七夕モザイク落とし作戦～不幸な時代の願いごと

■リプレイ

●夜の校庭にて
　荒ぶる神に捧げられた供物のように、バラバラに引き裂かれた七夕飾りの破片が夜闇に舞う中、先端の尖った帽子から溢れる紫髪を揺らめかせながら、校庭に降り立ったのは、魔法少女のドリームイーターであった。
　空には無数の星、街の灯りによる影響のせいか、それは本来の煌めきより鈍くはなっているが、今は天の川と呼ぶにふさわしく見える。
「そうだ。あたし、ともだちを助けにいかないと……」
「戦いをなくしたい。無垢なる願いを戦いに利用せんとするなど、許すわけにはいかない……必ず止めてみせる！」
「あなたは、あたしのテキなの？」
「そうだ敵だ。私たちを倒さなければ、貴殿の思いは叶わないぞ」
　ルーシェリア・ロードブレイム（贖罪の金薔薇・e24481）は咄嗟に判断して言葉を紡ぐ。制限時間は７分、ドリームイーターの敵意を自分らに向けさせつつ、同時に聞く者――ルーディス・オルガニア（禁書に蝕まれた道化・e19893）、そして前列の仲間の闘争心を奮い立たせるように、ギターをかき鳴らす。
「こちらこそ。背中、お任せします」
　ルーディスがルーシェリアに頷きを返すのと同時に魔法少女のドリームイーターが口を開く。
「そう、やっぱりテキなのね……」
「あらあら、物騒なお嬢さん。いえ魔法少女と言うべきかしら？　どうやら、お仕置きが必要みたいね」
　そう言い放って、鏡・胡蝶（夢幻泡影・e17699）は、白衣を脱ぎ放つ、そこに現れたのは、正に大人の魔法使いであった。魔法少女が成長すれば魔女になる。理想だけではない、様々な穢れも妥協も識った魔女、その強大な力を見せつけるように、グラビティ・チェインに影を注ぐ。
「這い上がり、舐め回す。その感触は、心地よくてよ？」
　直後、淫靡なぬめりを帯びた大蛇の如くに変わったグラビティ・チェインが、軽快な身のこなしで躱そうとする魔法少女の動きの軌跡をなぞるようにして、追尾し、間もなくその足首を捉える。
「きゃあっ！」
　次の瞬間、大蛇は魔法少女の細い身体に絡みつく。実態を持たないそれが少女の触感を刺激し、貞操を蝕むことは無かったが、突き立てられた毒牙は魔法少女の心の中に一点の濁りを刻みつけた。
「……あたしのねがいは、世界をすくうすごいまほうつかいになること！　だからあなたたちにはまけないっ！」
　苦痛の中から絞り出された覚悟、怒りにも似た感情を孕んだ叫びが轟くと、巻き付いていた大蛇は消滅し、次の瞬間、魔法少女は校舎の壁を蹴って星空を背に跳び上がった。
「あたしはあなたとはちがう。よいまほうつかいは、なんど泣いても、くるしんでも、ぜったいに夢をかなえるんだから！」
　言葉と共にモザイクに覆われた腕のひと振りから生み出された大量のモザイクが、それを阻まんと前に躍り出た、相箱のザラキ――ミミックとイッパイアッテナ・ルドルフ（ドワーフの鎧装騎兵・e10770）を飲み込んで、胡蝶、そして前列の頭上に暴雨の如くに降り注いだ。
　乱舞するブロック状のノイズに巻き込まれたのが直近の記憶だった。死んだかとも思ったが、辛うじて生きている。果たして戦いが終わるまで立っていられるかは分からなくなっていたが、退くわけにはいかない。
「大地の力を今ここに――顕れ出でよ！」
　声と共にイッパイアッテナが校庭に突き立てた得物から、清浄な気配を帯びた気配が立ち上がる。
　気配は間もなく穏やかな癒やしの力となって広がり、前列のケルベロスたちの苦痛を取り去ってゆく。
「あなたはその姿に相応しくない。平和への願いから生まれながら、戦乱の生贄になるなど悪趣味で哀れでしょう」
「いみがわからないわ」
「そうですか、なら、せめて儀式の礎になる前に倒されて下さい」
　得物を構え、覚悟を孕んだ、イッパイアッテナの声が魔法少女の耳に届くのと前後して、隙の無い身のこなしで間合いを詰めた、ルーディスの振り抜いた簒奪者の鎌が、幼さを感じさせる身体を斬り、あふれ出る命を啜り取る。
「安心して下さい。世界を救う魔法使い……その願い、微力ながら叶えられるよう、倒して差し上げますから」
　短冊に願いを綴った児童に思いを馳せつつ、ルーディスは己の禁書に決意を込める。
「あなたには分からないかもしれないけど、きっと想いが詰まった大切な夢……必ず返してもらいますからねっ！」
　水限・千咲（それでも私は生きている・e22183）が翳すゾディアックソード、同時に地に描かれた千咲の守護星座の線画が光を放ち暖かな癒しの力を前列の仲間たちへ送る。
　――これが無垢な願いに秘められた可能性なのか？
　痛みが急速に引くのを感じながら、イッパイアッテナとルーシェリア、一式・要（狂咬突破・e01362）が気持ちを整理するように、あるいは呼吸を整えるために息を吐き出した。
「あははは、なかなか強い魔法少女さんね。思う存分殴り合うわよ」
「まけないよおじさん。ねがいごとのためにつかういのちはむだにはならないんだから」
　直後、返された言葉は気にしないことにして、軽いひと跳びで間合いを詰めた、要による達人の一撃が魔法少女を捉え、ほぼ同時のタイミングで、夜空に跳び上がった、ペトラ・クライシュテルス（血染めのバーベナ・e00334）の声。
「願いごと？　願いを叶えるのが大人よ。少なくともアタシはそう。だからホンモノの魔法使いの力、見せてあげるわぁ！」
　校舎の壁に跳ね返ってこだまする声と共に、流星の如き煌めきをまとった蹴撃が、両手を交差させ受け身の姿勢を取る魔法少女を強かに打ち据えて、小さな身体を後方へと飛ばし、一拍の間の後、モザイク画の描かれた壁面に激突させる。
　衝撃に剥離したタイル片、コンクリート片が散って、濃い煙のような粉じんが舞い広がる中、アイン・オルキス（半人半機・e00841）は職人を思わせる投擲フォームを見せる。安定した腕の振りから投げ放たれた手裏剣は精密な螺旋の軌道を描きいて飛翔し、モザイクに覆われた魔法少女の腕に突き刺さる。瞬間、モザイクは激しく揺れて、周囲に無数のブロック状のノイズを散らした。
　戦闘は両者ともに短期決戦を指向して行動していた。魔法少女にとっては時間を稼いだほうが有利ではあるのだが、攻撃の苛烈さに重きを置いている点を鑑みれば、それは無いと推断できる。
　だが、要は傷ついた仲間を差しおいてまで攻撃に徹することは出来なかった。
「……無茶しないでよね」
　自身のバトルオーラを爽やかな気配を帯びた霧に変える。次いで腕のひと薙ぎで、胡蝶、そしてルーディスらを指し示せば水気を強くした霧は傷を癒やす優しい風となって仲間を包み込み、間もなく風に散る蜻蛉の翅の如くに掻き消える。次いで、イッパイアッテナが溜めたオーラを解放して強大な癒やしの力へと変えた。
　微塵に砕けた七夕飾り、単純であったが、率直な気持ちが綴られた色紙は引きちぎれて、あるいは水に濡れ、踏みにじられた状態で、そこかしこに散っている。
「大丈夫だ。願いを叶える力は、願いを抱く者の胸の内にある！」
　力強いルーシェリアの声と共に、掻き鳴らされる音色。
　七夕飾りも短冊も、目指す未来を象徴する、あるいは確認させるだけの物に過ぎない。なぜなら実際に世界を変えてゆくのは、それを書いたひとりひとりの行動なのだから。
「まほうつかいは、ゆめときぼうをかなえるためにたたかうんだから！」
　モザイクに覆われた腕を、先端が膨らんだ身長を超えるほどの長杖の如き形状に変化させると、力を溜めるように振りかぶりながら地を蹴った。
「そうはさせないわよ！」
「おしとおるよっ！」
　進路を塞ぐように立ちはだかる要をめがけて、魔法少女はモザイクの杖を振り下ろすと、鈍音の響きと共に地面に叩きつけられた要を飛び越えて前列に襲いかからんと――が、続けてイッパイアッテナが立ちはだかった。
「ならば今度は私が」
「またなの？　とおるからっ！」
　今度は硬球を木製バットの芯で捉えたような高い音が響きイッパイアッテナの小さな身体が飛ばされた。
　身体を張ったディフェンダーたちの努力により、魔法少女の攻撃意図は挫かれた。
　次の瞬間、ルーシェリアの掻き鳴らす凱歌が響く中、千咲の放出した莫大な癒やしの力を持つ桃色の濃厚な霧が満ちて、要が立ちあがり、そして壁に叩きつけたイッパイアッテナもよろめく足で地を踏みしめる。
「なんでだろう。ぜったいにかたなきゃいけないのに、なんでだれもたおれないの？」
　幾重にも掛けられたバッドステータスの効果により、魔法少女の攻撃は当初の苛烈さと精細さを欠いていた。
　一方、生傷を増やしながらも、攻撃に磨きが掛かるケルベロスたち。
　戦いは潮目を迎えつつあった。
「其は微かな揺らぎ。鮮烈なる歪み。虚空の王の嘆きを以って、来たれ、赫灼たる刃。千丈駆け抜け、今、ここに空を断つ――」
　魔法少女の態度の変化を察知したルーディスが開いた禁書を片手に詠唱する。ルーシェリアの凱歌の響きに背中押されるように、輝く波の如き魔法力を展開、幾条もの光芒に分かたれた魔力が夜闇に沈む校庭を昼間のように明るく照らし、同時に生じさせた、空間の断絶が断層の如くにズレとなって魔法少女の身を裂く。悲鳴が轟き、ブロックの塊の如きノイズが爆ぜ散る。
「はぁ……ふぅ……、あなたたちのいってることが本当だっておもえないの。世界のためだとかいいながら、べつのことをかんがえているんじゃないの？」
「自分は自分でしょう？　他の人はいいのよ。それよりも、魔法っていうのはねぇ、こうやって使うのよぉ！」
　言葉を紡ぐ間にペトラは戦闘データの演算を試みる。間もなく看破した魔法少女の弱点、その小さな胸をめがけて撃ち放った主砲弾が命中して大爆発を起こす。
「見た目ほどの深手では無いわけか」
　アインの足元にローラーダッシュの火花が散る。次の瞬間火花は紅蓮の炎と変わり、炎に包まれた脚の振りから繰り出された蹴りが、魔法少女を強かに打ち据える。同時に夜闇を照らす炎が赤々と燃え上がり、魔法少女の身を焼く。

●終わりの始まり
　何度目かの飲み込まれるようなモザイクの嵐が飛び乱れた。
　激しい攻防により傷つけ合いの果て。魔法少女もケルベロスたちも傷だらけになっていたが、サーヴァント以外に倒れいる者は無かった。
「時間も少なくなってきたわね。そろそろフィナーレと行きたいわね」
　夜闇を切り裂いて突き出された殺神注射器――ゲシュタルトグレイブの軌跡が稲妻の閃光になる。
「ううん、あきらめるにははやいよ。だってこんなにがんばって――」
　身を守ろうと魔法少女のが翳したモザイクの腕ごと断ち砕くように、稲妻を帯びた超高速の突きが刺さった。
「まだがんばるの？　そろそろ逝ってしまてもいいのよ」
　得物を握り直すように手を添わせて、さらに先端を押し込む。踏み込んで、突き出す。その動作に繰り返しに呼応するように傷口からノイズのようなモザイクが溢れ、そこに高速で身体を回転させながら突っ込んできた、イッパイアッテナが衝突し、魔法少女のが纏っていた衣装をずたずたに切り裂き、白い肌を露出させる。
「もう時間が無いぞ、一気呵成にゆくぞ」
　例え力が及ばずとも、時間内に倒すために全力を振るおう。攻撃に転じたルーシェリアの一撃が魔法少女の急所を捉える。ルーディスにも、仲間の為にも、支援の役割は充分に果たした彼女の表情はどこか晴れやかに見えた。
「ホント、世話が焼ける子ね」
　 呟きと共に要はグラビティ・チェインを純粋な破壊の力に変える――その力を乗せた一振りに刹那の気合いを加えた一撃を魔法少女めがけて叩きつける。瞬間、夜闇にきらきらとブロック状のノイズが散る。
　魔法少女の敗北は、もはや誰の目にも明らかだった。数えるのが嫌になるほどのバッドステータスに縛られ、衣装は焼け焦げて、さらにズタズタに裂かれて、そして身体のあちこちに漏れ出るようにノイズが散る。
「オルキスの力をここに」
　呟きと共に手裏剣を投げ放った、アインが跳び上がる。
「まけちゃ、だめなの、でも、でも、でも」
　震える足取りで魔法少女は飛来する手裏剣を躱そうと懸命に回避のステップを踏む。瞬間、星空を背に気配を殺したアインの刃の一閃が、限界まで手裏剣に意識を集中させていた魔法少女の白い首筋を切り裂いた。
　瞬間、傷口からモザイクがあふれ出る。
「いやだぁ、もういやだよ。こんなの……ひどいよう」
　溢れるモザイクを止めようと、モザイクに覆われた両腕で押さえながら、魔法少女は泣き叫ぶ。
「這い上がりなさい。希望とは、絶望のなかに瞬く煌めきよ」
　刹那に過ぎった幼き日の記憶のイメージと共に、胡蝶は己のグラビティ・チェインに影を注ぐと、再び蛇の如き姿を化したそれを放つ。すでに真っ黒な闇に覆われた魔法少女の思考。
　その中に突き立てられた毒牙が、闇に染まった空間に穴を穿った。
　次の瞬間、千咲が飛び込んでくる。
「――斬って刻んで、ばーらばら」
　叫びと共に千咲が乱舞させる白刃――斬る斬る斬る斬る、生きるとは斬ること。その純粋かつ一途な斬撃が、閃いたように目を見開いた魔法少女の前身を斬り刻む。
「我、全てに破滅を与える者なり。――全部持って行きなさぁいッ！」
　そしてペトラが詠唱する古代語と共に流し込まれた魔力も合わさって、限界を超えるダメージを受けた魔法少女の身体は大輪の牡丹が砕けるように崩れ、砂のようなノイズを散らしながら消滅して果てた。
「わかりやすい最期でよかったわ。私たちの勝利よ」
　一瞬の沈黙の後、要の声の響きに、一行は魔法少女のドリームイーターを撃破に成功したことを確信した。

　損壊し鉄筋が剥き出しになった校舎の壁面、砕け散り、踏みにじられた七夕飾り、穴の開いた校庭、その痛々しい光景に心を痛め、あるいは配慮すべきと感じた、イッパイアッテナ、胡蝶、ルーディス、ルーシェリアたちがヒールを施して、修復を試みる。
　すべてが完全に元通りというわけには行かないが、最善を尽くしたことは誰にでも分かるだろう。
　そう信じて、ルーシェリアは空を見上げる。
「短冊に願いを捧ぐ、か」
　漏らすような呟きに応えるように、ルーディスは万感を込めて短冊を吊し直す。
　短冊には、世界を救う魔法使いになりたい――そう書かれている。
「……なれるさ、貴殿なら。必ず」
「……そうありたいものですね」
　湿気を帯びた風が頬を撫でる。街の灯りに照らされた雲の塊が空を覆い始めていた。
　季節はまだ梅雨。夏はもう少し先のようだった。

作者：ほむらもやし	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年7月15日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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