　病院のスタッフに事情説明をして避難させ、戻ってきた櫟・千梨（踊る狛鼠・e23597）は、テープが張られる間、周囲確認につとめた。どうやら誰もいない模様。
「シェスちゃん、弘前店長、皆お待たせしました。子どもたちに『夏の星空を見よう・眠れない夜に』という冊子を渡してきましたよ」
　アニマリア・スノーフレーク（疑惑の十一歳児・e16108）の、穏便に病室から星空を見ていてもらう作戦だ。
　さて。
　七夕飾りの足元で、モザイクの卵は蠢き、──孵化した。
「モザイク落とし……再び起きさせるわけにはいきません。確実に止めていきます」
「事は密かに済ませたいね」
　仁王と千梨が言う背後で、儚は五分を告げるタイマーをセットした。自分が倒れても大丈夫であるように、少々大き目な音のする、頑丈な時計の。
「我は盾、しかし今宵は茨の盾となりて他が血肉を抉り取らん」
　自分の役割を思い、最適な解を導くための、戦闘開始の儚の呪文。
　──始まった。
　目の前で膨らんでいく産まれてはならなかった存在を、ツルクサの茂み如き触手で締め上げたのは仁王。先制初撃にドリームイーターは驚愕したようだった。相棒！　と言われるが早いかボクスドラゴンが軽微でもダメージを与えに向かう。
「申し訳ないですけれど、叶う夢を選ばせて貰いに来ました」
　軽く手を振りノックした自身の武器で、その傷口を斬り裂き広げたのはアルマニア。そこにシェスティンがウイルスカプセルを投射し、伏線のようにアンチヒールを付与させた。
　七夕祭の花火のように、色とりどりの爆風が咲き乱れる。雅の援護は最前列の三名に。
「そこで震えて止まってな！！」
　力強い踏み付けが、地面を伝わり衝撃と振動となって敵を襲う。ジョーに足場を崩され、夢喰らいは歩みを阻まれた。そこにマリアがビハインドアタックを仕掛ける。
　いくよ、テレ。ぼーっとしてる時間も、遊んでる時間もないよ。儚がフロストレーザーを撃ち込み、テレが凶器攻撃で続く。──きっちり倒して、モザイクのかからない願いを星に届けるよ。
「子どもたちの安眠を妨害するような真似は謹んでもらいます！」
　ヴァルリシアの構築した雷の壁が、前衛に護りを与えていく。千梨の放つ半透明の御業に鷲掴みにされ、いよいよ敵は動きを鈍くする。
　孵化したところを滅多打ちにされたドリームイーターは、自らを回復させようと『集中治療』を使ったが、完全回復するにはアンチヒールが邪魔だった。

●切なる祈りを
　周辺へ被害を与えないように。狙いすまして仁王はオーラの弾丸を放つ。追撃に竜のタックル。アニマリアは刃に虚を纏わせて激しく斬りつける。
「ビビ各位に、伝達。護衛モードから、支援モードへ、移行……散開！」
　シェスティンが展開した高機動蜂型ドローンが前衛の命中力を上げていく。アニマリアがひらりと手を振った。
　雅のブレイブマインは今度は中衛に向けて。敵の急所を電光石火の勢いで蹴りつけたのはジョー。吹っ飛んだモザイクの塊に、マリアが今度は足止めをかける。新たな傷を儚がジグザグで広げていき、そこにテレも突っ込んでいく。
「子どもたちの切なる願い、其れをこんな事に利用させはしません！　全力で討ち倒して見せます！」
　怒りは護りとなり、ヴァルリシアは雷の障壁を打ち立てる。千梨が召喚した氷の兵は、真正面からドリームイーターを貫いた。
　敵から不穏な気配が迸る。『熱病の悪夢』そう予知されていた攻撃が、雅に飛ばされた。やらせない、と仁王は溜めたオーラで雅を包む。隙を作らせまいとするように、その相棒が敵に襲いかかる。
「開け煉獄の門、来たれ焔の刃よっ！」
　アニマリアの翼の炎が地面を穿ち、巨大な剣を生成した。地の力を利用した神速の居合抜きが、敵の腕らしきものを斬り飛ばす。
　シェスティンの電気ショックは千梨へと。雅はオーラを溜めて自らを癒す。
　ジョーは再びオリジナルグラビティを放つ。砕けたロビーでドリームイーターはそれでもまだ倒れはしない。マリアも補佐するように攻撃を続ける。
「怒り狂う茨よ、敵の縛り、苦しめよ。深く深く傷を刻め」
　まかれた茨の種は急速に成長して敵を締め付ける。もがけばもがくほど傷は深く広がっていく、参罪封じの強力な技。そのサーヴァントもざくりと傷を突く。
「貴方が犯した罪に相対する時が来ました！　自分の過去に向き合ってください！」
　サリエルの名のもとに呼び出した鏡が、犠牲になった人間たちの幻を見せつけトラウマを引きずり出す。敵が苦悶に歪んだように見えた。
「祈りに力を、御業よ躍れ」
　千梨の神域結界に降ろされた龍は、宝玉の盗人と捉えたドリームイーターに怒りをもって喰らいつく。
　数多の攻撃を受けながらも、ドリームイーターは『心を抉る鍵』でアニマリアを斬り裂いた。仁王は素早くストラグルヴァインで敵の動きを封じ、サーヴァントも攪乱するように動くが、遅い。アニマリアは眼前の厭わしい記憶に歯噛みしながら、ドレインスラッシュを、命中させることが出来なかった。
「アニマリアお姉さん！」
　シェスティンの電気ショックがアニマリアの傷をどうにか癒す。雅も気力を溜めて飛ばし、忌まわしい幻を消し去った。
　ジョーの力強い足技で敵は遠くまで飛ばされる。マリアがそれを追うようにポルターガイストで傷を追加する。
　素早く動いた儚が鋭く傷口を斬り広げ、テレも従うように攻撃を重ねた。影のような見えない斬撃を繰り出したヴァルリシアに、急所を掻き切られたと敵が気づいたのは彼女が身をかわした後。
　千梨は禁縄禁縛呪で追撃を防ぐように相手の動きを止めてやる。
　あと一歩、あと一撃を、確実に。畳みかけようとした瞬間、ドリームイーターはモザイクを揺らめかせ、受けた半ば傷を治してしまった。

●人の強さを
　オーラの弾丸が、仁王から放たれた。竜も相棒らしく怯んだ敵に追い打ちをかける。隙など作らせず、アニマリアの大剣による居合抜きが不可避の斬撃を叩き込む。
　シェスティンのエレキブーストはアニマリアに。雅の援護のための爆風は、後列に向けて。
　地面を伝うジョーの衝撃波は、ドリームイーターの足をも砕く。マリアのビハインドアタックも微小ながらも確実に敵の命を削っていく。鈍った動きをよしとして、儚が凍結光線を発射し瞬時に相手から熱を奪い去る。テレも続いて攻撃を撃ち込んだ。
　ヴァルリシアの怒りが、相手にトラウマを見せつける攻撃を今一度。虚脱状態に陥った敵に、千梨のフロスト・ランスナイトが炸裂した。
　敵はまだ斃れない。熱病に浮かされるような悪夢のモザイクでジョーを禍々しく包み込む。
　時計が激しく鳴り響く。既に五分が経過した。儚のタイマーがそう告げる。
　それでも負けてはいられない。
　何が何でも。守るために、防ぐために、生きるために生かすために。
　幾度でも締め上げる。仁王は蔓触手形態に変化させた武器に力を籠めた、相棒を強く呼びながら。
　アニマリアは斬撃を浴びせ、傷口から生命力を奪い自分のものにする。
「地球に味方する者のエゴで、叶って良い夢を選ぶ……傲慢かもしれませんがそれで助かる人が出るならそれでよしです」
　高速演算は成功、構造的弱点にシェスティンは痛烈な一撃を浴びせた。
　もう一歩。あと少し。回復される前に。メディックの雅も攻勢に転ずる。雷一閃、神速の突きがシェスティンが与えた傷を更に穿った。
　ジョーの蹴りも弱点を狙い、精一杯の全力で。同じ個所をサーヴァントも続け討つ。
　惨殺ナイフは見事に正確無比に傷口を斬り広げ、そして儚はスタリと身を翻す。そこにテレが全身全霊で突っ込んでいく。
　必ず止めてみせる。その誓いで、ヴァルリシアのチェーンソーは唸りを上げる。斬り裂かれた傷口から、ぼろぼろとモザイクが零れていくようだった。
　千梨の動きは味方にすら見えていなかったろう。刃はモザイクの一部を、確かに斬り落とした。
　ここで回復をされてしまったら──ならば攻撃される方がまだましだ！　八名とサーヴァントたちは身構える。ドリームイーターの取った行動は、ただ目の前にいた千梨に、病魔の悪夢を見せる、最悪の事態ではないそれ。
　けれど呼び覚まされた千梨の記憶は、病弱だった昔の、泣いて辛くて心細くて、弱い自分が悲しかった、夜。
　……ああ、酷く感傷的な気分にさせてくれるな。快癒の願いを糧に生まれたお前が、其れを冒涜するんじゃない。
　冒涜するんじゃない。
　千梨は、倒れない。
　残りは一分。全ての力はこの瞬間に。

●美しい音色を
　オーラの弾丸が敵に喰らいつく。仁王渾身の気咬弾が、確実性を持ってドリームイーターに叩き付けられた。飛び散るモザイク片が砕けたロビーの床に散る。
「相棒！」
　呼応してその傷口をサーヴァントが抉る。
　開く煉獄の門。大地を鞘に放たれる炎刃居合斬りは、アニマリアのこれで最後の覚悟を籠めて。
　ひらりと身を翻したアニマリアの背後から、シェスティンの破鎧衝が撃ち込まれた。痛烈な一撃が、モザイクを、砕く。
「今宵語りしは名も無き英雄の譚──彼は差し伸べる者、自らの身も省みず弱者を護る剣であった」
　亡き友の人格を宿し、雅はその太刀筋を再現する。宿されたのは亡き友の人格。『二の太刀要らず』と呼ばれた流派に似た構えは、凛々しく、正に英雄のごとく。切り伏せられて敵は本来の姿を失った。
　再三に渡って放たれた漢牙龍震脚も、これ以上はないという力でもって。泣いても笑ってもこれがジョーの最後の攻撃だ。マリアの助太刀も、これで最後。
「怒り狂う茨よ、敵の縛り、苦しめよ──」
　儚は詠唱する、激情惨種を。
　攻めて、攻めて。守るために、攻める。その思いに応えるようにテレもはしる。
　ヴァルリシア・ゲルズの月天使の鏡が、敵の心のはらわたを引きずり出す。
　呆然としたように、動きが止まる。
「龍宮の守護神は──生ある者を追い立てる」
　祈りに力を、御業よ踊れ。千梨の散幻仕奉『龍』。儚い舞台に龍が舞い降りる。
　龍は眼前の敵を、鋭い牙にかけた。
　モザイクが、砕け散る。
　ドリームイーターは、消滅した。
　七分間の時間制限によってではなく、ケルベロスの手によって。
　間に合わせることが、出来たのだ。
　八名は両肩から力を抜いた。
　そして後片付けに入る。一般人に被害が及ばずよかったと思いながら。
　雅、ジョー、ヴァルリシアが砕けた床にヒールをかけていく。アニマリアとシェスティンは椅子や七夕飾りを丁寧に元通りにしていった。
　ヴァルリシアは戦闘の音で起き出した者がいないかを確認し、こわごわと様子を見に来たナースにもう安全だという旨を説明した。
　その背後にいた小さな子どもに、千梨は優しい嘘をつく。
「ん、七夕の願いが叶うようにと、ケルベロスが秘密の魔法をかけてるところだ」
　寝間着姿の子どもはこくりと頷き去っていく。
　星に願いを届ける日、七夕の短冊なんていつ以来飾ってないか憶えていないけど、昔はウキウキと願いをかいていた気がする。そう思いながら、短冊の一枚一枚を儚は見つめた。
（『痛い、苦しい』）
　かつて不治の病で苦しんだ雅は、同じように病で苦しむ子どもたちの想いに思いを馳せた。
「全部分かる──アレは昔の私の願いだったから」
「帰ったら相棒にも手伝ってもらって私も七夕をしましょうか。デウスエクスによる被害が少しでも少なくなるように、ローカスト・ウォーで勝てますように」
　私たちは頑張りますので見守っていてくださいと。仁王は穏やかに、しかし決意を籠めて口にする。
「さて、早々に離脱しようか。いつまでも病院で騒いで、入院患者に負担をかけるわけにはいかないからな」
　ジョーの声に皆は頷き、修復を終えたロビーを後にした。
　後に残るは、さらさらと鳴りだしそうな、純粋無垢な、願いたち。

作者：古賀伊万里	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年7月15日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 0／感動した 0／素敵だった 1／キャラが大事にされていた 8
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