七夕モザイク落とし作戦～星の巡り人

■リプレイ

●七夕の闖入者
　談笑、足音、店内ＢＧＭ。穏やかな日常が生み出す音で溢れたそこは、七夕イベントの空気も手伝ってどこか華やかだ。しかし、ランスロット・グレヴィリウス（孤狼の遠吼・e04203）の鋭い眼差しは広場の時計だけを見ていた。
（「７分、か」）
　今回、７分以内の撃破という制限がある。戦いに人々を巻き込まないよう、ケルベロス達は到着して即、行動を始めていた。
「突然すみません、わたくし達はケルベロスなのですが……」
　シグリッド・エクレフ（虹見る小鳥・e02274）の名乗りにきょとんとした警備員は、事情説明を受け、すぐさま無線で館内放送の手配を始める。近くにいる者と協力するので避難誘導は任せてください、と胸を張る警備員へ、シグリッドは丁寧に頭を下げた。
　お客様へお知らせです――そう流れ始めたのと同時、アリシスフェイル・ヴェルフェイユ（彩壇メテオール・e03755）の放つ殺気で人々が離れ始める。
「皆、今すぐイベント広場から離れるのよ！　戦闘に巻き込まれるわよっ！！」
　早く。そう訴えた少女の蜂蜜色の目は異常を捉えていた。
　奪われていく短冊、形を成す巨体。織姫と彦星を一体としたようなドリームイーターが、笹竹の前に生まれる。微笑するだけの目は笹竹を見つめるばかり。だが。
「そいつは危険よ、早くそいつからはなれて！」
　亜桜・真音（みにまむれでぃ・e09889）が『声』を響かせた直後、二重の攻撃で巨体が震えた。
　人々の避難は声掛けに留め、実際の誘導を警備員に任せた事が素早い攻撃開始に繋がっている。故に、夢喰いの誕生と同時に始まった戦いは２人の少女から始まった。
　刃とウイルス――アリシスフェイルの繰り出した神速の突きと、シグリッドの放ったカプセルから成る連撃が巨体を震わせ――夢喰いの微笑が少女達を捉え、鈴の音が響く。
　動きを見せた巨体に悲鳴が上がり、避難の動きは一気に加速した。
「ケルベロスよ、もう大丈夫。慌てないで出口に向かって！」
　シュネー・アップフィル（ウェイワードプリンツェスィン・e21763）の言葉に、警備員達の誘導が付随する。その最中起きた爆風は、夢食いと対峙するケルベロス達をカラフルに彩った。
　一瞬だけ響いた子供達の歓声。ヴィルヘルム・アードラー（ウェアライダーのブレイズキャリバー・e21790）は、ふ、と息を吐く。
　柊・弥生（癒やしを求めるモノ・e17163）も『声』を響かせ、彼女の箱竜・りゅうに守られた人々は一塊の波となって遠ざかっていった。
　一瞬だけ人々の方を見たステラ・ラプストラテスラ（幼語りのパストゥレル・e20304）は、笑顔からきりりとした表情で夢喰いを見る。
「『ステラ・マジカ』、紫色！」
　繰り出したのは両親から受け継ぎ、そして創り出した魔法。紫の光放つ薬液の雨となって前衛陣の頭上に降り注ぎ、力を与える一雨に翼猫・リシアリジスの羽ばたきが加護となって重なった。
　しゃん、しゃらん。
　鈴の音である夢喰いの声は理解不能で、風船のようにぽこぽこ飛び出すハートや浮かべる微笑は親愛の情にも見える。だがそれは上辺だけ。中身など無い。
　織姫と彦星、女と男を混ぜたような夢喰いが乗り込んだ牛車は、大きなカーブを描きながら宙を駆けた後、猛烈な勢いで後衛目掛け突っ込んできた。

●巡る想い
　振りまかれるハートと痛み。だがランスロットを庇った箱竜・バッシュフルはすぐに立ち上がり、ステラを守ったヴィルヘルムに属性を注ぐ。癒しで耐性が高められた背後で、今度は非常に明るい爆発が起きた。
「沢山の人の願いを食べていくなんて悪い子ね。アルタイルとベガも、１つの身体になんてされたら会えないじゃない」
　仲間達の背を押したシュネーは凛と声を響かせる。その視界に映るのは光剣を手に飛び込んだ真音だった。
「すてきな夢をふみにじる奴はまお、きらい！　いくわよ、えーいっ！」
　小さな体に素敵な七夕をした夢喰いへの怒りを漲らせ、皆の願いが詰まった短冊を返してと果敢に挑む。しかし夢喰いは微笑したまま身を翻し、鈴の声を響かせた。その身にりゅうのブレスが降りかかった直後、夢喰いをグラビティが包み込む。
「誰の夢も壊させはしないよ……夢は……奪わせない……」
　弥生の『現ヵ夢幻ヵ』に魅せられて、夢喰いは微笑んだままキョロキョロしている。
　夢は叶うから綺麗なのに。七夕にぶつけてきた敵への怒りを燻らす弥生の後、ぴたりと続いたランスロットが、ああ、と口を開いた。
「七夕に願いを込めた心を踏みにじるみてぇな行為は許せねぇな」
　奪われた短冊は夢喰いの胸元に、未だ。守る為の一撃は一点を突く槍撃の如く、夢喰いの肘を撃ち貫く。
　直後、アリシスフェイルは『鋼の鬼』の拳を振り上げた。しかし夢喰いを捉えきれず、豪拳は床に凄まじい亀裂を刻むのみ。
　飛散する欠片の向こうで、夢喰いの鈴音が響いた。舞うような姿、その胸元にある短冊はこんな事の為に願いを込められたのではない。シグリッドは勿忘草咲く金糸の髪を揺らし、一気に踏み込んだ。
「織姫と彦星の逢瀬を願う純粋な想いも踏みにじる行為です。……許せませんわ！」
　２本の電撃杖を叩き込めば、落雷の如き衝撃が夢喰いの中で爆ぜながら走る。
　しゃん、しゃん、とけたたましい音を響かす夢喰いの傍で、ヴィルヘルムの操る黒鎖が足下を駆け抜けた。
「願いを力に。愛に溢れタ――か。だガ、願いは、願いダ」
「そうだよ！　だから私達で、止めるの！」
　沢山の、きらきらとした真心からの願いが誰かを傷付けるなどあってはいけない。ステラは再度、紫に光る雨を降らせ、リシアリジスの羽ばたきが後衛に贈られる。
　短冊に書かれた願いは星空に託されたもの。夢喰いのものではない。
　そう突きつけるケルベロス達の攻撃に、言葉に、夢喰いが掌からモザイクを生み出した。それは一瞬で長方形と細い棒状になり――しゃん、しゃららん――今したためた句はどうですと言わんばかりの仕草に、アリシスフェイルの目が吊り上がる。
「愛の句したためて回復するのは分かるけど、人を傷つけまくって愛とか愛とか冗談も大概にしなさいよね！！」
　それに何て書いたのか全く読めない、のはまた別として。
　バッシュフルから力を貰ったシュネーは、密やかな斬撃で痛みと共に傷と呪いを広げ、りゅうの一撃から間髪入れず爆ぜた弥生仕込みの不可視の地雷が、夢喰いのバランスを崩す。
　真音はその巨体を真音は捉え――高速演算から見抜いた一点目掛け、一撃。
「ボロボロになっちゃえ！」
　叩き込んだ瞬間モザイクの一部が弾け飛ぶ。一瞬だけ時計を見たランスロットは、そのまま戦場を風のように駆け、炎纏った蹴りを見舞って言った。
「あと５分だ！」
　伝えられる情報。何人かが返す礼の言葉。その僅かな間も、ケルベロス達は１分１秒も無駄にすまいという苛烈さで攻撃を繰り出していった。

●刻々と
　夢喰いの浮かべる微笑は、強力接着剤で貼り付けたように動かない。だが、時間と戦況は違う。
　初手で前衛の攻撃力を上げる。攻撃よりの編成で挑む。その事が、防御力に優れた夢喰いへの対抗策として、じわじわと効果を発揮しているのだ。それを強く感じていたのは、攻撃の要となっていたクラッシャーの２人だった。
　ひゅ、と振るわれた２振りの太刀筋が、空間ごと断つ勢いで夢喰いを斬る。その深さにアリシスフェイルは笑みを零した。
「あなたがディフェンダーだって事、たまに忘れそうになるわ」
「同感ですわ……！」
　シグリッドは星空から降ろしたような銀光の蠍を武器に宿し、仲間への信頼を浮かべながら叩き込んだ。
　敵の防御力は、『愛は守るもの』と訴えていたのだろうか。しかし、オラトリオの少女が思うのは、『時には、ぐいぐい攻めて行く愛も必要』だという事。そしてその『時』は、『今』。
「皆さんの想いと愛を、力に変えてみせますわ！」
　掲げられた毒尾の一撃は強烈な痺れを与え、夢喰いに鈴音の悲鳴を上げさせる。
　序盤以降も、ヴィルヘルムの起こした爆発が、ステラが降らせた雨が、一撃一撃の重みを更に上げていた。
　それだけではない。ケルベロス達が用いた攻撃は、時に夢喰いの行動を阻害し、時に与えた傷や呪詛を広げていた。誰かの攻撃が、誰かの攻撃を助長していたのだ。
　時に躱され、時に攻撃の流れが上手く繋がらない事はあったが、今回の相手は１体のみ。癒しも重ねながら戦うという、８人と３体から成る『７分以内の撃破』という意志の前では、大きな問題にはならなかった。
「『Ich zeige Sie im Garten』――」
　シュネーの紡ぐ声が花蔦を喚ぶ。それは一瞬で夢喰いの巨体に絡み付き、色鮮やかな花の檻を作り上げた。もがく様に弥生は不敵に笑み、ランスロットと視線を交える。
「そろそろ……終わりにしてあげるっ！　行くよ！　ランス！」
「ああ、残り２分だしな！」
　弥生が爆破スイッチを押した瞬間に不可視の爆弾が盛大に爆ぜ、ランスロットの撃ち出した銃弾も、目にも止まらぬ速さで跳び回る。
　銃弾が夢喰いを撃ち抜いた時にはもう、真音は高速演算を終えていた。円らな青い瞳に決意を浮かべ、にっこり笑う。
「モザイク落としなんて、させないんだから！」
　夢喰いがふわり躱そうとする――が、数回『愛』を詠んでも祓いきれなかった呪詛が、夢喰いを捕らえた花檻が、それを許さない。
「皆の夢、想い、願いを叶えるより先に、人と世界を壊すような星は砕いてあげるわ」
　星が巡り、落ちるなら、その前に自分が流星を落として砕く。アリシスフェイルはそう宣告し、左手甲に翼広げた竜の姿を現した。黄と橙の光と共に見舞った一撃は正に一瞬。夢喰いの体を容易く突き破る。
「リシア、私達も頑張ろ！　それっ！」
　ステラが元気に電撃杖を振り下ろせば、迸った雷撃に触発されたかのように、リシアリジスがふさふさの尾から舵輪を放った。
　重ねられた電撃と衝撃。そこへ重ねるように真っ直ぐ降ってきたのは、シグリッドの手から放たれた、治癒阻む力を持った神殺しのウイルスひとつ。
　当たると同時にそれはパキンと割れ、溢れた力が夢喰いを――夢喰いだけを、呑み込んでいく。
　最期の鈴音を響かせた夢喰いの巨体が、砂の城のようにぼろぼろと崩れ始めた。しゃらん、しゃらん、と響いていた音が徐々に弱まり、やがて消える。
　シュネーは夢喰いのいた場所にしゃがみ、手を伸ばした。
「願い事はあなたのものじゃないから返してね。よくわからないけれど、貴方のとっていったそれは願いなのでしょうし」
　少女の手にあるのは、取り込まれていた短冊達。

●星は巡る
　奪われた物を取り返したケルベロス達は、戦闘の痕をヒールして回る。床には時折星のような光が瞬くようになり、様子を見に戻ってきた警備員を笑顔にさせていた。
「七夕イベントやってたからかしら」
　一息ついたアリシスフェイルから少し離れた所では、ランスロットが弥生の頭を撫でていた。
「お疲れ、弥生」
「ランスもね」
　額に口づけられた弥生はくすぐったそうに笑い、傍らの箱竜も労う。
　短冊が付けられた笹竹は、ケルベロス達が戦闘中配慮していた事もあり、傷んだ様子は見られなかった。警備員達から遅れて戻ってきた人々は口々に礼を言い――戦いの後だが、お祭好きの国民性がそうさせるのか、七夕イベントはごく自然に再開される。
　そうなると、そのお祭雰囲気に惹かれる事もある訳で。
「私もお願いしよっと……ええと、『ランスとずっと笑って居られますように』」
「……！」
　人々が短冊に託した願いを見上げていたランスロットは、弥生の願いに一瞬目を見開く。だが、鋭い目にはすぐ愛情が滲み始めた。大切な人と一緒にいられる――その事に感謝せずにはいられない。
「ねぇ、ヴィー、これってところで何かしら」
　短冊を手に不思議顔。そんなシュネーを見たヴィルヘルムは、まだ何も書かれていない短冊を手に取り、渡す。
「短冊だナ。願い事を書イて、笹に括れバ、願いが叶うラしい」
　知識は偏っているかもしれないが。そう付け加えれば、シュネーは気にした様子も無く、ペンを手に取っていた。
「じゃあ」
　『これからも一緒にいられますように』。目の前で書かれた内容に、願いを持っていなかった男は苦笑する。
「願いなんてこんなものよね」
「そウだな。そレも、願いか」
　否定も、肯定も難しい。少し揺れた尻尾は目の前の少女に見られる事はなく、願い事の書かれた短冊が笹竹に括られていくのを、男はじっと見ていた。
　賑やかさを増す中、シグリッドも目を煌めかせペンを取る。
「わたくしも短冊を笹に吊るしたいですわ！」
　その表情は、ペン先が短冊に触れた瞬間、真剣なものに変わった。星空に届くよう、淀みなく書いたのは『お兄様が、早く元気になりますように』。
　仲間達や人々の様子を見ていたステラは、その目を笹竹へと向けた。
「たなぼた、素敵なイベントだね！　皆の願いごと、叶うといいなあ」
　緑を彩る５色の願い。
　そこに綴られた想いも夢も、宙で瞬く星々に届くのだろう。

作者：東間	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年7月15日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 3／感動した 0／素敵だった 2／キャラが大事にされていた 2
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