七夕モザイク落とし作戦~流麗

作者:七凪臣

 7月7日、七夕の夜。東京上空……。
 大きな鍵を手にした『赤い頭巾のドリームイーター』が、ひとり、空を漂っていた。
「綺麗……短冊に込めた人々の願い事が、まるで宝石のよう。
 あの輝きが欲しくて、あなたは『モザイクの卵』を降らせたのね。
 でも、鎌倉の戦いでこしらえてもらった卵も、あと少ししか残っていないのね。
 …………。
 いいわ、あなたの夢、私が手伝いましょう。
 だって、あなたの夢は、きっと私と同じだから。
 だから、残った卵を私に頂戴。
 あなたをこの星に呼んであげるわ……ジュエルジグラット」

●ねがいごと
 住宅街の一角にある広場で、笹葉が夏の夜風にそよいでいた。
 地域住民の集いなのだろう。辺りには子供が多いが、保護者と思しき大人達の姿もある。
 年に一度の七夕の夜。日中の暑さを忘れる一時を、人々は和やかに味わう――いや、味わっていた。
「!」
 最初に気付いたのは誰だったか。肩を跳ね上げ弾かれる気配に、次々と視線が攫われる。集まる場所には、不安を呼び覚ますかの如きモザイクの塊があった。
 それは、モザイクの卵と呼ばれるモノ。人の夢を喰らってバケモノに転じるモノ。
 果たして今宵も、産まれる異形。
 一枚、また一枚。
 択ぶように、願いをしたためられた短冊が取り込まれてゆく。
 そして。
「逃げろ!」
 形を成したのは、モザイクで出来た筆だった。ただ、人では扱いようもないだろうサイズの。
「みんな、早くっ」
 事態を察した大人が叫び、子供たちは懸命に走り出す。
 蜘蛛の子を散らすようにその場から去った彼らは気付かなかったろう。
『字がきれいになりますように』
 奪われたのが、そんな細やかな願いであったことに。

●星夜の変事
 ドリームイーターが七夕を利用して大作戦を行う事が判明した。
「予測して調査してくれていたローデッド・クレメインス(灰は灰に・e27083)さんや、他の多くのケルベロスの皆さんのお蔭です」
 来たる凶事を未然に識れたリザベッタ・オーバーロード(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0064)の口調は力強い。
 だって、判っていれば防ぎようがある。失われるかもしれない命を救うことが出来る。
 かくてリザベッタはドリームイーターが目論む、鎌倉奪還戦時に失敗した『モザイク落とし』の再来について詳細を語り出す。
「モザイク落としが行われれば、日本に巨大なモザイクの塊が落下するので、大量のドリームイーターが出現し、日本中が大混乱となる事が予測されています」
 敵は残存するモザイクの卵を使用して日本中の七夕の願いをドリームイーター化し、そのドリームイーターを生贄に捧げる事でモザイク落としのエネルギー源にしようとしているらしい。
 また、七夕の願いから生まれたドリームイーターは出現してから7分間で自動的に消滅し、モザイク落としの儀式のエネルギーに変換されてしまうようだ。
「幸いな事にこのドリームイーターは願いの元となった笹竹の傍で『待つ』という行動をするので、周辺に被害が出る事はありません。しかし、7分を過ぎると敵の願いは成就してしまう。ですから、皆さんには現地へ赴き、制限時間内にドリームイーターを撃破して欲しいのです」
 そしてリザベッタは自分が告げる核心に踏み込む。
 巨大な筆に酷似したドリームイーターが現れるのは、とある住宅街にある広場。
 振るう力で流麗な文字を実体化させ、その文字が持つ意味に準えたダメージを与えて来る。
 7分以内に撃破出来なかった場合は、消滅してしまう為に倒すのは不可能。
「今回現れたドリームイーターの過半数を撃破できなければ、モザイク落としは実現されてしまうでしょう」
 それは何としても避けたい災厄。が、同時に。ほぼ全てのドリームイーターを撃破できれば、モザイクの卵による事件は今後発生しなくなると予測されている。
 まさに、禍福は表裏一体。
「――あのですね」
 と、ここまで凛とした響きだったリザベッタの声音が、不意に和らぐ。
「実は僕もあまり字には自信がなくて。ほら、漢字って難しいじゃないですか。だから、この願いはとてもよく分かるんです」
 だから、というわけでもないけれど。
 どうか人々の細やかな願いが、不幸な出来事に使われてしまわないよう。
「ドリームイーターのこと、宜しくお願いします」
 はにかむように笑って、ヘリオライダーの少年はケルベロス達へ頭を下げた。


参加者
雨月・シエラ(ファントムペイン・e00749)
橘・芍薬(アイアンメイデン・e01125)
トエル・レッドシャトー(茨の器・e01524)
卯京・若雪(花雪・e01967)
天津・総一郎(クリップラー・e03243)
レイン・プラング(解析屋・e23893)
楠木・ここのか(幻想案内人・e24925)
唯織・雅(告死天使・e25132)

■リプレイ

「こっちよ!」
 赤髪のメイド服の女――橘・芍薬(アイアンメイデン・e01125)の呼び声に、驚愕から解き放たれた人々が笹竹に背を向け走り出す。
「嫌な予感ほど、現実となるものですね」
 七夕の夜に暗雲を齎す影。その到来を憂いていた卯京・若雪(花雪・e01967)は、人波が作る流れに逆らいながら、人の世の理に即さぬチラつきを見つめた。
「『人の夢』と書いて『儚い』とはよく言ったもんだ。たった七分で消えちまうなんてよ」
 生まれたての異形を、天津・総一郎(クリップラー・e03243)は短冊にしたためられた夢に準えそう評す。
「そうですね。ならば、尚の事。悪夢に転じぬよう打ち払いましょう」
 大切な願いと和やかな時間を取り戻す為に、と決意を固め若雪が頷く。そんな男たちの刹那の会話を耳に、楠木・ここのか(幻想案内人・e24925)は女性らしい柔らかさで胸を痛めている。
 もしかしたら、ドリームイーターも願いを叶えたかっただけなのかもしれない。
 無論、それはここのかの中の憐みだ。相手が人間からグラビティ・チェインを奪うのが目的である以上、ケルベロスの成すべきことはただ一つ。
「夢喰いさん、君の願いを成就させる訳には行かないんです」
 荒げる事無く、気負いさえ滲ませず。若雪が静かに宣誓する。
 年に一度の七夕の夜、広がるのは晴れた空と笑顔が好い――。

●煌星の獅子
 『嵐』、サッと払われたモザイクの毛先が、一つの文字を完成させた。
 吹き荒び襲い来る風の猛攻は、デウスエクスと至近距離で対峙しようとしていた者たちを一斉に飲み込む。
 堪らず、唯織・雅(告死天使・e25132)と彼女が連れるウィングキャットのセクメト、さらに雨月・シエラ(ファントムペイン・e00749)とトエル・レッドシャトー(茨の器・e01524)の足が強張りかける。
 しかし。
 芍薬が纏う金属生命体が放出した粒子と、テレビウムの九十九が映し出す動画が、共にダメージを負った総一郎の傷だけでなく、彼女らに植え付けられた縛めまでをも見る間に癒し清めた。
 軽くなった体を確かめるように、トエルは黒の残滓を、シエラは磨き上げた一撃を筆の異形へ叩き込むべく、間合いを一気に詰めてゆく。その後ろ姿を見比べ、総一郎はまずはシエラへ盾の加護を送り届ける。
 敵へ女たちの技は直撃した。が、命中精度は盤石ではない。
「どうか、加護を」
 祈ったのは、若雪だった。ただし、総一郎が直接的に纏わせたものとは一線を隔すもの。
 大地の霊力と御業を乗せた一太刀。浴びせられるのは、夢喰らう異形。清浄かつ重い一撃は、追い打つように花咲く蔦を絡み付かせて敵の足を止める。
 雅がスイッチ一つでカラフルな爆発を起こし前衛を鼓舞すると、すかさず続いたレイン・プラング(解析屋・e23893)も同じ力で打ち壊す者と盾となる者らへより強大な破壊を生み出す力を授け、セクメトも羽ばたきで浄化の種を撒く。
「……?」
 ここのかのやれば出来ると信じる心の結晶と、ここのかのテレビウムが振り翳した凶器攻撃を喰らった異形が僅かに身じろいだのは、己へ向けられる手数の少なさのせい故か。されど、深く考える事無く筆は次の文字を流麗にしたためる。
「セクメト。そちら……任せ、ます」
 中空に画き出されたのは『炎』の壱字。芍薬を狙ったそれは、雅の求めに応じたように翔んだ翼猫が我が身をもって受け止めた。
「ありがとう、助かったわ」
 護られた返礼をすぐに芍薬は編上げる。満ちるに足りない分を補おうと、九十九も癒しの力を振るう。
 くるくると、戦場という盤面に配された駒たちが布石を打って行く。
 総一郎は今度はトエルへ守りの加護を与え、トエルはぶれる手元を意識してより精度の高い地獄の炎纏う一撃を、シエラは意識を高めた意識が引き起こす爆発をドリームイーターへ叩き込む。若雪は、すらり伸びやかに月の軌跡を描き上げた。
 だが、時間制限のある戦いの中でケルベロス達が削いだ敵の力は最小限。雅とセクメトは過剰とも言える癒しを、先程と同じ者たちへ注ぐ。
 ――何故そこまで、いっそ執拗な程に。盤石であろうとするのだろうか?
 もしかすると、デウスエクスもそんな風に考え始めていたかもしれない。だが、モザイクが答を導き出す前に、『結果』が成就する。
「いきますよ……!」
 十数歩分、デウスエクスと開けていた間をここのかが駆けた。
 星の川を流れるように、中空を青い髪がすっと背に靡く。軽々と辿り着いたのは、零距離の間合い。閃かせた目にも留まらぬ斬撃が、夢喰いの中に根差していた縛めの可能性を高める。援護するようテレビウムが発したフラッシュも、筆の異形の意志を引き寄せた。
(「些細な夢は、だからこそ尊いものです」)
 自身は星へ願うような夢は持たないながら、レインは痩せた小柄な体躯に『夢を叶える手伝いを』という強い気持ちを漲らせる。
 だって、どんな願いだって。誰かの想いが込められた大切なものだから。デウスエクスになど穢させてはいけないものだから。
「―――解析完了、データリンクします」
 黒い瞳で敵を見据え、レインは夢喰いのあらゆるデータを読み解く。そこから導き出された最適解を、ドリームイーターと隣接する者――総一郎、雅、セクメト、そしてシエラとトエルへ送り込んだ。
 それは彼ら彼女らの、照準合わす意識を高める。
 獅子たちは虎視眈々と鋭い牙を研いでいたのだ。

●攻防の天秤
 狙い定める意志に刷り込まれた怒りの侭に、自立する筆は破の念でここのかのテレビウムを貫く。凄まじいエネルギーを内包した一撃は、小さな体躯が有す生命力を激しく削り、即座に芍薬と九十九が癒しはしても万端までは届かない。
 だが、機は満ちている。
「喰らいやがれぇっ!」
 オトナになり切る前の青さが持つ勢いに任せ、総一郎は軸先部分を蹴りつけた。びりっと足先から伝わる感触は、いつも以上の成果を総一郎に教えてくれる。そんな青年が作った流れにシエラも乗って、自らの意志で脳のリミッターを解除し走った。
「書いた字でその人の性格が分かる、なんて言うよね」
 全身から溢れ出す力は制御に難く。されど気紛れに嘯く事で少女は余裕を得て、能力値の最高点まで押し上げる。
「……此れからは、善処するよっ」
 実の所は、取り込まれた短冊の主たちと同じ傾向にあるシエラ。失い炎で補う右手が本来の利き腕だからと胸の裡で言い訳を紡ぎ、不規則な剣閃をドリームイーターへ幾重にも見舞う。その圧倒的な破壊力に、宙に浮く異形の身が微かにブレた。
 足元を固める段から、破壊のフェーズへ移ったケルベロス達。されど多彩な一技の中から、なおも敵を絡め取る一撃を択び採り、仕掛け続ける。
「大切な想い、貴方達が好き勝手に利用していいものではありません……!」
 戦いの運命の天秤が大きく傾いたのは、レインが亡者の怨念が込められたナイフを構えて走った瞬間。
「!!!」
 ジグザグに変形した刃に毛先を無残に斬り裂かれ、声の代わりに器を形作るモザイクを明滅させてドリームイーターが苦痛を吼えた。それは、直接的なダメージが原因ではなく、穿たれた縛めが急激に重さを増したせい。直後にここのかが放った未来を信じる心を礎とした一撃は、刹那の溜めも必要とせずに二撃目となって異形を襲う。
 とは言え、敵はデウスエクス。このまま沈黙する程、軟ではなく。
「3分経過! 次は『破』の文字よ、気を付けて!」
 時を告げつつ筆先の動きを読んだ芍薬の警鐘も、疲弊していたテレビウムを守りきるには足りなくて。愛らしいフォルムのサーヴァントは消耗しきってその場に倒れ伏す。
「――っ」
 視線の先でスローモーションのように頽れる姿に唇を噛み、芍薬は熱エネルギーを拳へ集中させた。
「エネルギー充填率……100%! いくわよ、インシネレイト!」
 癒やす相手がいないなら、攻撃に転じるのは癒し手としても必定。陣後方から最前線へと駆け出た芍薬は、他の誰も有さぬ唯一無二の力を掌の放射口から夢喰いの内部へ送り込む。
 荒れ狂うエネルギーは、確かな破壊力となってデウスエクスの内側で爆発した。それでもまだ、外見に大きな損傷となって現れはしない。
「時計が正確な時を告げる為には、各部品がきちんと動いてこそ」
 戦況はまだ五分と五分。どちらにも傾ききらない運命の天秤に対する焦れはありながら、総一郎は己が気持ちを引き締める。
「だからこっちも各自が役目を果たせば、制限時間内撃破という夢も実現できるぜっ!」
「――その通りです」
 馳せた意識でモザイク表層に疵を刻む総一郎の雄々しい『可能性』の実現宣言に、トエルは小さく頷く。
 敵は願い事を『綺麗』と言いながら、ただ利用するだけの輩。目論見を挫けない筈がない。
(「まぁ……私にできるの、燃やすことだけだし」)
 どこか空虚な気配を纏いつつも、トエルの紫眼はデウスエクスから僅かも逸れず。いっそ、執着とも思える煌めきを宿し。
「堰を砕きて、」
 トエルが背に負うのは、褐色の肌に映える白い翼。それを媒介に錬成した魔力を我が身に移すと、少女の全身に茨の紋様が浮かび上がった。
「我を解き放て」
 得たのは時流加速の加護。姿を捉える事は能わず、ただ残影のみ戦場に刻んだトエルの一撃は、神の領域の早さへ至り夢喰いを打ち貫く。
 バチリ、火花の如くモザイクが散った。ついに覆い隠せぬ程の損害を被ったのだ。心なしか、全身の彩もくすんだよう。
 けれど、ケルベロス達は浮足立つことなく、『各自の役目を果たし』続ける。
 雷帯びた若雪の刃が、ずぶ、ずぶりと深く夢喰いを穿ち、
「仕込みは、終えました。仕上げは……お任せ、致します」
 雅が放った敵グラビティを中和するエネルギー光弾と、追随したセクメトのキャットリングが夢喰いの力を削ぐ楔を重ねた。そうして流れを継ぐのは、レイン。縛めの要たる少女はレプリカントとしての技量――激しく回転させた肘先を、夢喰いの筆管部分へ突き立てる。
 ホロ、ホロリ。
 表層が剥げ落ちる様は、勝敗の行方を決していた。

 最初の二分を、自分たちの為に使った甲斐は十分にあった。
「残り3分っ」
「そう、簡単に……私の、後ろに。通しは、しません」
 タイムカウントする芍薬を襲う『破』の字の前へ、雅は濡羽と灼光、2色の光翼を羽ばたかせて躍り出る。
「……っ」
 痛みがない訳ではない。けれど、耐えられない程でもない。夢喰いは、明らかに弱体化していた。
「押し切りましょう」
「任せて」
 状況を読む若雪の声に、シエラは弾かれたように走り出す。強く踏みつけた地面からは、砂埃が撒き上がった。
「喩え小さな夢だって、キミ達には持っていかせはしないさ」
 どちらが正面か分かり難い敵の、それでも先程まで向き合っていた面とは反対へ回り込み、更に右斜め前方へ跳躍する。
「立派なものも、ささやかなものも――夢は抱いたその人だけのものだから」
 そうしてもう1ステップ、改めて真正面へ至り、少女は得物を振り翳す。
「キミが倒れるまで、止めない。止めてあげない」
 繰り出された縦横無尽な斬撃に、筆管の上半分が折れて吹き飛んだ。

●運命の射手
 綺麗な字は、書ければやはり嬉しいもの。
(「そんな子供の純粋な願いを利用するなんてね。遠慮なくぶっ飛ばして、丸ごと返して貰うわよ!」)
 それなりに書ける方な芍薬も理解できる細やかな喜び。だからこそ、奪わせる訳にはいかずに。
「冥土の土産よ、空の彼方までとんでお星様になるといいわ!」
 メイド姿の女が、灼熱の拳で冥土送りの一撃を夢喰いに呉れる。
 若雪が告げた時の鐘では、戦端が開かれて6分目に突入するタイミング。降り注ぐ嵐を物ともせず、ケルベロス達は自らが持つ最高の破壊力をデウスエクスへぶつけた。
 そして。
(「力強い文字には、憧れますが……」)
 願いは願った本人こそが叶えるもの。
「君はもう、お休み」
 物質化を解かれた美しき刃を若雪は一閃、返す勢いで更に閃かせた一刀で原型留めぬ筆の異形を斬り払う。ざばりと穂が散れば、あとはもう一文字もしたためられぬだろう哀れな様に。
(「……いつからだっけ、『ヒーローになりたい』って書かなくなったの」)
 ふらふらと宙を漂う姿は、揺れる短冊にも似て。一歩、踏み込みながら総一郎は刹那の思考を愉しむ。
 一昨年も、去年も。託した願いは『オトナの男になる』だった。果たして、ヒーローになりたかった願いは成就したのか、それとも――。
 拳を固め、意識を戦いに引き戻す。
「お前を仕留めるのは……俺の拳だッー!」
 叩きつけるのは、何の変哲もないただの突き。しかし込められた気合と覚悟は、幼い子らが憧れるヒーローそのものだったに違いない。
 だって射掛けられた矢の如き一撃に、夢喰らおうとした異形は儚く散ったのだから。

 ただ笹葉がさやさやと歌うだけに戻った広場の様子に、トエルはふっと全身の力を抜く。
 清涼さを齎す夜風に、軽い民族衣装の裾がふわりと揺れた。
「こちらは、無事。済みました……けど」
 今宵、生まれたドリームイーターは少なくなかった筈。余所の状況を案じる雅の肩に、ひょいと翼猫が乗る。
「そう……ですね」
 戦果の程はいずれ知れるだろう。だから、今は。目的を達した充実感を味わえばいい。
「せっかくだから、何か願い事を書いて行こうかな?」
 残された戦いの記憶は、大地に刻まれた足跡くらい。軽くヒールを施した芍薬は、隅に置かれていた短冊と筆のセットに手を伸ばす。
「テレビウムは何か願い事はありますか?」
 癒やされて再び立ち上がったサーヴァントの顔を覗き込んで、ここのかはふふりと笑う。
「私の願いは……『将来の旦那様と出会えますように!』ですよ」
 ああ、どこかにいないものだろうか。やや童顔で、一人称は『僕』のミディアムショートヘアーな王子様!
 夢見る妖精はくるくる踊る。そして『オトナの男』を目指す総一郎は、今年の願い事を『皆の願い事が叶いますように』に決めた。
「これぞオトナの男だぜ!」
 仕事終わりの安堵の一幕。短冊に込める願いは様々に。けれど、どこか慎ましく。
「……我ながら夢が無いね」
 ――ただ静かに暮らしたい。
 笹竹に吊るした文字を追い、シエラは密かに自嘲の笑みを漏らす。
 戦いを捨てられたら、簡単に叶うかもしれない願い。だけど、知らないフリをするには、世界は騒がし過ぎる。
(「癒えない傷を抱えて生きるのだって、傷が増え続けるよりきっとマシだから」)
 ささやかでも、意味深く。誰の夢も、願いも、きっと同じで。
「皆さんに、もう大丈夫だと伝えて来ます」
 穏やかに踵を返し、若雪は一時中断した七夕の夜の再開を人々に促す為に広場を後にする。
 彼らの笑顔と平穏――これから過ごす時間が綺羅星のように輝き、守り抜かれた願いが叶う未来が訪れますようにと祈りながら。

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 2
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