七夕モザイク落とし作戦~鵲の翼

作者:深水つぐら

●願う者
 7月7日、七夕の夜。東京上空……。
 大きな鍵を手にした『赤い頭巾のドリームイーター』が、ひとり、空を漂っていた。
「綺麗……短冊に込めた人々の願い事が、まるで宝石のよう。
 あの輝きが欲しくて、あなたは『モザイクの卵』を降らせたのね。
 でも、鎌倉の戦いでこしらえてもらった卵も、あと少ししか残っていないのね。
 …………。
 いいわ、あなたの夢、私が手伝いましょう。
 だって、あなたの夢は、きっと私と同じだから。
 だから、残った卵を私に頂戴。
 あなたをこの星に呼んであげるわ……ジュエルジグラット」

 きしり、と音がした気がした。
 『それ』は願いの綴られた短冊を踏み散らし、そのまま己が身に引き寄せる。とあるビルの屋上に現れ、ぞるりと札を体内へ入れたのは大きな楕円を象った塊――『モザイクの卵』と呼ばれるその斑は、背伸びする様に揺れると、表面へたふたふと波紋を作った。
 その波間から肉が生まれる。
 指を、手を、腕を伸ばし、やがて現れたのは一人の娘だ。
「ああ、どこにいらっしゃるの、彦星様」
 長く美しい髪を持つ彼女は、ぞるぞると乱れた衣装と共に這い出ると、星々の輝く空を眺める。そうして気が付いた様に唇を噛んだ。
 彼女が渡るには天の川が邪魔なのだ。
「ああ、誰かあの先へ橋を作って頂戴。渡らせて頂戴」
 娘が恨めしげに空を眺めると、その背中に鮮やかな斑の翼が現れる。それはみすぼらしく、頭を垂れる様に折れていた。
「彦星様、待っていて下さいな」
 その言葉と共に、娘は踵を返すと走り出す。
 ――今年も織姫と彦星が出会えます様に。
 子供達の無邪気な優しさが書かれた短冊から、独りのドリームイーターが生まれた。

●鵲の翼
 赤い頭巾のドリームイーター。
 かの存在を知っている者は多いだろう。これまでは時折姿を見せていた彼女が本格的に動き出したと、ギュスターヴ・ドイズ(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0112)は告げた。
 それは七夕を利用した大作戦なのだと言う。
「察知できたのも、事前に調査をしてくれていた者のお陰だ」
 ギュスターヴはローデッド・クレメインス(灰は灰に・e27083)ら他、多数のケルベロス達の努力に感謝すると、もたらされた情報を告げていく。
 ドリームイーターは、鎌倉奪還戦時に失敗した『モザイク落とし』作戦を再び起こそうとしているという。このモザイク落としが成功すれば、日本に巨大なモザイクの塊が落下する為に、大量のドリームイーターが出現するだろう。そうなれば、日本中が大混乱は必須だ。
「今回の要となるのは残存するモザイクの卵だ。これを使用して、日本中の七夕の願いをドリームイーター化し、その存在を生贄に捧げる事で、モザイク落としのエネルギー源にしようとしている」
 ドリームイーターの贄――何とも奇妙な話だが、そのエネルギーが莫大である事は間違いないだろう。なお、この七夕の願いから生まれたドリームイーターは、出現してから七分で自動的に消滅し、モザイク落としの儀式のエネルギーに変換されてしまうという。
「故に、皆にはドリームイーターが現れる地点へ向かい、七分以内に撃破して欲しい」
 目標となるドリームイーターは、七夕の願いである『織姫と彦星が出会えます様に』というものからか、天女の羽衣風の衣装を着ている。その背からは折れたモザイクの翼が生えており、自身が飛べぬ事で彦星のいる空へ行けないと嘆いているらしい。
「彼女は僅かな合間に自身の存在が消えると知らず、彦星に会う為に屋上から抜け出そうとする。その進路を阻むならば容赦せずに襲ってくるはずだ」
 彼女が扱うのは光の帯だという。その力を使っての攻撃は、広範囲と単体としっかりそろえて来ている様だ。なお、一度戦闘に入ってしまえば、七分と言う時間である以上、逃走の心配はないが、その短時間故に消えれば撃破不能となる。
 そうなってしまえば、ドリームイーターの作戦が有利となるだろう。特に、今回現れたドリームイーターの過半数を撃破できなければ、モザイク落としが実現してしまうのだ。
「だが、ほぼ全てのドリームイーターの撃破に成功すれば、モザイクの卵による事件は今後発生しなくなるだろう」
 ギュスターヴは希望をそう告げると、一同を見廻して手帳を閉じる。
「子供達の夢を守らねばなるまい。その為に君らと言う希望に頼みたい」
 黒龍が望むのは完全なる阻止。難易度が高いだろうが、それをケルベロス達の望むのだ。
「君らは希望だ、よろしく頼む」
 告げた調子は少し嬉しそうだった。


参加者
静雪・みなも(水面に舞い降りる銀狐・e00105)
アマルティア・ゾーリンゲン(リビングデッド・e00119)
ノア・ノワール(黒から黒へ・e00225)
筒路・茜(赤から黒へ・e00679)
稲垣・晴香(伝説の後継者・e00734)
九頭・竜一(雲待ち・e03704)
ルージュ・ディケイ(朽紅のルージュ・e04993)
鵜飼・海咲(粉砕アンカーガール・e21756)

■リプレイ

●邂逅
 背に負う斑は折れた翼だ。
 それを背負う娘を確認した九頭・竜一(雲待ち・e03704)はヘラりと笑うと、目深にかぶった帽子のつばから手を放す。
「彦星なんか放っといて俺らと遊んでかない? おねーさん」
 言って手にしたスマホに視線を落とすと、忙しく動き始めたデジタル数字が見えた。それから遠くに見えた短冊の無残さに、竜一の顔が憮然とした表情へと変わった。
 『素敵なおねぃさんと出逢いたい』という願いが、夢喰いとの出会いで叶ったとしても、子供の夢を踏み躙るならば許す訳にはいかない。
「あなた方は鵲?」
「いいや、そうではない。悪いが、彦星のところへお前は辿り着けん」
 夢喰いの問いに答えを発したのはアマルティア・ゾーリンゲン(リビングデッド・e00119)だった。彼女の答えに織姫は再度問う。
「出は何かしら」
「私たちが貴様の“天の川”だ。推し通って見せろ」
 その言葉の後に赤髪の娘は得物を握る。
 それが開戦の合図となった。
 一番槍と動いたルージュ・ディケイ(朽紅のルージュ・e04993)は、己が胸の留め金を解放すると、エネルギー光線を解き放った。眩む様な光糸が夢喰い――織姫の肩を貫くと、ルージュの美しい口元が引き締まる。
 この戦いの制限時間は七分、それ以上は引き延ばせない。時間内に撃破出来ねば、この夢喰いは赤頭巾のドリームイーターが謀る企みの糧となってしまうのだ。元となった子供達の純粋な夢――『織姫と彦星が出会えます様に』という願いを守る為に、勝たねばならない。
 そう決意したルージュの前に飛び出したのは、鵜飼・海咲(粉砕アンカーガール・e21756)のサーヴァントであるウイングキャットのアドミラルだ。愛らしい尻尾から舵型のキャットリングを飛ばし、牽制の一撃を放っていく。
 ひらりと舞うは美しい羽衣――その様にノア・ノワール(黒から黒へ・e00225)は口元を緩め、己が手に納めた得物を撫でた。
 牛郎織女。話としては知ってたが、まさかこうしてその一片と対峙する事になろうとは。
「中々面白いじゃないか」
 呟くノアが望むのは、後方に居る我が寵愛の君、筒路・茜(赤から黒へ・e00679)だ。溶ける様な甘い桃眼と視線が合えば、相手の頷きが返ってくる。もうすでに『一つ』となっている彼女達が、片割れとなった者に怯む理由は何もない。
「ボク達の愛とどっちが強いか、勝負といこうか?」
 告げたサキュバスの手がオーラの弾丸を弾くと、強かに敵の身を貫いた。そこへ番いとなったドラゴニアンが、オウガメタルに彩られた拳を叩きつけると、織姫の悲鳴が上がる。
 その隙をついて動いたのは竜一だ。後方から矢を解き放ち、中衛へ妖精の祝福と癒やしを施していく。このまま上手く補強していけばよいのだが、そう都合良くはいかない様で。
 突如現れたのは光の帯だった。それが織姫の武器だと気が付いた時、最前線を守っていた者達の視界が眩む。同時に感じた衝撃は予想以上の威力を持ってケルベロス達へと叩きつけられた。その威力に、一瞬怯んだ鵜飼・海咲(粉砕アンカーガール・e21756)だったが、気持ちを奮い立たせる様に声を上げた。
「間に合わせて見せますよっ!」
 そう、子供達の願いを届けて、七夕伝説の二人を会わせるのだから!
 僅かに痺れた足のまま、足元を装うエアシューズで空を駆ける。流星の煌めきと重力を宿した蹴りが織姫の身を穿てば、その気迫に後押しされた銀狐が戦場を駆けた。
「――いざ、静雪のみなもが参ります」
「同じく、アマルティア・ゾーリンゲン――参る」
 静雪・みなも(水面に舞い降りる銀狐・e00105)の疾走に合わせる様に、アマルティアもまた飛び出していく。みなもの瞳に強い輝きを映るのは、彼女の想いが込められているからだ。
 七夕はみんなが願い事を書く素敵な日――滅茶苦茶にするのは、ダメ。
「私たちが、絶対に止めるから……!」
 気迫と共に流星の煌めきと重力を宿した飛び蹴りが炸裂すれば、その火花に合わせてアマルティアが抜刀する。
「断ち――――斬るッ!!」
 それは彼女の心の臓に宿る地獄の産物。加速の領域が神とも呼べる領域へと昇華された瞬間、二閃の軌跡は魔剣へと変貌を遂げる。声を上げる事は許さない。その太ももに深く刻まれた一撃に、織姫の悲鳴が上がった。
 同時に光の帯が蠢く。
 お返しとばかりに解き放たれた光は、アマルティアの身を焼き、その直後に『何か』を生んだ。
(「これは……?!」)
 痛みに眉根を寄せ、その正体を認識した瞬間に体へ衝撃が走った。振われた力に一瞬頭が混乱する。
「ティア、どうしたの?!」
 みなもの声が響いた所でようやく自身を捕まえると、彼女は何でもないと前を見た。今はただ攻撃に専念するべきだ。
 戦場が動いていく中で、稲垣・晴香(伝説の後継者・e00734)は身に纏う深紅のリングコスチュームの様に燃える挑戦的な色を瞳に宿すと、素早く間合いを詰めて光輝く『聖なる左手』で相手を手繰り寄せた。次いで『闇の右手』で打撃を与えれば織姫の体が揺れていく。
「普段はじっくり王道プロレスだけど、今回はハイスパート・レスリングよっ!!」
 七分一本勝負。普段扱うプロレスよりも短いせいか物足りなく感じるが。
 気を吐いた晴香の瞳は、その身に背負うケルベロスへの期待に応える様に燃えていた。

●苛烈
 織姫と彦星。
 七夕伝説として語り継がれるその話を、茜は以前から奇妙なものだと思っていた。
 一年に一回の逢瀬でも、必ず重ねる事が出来るのならば、なぜその時に自分達の様に一つとなって逃げぬのだと。
「―――、今は関係ない? それもそだね」
 そうひとり言つと、茜は重力を宿した蹴りを振り下ろした。すぐさまひらりと離れると、彼女の愛しい人が動くのが見えた。瞬く間に間合いを詰めたノアは、自身を庇う織姫へその拳を振り上げる。
「さぁ、ボク達の愛を味わっておくれ?」
 放たれたのは音速を超える拳だった。それを負う様にルージュは攻め手を追加する。
「この身が朽ち落ちようとも、決して正義は朽ち落ちはしない」
 告げた言葉に蒼き地獄の炎が垂れた。ほう、ほう、と猛る炎を纏ったルージュは、己が胸に抱く正義の炎を召喚すると、織姫の腹へと叩き込んでいく。
 空気を震わせ響いた鈍い音に、織姫の身が揺れるもすぐさま光の帯が広がった。再び降り注いだ帯の舞いにケルベロス達の苦悶の声が上がっていく。そのひとつが、前衛を担っていたアマルティアのサーヴァントであるボクスドラゴンのパフを砕いていく。
 その様に主人は一度息を飲んだが、すぐに首を振ると得物を握り直して前を向いた。
 その有様に竜一の舌打ちが鳴る。
 ケルベロス達の消耗は予想以上に早かった。それが敵の攻撃によるものである事は確かだが、何か抜け落ちている気がしてたまらないのだ。織姫が振り撒いた攻撃への妨げは、回復と浄化を担当する竜一ができる限り取り除いてはいるが、それでも間に合っていないのだ。
 その行動の中に、晴香もまた僅かな違和感を感じていた。
 予想以上に味方の消費に、自分自身が用意した回復手段に頼らざるを得ない。もちろん、こんな状態を抜け出すきっかけを探りたいのは山々だが、原因をじっくり観察するには時間が足りなかった。
 それでも攻め続けなければならない。
 暗欝になりそうな思考に、涼やかな一音を入れたのはみなもだった。髪飾りに添えられた鈴の音は、彼女の身を彩る様に、そして諦めるなという様に響いていく。
「七星の下に……!」
 告げられた言葉は七剣星を望むもの。のびやかに飛び出したみなもが、両手の刀から衝撃波を放つと織姫の悲鳴が上がった。その様にアマルティアの頬が緩む。後押しをしてくれる者がいるのなら、自分も負けてはいられない。
 得物と共に飛び出すと、アマルティアの視界が捉えたのは織姫の持つ斑の翼だった。モザイクと呼ばれる形に彩られた翼は、かの者が贄とされる事実を思い出させる。
 仮に自分達を突破できても本懐を遂げる事はできない。そんな『敵』に一瞬だけ迷いの情が湧いた。だが、憐れみを持っても人の命を脅かすのならば、見逃す訳にはいかない。
「目をそらさないでくださいね、お星さまはここです!」
 迷いを断ち切る様に、海咲が地を這うような姿勢から、突き上げる様な星と重力の煌きを持つ蹴りを放てば、織姫の身が大きく揺れた。それでも今だ倒れない。
 攻撃は相手に当たっているのだから押されている形では無いのだが、それ以上に自分達の損傷が激しい。それは僅かな物しか回復手段を持っていない事で拡大している様だった。
 これ以上の不用意な自体はあって欲しくない――そう思った矢先に糸は切れた。
 何度目かの攻防が合った後、急に離れた瞬間、ノアの身に光が直撃したのだ。

●落星
 衝撃は深く身を穿っていた。
 目の前に現れたのはノア自身――否、それは彼女の中に燻り続ける傷だ。それが形となって生まれると、斑の身と共に彼女の身へと忍び寄る。斑の人型となった『何か』は、ノアの体に覆い被さると、その身を深く貪っていく。
 その力は確かに自分に似ていた。
「―――、ノア、ノア?!」
「あ、ああ、だいじょう、ぶだ」
 焦りの感情を色濃くした茜は、急に吐血した御主人様に駆け寄った。口元の血糊を拭い、気丈な言葉を告げたノアは茜の唇に自身の血潮を付けてやる。親指の腹で引いた紅に満足そうに笑うと、行こうと告げた。
 その間にも戦場は動いていく。
 短時間であると言うのに双方の疲労は濃く、それだけ一撃に重さがあるのだと告げていた。その中でも、最も疲労していたのはアマルティアだろう。最初の言葉で織姫の反感を買い、執拗に狙われてしまったのだ。狂った様に赤く燃え上がった織姫の目は、憎憎憎憎憎憎しげに彦星への道を妨げた彼女を捉えて離さない。
「お前を殺せばいいのよね、『天の川』」
「させませんよ!」
 すでに何度も庇いだてしている海咲はかなりの体力が削られている。これ以上はお互いは足を引っ張るだけだろう。自身の得物に力を入れたアマルティアは、ひと呼吸をすると地を蹴った。
 打開するには手を緩めない事――振り上げた得物と共に声を上げた。
 瞬間、月下に鮮血が散る。
 腹の中が熱いと思った。眩暈と共に意識が散る。けれども散ってはいけないの。
 だめ、かき集めて。
 ここで意識を捨てられない。
 だってだってだってだってだってだってだって――。
 脳を、心を、埋め尽くす文字の中で燃え広がりそうな熱が渦巻く。とふとふと流れた感覚が痛みを麻痺させていくのだ。同時にふわふわとした夢見心地が足に満ちれば、アマルティアの体が膝を付いた。
 背中で名前を呼ばれるのを聞きながら、彼女が意識を手放すと赤い髪のレプリカントがその身を抱いた。その様にもはや姫とは冠せぬ程に血に塗れた夢喰いが笑う。
「なあに、あなたも邪魔をするの?」
「許さないよ、ティアは僕の大事な友達だ!」
「……じゃあ『天の川』なのね」
 告げた織姫の口は、三日月に似ていた。
 そうして新たに始まった攻防は、織姫の一撃で幕を開ける。
 負傷者が出た以上、もはや時間はかけられない。果敢に攻め始めたルージュが織姫の撃を受けた瞬間、彼女の目にもはっきりと斑の『何か』が映っていた。
 幻影がぞわりと彼女に這い寄ると、その腕を大きく振り上げる。
「お前の生み出した物に負ける訳にはいかない!」
 その言葉に、晴香の顔が閃く。
 そうか、予想以上に自分達が消耗するのはこの『力』――自身の傷を糧とした幻影が、ケルベロス達の邪魔をしているのだ。同じくその事実に気が付いた竜一は、夢喰いに悪態を付くと、なおも戦う仲間へ癒しを施していく。そんな中で織姫の何度目かの回復が竜一の神経を逆なでした。
「助けて、私の愛しい彦星様、彦星さまあ!」
「あーもう、うっざいわー!」
 告げた口元が歪んでいく。予想外に余裕のない自分が妙に嫌に思えた。
 幻影からの回復手段を持つ者が、彼を含めて二人という事はアンバランスなものだ。それでもある程度耐えられたのは、彼の技の工夫の賜物だろう。だがそれにも限界はある。
 その時、五分を告げるアラームが鳴った。

●朧月
 放たれた力はより苛烈に踊った。
 仲間を欠いた穴を埋める様に、ノアは前へ進み出ると得物を握る。
 織姫からのダメージの大半を海咲が肩代わりしてくれていたが、幻影からのとなれば浄化する以外止める事が出来ない。幻影の力は自分の力だ。多少の手加減はあるだろうが、彼女自身の力が強い故に一撃の重みは厄介であった。
 肩を荒げる海咲に視線を向けると、流石にこれ以上は持たないだろうと判断する。
 今が攻め時――そう判断したのは彼女だけでは無かった。
「捉えた……。たぶん、そこ」
 そう告げたみなもは自身の力を得物に込め、獣的直感から予測した起動へ全力の突きを放つ。それは織姫の右肩を貫き、苦悶の声を上げさせた。
 それを皮切りにケルベロス達は地を駆ける。
「見せておくれ、君の全てを――」
 見つめた夢喰いの身が固まる。それはおそらく自身が失われる感覚を味わっているから――その消失を重ねる様に、茜もまた過ぎ去りし時を持って追い詰めていく。
「―――、ソレ、痛かった?」
 現れたのは過去だ。その過去は誰のものなのかわからず、それでいて確かに存在するものだった。その力の奔流が肩を貫くと、織姫の悲鳴が上がった。
 後ひと押し。その想いを抱えた晴香が、必殺! 正調式バックドロップの構えを取って地を蹴った。崩れそうになった織姫の体を掴むと、鍛え上げた四肢を使って担ぎ上げていく。それを止める事など不可能で。“プロレスラー”稲垣晴香必殺のフィニッシュホールドが鮮やかに決まると、畳み掛ける様にルージュの得物が夢喰いに向いた。
 これで決める――。
 そうして、時が来た。
 始まりは闇の蠢きからだ。
 瞬く間に足元からわき上がった闇色の何かは、モザイクの色を成して織姫の足元を掛け昇る。
「なに、一体なんなのこれは!」
「いけない、みんな急いで!」
 闇に囚われ始めた娘へ、ルージュが得物を振った。
 その軌跡が月光に煌いた瞬間、モザイクの煙が一気に散らされる。何もいなくなった空間へ、ルージュの得物が突き刺さった跡があらわれると、ケルベロス達の顔に緊張が走った。
 彼女の足元に散らばるのは、おそらく短冊のなれの果てとおぼわしき紙の破片――ヘドロに塗れた様なそれを竜一は拾い上げる。
「……くっそ……」
 呟いた口元に小さな歯噛みが見えていた。
 止めをさせた手ごたえはない。
 ならば呼ばれたのだろう――ジュエルジグラットの望む夢に。
 誰もが押し黙った中で昇った月は、鵲の翼を翳ませる様な暗欝な微笑みを見せていた。

作者:深水つぐら 重傷:アマルティア・ゾーリンゲン(フラットライン・e00119) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月15日
難度:普通
参加:8人
結果:失敗…
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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