七夕モザイク落とし作戦~ねがいごと

作者:鉄風ライカ

 7月7日、七夕の夜。東京上空……。
 大きな鍵を手にした『赤い頭巾のドリームイーター』が、ひとり、空を漂っていた。
「綺麗……短冊に込めた人々の願い事が、まるで宝石のよう。
 あの輝きが欲しくて、あなたは『モザイクの卵』を降らせたのね。
 でも、鎌倉の戦いでこしらえてもらった卵も、あと少ししか残っていないのね。
 …………。
 いいわ、あなたの夢、私が手伝いましょう。
 だって、あなたの夢は、きっと私と同じだから。
 だから、残った卵を私に頂戴。
 あなたをこの星に呼んであげるわ……ジュエルジグラット」


 駅構内の広場に設置された何本もの笹は、毎年たくさんの短冊で賑やかに彩られる。
 その駅は県内でも割合栄えた駅であると同時に、総合病院へ向かうための最寄り駅でもあった。となれば、人々が胸に抱く多種多様な願い事の中、健康に関する短冊が増えるのは自然なことなのかもしれない。
『腰痛が改善されますように』
『ままのびょうきがはやくなおりますように』
『手術成功祈願!』
 カラフルな紙片の内包する祈りを吸い上げるようにしてドリームイーターは姿を現す。
 全身をモザイクで覆った三メートルの人型はゆらりと立ち上がり、自身を満たす者を求めて彷徨う。体内に取り込んだ大量の短冊をもモザイクへと変容させながら。


 ドリームイーターが七夕を利用した大作戦を目論んでいるようだ。
 多数のケルベロス達の調査によって判明したこの作戦は、鎌倉奪還戦時にドリームイーターが行おうとしていた『モザイク落とし』の再来ともいえるもの、らしい。
「もしモザイク落としが成功しちゃったら大惨事だよねー……」
 蛍川・誠司(サキュバスのヘリオライダー・en0149)が苦笑して頬を掻く。
 モザイク落としが行われれば、日本には巨大なモザイクの塊が落下することになる。そうなれば大量のドリームイーターが出現し、甚大な被害と混乱を巻き起こしてしまうだろう。
「敵はまだ残ってるモザイクの卵を使って、七夕の願いをドリームイーター化するみたいっすね」
 そして、生まれたドリームイーターを生贄に捧げ、モザイク落としのエネルギー源にしようとしている。
 短冊にしたためられた願いを礎として誕生したドリームイーターは出現から七分経過すれば自動的に消滅し、モザイク落としの儀式エネルギーに変換されてしまう。
「だからね、皆にはドリームイーターの現れるとこに向かって、七分以内に敵を倒して欲しいんすよ」
 時間制限付きなのがやぁね、と微妙な顔をして、誠司はメモ帳に視線を向ける。
 ドリームイーターの出現ポイントは、とある県のそこそこ大きな駅構内。吹き抜けの広場に設置された笹の短冊から敵は生まれるという。
 最終電車も近い真夜中に発生する上、短時間で決着をつけねばならない此度の戦闘では、人払いよりも迅速な撃破に注力したほうが良いだろうか。
「敵はモザイクで呑み込もうとしてきたり、モザイクを飛ばしてきたりって攻撃をするっすね。あと、回復力が高いっぽい」
 それから、七分以内に撃破できなければドリームイーターは消滅し撃破不可能になってしまうこと、今回出現したドリームイーターの過半数を取りこぼせばモザイク落としが実現してしまうことを説明し、
「でも全部に近いくらい倒せれば、モザイクの卵のせいで起こってた事件が起こらなくなるっすから。期待してるっすよん」
 片目を瞑った誠司がピースサインを曲げ伸ばしする。彼なりの信頼の表現らしい。
「願いとか夢とかってさ、やっぱ、すげぇ大事なモンだと思うんすよ」
 自分のための祈りも、誰かのための祈りも、笹は想いを抱き締めて天高く腕を掲げる。
 よろしく、と会釈するように軽く頭を下げて、誠司は緩く手を振った。


参加者
シエル・アラモード(碧空に謳う・e00336)
天津・千薙(天地薙・e00415)
パティ・パンプキン(ハロウィンの魔女っ娘・e00506)
芥河・りぼん(リサイクルエンジン・e01034)
真上・雪彦(血染雪の豺狼・e07031)
グラム・バーリフェルト(撃滅の熾竜・e08426)
三城・あるま(あるま先生ホントスゴいです・e28799)
愛宕・幸(踊る祭祀服・e29251)

■リプレイ


 終電間際ともなれば改札へ急ぐ人も出ようもので、数は少ないものの散見される彼らの安全な帰宅のため、芥河・りぼん(リサイクルエンジン・e01034)は大きく声を張る。
「終電間近です! お気をつけてお帰り下さい!」
 もうすぐこの場所は戦場と化すのだ。
 少女の元気な呼び掛けに訝しげに首を傾げる人々も、武装したケルベロス達の姿を見れば表情が青褪める。逃げるように改札を抜ける者、来た道を引き返す者と行動は様々であったが、迅速な撃破の求められる今回の戦闘に於いて懸念要因は少しでも少ないほうが良いだろう。
 人気のなくなった駅構内をきょろきょろと見回すシエル・アラモード(碧空に謳う・e00336)の隣、パティ・パンプキン(ハロウィンの魔女っ娘・e00506)はある一点へじぃっと目を眇めて。
「あら? パティ様、何か視えますの?」
「みんな、あれではないか!?」
 パティの指差す方向で何かが揺れた。
 夏夜の暗がりが紛れ込む吹き抜けの一角に不自然な闇が差す。恐らく予知で聞いた『吹き抜けの広場に設置された笹』とはパティの示すそれに相違ない。しかし笹を飾っているはずの彩りだけがまるっきり消失していた。
「短冊が……」
 思わず呟いて、三城・あるま(あるま先生ホントスゴいです・e28799)は目を見開く。
 色を失った短冊はぬるい風を渦巻いてぐずぐずと人型を造り上げていく。願いだけに留まらず紙片ごと体内に吸い込んで巨大化する怪物目掛け、真上・雪彦(血染雪の豺狼・e07031)が石材の床を蹴った。
 強奪に特化した本能を相手が振り翳すのなら、相対する己が叩き付けるのは猛る闘争本能だと。
「人の願いを使ってエネルギーを確保しようたァ強かだな」
 ドリームイーターの巨躯を呑み込むようにして展開するブラックスライムを皮切りに、滲むモザイクをグラム・バーリフェルト(撃滅の熾竜・e08426)の雷光の如き旋刃脚が切り裂く。
 蹴撃の軌跡に地獄の焔が尾を引いた。
「……貴様らには消し炭程度の炎では生温い」
 生命を貴ぶ切なる願いを踏み躙らんとする夢喰らいに掛けるべき情けなど持ち合わせてはいない。
 モザイク越しに覗く、乱雑に詰め込まれた短冊に一度だけ祈るように紫の瞳を伏せ、天津・千薙(天地薙・e00415)は光纏う左手を敵へ向ける。引き寄せた勢いの乗る右拳を叩き込んでドリームイーターを間近に見据えた。
 治療を望む人々の心が、他者を傷付けることになろうとは何たる皮肉か。
 それでなくとも、かつて戦闘目的で製造された過去を持つ自身と、目的を果たし消えることを是とされたドリームイーターの境遇とが重なって千薙の脳裏に複雑な感情を過らせる。
 けれど。
「皆さんの平穏を守るため……貴方にはここで消えて頂きます」
 守るべき笑顔のため、揺るがぬ決意を胸に感傷を振り払う。時間内での決着に挑む以上、持てる力の全てで倒しにかからねばならない。
 あちらも、こちらも、互いに七分間しか与えられていないのだから。


 今宵は七夕、年に一度の星の逢瀬にふんどし一丁は拙かろうと祭祀服を纏った愛宕・幸(踊る祭祀服・e29251)が方陣を描くように戦場に舞う。
 昼間ならばホームの辺りには羽を休める鳥の姿もあっただろうが、深夜に煌々と明かりの灯る人の領域に立ち入る動物は見られない。そも、人間ではないと云えど戦闘に生物が巻き込まれる可能性を考えれば、例え動物を情報収集に利用できたとて実行に至る前に誰かが制止を掛けただろう。
 意識を攻撃に切り替え、ふむ、と幸はドリームイーターの様子を見定めた。
 未来の希望をたたえた拳での打撃は命中率からか掠る程度ではあれど、クラッシャーに身を置く以上当たればデカい。唸り声を上げた敵はぶるぶるとモザイクを震わせ損傷の回復を図る。
「成程」
 何か納得したように幸が小さく零す。
 みるみる修復されていくダメージは数値で推し量ることはできずとも、多大な回復力を誇るのは確かなようだ。
 短い時間をやり過ごせば相手の勝ち。その意味を噛み締めて、あるまは星屑を脚に煌めかせた。相手がヒールを行った直後、少しの間でもと敵の行動阻害を狙うには好機に思える。
 はやく良くなりたい、治ってほしい……星に届けたいと皆の抱く想いは、今ここでドリームイーター勢力の目論みを潰してしまわねば、本当に叶わなくなってしまうかもしれないから。
「返して、もらうのですよ」
 幼さの残る優しい眦をキッと引き締め、高く跳躍する。流星纏う飛び蹴りに穿たれた敵が仰け反った瞬間を逃さず、りぼんはきつく握る縁刃の一振りに全力を籠めた。
「ガツーンっと! 激震チャージです!!」
 頭部に思い切り叩き込まれた水平の峰打ちに、ぐわんとドリームイーターの全身が戦慄いた。波紋を打ち弛む人型に視線を走らせれば、苦しむ素振りに状態異常付与の手応えを感じる。
「一挙両得、ですわね、りぼん様!」
 きゃあと語尾を弾ませたシエルも妖精弓の弦を引き絞る。
 撃ち放たれたエネルギーの矢は一直線に敵の胸を貫く。ぐぅ、と唸る敵の喉を、続けて千薙の爪先が裂いた。
 緩まぬ猛攻の僅かな隙間、懐中時計に目を落とした雪彦に、二分が経過したことを示す秒針。
 残された猶予はあと五分しかない。
 ――否、
「そんだけありゃァ上等だ」
 あと五分も『楽しめる』。
 地獄の番犬たる使命感と、それに勝る戦闘の高揚感と。至極愉快そうに弧を描く雪彦の唇から鋭い犬歯が覗く。
 ドリームイーターという種族の得体の知れなさは好かぬが、戦を楽しむ相手としては申し分ない。挑発的に浮かべた笑みもそのままに、ゆらり、と歩法を変えた。
「目ェ凝らせよ」
 束の間の接触は速く、疾る刀の閃きすら視認できない程。
 直撃を受け傾ぐ敵が闇雲に繰り出す噛み付きは、ケルベロスに届く前にパティのボクスドラゴンであるジャックに防がれた。
「その調子なのだ!」
 頑張るジャックに即座に激励と治癒の光を飛ばすパティも、メディックとして一生懸命戦線維持に努めている。
「皆の夢や願い、ここで奪われてなるものか、なのだ!」
「ああ、君の言う通りだ」
 とんがり帽子を被る小さな少女の熱い気概を感じ、グラムが柔らかく微笑んだ。


「我が正当なる怒り! その身に刻め!」
 反動を次なる剣撃の礎として何度も叩き込まれる一撃一撃がドリームイーターの体躯をひしゃげていく。
 グラムの繰り出す漆黒の大剣が伝える衝撃音は敵の受ける負傷の重さを察するには余りあるほどに思えたが、それでも、ヒール不能ダメージを鑑みても敵の回復量は厄介だった。
 迫るタイムリミットが一同をはやらせる。
「全ッ力で、いっきますよーっ!!」
 高速で回転したあるまの、アルマジロの硬質な外皮を活かした全身全霊体当たりが炸裂する。ぶつかって動物変身が解けてしまったあるまに、あわわ、とちょっと心配そうな顔をして、シエルは、彼女をドリームイーターから守るかの如く武神の矢を放った。
 痺れが走ったらしい相手の動きが鈍るのを見止め、軽く胸を撫で下ろす。
 ケルベロス達をねめつけるドリームイーターの、憎しみに満ちた形相には、内包する快癒への渇望も含んでいるのだろうか。
 けれども一同は、今回の敵がいかなる願いから生まれたものであれ『消えるために生まれた』ものであることを知っている。
 やるせない気持ちを、囚われた願いを解き放つための力に変えて、ケルベロス達は持ち得る手段を叩き込む。返す刀で飛んできたモザイクに蝕まれし仲間には、頼れる癒し手であるパティのヒールが施され。
「これで動けるはずなのだ! 回復はパティに任せ、幸は攻撃を!」
 こくりと返礼して幸はドリームイーターの眼前へ迫った。
 回復を行わず攻撃を繰り出してきた敵の体力を削るには絶好のタイミングであるはずだ。幸の横薙ぎを喰らいたたらを踏む敵の懐へ雪彦がしなやかに滑り込む。
 ニィと細めた金の双眸は満ちゆく月に似ていた。
「総員、攻勢!」
 雪彦の刃が敵を削ぐと同時に六分の経過を告げるグラムの声が響き渡り、ハロウィン・プロジェクトに所属する面々は顔を見合わせて頷き合う。ぐいっと袖を捲り上げるように刀を持つ腕を掲げ、りぼんが快活に駆けた。
 信頼する仲間へ繋げる連携のひとつめ。
「一之太刀頂きます!」
 まるでぶん殴るように与えた衝撃の余韻も引かぬうち、
「二之太刀……暫し地面と触れ合いなさい」
 すぅ、と表情を消した千薙の、高精度の予測演算により導き出された先読みの蹴りがドリームイーターの頭上より降る。
 地に伏した敵が起き上がるよりも早くパティが大鎌を振るう。 
「お菓子をくれぬなら……お主の魂、悪戯するのだ!」
 ジャック・オー・ランタンの幻影に、オレンジ、黒、紫と色彩の広がる錯覚は、まるで幻想混じりのハロウィンパーティーのよう。
 振り抜いた湾曲の刃越しに呼ぶは親愛なる友の名。
「シエル!」
「合点承知ですわ!」
 意気揚々と応えるシエルの周囲、シエルの唄に導かれた古の妖精達が宙を舞った。
「妖精さん、そろそろご準備よろしいですか?」
 問い掛ける少女の物腰は柔らかながらも、その歌声が紡ぎ出す高威力の流れ星――妖精の襲撃は巨大な敵の身体を掠め取り、穿ち、潰していく。
「どうぞお空にお帰りくださいませ!」
 華やかな煌めきの乱舞は、終焉へと誘う最後の手向けの花だ。
 妖精達の贈るそれを一身に受け止め、ドリームイーターは空気に掻き消えるように霧散していった。


 モザイクのひとかけらまで滅せられたデウスエクスが溶ける笹の足元、はらはらと落ちる紙片は色を取り戻すことはなかったが、例え色形が元に戻らなくとも悪用から逃れた短冊はどこか満足げに見えた。
 撃破したドリームイーターのエネルギーが僅かにでも事件の本元に流れたりはしないかと雪彦は警戒するも、それについては、良くわからない、と言うより他なかった。もしかしたら、その後の調査で見えてくるものはあるかもしれないが……。
 ドリームイーターの最期を見届ける千薙とあるまは、空気に紛れていく残滓につられて空を仰ぐ。
「貴方のことは忘れません。だから、安心して休んでください」
 千薙は怜悧な声音に安寧を祈る心を乗せて、
「今度は星に、届くといいね」
 あるまは穏やかな笑顔に慈しみを乗せて。
 生きるために何かを犠牲にするのは生命の在り方であり、根源。それ自体は罪でもなんでもない。けれど、ただ何かを犠牲にするだけの命を認めるわけにはいかなかった。
 天には、吹き抜けの構造に切り取られた四角い夜空。瞬く星々がケルベロス達を見守っている。

 被害を被ってしまった駅の床や外壁にヒールを施すグラムやりぼんの作業が一通り落ち着いた頃を見計らい、千薙が取り出すは事前に用意しておいた人数分の短冊とペン。
「せっかくの七夕、楽しまないと損ですからね」
 細やかな気配りに、わぁ、と可愛らしい歓声が上がる。
 配られた短冊を前に頭を捻り、思い思いの言葉を書き入れて。
 幸が吊るした白の短冊には『願いを持つ者、夢を持ち追う者全てに幸あれ』の文字。グラムは少し悩んでから、無病息災、とシンプルな願いを選んだ。
「我々番犬が倒れては始まらんからな」
 しっかりと笹に紐を括り付け、覗く星に目線を遣る。
(「この国の人々も粋な御伽噺を考え付くものだ」)
 ベガとアルタイルだと考えれば見慣れているが、織姫と彦星の伝説にはあまり馴染みがない故か随分と新鮮に感じた。
 巡る季節のたったひとときしか触れることも叶わない恋人達の話。
(「……彼女は、元気にしているだろうか?」)
 ふと思い出した女性の体調も最近は思わしくないようだったし……とはいえ、世話焼きもほどほどにしておこう、と揺れる短冊をつつく。和やかな雰囲気が戦闘後の疲れた体に染み渡るようだった。
 トコトコと小走り気味に雪彦の傍へ近寄るあるまは、両手で大切そうに短冊を持つ。
「雪彦さんは、どんなお願い事を?」
「ん、別に特別なもんは書いてねえよ」
 既に短冊を吊るした後らしい雪彦が気安く答えて笹のほうを指し示す。水浅葱色の紙片が翻り、あるまの瞳に映る願いは。
「『同じ夜空の下に吊るされた願いが、無事叶うように』……ですか」
「あるま先生は?」
 ふわふわ髪の少女へ問い返し、雪彦は悪戯っぽく笑った。ちょっと恥ずかしげに口元を隠すあるまも微笑みを浮かべ。
「えへへ……わたしも、皆が笑顔になったらいいなあって、思うのです」

 今年が初の七夕体験になるシエルは、ペンを手に小首を傾げて、ちらちらと周りの様子を窺い見る。書き終えたパティが軽い足取りで笹へ向かうのをひっそり追い、
「パティ様、何をお願いしたんです?」
 ひょこ、とパティの手元に目を向けると、慌てたパティがあんまりにもぶんぶん腕を振るので、書いた文がかえって丸見えになってしまった。
「み、見ちゃダメなのだー!」
 今年こそ、みんなで楽しいハロウィンが過ごせますように。
 パティの籠める純粋な想いが伝わるような、紙の四隅や縁取りにまでハロウィン風のイラストを描いた賑やかな短冊だった。
「まぁ、パティ様らしいお願いですこと!」
「パティのだけ見るのはずるいのだ。シエルのも見せるのだ!」
「わたくしは……」
 少しだけ目線を逸らして思案するシエルの短冊は未だ白紙のまま。
 躍起になって跳ねるパティににっこり明るく笑んでみせ、シエルはたった今思い付いたお願いを歌うように口にした。
「皆さま仲良く、楽しく、しあわせな日々。……なんて、いかがでしょうか」
 こうして真心を交わす尊い毎日がいつまでも続いたら良い。
 友人達を柔和な表情で見遣りながら、千薙はこっそりと短冊を結ぶ。丁度その横にやってきたりぼんは心底楽しそうに。
「千薙さんは何を書いたのですか!」
「なぎのは秘密です。りぼんさんこそ、何を?」
 『皆さんの祈りが、星に届きますように』――そう書いた紙に両掌で蓋をして問い返す。
「わたしのも秘密です!」
 堂々と言ってのけるりぼんがなんだか面白くて、微笑むりぼんと一緒に笹を見上げる。背の高い深緑のてっぺんまでは見えないけれど、さらさら鳴る笹の葉はとても頼もしく。

 ――戦の喧騒も、最終の電車も過ぎ去さり、仲間も帰途に着いた静かな夜更け、ただ独り残った幸は赤頭巾のドリームイーターに思いを馳せていた。
 一度もまみえたことはない彼女の基になり、彼女が叶えたかった願いは何だったのだろうか。
「世界に幸あれ、人に幸あれ、夢を求める者に幸あれ、全ての命に幸あれ……かの赤頭巾にも幸あれ」
 描いた方陣をなぞるように、願いを流し込むように幸は舞い踊る。
 人々に災いを齎す彼女さえも――どうか、未練なく、ドリームイーターの発生の終わりを迎えられるようにと。

作者:鉄風ライカ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年7月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 5
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