七夕モザイク落とし作戦～ああ恨めしや、天の川

■リプレイ

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　行き交う人々に離れるよう声を掛けて、ケルベロスたちは駅前広場の中央に立つ笹を見やる。
　何処から降ったのか、或いは湧いてきたのか、いずれにせよ現れたモザイクの卵は短冊をどんどん吸い込んで、大きな人の形を作ろうとしていた。
「あれが標的かぁ、いかんせんデカイねぇ」
　みるみるうちに育つ卵へ、ボクスドラゴンのシュバルツを伴ったクーゼ・ヴァリアス（竜狩り・e08881）が感嘆の声を漏らす。
　居並ぶ久保田・龍彦（無音の処断者・e19662）は、硬い表情でネクタイを締め直して声を絞り出した。
「カモン彦星じゃねーよ、ったく……」
　主に己とクーゼがこれから受けるであろう仕打ちを想像すると、いやが上にも気が重くなる。
「あら、清らかな美女に口付けや抱擁をして貰えるなんて役得じゃありませんの？」
「3メートルの化け物だぜ？」
「大きさなんて問題ではありません、極めて些細な事ですわ」
　微笑む烏夜小路・華檻（夜を纏う・e00420）の思考を理解するのは、敵の願望に応えるのと同じくらい危険な気がして、龍彦は無言で会話を打ち切った。
「いくら美人でも、自分より遥かに大きい女の子は勘弁願いたいねぇ」
「……イケメン金持ちはともかく、アレから見た高身長ってどんな生き物のこと指してるのかな？」
　自分より頭二つ分くらい背の高いクーゼを見上げて、カッツェ・スフィル（黒猫忍者いもうとー死神型ー・e19121）は敵を小馬鹿にするような口調で返す。
　そもそも厚かましい願いを掲げているとは思うが、最後の一つは殆ど実現不可能ではないか。
　大体、彼氏は与えられるものでもない……という所まで考えて、カッツェは面倒な思考を彼方へ放り投げた。
　アレはドリームイーターだ。くれてやるのは説教でなく、手にした鎌の一撃でいい。
「……男なんてめんどくせーだけなのに」
　華奢で童顔、低身長と子供のような見た目のクリームヒルデ・ビスマルク（自宅警備ヒーラー天使系・e01397）がボヤきながら改造スマートフォンに目を落とした所で、茶斑・三毛乃（化猫任侠・e04258）が仲間たちを見回して言った。
「各々方、時間に限りもございやす。先手必勝、全力攻撃。七分の内にきっちり片ァ付けてやりやしょう」
　左手に握る愛用の自動拳銃で指し示した敵は、きらびやかな織姫の姿を完成させて佇んでいる。
「時間制限のある戦いは初めてだけど、頑張るね」
　ナイフを閃かせ、プラン・クラリス（サキュバスの巫術士・e28432）が答えた。
「七夕のロマンチックな夢を利用して、モザイク落としなんかさせないよ！」
　上腕部を取っ払った丈の短い振り袖のような戦闘服姿の佐竹・勇華（パルメザンパルチザン・e00771）が拳を握りしめながら言って、ケルベロスたちはクーゼと龍彦を先頭に敵の元へなだれ込む。
　その途中で、華檻は女学園の制服を脱ぎ捨て白いフィルムスーツ姿となり、サキュバスの角や翼、そして欲望までをも露わにした。
「ふふ、途中で果てても構わないくらいの気持ちで、たっぷりと楽しんで差し上げますわ」

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「よう、織姫様？」
「こんな所で天体観測かい？」
　戦いの口火が切られる前に、男二人がキザったらしい台詞を吐く。
（「……あぁ、こんなこと口走ってるって知れたら何て言われるやら」）
　クーゼは恋人の姿を思い浮かべ、心の中で懺悔した。
　これはドリームイーターの目論見を打ち破るため、仕方なくやっていることなのだ。
「俺たちと遊ぼうぜ？　……まさか、こんなにいい男たちの誘いを断りはしないだろ？」
「一年に一度しかない七夕なんだ。ロマンチックな夜にしようぜ」
「やだ、なにこのイケメンたち……」
　翼をはためかせて目線を合わせるクーゼと、その下でセレブリティなスーツを纏って控える龍彦。
　二人を交互に眺めた織姫は、恋に恋する少女のように科を作る。
「まさか本当に彦星様が、しかも二人もいらっしゃるなんて。……はぁ、幸せで天に昇ってしまいそうですわ……」
「――行き先は天国じゃなくて地獄だけどね！」
　油断した織姫に忍び寄ったカッツェが、吐き捨てながら漆黒の大鎌を振るった。
　虚の力を纏う刃はバッサリと敵を裂いて、広場には悲鳴が響き渡る。
「火力の出し惜しみはしないよ！　覚悟しろ、ドリームイーター！」
　機先を制したカッツェに続き、勇華が織姫の懐へ飛び込んで、小さな篭手に包まれた掌を押し当てた。
　運動エネルギーの代わりに流し込まれた闘気は、薄い衣を貫いて敵の体内にまで浸透すると内側から崩壊を呼び起こす。
　そこへクーゼが、死を運ぶ黒き刀に空の霊力を乗せて斬りかかると、影竜シュバルツはブレスを勢い良く浴びせ掛けて攻撃。
　龍彦も返り血のようなものを浴びるほど深々とナイフを突き立て、一気に斬り裂く。
　まるでだまし討ちのような形で先制攻撃を受け、織姫は身体だけでなく心もズタズタに引き裂かれた、かと思いきや。
「うふふ、刺激的な愛し方ですこと。……嫌いじゃないわ！」
　恋は盲目。恋は熱情。
　己を掻っ捌いたカッツェや、腹に一撃加えた勇華は気にも留めず、織姫は龍彦の身体へ覆いかぶさるように腕を回した。
　クリームヒルデや三毛乃が声を上げるが、抱きしめるとか抱きつくとかいった可愛いものではない剛力ベアハッグは龍彦を逃さずガッチリとホールドして、肺に溜めた空気を吐き出させる。
「近くで見ても十分イケメンね。身長はちょーっと物足りないけれど、お金も持ってそうじゃない。……合格よ！」
「そ、そりゃどうも……」
　織姫の圧力に、歯を食いしばって堪える龍彦。
　大方、着ているスーツから富裕層だと判断したのだろうが、残念ながらこれは拾い物。
　まさか自腹を切って用意するはずもなく、龍彦は織姫の期待に沿うほどの金銭感覚を恐らく持ちあわせていないのだが、ここで興を削ぐような事を言ってはどうなることか。
　龍彦は手元のナイフを落とさないようにしっかりと握って、絞り出されそうな意識を繋ぎ止め反撃の機を伺う。
　そこへ助け舟を出したのは、生まれてまだ１分も経たない織姫より遥かに人生経験を積んだ三毛乃。
「見てくれじゃねえ、稼ぎの多寡でもねえ。男と女の好いた惚れたってェのは、そういうモンじゃァねえだろう」
「は？　おばさんはあっち行ってよ。今忙しいんだから」
「……お前さん、吐いた唾ァ飲むなよ……？」
　心なしか右目の地獄を強く揺らめかせ、三毛乃は猫にまつわる民間伝承の一篇から具現化した観念によって、熱量を反転させた地獄の炎、もとい冷気を弾丸として込めた拳銃を小気味良く撃ち放つ。
　弾は一つ残らず織姫の身体に吸い込まれて、ハッキリとした弾痕を残した。
　しかし、既に三毛乃の存在など忘れ去っていた織姫はびくともしない。
　ならばと、今度は華檻が敵の顔面に飛びついた。
「綺麗なお顔ですわね。撫で心地も良くて……
　これを男性に差し上げるなんて勿体無いですわ」
「な、何よアンタ、ちょっと邪魔――」
「さあ……わたくしと楽しい事、致しましょう……♪」
　抗議の声を抑えるように、華檻は豊満な胸を織姫へ押し当てる。
　ほんの僅かな時間だが全身で巨大美女の感触を堪能して、そのまま華檻は後頭部へと回りこんでいった。
　必然的に掴んでいる敵の頭もあらぬ方向へねじ曲がっていき、ついに耐えかねた織姫は龍彦を投げ捨て、華檻も引き剥がして放る。
「あらぁ、まだ途中でしたのに」
「い、痛いじゃないのよ！」
「……そうだね、痛かったよね」
　消化不良の華檻が着地したのと入れ違いで、白輝の長髪をなびかせたプランが敵の元へ寄った。
　そして身構える織姫の首元へ組み付いて、囁くように言葉を継ぐ。
「痛いのを忘れるくらい、私が気持ちよくしてあげるね。……気持ちよく果てて、こわれちゃうかもしれないけど」
　淡紫の瞳で見つめられ、織姫は不覚にもときめきを感じてしまった。
　その瞬間、プランは躊躇いなく敵と唇を重ねて、これまでに自分が得てきた快楽と苦痛を一緒くたにして送り込む。
　織姫は四肢をガタガタと震わせて瞬きを繰り返し、やがてプランが離れるとぺたりと力なく座り込んでから、とろんとした目で口元をなぞった。
　何かに目覚めさせてしまったのかもしれない。
「……えーっと、生きてるよね？」
「大丈夫だ、まだいけるぜ……」
　クリームヒルデに答えて起き上がる龍彦だったが、その目は星空の彼方に向かったまま戻ってきそうにない。
　あまりにも可哀想なので、クリームヒルデは改造スマホでネットに投稿した心暖まるエピソードを見せて、なんやかんやで龍彦を癒やしてやった。

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「ねぇ、犬と猫、どっちが好き？」
「男っ！」
「……まともな答えを期待したカッツェがバカだったよ。じゃあ、こっちでいいや。
　……番犬、喰い尽せ！」
　呆れ顔を引き締めて、カッツェは蒼色の大鎌を投げつける。
　刃は行きと帰りで二度敵を傷つけて手元に戻ってくるが、織姫は男と彦星の単語二つだけを呟いて妄想の世界に浸り、与えられた傷を埋めようとしていた。
「本当に色狂いのケがひでえな、お前さん。……そこになおりなせえ」
　三毛乃はチェーンソー剣のスターターロープを咥えて引き絞り、エンジンを始動させる。
「その煩悩ごと、カッ捌いてやりまさァ」
「嫌ぁ！　助けて彦星様！」
　ならず者に襲われる悲劇のヒロインを気取って、織姫はクーゼの元へと走りこんできた。
　大型トラックにでも撥ねられたかのような衝撃の後に全身を締め上げられ、危うく昇天しかける寸前で追いついた三毛乃の斬撃が窮地を救い、広場を転がったクーゼはクリームヒルデに起こされる。
「ほら、制限時間半分過ぎたよ、頑張って」
　心ほっこりエピソードのついでに時刻を表示させると、ちょうどまた一つ時が進んだ。
　げっそりとした男性陣をさらに叱咤するため、クリームヒルデは空中に光で描かれたキーボードやタッチパネルを表示させて、それを慣れた手つきで操って見せる。
「ぐふふ……この位できるおねーさんだと、望みもしねーのに声かけられまくりなのです。……ネトゲで」
　ヒールグラビティによって戦線維持しながら時間にまで気を払う自分を寂しく自賛して、クリームヒルデはキーボードを叩く手を早めた。
　原理はさておき、それは織姫と対峙する前衛陣――主に男二人の心を、僅かに癒やす。
「美人さんの相手は大変だぜ……」
　二分ほど前に奪われた唇を拭って、再び織姫へナイフを突き立てる龍彦。
「刃物は使い慣れてないから、ちょっと上手く出来ないかもしれないけど、許して？」
　プランも同じくナイフをかざして、さっくりと敵の背を刺し貫いた。
　が、織姫の興味は痛みをも上回る。
「彦星様！　彦星様にも口づけの感動を味わわせてあげますわ！」
　衣服も身体もズタボロにしながら、織姫は全く品のない伸ばした明太子のような唇をクーゼに迫らせた。
「っつ！？　好きでもない相手とキスは勘弁してくれよ！」
　本気で嫌悪感をぶつけて抵抗するクーゼ。
　そこへ割りこんだ華檻は、庇うというより自分から身を捧げる勢いで織姫へ吸い付くと、熱烈な接吻の合間に敵の構造を解析して、最も肉の柔らかそうな部分へガントレットを付けた拳を叩き込む。
　織姫は衝撃でクーゼとの色事を諦めて飛び退くが、華檻は熱っぽい視線で名残惜しそうにそれを追った。
「……そんなに飢えてるなら、アンタも彦星探せばいいじゃないの」
「あら、物分りの悪い娘ですわね。
　プラン様ともあんなに熱い口付けを交わしてましたのに」
　華檻の示した意味を悟り、織姫は最も強烈だった感触を思い出しながら口元へ指を当てた。
　……あれ、織姫と織姫でも別にいいのだろうか……？
「何だ、お前の愛ってのは、そんなもんか？」
　危うく開きかけた扉は、クーゼによって施錠される。
「そんなことないわ！　やっぱり、求めるものは彦星様よ！」
　腕と唇を突き出して走り寄る織姫。
　その足取りが鈍くなっているところから戦の終わりを感じ取って、クーゼは逃げずに敵を迎え撃った。
「巡り巡りて、此処にて果てよ――」
　黒刀と白輝の刀、二振りの刃に暗闇を纏って切り刻む。九重流双剣術、最後の技。
「終の型、終焉座標」
　これまで耐えた分に熨斗をつけて返すかのように、クーゼは斬撃を放ち続ける。
「一方的に好くのは結構だが、受け入れてもらう努力もしないなら、
　それはただの虚しい願望だ」
「……じゃあ、私の愛を受け入れて！」
「なに！？」
　二度と元には戻らぬのではないかと思えるほど斬りつけた敵が、倒れることなく両腕を伸ばす。
　ヤられる。
　辞世の句と恋人への言い訳をごちゃ混ぜにしつつ身構えたクーゼに、しかし衝撃は訪れなかった。
　三毛乃が右手に抱えたバスターライフルから撃ち出した凍結光線に熱情を奪われ、ぐったりとする織姫を勇華の輝く左手が吸い寄せていく。
「光と闇の相反する力で、打ち砕く！」
　十分に敵を引きつけ、今度は漆黒を纏う右手が敵を貫いた。
「あ、あぁ……彦星、さま……」
　吹き出していく短冊と、抜けていく夢の力。
　助けを求めるように星空を見上げた織姫の視界を、死神が塞ぐ。
「天の川の代わりに、三途の川を渡らせてやるよぉ！」
　漆黒の鎌で一閃。
　カッツェの斬撃が織姫を両断して、歪な夢は終わった。

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「はぁ、はぁ。つ、疲れた……」
　緊張の糸が切れ、クーゼはその場に座り込む。
「こんなに疲れた戦いは初めてかもしれない」
「あぁ……いくら美人さんでも、こういうのは勘弁して欲しいぜ……」
　龍彦も力尽きたように倒れて、放心したまま夜空に瞬く星を眺めた。
　今はその光景だけで、心が洗われるようだ。
「あーあ、これじゃ何が書いてあるか分からないね」
　飛び散った短冊の中から一枚を拾い上げて、クリームヒルデは首を傾げる。
　あのドリームイーターに取り込まれていた以上、恋愛関係なことは確かだろうが、仔細までは判別できない。
「ま、とりあえずぶら下げておけばいいよね」
　翼を広げて笹の高い所へ短冊を付け直し始めたクリームヒルデを勇華が手伝い始め、カッツェとプランは備え付けてあった未使用の短冊に願いを書き込む。
「プランは何て書いたの？」
「……フフッ、秘密」
　カッツェの疑問には答えず、プランは適当な所に素早く短冊を突っ込んだ。
　仕方なくカッツェも短冊をぶら下げるが、そこには『デウスエクスの魂をいっぱい狩れます様に』と、娘盛りにしては物騒な願いが記されていた。
「さて、終わったしコンビニでも寄って帰ろ」
　電子マネーとカップ焼酎～っと陽気なクリームヒルデを目で追って、華檻は溜め息をつく。
「……物足りませんわ」
　巨大美女も良かったが、所詮夢幻。
　やはり、本物の美女と一夜を過ごしたい。
「駅前ですもの、声をかけたら一人くらい……」
　獲物を品定めする目つきで、華檻は魅惑のフェロモンを撒きながら人混みの中に消えていった。

作者：天枷由良	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年7月15日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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