七夕モザイク落とし作戦～一足お先に卵は笑う

■リプレイ

●欠片散らして
　ガガガガガ、ガガガガガガガッ……。
　暗い神社の境内に、硬い音が響き渡った。砂利が敷き詰められた広い境内の中央で、一本の笹が夜風に揺れる。
　そして、たなびく葉っぱと短冊の下には、異形の巨人がたたずんでいた。
　3メートルほどの体に、モザイクでできた短冊のミノ。モザイクの原稿用紙を左手に持ち、ペンとなった腕で削るように何かを刻む。猫背で作業をする姿はまさに、執筆に没頭する小説家のようだった。
「……。……」
　ガッ、とモザイクの欠片を弾き、走るペンが停止した。
　ひんやりした夏の風が巨人のミノをもてあそぶ。ミノから覗く口元が、一文字に引き締められた、その直後。
「！」
　境内に、突風のごとき殺気が吹き荒れた。さっと顔を上げた巨人の目に入るのは、夜空に輝く魔法陣と二本のロッドをバチのように構えたシェリン・リトルモア（目指せ駄洒落アイドル・e02697）。
「空間魔法陣『雷胴』、展開っ！　さぁ響かせますよっ！」
　天高く掲げた杖が、白い月光を跳ね返す。危機を察知した巨人が左手を上げると同時、シェリンはロッドを振り下ろした。
「ダン！　ダカ！　ダァンッ！」
　衝撃を受けた魔法陣が、三発の雷弾を吐きだした。雷鳴響かせ突っ込んでくる雷の進路を、巨人はモザイクの紙で遮る。どぎつい虹色の原稿用紙は雷弾を受けて爆発、ガラスに似た欠片を散らす。そして。
「行きます」
「……っ!?」
　黒い煙が一閃された。巨人のわき腹を斬りつけた光の剣が、傷口を容赦なく爆破、その巨体をわずかに浮かせる。
　噴煙切り裂き現れたのは、波打つ淡紅藤の髪を揺らし砲身を抱えたエルフ、アリエータ・イルオート（戦藤・e00199）。巨人を無理矢理吹き飛ばして着地した彼女は、すがさま声を張り上げた。
「今です、リンさんっ！」
「はいっ、すよっ！」
　一回転し上がった顔に、リン・グレーム（銃鬼・e09131）の鋭い飛び蹴りが突き刺さる。こぼれる巨人のうめき声。星の重力を乗せた蹴りは、陰気な巨体を笹の前から弾き飛ばした。
　砂利の上を転がりながらも、どうにか立ち上がる巨人に、リンは毅然と言い放つ。
「さて、作家の夢で模られたドリームイーター……恨みはありませんが、モザイクなんて落とさせるわけにいきませんしねぇ。……狩らせて貰いましょうか。ディノニクスッ！」
　エンジンを激しく吹かせる一陣の風。全力で疾駆する恐竜のような姿のライドキャリバーに乗ったラリー・グリッター（古霊アルビオンの騎士・e05288）は、星座と聖歌が刻まれた剣を抜く。
「七夕の願いを悪用する……あなた方なりに考えての作戦なのか、やぶれかぶれの捨て身の策か！　どちらにせよ成功なんてさせません！今回はいつも以上に全力でいきますっ！」
「……」
　向かってくるは、銀の騎馬にまたがった騎士。夜に似合わぬ黄金の光に、巨人は右腕のペンを走らせる。散ったインクは醜い亡者の姿を以って、襲撃者たちに奇声とともに襲いかかった。
「とうっ！」
　走行するバイクを足場にラリーが跳躍、ディノニクスは車体を大きく倒してスライド。二者の間をすり抜けた亡者に、聖なる光が降り注ぐ。
「シキッ！」
　亡者の群れをかき消したアシュレイ・クラウディ（白翼の騎士・e12781）が、相棒に命じる。オルトロスは一声鳴くと、剣を加えて走り出す。上下と真正面からの攻撃に、巨人は再び手を挙げる。にじんだモザイクが原稿用紙になろうとした瞬間、その手の平を一本の刀が貫いた。
「悪いわね。執筆作業は一度休止よ」
　電光弾ける刀の主は、フレック・ヴィクター（武器を鳴らす者・e24378）。憎々しげに背後をにらむ巨人の足を、火水木・雪花（ロストアルテミス・e28275）が切り裂く。二人は返す刀でミノを斬り、素早く後退。膝をつく巨人の肩に、ラリーの剣が突き立った。
「…………ッ！」
　声なき絶叫を上げ、ペンが無茶苦茶に振り回される。インクの飛沫に染まった砂利を踏みしめ、エヴァリーナ・ノーチェ（泡にはならない人魚姫・e20455）はアルミの装甲を身にまとった。
「攻撃は……最大の防御ッ」
「援護します！　ラリー、下がってください！」
　アシュレイの白銀の鎖が、ラリーの腹に巻き付き、引っこ抜く。傷がモザイクの血を吐き刀身を濡らす。ディノニクスに足を打たれ、倒れ込む巨人に、エヴァリーナの鋼の拳がたたき込まれた。宙に浮く巨体を、シキが斬りつけ駆けぬける。
　ギリギリ響く歯ぎしりの音。巨人は地面に広がるモザイクの血溜まりにペン先を突き刺した。波打つインクの池。
「エヴァリーナさんっ！　危ないっ！」
「え？」
　ごぼごぼ無数の泡を立てるモザイクから、無数の手が突き上がる。亡者の指が水鉄のドレスに触れる寸前、アリエータはインクの池に手の平をかざす。
「やらせはしません……凍りなさい！」
　放たれる蒼氷の螺旋。季節外れの冬将軍は地面と巨人の膝下をまとめて氷結。用紙を取り出し、エヴァリーナを引きはがした背中に、フレックは光の翼を広げて陽炎ゆらめく魔剣を振るう。コロナのような烈火の剣が夜を塗り替えうなりうねる。
　足をぬいとめられた状態で、巨人は背後に用紙を投げる。エヴァリーナは隙を突いて後退、シェリン、雪花と入れ替わる。
「時間がありません。早めに倒さないと！」
「ええ。さっさと倒して、織姫と彦星の逢瀬を祝いましょう。虎狛！」
　二刀流の二人に、子猫の虎狛は小さな羽をぱたぱたあおぐ。邪気を払うそよ風の加護。ロッドに稲妻、刀に霊力を込めて走る。
「…………」
　巨人の口がぼそぼそと何かを呟いた。呪詛か、あるいは詩の一節か。業火に巻かれた言の葉は、凍れる大地に亀裂を入れる。
　障壁と炎がぶつかり、爆発。逆光が巨人を覆い、影がせり上がった。
「二人とも、伏せてください！」
　反射的に頭を下げるシェリンと雪花。頭上を極光でコーティングした銀鎖が踊る。氷の封印を力尽くで破った亡霊たちが悲鳴とともに消えていくが、怒涛のごとく奇声を上げて迫りくる。
「牡牛を守護せし宝玉よ、邪を払いて癒しをもたらせ！　Изумруд Заслон……展っ開！」
　二人を飲み込みかけた亡者の波が、翡翠の光に阻まれた。ドーム状に展開されたエメラルドのバリア。その頂点に、リンが着地。バスターライフルを肩に担ぐ。
「ったくもーしつこい！　もっかい凍れっす！」
　巨大な銃口から、青いレーザーを発射。たちまち氷の橋が亡者の海を乗り越え、ラリーとアリエータが着地する。
「あと四分っ！」
「急ぎましょう……！」
「了解です！　行きますよっ！」
　フレックの声に、焦りがにじむ。ラリーは伸びる手、阻む亡者を殴り、蹴倒し、重力の剣で斬り刻んだ。切り開いた活路に影を引いて飛び込むアリエータ。黒い斬撃の前に原稿用紙が立ちふさがる。
「また防御ですか。守ってばかりの筋で、小説が面白くなりますか？　攻めなければ読者は付いてきませんよ……」
　その時、群れ成す亡者が進路を変えた。
　月の光に誘われるように、上へ上へと突き進む偽物の悪霊たちは、空でとぐろを巻いて混じり合う。天にぽっかり浮かぶ、モザイクの満月……。
「……。…………」
　巨人が何やら呟きながら、原稿用紙にペンを滑らす。
『私は親を呪い、恋人を呪い、最後に見ず識らずの男女数名の生命までも奪うべく運命づけられた、稀有の狂青年であったのか。死んだ父親の罪悪を、白昼公然と発き立てている、冷酷無残な精神病者であったのか……』
　ガッ。音を立ててペンが止まる。どぎつい虹の字で記された、狂気と悲嘆に答えるように、満月は無数の針と化して弾け飛んだ。
「まずっ……！　みんな逃げて！」
　戦場となった境内に、無数のトゲが降り注ぐ。瓦は砕け、さい銭箱を木くずに変える。巻き上がる砂利と土ぼこりが、ケルベロスたちを飲み込んだ。
　果てなき崩壊と破壊の嵐を原稿用紙で受け止めながら、巨人はさらに文を連ねる。破壊の嵐に何を見るか。死の村雨を無感動に眺めつつ、モザイクの紙をひたすら文字で埋めていく。最後のマス目に線を引くと、鋭く研がれた月は槍になって地面に落ちる。
　月が土煙に沈む直前、その落下点が瞬いた。
「刃に輝きの洗礼を！　邪悪を貫く光の奔流……受けてみなさい！」
「……!?」
　まばゆい光が空を照らした。輝く塔が空に伸び、月を飲み込む。星を打ち落とさんばかりの、激しい閃光。
「でやぁーっ！　でやでやでやでやでやぁぁぁっ！」
　巨大な聖剣を、天に突き上げるラリー。モザイクの雨を消し、月を粉々に砕く。
　雄々しくも神々しいモチーフを呆然と見上げる巨人の耳が、雷電の声を捕まえた。
「はぁぁぁぁっ！」
　粉塵切り裂き、シェリンとエヴァリーナは巨人に突撃。反応が遅れ、胃歩後ずさった巨躯を全力でたたく。二人に宿った莫大な雷が雄叫びを上げ、花火のように爆発した。
「シェリンちゃん、まだいけるよっ」
「はいっ！」
「…………ッ！　……ッ！」
　一層強くなる雷撃に、巨人は苦悶に叫んだ。力を振り絞ってひび割れる原稿用紙に向けたペン先を、かすみがかった刀がすり抜けた。
「まぶしいね。今は夜のはずだけど」
　ぴしっ、とかすかな音色とともに、巨大なペンが半ばで折れる。切り口から浸食されたインクが吹き出し、どす黒く染まる。両手の刀を握り直し、雪花は舞うように一回転。短冊のミノに鋭く斬り込む。
　切り捨てられた願いの欠片。地に落ちるはずのそれは、重力を無視して空にふわりと舞い上がった。
「時間がない……あと二分っ！」
「早く、倒れろッ！」
　跳躍し、足に重力を宿すリン。時計をしまったフレックは、納めた愛刀に手を添える。
「ソラナキ……唯一あたしを認めあたしが認めた魔剣よ！　今こそその力を解放し、我が敵に示せ。時さえ刻むその刃を……！」
「牡牛を守護せし宝玉よ、邪を払いて我らに癒しをもたらせ！　Изумруд Заслон……展開ッ！」
　空が鳴き、リンの足下に翡翠のバリアが扇状に広がった。身をよじり、逃れようとする巨人に、シェリンとエヴァリーナは全霊をかけた電撃で縛る。逃れられない！
「自分が倒れるより先に……必ず倒します！」
「絶対、離さな、い……！」
　しがみつく二人を、巨人は残った腕ではがそうとする。だがその腕をラリーの光の砲が消滅させ、雪花が足を斬りつける。インクを吹き出す巨人に、リンの跳び蹴りが激突。力任せに巨人を蹴飛ばし、体勢を崩した二人をバリアで包む。
「この戦いを心に刻めばいい。それもまたきっと一つの物語……小説なのだから。断ち切れ！　『空亡』ッ！」
　フレックが魔剣を抜いた。甲高い音色と共に、空間に切れ込みが入った。ミノが裂け、汚染されたモザイクが噴水のようにまき散らされる。
「…………」
　地面に広がる、先ほどとは打って変わった黒い沼。叶わぬ夢の成れの果てに、巨人は先のないペンをかざす。沼はドロドロと流動しながら、巨大な影を作り出す。現れたのは、もはや人の形もなせない、崩れかけの亡者たち。
「小説家になりたい……素敵な夢です」
　夜空に、再び陽が昇る。白い翼を光で満たしたアシュレイは、赤い瞳で巨人を見据えた。
「しかし、それは傷つくためでも、ましてそんな姿になるためにあるわけではありません。これで、終わりにしましょう」
　翼がひときわ強く輝き、無数の矢を解き放った。
　溶ける亡者が貫かれ、洗い流されていく。きらきらと消えていく夢の残骸。蒸発する黒い沼。千切れ飛ぶ小さな短冊。
　破壊痕、翡翠の盾、光の塔、猛々しい電撃と舞い踊る剣技、切れた空、裁きの雨。今宵目にしたものの数々が、巨人の視界にフラッシュする。
　無くした両腕を見下ろす顔がふっとほころぶ。白夜の中で、光剣になった砲を振り上げるアリエータ。そっと頭を垂れた頭に剣が突き立ち、巨体を跡形もなく爆散させた。

●過ぎたる夜は
　ざり、ざりと砂利を踏む。
　流麗に舞う大小の剣が、星明かりを照り返し、崩れた家屋を包み込む。刀をぴたりと止めた雪花は、息を吐くと剣を下ろした。
「ふう……こんなものかな」
「お疲れ様です。こちらも大方片付きました」
　さい銭箱に硬貨を戻し、アシュレイがシキと一緒に降りてくる。一方では、エヴァリーナとシェリンが二人で倒れた笹を立て直していた。
「良かった。笹はなんとか無事みたいですね」
「うん。壊れてたの、根っこのところぐらい？」
　起き上がった笹の葉を軽く検分。少し欠けたものが何枚かあるが、ほとんど傷はついていない。立ち入り禁止の看板を置き、フレックは地面に落ちた短冊を拾ってかけた。
「夢……夢か……。あたし自身はやっぱり強くなる事だったわね。今の所は全盛期の力を取り戻せ……たのかしら」
　手を握ったり開いたりしながら、首をひねるフレック。その隣で、エヴァリーナは夜空と笹を交互に見やる。
「この短冊の夢、叶うと良いね。……でも年に一回、恋人と再会して人のお願いまで聞かなきゃいけないなんて、織姫ちゃんと彦星くんは大変だね……」
「そんなことはない……と思いますけど」
　苦笑する雪花の前で、かさかさ揺れる色とりどりの短冊たち。様々な字体で書かれたそれらを眺めていたリンが、辺りを見回した。
「リン？　どうかしましたか」
「んーいや、大したことじゃないんですが。こういうのって、短冊書くところあると思うんすよ。だから、どっかに紙とペンでもないかなー……と」
「ああ、なるほど」
　相づちを打ちつつ、アシュレイも周囲を見渡す。しかし、境内のどこにも、それらしい物はない。片づけられてしまったのだろうか。視線が境内を一周すると同時に、神社の扉が勢いよく開かれた。
「みなさーん！　せっかくなので、わたし達も願い事を書いていきましょう！」
「人数分、ありましたよ」
　短冊とペンを持って出てきたラリーとアリエータ。それらを手際よく配りながら、ラリーは短冊を笹にかける。
「そういえば、『願い事が叶う短冊の書き方』があるって知ってましたか！　『なりますように』ではなく、『になる』と書けば、人は無意識のうちにそうなるよう努力するようになるそうですっ！」
「へえ……自己啓発ってやつかしら？」
　『世界を守れる立派な騎士になる！』。願い事がでかでかと書かれた短冊を見て、フレックが笑う。一方で、細々と書いていたエヴァリーナが目を丸くした。
「えっ、そうなの？　……全部書き直さなきゃ」
「ずいぶんたくさんあるっすね……ラーメンステーキスイカマンゴー牛丼カレーその他てどんだけ食うんすか」
「願い事、か。アリエータさんは、何をお願いするんですか？」
「秘密です」
　喧騒を背後に、シェリンは短冊をそっと飾る。目の前にあるのは、星に捧げた沢山の願い。
「ここに書いてある願い事が、ひとつでも多く叶うといいな……」
　夜が更けてく夏の空。天の川のすぐそばを、流星がふたつ流れていった。

作者：鹿崎シーカー	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年7月15日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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